戦神騎士物語   作:神父三号

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第28話 ウィルフレッドの道・変えていくもの

 商人に変装し、南方総督府を単身で訪れた夜。

 

 ウィルフレッドは夢を見た。

 祖国フォルラザの滅亡から何度も繰り返し見る、いつもの夢だ。

 

 

「ドルザン団長、夜分に申し訳ありません」

 

 

 竜神の国オズワルド相手の長く苦しい防衛戦。

 その最終盤にあって、しかし異様に静かな夜の夢である。

 

 戦神騎士団の団長ドルザンの営舎を、ウィルフレッドは密かに訪れた。

 折り畳み式の椅子に座っていたドルザンは戦神の旗槍の手入れを中断し、その勇壮な獅子のごとき雄々しい顔を上げる。

 白いものが僅かに混じった黒髪と顎髭。瞳は燃えている炎のように、色鮮やかだ。

 

 戦神の託宣によって選ばれた、戦神騎士団。

 その中にあって戦神騎士ドルザンは特別な旗槍を賜り、その上で実力も人格も実績も騎士団の長に相応しい、まさしく英傑だった。

 ウィルフレッドにとっては戦神騎士の叙任を受けて以来の、槍術の師匠でもある。

 

「どうした、ウィル。"治癒"を受けたとはいえ、昼間の戦では飛竜相手に手傷を負ったのだ。まだ休んでいろ」

「もう怪我は何ともありません。……内密のお話があって、参りました」

 

 ドルザンはこちらを見据え、旗槍の石突を椅子の隣に突き刺して立ち上がった。

 戦神の象徴たる吼える獅子の赤旗が、はらりと広がった。

 しかし、戦場のように猛々しくはためくことは無い。

 営舎の周囲から人払いを済ませたドルザンが、再び座り直す。

 

 ウィルフレッドは跪き、頭を垂れた。

 

「率直に申し上げます。この大戦……このままでは我らフォルラザはオズワルドに、いえ、飛竜に敗れます」

「…………」

「砂漠を越えての遠征で大敗し、立て直しすらままならぬ間に逆に攻め込まれ……そして今や、かき集めた南方の亡国の兵士はほぼ全て喪失し、多くの戦神騎士を初めとする同朋が死に、王子殿下までもが戦死なされました。……フォルラザにはもう後がありません。だというのに、我々は飛竜の首を一つも取れていない。小さな勝利をいくら拾っても、雑兵の屍を積み上げても、飛竜の騎手を殺せても、飛竜そのものには手も足も出ていません」

 

 ドルザンは身じろぎせず、相槌すら打たず、ウィルフレッドの言葉にただ耳を傾けている。

 

「戦い方を、変えるべきです。それも陣形や部隊編成などというものではなく……っ……もっと、もっと根本から」

 

 ウィルフレッドは、自分の発する言葉が震えているのに気づいていた。

 これ以上言葉を続けたくない。

 だが、続けなければならない。

 祖国の存亡がかかった、正真正銘の崖っぷちなのだ。

 もう、そこまで追い込まれているのだ。

 

 世継ぎの王子が前線に出てきて戦神の軍を大いに鼓舞し、起死回生の決戦を仕掛けて、しかし飛竜の爪によって無惨に潰された。

 戦時に異例で戦神騎士に叙任された少年が、王子の遺言により、幼い声で泣きじゃくりながら屍を燃やして弔った。

 

 今日の戦でも、オズワルドはとにかく飛竜を前に押し出してきた。

 もうまともに人間の軍勢同士でぶつかり合うことすらせず、とにかくまず飛竜、ひたすらに飛竜、戦神騎士すら寄せつけぬ無敵の飛竜頼みだ。

 そして飛竜のおこぼれを拾うように、疲弊しきった戦神の軍を大したことのない雑兵共でせこせこと締め上げてくる。

 それだけで勝てると、奴らはもう理解してしまった。

 それだけで戦神の軍は手も足も出ないと、ウィルフレッドも今日、ようやく実感した。

 

 騎兵であることすらやめ、急降下してくる飛竜達の猛攻を鍛え上げた身のこなし一つで躱し、木偶の騎手になど目もくれず、一際巨大な灰色の飛竜の瞳めがけて戦神の槍で突きかかり。

 しかし、貫けなかった。

 鱗ではなく瞳を狙ってなお、飛竜が纏う魔力の鎧を貫けなかった。

 そして魔力の羽ばたきに弾き飛ばされ、鋭い爪と火炎の息吹でしつこく追撃してくる複数の飛竜から逃げ惑い、殿を引き受けて奮戦して死んでいく同朋を尻目に、撤退した。

 

 もう、勝てない。

 今の戦い方では決して、勝てない。

 そして勝てない以上は、滅びるしかない。

 講和や降伏が許される段階は、とっくに通り過ぎてしまった。

 戦神の民も、竜神の民も、お互いに死に過ぎた。

 もう、ここから勝つ手段は一つしかない。

 しかし。

 

「……ウィル。戦神騎士ウィルフレッド」

「っ」

「営舎の中には私とお前しかいない。言いたいことは全て言え。そのために、こんな夜更けに一人でやって来たんだろう?」

 

 ウィルフレッドは食いしばった自身の歯を、無理やりこじ開けた。

 

 

「……"砂粒"に、暗殺を依頼しましょう。竜神の都の王族を全て、直接狙うのです。オズワルドの諜報の質は僕ですら動きに勘づくほど低劣です。ですからあちらの都に入れた"砂粒"達はおそらく、まだ捕捉されていないでしょう。そして城の中では飛竜を使うことなど出来ません。近衛の質もどうせ知れています。ですから……っ。ですから"砂粒"が王族を全て暗殺すれば、さらに将軍達までも同じように狙えば、まだ逆転が……狙えます」

 

 

 言った。

 言ってしまった。

 戦神の民として言ってはならぬことを、言ってしまった。

 戦神を信仰するということは、戦い、殺し、屍の山を築き、勝利を捧げるということだ。

 だから、戦神の国フォルラザは"砂粒"という精強無比の諜報集団である同盟者がいるにもかかわらず、未だかつてそれを卑劣な企みに使ったことは無かった。

 "砂粒"の助力を大いに受けようとも、戦争自体の勝利は、鍛えに鍛え上げて戦神に認められた自分達の武力で勝ち取ってこそなのだ。

 だから、流言も調略も暗殺も、全て暗黙の禁忌だった。

 そんなことは戦神の民ならば誰もが、教わらずとも物心ついた頃から分かっていることだ。

 自分はそれを、口にしてしまった。

 今すぐに首を刎ねられても当然なことを、言ってしまった。

 

 ドルザンは、ひたすら黙っている。

 長い沈黙が、二人きりの営舎の中に満ちた。

 

「僕が全ての責任を取ります。陛下に賜った騎士の位と武具を返上し、独断で"砂粒"を脅して、強引にやらせます。全てが終わった暁には、この首を刎ねてください。そして身勝手な暴走で信仰を穢した卑怯者だと、僕の首を晒してください」

 

 ウィルフレッドはそう語りながらも跪いて俯いたまま、決してドルザンの顔を見上げることが出来なかった。

 溢れて止まらない涙が、次々に地面に落ちる。

 

 自分一人が全ての責任を取って死ぬといっても、それで終わる話でないことは分かっている。

 これは戦神の国の全てに、戦神の民の全てに、そして戦神にすらも、決して拭えぬ汚泥を塗りたくるような所業だ。

 それでも。

 それでも。

 

「僕は……僕はフォルラザに滅びてほしくありません。同朋にだって、これ以上無為に死んでほしくありません。飛竜には、もうどうあがいても勝てない。あれを相手に戦っても、無駄死にするだけです。あの鱗に一太刀刻むことすらできずに蹴散らされて死んで、そんな死は本当に名誉でしょうか。誇れるものでしょうか。……殿下の屍にすがりついて泣きじゃくるニコルの姿が、この目に焼き付いているんです。信仰のために果敢に戦って、しかし飛竜に敵わず敗けて滅びて、これまで積み上げてきたもの全てが、崩れ去る。殿下のようなお優しい御方までもが、無惨に死んでいく。もう、堪えられません。たとえ信仰を穢しても、戦神を裏切っても、フォルラザがこれまで積み重ねてきた全てを失うのは……かけがえのない同朋を勝ち目の消えた戦で失うのは、堪えられません。そんなのは、もう嫌だ」

「…………」

「分かってる、分かっています。僕は戦神の民として、間違ったことを言っている。してはならないことを、やろうと提案している。暗殺で掴んだ勝利を誰も喜ばないなんて、分かっています。そうやって勝っても、フォルラザは国として最も大切なものを失うだろうって、分かっています。"砂粒"もそんなフォルラザなど、当然に見限ることでしょう。戦神だって、おそらくは……それでも僕は、僕は……!」

 

 ウィルフレッドはぐしょぐしょの顔を上げた。

 

「僕はこの国にも同朋の皆にも、生き延びてほしい。望まない形で勝利を得て穢れた有り様になってしまっても、長く生きていけばいつか、立ち直れるかもしれない。生きていけば、きっといつか。……だから、皆に生き延びてほしい。そのためにどんな手を使っても僕は、勝ちたいのです」

 

 ドルザンの炎のように鮮やかな瞳が、ウィルフレッドの眼差しを正面から受け止めている。

 だが炎の瞳は今、いつものように燃え上がっていない。

 恥知らずな戦神騎士の物言いにも、穏やかな色を浮かべている。

 寝転び背を丸めて安らぎの時を過ごす獅子のように、落ち着いている。

 

「戦神騎士ウィルフレッドよ。遥か昔の、"風の国の英雄王"。そなたもその話は知っているな?」

「……はい」

 

 

 

 

 "風の国の英雄王"。

 

 戦神の民が読み書きを覚えるための絵本に触れれば、必ず知る存在だ。

 まだフォルラザという国が興って間もなく、建国者たる王が率先して戦場に立っていた頃、隣の小国である風の国を治めていたとされる王だ。

 その男はたった一人で、風にはためくただの旗槍を振るい、当時の戦神騎士達を悉く打ち払って、幾度となく風の国を守ったという。

 戦神の加護を受ける者達を、人間一人の自力で、長く退け続けた男。

 稀代の英雄は言った。

 

「何度でも来い。何度でも打ち払ってやる」

 

 戦神の民は大敵であるその英雄を、しかし強く尊敬し、しかし必ず勝つべく、大いに自分達を鍛え上げて、何度も真っ向から挑んで、何度も敗れ去った。

 絵本によれば逆に攻め込まれ、まだとても小さかった都を奪われたことすらあったそうだ。

 物心ついた頃から武器を握らされる風習も、死者すら出る苛烈な調練も、戦神の民のあらゆる伝統はそんな"風の国の英雄王"を相手にして始まったとされる。

 しかしやがて時が経ち、フォルラザの建国者たる王はその英雄王をついに、一騎打ちで破った。

 そして彼は死の間際に豪快に笑い、己の旗槍を戦神の王に手渡した。

 長く武を競った、戦友の証として。

 

 

 

 

「敗れて滅びれば、それで全てが終わりというわけではない。戦神の民がすぐさま根絶やしになるわけではない。地に這いつくばり、屈辱の泥に塗れても、何度だって立ち上がればよい。何度だって立ち上がって、前を向いて生きていけばよい。『生きていけば、きっといつか』……そなたの言った通りだ。しっかりと前を向いて生きていけば、人間はいくらでも強くなれる。前に歩み続ければ、いつか強大な敵だって乗り越えられよう。この国は興った時からもう、王すらもそんな泥臭いことをやっていた国だ」

「……ですがあれは子供の教育のための、ただの作り話でしょう? 人間の身一つで戦神の加護を受ける騎士達をずっと破り続けられる者なんて、いるはずがありません」

「いいや、本当の話だ。あの英雄王を破ってからはいつしか勝つことが当然のようになっていったが……それでもフォルラザの黎明、あの人間には長々と苦しめられた。今のそなたのように歯を食いしばって涙を流し、恥を忍んで『もう暗殺してしまおう』と提案した者もいた。それでも結局、戦神の民は王を筆頭に愚直に前を向いて、何度も立ち上がって、あの一人の人間に挑み続けた。あの誇り高き、東風の民の末裔に。……懐かしくも輝かしい、過去の出来事だ」

 

 ウィルフレッドはドルザンの語りぶりに、違和感を覚えた。

 フォルラザは建国されてから、もう何代も時を重ねている。

 それなのにドルザンは、まるで自分が黎明期の戦神の民を見ていたかのように語っている。

 口調も、どこかおかしい。

 だがしかし、そんなことよりも。

 

「……ならば団長はこの国が滅んでもいいと、そうお考えなのですか? 飛竜に一矢報いることすら出来ず敗れてフォルラザが滅んでも、それが戦神への信仰を貫くことになるのだから構わないと、そうお考えなのですか? ……国が滅んでもまた立ち上がればいいだけだなんて、そこから飛竜に勝てるだなんて、本当に思っていらっしゃるんですか!?」

 

 ドルザンの炎の瞳は、穏やかな熱を帯びたままだ。

 口元には、子を想う親のような優しい微笑が形作られている。

 

「"風の国の英雄王"は、確かに実在する稀代の英雄だったのかもしれません。しかし、僕達と同じ人間です。それに僕が幼い頃に読んだ絵本では、武と礼を尊び、戦神の民の挑戦を何度も正面から受け止めてくれるような、寛大で偉大な……フォルラザという国にとってあまりにも都合の良い強敵に思えました」

「……うむ、そうかもしれんな。あの男は出来過ぎた人間だった」

「ですが、飛竜は違います。奴らは人間など、虫けらのようにしか思っていない。今日の戦で瞳を狙った僕の槍を魔力の鎧で受け止めた巨大な灰色の飛竜は、そのまま嘲笑うように目を細めました。以前にグリムロ副長が全力を出しても、あれの首は取れなかった。あんな魔物達は、挑んでくる人間など無慈悲に踏み潰して終わりでしょう。飛竜にすがる竜神の民だって、それを素直に歓迎するはずです! 何度立ち上がって挑んでも、結局は暇潰しのように粉砕されてしまうだけじゃないですか!?」

 

 見つめてくる炎の瞳にあたためられるままに、ウィルフレッドはこの大戦の中で溜め込んできたものを吐き出した。

 

 

 

「大陸南方の覇者となったフォルラザは、まさに全盛期を迎えていました! そして全盛の勢いのままに攻め込み、それでも敗れた! 今、あの飛竜どもに国の全てを破壊されれば、たとえ再び立ち上がったとしても、もう二度と全盛期には戻れません! もう決してオズワルドには勝てない!! 違いますか!? 僕の考えは間違っていますか!? 団長は全てを失っても一から積み上げ直せばそれでいつか飛竜に勝てるなどと、本気でお思いですか!? 飛竜どもの強さをもう嫌というほど見たでしょう!? 戦神の加護があっても、僕達人間ではあいつらに勝てない……!! だから、だからもう……穢らわしい手段を使って、無理やり勝つしかないじゃないですかっ!! もうそれしかないっ!! それで国と同朋が守れるならば、そうするべきじゃないんですかっ!!? 僕は今のフォルラザを絶対に失いたくないっ!! 散々滅ぼしてきた癖に、滅ぼしてきた国の兵士を使い潰してきた癖に、滅ぼされる側になって今さら怖くなったんです!! だから僕は……僕はっっっ!!!」

 

 

 

 全てを吐き出しきって、ウィルフレッドはその場に蹲って嗚咽した。

 涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。

 あまりに強く握りしめた拳からは、血が流れ出している。

 屈辱と劣等感と絶望、そして己の中の信仰を裏切る罪悪感で、頭がどうにかなりそうだった。

 

 こんな卑劣なことを考えてしまう自分が何故託宣で戦神騎士に選ばれたのか、分からない。

 もしもこの大戦がいつもの勝ち戦ならば、決して暗殺など考えはしなかっただろう。

 敗け続けて崖っぷちまで来てとうとう、自分の醜く惨めな本性が露わになったのだ。

 もういっそ、今すぐ首を刎ねてほしい。

 それとも舌を噛みきって死ぬか。

 営舎に自分の嗚咽だけが響く時間が、流れていった。

 

「戦神騎士ウィルフレッドよ。そなたの気持ちが、我にはよく分かった。よくぞ、胸の内を全てさらけ出した。それは決して、誰にでも出来ることではない。顔を上げよ」

「……上げられません。僕は戦神騎士失格です。団長、どうか今この場で首を刎ねてください。戦争の最中にお耳を汚してしまって、誠に申し訳ありませんでした」

「それは出来ない。そなたは生きよ。生き抜くのだ。生きて、己の人生を戦い抜くのだ」

「無理です。ひとしきり泣いて、落ち着きました。……僕はもう戦神の民としての誇りすら捨てて、信仰に背いてしまいました。卑劣な企みを口に出し、あまつさえそれを同盟者にやらせようとして、戦神も祖国も同朋も、全てを裏切ろうとしました。この償いは、死しかありません」

「ならば先ほど吐いた言葉を、取り消してしまえばよい。『単なる気の迷いだった』と、そう言えばよい。何故そうせずに死を乞うのだ?」

「……あれは僕の本心だからです。勢い任せに吐いてしまったことは、強く後悔しています。ですがあれは、ウィルフレッドという一人の人間の、正真正銘の本心です。ですから、なおさら」

 

 言葉を続けようとしたウィルフレッドを制するように、戦神の旗が強くはためいた。

 思わず顔を上げる。

 だが、ドルザン団長は折り畳み椅子にどっしりと腰かけたままで、旗槍に触れてすらいない。

 穏やかだった炎の瞳が、気づかぬ内に燃え上がっている。

 

「なあ、ウィル。お前という人間は、戦の中で変わったか?」

「……え?」

「私と同じように……いや、戦神の民の多くがそうするように、十五で成人し、軍に入って調練を受け、戦場に出て多くの国々と戦い、滅ぼしてきて……ウィルフレッドという人間は変わっていったか?」

 

 質問の意図がよく分からず、ウィルフレッドは考え込む。

 

「……僕が経験してきた戦いの中には、たくさんのものがありました。別の神への信仰。理解できない生き方。不愉快な風習。ビードの山騎士達を筆頭とした、胸のすくような猛者達」

「そうだな。私も、そういうものを多く見てきた。それで、どうだった? ウィルはそんな様々なものを見てきて、戦って滅ぼしてきて、変わっていったか?」

「多分変わってきたと思います。そもそも僕は、初陣がすごく怖かったんです。調練じゃなくて、本当に命の奪い合いの場に立っているのだということが。殺し合いに何とか慣れてきたのは、数度戦場に出てからでした」

「よく分かる。私も初陣では、小便を漏らしながら戦っていた」

「……戦った国の中では、オーラスが一番心に残っています。特にあの王が自決なされる間際に『人間が自分の足で立って生きているこの大陸に、神など存在しない』と叫んでいたのが」

「あの国は、王も将兵も強かったな。武や智ではなく、心の強さを感じさせる国だった。……それで? ウィルはそういう諸々の経験を経て、今はどういう人間になった?」

 

 ウィルフレッドは、やりとりの中で色々なことを思い出した。

 だが、やはり自分にとって一番大きいのは、今だ。

 竜神の国オズワルドに敗れ続けている、現状だ。

 

「……この二度の大戦で飛竜に敗れ続けたのが、僕に一番大きな変化を促しました。拾い集めた南方諸国の兵士を、安い道具のように冷たく使い捨てる将になってしまった。そして戦神の民として、あるまじき卑劣な発想が浮かんでしまうような人間になってしまった。決して許されるべきでないことを、実行しようと企ててしまうような人間に。……ですから、もう」

「どうしてほしい?」

 

 団長の瞳の中の炎がさらに燃え上がり、戦神の旗が風を受けずともはためき続ける。

 

「お前は私に、何と言ってほしい? 『もはや仕方無い、やってみろ』か? 『許されぬことだ、首を刎ねてやる』か? それとも『聞かなかったことにしよう』か?」

「それは……もう既に申し上げました。この首を」

「そうか。なら、やはりそれは出来ないな」

「っ……」

「出来ないのは、お前が重要な戦力だからではない。首を刎ねる価値すら無いからでもない。お前が心の中の全てを吐き出した上で……しっかりと自分自身で踏みとどまったからだ」

「!!」

「お前は確かに、この大戦で大きく変わったかもしれない。戦神の民として、恥ずべきことを考えてしまうような人間になったかもしれない。それでも、お前は踏みとどまった。自分の中の、決して変わらないものを大事にして、踏みとどまったんだ。だからお前は『首を刎ねてくれ』と言った。だから私も『それは出来ない』と答える」

 

 戦神騎士の長たる男の優しくも力強い笑顔に、ウィルフレッドは唇を噛んだ。

 もう流し終えたと思っていた涙が、また溢れ出す。

 

「今後フォルラザはおそらく、お前の考えている通りになる。飛竜の首一つ取れずに押しきられていき、やがて都を燃やされ、陛下も私も死に、滅びるだろう」

「そんな、そんなことは!」

「いや、そうなる。それは、フォルラザという国が今さら戦い方を変えられないからだ。陛下も私も、その気は無い。"砂粒"も同盟者としてフォルラザの戦いを、最期まで見届けるだろう。そしてもしも、お前がさっき口走ったような暴走をしようと"砂粒"を脅しても、彼らはお前の企てに協力など絶対にしない」

「っ……そう、ですか」

「そうだ。だから、ひと区切りがついた後で変えていけ。お前の中で変わったものと変わらないものを大事にして、その上で変えられるものを変えて、強く生きていけ。それはあまりにも険しい再起と復讐の道かもしれないし、まったく違う輝かしい第二の人生かもしれない。まあ、そこまで指図してやれるほど、私はお前の人生に責任を持てん」

 

 ドルザン団長が、朗らかに笑った。

 これが滅亡間際の国の大将かというほどに、明るく笑っている。

 溢れ出すウィルフレッドの涙は、決して止まらない。

 

「滅亡、ですか」

「ああ」

「陛下も団長も、死なれますか」

「ああ。だが、それでも生き残る者達は少なからずいるはずだ。各地に落ち延びたままの兵士達もいるだろうし、戦神の民の集落もまだ方々に残っているし、戦神騎士も何人かは生き残るだろう。旗持ちは、ノーラだけだろうな。フォレスターはおそらくもう死ぬつもりだ。他は……グリムロのバカはまあ、殺しても死にはせん。ジェラルド老も確実に生き残る。……だからお前も、何としてでも生き残れ。そして、前を向いてしっかりと生きていけ。それはどんな生き方でもいい。ただ、『自分は生き抜いた、自分の人生を戦い抜いたんだ』と胸を張って死ねるような……そんな生き方をしろ」

「……はい」

 

 ドルザンが、椅子から立ち上がった。

 営舎の隅にある荷袋を漁って、一つの大きな酒瓶と二つの杯を取り出してきた。

 

「陛下に賜った酒だ。本当は殿下が即位された時に自分を思い出しながら呑んでほしいと思って、大事にしていらっしゃったものらしい」

「そのような物が……」

「良い機会だから、呑みきろう。付き合え、ウィル」

 

 ウィルフレッドは涙と鼻水を拭って、ドルザンにひれ伏した。

 そして杯を受け取り、注いでもらった分を一息に呑み干した。

 

「どうだ? 美味いか?」

「……濃いですね。濃すぎます。おそらく殿下も、嫌な顔をなさったことでしょう」

 

 ドルザンが声をあげて笑った。

 今度は、ウィルフレッドがドルザンの杯に酒を注いだ。

 ドルザンも一息で呑み干し、しかし顔をしかめて舌を出した。

 お互いに、笑った。

 

「……団長、ありがとうございます。僕は必ず生き延びます。そして滅亡を乗り越えて、自分なりの戦いをして、生き抜いてみせます。戦い抜いてみせます。僕は、フォルラザの戦神騎士なのですから」

「おう。なら、後のことは任せる。お前はお前の戦い方で、じっくりと戦っていけ。……ありがとう、ウィル。お前のような同朋と同じ時を生きられたことを、俺は幸せに思う」

「僕もです。ドルザン団長」

 

 ウィルフレッドはドルザンと一緒に、王から賜った一本の酒を、ちまちまと呑み続けた。

 そして他愛も無い思い出話を、語らい続けた。

 

 はためく戦神の旗の下で、夜が更けていく。

 夢のような時間が、過ぎていく。

 

 それはウィルフレッドにとって、絶対に忘れられない時間だった。

 何度だって繰り返し夢に見る、一生の思い出だった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 翌日の昼前。

 

 ウィルフレッドは出発の準備を整え、荷馬を連れて南方総督府の門前で待っていた。

 周辺は事前に人払いがされているようで、瓦礫と木片の山を片付ける音も外の荒れ地を開墾する音もどこか遠く小さく、数人の門兵がいるだけだ。

 その門兵も、こちらを向いている者は二人しかいない。

 

「ウォルター殿。大変お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 

 ウィルフレッドの元へ、昨日やりとりをした文官のオルソンが小走りでやってきた。

 一人、従者と思しき平凡な身なりの男を連れている。

 まだ成人したてくらいの年頃の、少し背が低い若者である。

 黒髪に、青い瞳。

 南方では珍しい組み合わせの色だ。

 帯剣してはいるが、武の気配はほとんど無い。

 

「構いません。レーン様も別に急いではいらっしゃらないでしょうから。……イワンさんの件はどうでしたか?」

「ああ、やはりお聞きでしたか。職人の件は断られてしまいましたよ。『余生は商人として全うしたい』とね。ただ、貴重な品を一ついただきました。それとウォルター殿、あなたにもこれを」

 

 オルソンから小さな包み紙が手渡された。

 軽さからして、昨夜と同じく飴だろう。

 

「とっておきの三つ目……だそうですよ。中身は伺っておりませんが、是非ともあなたに最初に味わってほしいとのことです」

「そうですか……」

 

 老ドワーフの旅商人イワンとはもう、朝に別れの挨拶を済ませていた。

 第四王子との謁見の後、総督府に一人残っているという若いドワーフに少し手ほどきをしてから、ゆっくりと商業都市パルチャーへ向かうとのことである。

 ウィルフレッドが単なる旅商人ではないことに、どこか気づいていた節があった。

 魔力を宿した装飾品すら作るドワーフの、しかも老練な者の目から見れば、エルフの首飾りで見た目や気配を誤魔化していることは薄々感じ取れるのかもしれない。

 だからこちらが行動しやすいように、それとなく慮ってくれたのだろう。

 別れの時に直接三つ目の飴をくれなかったのは、夜に語らった気恥ずかしさ故だろうか。

 

「総督閣下が正式に、商業都市パルチャーの商人レーン殿と話をしたいとおっしゃいました。この書状の取次ぎを、ご依頼してもよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論。……しかし昨日も申し上げましたが、レーン様はかなり厳しい目で商機を見定める方です。おそらく総督府へは来訪されるでしょうが、そこから繋がりを持てるかは、申し訳ありませんが私では保証出来ません」

「構いませんとも。あちらが好機と思っているようにこちらも好機だと思っていますし、その上で総督府の取引相手としてしっかりと見定めたいという想いが閣下にはおありです。保証が出来ないのはお互い様だと、率直にお伝えいただきたい」

「……承知しました。確かに、お預かりします」

 

 ウィルフレッドが封をされた書状を受け取ると、オルソンは中々に品の良い笑顔を形作った。

 それでもやはり、そんな魅力的な笑みの裏にあるものは読み取れない。

 こういう男でもオズワルド本国では出世が出来ずに不遇だったのかと、ウィルフレッドはどこか残念に感じた。

 

「南方の統治が軌道に乗れば、オルソン様もやはり竜神の都に戻られますか? 一介の旅商人である私が急に持ち込んだ話を、いとも容易く総督閣下に繋いでくださったお方です。さぞや将来を嘱望されていることでしょう」

「……いいえ。私はどうもあの都が、あまり肌に合わないのですよ。どうしても色々としがらみに巻き込まれてしまうので」

「しがらみ、ですか。確かにそういうものは、商業都市にもありますね。パルチャーはまださほどですが、ヴァルゲンにまで出ていくと特にそう感じますよ」

「ええ。もう高く積み上がっているものを取り合うよりも、新たなものを積み上げていく方が性に合っている……ここに来てまだ日が浅いですが、そのように思っています」

「なるほど。そのお気持ちはよく分かります。私も……パルチャーを拠点にして使いっ走りをするだけの下積みでは、終わりたくないですから」

「ウォルター殿には、何か大きな夢がおありなのですか?」

 

 ウィルフレッドとオルソンの会話に、従者の若者が割り込んできた。

 これ、とオルソンが嗜めると、若者は頭を下げて退いた。

 しかし、ウィルフレッドはその青い瞳に視線を合わせて、答えた。

 

「……ありますよ。かけがえのない友人達と誓った、途方も無い夢が。ははは、どんな夢かは秘密にさせてください。きっと、鼻で笑われる類の夢です」

「途方も無い、鼻で笑われるような夢……それはやはり、あくまで夢に過ぎないのでしょうか? 現実のものには出来ないと、お思いですか?」

「確かに一生かかっても叶わない、夢のままで終わるような夢かもしれません。それでも、友人達と必ず叶えようと誓った夢です。だからそのために、今は頑張って下積みをしています」

「…………」

「君にも、夢はありますか?」

 

 若者は視線を一度地面に落として、しかし再びウィルフレッドを見上げた。

 

「僕にも、叶えたい大きな夢があります」

「それは良いことだ。……かつて、私に色々なことを教えてくれた、師であった人から言われました。『自分は生き抜いた、自分の人生を戦い抜いたんだ』と胸を張って死ねるような……そんな生き方をしろ、と」

「自分の人生を……戦い抜く……」

「はい。私の心に、深く刻まれている言葉です。お互い、自分の夢のために頑張りましょう」

 

 若者は深く頷いて、どこか後ろめたそうに笑った。

 その青い瞳はうっすらと穢れていて、しかし同時に、それを超える強い光を宿している。

 オルソンがそっと、二人の間に分け入った。

 

「……ウォルター殿。また機会があれば、総督府へお越しください。その時にはもっとしっかりとした、総督府の姿をお見せしますよ」

「ありがとうございます、オルソン様。レーン様には、確かにお繋ぎします。それでは、失礼いたします」

 

 ウィルフレッドは二人に頭を下げて背を向け、総督府の門をくぐって少し歩いてから荷馬に乗って、振り返らずに駆け出した。

 

 

 

「……はあ。殿下、もうこのようなことはおやめください。もしあの男が、私の直感の通りだったのならば」

「分かっている。あれだけ諫められたのに、皆をひやひやさせてしまったな」

「オルソン殿の直感はおそらく正解でしたぞ、殿下。あの平凡な容姿の男は武の気配を極めて精密に制御しているように、私には感じられました。自衛が出来る小慣れた旅商人ならばちょうどこの程度だろうというほどの強さで、あまりにも自然に。自然すぎるから、私はかえってその微かな違和感に気づけた。……大戦で戦神騎士の凄まじさを実感していなければ、絶対に気づけなかったでしょう」

「そうか。ゲイリーとオルソンがそう感じたのならば、やはりそうなのだろうな。あれが、生き残った戦神騎士の一人か」

「おそらくは。しかし、旅商人としても全く違和感の無い振る舞いをしておりました。決して武一辺倒ではない、南方中にまだ潜伏しているであろう戦神の軍の要のような、危険な男でしょう」

「あやつがその気になれば、腰に携えていた護身用の安い剣一本で私達は皆殺しだったでしょうな。ですから二度と、こんな危ない橋は渡ってはなりません」

「……すまないな。本当に心配をかけた」

「出せる限りの飛竜兵で追いましょう。今確実に始末しておくべきですぞ」

「それは駄目だ」

「何故ですか? 私もゲイリー様に賛成です」

「……オルソン。そう聞くお前には、分かっているだろう? あれほど巧妙に旅商人をやれるならば、おそらく商業都市パルチャーのレーンという商人との繋がりも口から出任せではなく、ある程度は事実だと思う。ならば南方総督府にとっては、パルチャーと繋がれる好機だ。だからお前は怪しみながらも私にあの男の話を持ってきたし、その利を説いたし、私の名で商人宛ての書状も書いた。違うか?」

「確かに仰せの通りですが……しかしあの男が本当に書状を取り次ぐとは限りませんし、ゲイリー様の目から見ても怪しいのならば」

「いいんだ。あの男が竜神の民の同朋を数えきれぬほど殺めた戦神騎士であろうことは、分かっている。パルチャーへの書状が届かない可能性も、これからも間違いなく大敵となり続けることだって、全て分かっている。それでも、いいんだ」

「殿下……」

「『お互いに夢のために頑張ろう』と、あの男は笑って言った。私もそれに頷いた。こちらが勘付いていたように彼だって、きっと私の正体に勘付いていたことだろう。……多くの同朋を殺されたのは我々だけではなく、戦神の民だってそうなのだ。だというのに彼は腰の剣に手をかけずに私の目をしっかりと見つめて、真摯な激励の言葉を贈ってくれた。甘く幼い考えなのは分かっているが……そんな男の背中を、今すぐに飛竜で追いたくはない」

「…………」

「この"戦"は、私の敗けだ。だが、それで得たものは確かにある。……総督府を強くしよう。胸を張ってあのような者達と対等に渡り合っていけるような、そんな総督府にしていこう」

「……はい!」

「滾りますな。都からこの南方の"戦地"に戻ってきてよかった」

「さあ、整備も開墾も本格的に再開だ! 今日もやるべきことをやっていこう!!」

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「……随分と大胆な御仁だな。下手をすれば、あの場で殺されていたかもしれないのに」

 

 ウィルフレッドは独り呟きながら、馬を走らせて東のパルチャーへと続く街道を進んだ。

 竜神の国オズワルドの、南方総督府。

 その中心人物である、文官のオルソンに会った。

 門兵の中で背を向けて巧く武の気配を隠していた者はおそらく、同じく中心人物である隻眼の将ゲイリーだろう。

 

 そして、あの青い瞳の若者。

 あの若者が"砂粒"の報告にあった南方総督、妾腹の第四王子ディーンだ。

 

 若かった。幼さすら残っているほどに。

 十六歳だというから、当然の話だ。

 それでも王子は自分と確かに、視線と言葉を交わした。

 こちらが戦神騎士であることは腹心達もどこか勘付いていただろうに、周囲からは厳しく制止されたことだろうに、だが人払いまでして従者のふりをして、自ら会いに来た。

 顔立ちは違っていても、戦死したフォルラザの世継ぎの王子と似たものを、ウィルフレッドは感じた。

 

 そっと後ろを振り返る。

 飛竜兵はおろか、見張りの騎兵一騎すら追いかけてこない。

 先ほどまでは静かだった開墾に精を出す兵士達が、今は大いに声を轟かせている。

 こうまでされた以上、託された書状をパルチャーの商人レーンにしっかりと取り次がなくては、男ではない。

 

 

「今回の"戦"は、僕の敗けだな」

 

 

 ウィルフレッドは心地良い敗北感に、頬を緩めた。

 そして手綱を手放して足腰だけで器用に馬を御しながら、荷袋からイワンの「とっておきの三つ目」を取り出す。

 包み紙を開くと、白い飴。

 丸ごと口に含めば、ひんやりとしたものが舌の上で溶けた。

 甘さは控えめだが、噛んでみると心地良い冷たさが広がり、シャリシャリとした初めての食感が楽しめる。

 これはまぎれもなく、極上の逸品だ。

 どこかでイワンに再会すれば、その時は絶対に買い占めてやろうと思った。

 

 ウィルフレッドがパルチャーに行って書状を商人のレーンに渡すまでの間、幼馴染の戦神騎士ケイトには後輩のノアを連れて潜伏中の兵士達を見回るように伝えてある。

 ケイトはそれが兵士達の鼓舞のためであり、男が回るより見目の良い女騎士達が回った方が喜ばれるという、ウィルフレッドの小狡い発想を確実に見抜いていることだろう。

 だから合流すれば十中八九、拳か蹴りが飛んでくる。

 まあ、仕方の無いことだ。

 それもまた、一つの"戦"だ。

 

 それがひと段落すれば、ノーラの要請通りに大剣使いのノアは西方へ行かせよう。

 南方一帯に潜む竜神の諜報は、"砂粒"に見つけ次第消していくように依頼してある。

 とはいえ、そこからさらに踏み込むようなことは──流言や調略、要人を密かに狙う暗殺といったことは、やはり同盟者の"砂粒"にはやらせられない。

 そこだけは変えられないものだ。

 

 だから、変えられるものを変えていく。

 

 ケイトとノアがオズワルドの雑兵を蹴散らして大山脈に発生させた"闇の吹き溜まり"の件で謝罪するという体で、山の民と交流出来たりはしないだろうか。

 ノーラとニコルが西方入りする前に山騎士の生き残りと関わりを持ったという話を、"砂粒"からは聞いている。

 古参のジェラルドも大陸東方へ抜けるためにわざわざ大山脈を通っているから、何かしらの誼を結んでくれているかもしれない。

 山岳国家ビードを滅ぼしたという大きな遺恨はあるが、それを踏まえても山の民との連携は一度試してみてもいいだろう。

 そのために少なくとも、"吹き溜まり"の件は早めに謝罪しておくべきだ。

 

 今この大陸南方でやれることは、全てやっておきたい。

 同朋の皆とも、色々と話し合おう。

 自分の頭からは出てこない発想が、他の頭から出てくる可能性だって大いにある。

 

 本当に長く、険しい道のりだ。

 それでも、生き延びてよかった。

 あの信仰を裏切ろうとした夜に、そしてフォルラザ滅亡の夜に、死ななくてよかった。

 

 今、こうして前を向いて歩んでいることが、こんなにも楽しい。

 

 

「……団長。ありがとうございます」

 

 

 今は亡き命の恩人に改めて感謝して、ウィルフレッドは馬の腹を優しく蹴った。

 見上げた空では太陽が白い薄雲に隠れていて、だが確かに光り輝いていた。

 




次回から戦神騎士ローランへと視点が変わります。
一応ローランとノーラが主軸の物語のはずなのですが、すごく久しぶりです。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

1/16追記
"風の国の英雄王"周辺のお話を一部変更しました。
北風の民の末裔→東風の民の末裔
申し訳ありません。
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