戦神騎士物語   作:神父三号

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大陸東方へ向かった、大剣使いの戦神騎士ローランへと視点が移ります。
途中で拾った少女ナツメを従者として連れています。


第29話 ローランの道・探究者リファ

「う、うわぁ……ぁ、えぇ……?」

 

 森を抜けてようやく見えてきた、小高い丘の上にある探究の国ラガニアの都。

 その外観に、従者として同行する少女ナツメが困惑の声をあげ、背負っている荷袋を揺らした。

 

 戦神騎士ローラン自身は口が開いたまま、言葉が出てこない。

 途中宿を取ったラガニア領内の街で、事前に"砂粒"から都の有り様は聞かされていた。

 それでも、伝聞による想像を遥かに超えていた。

 

 城壁の上に掲げられている、極めて複雑な紋章の上で交差する杖二本が描かれた黄色地の国旗。

 それはいいが、城壁自体が何とも言えないほどに凄まじい。

 黄色い塗料が何らかの紋章なのか単なる落書きなのか分からないほどに滅茶苦茶に塗りたくられ、しかも先端がギザギザなのだ。

 

 さらにその奥には王城と思しき背の高い建物が姿を見せているが、それが何やら巨大な植物が色とりどりの分厚い花びらを広げて咲いているかのような、謎めいた形状をしている。

 何でも魔術の実験や雨避け等の様々な用途に使われて、しかも開閉や回転までするものらしいが、都の"砂粒"もあまり詳しいことは探れていないらしい。

 ただ、しっかり閉じている日も多いという。

 謎の多い、奇怪な花びらである。

 

 ──飛竜に空からあの花びらを壊されたら、落ちてきた瓦礫によって都は一瞬で壊滅だ。

 

 とりあえずローランの頭に思い浮かんだ感想は、それだった。

 

「なんていうか……ウチってやっぱりまだまだ世間知らずなんですね、ローランさん……」

「いや、俺もこんな世間は知らねえよ」

 

 ナツメが自身の純白の髪を軽くかき、真紅の瞳でじっとラガニアの都を見上げる。

 エルフの老婆ルルシェの手を借りて容姿を欺けるようになったために、もう外套のフードを被って行動する必要性はほぼ無くなっていた。

 途中で寄った大きな街でだって、地母神の子であり図抜けた容貌を持つナツメに誰も見向きしなかった。

 しかし。

 

「気をつけろ、ナツメ。多分また検問で杖渡されるだろうからな」

「大丈夫です。ウチにはローランさんがいてくれますから」

 

 ナツメが花のような笑顔で、笑いかけてくる。

 ローランも笑い返して、頭を撫でてやった。

 

 "探究者"と呼ばれる最精鋭魔術士を抱える大陸東方の強国、ラガニア。

 

 その営みに触れたローラン達がまず驚いたのは、領内の街へ入る検問の列で何故か杖を振らされるということだった。

 そして検問を担当する門兵達に混じって、魔術の素質が皆無なローランでも手練れだと分かる気配を纏った、老婆の魔術士がいた。

 老婆は門を通るために杖を振る者達をじっと見ていて、時折呼び止め、問答をしていた。

 

 やがて検問を受ける番になったローランは、同胞の魔術士イオに余興で試された時のように杖を振ったがやはり何も起こらず、老婆も一切反応しなかった。

 だが、次にナツメが杖を振ると、老婆はすぐに目を光らせて言った。

 

 

「お主、相当な魔術の才があるな?」

 

 

 そこから先は、少々ややこしかった。

 ローラン達は門から離れた外壁近くに連れていかれ、老婆は「自分はラガニアの最精鋭"探究者"である」と称し、ナツメにラガニアの都で魔術を学ばないかと熱心に勧めてきた。

 そこでローランは返答に窮するナツメに代わって、自分達が知人の紹介で都の探究者リファに会いに行くことを素直に打ち明けた。

 ナツメが他の魔術士に手ほどきを受けて、もう従者として必要な魔術はある程度行使できることについてもである。

 大河川を渡った時の村の若頭とは違って、半端な嘘が通用する相手ではないと思ったからだ。

 しかし"治癒"や"防護"が使えることや、ナツメが地母神の子であることや、同じ地母神の子であるエルフの老婆ルルシェとのことは、流石に話さなかった。

 

 その説明で老婆は納得したように身を引き、街の中にローラン達を通してくれた。

 特に監視なども無しで、単なる二人組の旅人として扱ってくれた。

 同朋のイオは探究者リファを「信用できる相手の一人」と言っていたが、同時に「きちんと国に仕えてる魔術士」でもあると言っていた。

 それもあってだろうか、やはりこちらの事情が探究の国ラガニアではおおよそ共有されているようだった。

 

 滞在中に街の"砂粒"に聞いたが、探究の民は物心ついたらすぐに杖を振らされ、魔術の素質を見られるらしい。

 そうして優秀な素質を示した子供は、家に大きな援助を約束されて都で魔術を学び、その中からさらに選ばれた一握りだけが"探究者"の称号を与えられるのだ、と。

 物心ついてすぐに武器を握らされる戦神の民と、どこか似ている在り方だった。

 また、街や都を訪れる旅人や商人達についても、検問時に魔術の素質を見て人材として登用する試みを、フォルラザとオズワルドの大戦中から始めたらしい。

 

 イオや"砂粒"が先に説明しておいてくれればと思ったが、そもそもローランは魔術関連の素質が皆無な上に、ナツメが正式に魔術を習得したのもつい最近のことだから仕方無いと言えば仕方無かった。

 

 ローラン達はとりあえず森から街道に出て、ラガニアの奇抜な外見の都へと歩いていった。

 二人ともルルシェの業で容姿や気配を欺いているため、もうあまり人目を避ける必要も無かったが、咄嗟に食糧を確保できる森や山を歩いた方が二人旅では都合が良かった。

 路銀も立ち寄った街で宿を取って保存食や調理器具を買ったために、もうすっかり使い果たしている。

 

 ナツメの背負っている荷袋は、元々は大河川を渡る際に川の民から貰った大袋だ。

 それをナツメが街の"砂粒"の手と道具を借りつつ、自身が無理なく背負える大きさと形状へと器用に縫い直したのだ。

 

「ローランさん。ウチ、この前の街で疑問に思ったことがあるんですけど……」

「ん、何だよ?」

「杖を軽く振って魔術の素質がすぐに分かるなら、他の国でもああいうことして魔術士を見つけて育ててたりするんですか?」

 

 街道を並んで歩く少女の純粋な疑問に、ローランは腕を組んで唸った。

 

「……いいや。俺の知る限りだと、少なくとも南方ではあまり一般的なやり方じゃなかったように思うな」

「どうしてですか? 杖を振るだけで魔術の素質が分かるなら、このラガニアみたく子供の頃にとりあえず杖を振らせてみるべきですよね?」

「俺の祖国フォルラザに限れば、杖よりも武器を振るって戦う方が戦士として誇らしい、みたいな感じだったからだ。いやまあ、そう明言されてたわけではないし、別に魔術士が蔑まれてたこともないが……それでも物心つけばとりあえず剣とか槍を渡されるし、騎兵こそが戦場の華だという風潮があった」

「……戦場の華」

「ああ、俺の国ではな。戦神の託宣で杖を賜って、そこで初めて自分に魔術の素質があることを知る同朋も結構いたらしい。あとは……武芸がどうしても全然モノにならない奴が『なら魔術はどうだ?』って試されるか、年長の魔術士に気まぐれで杖振らされるかくらいで、あんまり魔術士の発掘に国として積極的じゃなかった……気がする」

「なるほど……じゃあ他の国は?」

「あー、俺は戦の中でしか他の国の在り方に触れてこなかったが……数千人の軍を抱えてても魔術士は一人もいないなんて国と戦ったことがあるし、逆に数百人程度の軍の中に百人以上魔術士がいるなんて小国もあった」

「すごく極端なんですね。どうしてなんだろう……?」

「あくまで俺の推測だが……多分素質の有無は判断する側にだってある程度技量や経験が要るんじゃないか? あの街の探究者の婆さんはお前の素質を一発で見抜いたけど、ナツメは検問の列の前の奴らが杖振ってるの見て、そいつらがどれだけ魔術士としてモノになりそうかなんて分かったか?」

「……全然分からなかったです。確かにローランさんの言う通り、杖を振らせて素質を見るのは、見る側もすごく難しいのかな……」

「俺の同朋の魔術士も杖振りを見て簡単に素質を判断してたが、そういうことが出来るのはだいたい俺より年長だったように思う。……あるいは魔術そのものに対する、国の考え方の違いもあるのかもな。魔術を使えることが良いか悪いか、敬われることか忌み嫌われることかは、国によって全然違うのかもしれない」

「考え方の違いですか……難しいですね、世の中って」

「俺にもそういう世の中のあれこれはよく分からんことも多いが……森や山通ってる時に、魔力の爪や矢で襲ってくる低俗な魔物を何度も見てきたろ? 国によっては、魔術が使える人間はああいう奴らと同じだと考える所もあるんじゃないか?」

 

 ローランがそう言うと、ナツメは複雑そうな表情で、自身の手に握っている杖を見た。

 少し配慮の足りない言い方だったかと反省して訂正する前に、従者の少女は口を開いた。

 

 

「じゃあ逆に、そういう魔物も人間と同じだから仲良くしようって考える国もありそうな気がしますね……この前"砂粒"さんが言ってた"蛮地"の人達とか、そうだったりするのかも……」

 

 

 思わぬ発想に、はっとさせられた。

 

 西方入りした同期の旗持ちである戦神騎士ノーラから、西方側の状況と今後の方針については、立ち寄った"砂粒"を通して連絡が来ていた。

 低俗な魔物を何らかの秘儀によって使役する"蛮地"と、"闇の吹き溜まり"の奥からの侵略者"神聖国家オラトリア"が、大陸西方の覇者である月の国マーブリスを北方から脅かしたという話。

 大陸東方の大国である太陽の国シンガで王が急死して、それをきっかけに川の民の集団である"五枝水軍"と本格的に争い始めたという話。

 そうした情勢の中で自分達戦神騎士は大陸東西の有力な国に助力して、来たるべき決戦の際には牽制をさせられるように動いていこうという話。

 そして、人目を欺くエルフの首飾りを五個、"砂粒"は持ってきた。

 

 山岳国家ビードの怪鳥や竜神の国オズワルドの飛竜のような知性ある魔物ならともかく、低俗な魔物を使役する蛮族のことなどローランには理解不能だったが、ナツメの着眼点で「単純に魔物と仲良くなったからだ」と考えれば確かに説明がつく──気がしないこともない。

 いや、流石にありえないか。

 あんな凶暴で醜悪な連中と仲良くするなど、気性の荒い動物を飼うよりも至難の業だろう。

 

「おーい、都へ用事かー!?」

「……そうだ! 探究の都に知り合いがいて、訪ねてきた!」

 

 問いかけてきたラガニアの兵士に、ローランは手をあげて応じた。

 街道に並ぶ、都への入場者の列。

 その最後尾に、ナツメと一緒に並んだ。

 商業都市の有力な商隊と思しき塊は列を分けられて、優先的に検問を受けているようだ。

 

「ナツメ。城壁の黄色い落書きから、何か感じるか?」

「……いえ。特に魔力が宿ってるとかじゃないみたいです。上の分厚い花びらみたいな物からも、今は何も感じません。でもあの花びらは魔術の実験に使われてるって"砂粒"さんも言ってたし、城壁の方も多分何か意味があってやってるんですよね?」

「だろうな。とにかく魔術士が多い国だって話だ。……俺の単なる勘だが、この都が攻め寄せられた時に、魔術の補助として機能するようなものかもしれない」

 

 奇妙な城壁と花びらを見上げながら小声で会話して待っていると、ローラン達の番が来た。

 門兵から杖を差し出される。

 中年男の魔術士がやはり門兵の横で杖を携えて、落ち着いた表情でこちらを見ている。

 この男も間違いなく探究者だろう。それも、かなりの武闘派に感じる。

 纏っている鋭い気配が戦神の魔術士達に近く、鍛え上げられた軍人のものなのだ。

 

 ローランは検問の杖を振った後、予め"砂粒"から渡されていたイオの紙片を門兵に差し出した。

 門兵から紙片を寄越された探究者がローランを見て眉を大きく吊り上げ、ナツメにもさっさと杖を振らせて形ばかりの問答をして、簡単に都の中へ入れてくれた。

 

『すぐリファを呼びます。西側の城壁沿いへ』

 

 返された紙片には、青白い文字でそう書き込まれていた。

 やはり強国の最精鋭たる魔術士だ。

 握った杖を紙片に一瞬触れさせていたが、それだけでこうして伝言が出来るとは。

 

「すごい……ちょっぴり杖で触れただけだったのに……」

 

 紙片を覗き込んだナツメが、すうっと消えていく魔力の文字を見届けて感嘆の声を漏らした。

 指示通りに西側の城壁沿いで少し待っていると、シュババババとものすごい勢いで小柄な女性が一人慌ただしく走り寄ってきた。

 

「はぁーっ、はぁーっ!! はぁっ、はぁっ……! っ、よ、よ」

「……よ?」

「げほ、げほげほっ!! はぁ、はあ、はぁ、はぁ……! はぁ、あぁぁ~~……あの、ふしゅ、アレっす」

「あれっす?」

「あ、アレっすアレっす! はふ、ようこそラガニアへ! 老エルフのスクロ……あ、じゃなかった! イオっちのご友人!!」

「…………」

 

 よほど遠くから全力疾走してきたのか、女性は四つん這いになって何とか呼吸を整えながら、ローランに歓迎の言葉をくれた。

 汗だくで向けられた、親しみやすい雰囲気の笑顔。

 まだ寝癖が残っていると思しき、手入れされていない短めの茶髪。太い眉。

 細められた両目を、磨き上げられた透明な水晶か何かと思しき装飾品が覆い、その端に繋いだ紐が耳へと結ばれている。

 服装は旅に使う茶色の外套のあちこちをあえて切り裂いて白い肌をわざと露出させたような、意味不明な格好だ。

 外套らしき衣服の下は、何も着ていないのか。

 年齢はおそらく自分と同じ二十半ばか、少し下くらいだろう。

 

「……あんたがイオの言っていた、探究者リファか?」

「そうっす! アタシのことは『リファちゃん』って呼んでくださいっす! でへへ」

「……イオからの手紙で知ってると思うが、俺はフォルラザの戦神騎士ローラン。こっちは従者のナツメだ」

「ウチ、ローランさんのお伴のナツメって言います。よろしくお願いします、リファちゃん」

「おおっ! どうもっすどうもっす!」

 

 探究者リファはふらつきながらも立ち上がり、汗を衣の袖で拭った後、ローランとナツメの手を同時に取ってぶんぶんと振り回した。

 握手、のつもりなのだろうか。

 ナツメの山に行く前に出会った全裸の探究者ヴァッセルとはまた違った方向で、個性的な女だ。

 

「んで、アレは!?」

「あれ?」

「アレっすよ、アレアレアレ!!」

「……ああ。ちょっと待ってろ」

 

 ローランは腰の巾着袋からルルシェの黄金のスクロールを取り出して、結びをほどいて中身を見せた。

 水晶の奥でリファの目がぐわっと見開かれ、灰色の瞳が輝く。

 

「うおおおおぉぉぉぉっっ!!! くれっ! くださいっ!! お願い申し上げまっす!!!」

「いや、駄目だが……」

「ケチっ! ケチンボっ!! ベロベロベーっ!!!」

「……あんたすげえ正直な奴だな」

 

 ひれ伏して懇願したかと思えば、次の瞬間罵倒に走る。

 子供だってもう少し落ち着いてるぞとローランは思ったが、相手は東方の強国の最精鋭なので、一応やんわりと感想を述べた。

 ナツメはあまりの変わり身の早さについていけず、口を半開きにして唖然としている。

 

「んんっ……ごほん。まあ、お互い一旦落ち着きましょ」

「…………」

 

 ずり落ちていた水晶の眼飾りをクイと二本指で直し、キリッとした表情を作る探究者リファ。

 かつてヴァッセルに出会った時と、同じ感情が芽生える。

 

 一発張り倒して、そのまま立ち去りたい。

 

 ラガニアの探究者とやらは、こういう手合いばかりなのか。

 いや、検問を担当していた者達を見るに、決してそんなことは無いだろう。

 おそらく自分達が、連続で奇人変人を引き当てているだけだ。

 

 まあ、普段は軽薄で幼稚なイオの知人だから仕方無い。

 そう思うことにした。

 

「……同朋のイオが伝えてあった通り、このスクロールの解読を頼みたいんだが」

「了解っす! じゃあとりあえず我が家へどうぞどうぞ! いやー、楽しみっすねぇ! イオっちからのお手紙届いても中々来なかったから、アタシずっと心配してたんすよ?」

「そうか、そりゃ悪かったな。ちょっと野暮用で寄り道しててな。別にオズワルドの飛竜に見つかったとかじゃ」

「あ。ローランくんのことじゃなくて、老エルフのスクロールのことっす」

「はっ倒すぞお前。さっきから舐めやがって」

 

 王城から伸びた分厚い花びらが覆う薄暗い都を、ローラン達はリファに先導されて歩いた。

 流石に有力な国の都なだけあって、大通りでなくても往来する人々は商業都市サレより多い。

 

「前の街で噂には聞いてたが、頭上の花びらみたいなもんは結局何だ? 雨避けか?」

「んー、そういう使い方も出来るっすけどね。ま、国家機密って奴っすわ」

「今日は朝から晴れでしたけど、花びらがあるから日陰だらけですね……」

「まあまあ、その内慣れるっすよ」

「あとリファちゃん、その目を覆ってる透明な飾りものは何ですか?」

「んあー、これは"眼鏡"っすね」

「めがね? 何か特殊な効果がある品か?」

「いんや、ただの趣味の装飾品っすよ」

「……そうか」

 

 おそらくそんなことはないのだろうが、ローランは深く聞かないことにした。

 自分の武具の見た目と気配を欺いている首飾りだって、リファは尋ねてこない。

 戦神の大剣が白銀製で加護を強く受けていることくらい、イオの友人ならば知っているはずだ。

 隠しごとを無理に聞かないのは、表面的な人付き合いでは重要なことである。

 

「ぅ、わぁ……前の街より……っ」

 

 ナツメが何かを言いかけて、しかし口を閉じた。

 都に立ち並ぶ家屋は頭上の花びらに負けず劣らず、極めて派手な色使いのものがそれなり以上の数あった。

 それについては途中の街にもいくつかあった上に、"砂粒"から話を聞いている。

 国仕えの魔術士の中でも、探究者を筆頭とした精鋭達が住む家らしい。

 家を派手に塗りたくる許可を王から賜ることが、この国では名誉の証なのだとか。

 全く理解出来ない風習だが、理解出来ない風習など攻め滅ぼした南方諸国にだっていくらでもあったから、ローランはそういうものだと思うことにした。

 

「頭おかしく見えるっしょ? この国」

「え、えっと、その……」

「……いや、別に。国の在り方の違いなんていくらでも見てきたからな、俺は」

「えぇ~? アタシから見ても頭おかしいと思うのに。だいぶ変わってるっすね、ローランくん」

「んだとこのっ……!」

「お、落ち着いてくださいローランさん。リファちゃんも、あんまりからかわないでくださいよ」

「でへへ、ごめんっすナツメちゃん。いやー、『ローランはからかうと楽しいよ』ってイオっちのお手紙に書いてあったけど、ホントっすねぇ!」

 

 ローランはナツメになだめられながらも、密かに確信した。

 この女は、間違いなくイオの同類である。

 尊重する気になれない軽薄で幼稚なところが、よく似ていた。

 

 そしてその軽薄な上っ面の下に、確かな知性と実力を有しているであろうところも。

 

 途中の街の老婆。都の検問で取り次いでくれた中年男。

 珍妙な言動で覆い隠しているが、今まで見てきた探究者に負けず劣らず、リファは魔術士として手練れであると感じられた。

 自分は魔術関係の素質が皆無だがそれでも、そう感じられた。

 

 戦神の民としての本能が、ローランに告げていた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 案内されたリファの家は大きめの民家だったが、やはり他の魔術士の家らしきものと同じく奇抜だった。

 外壁に赤青黄の塗料が斑模様に塗りたくられており、見ていると目が痛くなる。

 とはいえここまでの道中で数えきれないほどこういった外見の家屋は見てきたため、もう今さらだとしてローランもナツメも特に感想は述べなかった。

 

「えちょっ、散らかりすぎじゃないですか!?」

 

 だが家の広間に入った直後、ナツメが思わず口走った。

 足の踏み場も無いほどに本や杖や衣服や食器や袋やよく分からない小物が散乱し、何とか隙間があるのは炉と机の周りだけだ。

 その机の上にも、大量の本や小物が散らばっている。

 

「あんた……片付けが出来ない類の奴か? いくつも棚があるのに、全部スカスカじゃねえか」

「ちっちっち。これは俗に言う"最適配置"って奴っすよ。日常生活や探究の上で最大限効率的に必要物が手に取れるよう、計算し尽くされた配置になってるんす。人間に与えられた時間や体力は有限っすからね」

「へ、へぇー……そういうものなんですか?」

「あ、でもちょっとこれじゃ机の周りでお話も出来ないっすね。よっこらせっと」

 

 リファは床や机に散らかっているものを雑に広間の端に寄せていった。

 

「"最適配置"の話はどこ行った……?」

「まあまあ、こちらの椅子へどうぞお二人さん」

 

 四角い机を囲み、それぞれ椅子に座ってローラン達はリファと対面した。

 

 前の街で"砂粒"から寄越されたノーラの手紙やイオの伝言を思い起こしつつ、ローランは吐き出すべき言葉を口の中で転がす。

 目の前のラガニアの最精鋭である探究者は、自信ありげな笑顔でこちらの発言を待っている。

 おそらく、言葉での駆け引きや探り合いなど自分では足元にも及ばないだろう。

 従者のナツメもまだ世間にあまり慣れておらず、人付き合いは経験が浅い。

 そして、ただでさえ仇敵であるオズワルドがいるのに、下手に話をこじらせて新たな敵を作るなんてことはしたくない。

 ならば。

 

「……とりあえずここに来た理由である、エルフのスクロールについての話だけさせてくれ」

「はいはい、どうぞっす」

 

 ローランは巾着袋から再び小さく細長い黄金のスクロールを取り出し、机の上に置いた。

 

「俺は同朋のイオから、エルフのスクロールがどれだけ貴重なものかはぼんやりと聞かされている。俺が今後、これを行動の前提に据えるべきほどの代物だってことも。それはエルフの婆さんが、このスクロールをくれた時に『いずれ巡り廻って、役に立つ』と確かに言ったからだ」

「そうっすね。『エルフは奔放、気まぐれ、からかい癖あり』……まあご存知の通りの人の世の風評って奴っすけど。そんな厄介な性格の亜人がスクロールをこしらえて、なおかつ人間にくれるなんてのは、ホントに珍しいことっす。しかも老成したエルフがそう言ったからには、アタシも確かにローランくんの役に立つものなんだと思うっす。……あ、単にからかわれてる可能性も当然あるっすけどね?」

 

 リファの応答に、ローランは頷いた。

 

 人間の魔術士がスクロールを作成するのがいかに大変で面倒なのかは、イオを初めとする同朋の魔術士達から聞いている。

 特殊な筆、特殊なインク、特殊な巻物。

 熟練の魔術士がそれらを使い、大量の魔力と時間を注ぎ込みながら、封じ込めたい魔術に対応する複雑な紋章を、じっくりと描き上げていくのだ。

 そうして出来上がったスクロールは、魔術の素質が皆無な者でも紋章を強い意志をもってなぞれば封じ込められた魔術を一度だけ行使できる、非常に有用な代物になる。

 それは当然、どこの国でも商業都市でもかなりの高値がつく希少品だ。

 "魔力の矢"や"炎の槍"といった基本的な魔術のスクロールでさえも、高値がつく。

 

 何故なら、そもそも一般的に魔術士はあまりスクロールを書きたがらないためである。

 ローランにも、その理由は分かる。

 体力的にも精神的にも時間的にも大変な労力がかかる上に、「魔術が使える」という独自の強みをそこら辺の凡人に配ってしまうような行為だからだ。

 誰にでも扱えるスクロールを大量に製作した結果、自分達魔術士の存在を軽んじられたら本末転倒にもほどがある。

 

 ただ、黄金の叡智を誇るエルフがスクロールの作成に、人間ほど面倒な工程や労力を要するかローランは一切知らない。

 それでもイオやリファの反応を見るに、ローランがエルフの老婆ルルシェから貰ったこれは、極めて珍しいものなのだろう。

 しかも、ナツメと同じ地母神の胎から生まれた一際特別なエルフであるルルシェのスクロールならば、尚のことだ。

 単にからかわれている可能性は、この際考えなくてもいいだろうとローランは考えた。

 ナツメを救ってもらった今、彼女は自分にとって信用に値する人物だ。

 

 ローランは結びをほどいて、机の上で黄金のスクロールを広げた。

 枯れ枝のような見慣れぬ文字が細々と十数行書いてある巻物だ。

 初めて見せた時と同じく、探究者リファの灰色の瞳が爛々と輝いた。

 

「イオはこれの内容が何か詩のような形式で、あんたなら術の効果はともかく、内容を読むことは出来ると思うって言ってたが……今改めて見て、実際に解読は出来そうか?」

「うーむ……色々と資料をかき集めて、結構な時間をかければ多分……っす」

「リファちゃん。このスクロールって、やっぱり普通のスクロールみたいに文字をなぞったら何かの術が発動するんですか?」

「絶対しないっすね。それは間違いないっす」

「間違いない? 何でそんなはっきりと言いきれるんだ?」

「ほんじゃあローランくん、やってみたらどうっすか?」

「……発動したらどうすんだよ」

「しないっす。仮に発動したらアタシの首を刎ねてくれても構わないっすよ?」

 

 ローランはナツメと顔を見合わせた後、何か魔術を使おうと念じながら、おそるおそるスクロール上の枯れ枝のような文字をなぞった。

 だが、リファの言う通り何も起きない。

 

「コレがもしも、魔術の素質があるドワーフの書いたスクロールでも同じことっす。ラガニアでは長年の探究で明らかになってるんすけど、何も起きないのは魔力の性質が大きく関係してるんすわ。俗に言われる"魔力"って、実は種族ごとに性質が違うんすよね。魔物ですら、その辺の低俗な魔物を数種類捕まえて比べても魔力の性質はそれぞれ全然違うんす」

「はぁ……つまり魔力の性質が違うと、何かが干渉して使えないってことか? だけど、俺は杖を何百回振っても火の粉一つ出ないくらいに魔力が一切無いぞ。魔力が無いなら干渉もしないんじゃないか?」

「んんー。詳しく語るとすっごく難しい理論の話になるから、例え話をするっすね? 『閉まってる扉の鍵穴に合う鍵は、基本的に一本だけ』……これで分かるっすか?」

「??? ……分かるか? ナツメ」

「う、うーん。えぇっと? 鍵穴に合う鍵……? うぅーん……っ……あっ! つまりローランさんみたいに魔力が無い人間でも実際はぼんやりとした魔力の性質……鍵の形みたいなものがあって。人間の書いたスクロールの紋章は扉の鍵穴みたいなもので、その鍵を差すと扉が開いて魔術を発生させる。逆にエルフやドワーフのスクロールの鍵穴は人間の魔力の性質が……鍵の形が合わなくて差さらないから何も反応しない。……って感じですか?」

「素晴らしいっす! 大正解!! それに比べてこの大人は子供に丸投げして……けっ」

「……悪かったな。馬鹿で」

「でへへ、冗談冗談。気を悪くしないでくださいっす、ローランくん。……それよりもナツメちゃん、ラガニアで探究者を目指さないっすか? 相当な魔術の才がある子だって報告を伝令に聞いてるし、多分良い線いくっすよ?」

「ごめんなさい」

「そ、即答っすか」

 

 リファは気まずそうに唸り、眼鏡をクイと指先で押し上げた。

 

「ところでリファ。エルフのスクロールが珍しいとは言うけど、実際どれくらい珍しいものなんだ?」

「本物だったら、ラガニアでは国宝になるくらいっすね」

「えぇっ……!?」

 

 ナツメが声を裏返す。

 

「まあ、ラガニアは魔術士の国っすから。ここではオタクらの戦神みたいに信仰されてる特定の神さまはいないっすけど、その代わり黄金の魔術を操るエルフが生きた神さまみたいに滅茶苦茶尊敬されてるっす」

「……ということは、この国にはエルフはあんまり訪ねて来ないのか」

「そう、滅多に来ないんすよねぇ~~。ま、ここへ来たら魔術のことを根掘り葉掘りあれやこれや聞かれて、付き纏われるのが分かりきってるからっしょね。いや、この国もそこそこ歴史が長いっすから、ホントたまぁーにやって来た事例はあるんすよ? そんなエルフと何とか交渉して手に入れて、それで国宝になってる代物は実際あるし……けど、国を挙げて歓迎してもだいたい遊び半分にからかわれて口から出まかせばっか言われて、そいで飽きたら『ハイさようなら~』みたいなつれない対応されるんすわ」

 

 リファは至極残念そうに長々とため息を吐く。

 その様子を観察しながら、ローランは今までの自分の経験や"砂粒"から聞いた話、そしてノーラの手紙を思い出す。

 月の国マーブリスの王家は代々、最精鋭の"月影騎士"という扱いで領内のエルフ達に、ある程度の協力を継続的にしてもらっているという。

 ローランに寄越されてきた五個の容姿や気配を欺く首飾りだって、その内の年長の熟練者が作ったものらしい。

 そして自分とナツメが深く関わりを持った、地母神の子であるエルフの老婆ルルシェ。

 こうして考えると戦神の軍はあのフォルラザ滅亡の夜以降、やたらとエルフに縁があり、好意的に接してもらっている。

 

 ラガニアは、その真逆だ。

 下手に出て強く敬い、何とかその黄金の叡智を得ようとして、たまにその努力が実るものの、だいたいは適当にあしらわれて終わっているだけのようだ。

 エルフは奔放、気まぐれ、からかい癖あり。

 人間の世の風評は、こういうことが繰り返されて形作られたのかもしれない。

 

「国宝になってるエルフのスクロールは三本あるっすけど……それも全部人間で言えば二十にならないくらいの、若いエルフが書いたもんなんすよね。老エルフの書いたスクロールなんて、この国じゃ今まで誰も拝んだこと無いっすよ。……ちなみにこのスクロールくれたエルフの名前、聞いたっすか?」

「……いいや。フォルラザが滅んでオズワルドから逃亡してた最中にあの婆さんがふらっと寄ってきて、山の中の"闇の吹き溜まり"を潰すのに協力しただけだからな」

「はぁぁんっっ!? "吹き溜まり"を潰しただけで、老エルフからスクロールぅっっ!!?」

 

 リファは顔をしかめて唾を飛ばしながら、バンバンバンと机を三度叩いた。

 それだけで掃除されていない部屋の広間では埃が舞い、ナツメが小さく咳き込んだ。

 乱暴な動作によって、眼鏡がずり落ちる。

 

「……ローランくん、人生舐めてるっしょ?」

「舐めてねえよ。そもそも別に『スクロール寄越せ』なんて頼んだわけじゃないし」

「『別に』なんて言葉が出てくるのが、アタシら探究者からしたら人生舐めてる証拠なんすよね。分かるっすかこの気持ち?」

「分からん。……まあ、イオでさえも相当羨ましそうにしてたから、これがすごく貴重な物だってことくらいは分かってるよ」

 

 リファは小さく息を吐き、ずり落ちた眼鏡を直した。

 

「イオっちは当然知ってて国仕えのアタシに取り次いだはずだからぶっちゃけて言うっすけど……アタシ、陛下から『国庫を大きく傾けてでも、莫大な見返りを求められても、何とか老エルフのスクロールを入手するように』って命じられてるっす」

「そこまでの代物かよ。面倒くせえな……」

 

 ローランはこの一件が思ったよりもかなりの大ごとになっていることに、頭をかいた。

 そして、探究の国の王がそこまで言う以上、取引での譲渡を拒めば当然、都中の魔術士が武力行使で奪いにくる可能性が高い。

 リファの真剣な眼差しは、言外にそれを匂わせていた。

 ナツメも察したようで、机に立てかけていた自分の杖をそれとなく手に取って、緊張している。

 ただ、現状この家を取り囲んでいるような気配は無い。

 

 流石に大陸東方の強国だ。

 戦神に祝福された大剣と胴鎧で武装した戦神騎士が、たとえ単独であっても市街地戦でどれほど危険な相手かよく理解しているのだろう。

 あからさまに刺激するような真似は、今はしてきていない。

 こちらは祖国という大きな後ろ盾を失った、放浪の身だというのにである。

 その上で都の中に招き入れて、リファのような最精鋭を通して交流してくれているのだから、ラガニア側も出来るだけ穏便にことを運びたいはずだ。

 スクロールを差し出すことを戦神に誓って取引を持ちかければ、来たるべき竜神の国オズワルドとの決戦に助力だってしてくれるかもしれない。

 

 だがそれでも、ローランの頭には舌を出して笑うルルシェの皺くちゃな顔が思い浮かんだ。

 取引で"闇の吹き溜まり"を払っただけの間柄だった頃ならともかく、今の彼女は自分とナツメの窮地を救ってくれた、一生の恩人と言ってもいい相手だ。

 

 また、前の街で"砂粒"がイオの紙片を寄越しつつ、「"その時"が来るまで絶対に手放すな」と念を押すように彼女の言葉を再度伝えてくれていたこともある。

 おそらくイオはこういう対応を相手がしてくることを充分理解した上で、それでも自分に「探究の国ラガニアへ行け」と言ったはずだ。

 それは同じ道のりを歩む同朋からの、信頼の証である。

 

「悪いけど、このスクロールはどうあっても譲れない。フォルラザとオズワルドの大戦の結果は当然知ってるだろ? 確かに俺達フォルラザ残党の目的は、戦神の軍の再起と竜神の国への復讐だ。だけどこのスクロールを渡す見返りに、俺達の目的にラガニアが助力を約束してくれるとしても……それでも譲れない」

「……どうしてっすか? そのスクロールを取引材料にすれば、陛下は間違いなく大軍を動かしてくれるし、他の助力だって」

「エルフの婆さんに俺が売った恩はさっきも言った通り、"闇の吹き溜まり"を潰しただけだ。ただ……それで俺が貰ったものはこのスクロールだけじゃない。イオの手紙読んでて、今の俺見れば分かるだろ? 戦神の武具を上手く誤魔化す装飾品だって、その婆さんから貰ってる」

「…………」

「そして、そんなものよりもっと大事な……あの敗戦から立ち上がって前に進むための、心の手助けを貰った。だから、俺にとってあの婆さんは大事な恩人だ。そんな恩人が『お前の役に立つ』と言ってくれたものを他国に売り渡すことは、一人の人間として出来ない」

「その『役に立つ』というのが、今まさにラガニアの確かな助力を得られるという意味だったとしたら?」

「……何でかな。東方有数の強国に失礼なのは重々承知だが、そういう意味だったとは思えない。俺はきっとまだ、このスクロールを持っているべきなんだ。あんたとこうやって話していて、何となくそう思う。……誠に申し訳無い」

 

 ローランは畏まり、探究の国の最精鋭に頭を下げた。

 ルルシェとの間に起きたことの全てを語ったわけではない。

 ルルシェやナツメの本当の素性だって、当然話すつもりは一切無い。

 その上で、語れることは語った。

 

「……参ったなぁ。かつての大陸南方の覇者の最精鋭にそこまで言われたら、まあ取引は無理っすよね」

「すまないな。散々待たせといて、こんな態度で。……だけどスクロールの内容を模写するくらいならいいだろうって同朋のイオからは言われてる。あと、解読の見返りにこの国の抱えてる面倒ごとを何か手伝えと言うのなら、喜んでさせてもらう」

「いやいや。別に内容読めても術が使えるわけじゃないんだから、オタクらの立場でそこまで畏まらなくても。ていうかむしろ、アタシらが大金払ってでも解読と模写させてほしいくらいなんすけど……」

「そんなすごいんですか? このスクロールって」

「超スゴいっすよ! 今まで悪どい商人達が何千回も偽物売りつけようとしてきたくらいスゴいもんっすよ! しかもアタシの目で見る限り、こりゃ間違いなく本物っすよ!! くれっ!! 陛下が何でもしますからくださいっっ!!!」

「駄目だっつってんだろ」

「ケチ! ドケチ!! ドケチンボッ!!!」

 

 初対面の時と同じやりとりをした後、リファは明日この国が滅びるかのような悲しい表情で、深いため息を吐いた。

 そしてふらっと椅子から立ち上がり、部屋の端に寄せていた本や衣や小物の山から何か小さな袋を引っ張り出して、その中に入っていた細長い干し肉をかじり始めた。

 リファは眉をひそめ、片目を細めて、肉の欠片をクチャクチャと音を鳴らしながら咀嚼している。

 そうしながら何事かを思案しているようだが、傍目にあまり印象が良くない。

 ナツメやノアやノーラには流石に及ばないが、それでもそれなりに親しみやすい容貌なのだから、もっと身だしなみや態度に気を付ければいいのにとローランが思った直後。

 

「ごくんっ……ぃよしっ。ちょっと陛下とお話してくるっす」

「王様と?」

「まあ戦神騎士一人くらいなら、この都の探究者で一斉にかかれば無理やりスクロール奪い取れると思うっすけど。多分アタシかアタシの同朋は何人も死んじゃうし。ていうかアタシ死にたくないし。ローランくんの心意気も分かったし」

「……あんた、もうちょっと色々気を付けた方がいいぞ」

「宿とお金の手配もしてくるっす。あと、今課題になってることのお話とかも。それで……その、お二人さん? 待ってる間にもし良かったら、アタシの家のお片付けしててくれたら嬉しいなぁって。でへへ……」

「は? 何で俺達がそんな」

「ウチは別にいいですけど……でも"最適配置"は? ウチらじゃリファちゃんにとっての"最適配置"は分からないですよ?」

「やだなぁ、ナツメちゃん。あれはウソっすよ。こんなのただ散らかってるだけに決まってるじゃないっすか。でっへっへ」

「…………」

 

 ナツメの非常に端正な容貌が、ローランすら未だかつて見たことないような表情を浮かべた。

 この図々しくて無礼極まる女の胸倉を掴んで頭突きでも見舞ってやろうかとローランは考えたが、探究の国の王と話に行くと言っているのだから、ぐっとこらえた。

 

「あっ。お片付け中に気になる本があったら読んでくれてもいいっすからね? 今日中に帰れないかもしれないから、食べ物はこの家にあるもの好きに食べてくれていいし、寝室もご自由にどうぞっす。ただ、鍵をかけてるアタシの私室には入らないでくださいっすね。……そいじゃ!」

 

 リファは壁に吊るしてあった豪奢な黄色い外套を右肩のみに羽織って、バタバタと出ていった。

 

「……ローランさん」

「何だ、ナツメ」

「これがローランさんの言っていた『険しくて惨めな道のり』っていうものなんですね……」

 

 多分違う。

 多分違うが、道のりの中で否応なく目にする人間の汚さ醜さの一種であるのは間違いない。

 

 自分の従者である純粋な少女が俗世で穢れていくことに同情しながら、ローランは乱雑に転がっている本のうちの一冊へ手を伸ばした。

 

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