エルフの老婆ルルシェがかつてローランに寄越した、小さく細長い黄金のスクロール。
その解読のためにローランとナツメがラガニアの都に住む探究者リファの元を訪れた、翌日。
「えー、"水"……で合ってる、かな? "大きな"……"水"……川のこと? 湖? それとも海? 何すかこれ。何で森に住むエルフが"水"についてのスクロールを……?まあ素直に川って解釈が妥当……いや……」
綺麗に整理整頓され尽くした自宅の広間で、それでも大量の本や紙切れを机の周囲に散らかし直して、リファが黄金のスクロールのたった十数行の文字列を睨みつけながら、ひたすら唸る。
ローランとナツメはそれを机の対面に座り、じっと見物していた。
実物を見ながらの解読は自分達の見ている前で、リファ一人だけで行うこと。
黄金のスクロールには触らないこと。
解読中は自分の杖や他のスクロールを手に取らないこと。
それが解読を正式に依頼するにあたって、ローランがリファに設けた条件だった。
同朋の戦神騎士イオが予め考え、"砂粒"を通して伝達してくれていたものである。
軽薄なこの女とて、強国の最精鋭たる上澄みの魔術士なのだ。
戦に関する魔術しか知らないローランでは彼女がどんな業を振るうのか想像が付かない以上、咄嗟に不意をついて奪われるということは避けたかった。
「はふ~、参ったっすね……エルフの文字については国宝のスクロールの模写以外にも、とりあえずかき集められる資料を皆でかき集めたんすけど……これは中々……」
リファは額の汗を拭って椅子の背もたれに体重を預け、自宅の天井を見上げた。
この探究者の女は結局、昨日丸一日かけて、ラガニアの王に話をつけてきていた。
フォルラザの戦神騎士ローランが、老エルフのスクロールを手放す気が一切無いこと。
その上でなお解読を依頼し、模写についても認めること。
また、解読を依頼する代わりに、この国の抱えている問題に協力すること。
リファはきっちりとそれらを王に伝え、なおかつ武力で無理やりローランからスクロールを奪うことも諦めさせたらしい。
そして解読と模写の命令だけを改めて授かってきて、ローラン達に旅路でかさばらない範囲での大金と、都に滞在するための目立たない宿を与えてくれた。
そもそもリファが語った通り、エルフのスクロールは人間では絶対発動できないのである。
だから戦神騎士と敵対して貴重な最精鋭を失うような無謀はやめて、解読と模写だけして今後の国家の"探究"に役立てようと、王は理性的な判断を下したようだった。
また、気がかりだった都に潜り込んでいる竜神の諜報についても、ラガニアはローラン達が教えるまでもなく既に把握していて、何らかの形で対策をしてあるらしい。
それはローランにとって、非常にありがたい話だった。
ただ、もはや亡国の凡庸な騎士の身でしかない自分にそこまで誠実な態度を取ってくれる以上、やはりこの国に出来るだけの協力をして報いたいと、ローランはリファを通して改めてラガニアの王に申し入れた。
大陸南方の覇者だった戦神の国フォルラザが滅亡し、大陸中央の竜神の国オズワルドが南方を得つつも疲弊している現状、探究の国ラガニアも世の乱れに乗じて何事かを為すつもりだろうと考えたからだ。
「そんなに内容が難しいのか? イオは『探究者なら読めると思う』って言ってたが」
「……難しいっす。そもそもアタシらの国にあるエルフの文字の資料って、若いエルフ達が恵んでくれた三本のスクロールと、大陸各地の森林を放浪して見つけたそれっぽいものと……あとはごく稀にふらっとやってきたエルフに教えてもらったものくらいなんすよね」
「大陸中の森を? すごいですね、この国の魔術士さん達って……」
「ただまあ、そういう集め方した資料がまず完全には信用できないっていうか。国宝のスクロールのうち二本については、くれたエルフからおおよその内容は聞いてるんすけど……エルフのスクロールは原理的に人間には使えませんよって話したっしょ?」
「ああ、実際に俺が試して無理だったしな」
「国宝のスクロールが全部そうだし、ローランくんが持ってきたコレを見てもやっぱりエルフのスクロールは詩か何かの形式を取るものなんだろうけど。でも使えないスクロールってことは、それがきちんと魔術のスクロールとして成り立ってるものかも定かじゃないわけで。もっと言えば、コレらを残してるのが気まぐれでからかい癖のあるエルフだってことを考慮しないといけないわけなんすわ」
「……な、なるほど? 分かるか、ナツメ」
「えーと、つまり……その……エルフはからかい癖があるから、この枯れた枝みたいな文字の並びが全部きちんとした意味や文法を持ってるとは限らなくて……中には文章として意味の通らない文字とか、あと文字ですらない落書きが唐突に混じってる可能性がある、とか? ……あ。それにラガニアの人達が森で集めたエルフの文字らしきものにもただの落書きが大量に混じってるかもしれないし、この国にやってきたエルフがからかうためにウソを教えていった可能性だってある……ってことですか?」
ナツメの回答にリファは嬉しそうに何度も頷き、パチパチと手を叩いた。
「まさにそういうことっす。いやー、頭の回転の早い子と話すのは楽しいっすねえ! 聞いてるっすかローランくん!」
「悪い。頭の回転が遅すぎて聞いても分からなかった」
リファはえらそうに鼻で笑い、眼鏡の位置をクイと指で整えた。
非常にむかつく態度だが、二十半ばの騎士が十二歳の少女に劣る頭なんて情けないと言われれば否定できない。
「ちなみに、ローランくんが出会ったその老エルフは信用できそうな感じだったっすか?」
「……少なくとも、俺の旅のために有益な助力や心の支えをくれたのは確かだ。だから俺は、あの婆さんを信用してる」
「ふむふむ……南方の覇者の最精鋭がそこまで言うエルフっすか。じゃあこれはきちんと使える魔術のスクロールと考えていいかもしれないっすね。やっぱものスゴい秘宝っすよ、これは……」
リファはそう言って、また黄金のスクロールの枯れ枝のような文字列に向き合う。
一人の探究者が資料をとっかえひっかえしながら、うんうんと唸る時間が長く続いた。
「……むむむ、ダメ!! 余所の人に見られながらだとやっぱ集中しきれないし、いくらアタシみたいな超スゴ腕探究者でも時間かけないとキツいし、同朋の意見も欲しいし、資料だってもっともっと国中からかき集めないとダメっすわ!」
「そうか。ならとりあえず、模写だけ先にやるか?」
「そうっすね。その方が良いっす。ただ、単色のインクで写すだけは嫌だから、出来るだけ忠実に模写できるように色々と材料を手配しないと……ごめんだけど、またお城に行ってくるっす!」
リファはそう言うと椅子から勢いよく立ち上がり、凝り固まった身体を伸ばした後、再び豪奢な黄色い外套を右肩にだけ羽織った。
顔に浮かんでいる表情は汗が浮いているが、それでも溌剌として光り輝いている。
「ふふっ。楽しそうですね、リファちゃん」
「そりゃもう! 探究者ってのは本来、こういうことを人生かけてやっていくための存在なんすからね! まあ、お国のための戦争魔術を改良するのだって大切ではあるんすけど」
「戦争魔術、ね。この前の燃える雨みたいな奴か?」
「ありゃ。アレ見たんすか?」
「見たも何もねえよ。何も無い野山に向けてぶっぱなしたつもりかもしれねえけど、下手したら全身火傷だったんだぞ俺達は」
雨雲から高熱の雨が降り注いで、草木を煙が沸き立つほどに燻す、燃える雨の魔術。
ローランとナツメは大陸東方に入ってから、それを二度体験していた。
一度目は、探究者ヴァッセルと出会った時。
二度目は、ナツメの山から出発してラガニアの領内に入った時。
リファが一旦椅子に座り直した。
「巻き込んだんなら、非常に申し訳無いっす。ただ情勢が情勢だし、あの"炎の雨"を何とか実用的な段階に持っていけないかって色々と試してて……」
「まあ、ラガニアの領内でやるなら別に部外者の俺がどうこう言うことじゃないけどよ……空の雨雲の流れなんて制御できるわけないだろうからな」
「そう、結局そこが問題になってるんすよねぇ……色々試した結果、アレはあんまり先が無い非実用的な魔術かなぁって。『無差別に生物や野山を巻き込んで攻撃してたら、自然の中で生きるエルフやドワーフに嫌われるのでは?』って意見も出たし。それにヴァッセルの爺さん筆頭に、あまりにも戦争前提の迷惑な魔術であることをうるさく言う人達も結構いたっすからね」
「ヴァッセルさんが?」
ヴァッセルの名前が急に出て、ナツメがぴくっと反応した。
「あれ? もしかして、あの爺さんとも道中出会ってたり?」
「……出会った。全裸でその辺にいたところを魔物に襲われてて、助けてやった」
「うひゃー……お恥ずかしい限りっす」
リファが顔をしかめて眼鏡を外し、付着していた汗や埃を袖で拭う。
探究者ヴァッセル。
人間の身で杖やスクロールを使わず、エルフのように魔術を行使するという"探究"に生涯を捧げ、不遇の果てに全裸となってラガニアを追放され──しかしローランとナツメの前でその成果である、"青の太陽"という革新的な魔術を披露してくれた老魔術士であった。
「助けた時に色々話をしたが……"治癒"の魔術が使えてたぞ、あの爺さん。そんな希少な素質を持つ人材を、市場で全裸になった程度でよく放逐したな」
「うーん。ヴァッセルの爺さんをこの国が捨てたのは市場で全裸になったからと言うより、しょっちゅうそこら辺で探究者に噛みついたり、国の方針にガンガン文句言いふらしてたからなんすよね……全裸事件はまあ、良い口実だったというか」
「そうなんですか……」
「そうなんす。というかまずあの爺さんは、いわゆるラガニアの最精鋭である探究者ではないっす。単なる都育ちの一魔術士だった人っす」
「……本人もあんたらを『国の犬』とか罵ってたから、そうなんだろうな。魔術は"治癒"以外からっきしだとも言ってたし。だけど、"治癒"の魔術使える貴重な魔術士だろ? いくら偏屈でやかましくても捨ててよかったのかよ」
「それについて言えば……あーまあ、スクロール見せてくれた恩もあるし、ローランくんになら言っちゃっていっか。ここだけの話にしてほしいんすけど、ぶっちゃけこの国は探究者かそれに近い実力の魔術士達のうち、結構な大人数が"治癒"使えるんすよね。もちろんアタシも」
「なっ……」
耳を疑うような発言に、ローランは絶句した。
ナツメも目をパチパチさせて驚いている。
全盛期のフォルラザの戦神騎士団ですら三人しか使えかった、今の戦神騎士の生き残りではアレクシスただ一人しか使えない貴重な"治癒"の魔術。
それをこの国では、優れた魔術士の多くが使えるというのか。
そこまで隔絶した魔術への意識の違いがあるとは、流石に想像していなかった。
「前の街で聞いたりしなかったっすか? この国は物心ついたら、とりあえず杖振らせるって。そんなこと、オタクらの戦神の国ではやってなかったっしょ?」
「……そうだな。俺達は物心ついたら杖じゃなくて、剣や槍だった」
「"治癒"の魔術に希少な素質が要るのは確かなんすけど、この国はとにかく魔術の素質を国民全員余さず見るんすわ。ここ最近は検問でもやり始めたくらいっすからね。……ナツメちゃんも"治癒"の素質があるだろうって同朋が寄越した伝令から聞いてるっすよ?」
「え、えっと……」
「まあ、あんた達ほどの魔術士相手にいつまでも隠せないか。正解だ。ナツメは"治癒"がもう使える。……あの検問の婆さん、杖の一振りでそこまで分かったとはな」
ローランは素直に白状した。
この国では多くの実力者達が"治癒"を使えるというのならば、無理に隠し通す必要もあるまい。
「んで、そんだけ試行回数が多いと当然その分、"治癒"が使える素質持ちも多く見つかるんす。"治癒"が百人に一人の素質だったとしても、百人だけ試すのと一万人以上試すのとじゃ全く結果は違うっすよね?」
「とんでもない国だな、ラガニアは……」
「そりゃお互いさまっすね。アタシらからしたら、魔術も無しに他国の兵士の数倍以上の武力を謳われる戦神の民の方がとんでもなく見えるし。それに"治癒"使いって貴重だけど、言うほど万能じゃないのは戦争しまくってたオタクらならよくご存じでは?」
リファの言葉を、ローランは無言で肯定した。
"治癒"は膨大な魔力と引き換えに傷を癒す有用で貴重な魔術だが、消耗が激しすぎて戦神騎士の魔術士でさえ数人治せばその後まともに戦闘へ参加できないほど疲弊するのだ。
その上、ただちに生死に関わるような大きな深手を完全に治しきることは熟練者でも相当難しかったり、それほどの深手は無理に治しても歪な治り方になって逆に苦しみが長引いて死ぬだけになることも珍しくない。
また、斬り飛ばされた手足を支障無く動かせるようにくっつけることは、何故か致命傷を治すよりも困難らしかった。
そして即死すれば当然、"治癒"など何の意味も無い。
平穏な営みの中や、あるいは旅路の中で不意に負傷した怪我人を治すのならば極めて便利で、使えれば食い扶持にも困らない類の魔術なのは確かなものの、国家間の大規模な戦争の現場でどれほど役に立つかと言われれば、何とも微妙な立ち位置なのだ。
だから当然、そんな"治癒"の魔術を目当てに戦神騎士である自分から従者のナツメを確保しようなどということも、あまりにも割に合わない行いだ。
怪我人を日に数人治せる程度の魔術のために百人以上犠牲を払っていたら、どうしようもない間抜けである。
それでもローランがエルフの首飾りで戦神の武具の見た目を欺いている以上、その手の間抜けは今後現れるかもしれないが、間抜けであるが故に別にどうとでもなる。
ただし、ローランは"砂粒"からの報告で、月の国マーブリスを攻めた北方の勢力"神聖国家オラトリア"が大人数に常時"治癒"をかける手段を持っていたという、恐るべき話を聞いている。
それについては、あえて語らなかった。
差し出す情報はしっかりと吟味するべきだ。
今色々と国のことを語っているリファだって、おそらくはそうしていることだろう。
「あと、ヴァッセルの爺さんが頑張ってやってた"探究"……『杖やスクロール無しにエルフみたいに魔術を使う』って命題っすけど。これがはっきり言って、国家的にはあんまり価値の無いもんなんすよね」
「価値が無い? 何でだよ」
「どうしてだと思うっすか? ナツメちゃん」
「ウチに聞くんですか……えーと、えーと……杖やスクロールがきちんとあるのに、わざわざそれを使わないで苦労する必要が無いからですか?」
「パチパチパチパチ、正解。流石っすナツメちゃん。そう、杖振ったりスクロール使えばすぐに出せる"魔力の矢"を、全裸になって長々と瞑想して撃っても仕方無いんすね。仮にそれを極めに極めて服着たまま瞬時かつ自在にこなせるようになっても、人間一人の力じゃ所詮人間一人の範疇の魔術しか使えないっす。子供のころからひたすらそれに打ち込んで、爺さんになるまで人生費やして極めたとしても……黄金の叡智を誇るエルフの魔術にも、イオっちみたいな戦神の祝福を受けた魔術にも、アタシらの集団で行使する魔術にも到底及ばない」
「…………」
「もっと言えばきっちり体系化して技術を継承し、今後改善していけるかを考えたら、あの爺さんの理論をアタシらが聞いてた限りではおそらくムリ。ていうか上澄みの探究者が実際に何人か軽く試したんすけど、試した全員が『非効率な上に、まともな指向性や応用性を持たせるのは困難だろう』って主張したっす。通常の魔術の行使と違う、超専門的な素質を強く求められるのが明白になってるんすよね。そもそも、その時間と労力で他に色々出来るあれこれを投げ捨ててまでやる価値があるかって言うとね……」
「そんな……」
「アタシがオタクらにこうしてお国の見解をべらべら話してるのは、まあつまりそういうことなんすよ。お国としては『あえて取り組む価値は無い』以上でも以下でもないっす。すっごい単純に言うと、筆とインクが傍にあるのに、わざわざ指を深く切って血で手紙書く練習をするようなもんすわ。個人の業にはなっても、国家の業には出来ない」
「……無情な話だ」
ローランはリファの整然とした話を聞きながら、道中で関わった全裸の"探究者"を憐れんだ。
彼女の言っていることは、最後の例え話でおおよそ理解出来た。
あの全裸の老人の試みが国力の底上げに寄与するかと言えば、おそらくはしないのだろう。
仮に寄与するとしても、途方もない時間と労力を集中的に費やさねばならず、その上でどこまでその技術に継承性や発展性、そして有効性があるかは確かにかなり怪しいところだ。
ローランが思いつく用途は暗殺者として鍛え上げるくらいだが、全裸の暗殺者なんてまるで話にならない。
半裸でも無理だろうし、衣服を着て杖無し魔術での暗殺が可能な領域まで心技体を鍛え上げた精鋭魔術士を、役目を果たせばそこで死ぬ危険性が高い暗殺者にして使うのは、それはそれで人材の使い方として勿体無いにもほどがある。
ただそれでも、あれだけ熱心に人生を捧げてきたであろう老人の執念を、その祖国が「価値が無い」として切り捨てるのは、あまりにも無情に感じてしまう。
ヴァッセルは確かに自身の"探究"を一つの到達点に至らしめ、"青の太陽"という独自の魔術すら創造して、自分達に披露してくれたのだ。
とはいえ、あの"探究者"の方だってもうラガニアに未練は無さそうだった。
まだまだ自分の"探究"をどこまでも突き詰めていきたいと、そう言って笑っていた。
国と個人がどうしても相容れない以上、袂を分かつのは仕方ないことかもしれない。
ナツメと目が合った。
ナツメの真紅の瞳も強い憐憫の色を浮かべていたが、それでもヴァッセルの成果を本人に代わってひけらかしてやろうとは語っていなかった。
"探究者"ヴァッセルはこれからも、自分自身の"探究"の中に生きていく。
いずれ確かな到達点に至れば、道行く誰かに披露して、そこで満足して人の営みに混ざるかもしれない。
あるいは、自分の"探究"に果てが無いことに何かを感じながら死んでいくかもしれない。
そういう生き方があってもいいのだ。
「あ。一応言っとくっすけど、さっきの話はお国から見ればって話っすよ? アタシ個人は『面白いことやってるな~』って思ってたし。『"探究"って戦争用の魔術ばっかを研究することとは違うでしょ。"探究者"って本来そうじゃないでしょ』って意見には賛同してるし。あとこの所々切り裂いて肌見せてる服装も、ヴァッセルの爺さんが追放間際に叫んでた全裸理論から着想を得たんす」
「ただの奇抜な変態衣装じゃなかったのか」
「なわけないっしょ!? これやると確かに自分の中の魔力の流れをちょっぴり感じやすくなって……はいいや。昼が来る前にとりあえずお城行かなきゃ! 留守番お願いしまっす!!」
リファは慌ただしく自宅を飛び出していった。
「国にとって価値が無い……ですか。ヴァッセルさんあんなに凄いことしてたのに、なんだか悲しいですね」
「……このラガニアは魔術士を幼少から見出して育てる国だ。国がそういうことを民草に援助してまでやってるってことは、そうして魔術士になった以上は国の役に立つことを求められるはずだ。あの爺さんみたいに"治癒"以外はからっきしで、その"治癒"だって上澄みの連中は大半が使えますなんていうのは、ラガニアの魔術士としては相当厳しいんだろうな。あと、自分の持論が国のやってることと食い違ってるのも。だから多分、自分だけの価値や成果が欲しくてああいう厳しい"探究"の道を選んだんだろう。それでも……完全に独りきりだと辛い道だ」
「『人間は、孤独では生きていけない。認めてくれる他者が、いずれどうしようもなく欲しくなる』……やっぱり、あの人の言ってた通りなんですね」
「そうだな。だけどリファは爺さんのやろうとしてたことを『面白い』と思ってたみたいだし、意見は認めてるし、あの全裸から着想だって得てる。ヴァッセルの爺さんが他者との繋がりをもう少しだけ頑張れてたら、話はまた違っていたかもしれない」
ナツメの鼻を啜る音が、二人きりの広間に響いた。
繊細で心優しい少女だ。
そして一歩間違えば、孤独で失意にまみれた人生を歩んでいたかもしれない少女だ。
不遇の果てに国を追われた老人に、強く共感しているのだろう。
「ウチはすごく恵まれてますね」
「ん?」
「お父さんに大切に育ててもらって、ローランさんと出会って、ルルシェ様に人間の世の中で生きていけるようにしてもらえて。幸せ者です」
「……幸せ者なら、すぐ泣かないようにしないとな」
指で涙を優しく拭ってやると、ナツメはいつものように思わず見惚れる笑顔を浮かべた。
純白の、大輪の花だ。
………
……
…
五日後。
「よ……しっ……出来、た……ぐふっ!」
「ああっ、リファちゃん!?」
まだ塗料が乾いていない模写の上に突っ伏すのをこらえたリファが筆を握ったまま、椅子の横にばたり崩れ落ちる。
ナツメが急いで駆け寄り、今までのように水で湿らせた布を額に押し当てた。
この探究者は五日間、無言でナツメに汗を拭わせながら、食事と睡眠時以外はひたすらエルフのスクロールの模写に没頭していたのだ。
たった一文字を正確に写すのに数時間かけることも、何度かあった。
「でへへ……どうっすか、ローランくん。まるで本物みたいっしょ……?」
「……ああ。大したもんだな、あんた。文字だけじゃ全然見分けがつかない。流石はラガニアの探究者だぜ」
黄色の巻物に書かれた枯れ枝のような文字列を、ローランは自分の持つ本物と何度も見比べた。
様々な種類の塗料や筆を巧みに使い分けて作られた模写は、細かい字の癖のようなものから色の濃淡まで、完全無欠の代物だ。
専門の職人を呼びたいと言い出すかと思っていたのにリファ自身が五日かけてやり遂げるのだから、ローランは大したものだとしか表現出来なかった。
「ふっ……もうアタシの人生に悔いは無いっす。じゃあ、さよなら……」
「ええっ!? リファちゃんダメですよ死んじゃ! ウチがとびっきりおいしい料理作ってあげますから!!」
「あ、じゃあ死ぬのやめるっす。今日は豪勢に鳥肉一杯入れたスープが食べたいっすねぇ。お買い物もよろしく、でへへ」
「これ幸いと俺の従者に好き放題言うな。ほら、起きろ」
ローランはリファに肩を貸して、火を熾した炉の前に椅子を移動させて、座らせた。
「……燃え尽きたっす。当分は鼻くそほじってナツメちゃんの美味しいお食事食べて寝るだけの生活をしたいっす」
「鼻くそはほじるなよ……まあ、お疲れ様。ナツメ、市場へ買い出しに行くぞ」
「はい! 鳥肉のスープですね? ウチ、頑張って作ります!」
「えぅー、きゃははは」
赤子のような応答をする疲労で壊れた探究者を置いて、ローランとナツメは市場に出かけた。
若干太陽が西に傾き始めていたが、必要な食材は何とか買い揃えられ、リファの家に戻った。
ナツメが炉の前で調理器具を使って、買ってきた鳥の骨付き肉や香草を適度に切り、豆も入れて沸かした湯で煮始める。
「んんー、いつにも増して美味しそうな香りっす。ローランくんはいいっすねー。こんな器用で優しくて頭良い従者がいて」
「えへへ……ありがとうございます」
「アタシもそろそろ弟子取ろっかなぁ……家の掃除や食事の準備させたいし」
「それ魔術士の弟子じゃねえだろ」
「おっしゃる通りで。でへへ」
完成した模写が乾くのを邪魔しないように、ローラン達三人は床の上で食事を取った。
ナツメは旅の中で、料理の腕をめきめきと上達させていた。
野山で仕留めた動物や採った果実や木の実や香草を使い、調理器具も前の街で度に必要な分を揃えたことで、今や多彩な食事が即興で作れるようになっている。
リファの言う通り、本当によく出来た従者の少女であった。
「じゅずずず! じゅぞぞぞっ! じゅる、はむ、あぐっ、がつ、がつっ! じゅぷぷ!!」
あまりに落ち着きの無いリファの下品な食事風景にもこの滞在中にもうすっかり慣れてしまい、ローランは注意する気にもなれなかった。
美味しそうにがっつく相手の姿を見てナツメが嬉しそうにしているのだから、それでいいと思うようにした。
「あの模写が完全に乾いたら、もう俺の本物は見なくても解読できそうか?」
「んん、ごくんっ……まあ、多分。ここからは模写をお城に運んで、国中の探究者を密かに呼び集めて資料と睨めっこしながらあーだこーだ言う感じっす。……いや、でもその間に出来ればもう数本、本物を模写しておきたいっすかね」
「……分かった。じゃあまだ結構時間かかりそうだな。まあ、そこまで急いでる旅じゃないからな。それであれの内容が知れるなら俺は……」
「ただ……解読の見返りってわけじゃないんすけど、そのあーだこーだの間に良かったら協力してほしいことを一件、陛下からローランくんへ依頼するように仰せつかってて。とりあえずお話だけでも聞いてもらっていいっすか?」
「ああ、そもそも協力を申し入れたのは俺の方だ。俺に出来ることなら」
スープを一気に飲み干したリファが席を立って奥の私室の鍵を開け、厚めの紙を一枚と、何やら膝の高さより少し小さいくらいの人形を持ってきた。
ローランとナツメは、渡された紙を一緒に見る。
どこかの地図のようだが、見覚えの全く無い地形だ。
地図の中央には、何やら黒く塗られた市街地のようなものが描かれている。
「真ん中のこれは……"闇の吹き溜まり"に包まれた街か?」
「いんや。その果ての跡地っすね」
「果ての跡地……? "吹き溜まり"が勝手に消える、ってことか?」
「そうっす。"闇の吹き溜まり"が、人間の屍に残る怨念へ群がった闇の魔物が作り出す、暗黒の巣であることは知ってるっしょ?」
ナツメの顔が、ひどく強張った。
この少女は、父親の怨念が発生させた絶大な"闇の吹き溜まり"を実際に見て、その影響で苦しんだことがあるのだ。
「……あ。ごめんっす、ナツメちゃん。闇の話は苦手な子ども多いの忘れてたっす。もしよかったら寝室の方で休んでてくれても」
「いえ、大丈夫です。ウチはローランさんの従者ですから。……これから先、"吹き溜まり"にしっかり向き合わないといけないことはあると思ってます」
「ナツメ……」
「うん……じゃあごめんだけど、話を続けるっすね。人間の屍に残る怨念は、闇の魔物が啜っても啜っても中々に消えない。だから闇の魔物はどんどん沸いてくる。結果的に"闇の吹き溜まり"が出来る。"吹き溜まり"に長期間覆われた土地は腐り果て、不毛になる。だから屍は放置せずに焼かないといけないし、"吹き溜まり"は発生したらすぐに対処しないといけない。まあ、人の世の常識っすよね。人間だけじゃなくエルフもドワーフも、"闇の吹き溜まり"を忌み嫌うっす」
だけど、とリファは眼鏡の位置を直した。
「アタシらの"探究"で分かってるんすけど、屍をずっと放置しても怨念って奴は永遠に残るわけではないんす。どれだけの期間で消えるかは抱えてた怨念の強さで本当にバラつきがあるから、一概には言えないんすけど。それでも決して永遠じゃない。屍の怨念は後始末しなくても、いつかは消える。怨念が消えれば当然、それを啜る闇の魔物だって興味を失くして去っていく。巣として作った暗黒……"闇の吹き溜まり"も住人がいなくなれば、やがて消え去る。そして、勝手に消え去るほどに長く放置されると、闇は土地を腐らせるどころか真っ黒に染め上げるんす」
「結果、"吹き溜まり"の跡地と呼べるものが完成するってことか……」
「滅多に無いものなんすけどね。"闇の吹き溜まり"が人間や亜人にとっても自然にとっても有害なんて、誰もが分かってるわけだし。さっきも言ったっすけど普通は発生させないか、さっさと処分するかの二択なわけで。……まあ、だいぶ閉鎖的な集落には闇の魔物をありがたがるイカれた風習が稀にあったりするから、そこが跡地なんかを残したりしちゃうんすけど。あとは、大陸の北西にはどデカい"吹き溜まり"に覆われた何やらヤバい場所があるみたいっすね」
ローランは透明な水晶越しに見つめてくるリファの灰色の瞳としっかり見つめ合いながら、頭の中で自分の知っている情報を整理した。
ノーラ達が月の国マーブリスと協力して戦おうとしている、"闇の吹き溜まり"に覆われた"神聖国家オラトリア"。
"吹き溜まり"が永遠のものでない以上、かの国はそれを維持するために人間の屍をあえてこしらえて国の周りに放置して闇の魔物に食わせることを、繰り返し続けているということになる。
凄まじく冒涜的な所業である。
そんな在り方の一体どこが、"神聖"だというのだろうか。
そして探究の国ラガニアはやはり、大陸各地を魔術士達が巡る中でその"神聖国家"の存在にどこか勘付いているのか。
マーブリスが北方の二つの勢力と争い始めたことも、もうこの国は掴んでいるかもしれない。
「……実はラガニアの魔術士達が長い年月かけて大陸各地を放浪してきた中で、この"吹き溜まり"の跡地らしき古い都の廃墟に、めちゃくちゃ珍しいものを見つけたんすわ」
「珍しいもの、ですか?」
「そう。攻撃魔術を浴びせても一切損傷せずに襲いかかってくる、石の傀儡」
「石の……傀儡?」
「魔術士じゃないローランくんは聞いたことないかもだけど、"傀儡"の魔術自体は人間の行使する魔術として、かなり歴史の古い代物っす。いくつかの古の亡国で使われてたみたいで、アタシらも収集した文献からある程度復元してるっす」
「……あー。言われてみれば同朋の魔術士が宴でそんな魔術の話をしてたような、してなかったような?」
リファは自身の杖を、持ってきた人形に対して振った。
仰向けだった人形が青白く光り、立ち上がってナツメにぎこちなく手を振った。
「うわあ、すごい……魔術ってこんなことも出来るんですね……」
「まあ、旅芸人がやる人形劇みたいなもんっすわ。命の無い作り物を魔力で動かして操作する魔術っすね」
「……命の無い作り物を操作、か。戦争でも有効に使えそうな術だ」
「そう思うっしょ? ただ、アタシら探究者の魔力量でも長くはもたないんすよね。この大きさの人形にアタシがぶっ倒れる寸前くらいに魔力注ぎ込んで、それでも半日動かすのが限界。しかも非力で厚めの本一冊すら持っていられないし、動きだってしょっぱい。人並みの大きさの人形に剣や槍を持たせて"傀儡"で操って戦わせるのは、あまりにも非効率すぎる。アタシらが復元できた"傀儡"の魔術は、そんなもんっす」
「そんなに難しいんですか? ……じゃあ、さっきの話の大きな石の傀儡って」
「ご明察の通りっすよ、ナツメちゃん。とんでもない代物っす。滅んで"闇の吹き溜まり"に呑まれて、"吹き溜まり"が消え去って、それでも動き続けてる傀儡で、しかも魔術が効かず、動作も鋭い。人間の業とは思えないほどに高度っす」
リファが"傀儡"をかけて立ち上がらせていた人形が発光をやめ、へたりと崩れ落ちた。
「……実際に人間の業じゃない可能性は?」
「エルフはまずありえないっす。エルフは闇の魔物や"吹き溜まり"が大の苦手と聞いてるっすからね。黄金の魔術だって多分、そんな相性の悪い闇の中じゃ長く維持できないっしょ。次にドワーフ。岩石を削って人形を作り、魔力で操る。確かに一番やれそうな亜人なんすけど……こういう石の傀儡を使ってるドワーフは、古今東西で目撃例が無いんすよね。それに彼らは器用さや腕力は人並み外れてるけど、魔力量や魔術の素質は人間と大差ないはずだし」
「じゃあ、あとはノームか?」
「消去法だとそうなるんすよね。ノームはちょうどこの人形と同じ、人間の膝くらいの背丈の亜人で非常に怖がり。他種族との付き合いが大の苦手とされ、実際に野原の小さな洞穴の奥から滅多に出てこないっす。アタシらも彼らが種族としてどういう固有の業を持ってるかよく知らないくらいだから、可能性はある」
「色々な亜人がいるんですね、この大陸……」
「そうっすねぇ。でもこの"吹き溜まり"の跡地の廃墟は明らかに、人間の営みらしい建造物の痕跡が残ってるんすよ。その癖、どの文献にも残ってなかった。だからアタシらの同朋が興味を持って調べようとしたんすけど……都の王城と思しき建物に入った途端、大小様々な石の傀儡が中から何体も沸き出してきて、そいつらにまったく歯が立たずに追い払われて。だから王城は探索出来なかった。"闇の廃都"……アタシらは密かにそう呼んでるっす。もしかしたらっすけど……オタクら戦神の民みたいな、何らかの神に加護された人間達の都だったのかもしれない」
ローランは若干冷めたスープを飲み干して地図を見つめ、考え込んだ。
文献にすら残っていないほどに古い、人間のものと思しき廃墟。
それが"闇の吹き溜まり"に覆われ、そして"吹き溜まり"が消え去るほどに時間が経ってもなお動いている、魔術が効かない石の傀儡。
話を聞く限りでも、あまりに常軌を逸している。
"闇の廃都"。
魔術士でない自分ですら、強く興味をそそられるような場所だ。
リファが推測する通り、戦神や竜神や地母神のような、大いなる存在による加護を受けた民の都だったのだろうか。
それともただの人間として、独自の秘儀を極めに極めた者達の都だったのだろうか。
"蛮地"がそういう類の秘儀を持ち、月の国マーブリスに協力するエルフ達ですらその実態がよく分かっていないという話は、以前に"砂粒"から聞いている。
そうしてあまりにも高度な業を持つが故に、他の勢力に危険視されて滅ぼされたのか。
あるいは、栄華の果ての内乱で自滅したのか。
「……俺に協力してほしいっていうラガニアの王様からの依頼は、その石の傀儡の排除か?」
「その通り。アタシら魔術士じゃどうにもならない以上、圧倒的な武力を持つ戦神騎士に頼めればって陛下はお考えっす。フォルラザが健在の頃にイオっちにお願いするのは、流石に憚られたっすからね。それにイオっちはアタシらと同じ魔術士だし」
そこでリファは一拍を置いた。
何かを言いかけてやめたようだったが、ローランは言葉の続きを待つだけにした。
「……けど、ローランくんは大剣使いの戦士っしょ? だから何とかなるんじゃないかなって」
「なるほど。それでこの"闇の廃都"の場所はどこだ?」
「大陸北方。"蛮地"の東で、竜神の国オズワルドの都から大河川を挟んで北っす」
ローランは同期のノーラからの手紙と、それに添えられていた簡易の大陸地図、そして"砂粒"からの情報共有を思い起こす。
"蛮地"は一度"神聖国家オラトリア"と示し合わせたように大河川を越えて、大陸西方の覇者マーブリスに攻め込んでいる。
おそらくは臨戦態勢で、相当にひりついているだろう。
竜神の国オズワルドもそうだ。
大河川を挟むとはいえ、急に活発になった"蛮地"の動きを警戒しているだろうから、竜神の都からも蛮地からも近い場所へ向かって、ラガニアほどの有力な国の最精鋭と戦神騎士が連れ立って大きく動き回るのは危険だ。
その上、自分達は今後、エルフの老婆ルルシェの紹介でザリアという高原地帯に住む旧き魔物の一族"霊狼"を訪ねる予定もある。
「……確かに気にはなるし協力もしてやりたいけど、北方となると流石にふらっと行けるような距離じゃないぞ。もしも俺達とあんたの三人だけで行くとしても、北方まで遠征して廃都を丸ごと探索するとなると、かなり念入りで大がかりな準備が要るんじゃないか? ……それに位置が悪すぎる。諜報を通してこっちの動きに気づいた蛮族や飛竜がすっ飛んで来たらどうする?」
「いや、"闇の廃都"の探索自体はだいぶ昔の発見から長く時間をかけてコソコソと立ち回って、もうほとんど終わってるっす。『市街地ではめぼしいものは何も見つからなかった』って結論が出てるっすからね。あとは、石の傀儡達が守ってる王城だけなんすよ。だからそいつらを速攻で片づけて、王城の中で息を潜めて探索すれば蛮族やら飛竜やらの心配は無いはずっす。……多分」
「それでもここから北方まで行くのは遠すぎるんじゃ……? 下手したら、東方に戻ってこれなくなる気がするんですけど……」
「ナツメの言う通りだ。このラガニアを出た後も、俺達には東方で立ち寄る予定の場所がある。あと、ラガニアの北では太陽の国シンガと"五枝水軍"が大きくぶつかり出してるって話も聞いてるぞ? そんな状況で北方まで足を運ばされるのは流石に……」
「距離と時間の問題は解決できるっす。……国宝を使う許可が、陛下から下りてるんで」
「国宝? そいつもエルフから貰ったっていう何かか?」
リファは真剣な表情で、深く頷いた。
「エルフの遠方へ一気に跳ぶ魔術を人間が限定的に使える……そういう物凄いお宝をかなり昔にこの国のある魔術士が個人的に仲良くなったエルフから貰って、それが国宝になってるんすよね。その国宝を使ってこの北方の"闇の廃都"まで一気に跳んで、探索が終われば一気に帰ってくるっす」
「……本気か。国宝まで使うほどに」
「本気も本気っす。『何でそこまでして?』って思うかもしれないっすけど、魔術が効かないってことは"魔力を無効化する何か"をその石の傀儡は持ってるんじゃって予想が、アタシら探究者の間ではされてるっす。ただそうすると、今度はどうやって傀儡を動かし続けてるのかって別の疑問が出てくるんすけど。だけど、もしそれを入手出来るか仕組みさえ分かれば、今後あらゆる"探究"に応用出来るかも……ってね。あと何よりも、そこまでして守ってる王城の中身。これらが探究の国としてはどうしても気になるんす」
ローランの隣で、ナツメが息を呑んだ。
"魔力を無効化する何か"。
そして、そんな大それた代物で守り続ける、王城の中身。
特に"魔力を無効化する何か"とやらが手に入れば、飛竜の巨体を包み込む強固な魔力の鎧すら突破出来るかもしれない。
探究の国ラガニアがそんな代物を手に入れて具体的にどう活用するつもりかは知らないが、少なくともこれはラガニアだけの好機ではない。
自分達戦神の軍の好機でもあるということだ。
「分かった。ただ、『解読の礼に出来るだけの協力はする』と王様に申し入れておいて後出しするのは失礼な話だが……一つだけ、協力に条件をつけたい」
「もちろん承知してるっすよ。"闇の廃都"の探索で得られた成果が竜神の国への復讐に役立ちそうなら、オタクら戦神の軍も分け前が欲しい……でしょ?」
「……そういうことだ。王様は了承してくれそうか?」
「大丈夫だと思うっす。先代はアホバカ間抜け欲張り意地悪だったっすけど、今の代の陛下は良くも悪くも探究の国の王さまらしい王さまっすから。でも、口約束だけだとお互いに良くないっすよ。こほん……陛下から戦神騎士ローラン殿へ正式に要請する形式を取って、その上でローラン殿から陛下へ正式に協力の条件を申し入れてもらって。そうやって、しっかりとした"対等な契約"という形を取るようにしましょう」
強国の最精鋭たる魔術士の畏まった意見を、ローランは了承した。
やはり、同朋のイオが「信用できる相手の一人」と言っていただけはある。
探究者リファの笑みは軽薄さと幼稚さが薄れ、代わりに理知深さと友愛が浮き出てきている。
それはあの商業都市サレの宿でイオが真面目な話をしてくれた時の顔に、よく似ていた。
従者の少女に目配せすると、少女は真紅の瞳を輝かせて、明るく微笑んだ。
長く険しい道のりに、光が差し始めている。
そしてそれは、一筋ではない。
同期のノーラが西方で見つけた光もあれば、自分が今まさに見つけた光もある。
他の同朋だってきっと、大小の光を少しずつ見つけていっていることだろう。
ならば自分が見つけた光は、絶対に逃がさない。
それが今の自分に出来る、精一杯のことだ。
再起と復讐を、成し遂げるために。