戦神騎士物語   作:神父三号

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第31話 ローランの道・戦神騎士グリムロ

 ラガニアの探究者リファがエルフのスクロールの模写を終えて、三日後。

 まだ日が昇る前。

 

 戦神騎士ローランと従者ナツメはリファに案内されて、都近くの森までやってきていた。

 探究者の最古参である、顔に大きな火傷の痕を持つ腰の曲がった老人も一緒である。

 

「こんな近くの森でいいのか?」

「いいっす。さて……アタシの魔力感知には反応無しっと。……ベンさまはいかがですか?」

「うむ、問題無いのぅ。竜神の諜報どもは、まだ都の自宅でぐっすりじゃったしな」

「ありがとうございます。ローランくん、周辺に何か気配は?」

「……大丈夫だ。何もいない」

 

 とても大きな荷袋を背負っているリファの問いかけに、ローランは感覚を研ぎ澄ませて周辺を探った上で応じる。

 ローランは念のためにナツメにも魔力感知するように目配せしたが、ナツメは眼差しだけで大丈夫だと伝えてきた。

 

 探究の国ラガニアの王と書面で正式に契約を結んだ上での、大陸北方の"闇の廃都"探索への協力である。

 この探索で何か有益なものが得られる保証も、成果の分け前を貰うという契約が絶対に守られる保証も無いが、それでもローランはリファの語った"闇の廃都"とやらを一度見てみたかった。

 

 "闇の吹き溜まり"が自然に消え去るほどの長期間動き続け、その上魔術が一切効かないという石の傀儡達。

 どういう業なのか自分には見当もつかないが、それでも実物を見てみたい。

 そして願わくばそれが、この再起と復讐の道のりの一助になればと考えていた。

 

「ちょっと早く来すぎちゃったっすね。少しここで待つっす」

「リファちゃん、時間が何か関係あるんですか?」

「あるっす。……まあ、国宝についてはあまり詳しく話せないので、そういうもんだと思ってくれれば」

 

 リファは眼鏡の位置をクイと直し、キリッとした表情で言い放つ。

 彼女の指示通りに巨木の陰へ四人揃って腰を下ろし、しばし待った。

 

 ローランは昨夜の内に宿で都の"砂粒"と接触し、東方のイオとジェラルド、南方のウィルフレッド、そして西方の旗頭ノーラへ、自分がラガニアで得た情報や今後の行動予定を伝えるように依頼しておいた。

 ラガニアと協働しての、"闇の廃都"の探索。

 それが終われば次は、再会したエルフの老婆に紹介された、ザリアという高原地帯で"霊狼"との接触。

 

 しかしルルシェの名前自体はナツメの山を出て以降、誰にも明かしていなかった。

 彼女は地母神の子という、エルフの中でも別格の存在なのだ。

 多大な恩があるし、戦神の軍全体の問題に巻き込みたくはない。

 

 とにかく、今すべき連絡は確かに済ませた。

 "闇の廃都"や"霊狼"についての情報提供の依頼もである。

 旧き同盟者である"砂粒"は、間違いなく同朋の皆へ繋げてくれる。

 あとは、自分が実際にどれだけの成果を得られるかだった。

 

 ローランがそんなことを考えている内に、日が昇ってきた。

 それでもまだ、リファは少しだけ待った。

 

「……ふー。よぉし、いけるっす。ベンさま、"森の三つ子"を私へ」

「ほほほ。ではでは、国宝の御開帳じゃ」

 

 最古参の探究者ベンは長い白髭をしごいて笑い、腰の巾着袋へ手をやった。

 取り出されたのは、豪華な黄金の装飾が施された小箱だ。

 ベンが開くと中には木の葉を模した黄金の笛が一個と、木の枝を模した黄金の棒きれが一本入っていた。

 

「ベン殿。"森の三つ子"とのことですが、道具は二つだけなのですか?」

「いいや。三つじゃよ、戦神騎士ローランや。"三つ子"の最後の一人は既に、"闇の廃都"の森近くじゃ。お主らの大戦中に腕利きの同朋が北方へ密かに運び、隠れ潜みながら管理しておった」

「……え? それってつまり……ローランさんの国が戦争で負けて、それで戦神騎士の誰かが探究の国へ訪ねてくるのを、ある程度予測してたってことでしょうか?」

 

 探究者の長老はナツメの問いかけに厳かな表情で頷いた。

 

「まっことに失礼ながら、のぅ。大砂漠を越えての遠征で戦神の国が大敗して、逆に竜神の国が侵略を仕掛けたという情報が入った時点で、傍観者の儂らにはおおよその趨勢が読めておった。そしてこれはあくまで儂個人の考えじゃったが……生き残りが必ずや立ち上がり、復讐の道を歩むということも」

「……西方の月の国マーブリスへ向かった私の同朋も、同じようにしてマーブリスに待ち構えられていたと聞いております。やはり探究の国でも、勝敗の予想はついておりましたか」

「フォルラザの戦神騎士団は、世に"百人力"を謳われる猛者達の集い。特に団長のドルザン、副長のグリムロ、魔術剣士ジェラルドの名声は東方にも轟いておった。……じゃが、オズワルドの飛竜兵の世評は"一騎当千"じゃ。"百人力"のお主らが攻めをしくじって守りに入ったということは……とな。まったく、あの忌々しい飛びトカゲどもめが」

 

 探究者ベンが顔の火傷痕を指でなぞり、顔をしかめる。

 この老人も長い人生のどこかで、飛竜を相手に苦杯を舐めたのだろうか。

 しかし大陸中央のオズワルドが東方のラガニアと一戦交えたという話を、ローランは今まで聞いたことが無い。

 魔術士がよくやる見識と交友を広げる放浪の最中に、何かあったのか。

 

 ただそれは、安易に尋ねるべきではないことだろう。

 抱え込んでいる激しい想いが、おそらくあるはずだ。

 ベンが火傷痕をなぞりながら浮かべている表情が、そのことを強く物語っている。

 

 だが。

 

「……フォルラザの戦神騎士として、情けない限りです。私は……」

「それ以上言うでない。お主の心情、儂には痛いほどによく分かる。たとえ竜神の末裔だろうとも、あのように人間を見下しきった飛びトカゲなんぞに……はぁ。いや、すまなんだな。戦に生きる南方の覇者の最精鋭に、傍観者の立場で偉そうに語るべきではなかった」

「いえ。お気遣いいただき、ありがとうございます。探究者ベン殿」

 

 ローランは老魔術士の熱の籠った言葉に対して、拝礼で応じた。

 

 それでもやはり、フォルラザの敗北と滅亡を大陸東西の有力な国はおおかた予想していて、なおかつ残党が流れ訪ねてくることも織り込み済みの上で動かれていたというのは、当事者のローランにとっては非常に情けない話だった。

 ノーラやニコルも、西方入りの中でそういう感情を抱いたかもしれない。

 結果的にマーブリスもラガニアもあの大戦の勝敗を的中させて、まんまと戦神騎士の生き残りを国の課題解決に利用しているのだ。

 おそらく太陽の国シンガも、そうやって接してくる気がする。

 敗走の果てに流浪することになった我が身からすれば、どうしても屈辱だと感じざるをえない。

 

 しかし、それならそれで別に構わない。

 ただ利用されるだけに終わらず、しっかりと道のりを歩む糧に出来ればそれでいいのだ。

 前を向いて生きていけば、きっといつか。

 

 ナツメが勇気づけるように袖をそっと引いて、いつもの明るい笑顔をくれた。

 ローランも、それに笑顔で応えた。

 

「……じゃあ始めるっすけど、一応お二人さんに最低限だけ説明を。昔々にエルフから得たラガニアの国宝"森の三つ子"は特定の条件下でこの黄金の笛を鳴らすと、二本の黄金の枝がある森のどちらかへ跳ぶことが出来るっす。一緒に跳べるのは、三人が限界。あと跳んだらアタシの魔力はすっからかんになっちゃうので……申し訳無いっすけどあっちにいる同朋と一緒に、色々と後のお世話をお願いしたいっす」

「分かった。……だが帰りのことを考えると、ベン殿は俺達の探索が終わるまで、ここで黄金の枝を持って待機されるのか?」

「そうじゃ。仮に跳べても、儂はもう荒事が出来る身体ではなくてな。足手まといにしかならん」

「でも、ベン様みたいなお爺さんをお一人で森に残していくのは……」

「心配無用っす、ナツメちゃん。荒事出来ないとか言ってるけど、この長老さまはバリバリ現役なんで」

「何を言うかリファ。まったく……あれだけ行儀の良かった可愛い村娘が、こんなはねっ返りに育ちおってからに。これも若い衆のせいじゃ。……戦神騎士の前で、くれぐれも探究者の品位を落とすでないぞ? よいな?」

「それはもう。お任せください、ベンさま」

 

 探究者の品位を落とすな、か。リファにそれを言うのは、今さらな話だ。

 ローランは内心そう思ったが、流石に言葉にはしなかった。

 ナツメも、何とも言えない苦笑いをしている。

 

「はい、三人で手を繋ぐっす。他所にすっ飛んじゃうかもしれないっすから」

「他所にすっ飛ぶって、何だそれ……本当に大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、ローランさん。ウチがついてます」

 

 何故か妙に落ち着いているナツメに励まされ、ローランはしっかりと手を繋いだ。

 エルフの遠方に跳ぶ魔術の存在は、西方における戦神の軍の動向を聞く中で、"砂粒"からも聞き及んでいる。

 だが、実際に体験するのはこれは初めてだ。

 得体が知れずに、少しだけ緊張した。

 

 ピュー。

 

 リファが黄金の笛を吹く。

 

「……ん?」

 

 何も起きない。

 と思った瞬間。

 

 身体が左に大きく引っ張られた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「っ!」

「わととっ……」

「だふっ」

 

 ローランは片膝をついて、何とか転倒を堪えた。

 まるで寝台から大きく蹴り飛ばされて落下したかのような、不思議な感覚だった。

 先ほどの森よりも、木々を吹き抜ける風が少し冷たい。

 それに立ち並ぶ木々の間隔が狭くなって、鬱蒼としている。

 本当に大陸北方の森へ跳んできたようだ。

 ナツメは上手く着地していたが、リファは枯れ葉の中に顔面から突っ伏している。

 

 そして後ろの木陰に、武の気配。

 

「よう。やっぱりお前が来たな、リファ」

「ど、ども……お久しぶり……は、早く起こしてくださいっす……セリックのアニキ……」

 

 ひょいと身軽に腰を上げた男が近寄ってきて、うつ伏せのリファを抱え起こした。

 木の幹には、少々短めの直剣と長い杖を立てかけている。

 それにリファの物と同じ、しっかりと背負える大きな荷袋。

 おそらく剣だけでも、中々の使い手だ。

 歳は三十半ばくらいだろうか。

 ただ、黒髪に少し白髪が混じっていた。

 

「あんたもラガニアの最精鋭……探究者か?」

「おう。俺は探究者セリック。だいぶ長いこと、この森で"三つ子"の一人の守り役をしていた。お国の計画通りなら……君がフォルラザの戦神騎士ってことで合ってるよな? 武の気配……すごく巧く隠しているな。武具も白銀じゃないみたいだし」

「……まあ、色々誤魔化してる。フォルラザの戦神騎士ローランだ、よろしく。こっちは従者のナツメ」

「ナツメです。よろしくお願いします、セリックさん」

「どうもよろしく。はぁぁ~~……俺のここでの時間が、丸々無駄にならなくて良かったぜ。もう木の数も数え飽きたし、次は落ち葉の枚数でも数えようかと思っていたくらいだ。リファ、よくやった」

「う、きゅぅ……でへへ……」

 

 リファは眼鏡を地面に落とし、口から涎を垂れ流して、顔面が汗まみれの蒼白になっている。

 魔術士がここまで深刻に疲弊しているのを、ローランは初めて見た。

 どうやら本当に、"森の三つ子"の使用で全魔力を一気に使い果たしたらしい。

 

「あ、いや。俺が喜ぶのも、君らに酷く失礼な話だった。申し訳無い。伝令の魔術士が、一回だけ来た。……大戦の結果を教えにな。大変だな、君らも」

「……気を遣わなくて構わない。俺達フォルラザの生き残りはもう立ち上がって、前を向いて歩き出してる。再起と復讐のために。ここへだってラガニアの王様と正式に契約して、やってきてるんだ。"闇の廃都"探索の成果の分け前を貰うって契約でな」

「そうか……この森に潜んでたら、全然情報が入らなくてな。潜伏を開始してからお国は一回しか伝令寄越してこないし。かといって俺が下手に森から動いて、あっちから"三つ子"で跳んでこれなくなったら大変だしな。しかしそうなると、やっぱり大陸は今色々と……」

「ああ。荒れ出してるよ」

 

 セリックは深刻そうに何度か頷き、自身の顎鬚を撫でさすった。

 

「ん……あ、ありゃ? アニキ宛ての伝令は、もう二回出したはずっすよ? そのまま西方のマーブリスも見てくるようにって……んあー……途中で五枝水軍かク・アリエに、消されちゃったっすかね……」

「だろうな。探究者を誰か寄越せばいいものを、陛下が変にケチるからそうなる。そのせいで俺の時間は、フォルラザとオズワルドの大戦終結から止まったままだったんだぞ?」

 

 愚痴る同朋によってリファが、木陰に横たえられた。

 消耗しきった彼女はそのまま目を閉じ、すぐさま寝息を立て始める。

 

「セリックさん。ウチは魔力を使いきるってやったことないんですけど、リファちゃんは回復にどれくらいかかるんですか?」

「魔力量によるが、リファなら全快までおおよそ二日だな。ただ明日の朝には、足手まといにならず最低限戦闘出来る程度にはなる」

「なら"闇の廃都"の探索は、明日からか」

「そうしてくれるとありがたい。王城を守る石の傀儡を君が倒しても、内部の探索自体は俺とリファが中心になってやらないといけないんだ。こいつがとりあえず使い物にならない限りは、ちょっとな」

「……セリックさん。目的地はどっちの方角だ?」

「すぐ東だ。興味があるなら、とりあえず森の端から見てくるといい。おそらく大陸南方では見られない、気味の悪い光景だぞ」

「ありがとう。ナツメ、ちょっと見に行くぞ」

「はい」

 

 リファをセリックに預け、ローランとナツメは森を歩いた。

 穏やかで、大きな森だ。

 ナツメが探ったが、魔物の気配は無いようだった。

 かつてはいたとしても、セリックが潜伏のためにとっくに始末しているのだろう。

 

「ぅぁっ……!」

 

 森の端に着いた途端、ナツメが言葉にならない呻きをあげた。

 

 黒い。

 

 遠方に見える大きな廃墟と周辺の土地が、まるでインクを大量にぶち撒けたかのようにどす黒く染まっている。

 そしてここから見る限り、草木は一本たりとも生えていない。

 まさに、闇に穢されて死んだ土地だ。

 廃墟はかつてのフォルラザの都よりも、一回り小さいくらいか。

 しかし城壁の向こうに見える王城は半壊しているものの、それでも未だにそびえるような威容を誇っていた。

 

「ナツメ、気分は大丈夫か?」

「……はい、大丈夫です。思わず声が出ちゃっただけで。もう"吹き溜まり"自体はちゃんと消えてるみたいですから。それに、ルルシェ様がウチら地母神の子は闇に耐性がある方だって言ってましたし。……本当に大丈夫かは、近づいてみないとですけど。それでもウチ、頑張りたいです」

「無理は絶対するなよ。気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」

「……ありがとうございます、ローランさん」

 

 健気な従者の純白の髪を優しく撫で、ローランはセリック達の元へ引き返した。

 リファはやはり寝込んだままだ。

 セリックが兎や果実を素早く確保してきて、それをナツメが調理して昼食を済ませた。

 

「んぐっ、いつもより肉が美味い……! 焼き方が違うのか? 良い従者を連れてるな、ローラン君。……それにその子、魔術の才も相当なものだろ?」

「それはまあ、険しい道のりの手助けが出来る従者として連れ歩いてるからな。まだ子供だけど、色々と一人前にこなせることも多い。ナツメは俺の自慢の従者だ」

「えへへ……もう、そんなに褒めないでくださいよローランさん」

 

 リファを優しく起こして小さく刻んだ果実を食べさせながら、ナツメが満面の笑みを浮かべる。

 和やかな昼食のひと時が過ぎていく中で、不意にローランの肌が若干ひりついた。

 すぐさま気配を消す。

 

 北。

 

「……? どうした、ローラン君?」

「いや……」

 

 気のせい、ではない。

 やはり北だ。巨大な気配。

 それも剥き出しにして近寄ってきたのではなく、あきらかにわざと広げてきた。

 森の外。かなり遠方。

 それでも微かに感じ取れるほどに、凄まじい武の気配である。

 ここまで露骨に剥き出しにしているのは、反応する何者かを探っているからだろう。

 

 セリックもナツメも、まだ何も感じていないようだ。

 しかしそれでもローランの緊張した様子を見てセリックは気配を消し、武器を手にして同じように北へ視線を送っている。

 

「セリックさん、"防護"の魔術は?」

「……もちろん使える。敵か? 俺は気配も魔力も感じないが……っ。いや、少しひりつき始めた。これは……武の気配?」

「多分な。殺意は無いし、おそらく森の外……まだだいぶ遠いが、それでも発してる気配がデカすぎる。あえて広げて、探っているんだ」

「武の気配をあえて広げてって……そんなことが出来るのか?」

「普段強く制御しているものを、徐々に緩めてるだけって言うべきかな。それに対して反応する相手を感じ取ることは、出来る者は出来る。……気配を消すのが遅かったな。もうバレただろう」

「ま、まさかオズワルドの飛竜ですか……?」

「違う。奴らの気配はこういう性質じゃない。これは……」

 

 嫌な予感がした。

 大敵の予感ではない。

 懐かしい、だが極めて厄介な予感だ。

 出来れば気のせいだとありがたいが、おそらく気のせいではない。

 誤魔化しが入っているが、戦神の民の本能が告げている。

 いや、既に予感ではなく、ほぼ確信に近い。

 

「んぐ、もぐ……んあ? 何で皆してそんな黙りこくって……っ……げ、もしや敵?」

 

 眼を擦り、ナツメの刻んだ果実を口の中で転がしながら、リファが寝ぼけたまま喋る。

 ナツメがその口を、そっと閉じさせた。

 緊張した空気がその場に満ちて。

 

 

 ズンッ。

 

 

「っ!?」

 

 セリックが素早く立ち上がって杖で"防護"を発動し、分厚く大きな魔力の壁をなんと一瞬で三重に形成して、剣を構えた。

 森の木々が一斉に揺れたのである。

 恐れおののいたかのように。

 

 何が起こったのか、ローランにはすぐ分かった。

 遠方にいた巨大な武の気配が、一瞬でこの森の中に跳んできたのだ。

 

 ナツメも慌ててセリックのものに重ねるようにして、"防護"の魔術を一枚張った。

 リファは消耗しきっているためか、眼鏡を外した目を悔しそうに細めて身じろぐだけで、臨戦態勢も取れていない。

 ローランは大剣を肩に担いで立ち上がった。

 

「……二人とも。そのまま"防護"を出来るだけ強く維持して、じっとしていてくれ」

 

 エルフの老婆ルルシェに貰った、戦神の武具の見た目と加護を欺く首飾り。

 それをあえて、ローランは外した。

 そして、セリックとナツメが張っている"防護"の外に出て、武の気配を剥き出しにして巨大な気配にぶつけた。

 相手の発しているものは、やはりローランのよく知るものだ。

 非常に上手く誤魔化されているが、それでも間違いない。

 完全に、確信が持てた。

 

「ローランさん!?」

「おい何をやってるっ!? 尋常じゃないぞこれは! こんな武の気配、俺は初めてだっ……!! 下手に刺激す」

 

 

『グガガァァアァァアッッ!!!』

 

 

 セリックの言葉を遮って、獣の咆哮が轟き渡った。

 凄まじい音の圧力が、森そのものを大きく震わせる。

 森の彼方、木立の僅かな隙間から垣間見える、大きな物影。

 ローランは白銀の大剣を、上段に構えた。

 

 来る。左。

 そう思った瞬間。

 

 左方の木々を軒並み爆ぜ飛ばしながら、鎖に繋がれた大斧が、横合いから襲いかかってきた。

 

 ゴガァッッ。

 

 全膂力を注いだ、渾身の一振り。

 しかしそれでも相手の威力を相殺しきれず、ローランは弾き飛ばされる。

 かち合った刃によって生じた白銀の衝撃波が吹き荒れ、周辺の樹木を片っ端からへし折り、セリックの三重の"防護"を二枚まで破壊して、最後の一枚もヒビだらけにした。

 

「……っっ!!!」

 

 セリックもナツメもリファも、目を見開いて絶句する。

 ローランは木片の山から這い出して立ち上がり、ため息を吐きつつ大剣を地面に突き刺した。

 

 見通しの良くなった森の向こう側から、鎖を手にした大熊がのそのそと近寄ってくる。

 しかし大熊は途中で何やら首元をかいて、本当の姿を現した。

 

「……とうとう本物の熊に化けるようになったんですか?」

「ぐはは……てめえこそ。一瞬、戦神の武具捨てたのかと思っちまったぞ。危うくぶっ殺すところだっただろうが」

「いや、ちゃんと誤魔化しを解いてから気配を発したはずなんですが。……そっちだって多分ノーラからの贈り物で、見た目と声が熊になってたんでしょう? 気づいたんなら攻撃しないでくださいよ。今の俺は独りじゃないんですから」

「分かってらぁ分かってらぁ、ちゃんと全部分かってらぁ。当ったりめえだろ? まあ、あれだ。再会の挨拶代わりって奴だ。てめえがさっきの一撃で後ろのツレも庇えず死ぬくらいに鈍ってたんなら、どうせどっかで無駄死にするだけだろうしな」

 

 相変わらずのとんでもなく傍若無人な物言いに、ローランは呆れ果てた。

 呆れ果てながらも、無意識に笑みがこぼれてしまう。

 同朋との再会だ。

 正直言って面倒な相手だから、出来れば決戦の時まで再会したくはなかった。

 それでも、かけがえのない同朋との再会だ。

 

 

「……ご無事で何よりです。グリムロ副長」

 

 

 投擲した白銀の鎖付き大斧を手繰り寄せながらやってきた巨漢に、ローランは軽く頭を下げた。

 

「ぐははっ! てめえもな、ローラン! ぐはははははっ!!」

 

 獅子が吼えるように、巨漢が大声で笑う。

 短く色褪せた赤髪に、獰猛な獣を思わせる顔立ち。漆黒の瞳。

 手足は丸太のように太ましく、背丈は比較的長身のローランですら大きく見上げるほどに高く、極めて大柄だ。

 

 戦神騎士団副長、グリムロ。

 

 フォルラザの誰もが"戦神騎士最強"を認める、純粋戦士だった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「あのさぁ……グリムロの旦那。おれらエルフは森と共に生きる種族だって、ちゃんと教えたでしょ? なに豪快に森を吹っ飛ばしてるんだよ! 木たちが皆泣いてるじゃんか!?」

「いや、申し訳ねえ。久々の同朋との再会で舞い上がっちまってよぉ。ノーラの奴は手紙と首飾りとおめえさんを寄越してきただけだったろ? なんつーか……寂しかったんだよ、オレも」

「『寂しかったんだよ』でこんなヤバいことされたら、たまったもんじゃないよ! いや、戦や生活のためとかならおれらだってまだ理解出来るよ? でも遊び半分でやられるのは許せないからさ。……悪いけど、ノーラ達はともかく旦那個人にはもう手を貸せない。流石にひどすぎるし、ノーラにもおれの同朋らにもきっちり報告させてもらう。はぁ……まあそれでも首飾りは取り上げないであげるから、後のことは自分で何とかしてくれよな」

「ぐ、ぐむ……ほんとにすまねえ」

 

 エルフと思しき長耳で金髪碧眼の美少年はグリムロの所業に憤慨して言うべきことを言い終え、さっさと姿を消した。

 やりとりを黙って見ていたセリックとリファが、ひどく勿体無さそうに声を漏らす。

 大熊並の巨漢が肩を落として背を丸め、深いため息を吐く。

 吐かれた息で、地面の枯れ葉や木屑が大きく舞い上がった。

 

「どうも、やっちまったなぁ……」

「やっちまったもんは仕方無い……とは俺も言えませんよ、副長。あのエルフの少年の言う通りです。フォルラザがあった頃とは、もう何もかも違うんですから。俺だって他国の協力者を連れてたし、もしものことがあったらどうするつもりだったんですか? 俺一人がさっきの一撃で死ぬだけならともかく、ラガニアの最精鋭達まで死なせたら笑い話じゃ済まなかったんですよ?」

「んあー、すまん……ほんとどうしようもなく舞い上がっちまってた。あれこれと鬱憤が溜まってて、どうにもすっきり吐き出したくてよ。『しっかり考えて動いてほしい』ってノーラの手紙は、要はこういうことか。今さら身に染みたぜ……」

 

 グリムロはどっかりとその場に胡坐をかき、額に手をやって呻く。

 複雑な空気が、半壊した森に流れた。

 

「えー……構わない、でしょうか?」

 

 セリックが怯えて畏まりながらも、おそるおそる手を挙げた。

 

「こちらにも説明が欲しいんですが……その、色々と」

 

 探究者二人の訝しむ視線に、ローランは眉をひそめて頭をかいた。

 いくらなんでも、説明せざるをえない状況である。

 一歩間違えば他国の最精鋭達を、くだらない巻き添えで殺めていたかもしれないのだ。

 適当にはぐらかして済ませるのは、あまりにも失礼で不義理極まる。

 

 ローランは決して他国に漏らさないでほしいと予め断った上で、何とか頭を回して言葉を慎重に選びながら、東方の協力者達にぎりぎり説明していい範囲の事情を話した。

 

 戦神の軍がフォルラザ滅亡後にエルフ達と繋がりを持ち、容姿や戦神の加護を欺く首飾りの提供を初めとする、様々な手助けを受けていること。

 ここから西の"蛮地"が月の国マーブリスへ攻め入る姿勢を見せており、戦神の軍は見返りを得るため、マーブリスの国難に密かに協力していること。

 そして、おそらくグリムロは戦神の旗頭ノーラの指示によって、偵察や牽制としてこの北方へと送り込まれてきたであろうこと。

 グリムロ自身も、そういう指示をノーラから手紙で受けたことを肯定した。

 

 しかし、戦神の軍と繋がっているエルフ達が月の国マーブリスの最精鋭"月影騎士"であることは、流石に話さなかった。

 それでも探究者達の頭脳ならば、おおよそ勘付いてしまうかもしれないが。

 

「……なるほど。"蛮地"がマーブリスに。俺がこの森に潜伏してる間に、そんなことになっていたとは」

「太陽の国シンガも……五枝水軍と本格衝突を始めたみたいっす。まだマーブリスからの情報は伝わってきてなかったっすけど……まあ西方もさもありなんって感じっすね……でも、エルフ達の助力っすか。アタシらからすれば、超羨ましい話っす……むにゃむにゃ」

「同朋の戯れで貴方達を危険に晒してしまって、誠に申し訳無い。……フォルラザの戦神騎士として、ラガニアの探究者たるお二人に深くお詫びいたします」

 

 ローランはセリックとリファの前で跪き、頭を垂れた。

 ナツメも従者として、それに倣った。

 グリムロも胡坐を解いて畏まり、ローラン達に続く。

 探究者達が「顔を上げてくれ」と言うまで、戦神騎士達はそうし続けた。

 

「……悪い、ナツメ。お前にも怖い思いをさせたな」

「いえ、ウチは気にしてないです。でも、その……すごいですね、グリムロ様のお力は。鬱蒼としてた森がスカスカに……」

「いやいや、すごいなんてもんじゃないぞ。戦神の武具を使っているとはいえ、これが本当に人間の武力なのか……?」

「グリムロ副長は例外も例外なんだ、セリックさん。他の戦神騎士は、流石にここまでじゃない」

「いやあ、力加減を誤っちまった。もうちょい抑えめなら、エルフの小僧もキレなかったか……」

「キレてましたよ、絶対に。被害の大きさの問題じゃなくて、戯れでやったことに怒ってたんですから」

「ぐ、ぐむむ、そうか。……ああ、ちくしょう。オレはどうにも駄目な奴だな。ノーラにも一回ガチで説教の手紙貰ったしよぉ……」

 

 弱音を吐いたグリムロ副長をローランは初めて見たが、あえて慰めの言葉はかけなかった。

 ノーラが大陸西方での行動に伴わせず、こうやって単独で北方に跳ばしてきた理由が、よく分かるからだ。

 マーブリスの"月影騎士"と思しきあのエルフの少年も、黄金の叡智を謳われる種族なだけあって、グリムロ個人のしでかしと戦神の軍への態度とをしっかり区別してくれていた。

 それでも先ほどの行為は、戦神の軍全体が責められて協力者達の信用を失っても仕方が無いほどの蛮行だ。

 

「とりあえず気配をぐっと抑えてください、副長。それと、エルフの首飾りを」

「ああ? けどそうすると、オレは熊の姿に見えちまうんだぞ? 言葉だってよ」

「……ラガニアの探究者達に、俺の持ってる首飾りを貸します。本当はすべきじゃないだろうけど、無意味な危険に晒した以上、誠意は見せないといけませんから」

「う、ぐぐ……情けねえっ……! オレは、オレは自分が情けねぇっ……!!」

「副長、いいから首飾りを着けてください」

『キュウン……グガガっ! ググゲ、ガウガウッ!! グガガァァァアァァァアァアァッッッ!!!!』

 

 ズズズ、ズズン。

 

 ただでさえぐちゃぐちゃになった森が、大熊に変貌した最強の戦神騎士の咆哮で震撼する。

 他の三人が、恐怖に引きつった顔で耳を塞いだ。

 そういうところなんだが、とローランは心の底から思ったが、これ以上刺激して開き直られると非常に面倒なので、気が済むまで吼えさせた。

 

 グリムロの気が済んだところで、ローランは探究者二人とナツメにそれぞれ、ノーラが"砂粒"を通して寄越してきた月影騎士製の首飾りを渡した。

 自分自身もエルフの老婆ルルシェに心の中で詫びながら、首飾りを着け替える。

 ナツメに施されたルルシェの業と首飾りの効力が特に干渉しないことは、既に"砂粒"の前で実験済みだ。

 

「むにゃむにゃ……お、おおっ……! この首飾り着けただけで、熊がグリムロさまに見えるっす……!」

「違うだろ、リファ。さっきはグリムロ様が熊に見えてたんだよ」

「あ、そうだったっすね。すいませんっす」

「ぐはは、どうだ? やっぱり熊の姿より素顔のオレの方が男前だろ?」

「…………」

「…………」

「あっ、はい! ウチはそう思います!」

 

 大差無いだろ、と思ったであろう探究者達の無言の反応を誤魔化すように、ナツメがグリムロを褒めた。

 熊と大差無い巨漢は、それで機嫌良さそうに笑った。

 

 その後、一行は少し離れた別の山へと移動した。

 あの惨状の森に留まっていると、万が一オズワルドの飛竜が飛んできた時に見つかってしまう可能性が高いからだ。

 

 そうしている内に、日が暮れた。

 

 ローランが山岳戦の調練で学んだ煙が出づらい木を見つけてきて、薪として上手く焚火を作る。

 さらにセリックが近くの小川から水を汲んできて、ナツメが荷袋から調理器具を出して夕食のスープを手際よくこしらえた。

 

「ずぞぞ。ほう……"闇の廃都"に、魔術が効かない石の傀儡とそいつらが守ってる何か、か。そりゃ面白そうだな」

「じゅぶ、じゅずず。そうっす。普通の大人くらいの大きさの奴とか、グリムロさまと同じくらいの大きさの奴とかもいるみたいっす」

 

 そこそこに容体が回復したリファが眼鏡をかけてナツメの作ったスープを啜りながら、グリムロに"闇の廃都"の有り様と探究の国がやろうとしていることを説明する。

 

「それで……そのっすね。グリムロさまにも出来ればご協力をお願い申し上げたいかなぁって。頭数は多い方が良いし、ローランくん一人に負担をかけるのもしんどい話ですし……」

「おう、構わねえぞ。オズワルドのみみっちい砦を夜中にぶっ潰したり、蛮族を遠くから睨みつけてるよりもずっと面白そうだ」

「……いいんですか、副長。ノーラからの指示は、"蛮地"への張り付きのはずでは?」

「要はてめえの手伝いだって話なら、ノーラの奴もどうこう言わねえだろ? その間に蛮族どもが大きく動き出すってんならそれはそれで、マーブリス攻めに夢中になってる間に横から突っ込んで、ギッタギタにかき回してやるだけよ。それに、やらかしてエルフに嫌われちまったしな……はぁ」

「ありがとうございます。グリムロ様の武名は、俺達のいる大陸東方にまで轟いてますよ」

「ぐはは、そりゃ嬉しいな……けど様付けなんざしなくていいぜ、探究者さん達よ。オレもおめえさん達も、一国の最精鋭って立場では同格だろ?」

「いやー、でへへ……同格ではないっていうか。ちょっとご遠慮したいっていうか……ねえ、セリックのアニキ?」

「そうだな、グリムロ様はグリムロ様だ。ははは、はは……」

「??」

 

 ローランは何も口を挟まず、黙ってナツメの美味しいスープを啜った。

 探究者達に恐れられて敬遠されているのが、グリムロ副長は分かっていないらしい。

 戦のこと以外に関しての頭の回転は、自分より遥かに鈍いくらいだから、仕方無い。

 

 エルフがグリムロ副長の姿と声を大熊に欺いたのは人並み外れた体格のせいもあるだろうが、それよりふとした会話でボロを出さないようにという配慮もあったかもしれない。

 おそらくノーラも、グリムロには必要最低限の情報と具体的で慎重な指示しか寄越していないだろう。

 同盟者である"砂粒"はノーラに言われるまでもなく、グリムロには渡す情報を限定しているとローランは聞かされていた。

 騎士団副長であり、生き残った戦神騎士の最高戦力である男に対して誰も彼も扱いが酷いものだとは感じるが、今の長く険しい道のりをじっくりと歩む上ではそうするべきだった。

 ウィルフレッドならばしっかりと手綱を握れる弓兵のケイトとは違って、グリムロ副長は勢い任せに動き出されると手に負えなくなる可能性が高いのだ。

 フォルラザが南方諸国を蹂躙していた頃なら別にそれでも良かったが、今は全く情勢が違う。

 

 というか実際に先ほど、オズワルドの内部をかき乱していた話をぽろりと漏らしたことに、グリムロ副長は気づいているのだろうか。

 

「あ。石の傀儡達も、片っ端から木っ端微塵にするとかは出来ればやめてほしくてっすね。身動き取れない程度の力加減で軽く……ホントかるーく倒していただきたいというか」

「は? 何でだよ。傀儡が守ってる城の中を調べるんだろ?」

「副長。さっきの話の通り、その傀儡も魔術を弾いて長く動き続ける、他では見られない貴重な存在なんです。ラガニアとしては、それも成果物として出来る限り手に入れたいんです」

「ほぉーん、そういうもんか。まあ分かった。てきとーに手加減すりゃいいんだろ? ただ……」

 

 グリムロはスープの器を地面に置いて、口元を腕で拭った。

 

 

「その傀儡どもが案外手強くて、ローラン以外の誰かが危なくなったら……その時は容赦なくぶっ潰すぜ。特に探究者セリック、探究者リファ。おめえさん達は他所の最精鋭とはいえ、戦神の民じゃねえんだ。戦神の民なら勝利のために果敢に戦い抜いて死んでいくのは結構なことだが、おめえさん達はそういう生き方じゃねえんだろ? 極限の状況で命も成果も両方欲しいなんて、甘ったれたことは考えるなよ。……命を投げ捨ててでも成果を優先したいってんなら、オレもそうしてやるがな」

 

 

 ビシッと言い放った戦神騎士団副長の迫力に、探究者達は圧倒されたように息を呑んだ。

 

 戦神騎士グリムロは五十年近い生涯の中で戦功を積み上げに積み上げ、個人の武力を極限にまで高めた歴戦の軍人である。

 同朋にすら「武力と戦功のみだ、戦のこと以外頭は空っぽだ」と言われていたし、実際にほぼその通りなのだが、他国の優れた戦士達には敬意を払う男でもあった。

 

 ローランの記憶の中で特に印象深いのは、「この大陸に神など存在しない。人間は自分の足で立って、前を向いて生きているのだ」と公言して憚らなかった、小国オーラスとの戦だ。

 オーラスの軍の練度は決して高くなかったが、それでも戦神騎士グリムロは彼らの勇敢さと在り方に思うところがあったようで、滅亡に際して自決する王の介錯を強く志願し、将兵の屍の焼却だって自ら率先しておこなっていた。

 山岳国家ビードの最精鋭"山騎士"に対しても頻繁に悪態はついていたが、終戦後に怪鳥の羽根と折れた黒鉄の剣を密かに持ち帰っていた所を、ローランは目撃している。

 

 そんな純粋戦士の姿勢が、再起と復讐の道のりの中で他国と関わるとこのような形で現れるのかと、ローランは少し意外に思った。

 ただ、こういう態度が取れるなら尚のこと、戯れでエルフや探究者の前で森を吹き飛ばすような蛮行はやめるべきだったのだが。

 

「ずずず。しかしこのスープ、うんめえな。ローランの従者……ナツメって言ったか? おめえ、商業都市で料理人見習いでもやった方がいいんじゃねえか?」

「ありがとうございます、グリムロ様。でもウチ、ローランさんに一生の恩がありますので。どこまでもお伴したいんです」

「ぐはは! そうかそうか。まあ、ローランは危なっかしい奴だ。上手く支えてやってくれ」

「はい!」

「ただアレだな……もうちょっとツラが良けりゃな。ローラン、てめえこういう平凡な年下のガキが好みなのか?」

「……いくらナツメが子供でも、女性の前で吐く言葉じゃないですよ、副長」

 

 極めて端正な容貌をひくつかせ、無理やり笑顔を維持するナツメ。

 ローランは容貌を欺いている従者の少女の心境を慮りながら、やんわりとグリムロを嗜めた。

 

「ローランくんローランくん」

「ん? 何だよリファ」

「モノは相談なんすけど、アタシら二人に貸してくれてるこのエルフの首飾り、一つだけくれないっすか? 国として対価はちゃんと支払いますんで……でへへ」

「……駄目だ。それはあくまで"闇の廃都"の件が片付くまでの貸与だ」

「そこを何とかならないか、ローラン君。エルフの業で作られた装飾品なんて、俺らラガニアは喉から手が出るほど欲しくてだな……」

「それでも駄目だ。エルフ達は大事な協力者だ。それはつまり、俺達の友人みたいなものだ。スクロールの解読を依頼する時にも同じようなこと言ったけど、恩人や友人が善意でくれた物を他国に売り渡すことは、一人の人間として出来ない。逆にあんた達から何か大事な物を貰っても、俺はそれを他国に売り渡すことは絶対にしない」

「えぇー! ケチ! ケチ……ん、ぼ……」

 

 毎度のように罵倒しようしてきたリファの前で、ローランは同朋の巨漢を黙って指差した。

 

「ぷはぁ、やっぱうんめぇー! ナツメ、おかわりくれや! ……あん? んだよ、おめえさん達。オレの顔に何かついてるか?」

「い、いいえ……でへへ、何でもありませんっす」

「……やっぱり一方的に利用するだけなんてのは無理だな、戦神騎士は」

「はぁ? 何ぶつぶつ言ってやがる」

 

 グリムロは鼻をほじった後、ナツメが皿に注ぎ足したスープをぐいと煽った。

 

 そうして後はどうでもいい雑談をしている内に、夜は更けていった。

 朝になれば、"闇の廃都"の探索が始まる。

 眠りにつく際、ローランは念のために探究者二人に貸してあった首飾りを、夜の間だけ返してもらうことにした。

 

 外套を手繰り寄せてもたれかかってきて、静かな寝息を立てるナツメ。

 そんな従者の少女にいつものように肩を貸しながら、ローランは北方の星空を見上げた。

 

 それは南方や東方で見上げていた星空と、別に何も変わらなかった。

 だがそれでもこの星空は、大陸北方から見上げる星空だ。

 自分が、初めて目にしたものなのだ。

 あまり意味の無い感慨に耽りながら、ローランは目を閉じた。

 

 イビキがうるさかったグリムロ副長は、うつ伏せにひっくり返しておいた。

 

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