ローラン達が大陸北方の森に移動した翌朝。
「ローラン君、ちょっといいか?」
ローランとナツメ、そして探究者セリックがこれから探索に向かう"闇の廃都"を軽く偵察しようとして、夜営した山の麓まで下りた時だった。
セリックが、ローラン達に足を止めさせた。
「今絶対にしなければならないような話でもないんだが……少し気になってな」
「何だ、セリックさん」
「君は昨日、戦神の軍にはエルフの協力者らがいると言ってたな」
「……ああ、言った」
「ラガニアへ持ち込んで解読を頼んできたエルフの黄金のスクロール……内容が知りたいのなら、その協力者らに見せればよかっただけじゃないのか?」
ローランを見つめるセリックの黒い瞳には、何の感情も浮かんでいない。
後ろで、ナツメが若干緊張したように身体を強張らせる気配がした。
確かに、疑問に思って当然のことだ。
それを何故昨日の内に聞いてこなかったのかと言えば、グリムロの存在があったからだろう。
だからこうして偵察の名目で、グリムロから離れて聞いてきているのだ。
「そうかもな。だけど戦神の軍がエルフ達と繋がりを持ったことを俺が知ったのは、ラガニアの領内に入ってからだ。その時点ではもう同朋のイオが、リファ宛てにスクロールに関する手紙を出してた」
「…………」
「『巡り廻って、役に立つ』……気まぐれにスクロールを寄越したエルフの婆さんは俺にそう言って、姿を消した。イオも俺に『スクロールの存在を行動の前提にしろ』と言った。だからラガニアに入ってエルフの協力者達の存在を知っても、俺はあんた達の都を訪れた。……正直に言うと、スクロールの件を通して今後に役立つものを何か得られればっていう、打算だ」
「うーん……はっきり打算だと言われると、それはそれで困るな」
「仕方無いだろ? 俺は頭が良くないんだ。駆け引きであんた達探究者に勝てるとは思ってない。『協力者に頼めばいいだけだっただろ』と言われたら、確かにその通りだ」
セリックは白髪交じりの黒髪をかいて、何とも言えない苦笑を浮かべた。
「まあ、ラガニアとしてはスクロールの模写が手に入るだけでも充分に大きいか。"闇の廃都"の探索だって、百人力の戦神騎士が二人も手伝ってくれるわけだしな」
「……悪いな、黙ってて」
「いいさ。隠しごとがあるのは、お互い様だろうしな。……しかし提案なんだが、そのエルフらにスクロールの内容を聞き取り、それをラガニアに教えて、さらに大きな見返りを得るというのはどうだ? 老エルフのスクロールの全てが知れるなら、ラガニアとしては君らにもっと色々な助力が出来ると思うぞ?」
ローランは腕を組み、しばし考えた。
そういう選択肢もある気はする。
ラガニアは太陽の国シンガに次ぐ、東方の強国だ。
ノーラが方針として定めた、東西からの牽制に協力させられるのならば。
いや、しかし。
「セリックさんの言う通りにした方が、お互いに利は大きいと思う。だけど俺は、生き残った戦神騎士の中では凡庸な部類だ。スクロールの解読を頼もうとラガニアを訪れたのだって、同朋のイオに助言されたからだし。だから……この件に関して模写以上のものを提供していいかは、旗頭か同朋の魔術士達の意見を聞いてからじゃないと無理だな」
「ごもっともな答えだな。……しかしそれを言うなら"闇の廃都"の探索への協力も、もっと慎重になるべきだったんじゃないか? リファからはさっさと返事を貰ったと聞いてるぞ?」
「言われてみたらそうだ。いや、だけど……"闇の吹き溜まり"の跡地で動き続ける、魔術を弾く石の傀儡。そいつらが"魔力を無効化する何か"を持ってるかもって聞かされた時……なんていうか、ワクワクしたんだと思う。戦神の軍全体の利益も当然考えたけど、そんな凄いものがこの大陸にあるのかって、ワクワクした。それですぐに頷いた……のかな。多分そんな感じなんだろう」
ローランの言葉を聞いてセリックは呆れたように口を開け、しかしやがて頬を緩めた。
「……なるほど。ローラン君、俺はな。人間は大きく四つに分かれると思ってる」
「四つ?」
「そう。頭が良い奴。頭が悪い奴。良くも悪くもない奴。そして、良くも悪くもなる奴。君は多分、最後の類の人間だ」
「あー……どうだろうな。ナツメ、お前はどう思う?」
「合ってると思います」
何故か笑顔で即答した従者に困惑するローランの前で、セリックが声をあげて笑った。
………
……
…
「よーし、完全復活! ……じゃなくて半分復活っす!」
「無理はするなよ、リファ。俺らの仕事は、石の傀儡の調査と王城の探索だ」
「分かってるっすよ、セリックのアニキ。じゃあ戦闘はお任せするっすね、ローランくん! ……とグリムロさま」
「ぐはは、任せとけ。久々に暴れてやらぁ」
「副長、戦神騎士は俺達だけなんです。考え無しに大斧を振り回さないでくださいよ?」
「昨日も思いましたけど、北方って日が昇ってもだいぶ寒いんですね……何でなんだろう……」
フォルラザの戦神騎士二人とその従者の少女、及びラガニアの探究者二人は山を出て、"闇の廃都"に向けて出撃した。
空は快晴。偵察では結局、オズワルドの飛竜兵や"蛮地"の諜報の気配も無かった。
それでも一行は息を潜めながら、闇に穢し尽くされた暗黒の大地へ、足を踏み入れた。
「……ナツメ」
ローランはそれとなく気遣いの視線をナツメに送ったが、従者の少女は真紅の瞳を若干細めた微笑で応じてくる。
懸念していた悪影響は、特に無いらしい。
ならば本当に闇の力は消え去り、黒く染まった不毛の地だけが残っているということか。
「驚いたぜ……雑草一本生えてねえ。放置された"吹き溜まり"で腐った場所はいくつも見てきたが、ここまで完全に死んでるのはオレも初めて見た」
「地面を耕してみたら、また土地を使えるようになったりはしないんでしょうか?」
「そういう検証も、他所の"吹き溜まり"の跡地で俺らはやってる。少なくとも人間を縦に二人分くらいの深さまで掘り下げても土地は真っ黒なままだったし、底の方に種を蒔いてもどうにもならなかった」
「ま、こういうことにならないように人間の屍はちゃんと燃やして、"吹き溜まり"も見つけたらさっさと処分しましょうねって話なんすね」
リファが眼鏡をクイと直しながらその場に片膝を付き、杖先で軽く荒れ地をかいた。
しかし、やはり下の砂利も全て真っ黒である。
一行はさっさと"闇の廃都"の城壁へ近づいた。
「正門は東側にあるんだ。このまま、城壁沿いを歩いていこう」
間近で見た"闇の廃都"の城壁は相当に分厚かったが、長い年月のせいか闇に汚染されたせいか、土地と同様に黒々としていて、その上ボロボロだ。
ローランが軽く触ると表面が崩れ落ちて、しかし内側も荒れ地同様に闇に侵食されていた。
副長が全力で大斧をぶつければ全て崩れ落ちてしまうのではと感じるほどに、脆そうに見える。
「ん? これは……」
だがその城壁をローランが見上げてよく観察していくと、少し気になることがあった。
東側にある正門もそうだ。
木造だったであろう部分が朽ちて消滅し、黒く錆びた補強金具だけになって開け放たれている。
中に侵入して、城壁の内側や市街、王城の様子を軽く見渡してみても、やはりおかしい。
「……副長」
「分かってらぁ。人間同士の戦争で滅んだにしちゃ、どこもかしこも妙だな。特に城壁だ。何故だか外側より内側の方が遥かに損傷がひでえ。そんで肝心の守備兵がいたはずの上部通路は、ろくに攻撃されてねえように見える」
「内側の方……上部通路……? あっ、言われてみたら確かにそんな風に見えますね……」
「流石は戦神騎士。俺ら探究者も同意見だ。時の流れや闇の侵食による劣化ではない、攻撃による破損と思しき箇所は主に城壁内側、石造りの市街、そして王城。……都を巡る人間同士の攻防によって滅んだものとして見た場合、この"闇の廃都"はどうも様子がおかしい」
ローラン達は意見を交わしながら、開け放たれた正門を振り返る。
「城壁やその上からの迎撃には一切取り合わず、強力な一撃でさっさと正門をぶち抜いて内部に突入する……って戦のやり方はある。フォルラザが他国の砦や都に攻め込む時は、そういう戦法が主流だった。城壁の上の守備兵は、内側の味方を巻き込むような攻撃は出来ないからな」
「ああ。オレ達は市街地戦に持ち込めばまず勝てるから、大体そうしてた。……けどこの真っ黒な都は、正門すら攻撃されてねえ。金具も歪んでなくて、ただふっつーに開かれてるだけだ。じゃあ内応で開けられたか、長い包囲に耐えきれず降伏したか、もしくは派手な内乱で滅んだのかって話だが……」
「そういう人間のあれこれにしては、やはり城壁内側の損傷が奇妙に思います、副長。何かがぶつけられたような乱暴なへこみが、やたらと多い。……家屋が弾き飛ばされて、城壁に叩きつけられたと思しき瓦礫まである」
「それとまあ、あの城の様子だな」
戦神騎士団副長グリムロが鋭い目つきで、都の中央にある王城を指差した。
「中々デッカくて立派だが……城壁の外側も正門もほぼ放置しといて、都中央の城を執拗に攻撃してやがる。塔をへし折ったり、屋根を砕いたり、壁に風穴空けたり……やりたい放題だぜ」
ローラン達も、グリムロの太ましい指先が差す城の有り様を見つめる。
破損は明らかに、上部ほど激しい。
「オレに言わせりゃあ、もし都側の妨害に構わず包囲の状態からあんだけ城をバカスカ攻撃出来るくらいに戦力差があったんなら、とっとと正門ぶち抜くか城壁崩した方が早ぇ。城を雑に上から壊しても、中の人間は下か外に逃げるだけだからな」
「俺も副長と同意見です。それに巨大な"闇の吹き溜まり"が出来てたってことは、この都の中では凄まじい虐殺か戦闘が行われて、屍は全て野晒しだったはず。そんなことをしでかす攻め手が、絶対的優勢からこの都の降伏を受け入れる理由は無い。都側も、そんなことは分かってたはずだ」
「おうよ。内応で正門開けさす必要もねえわな。デケえ内乱が起きたんだとしても、あの城への攻撃はやりすぎだ。つーかそんなに当時の王が憎かったんなら、城壁だって正門だって全部ぶっ壊して出ていったろうよ。半端にお行儀良くせずにな」
「ええと……ということはやっぱり、人間の揉め事じゃないってことですよね。じゃあ……亜人か魔物?でも城壁や正門があるのに、どうやってあんなお城の上の方を……あっ! 空から!?」
分析を聞いていた従者のナツメが結論に至り、声を裏返す。
その場にいた手練れの最精鋭四人は皆、首を縦に振った。
「まあ、歴戦の戦神騎士お二人から見てもそうなら、そう考えるのがやっぱ妥当っすよね。人間の軍勢一切無しで、空から攻撃出来る強力な存在……つまり飛竜達だけがこの都に攻め込み、滅茶苦茶に暴れ倒して滅ぼした。実はこの廃墟には、大きな爪痕らしきものも結構な数残ってるんす」
「予め都の有り様を細かく説明しなかったのは、飛竜による攻撃だって確証が無かったからか?」
「正解っす、ローランくん。ラガニアは長らく、他国の都や大きな砦を攻め落とすような派手な戦はやってないっすから。北のシンガや商売相手のヴァルゲンを刺激しちゃうかもだし。だから歴戦の戦神騎士の、先入観の無い意見が欲しかったんすわ。……まあ、王城内部を細かく探索してみないことにはまだはっきりとは言えないっすけどね?」
「なるほど」
ローランは南の空を見た。
ここから大河川を挟んで南には、竜神の国オズワルドの都がある。
「だが、もしこの都の滅亡が飛竜の仕業だとすると、俺らにはまた別の疑問が浮かんでくるんだ」
「んあ、別の疑問だぁ?」
「この都への攻撃が竜神の国オズワルドの意思なのか、竜神の末裔たる飛竜達自身の意思なのかって疑問っす」
思わぬ問題提起に、ローランは頭を回した。
オズワルド関係無しに、飛竜達が攻め滅ぼした。
そんなことがありえるのだろか。
いや、この"闇の廃都"がオズワルドの建国より以前に栄えた都だとするならば、確かに。
「あんた達ラガニアはオズワルドの建国とこの都の滅亡、どっちが先だと分析してる?」
「……どちらが先だとも言えないな。オズワルドの歴史は俺らが調べてる限りでは、極めて古い。しかし大陸中央の覇者になったのが、建国者の代じゃないのは確かだ。代を重ねる中で色々と情報収集してる内にこの北方の都の存在を知り、滅ぼした。そういう可能性は充分にある」
「でも、飛竜達が自発的に動いた可能性も否定しきれないんすよ。こんな巨大な"吹き溜まり"が消え去るほどの時が流れても、それでも動き続けて魔術を弾く傀儡を作ったスゴい都っすからね。竜神の末裔であり、高度な知性を持つ飛竜からすれば、脅威に感じたかもしれないっす」
「うーん……副長。昨日のエルフの少年からは何か聞いてませんか?」
「何も聞いてねえ。そもそも"蛮地"への張り付きが目的だったしな。……いや、あいつは何か知ってたかもしれねえけどよ。様子見で気配をぐわっと広げたらローラン、てめえが隠してるっぽい武の気配にぶつかったから、こりゃ久々に大物かと思っちまって……う、うぐぐ」
昨日の失敗を思い出して唸り始めたグリムロを、ローランとナツメは二人がかりでなだめる。
フォルラザがあった頃はもっと表面上からっとした性格だったはずなのだが、あの大戦の敗北でグリムロという男も何かしら変わったのかと、ローランは密かに思った。
とりあえず現時点では、この都を滅ぼしたのはおそらく飛竜達だろうと、ローラン達もリファ達も予想していた。
当時のオズワルドが大河川に潜む水中の魔物を恐れて人間の軍を使わなかったのか、それともオズワルドの建国前に飛竜達が自発的に攻め込んだのかは分からない。
しかしいずれにせよ、この都が竜神の末裔かその信奉者達に危険視されるだけの何かを持っていた、ということになりはしないだろうか。
ノーラ達が繋がりを持った月の国マーブリスのエルフ達ならばもしかして、何らかの事情を知っているだろうか。
とにかく、今は。
「……早く城へ行こう」
ローランは胸の高鳴りを抑えきれず、背負った大剣の柄へ手を伸ばしながら、漆黒の王城へ向けて歩き出した。
………
……
…
「っ!」
先頭のローランが前庭と思しき荒れ地から王城内部の廊下へ足を踏み入れて数歩進むと、黒く染まった石の床が僅かに揺れた。
そして多数の身じろぐ気配が、王城の中に充満する。
傀儡というがしっかりとした気配を、それも武の気配に近いものを、ローランは感じた。
「石の傀儡達が来るぞ! グリムロ様、ローラン君!!」
セリックが緊張した声を張り上げ、杖と剣を構えた。
リファとナツメも、それに続く。
「リファ、奴らには滲み出してる魔力の気配があるのか?」
「一切無いっす! アタシらの復元した"傀儡"の魔術だとバリバリあるんすけどね! だから余計に変だし、正体が知りたいんすよ!」
従者のナツメも、ローランの目配せに対して首を横に振った。
地母神の子として尋常ならざる魔力感知能力を持つナツメですら感じ取れていない。
「おいローラン、先鋒が来なすったぞ!」
長い廊下の横にあった一室から、闇に染められたと思しき黒い石の傀儡が三体姿を現した。
背丈はそれぞれ若干異なるが、いずれも人間と大差無い。
ただ、先頭の傀儡はローランより背が高く、体格もかなり良かった。
形状はどこか、名誉ある騎士の鎧を纏っているかのように凝ったものだ。
そして、同じく石で形作られた大剣、大斧、槍をそれぞれ携えている。
『…………』
目などもちろんありはしないが、それでも傀儡達は首を回してこちらをじっと見ている。
随分と融通の利く、柔軟な石の人形だ。
やがて、まるで人間のように自然な動作で、ゆっくりと近づいてきた。
「……魔術が効かないってのは、本当か?」
「お見せするっす」
リファが前に進み出て杖を薙ぎ払い、攻撃魔術"炎の槍"を乱れ撃った。
五本の槍が全て先頭の傀儡に直撃し、しかし表面を焼き焦がすこともできずにかき消える。
「ちぇっ、やっぱダメっすかね」
効かなかったが、極めて速い。
昨日のセリックもそうだった。
二人とも、戦慣れした戦神の魔術士達に勝るとも劣らぬ魔術の行使速度である。
これがラガニアの最精鋭"探究者"か。
ローランがそう思いながら観察していると、リファは次に"魔力の矢"を一本形作った。
かなり太く鋭く形成されたそれは、もはや矢というよりは大槍のようだ。
そうして勢いよく放たれたその大槍もまた、何の効き目も無く霧散した。
「……セリックのアニキ!」
「よし、任せろ」
今度はセリックが、近づいてくる石の傀儡達を寄せつけぬように"防護"の魔術で三重の分厚い魔力の壁を張って、廊下を隙間無くしっかりと塞ぐ。
しかし傀儡達は、その壁を全てすり抜けてきた。
割る仕草すらしなかった。
まるで壁など存在しないかのように、ただすり抜けた。
「リファちゃんもセリックさんも、かなり高度な魔術使ってると思うんですけど……本当に全然効かないんですね」
「でしょ? 勝負にならないんすよ、こんな反則みたいなことされたら」
「まったくだ。……"探究者"の名が泣くぜ」
探究者達の悔しそうな表情を見ながら、ローランは外套を脱ぐ。
「よく分かった。王様との契約通り、こいつらは戦神騎士が片づける。……三人は一度外に出てくれ! ナツメ、俺の外套は頼んだ!」
「はい!」
「よっしゃ、オレのも頼んだぜ!」
「あわわ、はいっ!!」
ナツメが二人の外套を抱えて慌ただしく外に出ると同時に、三体の石の傀儡が足を止めた。
『…………』
後ろの二体が少し下がって廊下の端に寄り、先頭の一体が石の大剣を突きつけてくる。
決闘にはちょうど良い間合いだ。
この相手はよく心得ていると、ローランは思わず笑みをこぼした。
「へっ、ローラン! 一番槍は譲ってやらあ!」
「じゃあ遠慮無く。……フォルラザの戦神騎士ローランだ。城の守り手よ。お手合わせ願う」
ローランが戦神の大剣を正中に構えると、対する傀儡は顔の高さで石の大剣を水平に構えて、剣先をこちらへ向けた。
「ほぉー……中々だ。間合いの取り方といい、ホントに作り物か?」
後ろで見物するグリムロが呟いた。
人間が持つ武の気配や殺気とは少し異なるが、発しているものは間違いなく、戦士のそれだ。
待っている。こちらが仕掛けるのを。
「おおぉっ!!」
ローランは上段から斬りかかった。
迎撃の突き。咄嗟にかち合わせて石の刀身を粉砕し、その勢いで右腕を切断した。
飛んだ剣圧が、廊下の突き当りの岩壁を抉り斬った。
傀儡はよろけながらも退かずに左拳を握り、殴りかかってくる。
バシリと掌で受け止めて、大剣で両脚を薙ぎ払う。
崩れ落ちる傀儡。しかし、拳には力が入ったままだった。
ローランは見事な闘志に心の中で敬意を表しながら、左腕も斬り砕いた。
「やるじゃねえか、この石野郎。それに身体も武器も、普通の石より明らかに硬えな。分厚さもあるし、その辺の雑魚じゃ大鎚叩きつけても砕けねえだろ」
「ええ。俺も普通の剣で斬れと言われたら苦戦しますね、この硬さ」
「……おっと、大斧持ちも手合わせ所望か? なら、次はオレだな!」
「奥からもう一体、大きい気配が向かって来てます。廊下を壊さないでくださいよ、副長。城内の探索も目的なんですから」
「分かってらぁ。悪いがあとは全部貰うぜ、ローラン」
頼もしい大きな背中から視線を切り、ローランは討ち取った石の戦士を担いで外に運び出した。
「セリックさん、リファ! まず一人だ! ほらよっと!」
「おいおい、あっさりすぎるだろ……相手は分厚い石の塊だぞ? 城壁みたいに、実は劣化してた感じか?」
「いや、そうでもなかったな。本体も武器も、しっかりと強度はあった」
「……どうなってるんだ、戦神騎士ってのは」
「四肢砕かれてもまだ動いてるっすよ、こいつ。うぅーん……眼鏡眼鏡」
「え? リファちゃん、眼鏡がどうかしましたか……って、あ……」
ローランが担いで外に連れ出した石の戦士を、探究者二人が囲んで観察し、それをナツメが外套を抱きかかえたまま、若干離れて見届ける。
リファが"眼鏡"と呼んでいた目を覆う装飾品が何やら青白く輝いている上、いつの間にかセリックも同じ物を身に着けているが、ローランはあえて問わなかった。
おそらく細かな分析か何かのための、ラガニアの特殊な道具というだけの話だ。
あの"眼鏡"が単なる装飾品でないことくらい、勘付いていた。
今はそれよりも、石の戦士達の相手だ。
「副長、終わりましたか?」
「おう。こいつらやっぱ根性あるぜ。オレの部下に欲しいくらいだ。ぐはは!」
四肢をもいだ戦士達を床に転がしながら、グリムロは自身と同じ体格の大きな相手を羽交い締めにしていた。
大斧を振り回せば廊下を破壊し尽くしてしまうと考えたのだろう、格闘だけで片づけたようだ。
斬り砕いた感触からして、流石にローランが同じことをするのは大変そうだったが、この最強の戦神騎士にとってはさほどの苦労でもなかったらしい。
「あいたっ、ぐはは。活きが良いじゃねえか。おらよ」
バガンッ。
頭突きの抵抗の返礼に、グリムロが大型の戦士の両腕を、羽交い締めにしたまま粉砕した。
倒れ伏した相手の両脚も雑に踏み砕いて、それで終わりだ。
同朋ながら何度見ても、呆れるほどに凄まじい武力である。
「……残りの連中は向かってこねえな。奥で待ち構えてやがる」
「ええ……やはり武の気配に近いですね、彼らの纏っているものは」
「ローランさん! グリムロ様! 大丈夫ですか? お怪我してたら治します!」
「問題ねえよ、ぐはは!」
「よいしょっ、よいしょっ……! や、やっぱり分析は屋内でやるっす! 万が一、飛竜が飛んできたり誰かに見られたらヤバいっすから!」
「ローラン君、さっき傀儡達が出てきた部屋を見てきてくれ! その部屋が使えるなら、廊下の傀儡はそこに集めたい! 彼らの武器もだ!」
「ああ、待っててくれ」
ローランは念のために大剣を構えて、先ほど石の戦士達が出てきた部屋に入った。
窓一つから陽の光が差し込んでいるだけの、闇で真っ黒に穢された何も無い部屋だ。
しかし、部屋の隅に不自然な窪みがある。
ちょうど、先ほどの三人が収まりそうな窪みだった。
使えそうだと合図すると、セリックとリファが頑張って引きずるようにして、最初に倒した戦士を何とか運んできた。
ローランが代わりに担いで、手早く部屋に入れた。
「うーん、外の廃墟と同じで空っぽっすか。まあ当然っすね。家具や調度品の類は全部闇で腐って崩れちゃってるし、真っ黒になっちゃってるし。木簡とかの欠片があればいいんすけど……」
「一応傀儡達が入ってたらしき窪みと、錆びた金具の類はあるが……王城を探索しても何か有益な情報を得られるかは相当怪しいぞ、これは。どの部屋もこんなもんかもな。……リファ、念のために金具と思しき物を片っ端から集めるぞ。それに手がかりになりそうな木片と、この傀儡の石の破片もだ」
「了解っす。ローランくん、ちょっとナツメちゃんの手を借りたいっす」
「よし。ナツメ、セリックさん達の分析の間に部屋中のそれらしきものを集めてやってくれ」
「分かりました!」
セリックとリファが再び眼鏡を発光させ、四肢をもいだ石の戦士やその破片を調査し始めた。
ナツメは渡されたいくつかの小箱へ、部屋中に散らばる残骸を丁寧に選り集めていく。
ローランは他の戦士達も部屋へ運び込むことを、外のグリムロに伝えた。
「おう、じゃあオレはこのデカい野郎を運ぶか。しかし、勿体ねえなぁ。色々とよ……」
「……そうですね」
ローランはグリムロの呟きに同調した。
最初の決闘で、この石の戦士達が低俗な人形でないことは、確かに感じていた。
滑らかな動作ではない。魔術への耐性などでもない。
そんなものより大切な、戦士として持つべきものを、彼らは何故かしっかりと持っているようにローランは思った。
そしてそれは上っ面を格好良くするために形だけ与えられたものでは、決してない。
だから純粋戦士グリムロは、「勿体無い」と言ったのだ。
ローランとグリムロは、打ち倒した戦士達を出来るだけ丁重に部屋へと運び入れた。
「どうだ、あんた達は何か分かったか?」
「すごいことが分かったっすよ。セリックのアニキ、もう一回っす!」
「よし」
セリックが目を細めて固く口を閉じ、手に握っている杖の頭にある複雑な意匠を凝視する。
何をするのか見守っていると、その意匠が青白く光り出した。
単純に己の魔力を杖に集めているだけ。ローランにはそう見えた。
探究者ヴァッセルが禿げ頭でやっていた魔力の流れの制御を、杖の手助けを借りてやっているのだろうか。
そうして光らせた杖の頭をセリックは、石の戦士の肌に触れさせた。
光が消えた。
「??」
「……んあ? 何がしたかったんだ、おめえさん?」
「魔術士じゃないお二人には分かりづらかったかもしれないが、さっきの光は俗に言う魔術の類ではなく、俺の魔力を単に杖へ集中させただけだ。そしてそれを、この石の傀儡の肌はかき消した」
「つまり魔力を無効化したってことっすよ。魔術を弾くだけじゃなくて、魔術の形になってない単なる魔力ですら、こいつらはかき消せるんす」
ローランは息を呑む。
"闇の廃都"を訪れる前にリファが言っていた、"魔力を無効化する何か"。
期待していたそれを、彼らは確かに有しているのだ。
「ということは森や山にいるような……爪が魔力で光ってる魔物が斬りかかっても、本来の爪の力でしか攻撃出来ないってことですよね?」
「そうっすね、ナツメちゃん。こいつらホントにスゴすぎるっす……どういう業でこんな無茶苦茶な真似を……」
「それだけじゃない。こいつらは外の城壁や家屋と違って、闇の侵食を本当に表面上しか受けていないことも分かった。だが、君らに砕かれた断面にすら魔力の気配が無い……」
「武器の方はっと……ん、多分本体と同じ素材っすね。こっちも闇の侵食無し、魔力の気配無し。ほいっ……ありゃ、でも魔術は効くっぽい?」
グリムロがへし折ってあった石の槍を、リファが攻撃魔術"魔力の刃"であっさり両断した。
「傀儡本体じゃなくて、石の武器には魔術が効く……ホントに? そんな報告受けてないっすけど……これは傀儡が手放したから効いただけと考えるべきっすかね? あるいは折れてるから?」
「初っ端に三体の傀儡が武器を構えて俺の"防護"をすり抜けたんだから、傀儡が持ってさえいれば武器にも同じ特性が付与されるんだと思うが……まあ、戦闘時に魔術で武器を狙ってみる検証も必要だな。それと、何か軽くて持ち帰りやすい武器が、無傷で手に入れば嬉しいが」
運び入れた戦士達を一通り調べ終えても、二人の探究者は渋い顔をしていた。
何度も首をかしげ、眉をひそめ、顎に手を当てて考え込む。
やがて、セリックがローランに声をかけてきた。
「ローラン君、すまないが試しに傀儡の腹の辺りを浅く砕いてくれるか?」
「……分かった」
ローランは気づかれぬように歯噛みして、大剣をまだ僅かに身じろぐ石の戦士へ突きつけた。
決闘の相手を、大いに辱めるような真似だ。
戦神の民としては、本来ならばあの戦いの中でしっかりと葬ってやりたかった。
だがこれも、復讐のための険しく惨めな道のりを歩むということだ。
石の戦士は自身が何をされるか理解したのか、身じろぎをやめて僅かに首を反らし、為すがままとなった。
どこまでも見事な有り様に、ローランは目を細めた。
相手は覚悟している。ならばこちらも、その覚悟に応えなければならない。
グリムロ副長も気を押し殺し、拳を固く握りしめているのが感じ取れる。
ローランは心を無にして、大剣で戦士の腹を軽く抉った。
「……何も無い、か。もう少し上を。……次はもう少し深く」
「…………」
「これでもダメっすか。まだ動いてるし。……っ、ローランくん。その……非常に申し訳無いけど、胸から下を両断してください」
こちらの心境を察したのか、リファが少し怯えながらも頼んできた。
ローランは皆に少し離れるように伝えてから、頼まれた通りに石の戦士を両断した。
一人の戦士が、死んだ。
そして切り口の空洞部分から、平たい丸石が零れ落ちた。
確かな緑の光を帯びていたそれは、しかし床に転がると同時に輝きを失った。
「今の光……それにこの紋章は……確か……」
「あぁ? おいおい、こりゃどういうこった?」
セリックとグリムロが、同時に声を上げる。
ローランも零れ落ちたものを見て、目を見開いた。
幼い頃に見飽きるほど見たものだ。
後輩の戦神騎士ノアに、文字の読み書きを教えていた際にも。
いや、記憶にあるものとは若干意匠が違うか。
それでもこれは本質的に同じだと、ローランの中で戦神の民の本能が強く主張していた。
絵本で何度も見た、そびえる山に吹く一陣の風の紋章。
「"風の国の英雄王"……」
戦神の国フォルラザが連綿と語り継いできた、建国期最強の大敵にして最高の戦友。
その男が得物の旗槍に描いていたとされる、風の紋章。
"闇の廃都"を未だに守る石の戦士の中から出てきた丸石には、それによく似た意匠が刻まれていた。