戦神騎士物語   作:神父三号

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第33話 ローランの道・石の最精鋭

 遥か昔に滅亡した、大陸北方の"闇の廃都"。

 その王城の内部を、フォルラザの戦神騎士達とラガニアの探究者達は協力して探索していた。

 

「おりゃりゃりゃ!!」

 

 探究者リファが針のように細く鋭く尖らせた"魔力の矢"を、とある部屋の前に立ちはだかった石の戦士に連射する。

 本体、大盾、槍。

 いずれに何発撃ち込んでも、全て霧散して傷一つ付けられない。

 戦士は大盾を正面にしっかりと構え、悠然と向かってくる。

 最後にリファはやけくそ気味に特大の"火球"を大盾にぶち込んだが、それも爆発すら起こさず消滅した。

 

「はぁっ、はぁっ!! こ、これで検証三度目……! やっぱ武器も盾も傀儡が持ってる間は、魔術が効かなくなってるっす……!!」

「来るぞリファ! 下がれっ!!」

 

 じりじりと歩み寄ってきていた戦士は、やがて駆け出した。

 肩で大きく息をするリファを庇い、ローランは大剣で敵の突きを巧みにいなした。

 

「お、大盾か槍! 無傷で欲しいっす!」

「分かったよ、善処する!」

 

 ローランはリファを抱きかかえて軽く後ろへ跳び、一度間合いを稼いだ。

 そして従者のナツメに彼女を預けて、再び距離を詰めてくる石の戦士と相対する。

 

 ガゴッ。

 

 戦士が構えた分厚い大盾を白銀の大剣が力づくで叩き斬り、勢いそのままに本体の脳天へと一撃を加えた。

 だが刃が戦士を両断しきる前に、まさしく捨て身の槍が突き上げられる。

 読めていた。咄嗟に得物から手を離したローランは半身で槍を躱し、その長い柄を片手で掴む。

 そしてもう片方の手で大剣を握り直し、戦神騎士の膂力で無理やり振り下ろしきった。

 今度こそ両断。

 戦士が"絶命"し、崩れ落ちる。

 内部で輝いていた平たい丸石も真っ二つになり、光を失って床に転がり落ちた。

 

「……すまん。丸石を割っちまった」

「いや、構わないっす。どの道一個は割って中身を確認したかったすからね。それに無傷の大槍も手に入ったし、ローランくんありがとうっす」

 

 息を整えたリファが、まず床に転がっている大槍を眼鏡で観察した。

 

「……コイツも材質は傀儡本体と一緒。炎の魔術は……んー、弾かれずにちゃんと炙れて、焦げてるっと。ローランくん、また硬さを調べてほしいっす」

 

 リファに頼まれ、ローランは大剣の切っ先で軽く大槍に触れた。

 

「これも、戦闘中より明らかに脆くなってるな。……逆か。あの丸石の光の影響で通常より硬くなってた、って言うべきだろうな。最初の部屋に集めて調べた戦士達と同じだ。彼らも破壊した手足や丸石を抜いた後の胴体は、大した硬さじゃなかった」

「となれば、やっぱ重要なのはどう考えても中身の丸石の方っすね。本体や武器の石材もある程度集めてきたけど、あんま意味無かったかな。重たいし、持ち帰る量はちょっと減らして……いやでも、丸石の強化効果を最大限に発揮できるのがこれらの石な可能性が……」

 

 リファはぶつぶつと呟きながら今度は丸石の破片を拾い、断面を観察する。

 

「うむむ。ナツメちゃん、魔術の素質かなりあるっすよね? 何か分かるっすか?」

「……いえ、ウチはやっぱり魔力を全然感じないです。倒した瞬間に消えるあの緑色の光も、魔力の気配じゃないようですし……」

「アタシも同感っす。じゃあ魔力以外……別の力の触媒な可能性が高いか。ついでにほいっと」

 

 リファは杖で火を熾し、槍と同じく丸石の破片を軽く炙った。

 石の傀儡のように、弾かれはしない。

 炙るのをやめると、表面がしっかり焦げている。

 さらにリファは先ほどのセリックのように、杖の頭に魔力を集めて近づける試みもした。

 しかし、魔力の青白い光は消えなかった。

 

「なるほどなるほど。肝心の丸石すらも、魔術や魔力を弾く力は真っ二つだと完全に消失してる、と。だったら"三つ子"でも持って帰れるかな? 数がしっかり確保出来たら、無傷の丸石でも同じ検証をしたいっすね。あとは……二人とも、ちょっと離れててね」

 

 そう断ったリファは腰に佩いていた剣を抜いて、えいっと丸石の破片向けて振り下ろした。

 斬れない。

 えいっ、えいっとリファは何度も刃を叩きつけたが、それでも斬れなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……こ、これはアタシが非力だからっすか?」

「どうだろうな。ちょっと貸してみろ」

 

 ローランは借りた剣の切っ先で真っ二つの丸石を軽くつついて、その硬さを推し量った。

 薄く平たい割に、確かに中々硬い。

 とはいえ。

 

「よっと」

 

 軽く振り下ろすだけで、綺麗に斬れた。

 ナツメが感嘆の声をあげ、リファが呆れた表情を浮かべる。

 

「えぇー……まあ明らかに加工されてる石なんすから、斬れはするんでしょうけど……」

「そこまで力入れてねえよ。だけど俺の体感では、丸石が抜けた戦士達の身体よりは硬いな。多分、ラガニアでも力自慢の兵士なら金鎚か何かで叩き割れはするはずだ。それか、少しずつ削っていくか」

「そういうもんすかねぇ……ん、細かくなってもやっぱ何も分からないっす。口の堅いドワーフの誰かに見せてみようかな……」

 

 そう言いつつ、リファは細く鋭い"魔力の矢"を斬られた丸石の欠片へ放つ。

 "魔力の矢"は、欠片にあっさりと突き刺さった。

 

「ほーん、真っ二つだとこんなもんっすか。これなら研究自体は出来そうっすね」

「俺達も、あとで無傷の丸石やこういう破片を貰う交渉をしていいか?」

「それはもちろん。国としての契約っすからね。ただ、何をいくつ渡すかは、帰国後にきちんと交渉させてほしいっす。どれだけの物が集まるか分かんないし。……よし、部屋のめぼしい物集め終えたら、次に行きましょうっす!」

 

 ローラン達は手分けして石の戦士が守っていた部屋に散らばる真っ黒な残骸を集めた。

 ドズンッと大きな音が、部屋の外から聞こえてくる。

 セリックを連れたグリムロ副長が暴れているようだ。

 王城はやはり広く、二手に分かれて探索しようという話になっていた。

 

 ナツメには念のため、動いている石の戦士や丸石には絶対触れないようにと耳打ちしてある。

 ルルシェの施してくれた業が、解けてしまう可能性があるからだ。

 

「リファちゃん、魔力量は大丈夫ですか? 検証のためって言いながら、だいぶ魔術使ってますけど……」

「いやー、実はだいぶキツいっす。ちょっと頑張りすぎかなってくらいに……でへへ」

「まだ北方まで跳んできた分の魔力が回復しきってないんだから、無理するなよ。というか検証はセリックさんに任せればいいものを。探究者の性分って奴か?」

「そうそう、性分っすねぇ。こればっかりはどうも……どうしてもムリになったら言うから、その時はローランくんヨロシクね」

「……何がヨロシクなんだ?」

 

 部屋の探索を終えて先に進もうとした、その時。

 

「……リファちゃん。ウチちょっと疑問があるんですけど、いいですか?」

 

 不意にナツメがリファへ質問を投げかけた。

 

「何すか?」

「さっきから見てた感じ、この石の人達ってすごく強いですよね。全身石造りで重たいはずなのに素早く動いて、魔術も魔力も全部効かなくて、ローランさんが手足壊した人へセリックさんが試しに剣を叩きつけても全然斬れてなかったし。それに丸石を中から取り出さないとずっと動いてて、すごく硬いままでした。……ラガニアが調べ終わったっていう外の廃墟には、この人達らしい石は無かったんですか? 本当に空から飛竜が攻めてきたのなら、この石の人達はかなりの戦力になるから城の外でも戦わせたはずじゃ?」

「良い着眼点っすね。流石はナツメちゃん」

 

 リファが眼鏡をクイクイと二度上げた。

 ローランも彼らと戦いながらナツメと同じような疑問をぼんやりと抱いていたが、上手く言葉に出来なかったので、代わりに言葉にしてくれたのはありがたかった。

 

「結論から先に言うと、ここへ来る前に話した通り『めぼしいものは何も見つからなかった』になるっすね。同朋が王城に入ろうとして石の傀儡達に追い払われた後、ナツメちゃんと同じ発想に至ったっす。それであいつらの残骸が無いかどうか、長い時間かけてコソコソこまかーく市街を隅々まで調べて回ったんすよ。……だけど、傀儡の残骸らしきものは一つも見つからなかった。ていうか中の丸石を見たのだって、本当に今日が初めてなんすわ」

「……王城の外では機能しない業で動いてるってことか?」

「アタシらラガニアの魔術には、それに近い性質を持つものがあるっす。詳しくは明かせないっすけど。……でも、最初の一体目は王城の外の庭に出しても普通に動いてた。じゃあどれくらいまで王城から、あるいは都から離しても動くのかってところなんすけど……それも出来れば検証したいっすね」

「だが色々検証しても、魔術も魔力も全部弾くのに"森の三つ子"で連れて帰れるのか?」

「それはやってみないとだけど、多分無理かもっすかね……人間の魔術や魔力以外には無力ですって代物だと、推定されるように飛竜がわざわざ攻め滅ぼしはしないっしょ。じゃあ縄か鎖で拘束してここからラガニアまで普通に連れて帰るのかって話っすけど、人間の大きさで四肢もいだ傀儡でも石造りで重たすぎて手段が限られるし。何よりもオズワルドか飛竜達がわざわざ大河川を越えて攻め滅ぼしにかかった都の遺産っす。道中には"ク・アリエ"や"五枝水軍"の目もあるから、迂闊にラガニアへ連れ帰るのは……うーん」

「…………」

「捕縛して都の外に連れ出すのはグリムロさまが大斧の鎖でやってくれれば出来ると思うんすけど。ただ、やるなら夜にして……最初の部屋に四肢もいで残してきた一体で検証を……」

 

 リファの呟きを聞きながら、ローランは感傷に浸った。

 石の戦士達は皆、堂々と戦いを挑んでくる。

 ここまでの探索の道中、一対一の決闘だけでなく集団でかかってくることもあったがそれでも皆真っ向から果敢に攻めてきた。

 戦いの中でも決して慄かず、腕がもげようが頭が吹っ飛ぼうが最期まで武の気配に似た"戦う意志"とでも言うべきものを醸し出し続けていた。

 

 痛みを感じない感情無き傀儡だからそうなのだろう、という冷めた見方もできるかもしれない。

 だが、ローランは彼らのその姿勢を、誇りある戦士だからだとどこか感じていた。

 それを検証だ実験だと過剰に破壊したり引きずり回すのは、あまり好きではなかった。

 探究者達の姿勢を否定するわけではないが、それでもやはり、戦士を弄ぶような真似だ。

 いくら有益な力を持っている存在であっても、最期の最期まで捨て身でかかってくるような戦士には、それを称えてきっちりとした死を与えて、それで終わりとすべきなのだ。

 そう思うのはやはり、ローランがまだ軍人として若く、未熟だからだろうか。

 

 そうやって部屋を回っている内に、いつの間にか太陽が西へ傾いていた。

 グリムロ及びセリックの二人組と合流して、成果を確認し合う。

 数十個の丸石と、木簡だったと思しき大量の黒い塵が集まっている。

 それと、大きく錆びた金属鎧の破片と思しきものが複数種。

 中には、ほぼ原形を保っているものもあった。

 意匠はやはり、石の戦士達の外見と酷似していた。

 

「各部屋にあったのは、これらだけだ。金属鎧は闇や長い年月で腐食しきってるが、持ち帰れば何らかの手がかりが得られるかもしれない」

「鎧があったのは嬉しいっすねぇ。それでやっぱ石の傀儡はだいたい同じ感じで、大小色々な戦士っすか?」

「ああ、そうなんだが……何故か動いてない傀儡が複数体あった」

 

 セリックがそう言って、白髪混じりの黒髪をかく。

 

「動いてない傀儡……ですか? ウチらは見てませんけど……というかあんまり傀儡が多くない場所を回ってたみたいですし。それは中に丸石が入ってない、ただの石像だったとか?」

「いや、ちげえな。オレがいくつか砕いたが、中にはあの丸石がちゃんと入ってやがった。だけど緑に光ってなかったし、気配も発してなかった。そんで、明らかにやわだったな。いや、つーかありゃあ……」

「動いてない傀儡は内部まで闇に侵食されきってて、ボロボロだった。中の丸石もだ。俺が剣で叩いても簡単に粉々になるくらいに劣化してた。傀儡の身体や丸石は全て闇を寄せつけない特別な石で造られてると思ってたが、そういう代物じゃないみたいだな……」

「そりゃまた難解な。アニキ、それらはどういう部屋にあったんすか?」

「……分からない。まとめて配置されてたわけじゃないし、法則性があるようには思えなかった。元は三体並んでたらしき窪みで、端の一体だけが動いてない……みたいな様子の部屋もあったしな。まあ、そもそも闇のせいでほとんどの物が腐って黒く染まってるんだ。経年による劣化もあって、動いてない傀儡があった部屋の詳細や共通点を推察するのは困難だろう。……念のためにあとでお前の目でも見てくれ、リファ」

「了解っす」

 

 かき集めた成果を全員で、さらに選り分ける。

 何か情報が得られそうなもの。ほぼ何の役にも立たなさそうなもの。

 しかし後者についても、ラガニアの探究者達は出来るだけ持ち帰る気のようだ。

 セリックとリファの荷袋は、かなり膨らんでいる。

 

 その後、無傷の丸石を一個使って、皆で様々な検証をした。

 結果、ローランが誤って真っ二つにした丸石と同様に、損傷していなくても一切の力を失っていることが判明した。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 一行は城内を順調に先へ先へと進んでいった。

 もうすっかり、夕暮れ時だ。

 

「うーん、こいつらが魔力を無効化する業を本当に持ってることが分かったのはかなり大きい。しかし何かもっと、有用で決定的な成果が得られればいいんだが……集めてきた丸石はどうも、動いている傀儡から零れ出た瞬間に全ての力を失うようだしな。たとえいくつ持ち帰っても、あの緑色に光る状態が再現出来ないようじゃ……」

「まあいずれにせよ、いい感じに探索は進んでるっす。日が沈んだら灯りが漏れない部屋で夕食にして、そのまま明日まで休息しましょう。夜に探索を続けるのは危険っすから」

「おう。けどよ……ローラン。てめえこの城を内側から見てきて、改めてどう思った?」

「そうですね……結構上の方まで来ましたが、やはり外から見た印象通りです。上がるにつれて廊下や部屋の壁に、明らかに外部から攻撃をくらったと思しき損傷の数が増えてます。……この回廊にだって」

 

 ローラン達は立ち止まり、崩れた壁に視線をやった。

 乱暴で強力な一撃をくらって空いた大穴だ。

 同じようなものを、道中いくつも見てきた。

 この大穴からはちょうど東の正門と真逆の、西の廃墟や城壁が見えている。

 

「……だけどこれらの損傷は、人間の魔術の類によるものじゃないと思います。熟練の魔術士を大勢含む軍が巧みに都に潜入し、一斉に蜂起して攻め滅ぼした……って可能性もあるとは考えました。とはいえ、そうしてもこの立派な城の上部をひたすら、外から魔術で執拗に攻撃する意味はあまり無い。普通に考えれば、城の破壊は下を優先する。まあ、上階の火攻めが目的だったのなら分からなくはないが……それでも」

「それでも上から退避してきた奴らを、下の階か庭先かで待ち構えてかなり激しくやり合うわな、普通は。そこまでやってわざわざ敵地の市街戦に持ち込んでたら大間抜けだ。囲んで圧力かけて中の奴らが飢え死ぬの待ってたんだとしても、窮したら強引に突破しにかかってくるだろうから、結局は下でぶつかっちまう」

「お二人さんの言う通りだな。城壁と正門を上手くすり抜けて潜入した人間達が城を攻め落とした可能性を考慮しても、やはり上の階より下の階が攻防で大きく荒れてる方が自然。だが、この城は内部から確認しても真逆だ」

 

 セリックがローランの横に並び、大穴から城下を見下ろしながら言葉を続ける。

 

「そして、そもそも人間が攻め込んだのなら、あの石の傀儡達にまず勝ち目が無い……と思う。魔術が無効にされる上に、硬すぎる。俺はそこそこ剣に自信があったが、四肢をもがれて身じろぎしている傀儡にヒビを入れることすら出来なかったしな。人間の軍では城を攻めあぐねてる内に、押し返されてしまう。……何より市街と同じ大きな爪痕のようなものが、外壁だけじゃなくていくつかの大廊下にもあった。よってこの"闇の廃都"に攻め込んだのは探索前の推論通り、飛竜でほぼ確定と見ていいだろう。それでも攻撃がオズワルド主導か飛竜主導かまでは分からないが」

「やっぱり探究者の目から見てもそうか。……とりあえず、日没まで少しでも先に進もう」

 

 一行は止めていた足を、再び進め始めた。

 

「あと気になるのは、今まで集めてきた丸石の意匠っす。ローランくん、やっぱアレってオタクら戦神の国フォルラザが文字の読み書き覚えるのに使ってた絵本の、"風の国の英雄王"の紋章に似てるっすよね? 最初はたまたま似てるだけかなぁって思ったっすけど、今まで集めたの全部同じだったし」

「よく知ってるな。ただ、"英雄王"については俺もあの絵本に書かれてることくらいしか知らない。グリムロ副長は何か……」

「あっ。広間がありますよ、ローランさん」

 

 最精鋭達が互いに意見を交わしながら階段を上がった先には、木が朽ち果てて補強金具のみが残った、なかなか立派だったであろう扉の跡があった。

 しかしそれは開け放たれていて、奥の広間が見えている。

 ローラン達は最大限警戒しながら、その中に踏み入った。

 

 広間は確かにこれまでの廊下や部屋よりは開けていたが、それでもさほどの大きさではない。

 王が政務や儀礼に用いるような大広間ではなく、迎撃用の副次的なものだろう。

 床も壁もやはり闇によって真っ黒に穢れており、壁の窪みには武器を携えた石の戦士達が多数並んでいた。

 しかし事前に感じ取っていた通り、その中で臨戦態勢になっているのは、僅か四人だけだ。

 

「どういうことだ、これは……?」

 

 探究者セリックが小さく呟く。

 四人の戦士達以外は、ローラン達に反応して動き出したりしない。

 これらもセリックが言っていた、動いていない傀儡達だろうか。

 確かに闇の侵食を明らかに深く受けて、ボロボロに劣化している。

 四人の戦士が敗れてから動き出すにしても、おそらくまともに戦える状態ではあるまい。

 そして並びの中には、歯抜けと思しき不自然な空白も多くあった。

 

 広間自体は、これまでの廊下や部屋と違って無傷である。

 とはいえ、それは当然のことだとローランには思えた。

 道程から構造を察するに、この広間は外に面していないのだ。

 攻め手が本当に飛竜ならば、こんな場所をわざわざ無理に攻撃しないだろう。

 だが。

 

 

「……良いひりつき具合だぜ。この国の最精鋭か?」

 

 

 グリムロが獰猛な笑顔を浮かべた。

 広間の奥、さらに上階へと伸びる階段。

 その上に、闇に染まった石の戦士が一人佇んで、こちらを見下ろしている。

 

『…………』

 

 つい先ほどまでは存在していなかった、研ぎ澄まされた刃のように鋭い気配だ。

 侵入者がこの広間へ踏み込んだことで、ようやく目覚めたのか。

 他より一際細身で、凝った軽装鎧のような身体。二本の石の短剣。

 

 強い。これまでのどの戦士よりも。

 

「どうしますか? 副長」

「当然、オレだ。……と言いてえところだが、他所さまのツレがいるしな。ローラン、戦神に恥かかせんじゃねえぞ」

「もちろん。戦神に、勝利を」

 

 ローランは大剣を手に、前に進み出る。

 四人の石の戦士達が、畏まったように下がっていった。

 

 後ろではグリムロが、皆を広間の端に誘導している。

 副長が盾になってくれていれば、戦の余波に巻き込む心配はないだろう。

 ナツメも探究者達も、いざとなれば"防護"の魔術が使える。

 

 そして細身の戦士が階段の上から跳躍し、広間の床に音も無く着地した。

 いくら他の者より細いとはいえ、全身石造りでかなりの重量があるはずだ。

 尋常の身のこなしではない。間違いなく、この都の最精鋭。

 戦神の民の血が、沸騰する。

 

「フォルラザの戦神騎士ローランだ。名を聞けないのが残念だが……」

『…………』

 

 石の最精鋭が短剣に風を纏わせて、空中に何か文字を書いた。

 読めない。古い字か。だが充分だ。

 お互いに、開戦の礼は尽くした。

 

「あの風……魔術じゃない!? 一体どんな業で……」

 

 後ろで探究者が何やら言っているが、どうでもいい。

 ローランは大剣を下段に構える。

 敵も両手の短剣を力無く下ろし、大きく姿勢を下げた。

 まるで獲物に狙いを定めて身をかがめる、獣のようだ。

 

 来る。

 

 感じた時には既に、間合いを詰められていた。

 ローランは右の突きを弾き、左の突きも横跳びで躱す。

 短剣が虚空へ振られた。風の刃が飛来。

 刀身で受け止めた直後、また間合いを詰められ、風を纏った切っ先が頬をかすめる。

 蹴り飛ばして無理やり距離を取り、ローランは大剣を薙ぎ払った。

 白銀の剣圧が飛ぶも、敵は跳躍。

 そのまま空中で回転し、いくつもの風の刃を降らせてきた。

 

 ズバババンッ。

 

 闇に穢された広間の石床が刻まれる。

 咄嗟に転んで回避しきり、起き上がったこちらの顔面を襲う、跳び蹴り。

 強烈な一撃をしかし、ローランは掌で受け止めた。

 

「っ、うぉおぉぉっっ!!」

 

 雄叫びと共に強く投げ飛ばす。

 広間の壁、石像が立ち並ぶ窪みの中に、細身の最精鋭が盛大に突っ込んだ。

 

「や、やった!」

 

 ナツメが声を震わせた。

 やっていない。

 舞い上がる土煙を風が散らし、無傷の戦士が姿を現す。

 先ほど蹴りを防いだ時に感じたが、細身ながらどういう訳か他の戦士よりも頑丈らしい。

 石の種類や質が違うのか、あるいは中の丸石が特別なのか。

 これまでの検証からして、おそらくは後者だろう。

 

『…………』

 

 石の最精鋭は、左手の短剣を器用に一回転させて構え直した。

 すると、纏っていた風が左のみ強まってじんわりと緑の輝きを帯び、刀身が延長されて見える。

 どうやら、様子見は終わったようだ。

 

 ならばこちらも、全力を出す。

 

 白銀の大剣が、強く輝き出した。

 ローランの激しい昂りに、戦神の加護が応えてくれている。

 

「"防護"を張れ!!」

 

 振り返らずに叫び、大上段に構える。

 敵が僅かに身じろいだ瞬間、ローランは大剣を全力で振り下ろした。

 

 ドゴガァッ。

 

 莫大な白銀の衝撃波が放たれ、前方の全てを消し飛ばす。

 広間の床が抉れ、壁に大穴が空き、だが敵の姿が無い。

 

 上だ。

 あの一瞬で、天井近くまで跳んでいた。

 

 そして、翼。

 

 緑色の風が背中から噴き出して、二枚の翼を形勢している。

 あまりにも秀麗な姿に、ローランはつい見惚れてしまった。

 

『…………』

 

 石の最精鋭は空中で右の短剣を滅茶苦茶に振り、小さな風の刃を撒き散らした。

 ローランは回避のために駆け出したが、降り注ぐ刃が多過ぎる。

 雑な攻撃に見える激しい連射はその実、こちらの足が向く先を巧みに予測して撃ち込まれているのだ。

 戦神騎士の脚力でどれだけ走り回っても、到底逃げきれない。

 もし風の刃が脳天に当たれば、致命傷である。

 

「っ、くっ、くそっ……!」

 

 踏みとどまって急所に当たる刃のみを大剣で防ぎ、他は甘んじて受けるしかなかった。

 戦神の胴鎧のおかげで、急所だけ守っておけば大した深手にはならない。

 だが、ノーラの旗槍と違って、大剣では衝撃波を連発出来ないのだ。

 ばら撒かれる大量の風の刃が時折急所を的確に狙ってくるせいで、剣圧で反撃も出来ない。

 かなりの劣勢。

 それでも白銀の大剣が、ローランを勇気づけるように輝きを増していく。

 

 このままで終わるものか。

 一瞬の隙に、剣圧で撃ち落としてやる。

 もう少し。もう少しだ。

 

「ローランさん負けないで!!」

 

 だがナツメの激励と同時に、戦士の本能が告げた。

 本命が来る。

 

 左の短剣の、渾身の一撃。

 

 大きく振りかぶり、翼が爆風を噴射。

 突っ込んできた。

 迎撃。速い。間に合わない。

 

「ぐぅっ、ぅおぉっ……!!」

 

 叩きつけられた石の短剣。

 受け止めた刀身が軋む。

 吹き荒れる暴風によって胴鎧で覆われていない全身がずたずたに切り裂かれ、目を開けていることすら難しい。

 踏ん張りが効かなくなり、石像を巻き込んで壁の窪みに叩きつけられた。

 

「ローランさんっ!!」

『…………』

 

 ナツメが叫んだ。

 着地した戦士が今度は両手の短剣に緑風を纏わせ、鋭く突進してくる。

 すぐさま立ち上がり、痺れる両手で大剣を正中に構え直すローラン。

 

 突きだ。左が本命。

 

 直感と同時に、相手は右の短剣を投擲してきた。

 顔面への直撃。防がざるをえない。

 僅かに大剣を傾けて弾いた、一瞬の隙。

 その一瞬で懐へ入り込まれ、そして。

 

『っ!?』

 

 頭突きを見舞った。

 石頭を砕けはしなかったがそれがむしろ幸いし、敵は大きく仰け反る。

 

「おぉぉおおおっっ!!!」

 

 一閃。

 

 石の戦士は肩口から真っ二つになり、そのまま剣圧によって爆ぜ飛んだ。

 傍観者達が歓声をあげ、皆して駆け寄ってくる。

 ローランは荒く息を吐きながら、胴鎧の覆っていない肩口を貫通した、石の短剣を引き抜いた。

 溢れ出た血が、衣服を濡らす。

 

「大丈夫ですか、ローランさん!? ウチがすぐ治します!」

「俺も手伝おう! 肩の深手は"治癒"にコツがいるから、先にそこを集中して治す! ナツメくんは肩の"治癒"が終わった後で他の傷を! ……まったく大したものだ、君は!」

 

 ナツメとセリック、二人がかりによる"治癒"の魔術が施され始める。

 だが肩を貫いた短剣の傷痕は、熟練のセリックをもってしても少々時間がかかるようだった。

 そして"治癒"の性質上、疲労は治らない。

 

 ローランは、改めて大きく息を吐く。

 凄まじい強敵だった。

 単純な戦闘力ならば、山岳国家ビードの怪鳥に跨った"山騎士"すら遥かに凌ぐ。

 

「ぐははははっ!! いい戦いっぷりだったぜローラン! 戦神もさぞやお喜びだろうよ!」

「ありがとうございます、副長」

 

 戦いを見届けた後、改めて挑んできた四人の戦士を、グリムロは容易く一蹴した。

 

「よっしゃ、次に最精鋭が出てきたらやっぱオレが戦うぜ? あんなの見せられちゃ、いてもたってもいられねえ。それに戦神騎士団副長として、てめえにばっか良い格好させるわけにゃいかねえからな!」

「……まあ、皆を巻き込まないようにしてくれれば」

 

 ローランが"治癒"を受けている間に、リファが先ほどの石の最精鋭の残骸を集めて眼鏡で観察していた。

 やがて観察が終わったのか、残骸を他のものとは別の木箱にしまう。

 二本の石の短剣も、血を拭ってきっちりと回収した。

 

「どうだった、リファ。他の奴らと何か違ってたか?」

「何も違わなかったっす、セリックのアニキ。身体に使われてる石も、砕け散った丸石も、石の短剣も。でも、ローランくんが最後アイツを吹っ飛ばした時に見えてた丸石の光は、今までのものよりもだいぶ強かった……気がするっすね」

「それは俺も感じた。あと、武器や背中に風を纏ったり風の刃を飛ばす業だな。あれらも明らかに魔術じゃなかった。……風、か。やはりフォルラザの絵本に出てくる"風の国の英雄王"……その"風の国"と何か関係があるかもしれない。帰国したら、資料を探してみよう」

「追加でもう一個。さっきの相手、ローランくんの名乗りにどう見ても応じてたっすよね? これまでの連中にも、どこか意思みたいなものがあるように見えたし。こいつらホントなんなんすかねぇ……ただの王城防衛用の傀儡じゃないように思えてきたっす」

「難しいところだな。しかし、石の最精鋭の使ってた得物が二本も無傷で手に入ったのは大きい。……ついでに、壁の窪みの動いてない傀儡達も調べておこう。ここは防衛上、確実に重要な空間だ。何か分かるかもしれない。リファ、グリムロ様と一緒に調査を」

「了解っす」

「よっしゃ。さくさく行くぜ」

 

 リファとグリムロが残存する広間の傀儡を全て改めたが、それらはやはり闇に侵食されきっていて、使い物になりそうになかった。

 中の丸石もやはり、闇に侵されていた。

 

「……どうにもおかしいな。この広間は俺の考えだと、侵入者を迎撃するための場所だと思ったんだが。強力な石の傀儡で一斉に攻めかかって押し返すには、最適の場所だ。なのに何故ここにこれだけある傀儡達を、全てきっちり動くようにしていない? 丸石は仕込んでるから出来たはずなのに。俺らに応じて動いたのは最精鋭一体と普通の戦士四体だけで、あとは闇でボロボロ。そして並びの中の不自然な空白が、ここにも大量にある……」

「やっぱ本来は防衛用の代物じゃない……ってことっすか? あるいは、傀儡の業の成功率が実は高くないとか?」

「分からない。まあどの道、今日はここまでだな」

 

 ローランの"治癒"を終えたナツメが少し引き返して、日没を確認してきた。

 夜がやってくる。

 

 一行は予め目星をつけていた窓の無い部屋に移動して、夕食を取った。

 薪はどうするのかと思ったが、リファが背負っていた荷袋から何やら固形物を取り出して、それに火をつけるとそこそこの大きさの焚火になった。

 あとは各々保存食を出し合って、腹を満たす。

 

「ローランさん、お怪我はもう大丈夫ですか?」

「心配するな、ナツメ。お前とセリックさんのおかげでもう何ともない。肩も普通に動く。疲れは溜まってるが、あれだけの強敵とやり合ったんだ。むしろ心地良い疲れって奴だ」

「へっ、言うようになったじゃねえかローラン。それでこそ戦神騎士だ。……しかし、あちらさんは随分と面白ぇ業を使ってたな。風の刃に風の翼かぁ……あぐっ」

「グリムロ様は、フォルラザの伝承でああいう業を知っておられましたか? "風の国の英雄王"が使ってた……みたいな」

 

 セリックの問いかけに対して、グリムロはぱちぱちと音を立てる焚火を見つめながら、干し肉を噛みちぎる。

 

「がつ、がつ……んぐ。"風の国の英雄王"ねぇ……ありゃただの作り話だと思ってた。建国期の戦神騎士達を、たった一人で真っ向から跳ね返し続けたって話だしな。実在してたらとんでもねえ化物だったろうよ」

「グリムロさまでも詳しいことは知らないんすか?」

「全然知らねえな。"英雄王"のことも、風の業なんつーもんも。ガキの頃読んだ、絵本の知識くらいだ。絵本には確か……あー、別に風の業どうこうなんて書いてなかったよなぁ、ローラン?」

「そうですね。というか、もしそういう戦法を取ってたならそれこそ絵本に残されてたでしょう。旗槍の紋章すらずっと残ってるくらいに、古のフォルラザにとっては尊敬すべき存在だったみたいですから。俺は戦神騎士になって後輩に読み書きを教える時に絵本を読み返したけど……『風にはためくただの旗槍』としか書いてなかったはずだ」

「後輩さんに読み書きを? 読み書きって子供の頃に習うものじゃないんですか?」

「いや、そうでもない。どの時期に読み書きを覚えるかは、国や集落によるんだ。俺達のフォルラザでは都育ちは子供の頃から教わることが多いけど、外の村で育つと成人して戦に従事しながら徐々に覚える。だからまあ村育ちの後輩には、俺みたいな都育ちが教えるんだ。……文字なんてものを使うのは生き物として誤った在り方だ、っていう考えの小国もあったしな」

「へぇー……」

「ぐしし、こいつが直接教えてた後輩な。ノアっつって金髪碧眼の滅茶苦茶美人だったんだぞ。胸もデカかったしな」

「……へぇー」

「ちょっ、グリムロ副長!? 何言ってんですか急に! それは今何の関係も無いでしょ!?」

「金髪碧眼? エルフの血が混じってるとかっすか?」

「ああもう、お前も乗っかってくるなリファ! 知らねえよ、耳は普通だったから! そもそも他の奴らじゃ教えられないくらい無愛想だったから、仕方なく俺が面倒見てただけで……」

「おうよ。他にはひたすら冷たかった癖に、ノアの奴は何故かずっとローランの後ろにくっついて回っててな……役得だったなぁ、てめえ。ノアはしっかり大戦も生き残ったしよ……ぐはは!!」

「……へぇーー」

「ご、誤解だナツメ! 俺はあいつのこと単なる可愛い後輩としか……いや、それより副長! べらべら同朋の素性を明かさないでくださいよ! 他国の最精鋭だっているんですよ!?」

「"可愛い後輩"ですか。へぇ~~~」

「ひゅーひゅー」

「ひゅーひゅー」

「ぐはは、ぐははははっ!!」

 

 ナツメがジトっとした目で見つめてくる。

 囃し立てる探究者達。バカ笑いする大熊。

 

 ローランは何とか従者の少女の誤解を解こうと、機嫌を取ろうと舌を回し続け。

 そうして、やたらと肩身の狭い夜が更けていった。

 

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