戦神騎士物語   作:神父三号

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第34話 ローランの道・石の英雄

 "闇の廃都"の王城に入って、たちまち三日が経った。

 

 途中の広間でローランが短剣使いの最精鋭と戦った後、ラガニアの探究者二人が城内の細かい意匠の模写や隠し部屋が無いかの確認をしたいと言ったためだ。

 戦神騎士と石の最精鋭が全力でぶつかり合えば、城に残ったものが巻き込まれて無くなるかもしれないと考えたのだろう。

 グリムロ副長は面倒くさそうに不平を漏らしたが、ローランとナツメが何とかなだめて、広間の先に進む前にもう一度城内をくまなく探索し直した。

 セリックが報告していた、動いていない傀儡達があった部屋についてもリファが見て回ったが、特に何も判明しなかった。

 

 三日目の夜にはリファの提案で、石の傀儡を城や都から離してみる検証もした。

 グリムロが戦士を辱める行為だと愚痴りながらも、初日に四肢をもいでおいた一人を担ぎ、セリックと一緒に都の外まで駆けて、そして戻ってきた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!! グ、グリムロ様……足が速すぎです」

「なんでえ、だらしねえな。小走り程度だったぞ、あれでも」

「セリックのアニキ、どうだったっすか?」

「はぁ、はぁ……ふーっ。と、とりあえず"森の三つ子"でお前らが飛んできた森と、さらに足を伸ばして夜営した山まで行ってみたが、特に問題無くずっと動いてたな。……おかげでさらに謎が深まった。なおさら市街地での防衛戦にあいつらを駆り出さなかった理由が説明出来ない」

「広間の連中といい、やっぱ防衛用の代物じゃないんすかね? 業の行使範囲に制限が無いとしたら、何か別の制限や条件が……それともこの前考えたみたいに、単純に傀儡の業の成功確率が低いだけとか? それで優先的に王城だけを……」

 

 窓の無い部屋に戻って焚火を囲みながら、検証結果について皆で話し合う。

 

「……あの、ウチ何となく思ったんですけど。石の人達を動かす業が完成したのが、この都が滅んだ後だったりはしませんか?」

「おー、なるほどっす。……なるほど?」

「ナツメ君の発想は面白いが、都が滅んだ後に業が完成するなんて……いや、ありえるのか?」

 

 二人の探究者が腕を組んで、うんうんと唸る。

 

「滅んだ後の都で僅かな生き残りが、復讐のために業の研究をしたとか……それも変っすかね。都一つ覆う規模の"闇の吹き溜まり"の中での研究は、大量の闇の魔物が沸くせいで超難しいだろうし、もし外で完成させたとしてもその業の成果を"吹き溜まり"の中に改めて持ち込む意味が無いっす。ここは大して貴重な品も残ってないし……あ、でもあの広間の先に何かお宝が保管されてる可能性はあるっすか。それを守るために傀儡を"吹き溜まり"の中に持ち込んだんなら、まあ……」

「いや、滅亡後に傀儡の業が完成したという説はおそらく無い……と俺は思う。風の業はともかく、魔力を無効にする石の傀儡の完成が滅亡後なら、飛竜はそもそもこの都を攻めてないだろう。あー……だが城が激しく攻撃されてるにもかかわらず、動いてない無傷の傀儡が多いのはどう考えても奇妙だ。やはり単純に業の成功率の問題か?」

「あるいは飛竜か昔のオズワルドが傀儡の業が完成する兆候でも嗅ぎつけて、実験段階で攻め込んだとかすっかね? それとも風の業や魔力を無効にする業が傀儡とは別にあって、この都では生きた人間の戦士もそれを扱えてた、みたいな。だから飛竜に攻められたとか?」

「まあその辺は、お国に帰って同朋らの意見も聞いた方が良いな。俺らだけの頭じゃ、出せる発想に限界がある」

 

 グリムロ副長が横たわって鼻をほじりながら、興味無さそうに大欠伸をかいた。

 ナツメは前のめりになって聞き入っているが、ローランもあまり難しい話は得意ではない。

 

「……しかし都から離れても動き続けるんなら、なおのことラガニアには連れ帰れないぞ。魔術も魔力も弾くから"三つ子"で跳ばせない可能性が非常に高いし、跳ばさずに連れ帰ろうとして道中でオズワルドに傀儡を回収したことがバレたら、冗談抜きでまずい。丸石を荷袋で持ち帰るのとは危険性が段違いだ」

「そうっすねぇ、ホントもったいないっすけど。……ローランくん、オタクらの協力者やってるエルフ達にもそれとなく聞いてみてくれないっすか?」

「一応やってみる。だけど、副長がだいぶ相手の機嫌損ねてるからな……」

「うぐっ、うぐぐ……! 急に殴りつけてくるんじゃねえよ、ローラン!」

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 そうこうして、探索四日目。

 

 ようやく広間の先へと進む時が来た。

 気配が残っていた戦士達が多数迎撃してきたのでローランとグリムロが対処し、中身の丸石を回収してどんどん上へと進む。

 各部屋の探索は全員でより念入りに行い、隠し部屋が無いかをしっかりと確認していった。

 

 そして再び、石の最精鋭が現れた。

 荒れ果てた、しかし立派な大廊下だった。

 

「うぉらあぁっっ!!」

 

 名乗り合いを終えた戦神騎士グリムロが吼え、鎖付き大斧を投擲した。

 分厚い刃が余波で壁面を全て抉り飛ばしながら、一直線に獲物へ、王城の大廊下を守る最精鋭へと迫る。

 石の巨漢が重ねるようにして構えた、緑風を強く纏う二枚の大盾。

 それらが投擲された大斧を正面から受け止め、しかし受け止めきれずに一枚が粉砕された。

 

『…………』

 

 だが石の巨漢は一切怯まず、衝撃波と暴風がせめぎ合う中を、腰の石剣を抜いて駆け出した。

 外見に似合わず、放たれた矢のように速い。

 風の刃を牽制に放ちつつ、瞬く間に距離を詰めてくる。

 巨漢が振るうに相応しい、分厚く鋭い風の刃だ。

 

「つっ。へっ、やるな! だが……後ろに気をつけろよっ!」

 

 敵の攻撃をグリムロは鎖の反対側、白銀の円盾で防ぎながら、ぐいと鎖を引き寄せた。

 戻ってきた大斧が、今度は後方から敵に襲いかかる。

 

 ドウッ。

 

 背後に向けられた石の大盾から、爆風が噴射された。

 大斧の勢いを押し留め、同時に剣を振りかぶった巨体が急加速して、宙を跳ぶ。

 間合いだ。脳天へ叩きつけられる、緑風の一撃。

 しかし。

 

『……っ!』

「っと! 惜しかった、なぁっ!!」

 

 円盾によってグリムロは巧みに斬撃をいなし、敵の顔面を殴りつける。

 石の巨漢はもんどり打って転げ、それでもすぐに起き上がろうとしたところを、後ろから追いついてきた大斧をくらって爆散した。

 

「お、終わりましたっすか? げげぇっ……」

「うわ、ぁ……」

「……恐るべし、戦神騎士団副長」

 

 大廊下の曲がり角からそっと顔を出してきたリファとナツメとセリックが、あまりの惨状に揃って呻いた。

 グリムロの後方で戦いを見届けていたローランすら、思わずため息が漏れてしまう。

 壁面は片っ端から破壊され尽くし、外から眩しい太陽が差し込んで、"闇の廃都"の街並みが綺麗に一望出来るようになっている。

 床だって、下手をすれば踏み抜いて落下しそうなほどにぐちゃぐちゃだ。

 

「……やりすぎです、副長」

「これでも一応加減したっつーの! ローラン、てめえなら分かるだろ!? だいたいオレが壊す前にもう結構壊れてたしよぉ……いや、それにしても驚いたぜ。あんな石の盾二枚で、オレの大斧を真っ向から受け止めてくるとはよ。あと最後の攻防一体の加速。敵ながら見事としか言いようがねえ」

 

 最強の戦神騎士は満足げに相手を称えて笑い、大斧を手繰り寄せて肩に担いだ。

 

「グリムロ様、"治癒"の必要はありませんか? どこかお怪我は……」

「おう、問題ねえよナツメ。ちょいと拳が痺れたが、まあ手当が要るほどじゃねえ。……だがアレだな。あの広間から先は最精鋭がぞろぞろ出てくると思ってたが、出迎えはほぼ普通の奴らで、さっきの大盾持ち倒しただけでもう到達……か?」

 

 グリムロが真剣な表情で、一気に明るくなった廊下の先を見据えた。

 ひしゃげた補強金具だけが残った、大扉の跡がある。

 向こう側には、極めて広い空間。

 王が引見や儀礼に用いていた、大広間だろう。

 だが、遠目に見ても無数の瓦礫が散乱している。

 流石に大広間へは、飛竜も容赦せずに攻め込んだのか。

 

 ローランはグリムロが先ほどの戦闘で壊した廊下から、外の景色を見た。

 やはりもう、随分と高いところまで登ってきている。

 残る探索箇所はあの大広間と、その上階くらいだろう。

 途中の部屋はいくら調べ直しても、結局めぼしいものは何も見つからなかった。

 セリックとリファは各所の意匠や彫刻を熱心に模写したり、一部を切り取ったりしていたが、それでも彼らの表情を見るに成果としては芳しくなさそうだった。

 

「残るはあの大広間とその上、ってところか。王族の私室か礼拝堂か何かがあればいいが……」

「でもセリックのアニキ。途中で大きめの部屋いくつかあったっすけど、ろくな手がかり無かったっすよ。これだけ闇の残りカスまみれで何も残ってないとなると、王族の部屋かどうかも判別難しそうだし。……正直、アタシは期待してないっすわ」

「確かに……まあ、石の傀儡関係の物や鎧、木片その他がかなりの数手に入っただけでも充分だろう。あとは分け前をどうするかだな、ローラン君」

「ああ。ここまでで手に入った無傷の丸石は百個ほどか……途中の広間以降でがっつり手に入れたしな」

 

 そう呟きながらローランは、大広間に踏み入った。

 

「っ!」

 

 大広間は徹底的に破壊し尽くされていた。

 壁や床には深い爪痕が幾重にも刻まれ、大穴がそこら中に空き、散らばっている黒い瓦礫の中には、明らかに石の戦士達やその丸石と思しきものもあった。

 天井は極めて高く、外から飛竜の強襲を受けたためか、半ば崩れて青空が覗いている。

 

 

 そして西側の奥には、グリムロ副長のゆうに三倍の体格がある、闇に黒く染められた石の巨像。

 

 

 巨像は両手で大槍を掲げて片膝をつき、上方を見上げていた。

 

「こ、このデカブツは……一体何すか!?」

「下の広間なんかと同じ、動いてない傀儡か……? それとも本当にただの石像? いやそもそもこんな巨大な物を、王が使うであろう大広間に置くのはどうなんだ……? それに石の傀儡達が戦ったと思しき破片が……結局あいつらは防衛用ってことなのか? というか明らかに飛竜が暴れた痕跡があるのに道中あれだけ石の傀儡が残ってて、何故ここにいるこいつは無事で……ああもう、わけが分からん!!」

「……いや、一つだけ分かるぜ。このデケえのは多分、一度動いて激しく戦ってやがる」

「俺もそう思います、副長。……セリックさん、リファ、よく見ろ。ひっかき傷が、そこかしこについてる」

 

 ローランは巨像を指差しながら言った。

 顔、肩、左腕、膝。

 砕かれてはいないが、似た体格の敵と乱暴に格闘したとしか思えない戦傷が、全身にある。

 それに加え、両手で掲げている大槍と、その穂先を見上げているような顔の向き。

 

 戦神騎士の勘が告げていた。

 あれは槍をただ掲げているのではない。

 何かを突き上げて、刺し貫いた姿勢だ。

 

 まさかこいつは、飛竜を討ち取ったとでもいうのか。

 飛竜の屍は。長い年月で闇に腐らされて消え去ったか。

 

 魔術を弾くのも魔力を無効化するのも探索の中で検証したが、本当に飛竜の魔力の鎧すら無効にして貫いたのだろうか。

 ならばそれはまさに、英雄の所業である。

 人間が成し得る業の、極みである。

 

 グリムロ副長もそれに気づいたようで、どこか憧れるような眼差しで巨像を見上げていた。

 セリックとリファが、様々な角度から石の巨像を紙に模写し始める。

 

「ふむふむ……かなり豪華な鎧を模した形状っすね。頭が冠みたいな形してるから王さまかな。……あのー、グリムロさま? 動き出す気配とか無いっすよね?」

「ねえよ、心配すんな。つーか動くなら、オレ達が大広間に入った瞬間に動き出してるだろ。あとはまあ、もっと上に行こうとした時くらいじゃねえのか?」

 

 リファとグリムロの問答を聞きながらローランはふと巨像から視線を切り、後ろを振り返った。

 市街の廃墟に面した東側の壁にはそれこそ、飛竜が無理やり内部に突っ込んできたかのような大穴が空いていた。

 その遥か彼方、快晴の空の遠くには何やらうっすらと白い影が見える。

 

「セリックさん、あれは何だ?」

「ん……多分、"大霊峰"だろう。この大陸で一番高い山だ」

「"大霊峰"……あそこにも山の民がいるのか?」

「いないと思うっすよ。ラガニアを気まぐれで訪れてきたエルフ達との問答集があるんすけど、"大霊峰"って呼び方はそれ由来で。そんで近くに住む川の民はまた別の名で呼んでるっすけど、いずれにせよエルフにとっても川の民にとっても何らかの聖域って話っす。まあ、そんな聖域に住んでる人間はいないっしょ」

「聖域、な。エルフの口から出まかせって可能性は?」

「あー、"大霊峰"という名称とエルフの聖域扱いってことについては、一応裏付けあるんで。……でへへ。それに周辺の川の民もあの山を聖域扱いしてるのは間違い無いっす」

 

 ローランは遠方にそびえる白い影をじっと見つめながら、頭の中をぐちゃぐちゃと回した。

 

 石の戦士達を動かす、平たい丸石。

 そこに刻まれた、そびえる山に吹く一陣の風の紋章。

 フォルラザの絵本に出てくる"風の国の英雄王"も、よく似た紋章を旗槍に描いていた。

 そして風の業を使う、石の最精鋭達。

 この大広間からは、"大霊峰"が見える。

 そびえる山。一陣の風。

 山。風。

 

 ローランはあまり回転の良くない頭をそれでも頑張って、長く、長く回した。

 もしかするとこの"闇の廃都"とあの"大霊峰"は、何らかの──

 

「なあ、リファ……って、んん? ナツメ、他の皆は?」

「巨像の模写が終わったから上の部屋を見てくるって言って、皆さん上がっていきましたよ」

「何だそれ、気が早いな。先にこの大広間を調べ尽くしてからでも……まあ、いいか。巨像もやっぱり動かないし」

「……ローランさん、"闇の吹き溜まり"って怖いですね」

 

 ナツメが真紅の瞳で、城下の闇に穢され尽くした廃墟を見つめながら唐突に呟いた。

 

「ウチ、この街や荒れ地を見てると強く思います。何もかも腐らせて、木も草花も生えなくしちゃって。消え去った後も、こんなに真っ黒に跡が残ってる。……ウチのお父さんが作った"吹き溜まり"も放っておけばいつか、こんなことになってたのかな」

「……そうかもしれない。ルルシェの婆さんですら、キツい闇だったって話だからな」

「ありがとうございます、ローランさん。ウチのお父さんを救ってくれて、本当にありがとうございます」

「気にすんな。俺がやりたくてやったことだ。……だけど俺は結局、肝心のお前自身は何も救ってやれなかった。あの婆さんが来てくれなかったらと思うと」

「そんなこと無いですよ。ウチは何度もローランさんに救っていただきました。ルルシェ様にも確かに救っていただいたけど、それ以上にローランさんに救っていただいたんだって……『生きていきたい』『生きていけばきっと』って思えるようになったんだって、そう感じてます。だから、ローランさんに一生お伴します」

「ナツメ……」

 

 心地良い風の中で、純白の花が綻んだ。

 無性に照れくさくなったが、ローランも精一杯の笑顔を返し、いつものように純白の髪を優しく撫でてやった。

 

「えへへ……ん……あれ? 『生きていきたい』……? あっ! もしかしたらそうなのかも!」

「へ?」

「ローランさん。屍に残った怨念に闇の魔物が沸いて、"闇の吹き溜まり"を作るって話があるじゃないですか」

「おう、あるけど……」

「実は屍に残るのは怨念だけじゃなくて……なんていうのかな、そういうあれこれをこう……」

「??」

「ただいまー! かーっ、全然ダメっす。王族の部屋だろうに、ろくなもん残ってなかったっす。ちっ、シケてるっすねぇ!」

「賊みたいなこと言うな、リファ。そんなだから長老らにしょっちゅうお叱り受けるんだぞ。そもそも屋根や部屋が飛竜に吹っ飛ばされてるところもあったんだ。これだけ集まれば充分だ」

「へーい。でもこれで"闇の廃都"の探索も終わりだと思うと……ちょっぴり残念っす。北方まで跳んできて、めぼしい収穫はほぼ傀儡関連だけ。何かもっとこう……傀儡達が守ってるスッゴいお宝とかあっても……」

「いいじゃねえか。部屋は全部調べ尽くして、石の戦士達も一人残らず片づけたんだしよ。あとは回収したあれやこれやと睨めっこして何とかしろよ。おめえさん、ラガニアの探究者だろ?」

「でへへ……そ、そうっすねグリムロさま。おっしゃる通りで……」

 

 上階を探索に行ってた三人が、早々にドタバタと戻ってきた。

 どうやらめぼしい成果は全く見つからなかったらしい。

 

「じゃあ締めは、この大広間に残ってるズタボロの意匠を一応模写して、コイツをかち割って中身見て終わりっすかね」

「だな。と言っても、見た感じこの大広間には目新しい意匠は何も……せめて巨像の中身が何か特別だと嬉しいが……」

「へっ、やれやれ。この楽しい寄り道もおしめえか。ここからはノーラの指示で蛮族どもを偵察と牽制……ダリぃなぁ。もうテキトーにオレが全部ぶっ潰して終わりでいいじゃねえか。なあ、あんたもそう思うだろ?」

 

 グリムロ副長がポン、と巨像の太腿に馴れ馴れしく手を置いた瞬間。

 

「あん?」

 

 巨像の胸元が、緑色にじんわりと輝き出した。

 さらに東側の大穴から吹き込んできた突風が、その全身に纏わりつき始める。

 

「は? え、ちょっ……冗談っしょ? グ、グリムロさま何やってるんすか!?」

「な、何もやってねえ! こいつが勝手に……っ、うおっ……!!」

 

 道中の石の戦士達が発していた、武の気配に似た"戦う意志"。

 これまでとは桁外れのそれがまるでこちらを圧し潰そうとするかのように、急に重たくのしかかってくる。

 大戦で経験した巨大な飛竜の殺気よりもなお、凄まじい。

 グリムロが真剣な表情で、大斧を構えて一行を庇うように立ちはだかった。

 

「ナツメ! セリックさん、リファ! 今すぐ逃げろっ!! 廊下じゃダメだ! 下の階……いや、城の外まで出て大きく離れろっ!!」

「は、はいっ! ローランさん、絶対に死なないでくださいね!!」

「外までって、オタクらどんだけ暴れる気なんすか!?」

「無理はするなよ、お二人とも! もう探索はほぼ完了した! 危なくなったらすぐに逃げるんだ!!」

「いいからさっさと出てけ! まだ死にたくねえだろうがよっ!! ……ああもう、ったく。何やってんだかオレは! またノーラの奴に説教されちまうじゃねえか!」

 

 退出を促したグリムロの一喝で、三人は急いで広間から走り去っていった。

 

 ズズン。ズズン。

 

 大広間が、いや、王城全体が、圧倒的な存在の発する重圧で震動する。

 石の巨像が大槍を支えにして、立ち上がった。

 全身に纏った風が旋回してその石肌を軽く削ぎ、闇の穢れを払い落としていく。

 巨像はたちまち、純白の鎧を纏った英雄となった。

 頭には、王冠を模した意匠。

 

 ──そういえば、絵本で読んだ"風の国の英雄王"も王冠を身に着け、鎧は白かったな。

 ローランはそんなことを思いながら、既に輝いている白銀の大剣を構えた。

 

「まあ、動いちまったもんは仕方ねえ。小難しいこと考えるんじゃねえぞ、ローラン。戦神に、勝利を。それだけだ」

「はい。……石の英雄よ! 俺はフォルラザの戦神騎士ローランだ!」

「同じく戦神騎士グリムロ! 二対一で申し訳無いが、貴公の名をお聞かせ願おう!!」

『…………』

 

 英雄は、人差し指で空中に風の字を描いた。

 当然、読めはしない。

 だがそんなことはどうでもいい。

 これまでの最精鋭達の時と同様に、礼は尽くしたのだ。

 あとは、戦だけだ。

 

 大広間に吹き込む東風の音だけが長く、長く響いた。

 そして。

 

 ズゴアッ。

 

 予告無く瓦礫が掌ですくい上げられ、そのままの勢いで投げつけられる。

 二人の戦神騎士は大きく横に跳び、躱しきった。

 先に狙われたのはローランだ。

 極太の石の大槍が緑風を纏って迫る。

 受け止めるのは不可能。

 ローランは前に向かって駆け出した。

 床を貫いた大槍が暴風を発生させ、ローランの背を強く押して、体勢を崩させた。

 転げ回り、床の大穴に落ちそうになる。

 

「うぉおおぉぉらぁぁっっ!!!」

 

 大きく振り回された、グリムロの鎖付き大斧。

 その白銀の刃が遠心力を味方につけて英雄の顔面へ向かい、しかし掌の緑風に阻まれた。

 衝撃波と暴風が荒れ狂い、荒れ果てた大広間がさらに滅茶苦茶に切り裂かれていく。

 やがて、大斧はがっちりと英雄の巨大な手に握られた。

 

「ぅぉおっ!?」

 

 英雄が無造作に大斧を引っ張り、鎖で繋がれているグリムロを振り回して、壁に叩きつけた。

 木っ端微塵になった分厚い壁。

 城外の空中へ放り出されたグリムロが、必死に鎖を手繰り寄せようと試みる。

 だが無慈悲にも、英雄は大斧を大広間の外へと投げ捨てた。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 立て直したローランが輝く大剣で、果敢に膝へ斬りかかる。

 やはり風の鎧に刃を押し留められ、振り抜けない。

 何とか風を押しきっても、英雄の石肌はその余力で叩き斬れる硬度ではなかった。

 かすり傷しかつかない。

 

 適当に蹴り飛ばされた。

 受け止めた白銀の刀身が軋み、大広間の東の端まで一気に後退させられる。

 

「っ、はははっ!」

 

 何故か笑ってしまう。

 見下してくる飛竜相手の嫌悪感。おぞましい闇の魔物相手の不快感。

 そんなものは微塵も感じない。

 ただ隔絶した強者と戦っているという高揚が、戦神の民の血を燃え滾らせる。

 戦神の大剣が、際限なく輝きを強めていく。

 力と戦意が、沸き上がる。

 

 英雄が再び、瓦礫をすくい上げて投げつけてきた。

 

「舐めんなぁあぁぁぁっっっ!!!」

 

 ローランも大剣を全力で振り下ろし、白銀の衝撃波で迎え撃つ。

 瓦礫など容易く呑み込んだ戦神騎士の大技が、大槍を気休めの盾にした石の英雄へ直撃する。

 

 ゴガガガガッ。

 

『……っ!』

 

 衝撃波と風の鎧がぶつかり、前者が圧し勝った。

 英雄がわずかに後ずさってよろめき、反撃の大槍を繰り出してくる。

 身体が軽い。

 先ほどより明らかに速力の上がった脚が、突きからもおまけの暴風からもローランを逃しきり、再び間合いを詰めさせる。

 蹴りで巻き上げられた瓦礫を軽いひと振りで打ち払って、跳んだ。

 胴体へと刃を叩きつける。

 風の鎧を裂き、石肌に食い込んだ大剣。

 

 だが、まだだ。まだ力が足りない。もう少しだ。

 

 宙吊りになったローランを横合いから、英雄の拳が殴り飛ばした。

 咄嗟に刃を床に突き立て、大広間から壁をぶち抜いて落下するのを防ぐ。

 激戦の昂り故か、戦神の加護が強まっているのか、痛みはさほど無い。

 

『…………』

 

 突如、石の英雄が片膝をつき、左手を床に添えた。

 悪寒。

 ローランは素早く跳び退き、足元から生じた風の槍を避ける。

 

「っ、何でもありかよ! っ!?」

 

 風の槍が連続で床から突き出し、疾走するローランをひたすらに追いかけてくる。

 眼前にも発生。足を止め、その場で跳んだ。

 直下から風の槍。

 

「ぐぅっ……だはっ!!」

 

 突き上げを何とか大剣の刀身で受け止めるも吹き飛ばされ、ローランは無様に宙を舞う。

 視線の先で、英雄が大槍を振りかぶっている。

 串刺しだ。

 死ぬ。死ぬものか。

 空中でローランは歯を食いしばり、大剣の柄を両手で握りしめた。

 

 ゴウッ。

 

 緑風を纏った突き。

 その切っ先を、渾身の迎撃で強引に逸らした。

 余波で顔面から大量に血飛沫が舞い、視界が真っ赤に染まる。

 体勢を整えて着地したローランが、血を拭った直後。

 向けられた左の掌から、大量の風の刃が連射された。

 

「うぉぉぉおぉっっ!!!」

 

 ローランはあえて逃げずに急所に当たる刃のみを真っ向から叩き落とし続け、吼え猛る。

 

「……副長っ! あんたいつまで休んでんだボケ!!」

「るせぇクソガキ! 今戻ろうとしてたとこだよっ!!」

 

 若き獅子の咆哮に相方が応え、大広間の床が盛大に爆ぜ飛んだ。

 ローランの大剣同様に輝きを強めた、白銀の鎖付き大斧。

 空いた大穴から、戦神騎士グリムロが跳んで戻ってきた。

 極上の獲物を見つけた、獰猛な獅子の笑顔。

 自分もきっと、同じ顔をしているだろう。

 

「ぐははっ、全力全開でいくぜ! もう探索は終わってんだからな! 今さら城がどうなったって構いやしねえだろ!! ローラン、死なねえようにだけしとけやぁっ!!」

 

 グリムロが、鎖付き大斧を大きく振り回し始める。

 ローランは大広間の壁面の出っ張りや窓を利用して高く跳び上がり、天井近くの壁面に大剣を突き刺して待機した。

 当然、戦意は絶やさない。

 だが、巻き込まれて死ぬのは御免だ。

 最強の戦神騎士が、必殺の一撃を放とうとしている。

 周囲を無差別に攻撃するために普通の戦争では絶対に放てない、最大最強の大技だ。

 砂漠越えの侵攻戦最終盤において一際巨大な灰色の飛竜相手に一度だけ使用され、しかしそれでも通用しなかったために長らく封印されていた、戦神騎士グリムロの奥義。

 

「ぐぉおぉぉ、おおぉぉぉっ……!!」

 

 光り輝く戦神の大斧が回転の勢いを強め、大広間の壁も柱も軒並み粉砕していく。

 城の上部が、大きく傾いた。

 石の英雄は再び掌から風の刃を無数に繰り出したが、激しく旋回する伸びきった鎖によって、全てかき消される。

 

『…………』

「!? あれは……!」

 

 英雄が大槍の石突で床を突く。

 すると柄に緑風が集まり、確かな形を為した。

 

 旗だ。

 

 大槍が、旗槍に変わった。

 その間も戦神の鎖付き大斧は、破壊範囲を広げながら回り続ける。

 

「行くぜ、オレのとっておきだっ……!! うおおぉぉおぉおぉぉぉっっっ!!!!」

『……っっ!!』

 

 グリムロは獅子の咆哮と共に自身もその場で回転し、敵めがけて全身全霊の一撃を叩きつけた。

 英雄は応じるように両手で握った旗槍を、鋭く薙ぎ払う。

 

 カッ。

 

 閃光。

 衝撃。

 爆風。

 全てが滅茶苦茶になり、ローランは屋根ごと空高く舞い上がった。

 眼下に、轟音を立てて崩落していく漆黒の王城が見える。

 ナツメ達が城から離れた廃墟の中で"防護"を張っているのも見えた。

 

 副長は空中をすっ飛んでいる。

 かなり負傷しているが、"治癒"で治せる範囲だろう。

 石の英雄はどこだ。

 崩れ落ちる王城に呑まれたのか。

 いや、それよりも自分がどう着地するのかを考えなければ。

 

 ローランは落下し始めた屋根の外壁を斬って素早くよじ登り、跳んで逃げる時機を窺った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「……っ!」

「……っ!!」

 

 ラガニアの最精鋭"探究者"の二人が唖然とした表情であんぐりと大口を開き、眼前の光景を見つめている。

 つい先ほどまで"闇の廃都"の王城だった、瓦礫の山だ。

 

「すまねえ、ちとやり過ぎた」

「俺も申し訳無い。こうなるのはだいたい分かってたんだが、止めなかった」

 

 戦神騎士二人が得物を地面に突き刺し、両膝を地面につけて座り、畏まって頭を下げる。

 傍ではナツメが、せっせと"治癒"の魔術をかけてくれていた。

 探索中にセリックの手本を見て要領を掴んだのか、グリムロの負傷もしっかりと治せている。

 

「……オタクら、ホントに人間?」

「やったのはグリムロ副長だから。この人が例外なだけで、俺は普通の戦神騎士だ」

「いや、あのド派手な崩落を軽くやり過ごした時点で……」

 

 ガラッ。

 

 石の英雄が、王城の瓦礫の山から姿を現した。

 流石にグリムロの奥義で左腕が吹き飛んでいるが、他に目立った損傷は無く、緑風を束ねて形勢した旗槍も健在だ。

 探究者達が悲鳴をあげ、シュババババと大慌てで廃墟の陰に隠れた。

 

 ローランとグリムロは座ったまま、一戦交えた大敵がゆっくりと近づいてくるのを見上げた。

 ナツメも"治癒"で消耗した状態ながら、ローランの後ろに緊張した様子で座っている。

 

「よう、最高の戦いだったぜ。……悪かったな、貴公の大事な城をぶっ潰しちまって」

『…………』

「貴方には二太刀しか入れられませんでした。それも、両方浅い。まだまだ未熟です、私は」

『…………』

 

 石の英雄は旗槍を二度振った。

 緑の風が周囲を舞い、やがてローランの大剣とグリムロの大斧を包み込んで、消えた。

 

 何が起こったのか分からず、戦神騎士達は顔を見合わせた。

 それぞれ武器を手に取るも、特に変化は感じられない。

 魔力感知が出来るナツメに見せても、首をかしげるだけだった。

 

「まあ、戦友の誼って奴か?」

「そうみたいですね」

 

 やがて、石の英雄は南の空を旗槍で指し示した。

 ここから南には、竜神の国オズワルドの都があるはずだ。

 これだけ派手にやらかした以上、飛竜達がすっ飛んでくる可能性は非常に高い。

 逃げろ、と言ってくれているようだった。

 

「石の英雄よ。貴方との戦い、私は忘れません」

「オレもだ。出来るならば、いつか決着をつけたい」

 

 石の英雄は、もう動かない。

 だが、確かな意志が感じられる。

 それは戦う者の意志だ。

 揺るぎない者の意志だ。

 

 二人の戦神騎士と一人の従者は深く拝礼し、呆然としている二人の探究者を引っ張って、"闇の廃都"から撤収した。

 

 その後は探索に関する互いの意見交換を手早く済ませ、セリックの探索の成果を収めた背負い荷と、原型を留めている錆びた鎧をローランが預かった。

 ローラン、ナツメ、リファの三人で、最初に来た森からラガニアの国宝"森の三つ子"を使って帰国するのだ。

 "三つ子"の最後の一人も、セリックからリファへと渡された。

 

「グリムロ副長はともかく、セリックさんも北方に居残りでいいのか?」

「まあ、"三つ子"の定員は三人だしな。……それにさっきローラン君が言ってた、"大霊峰"の件が気になる。快晴ならば城の大広間からその山影が見え、あの石の巨像が動き出した時には不自然に風が強く吹き込んできてた。丸石に刻まれた紋章の山は確かに、"大霊峰"である可能性が高い。あの山はエルフや川の民の聖域らしいが……調べられる範囲で調べてみる価値はある。その後、ゆっくりと帰国するさ」

「一応丸石を三個渡しておくっすけど……オズワルドの飛竜達が北方を盛んに飛び始めるかもっす。滅茶苦茶気をつけてくださいね、アニキ」

「分かってるよ。お前こそ、成果物をしっかりと陛下や長老らに共有しろよ?」

「お世話になりました、セリックさん」

「俺もだ、ナツメ君。久々に美味しいスープをたらふく食わせて貰ったしな。それと、君はきっと良い魔術士になる。頑張って、ローラン君を支えてあげるといい」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 セリックはローラン達と固く握手してエルフの首飾りを返却し、東の方角へと去っていった。

 

「……んで、オレは独り寂しく熊のフリして、蛮族のケツ拝んで、たまに突っつく作業の開始か」

「仕方無いじゃないですか。"蛮地"がマーブリスを安易に攻めないように、また、攻め込んできても横からかき回せるようにする。副長の武力じゃないと出来ないことですよ」

「んんー、まあそうだろうけどよ。"闇の廃都"を見に来た飛竜をあの旗槍の英雄と一緒に迎え撃つとか……」

「駄目です。あの御方には申し訳無いですけど、もういただく物はいただきましたしね。それにグリムロ副長は戦神騎士の最高戦力なんですから。もし道半ばで死なれたら、損失が大きすぎます」

「……うむ。けどよ、その割にノーラの奴は俺の扱いがなんか雑じゃねえか?」

 

 それは確かに。

 まあ、雑に扱っても死なないからだろ。

 ローランはそう思ったが口には出さず、「信頼の証ですよ」と適当に誤魔化した。

 

「グリムロ様。これ、ウチの料理の作り方です。良かったら、参考にしてください」

「おう、あんがとよナツメ。かぁー、これでおめえがもうちょいツラ良くて歳食ってたらなぁ……あと胸な」

「……あはは。こ、これから大人になりますから、ウチは……む、胸だってちょっとずつ……!」

 

 相変わらず失礼極まる発言に、ナツメは頬をひくひくさせながら笑顔を何とか維持した。

 抜群の容貌を欺いているとはいえ、平凡程度の顔つきにはなっているのだ。

 そんなことを不躾に言われるのは心外だろう。

 

 しかし、ナツメの渡した料理の書付には、ローランからの提言も密かに混ぜてある。

 エルフの助勢が直接得られない以上は、同盟者である"砂粒"を頼るしかないこと。

 出来れば常に一人は同行してもらっておいて、状況判断の助言などを仰いだ方が良いこと。

 とはいえ、北方の"砂粒"の所在や数が分からない以上、一度木笛で呼んで、ノーラや他の同朋への連絡手段の段取りをつけておいた方が良いこと。

 そして、北方で単独行動をする間に万が一深手を負った際にどうするのかを、"砂粒"に相談しておいた方が良いこと。

 この書付を、やってきた"砂粒"にもちゃんと見せること。

 

 グリムロ副長は、戦ごとになれば頭はちゃんと回る。

 だが、これからの役割は通常の戦とは性質が異なる。

 エルフに嫌われたようなやらかしを繰り返さないためにも、出来る限り同朋が制御してあげるべきだった。

 

「ぐははっ。じゃあお別れだな、ローラン。あの大戦を経て、きっちり上等に仕上がったてめえが見られて良かったぜ。短剣使いとの戦いも、旗槍の英雄との戦いも、フォルラザの戦神騎士に相応しいもんだった。オレが認めてやる」

「ありがとうございます、副長。次会う時は、決戦の時ですかね」

「おうよ。いずれ、戦神の旗の下で」

「はい。戦神の旗の下で」

 

 二人の戦神騎士は得物を掲げて、ぶつけ合った。

 ローランが首飾りを外して元々常用していたルルシェの首飾りに戻すと、大斧を担いで二足歩行でのっしのっしと去っていく大熊の、珍妙な後ろ姿が見えた。

 ナツメも首飾りを外し、何とも言えない表情で失礼な大熊の背中を見ている。

 

「……ふぃー。そいじゃあ、帰りましょうっすかね! いやー、お疲れ様でしたっすお二人さん! ラガニアに戻ったら戻ったで色々やることあるっすけど、まあ後のことは気楽にやりましょう!」

「はい、リファちゃんもお疲れ様でした!」

「よしよし、では早速帰国を」

「ちょっと待て」

 

 "森の三つ子"の、木の葉を模した黄金の笛を取り出すリファの肩を、ローランは掴んだ。

 

「貸したエルフの首飾り、ちゃんと今返せ」

「でへへ……ちっ」

 

 やはりその場の流れで自分の物にしようとしていたらしい。

 リファは露骨に舌打ちして、首飾りをしぶしぶと返却した。

 

 ピュー。

 

 三人で手を繋ぎ、吹かれた黄金の笛。

 

 数拍の間を置いて、身体が右に大きく引っ張られた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「よっ」

「わととっ……」

「だふっ」

 

 ローランは体勢を崩すこと無く、抱えた錆び鎧も落とさず、"森の三つ子"の跳ぶ業に対応した。

 木々を吹き抜ける風があたたかい。

 しっかりと、探究の国ラガニア近くの森へ帰って来れたようだ。

 ナツメは上手く着地していたが、リファは相変わらず落ち葉の中に顔面から突っ伏している。

 

「うむ、帰ったか。遅くもなく、早くもなくと言ったところじゃのぅ。……リファよ、成果はどうじゃった?」

「ま、まあ……集められるものは……きっちり……集めてきました……ベンさま。ぶくぶくぶく……」

「リ、リファちゃん! また魔力が空っぽに……!」

 

 ずっとローラン達の帰りを待ってくれていた探究者の長老ベンに、突っ伏したまま返事をするリファ。

 ナツメが慌てて枯れ葉に埋もれた彼女をひっくり返し、上半身を抱え起こす。

 リファは眼鏡を地面に落とし、半開きの口から泡を吹き出して、顔面が汗まみれの蒼白になっている。

 行きは涎だったが、帰りは泡。

 荷物が重くなったせいなのかと、ローランは根拠も無く思った。

 

 だが、そんなことより。

 

 

「久しいな、ローランよ。この険しい道のりの中で、中々貴重な経験を積んできたようだ。武の気配が、大きく強まっておるぞ」

 

 

 グリムロ副長ほどではないにしろ、長身で綺麗に背が伸びた老人が、腰の曲がった探究者ベンの横に佇んでいる。

 白髪も白髭も戦の邪魔にならないように短く切り揃えられ、皺が深く刻まれた相貌は若かりし頃の精悍さをまだ保ちつつ、加齢による威厳を備えている。

 得物は白銀の長剣と、同じく白銀の獅子の装飾が施された長杖。

 

 武の気配は相変わらず完全に制御されており、感覚を研ぎ澄ませて深く探りを入れなければ、同朋の自分ですら推し量れない。

 ただ、未だにこの老人の方が自分よりも手練れであることは確かだ。

 

 

「ありがとうございます。……お久しぶりです、ジェラルド殿」

 

 

 ローランは拝礼で応じた。

 

 戦神騎士ジェラルド。

 戦神騎士団の古参にして、剣技も魔術も上澄みの、優れた魔術剣士。

 

 副長グリムロに引き続き、頼りになる同朋との再会だった。

 




大陸地図に、北方の「大霊峰」を追加しました。

【挿絵表示】

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