戦神騎士物語   作:神父三号

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一区切りが長いお話になってしまったので、1と2に分割します。
2は明日の同じ時間帯に投稿します。


第35話 ローランの道・戦神騎士ジェラルド・1

 ラガニアの最精鋭"探究者"達や同朋の戦神騎士グリムロと協力して、大陸北方にある"闇の廃都"の探索を終えたローランとナツメ。

 

 二人は探究者のベンとリファを森に残し、再会した戦神騎士ジェラルドと共に、探究の国ラガニアの都へ再び入った。

 騎士団の古参である魔術剣士ジェラルドは森の中とは違い、ノーラが寄越したエルフの首飾りをしっかりと身に着けて容姿を欺き、戦神の加護を覆い隠している。

 

「しかしジェラルド殿、何故ここに? 目的地は北方だと"砂粒"からは聞いておりましたが」

「ローランよ、お主が手に入れたというエルフの黄金のスクロール。イオから"砂粒"越しに聞かされたそれを、私もこの目で見たくなってな。ほぼ気まぐれだ。ちょうどお主と私とで上手く歩調が合ったのもある。……それと、ベン殿からおおかたの話はお聞きした。成果はあったか?」

「……一言では語り尽くせません。宿に入ってから、お話させていただきます」

「良かろう。それと大河川傍の森に住む魔物達は、確かに殲滅しておいたぞ」

「ありがとうございます、ジェラルド殿。申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」

「構わぬ。お主にはあの大戦で、命の借りが一つあったのだ。それを返したまでのこと。川の民に混ざっておる"砂粒"の助けにもなろうしな」

 

 リファの手配によって貸し与えられていた目立たない宿へと向かう道中、ローランは並んで歩くジェラルドと言葉を交わした。

 

「……ローラン。竜神の諜報の気配がどういうものか、"砂粒"から教わっておるか? もうかつてのフォルラザのように、気にも留めないという立ち振る舞いは出来ぬぞ」

「はい。一つ前の街に滞在した時に教わって、実際に街を歩きながら探りを入れました。飛竜の鱗を懐に忍ばせているためか確かに独特で違和感があり、今はおおよそ把握出来るようになっております。……それと私の従者が強力な魔力感知能力を持っていますので、彼女ならば飛竜の鱗の所在がより広く把握出来ます」

「なるほど。その娘が、それほどに強力な魔力感知をな」

 

 ジェラルドがローランの後ろを歩くナツメに視線を送ると、少女は緊張した顔で会釈した。

 その様子から察するに、今のところ竜神の諜報が近寄ってくる気配は無いようだ。

 ナツメの話によれば、滞在する宿からは二枚の飛竜の鱗を感じることが多いと言っていた。

 

 しかし、ローラン達を監視しようとするような動き方は、前の街でもこの都でも一度もしてきていない。

 おそらくエルフの首飾りの効果によって、こちらの存在に気づいていないのだろう。

 仇敵ながら呆れるほどの低劣さだが、彼らについて話す中で、始末されること前提の諜報ではないかという可能性を"砂粒"から示唆された。

 

 「旅行していただけの同朋が殺された」として恫喝の口実に使ったり、露骨に存在を匂わせることで圧力をかけるのが主目的なのではないか、と。

 

 僻地の賤民を諜報に任じているようだと"砂粒"からは聞かされていたが、鱗一枚の名誉でそのようなことをさせるのは中々に酷薄だと、ローランには感じられた。

 彼ら自身はそのような扱いを受けて、何も感じないのだろうか。

 

「……これが私の得た、老エルフのスクロールです」

 

 ローランは宿の二階の一室で、エルフの老婆ルルシェの首飾りを外して月影騎士の首飾りを着け直し、ジェラルドに人差し指ほどの細長い黄金の巻物を見せた。

 "闇の廃都"の話よりも先にスクロールが見たいと、老騎士が言ったからだ。

 

「ほう……素晴らしい。極めて貴重な物を手に入れたな」

「いかがですか? ジェラルド殿ならば解読も……」

「無理だな。私も長い人生の中で、エルフの知己は二十人とおらぬ。今でも誼を通じておる者は、片手の指で足りるほどだ。……そして彼らの性質はおおかた、人の世の風評通りだった」

「『奔放、気まぐれ、からかい癖あり』……でしょうか?」

「うむ。であるからして、スクロールを貰ったことなど無い。そもそもエルフが字を書いておるところすらも、見たことが無い。とても良い目の保養になった」

 

 椅子に腰かけた老練な魔術剣士は微笑を浮かべ、スクロールを丁重に巻き直して紐で封じ、ローランへと返してきた。

 ナツメはずっと緊張した様子で、黙りこくって後ろに控えている。

 武の才は皆無でも、ルルシェから魔術の手ほどきを受けたり、探究者達の優れた魔術を目の当たりにしてきたのだ。

 魔術士としてのジェラルドの実力を、何となく推し量れているのかもしれない。

 

「"砂粒"から既に伝達があった。これを寄越したエルフの老婆と再会した時に、『ザリアの"霊狼"へ会いに行け』とも言われたそうだな」

「はい。ラガニアから協力の分け前を貰ってスクロールの解読結果を聞けば、次はそこに向かう予定です」

「"霊狼"がどういう存在かは、聞いておるか?」

「……この大陸で、最も旧き魔物達。未だ姿形を保つ神の一族とまで呼べる存在だ、と」

「その通り。とはいえ私も、エルフの知己から話を聞いたことがあるだけだ。ザリアの高原地帯には、まさしく神の業と呼ぶべき"結界"が張られていて近寄れないからな」

「"結界"?」

 

 馴染みの無い言葉に、ローランは首をかしげた。

 ルルシェからは、そこまで詳しい話を聞いていない。

 

「人間の"防護"の魔術にどこか近しい……いや、別格の業だ。エルフはそれを、"結界"と呼んでいた。行けば分かる。しかし、仮に"霊狼"から何らかの助力を受けられるのならば、これ以上の味方はいないと言ってよいかもしれぬ」

「それほどですか?」

「それほどの者達らしいな。だが……黄金のスクロールや首飾りの提供に、"霊狼"の紹介。ローランよ、そうやってお主を二度も導いたエルフの名は?」

 

 ジェラルドは、老いてなお色褪せていない赤茶色の瞳で、ローランをじっと見据えてきた。

 この戦神騎士の古参の前で、『聞いていない』『知らない』などという安易な嘘は吐けない。

 それでも、あの大恩ある地母神腹のエルフを、戦神の軍のあれこれに巻き込みたくはない。

 

「誠に申し訳ありません、ジェラルド殿。彼女の名は言えません。戦神に誓って」

「……そうか、分かった。お主が戦神に誓ってまで口を閉ざすのならば、私もこれ以上は聞かぬ。他の戦神騎士達にも、余計な詮索はしないように伝えよう」

「お心遣い、感謝いたします」

 

 ローランは同朋の配慮に対して、深く拝礼した。

 従者のナツメもそれに続く。

 

「ところでその従者の娘は、どういう経緯で得たのだ? ベン殿がおっしゃっておったぞ。杖振りを見た年長の探究者が、このラガニアでも稀に見るほどの魔術の才を認めたと」

「……ナツメと申す者です。人攫いに奴隷として売られ、大商業都市ヴァルゲンから逃げ出してきたところを、気まぐれで保護しました。その際、先ほどお話した強力な魔力感知に加えて"治癒"と"防護"の魔術を行使出来ることが分かったので、従者にして連れ歩いております」

「そうか。確かにそれは有能な従者だな。人攫いに狙われるのも頷ける。ヴァルゲンを通らずに大河川を渡ってラガニアの前に寄り道したというのも、その娘の関係か?」

「はい。従者にするための、最低限の筋を通したかったのです」

 

 我ながら酷く曖昧な物言いだと、ローランは思った。

 しかし地母神の子であるナツメの業は──広範囲の生命の詳細な動向や敵意を完全に把握出来る"地母神の瞳"は、決して知られるべきではないのだ。

 たとえ同じ地母神の子であるルルシェによって固く封印されていたとしても、それでも絶対に明かさない。

 そう心に決めて、自分はこの少女を従者にした。

 

「ジェ、ジェラルド様! ウチは……私はナツメと申します。えと、その、ローランさん……ローラン様には命を救っていただいて、それで……」

「ナツメよ、無理に畏まる必要は無い。ローランが見出して自身の従者にした人材であるならば、ローランに付き従っておればよい。畏まるべき場面では当然そうすべきだが、私の前では自然体で構わぬ」

「は、はいっ! ありがとうございます、ジェラルド様!」

 

 ペコペコと頭を下げるナツメに、戦神騎士ジェラルドは品の良い微笑を浮かべた。

 知力も武力も戦神騎士の上澄みで、かつ長年の放浪で見識と交友を積み重ねてきた魔術士だ。

 これまでの話の中で、ルルシェやナツメについて何かを悟ったかもしれない。

 しかし、老騎士はそれ以上の深堀りはしなかった。

 さて、とこれまでの話題を断ち切ってローランに向き直ったジェラルド。

 

 

「そろそろ、"闇の廃都"の話を聞こうか。ラガニアの王との契約についてはもう、ベン殿から仔細を聞き及んでおる」

 

 

 ローランは大陸北方で体験してきたことを、ナツメに補足させながら話した。

 戦神騎士団副長グリムロとの再会。探究者セリック及びリファとの協働。

 人間同士の戦争ではなく、飛竜に滅ぼされたと思しき、闇に穢された都と王城の有り様。

 "闇の吹き溜まり"が消えてもなお動き続ける、"戦う意志"とでも呼べるようなものを確かに持った石の戦士達。

 探究者達の優れた魔術を弾くだけでなく魔力そのものを無効化する、彼らの強靭で柔軟な身体。

 その内側に秘められた、"風の国の英雄王"の紋章と似通った意匠の丸石。

 探究者達が試みた、様々な検証や考察。

 風の業を使う最精鋭達。大広間から見えた"大霊峰"との関連性。

 そして飛竜に打ち勝ったと思しき、石の英雄。

 

「英雄は戦闘を終えた後、私と副長の武器に対して緑風の旗槍を振るい、何らかの業を施してくださいました」

 

 ローランはそう言って、白銀の大剣をジェラルドに渡した。

 ジェラルドは刀身をじっと見つめたまま、動かない。

 そのまま、しばし時間が流れた。

 

 痺れを切らしたローランが声をかけようとしたその時、この宿屋に手練れの気配が一つ近づいてきた。

 セリックやリファによく似た気配だから、探究者だろう。

 じっと息を殺していると、相手は部屋の前までやってきた。

 

「入りなさい」

「失礼いたします。……ご無事で何よりでございます、ジェラルド様」

「ありがとう。陛下のお召しかな?」

「はい。内密にお会いしたいとの仰せです」

「承知した。……ローラン。お主と陛下との契約については私が取り持ちたいが、構わぬか?」

「お願いします、ジェラルド殿。私はそういう駆け引きが苦手ですので」

「うむ。では、そのように陛下へ伝えていただきたい」

「かしこまりました。城へは例の入り口よりお願い申し上げます。……他国の諜報については、上手く散らしてありますので」

 

 そう言い残し、探究者は退出していった。

 いくら容姿を欺いていても国の最精鋭によって城へ直接案内されれば、それだけで注目される恐れがあるからだろう。

 

「では、行ってくるか。ベン殿からは、エルフのスクロールの模写をもう数本はしたいと言われておる。模写が終わるまでに、色々とやるべきことをやるとしよう」

「はい、ジェラルド殿」

 

 ジェラルドが宿を出ていく。

 あとには、ローランとナツメが残された。

 

「……ぷはぁっ。何だかすごいお人ですね、ジェラルド様は。グリムロ様とはまた違った、厳かな雰囲気があるというか……」

「まあな。騎士団の重鎮だった方だ。しかし、ここの王様と内密に面会出来るほどとは……」

 

 ローランは額にうっすら浮き出ていた汗を拭った。

 

 あの戦神騎士の古参とはオズワルドとの大戦時に命の恩を作った間柄だが、それでも今まで深く交流したことは無い。

 戦神の魔術士達はほとんどが放浪癖持ちで、ジェラルドはまさしくその筆頭だったからだ。

 ローランにとって戦神騎士団の魔術士で継続的に交流していたと言える相手はイオくらいで、彼女さえも頻繁にフォルラザの都から離れていた。

 

 そのイオが商業都市サレで有益な関係者をいくつも作っていて、ラガニアの探究者リファとも親しかったように、ジェラルドもそういう繋がりを多く持っているのだろう。

 それでもまさか、王から声がかかるほどだとは。

 探究者の最古参である、ベンが言っていたことを思い出す。

 戦神騎士団長ドルザン、副長グリムロ、魔術剣士ジェラルドの名声は、大陸東方にも轟いていた、と。

 

「……ローランさん。ウチの生まれとか力とか、ジェラルド様に気づかれてないでしょうか? あと、ルルシェ様のことも」

「分からない。ルルシェの婆さんについては、何となく勘付いておられるかもな。何だったか、人間の世の中でも有名な異名があるエルフらしいし」

「"緑賢"と呼ばれてるっておっしゃってましたね。神様扱いもされるって」

「よく覚えてるな。まあ、そんな大物らしい婆さんだ。確か婆さんは、あともう一人地母神の子のエルフがいるって言ってたが……俺が『名を言えない』と答えた以上、戦神の魔術士達はそのどちらかって予想はするんじゃないだろうか」

「ルルシェ様のお力……知ってしまったらやっぱり、頼りにしようと考えちゃうんでしょうか」

「かもしれない。だけど、俺達はもうあの婆さんに色々な手助けをしてもらった。ほぼ無償でな。それが一時の気まぐれでも確かな厚意でも、これ以上手前勝手な助力をねだりたくはない。……ナツメ。お前を救ってもらっただけでも、俺はもう充分だ」

「ローランさん……」

 

 少女の真紅の瞳が潤み、じっと見つめてくる。

 気恥ずかしくなり、ローランは視線を逸らして窓の外を見やった。

 

「おお?」

 

 何となく逸らした視線の先で、奇妙なことが起きていた。

 王城から伸びて都を覆っていた色とりどりの分厚い花びらが、ゆっくりと閉じ始めたのだ。

 二人で窓際まで行き、その様子を観察する。

 

「ん……花びらからかなり強い魔力が滲み出てます」

「"砂粒"から事前に話は聞いてたけど……本当に動くのか、あんなデカいものが」

 

 花びらが閉じ、強い日差しが都中を明からせた。

 閉じることもあると前の街の"砂粒"からは聞いていたが、ローランが実際にラガニアを訪れてからは初めて見た光景である。

 確か晴れらしき日も開いていたから、少なくとも天気は関係していないはずだ。

 

「結局何なんだろうな、あれは……」

「魔力で動かしてるのは確かですけど、ジェラルド様なら何かご存知かも?」

 

 花びらはここから見上げる限りでは、石造りである。

 しかし、それにしてはやたらと柔軟に動いていた。

 まるで"闇の廃都"にいた、石の戦士達のようだ。

 思い返せばセリックもリファも、完全に石造りの戦士達が柔軟に動いていることについては何も気にしていなかった。

 そういう性質を持った石材自体は、この国では珍しくないのだろうか。

 

「ローランさん、リファちゃんがこっちに走ってきてますよ。……まだ魔力が全然回復してないはずだけど、大丈夫かな?」

「フラフラじゃねえか。大人しく家で寝てればいいものを」

「あっ、眼鏡がずれてる。ふふっ……リファちゃんらしい」

 

 ナツメが口元に手をやって、クスクスと笑った。

 こうして間近で横から見ていると、地母神の胎から生まれた純白の髪と真紅の瞳を持つ少女はやはり、抜群に整った容貌をしている。

 それも、旅の中でじわじわと時が経つにつれて、いっそう輝きが増していくようにすらローランには感じられた。

 だが、ルルシェの業によって容姿が平凡に欺かれているために、今のナツメの素顔を知る者はもう自分とルルシェだけだ。

 

 それはひどく勿体無いことだと思う。

 多くの者に愛され、尊ばれたであろうはずの資格を、この娘は生まれ持った力故に失っているのだから。

 人攫いに狙われないような裕福な家にこの容貌で生まれれば、やがて一国の妃にすらなれたかもしれない。

 あるいは地母神から与えられた力や容貌など無くても、優しさと器用さを活かして平穏な暮らしが出来たかもしれない。

 にもかかわらず、ひたすらに秘密を抱え続け、そして自分の険しい復讐の道のりに同伴する。

 最悪の悲劇は確かに回避した。しかし、それでも辛い人生だ。

 

 ナツメはいずれもっと美しく成長して、少女から大人の女性になることだろう。

 その時までには、この再起と復讐の道のりへの同伴を終わらせてやりたかった。

 血まみれの屍を悼んでいるよりも、幸せに笑っている方が、何倍も似合う娘なのだ。

 

「? ローランさん、ウチの顔に何かついてますか?」

「ん。髪がちょっと跳ねてる。直してやるからじっとしてろ」

「はい……あはは、ちょっとくすぐったいです」

 

 適当な理由を付けて、ローランはナツメの頭を撫でた。

 そうしてやると向けられる、純白の大輪の花。

 ローランはこの笑顔に、いつも気力や安らぎを貰っている。

 少女の方は、どうだろうか。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 その夜。

 

「とりあえず例の丸石は無傷なものを二十五個と、破損したものを五個分けてもらった」

「合わせて三十個も……ありがとうございます、ジェラルド殿。私ではまともな交渉にならなかったでしょう」

「ラガニアの王は成果物の分析結果もある程度の共有を約してくれたが、そちらはあまりあてにしない方がよい。嘘か真か分からぬからな」

 

 ローランとナツメは、王との内密の謁見から帰ってきたジェラルドと一緒に机を囲み、椅子に座って話をする。

 机上の燭台に立つ蝋燭が、丸石を詰め込んだ大小二つの袋をじんわりと照らしている。

 

「それと、こちらの協力者であるエルフ達にスクロールの中身を聞いて取引しようという、ラガニアからの提案は断ったぞ」

「よろしいのですか? 探究者セリックから話を聞かされた時には、互いに利のある取引だと感じましたが……」

「私の知る限り、このラガニアは大陸において、魔術の研究に最も熱心な者達の国だ。詩の文言が完全に分かれば、どういう魔術が発動するのかおおよそ見当がつくだろう。良くも悪くも、な」

「えっと……もしもすごい魔術がスクロールに秘められてたら、無理やり奪いに来るかもしれないってことでしょうか?」

「うむ。エルフのスクロールは、人間には発動出来ない。それでも中身次第では欲しがるだろうからな。そうでなくとも、戦神の軍と竜神の国に対するラガニアの立ち位置が、現状から大きく変化する可能性がある。……王と探究者の長老達にそれを説明して断った。その代わりに、追加で三本の模写を正式に了承してきた」

「模写を三本追加する交渉については、日中に訪ねてきた探究者リファからも聞いております。この部屋の隣でそれをやることも、既に必要な道具一式を運び込んでいることも。しかし……」

 

 ローランは必死に頭を回す。

 ジェラルドがそうやってこの国の中枢を説得出来たということは。

 

「しかしジェラルド殿はもしや……ラガニアはおそらくスクロールの中身をほぼ解読出来ないとお考えで? イオは『探究者ならば読めると思う』と言っておりましたよ? 探究者リファも『資料をかき集めて結構な時間をかければ、おそらくは』と……」

「いいや。彼らには失礼だが、私はほぼ読めぬと思っておる。イオがそう考えたのは、この国がエルフに関する資料集めに熱心なことを知っていたためだろう。探究者リファについても、魔術士でないお主相手に『ろくに読めない』と正直に告白するより、『多分読める』と言っておいた方が色々とやりやすかったのではないか?」

「……そう、なんでしょうか?」

「この国とそれなり以上に関わってきた、私の長年の勘によれば、な。……ローラン。お主自身はこれまで関わった探究者達の態度を、実際にどう感じた?」

 

 老騎士に問われ、ローランは探究者達とのあれこれを思い出した。

 

 国王が「国庫を大きく傾けてでも、莫大な見返りを求められても、何とか老エルフのスクロールを入手しろ」とリファに命じてあったこと。

 入手は出来ずとも、せめて大金を払ってでも模写させてほしいと言って、実際に宿と大金を用意してきたこと。

 また、ラガニアが今まで集めてきたエルフの文字らしきものには落書きなども大量に混入している可能性があって、ろくに信用出来ないとリファは言っていた。

 そして、スクロールの中身をエルフ達から聞き取ることで、さらに大きな見返りを得てはどうかという、セリックの提案。

 

「……確かに、本当に解読出来るのか怪しい反応はしていました。しかし魔術に疎い私相手ならば、彼ら探究者はひたすら上手く騙して『当然解読出来る』と胸を張り続けてもよかったように思います。だけどリファはむしろ逆で、自信なさげに悩む姿を見せてきました。セリックも、エルフの首飾りや彼らとの繋がりを羨ましそうにしていました」

「百人力の戦神騎士相手に、どこまでなら嘘や真を言ってよいか。どこまでなら無知を黙っていてよいか。あるいは博識を見せびらかしてよいか。エルフとの結びつきを羨ましがってよいか。探究者達は、お主という人間の頭脳や性格を巧みに推し量ったのだろう。従者であるナツメも含めてな。種々の対応は、そういう分析の結果だ」

「な、なるほど。分かるような、分からないような……」

 

 ローランは頭を回すことに疲れて、隣のナツメに視線を落とした。

 従者の少女は真剣な表情で、ジェラルドの考察に何度も頷いている。

 ナツメが理解出来ているようならそれでいいか、と今は思うことにした。

 

「というわけで、解読依頼の件も無かったことにしてきたぞ」

「解読の件も無しに!? で、ですが……構わないのですか?」

「構わない。この探究の国は皮肉なことに、神聖視するエルフとまともな繋がりを持っておらぬ。いくら国中から資料や人材をかき集めようが……気まぐれでからかい癖のある種族の、十数行に渡る文章を解読するなどまず不可能。読めるのはせいぜい定型的な箇所に加えて、幾つかの単語と言い回しくらいのはずだ」

「エルフ達に内容を聞いて共有する案も無し……解読の件も無し……えー、つまり。つまり黄金のスクロールの内容が分かって関係がこじれるくらいならば、ろくに解読出来ない方がお互いのためだということですか? そして、解読出来ないものを聞かされても無意味だと?」

「そういうことだ。無意味どころか、混乱の元でしかない。それでも模写は複数認めておるし、お主達が"闇の廃都"の探索も手伝い、その成果は分け合ったのだ。この国への貢献と見返りのつり合いは、取れておる。"闇の廃都"に関する情報を西方のエルフ達から得られたとしても、この国には基本的に渡さぬようにするぞ」

 

 ローランは頷いた。

 生き残った戦神騎士の最年長であり、高名で老練な魔術士でもあるジェラルドがそう判断して、ラガニア側がそれで納得したのならば、特に異論は無い。

 

 ただ、スクロールの模写を追加で三本。

 リファは自宅でひたすら没頭し、模写一本を五日間で仕上げた。

 

「……三本分の模写は、おそらくかなりの時間がかかるように思います。探究者リファは探索の当事者として、"闇の廃都"の成果物に対する話し合いにも頻繁に参加すると言っていましたから」

「もちろん、承知の上だ」

「"闇の廃都"の成果に関しては後日話し合えばいいのではと私は思ったのですが……模写にあえて時間をかけようとするような意図が何かあるのでしょうか?」

「あるだろうな。この宿に留まっておれば、それはその内分かる」

「?」

 

 ローランはナツメの方を見た。

 自分より頭がよく回るナツメも見当がつかないようで、困惑の視線を返してくる。

 ただ、ジェラルドが「その内分かる」と言う以上は、そうなのだろう。

 どの道それなりの期間、この探究の都に留まることになりそうだった。

 

 とはいえ、焦る旅路ではない。

 ザリアの"霊狼"のもとを訪ねるのが少し遅くなってしまうが、旧い魔物達だとルルシェからは聞いている。

 おそらく人間ほどに急いだ生き方はしていないだろう。

 

「とりあえず……ラガニアに対して私の得た黄金のスクロールを持ち込み、それを使ったやり取りをするということ自体は、これでほぼ完了しました」

 

 ローランはそう言って、再び自分の巾着袋から黄金のスクロールを取り出した。

 地母神の子である、エルフの老婆ルルシェがくれた代物だ。

 

「肝心のスクロールの内容についてはやはり、ノーラが西方で連携しているエルフ達に聞くことにしますか?」

「いや、まずその考え自体を選択肢から外すべきなのだ」

「えっ?」

「ラガニアと同じだ、ローラン。"砂粒"から話を聞く限り、彼ら"月影騎士"とやらはマーブリス王家に忠誠を誓っておるわけではない。それでも大陸西方の覇者の確かな協力者で、最精鋭として遇される立場。ラガニアにスクロールの内容を完全に知られるのが危険であるように、マーブリスに知られるのも危険だ。内容次第では、今の協力関係が崩れかねない」

「……言われてみればそうですね。思慮が浅くて、申し訳ありませんでした」

 

 ローランは恥ずかしくなってスクロールをそそくさとしまい、自身の頬を指でつねった。

 何故だかいつの間にか、ノーラが得たというエルフの協力者を、どこか仲間のようなものだと考えてしまっていた。

 確かにジェラルドの言う通り、彼らは月の国マーブリスの最精鋭という立場である。

 いや、分かっていたのだ。

 分かっていたから、グリムロ副長がやらかした際は探究者達にその情報を漏らさなかったのだ。

 

 頭が良くも悪くもなる奴。

 

 探究者セリックにそう評されたことを、ローランは思い出した。

 

「じゃあ、ジェラルド様のお友達のエルフさんに聞くとかでしょうか?」

「あやつらは呼べば来る、行けば会えるという類の友ではない。それに正確な内容を正直に教えてくれるかも怪しい。何度くだらないことでからかわれたことか……」

 

 ジェラルドは渋い表情で、綺麗に整えられた白髭を撫でつけた。

 

「ローラン、お主を二度導いたエルフの老婆……その者にお主自身が直接聞くのが一番だ」

「ですが、三度目の出会いが訪れる保証は……」

「無いな。それならそれで構わん。……イオから聞いておる。『巡り廻って、役に立つ』と言われたのだろう? どこまで巡り廻るのかは知らぬが、ずっと手放さずに持っておれ。そしていつかきっと、本当の意味で"役に立つ時"が来るだろう」

 

 "その時"が来るまで絶対に、手放したりしないように。

 かつて商業都市サレで再会した時に、イオが言っていたことと同じだ。

 やはり、魔術士の勘というものか。

 

 だがローランは言われるまでもなく、もう黄金のスクロールを手放すつもりは無かった。

 大恩ある人物からの贈り物だ。

 いつか、きっと。

 無理に内容など知らずとも、今はそう思っているだけでいいのかもしれない。

 

 

「さて……蝋燭の火が消えるまでにもう一つ。話しておくべきことを話すとしよう」

 

 

 夜の暗闇の中。

 一本の蝋燭が照らす机の上に置かれた、大小二つの袋。

 ジェラルドがその大きな袋の方から無傷の丸石を一個取り出して、ローラン達に改めて意匠を見せた。

 

 そびえる山に吹く、一陣の風の紋章だ。

 

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