戦神騎士物語   作:神父三号

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第36話 ローランの道・戦神騎士ジェラルド・2

「さて……蝋燭の火が消えるまでにもう一つ。話しておくべきことを話すとしよう」

 

 探究の国ラガニアの、宿の二階の一室。

 夜の暗闇の中。

 一本の蝋燭が照らす机の上に置かれた、大小二つの袋。

 ジェラルドがその大きな袋の方から無傷の丸石を一個取り出して、ローラン達に改めて意匠を見せた。

 

 そびえる山に吹く、一陣の風の紋章だ。

 

「……やはりこれは、"風の国の英雄王"の紋章と同質のものだな」

 

 "風の国の英雄王"。

 

 旗槍を振るって幾度となく戦神騎士達を退けた、フォルラザ建国期の大敵にして戦友。

 戦神の民の、あらゆる伝統の始まりとなった男。

 

 ローランも袋の中から丸石を一個取り出して、ナツメと一緒に蝋燭の灯りで眺めた。

 そこに描かれた意匠はやはり、フォルラザの絵本で何度も見た"英雄王"の紋章に似通っている。

 

「ジェラルド殿は魔術士として大陸中を放浪しておいででした。北方へ足を運ばれたことはおありでしょうか?」

「……ある。一度だけな。私がまだ若い頃、エルフの友と連れ立って"大霊峰"の麓まで行った。そこから西の"闇の廃都"までは足を伸ばさなかったが。……しかしフォルラザが南方の覇者となる前にはもう、ラガニアから"闇の廃都"の有り様は聞き及んでいた。その王城を守る、魔術を弾く石の戦士達についても」

「え……!?」

 

 ナツメが小さく声をあげる。

 ローランも聞かされた話に驚いた。

 探究者リファからは、そんなことは一切聞かされていない。

 フォルラザがまだあった頃、イオに協力を要請するのは憚られたと言っていただけである。

 

「ふっ、お主達の顔を見れば分かる。"闇の廃都"の探索を持ちかけられた時、ラガニア側は私について何も言及しなかったのだろう?」

「……おっしゃる通りです。ジェラルド殿がこの国と繋がりが深いこと自体、今日初めて知りました。東方でも名高いとは聞いておりましたが」

「だろうな。まあ、先ほども言った通りだ。探究者達はお主達を分析した上で、提供する情報を決めておったはず。……それは当然のこと。己の事情を誰彼に全て包み隠さず話すなどというのは、おおよそ愚か者のすることだからな」

「はい。それは学の浅い私でも、理解出来ます」

「そもそも私達戦神の軍とて、隠しておることは多いのだ。この国を決して責めるでないぞ」

「分かっております。……そういえば探究者リファが、"大霊峰"の名称やあの山がエルフの聖域であるということには、裏付けがあると言っていました。もしや、それはジェラルド殿が?」

「そうだ。私がエルフの友人達から話を聞いて、確認した。そのくらいの知識をこのラガニアに渡すのは別に構わないと、彼らの許可も取ってな。当時はあれこれと実に面倒だったが……結果的にあの一件が、私がこの国と深く繋がるきっかけだったな」

「あの……お話中にすいません。ジェラルド様が"闇の廃都"についてずっと前からご存知で、だけど今まで探索に手を貸されてなかったってことは……もしかしてウチらは"闇の廃都"の探索を手伝うべきじゃなかったんでしょうか?」

 

 ナツメがジェラルドに尋ねた。

 ローランもそれを聞いて、少し考える。

 思慮深い老騎士は利用出来ないから、説き伏せやすい自分やグリムロを利用した。

 もしかしたら、そういうことなのだろうか。

 だとすれば。

 

「フォルラザが健在の頃ならば、将来の難敵に利するような行いだっただろう。そう思っていたから、私はかつて親交ある王からの協力要請を拒んだ。……だが、今は情勢が全く違う。既に国は滅び、我々は再起と復讐の道のりを歩む身だ。見返りのために、他国の走狗とならざるをえないことはある」

「……それでも私はしっかりと貴方やノーラに相談してから、協力するかどうかを決めるべきでした。つい先走ってしまいました」

「構わぬとも。自分で考えて動くことは、何ら悪いことではない。ローランよ、お主の行動によって我々が得たものは大きいぞ。私がこれから為そうとしておったことも、全くの空振りにはならなさそうだ」

 

 ジェラルドはそう言って丸石を机に置き、深い皺の刻まれた顔に柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ジェラルド殿の北方行きは、"闇の廃都"や"大霊峰"が目的だったのですか?」

「うむ。それと"大霊峰"の東にある大森林だ。あそこの奥深くには、大陸でも随一のエルフの集落がある。まあ大森林のエルフはまさに世の風評そのままで面倒な連中だが……そういう場所を訪れて飛竜に対するための何かを得られないだろうかと、そう考えておった。結果的に"廃都"の探索を、お主が先に片付けてくれたというわけだな」

「しかし石の英雄との戦いで、王城は完全に粉砕してしまいました。戦神の軍が得られたものは実質、この丸石だけです」

「いいや、それでよい。お主とグリムロが石の戦士達と戦い、この丸石の存在を知り、入手出来たこと……そして何よりも、石の英雄に認められたことが肝要なのだ。おそらく、な」

「もしかしてジェラルド様は、この石やあの英雄様がどういうものかお分かりなんでしょうか?」

 

 ナツメの問いかけに対して、ジェラルドは首を横に振る。

 しかし、と言葉を続ける戦神騎士の古参。

 

「戦神騎士団長ドルザン……まだ重責を担う立場でなかった頃のあやつを伴って、大陸西方を旅したことがある。その最中に"風の国の英雄王"の素性について、一度だけお聞きした」

「……?」

「"英雄王"の素性? フォルラザの隣国の……"風の国"の王となる以前のことですか?」

「彼は、誇り高き東風の民の末裔であったそうだ」

 

 東風の民。

 聞き知らぬ言葉だ、

 だが、東風。東からの風。

 ローランの頭に、東から吹き込んできた突風を鎧として纏っていた、石の英雄の姿が浮かぶ。

 

「……まさか"闇の廃都"はその東風の民の都で、"英雄王"の故郷でもある、ということですか?」

「あくまで末裔、とお聞きしておる。そもそもフォルラザの伝承に謳われる"風の国"は隣の小国、つまりは大陸南方。おそらく都が繁栄するまでの長い時の流れの中で、北方から南方へ移住してきた者達が存在したのだろう」

「意匠が少し変わっているのは、時の流れのせいでしょうか?」

「あるいはフォルラザ側が語り継ぐ中で若干変わっていったという可能性もあるが、些末な問題だ。本質的には同じものであることに変わりは無い。こうして探索の成果を目の当たりにすると、やはりラガニアが"闇の廃都"と呼ぶ場所は"英雄王"の先祖達……かつての東風の民の都だったのだろうな」

 

 ローランのあまり賢くない頭は、まだ何とかジェラルドの話についていけていた。

 ただあまり遠回りな話になっていくと、理解が難しくなる気もし始めた。

 ちらりとナツメを見れば、何やら考え込んでいるような表情をしている。

 

「急いて申し訳ありません、ジェラルド殿。東風の民とはどういう存在なのですか? それと結局この丸石は、戦神の軍の今後に役立ちそうなのでしょうか?」

「東風の民の詳細は、私も聞き及んでいない。そしてこの丸石が役に立つかだが……探究者達による検証と、石の英雄が飛竜に打ち勝ったのではというお主の推測が正しければ、役に立つ可能性は大いにある」

「そうですか……よかった」

「また、お主達の報告を聞いておると、飛竜どもはその都を脅威に感じて、それでさっさと滅ぼしたのだと私も思う。脅威に感じたものは、魔力を無効にする業で間違いないだろう。とはいえ、それが石の戦士固有のものなのか、あの都に住む人間の戦士も振るえたのかは、私もこうして聞く限りでは探究者達同様に分からぬ」

 

 ジェラルドは丸石に描かれた、山に吹く風の意匠を指先でなぞった。

 

「……しかしそういう戦争があってもなお、石の英雄や幾らかの戦士達はどういうわけか討ち取られずに放置されていた。巨大な"闇の吹き溜まり"が生まれ、そして消え去るほどの長い時が流れようとも、力を今まで保持し続けてきた。それは人間が得た力としては、あまりにも偉大な業だ」

「彼らの業を我々も得られれば……ということですか?」

「そうだな。その模索のためにはやはり、私は"大霊峰"を目指さねばならん。ローラン、お主の考えはおそらく正しい。"闇の廃都"の業には、"大霊峰"が何か関係しておるのだろう」

 

 ナツメがおそるおそる手をあげて、発言する。

 

「ええと……つまりジェラルド様は、その"大霊峰"に何か特別な力をくれる神様がいるとお考えなんでしょうか?」

「特別な力をくれる神、か。私もそこは気になっておるところだ。かつてエルフの友に聞いた。大陸に実在する、"神"と呼べる崇高な存在は四つのみ。戦神、竜神、地母神、そして"霊狼"の長」

「なっ……」

 

 ローランは老騎士の唐突な暴露に、思わず声をあげた。

 フォルラザが戦争で攻め滅ぼしてきた大陸南方の諸国には、数多くの信仰があり、多種多様な神が信じられていた。

 それらの神は実在せず、フォルラザの戦神、オズワルドの竜神、ルルシェ達エルフの地母神、そしてザリアの"霊狼"の長だけが実在する神だというのか。

 初耳だった。だとすれば、南方諸国の信仰は──

 

「勘違いせぬようにな、ローラン。実在する神を奉ることが、人間の信仰の全てではない。実在せぬ神だとて、信仰してもよいのだ。そして信仰という人間の営みに、上下も優劣も貴賤も無い。少なくとも私は、そう考えておる」

「……っ。は、はい」

「ナツメの疑問に話を戻すぞ。仮に"闇の廃都"に遺っていた業が、エルフの語る四つの"神"のいずれかによるものだと考えよう。ここから先の話はあくまで私の推理でしかないが……四つの内、竜神は真っ先に除外される。件の人間の都を、竜神の末裔たる飛竜が攻め滅ぼしたからだ」

 

 ジェラルドが四本の指を立て、その一本を下ろした。

 

「また、"霊狼"の長は未だ姿形を保ち、遥か古よりザリアに住まうと、"霊狼"と繋がりのあるエルフから聞いておる。そして人間に肩入れしたり、竜族と敵対関係にあるという話はついぞ聞いたことが無い。だからおそらく、これも外れるだろう」

「……"大霊峰"はエルフの聖域、なのですよね? ならば……地母神でしょうか?」

「よく知っておったな、ローラン。地母神の末裔であるエルフの聖域であることを単純に考えれば、一見それが妥当に思える。……だが黄金の魔術を操るエルフの祖が、魔力を無効にする業を別種族の人間へ与えたというのは、どうにも理に適わないように感じる。地母神の気まぐれの可能性はあるが……その末裔たるエルフはどれほどの手練れであっても、人間より遥かに闇を苦手とする。闇の中でずっと生き続けてきた業が、地母神由来だとは到底思えぬ」

 

 ジェラルドは指を一本ずつ下ろしながら、"大霊峰"と"闇の廃都"の間に生まれたであろう業の出どころを推理していく。

 大陸に実在する四つの"神"の内、三つの候補が消えた。

 ならば、もう残るのは一つだけだ。

 

「じゃあ石の人達を動かしてた業は、ローランさんやジェラルド様達が信仰してる戦神が与えたもの……ってことでしょうか?」

「どうであろうな。我々戦神の民は長じれば自然と、同朋の気配や戦神の加護を感じ取れるようになる。……ローランよ。グリムロと二人で石の戦士達と戦い、それに類するものを感じたか?」

「……いいえ。彼らが単なる傀儡でなかったのは確かです。武の気配に似た"戦う意志"とでも呼ぶべき、独特な気配を纏っていましたから。ですが同朋の気配に近いものは、全く感じませんでした。……戦神の加護もです。グリムロ副長もおそらくはそうでしょう」

「そうか。こうして整理してみると"闇の廃都"にあった業は、大陸に実在する四つの"神"の、いずれの恩恵でもない可能性が高いということになる。……喜ばしいことだな」

 

 ジェラルドは納得したように頷き、椅子の背もたれにゆったりと身体を預けて、腕を組んだ。

 ローランとナツメは顔を見合わせる。

 ナツメも、何が喜ばしいのかよく分からないという怪訝な表情を浮かべていた。

 

 

「もしもあの"大霊峰"が本当に何らかの力を授けてくれるのだとすれば……そしてそれがエルフの語る実在する四つの"神"によるものではないのならば……"大いなる何か"が"神"とは別に、この大陸には存在することになる。エルフ達は"大霊峰"を聖域として扱っておる以上、あの山についてある程度の事情を当然知っていよう。しかしいずれにせよ、四つの"神"とは異なる"大いなる何か"が存在する可能性があるのだ」

 

 

 年老いた戦神騎士ジェラルドが、夢を語る少年のように熱っぽく舌を回す。

 

 

「また、西方からの連絡を聞く限り、エルフ達は"蛮地"や"神聖国家オラトリア"の力の源も分かっていない。……だからこの大陸には"神"の末裔たるエルフや竜族すら理解の及ばぬ事柄、あるいは恐れるものがあるのだよ。実在する"神"は四つ、という話すら怪しい。未知のものがまだまだ眠っているかもしれない。そう感じられるのは魔術士にとって、非常に喜ばしいことだ」

 

 

 魔術士が好む、高説の類か。

 ローランはそう感じたが、ジェラルドの年齢不相応に輝く笑顔に引きずられていつの間にか笑んでいた。

 ナツメも口元を綻ばせている。

 興奮していた老騎士は我に返ったのか、どこか恥ずかしそうに白い髭を撫でつけた。

 

「……さて。また大きく話を戻さねばならんな。すまぬ、どうにも魔術士の性でな。気分が乗ると、語りたいことを次々に語ってしまう。今は亡き同期達にも、よく辟易されたものだ」

「いえ、私は気にしていません」

「というか、ウチが横から質問したせいですよね。すいません、ジェラルド様」

「よい。……要は石の戦士達の業を何らかの形で入手すれば、飛竜への対抗策になりうるということだ。いくら飛竜とて、魔力の鎧を無効化されて戦神の武具をくらえば、深手は避けられまい」

「…………」

「この丸石はそれを探すための、重要な手がかりになるだろう。"大霊峰"でなくとも、大陸のどこかに業を蘇らせる手段があるかもしれんしな。だから、今回得た三十個はとりあえず戦神騎士全員に最低一個ずつ配る。その上でノーラや年長者達が複数個持つようにすべきだろう」

「配分の相談は、やはりノーラとなさいますか?」

「イオやウィルフレッドともだな。だが旗頭のノーラが大陸の反対側で、月の国マーブリスに協力中だ。"砂粒"の連絡速度でも、時間はそれなりにかかる。やはり諸々の事情で、ある程度の期間はラガニアに腰を据えねばならん」

 

 ローランが拾ってきて、ジェラルドが改めて指し示した、飛竜への対抗策。

 飛竜の纏う魔力の鎧を無効化し、その鱗を直接攻撃出来るようにする。

 "砂粒"の伝達を聞いている限り、飛竜に対抗する術を他の同朋はまだ見つけられていない。

 この東風の民の遺産とおぼしき業を使えるようになれば、間違いなく一気に道は開ける。

 しかし。

 

「……ジェラルド殿。私の、浅薄な意見を聞いていただけますか? あの"闇の廃都"において石の戦士達と戦った上での、単なる直感のようなものですが」

「戦神騎士としての……いや、戦神の民としての直感だな? 聞こう」

「では申し上げますが……"大霊峰"の頂きでこの丸石を掲げて"大いなる何か"へ必死に願っても、それだけでは彼らの業は手に入らない。そう感じるのです」

「……ふむ」

「上手く言えませんが……戦神の武具を握れば誰でも強くなれるわけではないのと同じな気がします。もしも決まった手順を踏むだけで容易く手に入る力ならば、王城で丸石を入れられていた石像達は、その全てが動いたはず。そして飛竜が攻め寄せてきた時には、城の内外で大いに戦わせるべき戦力です。……だけど、実際はそういう様子ではなかった。探究者達も、強く疑問に思っていたようでした」

 

 単なる防衛用の代物ではないのかとセリックとリファが訝しんでいたのを思い出しながら、ローランは言葉を続ける。

 

「ですから、あの都を築いた偉大な人間達ですら完全に制御出来ている力ではなかった……ように思います。もしかしたら人間の戦士達も、風の業や魔力を無効にする業を振るえていたかもしれない。私達もそれを入手出来るかもしれない。それでも……"大いなる何か"に認められるようなものが必要になる気がするのです」

「なるほど。お主の意見はもっともだな。それを踏まえて私は答えるが……おそらくお主とグリムロは既にその業の一端を手に入れた可能性がある」

「え?」

「石の英雄が戦いを終えた後、緑風の旗槍を振るってお主達の戦神の武具に何らかの業を施したと言っておったな。私の目で見てもそれがどういう性質のものか、あるいは本当に何かを得たのかは分からなかったが……全く無意味な行いではあるまい」

 

 部屋の壁に立てかけてあった白銀の大剣を、ナツメがとても重たそうに運んでくる。

 危なっかしいのですぐにローランは手を貸し、それを机の上に置いて蝋燭の灯りで照らした。

 

「……やはり戦神の加護以外の力は感じられぬ。加護が濁されたような気配も無い。しかし何らかの秘めた祝福を、この大剣は石の英雄から授かったかもしれん」

「秘めた祝福……」

「今後の戦いの中で、いずれそれが引き出されて明らかになる……お主が口にしたのと同じ、私の単なる直感だがな」

「ならば戦神騎士は皆、あの石の英雄と戦って認められるべきでしょうか?」

「それでは下心のある打算になってしまうな。そうでないからこそ、かの英雄はお主達を祝したように思う。同じことを繰り返せばよい、というわけではなかろう」

「……難しいですね」

 

 ローランは机に置いた丸石を睨みながら唸る。

 自分でも言ったことだが、あの石の戦士達の業を手に入れるのは容易ではないように思う。

 対抗策はこれだけしかないのだと自ら視野を狭めることは、少なくともやめておいた方がよさそうだ。

 

「まあ、今しておる話は全て憶測の域を出ないものだ。石の英雄からの祝福に関しても、大剣に何かが発現すれば儲けもの程度に考えておくがよい」

「はい、そうします。ジェラルド様はそれでもやはり、"大霊峰"を目指されるので?」

「ああ。どの道、近くの大森林のエルフ達を訪ねるのだ。ものの試しに、"大霊峰"へは行く。だが、道中の太陽の国シンガや五枝水軍、そして大河川の都ク・アリエに対しても、何か働きかけをせねばならん情勢だな……」

「特にシンガですね。ノーラの方針に従って東西から牽制させるのであれば、恩を売る必要があります」

「東方に入っておる戦神騎士は三人。私とお主、そしてイオだ。私が何もせずに北方へ抜けるのも悪手だな。やはり北方入りの前に、東方の問題を片づけようか」

「イオは今、人材を集めるために東方の小国や商業都市を回っているはずです。"砂粒"に頼んで、一度連絡を取りましょう」

「それがよいな」

 

 話すべきことを話し終えた後、三人は一息入れることにした。

 ローランとナツメが宿の者へ声をかけて金を支払い、温かい茶を用意してもらった。

 束の間のひと時を静かに過ごし、長話で渇いた喉を潤す。

 

「はぁ、ご馳走様でした。……あの、ジェラルド様、ローランさん。ひと段落した後で申し訳無いんですけど、ウチから石の人達についての、ちょっと長めのお話をしてもいいですか? ……考えてることを今の内に、きちんと言葉にしておきたくて」

 

 これまでの旅路の中で、ローランはこの従者の少女が聡いことを知っている。

 ジェラルドも柔らかな眼差しで頷き、発言を許した。

 ナツメがすっと立ち上がって丸石に手を伸ばし、その意匠をすっかり短くなった蝋燭の灯りで、改めて照らした。

 

「あの都で石の人達を見てて思った……でも探究者さん達にはお伝えしなかったウチの考えというか、想像みたいなものがあるんです」

「大広間の風穴から"大霊峰"や城下を眺めてた時の話か?」

「そうです。あの時は上手く言葉に出来なかったけど、こうしてお話を聞いてて、今ようやく考えがまとまりました」

 

 少女が真紅の瞳で丸石を見つめて、語り始める。

 

「ローランさんのさっきのお話にも繋がりますけど……『石の人達はただの防衛用の傀儡じゃないのでは?』って推測を探索中に探究者さん達がしてて。それでウチは最初『石の人達が動き出したのは飛竜に都が滅ぼされた後なんじゃ?』って意見を出しました。……でも、大広間では確かに英雄様や戦士の皆さんが飛竜と戦ってた跡があったから、その意見は外れでした。いや、半分外れ……だったのかも」

「半分外れ?」

「はい、ローランさん。"闇の吹き溜まり"は、人間の屍に残る怨念を啜ろうと闇の魔物が沸いてくるせいで発生する、って仕組みがありますよね? でも、実は屍に残るのは怨念だけじゃなくて、もっと前向きな……『大切なものを守りたい』みたいな想いも残るんじゃないかなって」

「ほう……」

「この丸石はもしかしたら、そういう前向きな想いを引き寄せて残す受け皿なんじゃないでしょうか? だけどこれが受け皿として完成してなかったか、すごく強い気持ちじゃないと残せないから、全ての石像が動いてたわけじゃなかった」

「…………」

「多分、昔似たようなことが偶然あって、それで丸石を入れた石像をたくさん作ろうって考え方が生まれた……のかな。でも、最後まで都の人達も業の成功に確信が持ててなかったから、石の人達を飛竜相手の戦力としてあまり使えなかった。だから本当にギリギリの、滅亡前後にようやくまとまった数で成功した業なんじゃないかなって……すいません、ほぼ全部ウチの妄想ですけど」

 

 ペコりと頭を下げたナツメの隣で、ローランは頭をかいた。

 ジェラルドが真剣に考え込み出したところを見るに、中々面白い発想だったようだ。

 

「……ナツメよ、お主は良い魔術士になれるな。ラガニアの探究者達が認めたのも頷ける」

「は、はい。ありがとうございます、ジェラルド様」

「お主の説には空想に近い部分もかなりあるが……そう考えれば納得出来ることも多い。特に『人間の屍に残るものは怨念だけではなく、前向きな想いもある』『丸石はその受け皿である』……この二つは非常に面白い発想だ」

 

 ただし、と言ってジェラルドは椅子から身を乗り出してナツメを見つめた。

 

「その発想は決して、探究の国ラガニアの者に話してはならぬ。何故だか分かるか?」

「?? え、えっと……えっと……?」

「人間の屍を使って、丸石の実験を試みる恐れがあるからだ」

 

 ナツメが息を呑み、目を大きく見開いた。

 真紅の瞳が揺れる。

 

「罪人、賊徒。……厄介な同朋。そういった者達の中で強い願望を持つ者を実際に殺して、丸石が反応するかを確認する。やるかやらないかで言えば、間違いなくやる国なのだ、この国は」

「そ、そんな……!」

「……俺達は二度、野山を無差別に焼く"炎の雨"の実験に出くわしてる。あれだって雲の流れが途中で大きく変われば、自国の集落を焼きかねない実験だった。確かにナツメの発想を知れば、試そうとする気がする。……というか"闇の吹き溜まり"の性質を調べる過程で、似たようなことは既に試してるかもな」

「っ……すいません。ウチ、そんなつもりじゃ……」

「お前が謝ることじゃない。ジェラルド殿が褒めてくださるような、凄い発想だ。俺達の今後にだって、何か役に立つかもしれない」

「そうだとも。とはいっても、少女のお主が思いつくことだ。この国の魔術士達ならば、得た情報を整理していく中で自ずと同じ発想に至る可能性は高い。……しかし、ローランの従者ナツメ。よく聞きなさい」

 

 長身の老騎士が椅子から立ち上がり、幼い少女の前までやってきて、片膝をついた。

 

 

「この世の中には、軽んじられる命がある。軽んじてもよい命があると、考える者達がいる。罪人や賊徒などは、軽んじられる筆頭だ。……だが何の罪も無い家族や同朋の命に対しても、そう考える者はいるのだ。そして富、地位、領土、快楽、あるいは大きな力を得るためならば……命を弄ぶ者は大勢いる」

 

 

 ナツメの顔が、今にも泣きそうなほどにくしゃくしゃになった。

 

「ナツメよ、勘違いするでないぞ。私は何も、このラガニアを貶めておるわけではない。この国にはこの国の価値観がある。下卑た余興ではなく、国の発展のための……あくまで"探究"の一環として実験を行うのだ。そこには罪悪感や反発も多くあろう。それでもなお"探究"は行われ、傍からはそれが命を弄んでいるようにしか見えぬ瞬間が、おそらくはある」

「……ジェラルド様のおっしゃること、何となく分かります。リファちゃんもセリックさんも、ウチにとっては親しみやすくて良い人達でした。でもこの国に仕える魔術士だから……国のために手を汚すべき時は汚す、ということですよね? そういう時は罪のある人や嫌われてる人が、真っ先に使われるかもしれない……軽んじてもいい命として」

「その通りだ。しかしそれを『間違っている』と断じることは、部外者には出来ぬ。私が口止めをするのは単に、お主が自分自身を追い込まぬようにするためだ。『自分のせいでそういう実験が試みられたのだ』などと、不要な罪悪感を背負わせたくないからだ。繰り返し言うが、この国の優れた頭脳はいずれお主と同じ発想を……いや、それ以上のものをひねり出すだろうからな」

「……お気遣いありがとうございます、ジェラルド様」

「気にするな。ただの老いぼれのお節介に過ぎぬ。しかし……お主は私が思った以上に聡いな。表情が物語っておるぞ。今の話で、何か疑問に思ったことがあるのではないか?」

「えっ、と、特には……いえ、その……すいません、あります。……先ほどのお話はもしかして、ローランさんやジェラルド様達にも当てはまることなんでしょうか?」

 

 ナツメの問いに、ジェラルドは深く頷いた

 ローランは二人の問答に、あえて口を挟まなかった。

 これは戦神騎士の古参が、戦いや放浪の中で長く生きてきた老人が、確かな実感をもって少女に語るべき話だからだ。

 

「まさしく。我々戦神の民は、戦神に勝利を捧げるためにひたすら戦い、殺し続けてきた。それは他者から見れば、迷惑で野蛮な殺戮者でしかない。そして祖国が滅びてなお、復讐のために見苦しくあがいておる。『お前達は命を何だと思っているのだ』『自業自得だ』と罵られても仕方の無いことを、戦神の民はやり続けてきた。お主が従うローランも、例外ではない」

「……はい、分かります。ローランさんからも以前、同じようなことをお聞きしました」

「うむ。では、どの国やどの民ならば清いのかと言えば……私が老境に至るまでに見てきた世の営みは全て、大なり小なり穢れていた。それは亜人の集落でも同じだった。どこであろうとも、軽んじられる命はある。命を軽んじて弄んでいると、傍から見える者達はおる。軽んじられる対象が誰なのか、そうさせる考え方の源が何なのか……それだけの違いでしかない」

 

 少女の瞳は揺れ続ける。

 それでも、眼前で語る老人から大きく視線を逸らそうとはしない。

 

「問いかけをしよう。どこにも居場所が無く、それでも生きるためにとある村の収穫を奪う者達は、正しいか間違っているか? ナツメ、お主はどう思う?」

「そ、それは……ええと、人の物を奪うのはいけないことで……あ、でもそれ以外に生きる方法が無いなら……だけど……っ。ま、間違ってると思います」

「そうか。では、神への信仰や国の発展のために他者を利用したり害する者達は、正しいか間違っているか?」

 

 動揺する少女に、老人の問いかけは続く。

 

「えっ、信仰や国のために……? でも他の人を巻き込むのは……いや、でもっ……す、すいません。分かりません」

「他者の命を弄んででも多くを得た者は、称えられるべきか忌み嫌われるべきか? 他者の命を尊重したがために貧しく病んだ者は、敬われるべきか嘲笑われるべきか?」

「ぁ……ぅ……そんな、こと……」

「戦争に勝った国は、正しいが故に勝ったと思うか? 敗けた国は、何かが間違っていたから敗けたと思うか?」

「ぐすっ……ご、ごめんなさい。ごめんなさい……! ウチには、ひぐっ……ウチには全然、何も分かりませんっ……!」

「私も分からぬ。老いさらばえてなお、そういった疑問に答えが出せない。そもそも一概には言えぬことだからな。子供のお主に、ひどく意地悪な問いかけをしてすまなかった。……どこに行っても理不尽で、不条理で、曖昧で、理解不能な物事がある。魔術士としてそれが喜ばしい時もあれば、一人の人間としてあまりに歯痒い時もある。だが、世の中とはそういうものなのだろうな」

 

 老人は、泣きじゃくる少女の頭を優しく撫でた。

 

 

「しかし、ナツメよ。幼い少女の身であっても、戦神騎士ローランの従者を務める以上は、しっかりと覚悟をしておきなさい。この答えを容易く出せないことだらけな世の中で、長く険しい道のりを歩むという覚悟を」

 

 

 ナツメは俯き、長いこと肩を震わせていた。

 だが、やがて涙を拭って顔を上げ、しっかりとした声でジェラルドの言葉に応じた。

 

 かつてナツメは、自身の力を封じ込めてくれたエルフの老婆ルルシェに言われた。

 血塗られた凄惨な道のりを歩むとしても、決して挫けてはならぬと。

 ナツメの真紅の瞳はもう、揺れていなかった。

 

 少女と老騎士のやりとりを傍から見ていて、ローランは思った。

 ジェラルドはやはり、ナツメが世間知らずの育ちであることを確かに見抜いている。

 おそらくは、重要な何かを隠していることをも。

 しかし、決して追及しようとはしない。

 それは積み重ねた齢と経験、そして同朋とその従者への信頼が故なのだろう。

 

 ふっと、部屋が暗くなった。

 いつの間にか、蝋燭が使いきられてしまったらしい。

 月の光は差し込んでこない。

 夕暮れ時に、また都を覆う花びらが開いていたからだ。

 

「……ちょうどよい。今日はもうこのくらいにしよう」

「"砂粒"への情報共有や取り次ぎの依頼は、また明日にいたしますか?」

「それでよかろう。急ぐ旅路ではないからな。ローラン、このラガニアにいる間にお主にも少し稽古をつけるぞ」

「ありがとうございます、ジェラルド殿」

 

 丸石を片づけ、ローラン達はそれぞれの寝台へ横になった。

 目立たない宿ではあるが、流石に国が手配してくれたものであるからか、主人は上質な毛布を貸してくれていた。

 ジェラルドは早々と、安らかな寝息を立てている。

 

「……ローランさん」

「ん?」

 

 隣の寝台に転がるナツメが、声をかけてきた。

 

「ウチ、全然覚悟が足りてませんでした。ジェラルド様に大切なお話をしていただいて、改めてそう感じました」

「……お前はまだ子供なんだ。足りないものがあるなんて、当然の話だ。俺がお前くらいの年頃の時は、世の中の難しいことなんて何も考えてなかった。お前は色々と頑張りすぎなくらいだ」

「ありがとうございます。でも……やっぱりウチは未熟です」

「分かってる。分かってて、それでも俺はお前を従者として連れ歩いてる。前にも似たようなことを言ったけど……俺にも俺の同朋にも、聞きたいことは聞いてくれ。言いたいことは言ってくれ。間違っていると思ったことは、間違っていると遠慮なく言ってくれ。それで返ってくる反応は様々だろうよ。だけどそういうことを繰り返して、自分なりの答えを見つけていけばいい。見つけるのに十年かかろうが五十年かかろうが……一度見つけた答えが変わろうが構わない。『生きていく』って、そういうことなんじゃねえかな」

「……はい。きっと、そうなんだと思います」

 

 少しの間を置いて、ナツメが「決めました」と小さく呟いた。

 何を決めたのか、ローランは聞かなかった。

 

 それ以上会話せず、ただ眠りに落ちていった。

 




大陸地図に、北方の「大森林」を追加しました。

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