一区切りが長いお話になってしまったので、1と2に分割します。
2は明日の同じ時間帯に投稿します。
「ローランさん……ウチ、今日で十三歳になりました!」
従者のナツメが嬉しそうにローランへそう告げた翌日。
探究者リファが最後のスクロールの模写を、ようやく完成させた。
そしてその日の内に探究者の最古参ベンが宿を訪ねてきて、互いに別れの挨拶を済ませた。
明日の夜明け前には、目立たない通用門を借りてすぐさま出発である。
「ローラン、ナツメ。明朝には旅立ちだ。準備はよいな?」
「はい。ジェラルド殿のおかげで、武の気配の制御はまたしっかりと出来るようになりました。早く鈍りきった身体を動かしたくて、うずうずしているくらいです」
「ウチもひと通りの氷の魔術や世間のことは教わりました! まだ上手く出来ないことや分からないこともあるけど……あとは自力で頑張ります! ジェラルド様、本当にありがとうございました!」
揃って頭を下げたローランとナツメに、ジェラルドが満足そうに微笑む。
戦神騎士の古参ジェラルドは、大陸西方の旗頭ノーラと"砂粒"を通して数度連絡を交わし、"闇の廃都"で得た丸石三十個の配分を決定していた。
ノーラが十個、ジェラルド、イオがそれぞれ五個、ウィルフレッドが三個、グリムロが二個、あとの者達は一個ずつ。
破損品はノーラ、ジェラルド、イオが持ち、無傷の丸石を最低一個は全員が持つ状態だ。
石の分配に際しては、ジェラルドが改めてローランとナツメから話を聞き取り、ノーラが協力者のエルフ達から吸い上げた話も参考に、直筆の手紙を添えた。
"闇の廃都"やそこを守っていた石の戦士達の業のこと、そしてそれに関する当事者のローラン達の意見に加えて、ジェラルドやエルフ達の見解を詳しく書いたものである。
「飛竜への対抗策になり得るが、過度な期待はせずに各々の道のりを邁進するように」という戒めの一文も、戦神騎士の最年長はしっかりと記した。
滞在中にラガニアからある程度の分析の共有があったがやはり、「この丸石に対して決まりきった何かをすればよい」という安易な話ではなさそうだったからだ。
もっとも、この探究の国が全てを明かしているとは限らない。
ジェラルドが示唆したような、屍の強い想いを丸石に宿す実験などを試みる可能性はある。
そういった発想についても、ジェラルドはノーラと相談した上で、戦神騎士全員に共有することにした。
「……さて、丸石に関する事柄は以上だ。あとは東方における私達の今後の動きにも関わってくるが……今、大陸の情勢はどうなっておる?」
密かにこの夜中に宿を訪れてきた上澄みの"砂粒"に対して、ジェラルドが問いかける。
蝋燭の灯りも点けず、ローラン達は寝台や椅子に腰かけていた。
「まず、この東方です。小国や商業都市の上を飛竜が飛び始めたのは、ご存知ですか?」
「探究者達から聞いておる。大陸北方の、"闇の廃都"における王城の崩落。オズワルドはすぐに、それがフォルラザの残党か有力な国によるものだと考えたことだろう。とりあえず東西を飛竜で軽く牽制させるのは、自然な対応だ」
「ラガニアがやりましたって、バレてはいないんでしょうか?」
「どうだろうな。シンガとマーブリスの情勢を考えれば、戦神騎士かラガニアに当たりをつけてそうではある。まあ、俺達はこの国とはもうおさらばだ。そうすればラガニアは知らぬ存ぜぬで、『攻撃されたらやり返すぞ』って姿勢を見せるんじゃねえかな」
そう言いながらローランは、道中で二度遭遇した"炎の雨"を思い起こした。
未完成でもあれを大河川の傍から大陸中央に流れる雲に向かって乱射すれば、オズワルドは少なからず被害を受ける。
飛竜は無傷でも、人間の営みは決して無傷ではいられない。
色々と強かな国だ。
竜神の諜報にあの魔術の情報を、あえて誇張して掴ませるくらいはしているのではないか。
「イオ殿はジェラルド様とご相談された通り、大河川の都ク・アリエと太陽の国シンガのいずれにも迅速に向かえる地点で待機中です。手に入れた人材は相変わらず東方で様々な活動をさせたり、ウィルフレッド殿の元へ戦力として送ったりされて、現在の同行者は二人……と一羽」
「二人と一羽……? 何だそれ」
「フォルラザがかつて滅ぼした、大山脈の山岳国家ビード……その最精鋭"山騎士"の一人が相方の怪鳥と共に、東方へ流れ着いていたとのこと。今は山騎士とノームを伴っていらっしゃいます」
「いつの間にそんな。なんというか……イオらしいというか……」
「ノーム……ジェラルド様がおっしゃってた、すごく珍しい種族ですよね。あと、怪鳥……?」
首を大きくかしげるナツメを横目に、ローランは戦神騎士の先輩の、へにゃっとした緩い笑顔を頭に浮かべた。
旅の同行者としては奇抜極まる人選だが、そもそも戦神騎士イオは探究者リファに負けず劣らず軽薄で幼稚な言動の変わり者だから、そんなものと言えばそんなものだろう。
ただ一方で、彼女が手練れの魔術士らしい思慮深さや聡明さをしっかり持ち合わせていることもローランは知っている。
商業都市サレでは、「ちゃんと信用出来る相手としか繋がりを作らない」とも言っていた。
イオの人を見る目は確かだろうから、見つけた人材や同行者はいずれもきちんとした心強い味方だと思っていいはずだ。
「また、太陽の国シンガは大きく動き始めた五枝水軍相手に戦いつつ、相変わらず都で後継者争いをしております」
「戦況はどうなってるんだ?」
「水上戦では圧倒的に五枝水軍。太陽平野の野戦ではシンガが優勢です。……最精鋭"太陽騎士"の率いる軍や精鋭部隊に限れば優勢、というまずい流れになってきておりますが」
「ほう。つまり水軍側は、五枝川を使って戦線を大きく伸ばしてきたか」
「ジェラルド様のおっしゃる通りです。急死された王の後継者争いで、軍の指揮系統は酷く混乱。太陽騎士達の統率を妨げるような命令が、都から乱発されています。シンガの部隊の多くは、本来の精強さを出しきれておりません」
「ちっ……最精鋭の足を引っ張ってどうすんだよ。何のための太陽騎士だ」
ローランは"砂粒"の話に、思わず舌打ちした。
太陽の国シンガの最精鋭である"太陽騎士"。
ローランがその詳細を聞いたのは、ラガニアの領内に入ってからだった。
太陽騎士は抜群の文武と将器を兼ね備え、大きな軍権を預けられた者達であるという。
それ故に太陽の王からその名誉を賜るのは至難であり、当代では僅か三人しか叙任されていないらしい。
戦神騎士や探究者とはまた違った性質の、国家の要だ。
「三人の太陽騎士が手に負えないのならば、戦線を伸ばして攪乱すればよい。そうすれば要の三人は急所に据えざるをえなくなるし、シンガも軍を散開させて対応するしかないからな。そしてもし小競り合いに押し負けそうになっても太陽騎士が自ら駆けつけてきても、川の上や向こう側に逃げて仕切り直しが出来る」
「戦線をあえて引き伸ばす……ですか。かつてのフォルラザには無かった考えですね」
「そうだな。今のシンガ相手には極めて効果的な手だ。後継者争いの影響でシンガの軍が乱れておる以上、戦局が複雑化すればその分、水軍側は戦いやすくなるのだ」
「確かもう一人王女様がいるってお話でしたけど……その方は結局今でも、後継者争いには加わってないんですか?」
「王女は末子であり、妾腹の十四歳です。母親は中級の軍事貴族から見初められた者で、しかも出産後間もなくして死去しました。独自の派閥が持てる立場ではありません」
また妾腹か。
また後継者争いか。
都の政争から離れ、南方総督府を必死に立て直しているというオズワルドの妾腹の第四王子の話を思い出しながら、ローランは心の中で呟いた。
末期の戦神の国フォルラザでは、王子は世継ぎの一人しかいなかった。
ローランが物心ついて少しした頃に生まれた王子であり、当時の王はもう老い始めていた。
フォルラザにおいても王城内部では何らかの政争や代替わりに関する心配事があったかもしれないが、凡庸な戦神騎士であった自分は、国の後継者争いに関する実感が一切無い。
国の一大事によくそんなことをやっていられるものだと、呆れと苛立ちすら覚える。
「だけど五枝水軍は、国としてまとまってない川の民の連合だろ? 大国相手に戦線を拡大して、よく連携が取れるな……」
「ク・アリエが、あからさまな支援をし始めました。大商業都市の財力で傭兵を大勢雇って派遣している上、物資の輸送も日に日に増えております。今までは影響力を匂わせる程度でしたが、ここにきて五枝川周辺の川の民を強固にまとめようと熱心に働きかけているようなのです」
「であろうな。加えて、枝分かれした川の間には太陽平野ほどではないにしろ、開けた平地がある。私の知る限り、あやつらはこれまで小競り合いのためにそこで野戦の調練を重ねておったはずだ。そういう積み重ねも、この状況で活きておるのだろう」
「水軍どもは頃合いを見てシンガから太陽平野を丸ごと奪い取ってやるつもりだったと、ジェラルド殿はお考えで?」
「うむ。大局や将来を見据えて動いてきた者は、川の民にも当然おるということだ。現状のシンガでは、勝てる戦も勝てない。敗けない戦にも敗ける」
ローランは唸る。
大陸東方随一と聞く大国が、それほどの苦境にあるとは思っていなかった。
東方に入っている戦神騎士三人で、はたしてどうにか出来るのか。
「また、アリエ湖の岸辺の市街に、飛竜の厩らしき絢爛な建物が築かれております」
「飛竜の厩だと!? まさか奴ら……!」
「中身はまだ空ですが、構造から察するにおそらく五頭ほどを収容出来るものかと」
「飛竜五頭分の厩、か。あまりにも露骨な行動だな。実際に飛竜が連れて来られるにせよ、単なる虚仮威しにせよ、大陸東方への影響は大きかろう」
ジェラルドは深くため息を吐き、考えを巡らせるように自身の整った白髭を撫でさすった。
「……とはいえ、これはやはり西方と同じ類の好機であるな」
「ではノーラの方針通りにシンガへ助力して、見返りとして東からオズワルドを牽制させるように動きますか?」
「出来ればそうしたいところだ。実際に私達が望む見返りが得られるかは分からぬが……少なくとも五枝水軍は鎮めて、ク・アリエに楔を打ち込んでおかねばならぬ。ク・アリエがオズワルドに媚びていることは、東方では広く周知されておるからな。あやつらの支援を受けておる五枝水軍も、大局的にはオズワルド側……に見えると考えてよい」
「オズワルド側に見える……ですか。それは水軍がオズワルドへの従属を表明していなくても、東方の小国や商業都市はそう捉えるだろうと?」
「おそらくは。ク・アリエが表立って五枝水軍を支援し始めたことは、いずれ知れ渡る。その五枝水軍にシンガが屈すれば、東方諸勢力はまとめてオズワルド側に転ぶ恐れがある。このラガニアとて、例外ではない。……表ではあくまで中立を装ったとしても、な」
「ラガニアも……? そうなるのはやっぱり『東方で孤立するくらいなら、いっそオズワルドに味方しよう』って考えるからですか?」
「正解だ、ナツメ」
ラガニアでの滞在中にしっかりと勉強して、大陸の情勢の話にもついてこられるようになった従者の少女。
その成長に、老騎士は微笑む。
「また、そういった危惧を抜きにしても、今のク・アリエの立ち位置は来たるべき決戦の際、確実に邪魔になる。……オズワルド単体だけでも大敵なのだ。他勢力の援護など、許容出来ぬ」
「ですが、戦神騎士がク・アリエへ直接働きかけに行くのも相当厳しいように思います。あそこはアリエ湖の岸辺にも多くの市街を有するとはいえ、要の中心部は湖上に築かれているのでしょう? 身が危うくなった時に、逃げるのが難しすぎる。もしも本当に飛竜が連れて来られるならば、なおさらです」
「そうだな。想定していたよりも、大陸東方における川の民の動きが急速に活発になってきた。オズワルドと繋がりが深い分、西方を脅かしておる連中より厄介かもしれん。大規模な水上戦の経験が、私達戦神の民には無いからな。……水上の船に水中の魔物、空には飛竜。アリエ湖で戦闘する限り、ク・アリエはまさに難攻不落だ」
皆して黙り込み、思考を巡らす時間が過ぎていく。
ローランは思う。
まだ四十歳にもなっていなかったという、太陽の王の急死。
それを発端に始まった、シンガ周辺の諸々の混乱。
急死の時期に何か、意図的なものを感じる。
あまりにも都合が良すぎないか。
敵対勢力あるいは王族か重臣による、暗殺だったのではないか。
フォルラザとオズワルドの大戦による、大陸の情勢の乱れに乗じた動き。
そんな気がした。
口火を切ったのは、年長者のジェラルドだった。
「……いや。しかし思考を少し整理してみると、ク・アリエが作った厩へ飛竜が実際に入ることはおそらく無い」
「え、ジェラルド殿は何故そうお考えで?」
「理由は簡単。ク・アリエの中枢が湖上で、あやつらも飛竜相手に素早く逃げるのは困難だからだ。オズワルドの飛竜をアリエ湖の岸辺に配置させれば、絶対に避けれぬ刃を、自身の喉元に自ら突きつけることになる」
「ええと……もしもオズワルドの状況が悪くなった時に見捨てようとしても、岸辺の飛竜がすぐに湖上に飛んでくるような状態じゃ怖くて無理だから……ってことでしょうか?」
「然様。二度の大戦で疲弊して南方統治にも苦労しておる今のオズワルドを、ク・アリエも絶対視していないだろう。一方で、あの大戦で大陸中に見せつけられた飛竜の無敵ぶりは上手く利用したい。そういう考えの元で作られた厩に思える。実際にオズワルドが飛竜を連れて来ようとすれば、あやつらは断固として拒否するだろう」
「それでも、オズワルドが無理に飛竜をアリエ湖に置く可能性は?」
ローランの質問に、ジェラルドは椅子から腰を上げた。
そして自身の荷袋から一枚の紙を出して、蝋燭に火を灯して照らす。
「ローランよ、お主も持っておろう。ノーラが手紙に添えて寄越してきた、月の国マーブリスからの情報提供による簡易の大陸地図だ。大陸中央は大河川とその支流によって北、東、西を囲まれ、南には大砂漠。オズワルドからすれば、大河川に幅を利かせるク・アリエは強力な味方であると同時に、絶対に敵に回したくない存在でもある」
「はい……分かります」
「そしてあやつらは本質的に、竜神の民とは生き方も考え方も違う川の民。オズワルドとて最も栄えておる川の民の都から反感を買うような真似は、極力したくないはずだ」
「……ヴァルゲンから離れて大河川を渡る際に、南方の川の民の若頭と話をしたのを思い出しました。彼はオズワルドもク・アリエも、えらそうな連中だと毛嫌いしていた」
「私も川の民の知己からその手の話を聞いたことがある。同朋よ、お主達の見解は?」
ジェラルドはずっと黙っていた"砂粒"に問いかける。
彼もまた、その話を肯定した。
川の民に混じっている同朋の者達によれば、ク・アリエは「自称」大河川の都であり、そういう振る舞いに必ずしも良い感情を持っている者ばかりではないらしい。
オズワルドからも大陸中央側の沿岸に居住していた際に多くの無茶な要求をされ、外側に離れていった歴史的経緯があるようだ。
五枝水軍が暴れているせいで、無関係な川の民までもが東方で嫌われている、とも。
「なるほど。ならばやはり、飛竜の厩らしき建物は虚仮威しと見てよいだろう。本当に飛竜がアリエ湖に配置されてしまえば、ク・アリエはオズワルドと命運を共にする羽目になるのに加えて、川の民の中ですら孤立しかねない。余所者に『この建物は飛竜の厩か』と尋ねられても、上手くはぐらかすかもな」
「しかしジェラルド殿。ク・アリエの支援によって五枝水軍がシンガを滅ぼして、太陽平野を獲得したら? か弱い同朋にどれだけ嫌われようが孤立しようが、シンガの領土を奪い取れるのならば、一時くらいはオズワルドの飛竜を引き入れてもおかしくは……」
「そうなれば、ク・アリエと五枝水軍は大手を振って、東方随一の大勢力として振る舞える。だがその場合も、飛竜をアリエ湖の岸辺に置いてあることが致命的だ。せっかくの大勢力にのし上がり、やがて大陸東方の覇者にまでなっても、喉元に自ら突きつけた刃を決して手放せず、制御も出来ない。都の機能を移そうとしても、すぐさま飛竜が爪牙を剥き出すことだろう」
「じゃあ、ク・アリエの方から本拠地に飛竜を呼び寄せる可能性はほぼ無い……と思っていいってことですね。あ、でも色々なことを踏まえても、オズワルドが強引に飛竜をアリエ湖に置いちゃう可能性は、完全に無しにはならないですよね……」
「うむ、ナツメの言う通りだ。オズワルドもク・アリエも危ない橋は渡りたくなかろうが、どんな可能性も絶対にありえないとは言えない。様々な可能性を考慮した上で、東方にいる私達は結局今後どう動くかだな」
ローランとナツメは頷き、念のために太陽の国シンガの後継者争いの内容について、以前の報告から変化が無いかを"砂粒"に尋ねた。
精強無比の諜報集団である"砂粒"は当然、太陽の都や王城にも散らばっている。
"砂粒"曰く。
二十歳の第一王子は妃腹の長男であることを王位継承の正統性として掲げている。
そして歴史ある国を守るために、五枝水軍への徹底抗戦と、ク・アリエへの示威行為を主張。
敵は水軍などと気取っているが、所詮は国を持たぬ烏合の賊徒であり、そんな者達やそれを支援するような輩に決して屈してはならない、と。
賊徒相手に少しでも下手に出れば、結局最後には国が衰退して滅ぶ、と。
十八歳の第二王子は同じく妃腹だが、「この戦争には勝てない」として、現実の見えていない第一王子が王位につくことを否定している。
そして五枝水軍の後ろ盾であるク・アリエの存在、及びさらに後ろのオズワルドの介入を警戒し、正式にオズワルドの属国となることを主張。
水軍との長く厳しい戦いの果てに、無敵の飛竜まで参戦してくる可能性があるのならば、いっそオズワルドに服従してでも国を守るべきだ、と。
そうすれば、実質的属国の態度を取るク・アリエとそれに連なる五枝水軍は、オズワルドの面目上、手を引かざるをえないだろう、と。
王子達の主張は頑なで変化や譲歩も無く、王城内の意見もそれによって真っ二つのままだという。
「両者共に腹心の入れ知恵もあろうが……やはり何度聞いても主張は双方間違っておらぬし、それでいて問題点もある。再度、整理しておこう」
ジェラルドは改めて、自身の考えを言葉にする。
「第一王子の『国が賊徒に屈すべきではない』という主張は正論だ。王が遺言も無く急死した以上、妃腹の長男が王位を継ぐべきだというのもな。……だが徹底抗戦によって五枝水軍が窮し、それでク・アリエが『莫大な支援が水の泡になる』と考えれば、苦し紛れにオズワルドへすがって飛竜を呼ばれる可能性がある。そうなれば、シンガはどの道滅ぶ」
「…………」
「その危険性を踏まえておるのが、第二王子の主張だな。ただ、正式にオズワルドの属国になったとして、五枝水軍の攻撃が止まる保証は一切無い。第一王子の考え通りだ。『自分達は賊徒であり川の民なのだから、オズワルドの属国になろうがそんなことは関係無い』として攻撃を続行。オズワルドも大戦による疲弊を理由に、助力や仲裁を拒んで見て見ぬふりをする可能性がある。かの国はシンガの存亡よりも、ク・アリエの機嫌に配慮するだろうからな」
「属国になっても結局、太陽平野をかすめ取られていって、やがて衰退して滅亡……ですか」
戦神騎士の古参であり、高名な魔術士でもある老人が腕を組んで頷いた。
机に置いた蝋燭の灯りが、皺だらけの老いた顔が形作る深刻な表情を照らしている。
「そして私が挙げた問題点はもちろん、当事者たるシンガの王城内でひたすらに議論されておることだろう。どちらの意見を取っても、近い将来の滅亡がちらつく危機的状況だ。あとは戦場にある三人の太陽騎士の考えと立ち位置だが……"砂粒"は何か把握しておるか?」
"砂粒"の男は、ジェラルドの問いに答えた。
太陽騎士達は配下の将兵にも私情をほぼ滲ませること無く、外敵を打ち払うという軍人の職務を忠実に全うしていて、二人の王子や重臣に召還されても五枝水軍の攻勢の激しさを理由に、都には戻ろうとしないらしい。
書面で王位継承に関する意見を求めても、淡々と戦況報告だけをしてきて煙に巻いているようだと、シンガの王城内部の"砂粒"から聞いているという。
「後継者争いなんかに巻き込まれるのはまっぴら御免だ、って感じか……まあ、俺が彼らの立場でもそうするかな。どっちの王子も、まだきちんとした王じゃないし」
「彼らは東方随一の大国で僅か三人を数える、まさしく選ばれし者達だ。都の政争に関わる煩わしさは、叙任までの過程で知り尽くしておるのだろう」
「ええ。……とはいえ、そうやって軍人として水軍相手に黙々と戦っている時点で、彼らは本質的に第一王子寄りの考えだと私には思えます」
「分からぬぞ、ローラン。両王子の主張の問題点や今後の危険性は、太陽騎士達も当然理解しておろう。しかし、太陽の王に最精鋭として叙任されて強大な軍権を与えられた以上は、王命でなければ軍事行動の方針を安易には変えられない。これまでは五枝水軍など小競り合いする賊徒でしかなかったのだから、現状においてもとりあえず国を脅かす賊徒として対応する。内心はどうあれ、正式な王命が下るまではそういう型にはまった態度を取っておるだけかもしれぬ」
ジェラルドの言葉に、ローランは首をひねった。
東方の大国で三人しかいない、最精鋭の胸中。
それは全盛期百人以上いた戦神騎士団の中で凡庸な存在だったローランには到底、分かりかねるものだ。
「でもジェラルド様、ウチらが協力するとしたら第一王子様の方しかないですよね?」
「ああ、第二王子は論外だな。主張が理に適っているかどうかではなく、私達の再起と復讐の道のりの明確な障害となる方針だ」
「しかし一方でジェラルド殿の読みが正しければ、第一王子に味方して水軍を追い詰めると、次にシンガは飛竜と直接ぶつかることになりうる……」
「そこが難しい。飛竜への対抗策が"闇の廃都"に遺っていた業しか見つかっておらず、かつ実用化出来ていない以上、仮に飛竜が来れば戦神騎士三人と太陽騎士三人では到底凌ぎきれぬ」
ローランは必死に頭を回した。
石の英雄より授かった、何らかの祝福。あれが上手く発現すれば。
だが、賭けにもほどがある。
そもそもあれで本当に何かを授かったのかすら、定かでないのだ。
定かでないものには、すがるべきではない。
しかし、ここで何かしら働きかけなければ太陽の国シンガはやがて内外の争いで滅ぶ。
そして大陸東方の諸勢力は、一斉に竜神の国オズワルドに靡く可能性がある。
旗頭のノーラが掲げた「東西からの牽制」という方針を、すっぱり諦めるか。
西からの牽制に絞り、月の国マーブリスを脅かしている二勢力をさっさと片づけて決起すれば。
いや、駄目だ。
飛竜への対抗策が見つからないままことを起こしても、フォルラザ滅亡の二の舞である。
それに、東方全土がオズワルドに与した状態では、マーブリスも態度を変えるかもしれない。
オズワルドへの復讐は夢物語ではない。
現実的に果たそうとして、皆動いているのだ。
だから、出来るだけ現実の情勢に則して動く必要がある。
だが、思いつかない。
自分の大して賢くない頭を回しても、良い案が浮かんでこない。
「……ふー。どうにも、現状では私達の手札が足りぬな」
「私もそう思います。西方でも同じことを考えていると思いますが……深く他国に関わっていく中で、『もしも飛竜が戦場にやってきたら?』という問題に対する解答が無いのが、特に痛い。丸石を配っても、それは同じでしょう」
「そうだとも。しかしながら戦場に飛竜が襲来する可能性をひたすら考えて、それで行動を躊躇っていたら何も出来なくなる。このラガニアでの活動とて、お主がしっかりと動いたから見返りを得られたのだ」
「……ここでの活動は、国外の探索でしたから。実際に戦場に出て働くとなれば……」
「当然、話は変わってくるな。……ところで同朋よ。竜神の諜報はシンガ内部にも多数潜んでいるだろう。シンガは国として、あやつらをどう扱っておる?」
「おおよそ把握している気配はあるようです。それでもシンガの軍勢は現在も、軍内部の竜神の諜報をあからさまに排除してはおりません」
「そうか。太陽騎士が鱗持ちを消す危険性を説いておるのだろうな。賢明なことだが、それでも軍の要たる太陽騎士は三人のみだ。マーブリスの月影騎士ほどに、完全な動向の把握は出来まい。そこも難しい」
また気まずい沈黙が流れ始める。
ナツメが気を遣って明るい声を出し、長い話にひと休み挟もうということになって、ローラン達は宿の主人に茶を貰いに行った。
探究の国ラガニアで飲む、最後の茶だ。
ずっと立ったままだった"砂粒"の男も椅子に腰かけ、茶を行儀よく飲む。
一口飲むと、いつもと味わいが違うことに、ローランはすぐ気づいた。
濃厚で、身体に熱が深く染み渡ってくる。
どうやらとても高級な代物を、主人は餞別として用意してくれたらしかった。
蝋燭の灯り一本ではどうにも不安になり、ローランは宿から貰ってきたもう一本を点けようと提案した。
ジェラルドもナツメも、無言でそれに頷いた。
明日には、この国を出る。
ジェラルドと別れれば、ローラン達がこういう込み入った情勢を考えることは難しくなる。
いくらナツメがジェラルドから色々と学んでいても、世間での経験が圧倒的に不足している以上、すぐさまローランの大局を考える頭脳には出来ない。
だから三人で意見を出し合って、今後の方針を練っているのだ。
考えるべきことが多過ぎる。
なんとも長い、長い夜だった。