戦神騎士物語   作:神父三号

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第40話~43話まで、視点が竜神の国オズワルドの第四王子ディーンへと移ります。
戦神の国フォルラザの都跡に南方総督として赴任してきた、妾腹の王子です。
ただし、この物語の中心があくまで戦神騎士達なのは今後も変わりません。



第40話 ディーンの国・飛竜バルト

 五日後だと、ディーンは決めていた。

 

 自ら処分するにしても、本国へ丸投げするにしても、全ては五日後に決める、と。

 二人の腹心にだけは、それをしっかりと伝えてあった。

 決心が、揺るがないようにするために。

 

 この五日の内に、臣下達に言いたいことは全て言わせた。

 当事者に聞くべきことは、全て聞いた。

 その上で自分が考えて、それで決める。

 

 竜神の国オズワルドの第四王子として。

 いや、南方総督府の長ディーンとして。

 

「……ゲイリー、オルソン」

 

 早朝。

 ディーンは椅子から腰を上げ、居室へ最終決定を聞きに来た二人の腹心に対して、ずっと俯いていた顔を向けた。

 

「将と文官、それと飛竜の騎手達を城の前に集めろ。兵士や商人、旅人、その他部外者の見物も全て許す」

 

 決めねばならない。

 決めるのだ。

 他の誰でもない、自分が。

 

 

「飛竜バルトの騎手ヨアンは処断だ。私がこの手で斬る。ゲイリー、斬首を頼む」

 

 

 将の隻眼が細められ、文官の涼やかな容貌が僅かに強張った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 かつてオズワルドが大戦の末に攻め滅ぼした、戦神の国フォルラザの都。

 瓦礫や木片の山だった亡国の都は今やすっかりと片付き、将兵の住居が一応は整備出来ていた。

 オズワルドの大陸南方の統治の要である、南方総督府としての体裁がようやく、整いつつある。

 まだ焼け焦げて半ば崩れたままの、王城や城壁を除いて。

 

「殿下、お考え直しください! ヨアン殿はあの飛竜バルト様が騎乗をお許しになった者ですぞ!? 二度目の大戦中には多大な戦果をあげた、飛竜兵の英雄でもあります!」

「然様です! 彼はオズワルドの未来を担う、有望な人材! 総督府で勝手に処断すれば、本国がどう対応してくるか分かりません! ここはやはり、都の陛下に裁きを委ねられるべきかと!」

「いいえ殿下! 英断にございます! 南方総督府の統治方針に背いた罪は重い! これまでの全てもこれからの全ても台無しになる前に、処断すべきです!!」

「しかし、村の破壊はバルト様のご意思によるもの! 騎手がどれだけ諫めようとも、止められるわけがありませぬ!」

「黙れ! それでも止めるのが騎手の務めだろうが! 戦神の民の集落を襲うのとは違うのだぞ!? 南方統治に大山脈の恵みがどれほど重要なことか! 山の民と完全に敵対すればそれも……!」

「そもそも飛竜の暴走の咎によって騎手が処断されるなど、私は聞いたことが無い! 結局前例を知る者はおらんのか!?」

「前例が無くとも、大国の都や大商業都市に飛竜が突っ込めば騎手は処断されるだろう! そうしなければ相手に示しがつかぬからだ!」

「うむ、大山脈の規模と価値を考えればそれと同じ! 当然の処分である!!」

 

 臣下達がこの期に及んで鬱陶しく群がってきて、言い争いまでし始める。

 ディーンは近衛兵に命じ、彼らを全て退けさせた。

 

 攻め落として王の首を取った時から何も変わっていない、半壊した無骨な城。

 その前は、異様な空気に包まれていた。

 集められた者達、集まった者達が遠巻きに見守る中。

 一人のまだ若い軍人が鎖で後ろ手に縛られて地に膝をつき、左右を屈強な獄吏によって固められている。

 

 つい五日前。

 大陸南端を囲む大山脈で、山の民の村が三つ、一日の間に破壊された。

 破壊したのは、竜神の国最大最強の飛竜バルト。

 その騎手ヨアンはバルトの暴走を御せなかった咎によって、投獄されていた。

 

 第四王子ディーンが腹心の将ゲイリーと文官オルソンを従えて、ヨアンの前に立つ。

 

「飛竜バルトの騎手、ヨアン。面を上げよ」

 

 ディーンが感情を押し殺して命じると、ヨアンの恨めしい視線が、顔面を突き刺してきた。

 

「何故このようなことになっているのか、分かるな?」

「……分かりません」

「何が分からない?」

「バルト様のなさったことは全て包み隠さず、竜神に誓って嘘偽り無くご報告申し上げました! 言葉の限りを尽くして、精一杯の制止もいたしました! 飛竜の騎手としての務めは、十全に果たしたはずです!」

「…………」

「獄中の私の元へ自らお越しくださった殿下に、何度もお伝えした通りです! 騎手の務めは果たしたのに、裁かれる謂れがありません! ですから分からないと申し上げているのです!!」

 

 ゲイリーが後ろで鼻を鳴らした。

 ヨアンは一瞬そちらへ顔を向けるも、しかしディーンに向き直って、歯を食いしばる。

 

「南方総督府は私の着任によって、新生した。もう乱雑なやり方はしない。一歩一歩、しっかりと地に足をつけて前進していくようにする。……着任の翌日に、全軍へそう伝えたはずだ」

「重々承知しております! ですが、それは竜神の民としての方針でしょう!? 竜神の末裔たる飛竜のご意思は、私達ではどうしようもありません!」

「どうしようもない、か。では聞くが、飛竜兵の英雄ヨアン。どうしようもないと考えているお前は、何のために飛竜に乗っていたのだ?」

「っ……!」

 

 ヨアンが口をぱくぱくと開閉し、声にならない呻きを漏らす。

 

「気ままに空を飛ぶ飛竜の背中から、大山脈の様子を適当に眺めるためか?」

「ほ、本国からの王命であるとして、殿下に偵察の任を与えられました。そうです! ですから……もちろん偵察のためです! しかし、それは適当では断じてありません! バルト様には、こまめに飛ぶ方向を乞い願って……」

 

 ディーンは手で、ヨアンの発言を制した。

 心臓が口から飛び出しそうだった。

 それでも、南方総督として毅然としなければならない。

 

「偵察とは、敵対していない者達を見つけ次第虐殺することか?」

「ぅっ、っ。山の民は……山の民は大山脈に古くから根付いている者達! 表立って敵対していないだけで、潜在的には南方総督府を快く思っていなかった可能性があります! 我々が大山脈の恵みを欲しがっていることなど、奴らは当然理解していたでしょうから!」

「……それで?」

「さらに今後、フォルラザの残党どもと手を組む恐れもあります! いえ、既に組んでいるかもしれません! バルト様のご判断は、大局的には間違っておりませんでした! あの破壊は竜神の国オズワルドの示威行為として、大いに機能したはずです!!」

「そうか。つまりお前は飛竜バルトの行動を、騎手として肯定するのだな。南方総督府の方針を知った上で。……精一杯に制止したと、事ここに至るまでずっと主張していたはずだが」

「あっ……」

 

 ヨアンがしくじったという顔で、視線を泳がせた。

 まだ若いとはいえ、これが飛竜の騎手か。

 これがフォルラザ侵攻の大戦で持て囃された、飛竜兵の英雄か。

 

 大広間で腹心のオルソンのみを侍らせて引見した、商業都市パルチャーの商人レーン。

 彼が率直に語っていたことを、ディーンは思い出した。

 

 飛竜の騎手は単なる木偶だと思われている、と。

 

「意地の悪い言い方をした。先ほどの話は聞かなかったことにする」

「……!」

「だが、飛竜をいざという時に制止出来ないのならば、騎手が跨っている意味が無いではないか」

「は、何をおっしゃって……!?」

「好き勝手に空を舞う飛竜に乗り、大地を見下ろしている。戦場でも好き勝手に暴れる飛竜から振り落とされないよう、必死にこらえている。聞き入れてもらえるかも分からない願い言を、時折口にして。……それがオズワルドの最精鋭"飛竜兵"か?」

「なっ……騎手ならば飛竜を完全に制御してみせろとでも!? そんなことは不可能です! 馬とは全く訳が違います! 飛竜は竜神の末裔たる、至上の存在なのですよ!? バルト様はその中でも、最大最強の飛竜でいらっしゃいます!!」

 

 ヨアンの主張の正しさは、ディーンにはよく分かっていた。

 自分だって幼少の頃から、相方の飛竜ネリスにずっと乗り続けてきたのだ。

 あの人間を見下しきった強大な魔物を完全に制御するなど、到底不可能である。

 言われるまでもなく、理解している。

 自分とて、今の立場でなければヨアンを庇うだろう。

 しかし。

 

「飛竜が戦果を挙げれば自分のものとして誇るが、蛮行を働けば自分とは無関係だと? それが飛竜の騎手という存在であると?」

「バ、バルト様がどれほど気高い御方なのか、殿下ならばご存知でしょう! 褥を開いただけで焼き尽くされた者、叩き潰された者がどれだけいるとお思いですか!? オズワルドの空へ上がられた時にも!」

「全て知っている。そしてヨアン。お前がその気高い飛竜に騎乗を許された、名誉ある有望な軍人であることも」

「ならば!」

「それでもお前はあの時のバルトを諫められる唯一の立場にあり、村の破壊を止められなかったという事実に変わりは無い。騎手として、飛竜が暴走した責任は取らねばならないのだ。他の騎手達が今後二度と、こういうことを繰り返さないためにも」

「せ、責任……!」

「……お前の首は大山脈中央部の麓近くに晒して、闇の魔物の餌とする。理不尽に殺された山の民への、せめてもの償いだ」

 

 ヨアンの顔が、恐ろしい形相を浮かべた。

 戦の経験が無いディーンにも、凄まじい殺気がひしひしと伝わってくる。

 

 自分はあまりにも惨いことを言っている。

 商人レーンの言う通り、騎手達は所詮木偶なのだ。

 飛竜を制御出来るなどと、期待する方が間違っている。

 

 それでも、けじめはつけなければならない。

 ここで有耶無耶にしてしまえば、せっかく得た商業都市との繋がりも途切れかねない。

 もう二度と、大山脈には立ち入れなくなるかもしれない。

 だから、斬るしかない。

 斬って、南方総督府としての確固たる態度を示すのだ。

 

 ディーンは自分にそう言い聞かせながら、手の震えを必死に抑えて腰の剣を抜いた。

 息を殺していた見物人達が、どよめき始める。

 

「飛竜兵ヨアンよ。竜神の国オズワルドが第四王子、ディーンの名の下に許す。……最期に言いたいことを、好きなだけ言うがよい」

「このっ……妾腹風情がぁっ!! 俺は最強の飛竜に選ばれた、特別な人間だぞ!? あの大戦でどれだけ功を上げたと思ってる!? 俺が何人の戦神騎士を討ち取ったか知ってるのか!? こんな無茶苦茶な処断をバルト様がお許しになるはずが無い! 本国だってそうだ!! 見てろ者どもっ! 俺が死ねば、バルト様は必ずやこの愚か者を裁く!! こいつは所詮、捨て駒だ! 次の総督はこの身の程知らずの百倍マシだろうよっっ!!!」

 

 ヨアンは拘束されたまま、ディーンに跳びかかろうともがく。

 しかし左右の獄吏が鎖を引いて、押し留めた。

 

「それで終わりか?」

「楽に死ねると思うなよ、妾腹! バルト様はお前を嬲り殺しになさるだろう! 思い上がった無礼者の、見せしめとしてなぁっ!!」

「……もうよいな」

 

 最後にヨアンは剣を構えるディーンに向けて、唾を吐いた。

 しかし届かず、地面に落ちる。

 

 ドシュッ。

 

 渾身の力を込め、肩口から斜めに斬り下ろした。

 即死、ではない。

 ゲイリーが進み出て、即座に首を落とした。

 

 斬った。

 同じ竜神の民を、この手で。

 

 今、自分の顔はどうなっている。

 青ざめているのか、それとも真っ赤か。

 色々なものがこみ上げてきそうになる。

 

 堪えに堪えて、ディーンは毅然とした表情を保った。

 そして血まみれの剣を地面に突き立て、固まっている臣下達へ向けて、声を張った。

 

 

「この南方の"戦地"では、身勝手な振る舞いや暴走は断じて許さない! 末端の兵士だけではないぞ! 将も文官も、ヨアンのような飛竜兵もだ!! 例外は一切無いと知れ! そしてこのような処断は……もう二度と繰り返さないようにしたい!!」

 

 

 頭が燃えている。

 頬は冷たい。

 舌がまだ、回る。

 

 

「総督府は大陸南方を、飛竜の武力頼みで支配するのではない! 道理と繋がり……すなわち人の営みによって統治し、豊かに繁栄させていくのだ!! それでもなお、武力で挑んでくる者達には武力で応じる!! ……心せよっっ!!!」

 

 

 あがる声は無い。

 ゲイリーとオルソンだけが、深く拝礼した。

 他の者はまだ目を見開き、放心している。

 

 飛竜バルトが、自身の褥から出てくることは無かった。

 

 ディーンは血まみれの剣を軽く払って鞘に戻し、城の中に戻った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「うっ……!!」

 

 居室に戻ってすぐ、ディーンは吐いた。

 水桶に、何度も吐いた。

 

 眼前の壁に立てかけた、血まみれの剣。

 自分がこの手で、初めて人を斬った証。

 それも、同朋を斬ったのだ。

 

 昨日今日と、食事はほぼ喉を通らなかった。

 それでも吐いた。

 

 涙も鼻水も、際限無く溢れ出してくる。

 体内の水気が、全て外に出ようとしているかのようだ。

 

 水桶の縁を掴む手には未だに、あの時の感触が残っている。

 殺せなかった。

 実際に騎手ヨアンを殺したのは、首を落としたゲイリーである。

 いや、そんなことは関係無い。

 自分は相手を殺すつもりで、剣を振るったのだ。

 

「最悪の気分だ……!」

 

 人払いをした居室でディーンは独り呟き、嘔吐と嗚咽を繰り返した。

 

 向けられる憎悪。

 刃が肉を裂く感触。

 飛び散る血。

 罪悪感。

 自己嫌悪。

 全てがおぞましい。

 

 これが、人を殺すという行いなのか。

 戦場の兵士達は皆、これを経験するのか。

 あるいはただ殺される側で、死んでいくのか。

 

 歴戦の将兵は、人を殺すのが怖くないのか。

 罪悪も嫌悪も感じないのか。

 優越や高揚が勝るとでもいうのか。

 あるいは殺しに慣れて、やがて何も感じなくなっていくのだろうか。

 

 そして、これを生き方とする戦神の民とは、何なのだ。

 戦神に勝利を捧げるためにひたすら戦い、ひたすら殺すだと。

 こんなおぞましい行為を信仰のために長年繰り返してきたなど、正気だとは思えない。

 本当に同じ人間なのか。

 いや、しかし。

 

 

『お互い、自分の夢のために頑張りましょう』

 

 

 あの時。

 旅商人に扮して総督府を訪れ、確かに商業都市パルチャーへ取り次いでくれた戦神騎士の残党は、そう言って笑った。

 互いに正体を偽ろうともあの男は夢について語り、笑い合える同じ人間だった。

 

 だがあの男とて、百人力の戦神騎士。

 どれほどの人間を殺してきたことか。

 百人ではあるまい。数百人か、千人以上。

 それでも己の所業に胸を張って、あのように朗らかに笑えるのか。

 

 

『戦神の民がどういうものかもよく知らない癖に、勝手に共感して、勝手に憧れて』

 

 

 南方総督に着任した夜。

 飛竜ネリスに言われたことを、ディーンは思い出す。

 

 信仰が違う。生き方が違う。考え方が違う。

 それは人間である以上、当たり前のことだ。どうしようもないことだ。

 そんなことは分かっている。分かっているのだ。

 

 戦神の民に対して、「お前達は間違っている」などと部外者が言えるわけも無い。

 南方総督府のためだとして、一人の同朋を殺すつもりで斬った自分はどうなのだ。

 一人だけだからと、実際には殺せなかったのだからと、彼らの信仰のための殺戮を一方的に否定出来る立場なのか。

 

 飛竜に献上する肉や作物のために、多くの同朋を困窮させているオズワルドはどうなのだ。

 信仰のために他者を殺す者達と、信仰のために同朋を飢え死にさせる者達とで、一体何が違う。

 どちらが上等だ。どちらが正しい。

 いや、どちらも間違っているようにしか思えない。

 

「ぅぐっ……う、えぇっ……!!」

 

 もう吐き出す物も無く、えづいても僅かな涎が垂れるばかり。

 

 本当にそうか。

 本当にどちらも、間違っているのか。

 どちらも正しいから、間違っていないから、ぶつかり合うのではないか。

 だけど。だけど。

 

 

「くそっ、くそ、くそぉっっ!!! 分からない……何だこの世はっ……! 俺達だけがおかしいのか……!? 竜神だの戦神だの……! オズワルドとフォルラザだけが異常なのか!? どこもかしこも、似たようなことをやってるのかっ!? どうして俺は……どうしてこんなっ!!」

 

 

 ディーンは頭を掻きむしり、水桶の縁に額を何度もぶつける。

 水桶から顔を上げると、壁に立てかけた血まみれの剣へ、自然と視線が向いた。

 

 いっそ、今すぐにこの剣で自決するか。

 そうすればあらゆる悩みや苦しみやしがらみから、解放される。

 

 

『"この大陸南方は、俺の国だ"……最初に吐いたあの言葉は、ただの虚勢か?』

 

 

 剣の柄へ伸びた手を、かつて相方の飛竜が言い放った言葉が、押し留めた。

 ディーンは強く歯を食いしばり、ぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭った。

 そして剣を握って、その血まみれの刃もまた、同じ袖で拭った。

 

 まだだ。

 まだ死ぬわけにはいかない。

 

 この大陸南方は、俺の国だ。

 俺の国にしてみせると、飛竜ネリスに向けて宣言した。

 幼い頃からずっと一緒に空を飛び、竜神の国オズワルドの歪んだ有り様を一緒に見てきた、あの相方に誓ったのだ。

 

「見てろよネリス……! 俺はお前なんかに、敗けはしないっ……!!」

 

 そうだ。敗けてなるものか。

 自分自身にだって。

 

 ディーンは血まみれの袖をそのままに居室を出て、遠巻きに待機していた近衛兵に声をかけた。

 今回の一件の、裁きのためだ。

 

 南方総督としての裁きはまだ、半分しか終わっていない。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「ゲイリー、オルソン。今のうちに改めて言っておく。私が総督の任を解かれても、この後バルトに殺されても、お前達は総督府を支えよ。新たな総督に冷遇されても、踏ん張ってほしい」

「御意。……殿下と共に殺されなければ、ですが」

「ヨアンの裁きについては、私も賛同したことです。しかし殿下……バルト様への裁きは、やはりおやめくださいませんか?」

「……首を刎ねるわけではない。そんなこと、戦神騎士にも不可能だったのだ。所詮、形だけのことだ」

「形だけでも危険すぎます! 名ばかりの最精鋭を処断するのとは、訳が違うのですよ!?」

「ありがとう、オルソン。ならば、お前は褥の外にいろ。ゲイリーもそうしてくれるとありがたいのだが」

「出来ませぬな。主君が命を賭けるのに、それを離れて見物するなど。私は軍人ですから」

「……ありがとう、ゲイリー」

 

 ディーンは二人の忠臣から視線を切り、飛竜バルトの褥に入った。

 

 灰色の鱗に覆われた巨体が、贅の限りを尽くした褥の中で丸まっている。

 空気が重たい。

 圧倒される。

 ただ丸まって、目を瞑っているだけだというのに。

 生物としての、格が違うからだ。

 

 バルト。

 

 竜神の国オズワルドが誇る、当代において最大最強の飛竜。

 そんな最高戦力を何故南方総督府が預かっているのかといえば、大陸中央の本国ですら扱いかねるからである。

 気まぐれに褥を破壊し、世話係を殺し、騎手を殺し、国内の村や街に乗り込んで暴れ、ディーンが生まれる前には王族すら何人も燃やしたという。

 人を虫けらのように見下す飛竜の、極致のような存在だ。

 

 それは最も崇高な飛竜だからだ。

 数々の暴走だって人間には理解出来ないだけで、竜神の末裔としての確かな理由があるはずだ。

 きっと殺された人間達の側に、問題があったのだ。

 

 母にも周囲にも、ディーンはそのように聞かされている。

 だがそう語る彼らの目は全て、崇敬よりも恐怖の色に染まっていた。

 

 だから飛竜バルトは、大戦後も南方に残されたのだ。

 つまりは妾腹の自分と同じ、体の良い厄介払いである。

 

 竜神への信仰とは何なのか。

 ディーンは考えずにはいられなくなる。

 しかし、今はその時ではない。

 

「……飛竜バルトよ。騎手ヨアンは処断した。貴方の暴走の咎によって」

 

 ディーンは目を瞑っている飛竜に、そう告げた。

 背後にはゲイリーとオルソン、そして近衛兵が二十人。

 皆、息を殺してディーンを見守っていた。

 褥の外には、総督府で"治癒"の魔術を使える唯一の魔術士が待機している。

 

「貴方は大山脈を偵察している時に山の民の村を三つ、破壊したそうだな。騎手ヨアンは、そのような願いはしなかったと主張したぞ」

『…………』

「何故、そんなことをした?」

 

 バルトは当然、答えない。

 

 飛竜は決して、人間の言葉を話さない。

 それは他の魔物のように、低俗で知能が足りないからではない。

 あまりにも尊く、気高く、隔絶した存在であるからだ。

 人間と対等ではないからだ。

 

 ディーンはそう教わって、育ってきた。

 だが南方総督に着任したあの夜、自分は確かに相方の飛竜ネリスと言葉を交わした。

 あの後はどれだけ語りかけても、ネリスは応じてくれなかったが。

 

「本国では許された行いであっても、南方総督府では許されない。竜神の民を殺めるのと、他の民を殺めるのは違うのだ」

 

 何が違う。

 そう自問しながらも、ディーンは言葉を続けた。

 

「今後、このようなことは二度とあってほしくない。貴方だけでなく、他の飛竜達だってそうだ」

『…………』

「大陸南方では飛竜の気まぐれな虐殺や破壊を、私は決して許容しない。だから……飛竜バルト。貴方もまた、騎手ヨアンと同じく裁きを受けねばならない」

 

 そう告げると、バルトは目を開けて頭をもたげた。

 近衛兵達が、恐れどよめく。

 ゲイリーがそれを制した。

 

『…………』

 

 ネリスの、何の感慨も無い目とはまた違う。

 あからさまに人間を嘲笑っているような、心をざわつかせる眼差しだ。

 切れ長の形状とにやついた口元のせいで、余計にそう思えるのかもしれない。

 

「ヨアンの首は、大山脈の麓に晒すこととした。もしも貴方が人間ならば、同じ裁きを受けたことだろう」

 

 バルトは鼻で笑い、僅かに口を開いた。

 

「殿下っ!!」

 

 素早くゲイリーが、ディーンを庇うようにして割り込む。

 息が吐かれる。

 火炎ではない。だが熱い。

 ゲイリーが盾になってくれているのに、目を開けていられない。

 近衛兵達は、恐慌して悲鳴をあげた。

 

「っ、殿下。もうこれ以上はなりませぬ……!」

「ゲイリー様のおっしゃる通りです! 先ほどの戒告で充分裁きとなりました! この件を触れ回れば、南方一帯には示しがつきます! ですからっ……!!」

 

 オルソンが珍しく声を震わせ、後ろから強い力で肩を掴んでくる。

 腹心はどちらも、「今すぐ逃げろ」と暗に言っている。

 

 確かに、傍から見れば充分かもしれない。

 だが、ディーン自身はそう思っていなかった。

 周囲が納得する裁きはもう果たされたとしても、自分は納得出来ない。

 飛竜に、敗けたくない。

 

 ネリスとは一度だけでも、言葉を交わせた。

 二人きりの時だった。

 ならば。

 

「……皆の者。褥の外に出て、大きく離れろ。私とバルトだけにしてくれ」

「な、何をおっしゃって……血迷われたか!?」

「なりません、殿下! それだけは絶対に!!」

「『二度と危ない橋は渡るな』……ゲイリー、オルソン。お前達は変装した戦神騎士と対面した私にそう言った。だが、今回の一件で分かった。危ない橋を全て避けて進めるほど、南方統治は優しい道のりではない」

「っ……!!」

「ヨアンの処断で、半分は渡った橋だ。もう半分を、渡りきらねばならない」

 

 振り返ったゲイリーの隻眼が、複雑な感情を滲ませて見つめてくる。

 

 

「どの道今回の一件を知った本国に呼び戻されれば、それで閉ざされる道のりだ。今、バルトに殺されようが同じこと。悔いは絶対に残したくない。その上で私は、前に進んでみせる。この危ない橋は、渡りきる」

 

 

 ディーンは「第四王子の名の下に」と言って、皆を褥の外に追い出した。

 ゲイリーがせめてこれだけはと、近衛兵の持っていた大盾を渡してくれた。

 

 静かになったのを確認して、ディーンは大盾を床に捨てた。

 バルトは再び鼻で笑い、息を吐いた。

 熱い。熱すぎる。

 

 しかしディーンは、決して目を閉じなかった。

 腰の剣を、同朋ヨアンを斬った剣を抜いた。

 

「バルト。よくもくだらない気まぐれで、山の民を殺してくれたな。暇潰しは楽しかったか?」

『…………』

「本国じゃ何をやっても許されただろうが、俺は許さない。お前のせいで、大山脈は全部敵に回っただろう。これからしっかりと和解出来るかも分からない。せっかく繋がれた商業都市だって、お前達飛竜の暴走を恐れて及び腰になるかもしれない」

『…………』

「山の民だけじゃない。今までどれだけの竜神の民を……俺の同朋を殺してきた? お前に美味い餌も豪華な寝床も寄越してくれる者達を。何様のつもりだ? 竜神の末裔なら、何をやってもいいのか!?」

 

 ディーンは自分の感情を抑えられなくなった。

 両手で剣を構え、にやつく飛竜を睨む。

 

「何とか言ったらどうだ!? 喋れる癖に黙ってニヤニヤしやがって! 本当ならお前もヨアンと一緒にあの場で処断してやりたかったっ!! 南方総督府は」

『"俺の国だ"、か?』

「!!」

『"随分と良いご身分だな"。我々飛竜にすがるしかない癖に』

 

 バルトが口を利いた。

 いや、それよりも。

 

「何で……」

『何でここへやってきた夜に小娘に語った言葉を知っているのか、と? ククク……我々は一にして全、全にして一。祖にして裔。貴様の戯言など、聞き飽きるほどに聞いてきたわ。"契約者"ディーン』

「……っ!」

『ディーンは童の頃からずっと、事あるごとに小娘の前で愚痴を吐いては泣いていたな。今でもそうだ。涙が滲んでいるぞ? ククク、ハハハ……』

 

 一にして全? 全にして一? おやにしてすえ? 

 何の話だ。そんなこと、誰からも聞いたことが無い。

 だが自分がネリスに語ってきた今までの全てを、このバルトも知っているというのか。

 全ての飛竜がそうだというのか。

 

 頬が熱くなる。

 先ほど吹きかけられた息のせいではない。

 

「……人間より賢いらしい癖に、勘違いしてるな。当代の"秘めた契約"の相手は、王である父上のはずだ。俺は"契約者"ではない」

『…………ああ、そうだったな。忘れていた。ククク』

 

 からかっているのか。

 人間など竜神に対する"契約"を交わした者でさえ、覚えるに値しないとでもいうのか。

 

『それで? 何をしにきた? 愚痴は小娘相手にすればいいだろう』

「話を聞いてなかったのか? ヨアンと同じだ。暴走したお前に裁きを与えに来た」

『ヨアン? 何だ、それは』

「なっ……」

 

 ディーンは耳を疑った。

 

「最初に何度も言っただろ!? お前の騎手だ! 五日前、お前が山の民の村を三つも潰した時に、背中に乗っていた! 二度目の大戦中だって!」

『ああ、我々に跨ってたまに何やら呟いているあれのことか』

「っ……!?」

『生きていく上で重要なことを教えてやろう。どうでもいい物事は、覚えないようにすることだ』

「どうでもいい、だと……!?」

『貴様だって、ここへ歩いてくる途中で地面を這っていた虫の面など、もう覚えていないだろう? それと同じだ』

 

 柄を握りしめる指に力が入り過ぎて、バルトへ向けた剣先が震えた。

 食いしばった歯を無理やりこじ開けて、ディーンは言葉を吐く。

 

「ヨアンは、ヨアンはお前の暴走の責任を取って死んだ……!」

『だから?』

「大戦では飛竜兵の英雄と呼ばれた軍人だった!!」

『我々の背に跨っているだけで、英雄か。"随分と良いご身分だな"。ハハハ!』

「ふざけるなよ、さっきから……!」

『ディーン。その何とかという人間に責任を取らせたのは、貴様自身だろう? それで何故、我を責める』

「お前がその元凶だからに決まってるだろ! 元はと言えば、責任は全てお前にある!! 飛竜だから処断してないだけだっ!!」

『言葉は正しく使え、ディーン。"してない"ではなく、"出来ない"だろう? クク、クハハッ……!』

 

 はらわたが煮えくり返りそうだった。

 こんな輩と会話したのは、生まれて初めてだ。

 

「言え、バルトっ!! 何で山の民の村を襲った! 気まぐれか!? 暇潰しか!?」

『その通りだが……それがどうした? 戯れの狩りなど、人間とてすることだろう?』

「魔物の分際で、舐めやがって……!」

『その魔物にすがらなければ何も出来ない国の者が、よく言う』

「すがらずとも何とかやれるように、俺達は今頑張ってるんだ!!」

『そうかそうか。それは素晴らしいことだ。ならば、我々は明日にでも谷へ帰ろうか。せいぜい頑張れ、ディーン。ハハハハハッ!!』

 

 涙が溢れて、憎い飛竜の顔が歪む。

 これほど傲慢な存在に媚びへつらっている竜神の民は一体、何なのだ。

 

『ククッ。自分で言うのも何だが、我は寛容で心優しい性格でな。ここまでの話は全部、聞かなかったことにしてやってもいい。……ひれ伏せ、ディーン。頭を床に擦りつけて、赦しを乞え。言葉の限りを尽くして、命乞いをしろ』

「っっっ……!!!」

 

 再び吐きつけられた、熱い息。

 ヨアンとは比べ物にならないほどの殺気が、褥に充満した。

 身体の震えが止まらない。

 歯がカチカチと鳴る。

 

「殿下っ!!」

「来るなゲイリー!! 出ていけっ、今すぐに!! 命令だっ!!!」

 

 強大な殺気を感じ取ったのか、すぐさま駆け込んできた隻眼の腹心を、ディーンは振り返らずに制した。

 ゲイリーは長く躊躇していたが、再び褥から出ていった。

 

『どうした、何故ひれ伏さない? 我が少しでもその気になれば、貴様は一瞬で屍だ。そのドワーフのちゃちな腕飾りごときで、我の一撃を防げると思うなよ』

「はぁ、はぁ……!」

 

 見抜かれている。

 老ドワーフの旅商人イワンがくれた、"防護"の魔術を発生させる腕輪の力を。

 

『ククク、いいのか? 死ぬぞ? 震える剣を必死に向けて……戦神の使徒気取りか? 貴様は奴らとは違う。ただの非力で、矮小な人間だ』

「敗けない、敗けるものか……! お前にも、ネリスにも!!」

『…………』

「飛竜バルト!! 南方総督ディーンが、お前に裁きを下すっ!!!」

 

 ディーンは雄叫びをあげながら、剣を振りかぶり、にやつく飛竜に突っ込んだ。

 

 首筋へ横薙ぎ。

 

 ネリスの時と同じだ。

 食い込みすらしない。

 だがディーンは、剣に注いだ力を決して緩めなかった。

 

 斬る。斬ってやる。

 こんな魔物など。

 そう思って、剣を振りきろうともがいた。

 

 しかしそれも、バルトの軽い身じろぎで弾き飛ばされた。

 剣が宙を舞い、ディーンは仰向けに倒れる。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ! くそっ、くそぉ……!!」

『…………』

 

 仰向けのまま、ディーンは腕で顔を覆って泣いた。

 飛竜は何もしてこない。

 殺気も消して、黙って佇んでいる。

 惨めな時間が流れていく。

 やがてディーンは涙を拭って何とか立ち上がり、気丈な表情で飛竜を睨んだ。

 

「……バルト。一にして全がどうのとか言ってたな。なら、他の飛竜にも伝わるんだな。覚えておけ。俺は、お前達になんてひれ伏さない。身勝手な暴走も決して許さない。それが気に食わないなら、都か飛竜の谷に帰ればいい。大陸南方は、俺の国だ」

『虚勢を張るな、小僧。我々がいなくなれば、貴様の国とやらは戦神の使徒にやられて終わりだ。……いいや、我々も戦神の使徒も関係無いな。大戦の英雄とかいう者を斬ったのだろう? このままではあのくだらない都に連れ戻されるか、その途中で殺される。あるいは反乱でも起こすか?』

「同朋と争うつもりは……無い」

『ふん、今さら格好をつけるな。世の道理が分からないほど、愚かではあるまい。貴様がこのまま大陸の南を発展させれば、いずれ中央の者達は貴様を恐れる。こちらに靡く者も多数出てくるだろう。それは結局、反乱と変わらない』

「……分かってる。それでも」

『それでも……何だ?』

 

 ディーンは口を開け、口を閉じ、何とか想いを言葉にして発しようとした。

 だが、出てこない。

 分かっている。分かっているのだ。

 南方総督府の繁栄が、いつかオズワルドを真っ二つに割るかもしれないと。

 それでも。

 

「戦神騎士の生き残りはきっと、オズワルドに復讐してくる。東西の情勢も荒れ出したって聞いてる。このままじゃ、大陸はぐちゃぐちゃになる」

『既になっている。人間は大して長生きもしない癖に、その上で相争ってさっさと死んでいくのだから、救いようが無いな』

「だったら……だったらこの南方だけでも、平和にしたい。虚しい争いや厄介ごとに、巻き込まれない場所にしたい」

『ならばなおのこと、我々の機嫌は窺うようにすべきだな。貴様達はひたすらそうすることで、大陸の中央を保ってきたのだから』

「俺は……お前達が嫌いだ」

 

 もうこの際だ。

 悔いを残さないよう、全部言ってやる。

 道半ばに終わっても、「自分の人生を戦い抜いたんだ」と胸を張って死んでやる。

 

 ディーンは立ち上がった。

 そしてバルトの切れ長の目に、しっかりと向き合う。

 

 

「俺はお前達飛竜の、人を見下しきった目が大嫌いだ。そんなお前達にすがるしかない、竜神の民の在り方も。……だけど今日、人を初めて斬って感じた。戦神の民だって別に、格好良い存在じゃない。理解不能な恐ろしい連中だ。他の民のことだって、まだ何も知らない。……何も分からないんだよ、世の中のことが!」

『…………』

「それでももう、この道を歩き始めた! ついてきてくれる同朋だって、大勢いる! だからもう決めた! 俺は進み続ける!! 本国の連中がどうこう言おうが、知るもんか! お前が敵になっても、俺は剣を握って戦う!! 大陸南方は、俺の国だっっ!!!」

 

 

 再び剣を突きつけて、ディーンは吼えた。

 バルトのにやついた口元が、僅かに引き締まった──ような気がした。

 

『……大陸の北で、東風の民の遺した"英雄"が目覚めた』

「!? 東風の民? "英雄"?」

『何故か隻腕となっていた"英雄"に、我々の若く未熟な二つが容易く蹴散らされ、逃げ帰った』

「え……」

 

 飛竜が蹴散らされただと。

 唐突に始まったバルトの話に、ついていけない。

 百人力の戦神騎士すら寄せつけなかった飛竜を、どうやって。

 

『"あの時"……我々は奴の腕をもいだ覚えは無い。今の大陸でそのようなことが出来るのは、"霊狼"のガドか戦神の使徒くらいのものだろう』

「"霊狼"のガド……?」

『とはいえ、ガドがわざわざ北に行くことはあるまい。つまり、戦神の使徒。ククク……楽しみだな。もしも東風の民の業を戦神の使徒が得たのならば、この都を滅ぼした時よりも遥かに手強くなる。あるいは奴らならば、他の業すら。ハハ、ハハハ……』

 

 笑うバルトの前で、ディーンは戦慄した。

 飛竜がかつて仕留めきれなかったという"英雄"とやらの腕を戦神騎士がもいで、その業を手に入れた可能性がある。

 あるいは、別の尋常ならざる業すらも。

 もしも本当ならば、無敵の飛竜だって危うい。

 オズワルドという国も──

 

『口が滑り過ぎた。先ほどの話は、誰にも漏らすなよ』

「な、何でだ? お前達が敗けるかもしれないんだろ!? そんなことになったら!」

『敗けはしない。我々は奴らの復讐を真っ向から受け止めて、そして勝つ』

「っ、バルト……」

『驕っているわけではないぞ。東風の民の遺した"英雄"と、さらに手強くなった戦神の使徒達……時が来ればどちらも今度こそ、完全に粉砕してやる。人間という種の極致が積み上げた力、業、繋がり。それを我々が戦神の寵愛ごと、全力で叩き潰してみせる。竜神の誇りにかけて』

 

 バルトの目が、細められる。

 しかし、それは他者を見下す冷たいものではない。

 好敵手の挑戦を待ち望むかのような、ぎらつく眼差しだ。

 

『ところでディーン。貴様は南を諦めないと言ったな。ならば貴様がここをせっせと固めている間に、中央の都が攻められたらどうする?』

「それは……」

『砂漠を越えて助けに向かうか? それとも無視するか?』

「……同朋の危機だ。助けに、向かう」

『クク、迷いのある苦々しい顔だな。心配するな、聞いてみただけだ。どうせ来たるべき決戦に、南の人間達が砂漠を越えて間に合うはずも無い』

 

 バルトは大きな欠伸をかき、もたげていた頭を下ろして丸まった。

 

 

『決戦はあくまで、我々と奴らのもの。時が来れば南の我々も、戦場に赴く。貴様は小娘と共に、結果が届くのを待っていればいい。その後のことは、その時に考えるんだな』

 

 

 巨大な灰色の飛竜が、その切れ長の目を閉じた。

 

『幼く稚拙ながらも、我に啖呵を切った勇気は認めよう。ある程度は、貴様の指図を聞いてやる。せいぜい励むことだな』

「……礼は言わない」

『それでいい。元々"契約"には、礼や見返りなど含まれていないのだから』

「は……!?」

『ディーンよ、我々を退屈させるな。貴様なりの、人間の力を見せてみろ』

 

 バルトがそう言って、わざとらしく寝息を立て始める。

 オズワルドの黎明、旧き建国者が竜神と結んだとされる"秘めた契約"。

 それに、礼や見返りが含まれていないだと。

 ならば一体、この贅沢極まる飛竜の褥やそこに敷かれた作物、供物の餌は何だというのだ。

 

 ディーンは眼前の飛竜を問い質そうとしたが、「もう話しかけるな」と言わんばかりの寝姿に、口を噤んだ。

 そして、褥の外に出た。

 

 二人の腹心と近衛兵達。

 将や文官、飛竜の騎手、兵士、見物人達。

 大勢の人間が、外にはいた。

 

「殿下、よくぞご無事で……!」

「火傷を負われています! 今すぐ"治癒"を!!」

「……然るべき裁きは、下した。皆に、そう触れ回るように。当然、本国にも報告する。書状は、私が自ら……書、く……」

 

 緊張が解け、ディーンは膝から崩れ落ちた。

 視界が霞んでいく。

 ゲイリーとオルソンの必死の呼びかけが、皆のどよめきが、遠くで聞こえた。

 

 

 ネリス、見てたんだろ。聞こえてたんだろ。どうだ、俺は敗けなかったぞ。

 

 

 心の中で相方に呼びかけながら、ディーンは意識を手放した。

 剣を握りしめた手だけは、そのままだった。

 

 

 

 

 

 

『……東風の民と戦った時以来の、我が裔達の長い退屈がようやく終わりそうだ』

 

『さらなる強さを得て立ち向かってくる戦神の使徒。非力ながら必死にもがく"契約者"……ふっ』

 

『"契約"は確かに無駄ではなかったな、オズ。かつて貴様が叩いた大口のおかげで今、我が空の裔達は滾っている』

 

『まあ、貴様自身は結局最後まで威勢と口先だけだったが……ディーンはどうかな?』

 

『あのまま長じれば、"契約"を変えてやろうか。水の裔達も……いや、"俺の国"とやらには無用の長物か。ならばそろそろ、この大陸から……』

 

『……ガドよ。卿が人間の小娘一人にこだわり続けるのはやはり理解出来ないが、我とて人間は面白く思うぞ』

 

『ごく稀に、な』

 

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