戦神騎士物語   作:神父三号

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今さらで申し訳ありませんが、章分けをして第1章終了時点の概要を投稿しました。
第25話の次に挿入してあります。
あくまで第1章終了時点の内容であり、本編の描写以上の情報は一切ありません。
読まなくても何ら支障は無いものです。
第2章が終了した時も、同じようなまとめを投稿したいと思います。

本当に長く、込み入ったお話になりそうです。
特にこの章はローランとノーラ以外にも、スポットライトが強く当たります。
お時間のある時にお付き合いいただければ幸いです。


第41話 ディーンの国・竜鱗たち

 飛竜バルトとその騎手ヨアンの裁きが下された、翌日の昼過ぎ。

 

 フォルラザの都跡を整備した、オズワルドの南方総督府。

 その中央に位置する、まだ修復されていないかつての戦神の王城。

 

 いつも多数の将や文官が唾を飛ばして激論を交わす大広間は、珍しく静まり返っていた。

 

「本当にこれで全員か?」

「……はい、殿下。竜神に誓って、嘘偽り無く」

 

 二人の腹心と近衛兵二十人のみを残して人払いした大広間で、玉座に腰かけたディーンは視線を左右に動かした。

 

 南方のまとめ役を含めて、七人の老若男女。

 たった七人が質素な服を着てディーンの眼前に跪き、頭を垂れている。

 飛竜バルトの一件よりもだいぶ前に、集合を命じていた者達だ。

 

 "竜鱗"。

 

 王が飛竜の鱗を特別に授けて任命した、オズワルドの諜報集団である。

 僻地の賤民をそうやって有効活用しているのだと、ディーンはかつて父である王から聞かされていた。

 "竜鱗"は大陸中に散らばっている。

 もちろん、この南方にも。

 しかし。

 

「まとめ役よ。大戦が終結して占領統治が始まった時……この地に"竜鱗"は何人いた?」

「それは……」

「人員の補充は何回あった?」

 

 長く、気まずい沈黙が流れる。

 

「おい、よもや『分からない』などと言うのではなかろうな。何のためのまとめ役だ?」

「占領統治開始時の"竜鱗"の人数もその後の補充回数も把握出来ていないのならば、今ここに集まった者で全員だという確信は持てないはずでは? あなたはそれでもなお、殿下に対して『竜神に誓って、嘘偽り無く』と申し上げたのですか?」

 

 玉座の左右に並ぶ隻眼の将ゲイリーと若き文官オルソンの詰問によって、"竜鱗"のまとめ役の老人は肩を震わせ始めた。

 他の六人も、ひどく委縮している。

 

「ゲイリー、オルソン。控えろ。……つまり、まとめ役のお前が私の命によって集合を呼びかけ、それなりの時が経って、辛うじて集まった者がこの六人。そういうことだな?」

「ま、誠に、誠に申し訳ございませんっ!! 戦神の諜報の業は、我らとはあまりにも隔絶しており、数を減らされ続けてしまって……!」

「そんなことは充分理解している。私はこの南方に来て、お前達"竜鱗"から有益な情報をろくに聞いたことが無い。お前に時折報告を求めても、返ってくるのは『調査している』という言葉だけ」

「っ……」

「こちらへ素性を明かして府に滞在していた"竜鱗"には数度どうでもいい仕事をさせたが、彼はある日人の群れに混じって密かに出ていった。私に何の説明も無しに」

「も、申し訳……!」

「そして早朝、総督府の焼け崩れたままの城壁に……ありふれた格好をした者の屍がいくつか、見張りも気づかぬ内に吊るされている。飛竜の鱗を懐に抱えた屍がな。そんなことが今まで、何度もあった」

 

 申し訳ございません、申し訳ございませんと、まとめ役はそれ以外の言葉を知らないかのように繰り返した。

 老人らしい、しわがれた狼狽え声だ。

 

 ディーンはどうしたものかと頭を巡らせる。

 自分が南方にやってきた時点で総督府の城壁には"竜鱗"と思しき屍がよく吊るされており、その実態を知らない兵士達の動揺が強まっていた。

 そのため父である王に対して現状を報告し、南方に散っている"竜鱗"を全て引き上げさせるように再三進言した。

 まともな返答は、一度も無かった。

 

 だから今度は、南方の"竜鱗"のまとめ役に一度招集をかけさせることにした。

 情報も集められず、戦神の諜報によって一方的に消されるくらいならいっそ、南方総督府に集めて別の仕事をさせようと考えたからだ。

 しかし、"竜鱗"はいっこうに集合しなかった。催促も繰り返したというのに。

 それが飛竜バルトと騎手ヨアンの裁きの翌日になってちょうど集まってきたということを、総督府は確実に考慮すべきなのだ。

 

 何故なら今朝がた、昨日の裁きに関する報告をディーンが自筆で書き記し、オズワルド本国へ飛竜兵を送ったからである。

 飛竜兵の連絡は、騎馬の伝令を飛ばすよりも遥かに早い。

 

 今回の件に対する反応は、南方総督府内の分すらまだ把握しきれていない。

 将や文官達においてはおおよそ賛、しかし強い否の声もいくらかあがっていた。

 ディーンはバルトの裁きから目覚めた夜に、二人の腹心から一応そういう報告を受けている。

 賛同が多いのは、これまで総督府が一丸となって地道に前進してきたが故の、ある種の連帯感によるものだろう。

 

 また事前の命令通り、昨日の内にオルソンが迅速に府内で触れ回り、南方の各商業都市へも使者を送り、ヨアンの首も謝罪の高札を添えた上で大山脈の麓近くに晒すよう手配してくれている。

 この一件を、兵士達はどう捉えているか。

 商業都市や山の民、そして南方に潜伏している戦神騎士達はどう捉えるか。

 

『いえ……何より、オズワルド本国がどう捉えるかだと思います』

『オルソン殿の言う通りですな。この件に関しては、南方諸勢力よりも大陸中央の反応が気がかりです』

 

 騎手ヨアンを処断した自分が飛竜バルトの褥に入り、だが裁きを下して、生きて出てきた。

 ゲイリーもオルソンも、都の連中はそれを為したことを強く危険視するだろうと、昨夜居室へ見舞いにやってきた時に主張した。

 飛竜兵の英雄を独断で斬ったことではない。

 密かに厄介者扱いされていた最大最強の飛竜バルトが、妾腹の第四王子を殺さずに甘んじて裁きを受けたこと。

 それを都は最も重く捉えるだろう、と。

 

 つまりこれから、第四王子ディーンは不穏分子として見られる恐れがあるのである。

 

 それでも直ちには、あからさまなことをしてこないかもしれない。

 都が実際にどう反応してくるか、まだ分からない。

 

 だが少なくとも南方の"竜鱗"は、昨日の今日ですぐさま動いてきた。

 "竜鱗"に対する引見の前に二人の腹心達とした話を、ディーンは思い返す。

 

『時機を見計らっていたように思いますぞ。昨日の裁きが無ければ、南方の"竜鱗"は永遠に殿下の元へ集まってこなかったでしょうな』

『私もゲイリー様と同意見です。これまでの稚拙な働きを考えると、今日集まってきたのは都合が良すぎます。これまで何度か接触してきたまとめ役が、本当にまとめ役なのかすら疑わしい。他の集合者達も騎手ヨアンの投獄時点で、既に都の近辺にいたものかと』

『……南方の"竜鱗"の目は、この総督府にも向いているということか?』

『以前から疑わしい所はありましたが、今回の一件ではっきりしました。殿下が着任された時には、既にそうなっていたのでしょうね。……招集を提案した私の判断が誤りでした。誠に申し訳ございません』

『お前のせいではない、オルソン。最初の招集をかけたのは、私が南方にやってきてまだ日が浅い時だったのだ。不遇の身だった私達は皆、諸々の実態を把握しきれていなかった。"竜鱗"は同朋なのだから、当然に総督府の味方だと考えていた。……そもそも途中で招集命令を取り消しても「伝達が届いていなかった」などと言って、結局は今日集合してきたように思う』

『ですな。今は後悔よりも、あやつらをどうするかが問題です。怠慢に対する叱責でもして適当にまた散らすか、あるいは……』

 

 ゲイリーとオルソンは、南方の"竜鱗"は最早総督府につけられた監視同然だと直言していた。

 その上でどう対応するのか。

 

 文武の腹心は二人とも、消極的に対応するべきだと主張した。

 大陸南方には戦神騎士達に加えて、精強無比の戦神の諜報が潜んでいるのだ。

 総督府が無理に手を汚さなくても、いずれ彼らが駆逐してくれる。

 

 ディーン自身も、それが良いと考えていた。

 飛竜バルトの一件だけでも、本国との関係に亀裂が入る可能性が高い。

 やはり、ここは。

 

 

「畏れながら、殿下。よろしいでしょうか」

 

 

 まとめ役の老人が唐突に、頭を垂れたまま語りかけてきた。

 声から狼狽の色が消えている。

 身体も震えていない。

 ゲイリーが「勝手に口を利くな」と怒鳴っても、老人は反応しなかった。

 

「オズワルドは何のために、私達に飛竜の鱗を授けて諜報をやらせているとお考えですか?」

「っ、黙りなさい! 殿下はあなたの質問をお許しになってはいない!!」

 

 オルソンが泡を食ったようにすぐさま黙らせようとする。

 彼が何故慌てたのか、ディーンにはすぐに分かった。

 

 語らせようとしている。

 自分が語るべきでないことを。

 彼らはそのために今日、ここへやってきたのだ。

 

「穏便に退散させても、無駄です。同じことです。既に手筈は整えております」

「貴様……!」

 

 ゲイリーが殺気を剥き出しにして、剣の柄に手をかけた。

 老人は身じろぎせずに「無駄です」とだけ繰り返す。

 

 ディーンは玉座に座ったまま身を乗り出し、両手を組んだ。

 生き残っている南方の"竜鱗"は、総督府の呼びかけに応じて一度集合する。

 最初の招集をかけてからの時間経過を考えれば、その件はとっくにオズワルドの都へ届いているだろう。

 

 今日集合してきた者達には適当な理由をつけて会わず、ゲイリーとオルソンが叱責だけして追い返す。

 そういう選択肢も予め提案されていた。

 一方で、招集に応じてこの時機に集まってきた以上、最早どういう対応をしようが結果は同じかもしれない、という予想もされた。

 ディーンは腹心達の意見をしっかりと聞いた上で、この人払いをした大広間での、"竜鱗"達との対面を決めた。

 

 無駄、か。

 確かに、"竜鱗"の老人が言う通りなのだろう。

 それならばそれでいい。

 ディーンは二人の腹心を改めて傍に控えさせ、口を開いた。

 

「まとめ役……いや、齢を重ねた同朋よ。自分で『無駄』と言いきる状況であるのに、その上であなたは私と話をしたいのだな」

「はい。畏れながら」

「殿下……!」

「よい、オルソン。構わない。……第四王子ディーンの名の下に許す。同朋よ。言いたいことを言ってくれ。私も、答えるべきことを答える。言いたいことを言う」

 

 まとめ役の老人は頷いて礼を述べ、しかし顔は上げなかった。

 そのまま、語り始める。

 

「僻地の賤民に飛竜の鱗を渡して諜報として使役する、"竜鱗"という役目。殿下はそれをどのように思われますか?」

「……非情。父である王に初めてその仕組みを聞いた時は、ただそう思った。そして南方総督府にやってきた後は、ろくに役に立たない存在だとも思った。しかし、そんなことは当然だ。自分達が虐げてきた僻地の同朋に飛竜の鱗一枚を『これは名誉の証だ』と言って渡して、それで懸命に働かせようなどと傲慢に過ぎる」

「…………」

「そもそも諜報として真っ当に役立てるつもりならば、尋問された時にすぐさま素性が分かるような飛竜の鱗など、普通は持たせないだろう。もっと言えば、都で厳しく選抜して鍛え上げた精鋭を使う方が有効なはずだ」

 

 私が王ならばそうしている、と心の中で付け足しつつ、ディーンは答えた。

 

「では、何故このような仕組みが出来上がっているとお考えでしょうか?」

 

 それを、竜神の国オズワルドの王子である自分に言わせるのか。

 しかし「答えるべきことを答える」と既に言ったのだ。

 同朋の問いには、答えなけばならない。

 

 

「……私の考えが正しければ、あなた達は死ぬのが本来の役目ではないか?」

 

 

 やり取りを見守っていた近衛兵達の、動揺する気配が伝わってきた。

 

「当然通常の諜報もやるが、それとは別に常時連絡を取り合って……"竜鱗"の誰かが殺されて連絡が途絶えれば、それを都に報告する。『かの地に不穏な動きあり』『オズワルドに敵対する意思あり』とな。だからわざと諜報の業は最低限しか教えず、稚拙な状態で使っているのではないか?」

「おっしゃる通りです、殿下。……腹心の方々の入れ知恵でしょうか」

 

 無礼な物言いに声を荒げたゲイリーを制し、ディーンは素直に肯定した。

 オルソンの読みはどうやら、的中したらしい。

 

 既に手筈は整えている。

 それはきっと、本国への連絡だろう。

 自分達がこの場で消されることを前提にした上での連絡だ。

 南方総督府が実際には彼らを消さずとも、「消された」と伝えるつもりなのだ。

 "竜鱗"による独断ではあるまい。

 おそらく最初から、南方統治に不穏な動きがあれば、そういう段取りを踏むことになっていたのではないか。

 だとすればやはり、この場に集った七人以外にも"竜鱗"はまだ大陸南方に潜んでいる。

 

 消されること前提の、使い捨ての道具。

 僻地の賤民とはいえ、同朋に対する扱いがこれとは。

 

「…………」

 

 ディーンは跪く七人を玉座より見下ろしながら、考える。

 

 投獄。

 処断。

 鱗を取り上げて追放。

 いずれにせよ、もう結果は変わらない。

 

 あるいはこの七人を上手く懐柔して、"竜鱗"の裏で別の任を与えるか。

 それも難しい気がする。

 

 飛竜の鱗を与えたのはディーンではなく、父である王なのだ。

 道具扱いされている自覚があるとはいえ、彼らの鱗一枚分の忠誠と使命感は、王と都に向いているように思われた。

 だから戦神の諜報による妨害抜きにしても、妾腹の自分には今までまともに情報を寄越してこなかったのだろう。

 

「……同朋よ。もっと早くこうして話す機会があれば、何かが変わっていたか? あなたの……あなた達の鱗一枚分の忠誠は、私に向けるものになっていたか?」

「いいえ。そのつもりが無かったから今まで招集に応じず、集合を先延ばしにしてきたのです」

「私のように不安定な立場の者には、どうあっても仕えられないと? 王から飛竜の鱗を賜ったが故の忠誠が勝ると?」

「違います」

「何が違う?」

「私は王家への忠誠心でこのような役目をやっているわけではないのです」

 

 不意に、ディーンは他の六人の"竜鱗"を眺めた。

 皆、もう萎縮していない。

 俯いて跪きながらも、老人の語る言葉が自分達の総意だと言うかのように泰然としていた。

 

「だとすれば、齢を重ねた同朋よ。あなたは今、どういう心境だ」

「…………」

「飛竜の鱗一枚を王に寄越され、『死んでこい』と言い渡されて、そこに忠誠が存在しないと言うのならば……何を思ってそんな役目をこなしている? 竜神の民としての名誉か? 矜持か?」

 

 老人は、黙して答えない。

 

「同朋よ。第四王子ディーンの名の下に、重ねて許す。言いたいことを、好きなように言ってくれ。私はそれを、決して咎めはしない」

「……名誉や矜持など、生まれてこの方感じたことはありません。鱗一枚が、私の人生の価値の全てです」

「ならば懐に抱えた鱗に、あなたは何を感じる?」

「恥です」

「恥、か」

「はい。この鱗は竜神の民などというものに生まれた……我が身の恥の象徴です」

 

 老人は語りながらも決して、顔を上げようとしない。

 それはオズワルドの南方総督が、竜神の国の王子が恐れ多いからではないだろう。

 彼なりの、せめてもの意思表示なのだ。

 

「恥など、無理に抱え続ける必要は無い。もう僻地の外に出た身なのだ。……飛竜の鱗を投げ捨てて、他の民の営みに混ざって去っていけばいい。あなた達"竜鱗"で示し合わせて、一斉に逃げ出してしまえばいい。オズワルドの都は、それを追う手段など持っていないだろう。私も追わない。戦神の諜報だっておそらくは」

「出来ません」

「何故だ?」

「鱗一枚の価値すら与えられなかった、多くの同朋がいるからです。見張られた僻地で逃げ出すことすら出来ずに、虐げられている同朋がいるからです。私も、無辜ではありません。老いるまでに、生きるために、多くの同朋を踏みにじってきました。だからせめて鱗一枚分の価値は全うしなければ、彼らに申し訳が立たない。……そのようなことも分からぬのか?」

 

 僅かに震えたしわがれ声に、ディーンは目を閉じた。

 

 これだ。

 こういう国の在り方が、自分は大嫌いだったのだ。

 都は国中の富を集約するために多くの民を踏みつけにして搾取し、そして贅沢な暮らしの傍ら、飛竜へひたすらに媚びへつらう。

 僻地の賤民に至っては「あれよりマシだろう」と溜飲を下げる対象に据え、果ては飛竜の鱗一枚を与えて使い捨ての道具扱い。

 そして彼らはそんな仕打ちを受けてもなお、道具扱いすらされなかった者達よりは恵まれているのだからと、同朋を踏みにじって生きてきたのだからと、自ら重荷を背負っている。

 

 出来ることならば、彼らを救ってあげたい。

 

 だが、彼らはそれを望まないのではないだろうか。

 それは恵まれた者の驕りだと、かえって屈辱に感じるのではないだろうか。

 頭を垂れたまま決して顔を上げない"竜鱗"達を見ていると、ディーンは強くそう思う。

 特にこの老人はもう、竜神の民に生まれたことを"恥"だと言いきってしまっているのだ。

 

「恥か……」

 

 自分も今まで、相方の飛竜ネリスの背から国の有り様を見下ろしてきて、何度もそういう想いを抱いた。

 だがそれは、都の王城で裕福な暮らしをしている立場から生じた、おこがましい罪悪感だ。

 常人より遥かに恵まれているが故の、余裕から来る憐憫だ。

 

 この老人の語る"恥"とは、長年の実感である。

 同じ竜神の民であっても、決して相容れるものではない。

 

 生き方が違う。考え方が違う。

 同じ竜神の民であるはずなのに。

 

 王子と賤民。都と僻地。

 虐げてきた者と、虐げられてきた者。

 どちらも同じ、竜神の民であるはずのに。

 

 いや、違うのだ。違って当然なのだ。

 同朋。同朋。同朋。

 自分はなんと傲慢な物言いをしていたことだろうか。

 

「……もうこれ以上は、無駄だな」

「無駄です」

「生かそうが殺そうが、同じことだな」

「同じことです」

「そうか。……じゃあ最後に一つだけ俺に聞かせてくれ、お爺さん」

「……何だ、小僧?」

「俺はあなたにとって、同朋ではないな?」

「ああ。同朋じゃない」

 

 即答だった。

 やはり彼らは覚悟を決めて、この場にやって来ている。

 昨日、飛竜バルトの褥に入った自分と同じだ。

 覚悟には、応えなければならない。

 

 救えないならば、せめてオズワルドの王族として、この仕組みの責は負わねばならない。

 拳を固く握り締め、南方総督としての言葉を発した。

 

「生き残った"竜鱗"達よ。立って、顔を上げろ」

 

 ディーンの言葉によって、老人以外の六人がその場に直立する。

 隻眼の将ゲイリーが進み出て、まとめ役の老人も無理やり立たせた。

 "竜鱗"達の表情はいずれも昨日斬ったヨアンとどこか似ていて、しかし明確に違っていた。

 憎悪や殺意に、諦観と微かな安堵が混ざっている。

 ゲイリーは一人一人と、無言で顔を突き合わせていった。

 そして戻ってきて、ディーンに耳打ちした。

 

 

「黒髪の女は両手を上げてそのまま。他の者は総督府に諜報を働いた咎により、処断する」

 

 

 南方総督の冷徹な宣言の直後、六人の"竜鱗"は駆け出した。

 大広間の外へ通じる、大小の入口へ向けて。

 無駄だ。入口は全て外側から塞いである。

 武器を隠し持っていないかも、事前に調べ尽くしている。

 

 近衛兵達によって、飾り気の無い大広間に血飛沫が飛んだ。

 世の全てを呪う、怨嗟の言葉と共に。

 耳を覆いたくなるような竜神の民の絶叫を、ディーンは歯を食いしばって、全て耳におさめた。

 

 

「あーあ。可哀想に」

 

 

 唯一人残された"竜鱗"の女が両手を上げたまま、同朋の惨劇に呑気な感想を漏らした。

 ゲイリーが剣を抜き、その女へと近づいていく。

 肩にかかるくらいの黒髪と、黒い瞳。

 どこにでもいる平凡な容姿の、二十半ばほどの女だ。

 

「招集命令から、随分時が経っている。催促だって繰り返したというのに。それが飛竜バルトと騎手ヨアンの裁きの翌日に突然、集合してきた。その上で『既に手筈は整えている』と言った。どうせ総督府へ知らされないまま、この南方には"竜鱗"が送られ続けていることだろう。……彼らは最初から、総督府の味方ではなかったのだ」

「それはそうね。王子様のおっしゃる通りだと思うわ。今十六? 十七?」

「少し前に十七歳になった。……お前は誰だ?」

「どうしてあの子達が最期に逃げようとしたのか、王子様には分かる? 覚悟はあったでしょうに。逃げられるわけ無かったのに」

 

 質問を無視して、女は逆に問いかけてきた。

 ゲイリーが彼女の首筋に刃を添える。

 ディーンはその剣を下ろさせ、答えた。

 

「確かな覚悟を持ってここにやってきたのだとしても、突きつけられた死の宣告には怯えて当然だ。精神の修養など積んでいない、使い捨ての道具扱いの者達だったのだから。生き長らえる可能性がほんの少しでもあったのなら……」

「ハズレね。多分」

 

 女はそう言って、少し首をかしげた。

 ゲイリーが下ろしていた剣を再び突きつける。

 だが鋭い切っ先に一瞥もくれず、女はディーンの目をじっと見つめて、口を開いた。

 

「あの子達はね、きっと死んで楽になりたかった。でも最期にきみを少しでも傷つけてやろうとしたのよ」

「何……!?」

「本当に生かそうが殺そうが同じ段階になっているのなら、わざわざここへ死にに来る必要なんて無いじゃない? 彼らは竜神の諜報として与えられた役割に殉じるよりも、虐げられて道具にされてきた弱者として逃げ惑い、きみの前で世を呪いながら殺されてやろうと考えた。その方が、優しいきみは傷つくだろうと思ったのでしょうね。だから出来るだけ惨たらしく、憐れに死ねるように逃げる素振りを見せた」

「そんな、こと……!」

「傍から見ていて、わたしはそう思ったわ。……可哀想な子達。そうすることでしか、きみという強者に爪痕を残せなかったのだから」

 

 ディーンは得体の知れない女の語りを聞きながら、"竜鱗"達の最期の叫びを反芻した。

 皆の表情にあった、諦観と微かな安堵を思い返した。

 ヨアンを斬った時と同じだ。

 強くこみ上げてくるものがある。

 

 呪いか。

 彼らは王子である自分の前で世を呪って死ぬ以外に、この仕組みに抗う術を持たなかったのか。

 

 しかし、ならばどうすればよかったというのだ。

 剣を一本寄越して、屈強な近衛兵と果し合いでもさせてやればよかったのか。

 自分が言葉を尽くして彼らを説得し、確かな待遇を約束して抱え込めばよかったのか。

 

「だけど、王子様であるきみが言いたいことを好きに言わせてあげたから、それであのお爺さんは長年の想いを吐き出して、少しは救われたのかもしれないわ」

「……救われたはずなど無い。私に僅かな言葉を吐き出すだけで楽になるような、安易な重荷ではなかったはずだ」

「ふうん、きみはそう考えるわけね。……なるほど」

 

 品定めするような女の視線。

 ディーンはそれに構わず、再び目を閉じた。

 

 竜神の民などというものに生まれた、我が身の恥。

 その恥の象徴である、飛竜の鱗。

 それでも、鱗一枚分の価値すら与えられなかった、多くの同朋がいる。

 だからせめて鱗一枚分の価値は全うしなければ、同朋に申し訳が立たない。

 

 ほんの少し腹を割らせただけで、あの老人と自分は生き方も考え方もまるで違うと感じた。

 同じ竜神の民であるはずなのに。

 そして生き方や考え方が違うのならば、おそらくは。

 

「……あなたは彼らが竜神を信仰していたと思うか? 飛竜を崇敬していたと思うか?」

「さあ? わたしは竜神の民じゃないもの。あの子達に信仰や崇敬があったのかは、きみの方がずっとよく分かってあげられるのではないかしら」

 

 分かっている。

 賤民として生まれ育ち、使い捨ての道具にされて、信仰など芽生えようはずが無い。

 自分達にひもじい想いをさせている、飛竜を崇敬出来るはずが無い。

 

 昨日は飛竜の騎手。

 今日は"竜鱗"達。

 

 堪えるのも、もう限界だった。

 溢れた涙が、頬を伝った。

 ディーンがさりげなく涙を拭っている間に、オルソンが一歩前に出た。

 

「先ほど『自分は竜神の民ではない』と、確かに言いましたね。ならば、あなたは何者ですか? 何故"竜鱗"に混じっていたのですか?」

「飛竜の鱗を持っているからだけど? あの子達は鱗の有無でしか身内を判別していないみたい。知らない顔が紛れ込んでいるのに、名前も聞かれなかった。王子様をあれだけ呪う割に、自分達の結束が固いわけでもないなんて……驚きだわ」

「……私達は"僻地"と一言で言いますが、それは一箇所ではありません。大陸中央にはいくつかそういう場所があります。扱いもそれぞれ、微妙に異なる」

「そう。なら余計に可哀想ね。同じ竜神の諜報さえまともに信頼出来ないなんて。それでもここに集まってきた六人は皆、あのお爺さんと同じ想いだったのでしょうけど」

「…………」

「まあ、死ぬのがお役目で諜報は所詮おまけなのだから、鱗を持っている者が数人余所者にすり替わっていようが、あの子達も竜神の都も全然気にしないのでしょうね。それにどうせ、都や大きな街の中には決して入れないでしょうし。多少誤報が流されても暗殺をしかけられても死ぬのは重要でない人間だけ。国としては痛くも痒くも無い」

 

 ゲイリーが強い殺気を発しながら女に詰め寄った。

 

「訳知り顔にべらべらと小賢しく語るな。いい加減、殿下のご質問に答えろ。貴様は何者だ? 戦神の諜報か?」

「とても怖い人。剣を下ろしてくれないと、震えて声が出せないわ」

「戯言を……」

「きみはどうしてあの子達の中で、わたしが"違う"って分かったの?」

「……貴様だけ、他の者とは微かに気配が違っていた。武の気配の大小ではなく、鱗の違和感でもなく、もっと根本的な何かが違っていた。それが何なのかは、私には言い表せないが」

「お見事。片目を失って、逆に見えるようになるものもあるのかしら」

「無駄話はもうよかろう。正体を明かせ、女」

「……そうね。そうしましょうか」

 

 ディーンがまばたきした直後。

 女は外套姿に変貌していた。

 それだけではない。

 大広間にいる者全員が、息を呑む。

 

 光り輝くような、金色の髪。

 宝石よりも鮮やかな、青い瞳。

 左目の下の泣きぼくろ。

 それらが形作る、絶世の美貌。

 

 しかし、鋭く尖った長い耳。

 

「エルフ!? 何故"竜鱗"に混ざってここへ……!?」

「大山脈の木達が皆泣いていたわよ。友達の人間が、飛竜にたくさん殺されたって」

「っ……」

「どうせあいつの仕業でしょうと思ったけれど、案の定。昨日の裁きは見せてもらったわ、ディーン王子」

 

 エルフはずっと上げていた両手を、ごく自然な仕草で打ち合わせた。

 固く閉ざした大広間の正面口に、大量の武器がどさどさと落ちる。

 得物を奪われた近衛兵達が、大きくざわめいた。

 ゲイリーも、突きつけていた剣を喪失している。

 

 千年を超えて生きるとされる、長命と叡智の亜人。

 そのエルフが誇る、黄金の魔術だ。

 

「よくあいつに殺されなかったわね。でも、立場ある人間がああいうことを軽々しくすべきではないと思うわ。あいつがどれだけ横暴な存在か、ご存知でしょう?」

「……腹心達にも同じことを言われた。だから、あなたにも同じ言葉を返そう。危ない橋を全て避けて進めるほど、南方統治は優しい道のりではない」

 

 穏やかな微笑を浮かべて見つめてくるエルフ。

 普段ならば見惚れるかもしれないが、今の大広間には竜神の民の屍がいくつも転がっている。

 そんな状況で鼻の下を伸ばして舞い上がる気分には、ディーンは到底なれなかった。

 

「昨日は飛竜の騎手を処断し、今日は南方の"竜鱗"を六人処断した。前者は南方総督として朝に本国へ報告を飛ばしたし、後者だってここへ来なかった"竜鱗"達によってじきに知れ渡る。これからの私の道のりはもう全て、危ない橋そのものだ」

「そうでしょうね。けれど、それならまず飛竜の騎手を裁かなければよかったのに。たくさんの部下達があなたを止めたはずでは? 見物の輪にいても聞こえていたわよ。『前例が無い』『飛竜の暴走なんてどうしようもない』って。……その通りではなくて? 私が知る限り竜神の国はずっと、飛竜の蛮行には目を瞑ってきたはずだけれど」

「……南方で暮らす者達に南方総督としての私の意志を示すには、ああするしかなかった。臣下達にも、改めて示す必要があった」

「意志を示す、ね。大陸中央に対してもかしら?」

 

 ディーンはエルフの問いかけに、沈黙で応じた。

 その上で、言葉を続ける。

 

「……エルフは叡智ある種族だと聞いている。総督府に仕える者達がするような質問を、あなたがふらりとやってきて私にぶつけて、何を考えている? 私を何か試しているのか?」

「滅相も無い。深いことは別に何も考えていないわ。ここへ来たのは大山脈の木達を悲しませたあの性格の悪い飛竜を、ちょっとたしなめてあげようと思っただけ」

「バルトをたしなめる……だと?」

「ええ。それでいざ跳んできたら、まだボロボロのお城の前で王子様が凄いことをやっているんですもの。騎手を斬って終わりかと思っていたら、今度はあいつの厩に入っていって、一人だけ居残って……そしてちゃんと出てきた。ふふふっ。だから、そんなきみに少し興味が沸いたの。せっかくだし、お話でもしようかなってね」

 

 二十半ばに見えるエルフの女性は赤い舌をちろっと出して、ころころと笑った。

 幼い仕草だというのに、近衛兵達は感嘆の声を漏らす。

 

 自分とて、これほどに見目麗しい女と言葉を交わしたことは無い。

 オズワルドの王城にいた、誰よりも美しい。飛び抜けている。

 それも親しみやすさと妖艶さが絶妙に入り混じった、魔性の美貌だ。

 やはり平時ならば、胸の高鳴りを抑えられなかっただろう。

 だが。

 

 ディーンは大広間の端に横たわる"竜鱗"の老人の、血まみれの屍を見た。

 

「エルフよ、南方総督府へようこそ。……と言いたいところだが、昨日今日と重大なことが連続した。大広間では総督府のこれからについて、皆でひたすら話し合わなければならない。今の私には、あなたのからかいに応じている時間は無い」

「あら、そうなの?」

「昨日の裁きから今朝の本国への報告、そして"竜鱗"の処断。私の決定や行為に対して、将や文官は言いたいことが山ほどあるだろう。それらを全て聞き、その上で皆と今後のことを考えなければならない。飛竜兵が都から帰ってくるまでにだ。そして帰ってきた後は……本国の反応についても話し合う」

「大変だこと。つまり忙しすぎて、わたしにはお時間を取っていただけないのね?」

「ああ、申し訳無いがな。……それでも話をしたくて待つと言われるのならば、目立たない住居を一つ提供するからそこで待たれるがいい。府内を見て回ってもらっても結構。しかし、その容貌は絶対に欺いてほしい。揉め事も起こさないでほしい。ただでさえ昨日の裁きでざわついている総督府に、エルフが訪ねてきて何かしでかしたとあっては、いよいよ収拾がつかなくなる」

「そうねぇ。うーん、どうしようかしら……」

 

 エルフは左目を閉じて上を向き、胸の下で腕を組んで考え出した。

 そんなわざとらしい仕草ですら匂い立つような艶気が生じるのだから、何と凄まじいことか。

 

 ディーンがさりげなく視線を巡らせると、近衛兵達は軒並み骨抜きにされていた。

 ゲイリーは少し大きめに距離を取り、俯いている。

 オルソンは若干赤らんだ顔を背けていた。

 

 竜神の国オズワルドの都では、エルフという亜人は基本的に許容されていない。

 竜神への信仰を妨げるために誘惑を仕掛けてくる邪悪な存在であると、ディーンは周囲の大人達から聞かされていた。

 だが一方で、父や兄達がエルフの女を密かに欲しがっていることも知っていた。

 

 杖やスクロールを必要としない、黄金の魔術と称される高度な業。

 「奔放、気まぐれ、からかい癖あり」という世の風評。

 

 大陸南方の統治にあっては、飛竜の制御さえ面倒なのだ。

 招集した"竜鱗"に紛れて接触してくるようなエルフなど、どれだけ美しかろうと厄介な輩に決まっている。

 

 これ以上面倒ごとを増やす前に、さっさと出ていけ。

 はっきりと言ってやりたかった。

 

 ディーンがそうしなかったのは、彼女が先ほどこの場の軍人達を容易く無力化したからである。

 ならば気まぐれで皆まとめて、一瞬で屍にされるのではないか。

 飛竜バルトとこのエルフはそういう点において、ディーンには同質の存在に思われた。

 

 圧力も殺気も感じない。

 彼女の力がどれほどのものか、一切分からない。

 単純に、どうでもいい世間話がしたいだけの可能性もある。

 それでも、伝えるべきことはしっかりと伝えるべきだ。

 

「エルフよ。予め言っておく。私は飛竜バルトの暴走を南方総督として許さなかったように、あなたの奔放による混乱もまた、許すつもりは無い」

「へぇ……」

「私はエルフという種族の性質を、人伝にしか聞いていない。会ったのは、あなたが初めてだ」

「まあ。それは光栄だわ。ふふっ、どう? 初めて見たエルフのご感想は?」

「……とても美しい、とは思う。だが、私はエルフへの応対の仕方が分からない。そして申し訳無いが、あなたへの応対を思案している余裕が無い」

「別に普段通りのきみで構わないわ。畏まられる方が煩わしいもの。気楽にお話しましょう? お姉さんがきみのお悩みを聞いてあげるわよ?」

「っ……再び言おう。私には、あなたのからかいに応じている時間は無い」

「あら? 今の私には、ではなかったかしら?」

「…………」

「ふふっ、そんなに怖い顔しないで。……でも、そうよね。同じ竜神の民の屍が転がる中で、浮ついた気分になんてなれないものね。きみの言う通り、これから色々とあるでしょうし。このような場で軽薄な物言いを致しましたことを、お詫び申し上げますわ」

 

 エルフは畏まり、頭を下げた。

 

「でもね、エルフは時間が有り余っているの。興味を持った物事や人間には、つい関わってみたくなるのよ」

「それは気まぐれか? 暇潰しか?」

「違います、とは言えないわね。『ならばあの乱暴な飛竜と同じようなものではないか』……そう思っているでしょう?」

「……失礼ながら、思っている」

「失礼だなんてとんでもない。人の上に立つ者として……いえ、昨日あれだけの裁きを見せた南方総督として当然の反応よ。総督閣下が落ち着かれるまで、待ちますとも。宿は大丈夫。怪しまれるのは困るでしょ? 戦神の諜報にも、竜神の諜報にも」

 

 種族の礼儀なのか、エルフはディーンが見たことの無い形式の優雅な拝礼をした後、どこからともなく一枚の木の葉を取り出した。

 しかし何故かそこで固まり、空よりも青い瞳を、どこか試すように向けてきた。

 意図がよく分からず、ディーンは眉をひそめて彼女の様子を窺い続ける。

 

「……はぁ。ディーン王子? 出会った女性の名前はすぐさま尋ねて覚えるのが、殿方の作法よ」

「は?」

「どれだけ遅くても、一旦お別れする間際には聞かないと。うふふ……まだまだお子様ね」

「……先ほども言ったが、私には余裕が無い。からかわないでくれ。……あなたの名前は?」

「ミイメ。どうぞお見知り置きを。南方総督閣下」

 

 ミイメは片目を閉じて、悪戯っぽく笑う。

 そして形の良い唇へ木の葉を当て、草笛を吹いた。

 高く長い音が大広間に、反響した。

 そうディーンが感じた瞬間、既に彼女の姿は無かった。

 

 ふと、上方から何かがディーンの足元に落ちてきた。

 飛竜の青い鱗だ。

 ミイメが"竜鱗"に成りすますために、持っていた物だろう。

 

「……毒婦の類ですな、あれは」

「しかし殿下。継続的な交流を持てるのならば、エルフの黄金の叡智を南方統治に活用出来る可能性があります。大山脈の自然にも何やら詳しいようですし……」

「私には世の風評通りの輩に見えた。……何も期待しない方が良いと思う。忘れよう」

 

 大きく息を吐き、ディーンは改めて血まみれの老人の屍に視線を送った。

 

『この鱗は竜神の民などというものに生まれた……我が身の恥の象徴です』

『あの子達はね、きっと死んで楽になりたかった。でも最期にきみを少しでも傷つけてやろうとしたのよ』

 

 おそらくそうなのだろう。

 竜神の国オズワルドはもう、そういう想いを生み出す国になってしまっている。

 

 南方に送り込まれる前。

 幼少の頃から相方の飛竜ネリスに乗っていつも眺めていた、祖国の景色。

 あの頃の漠然とした「このままじゃ駄目だ」という感慨は、今や確かな実感となってしまった。

 

 飛竜バルトに宣言した通りだ。

 この大陸南方だけでも、虚しい争いや厄介ごとに、巻き込まれない場所にしたい。

 

 

 ここは、俺の国だ。

 

 

「"竜鱗"達の屍は焼却して、丁重に弔う。……それと、彼らの鱗を私へ」

 

 命令通りに、近衛兵達が動き始める。

 ミイメの物も合わせて、七枚。

 あのエルフがどうやって鱗を手に入れたのかは知らないが、それはどうでもいいことだ。

 残りの六枚は竜神の民に生まれた、恥の象徴である。

 

「……ゲイリー、オルソン。清掃と休息の後、皆を大広間に呼び集めてくれ。太陽が大山脈にかかる頃より話を始めよう。夜通しの会議になるだろうから、そのつもりで通達を」

「はっ」

 

 腹心達が拝礼し、すぐさま退出していった。

 ディーンも玉座から腰を上げ、一旦居室に戻った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 居室に戻ったディーンは、本棚の前に佇んでいた。

 

「……どうして、こんなことになってしまったんだろうな」

 

 自問する。

 答えは分かっている。

 自分が考えて決めて、行動に移した結果だ。

 さらに元を辿れば、転がり込んできた好機を逃すまいとした、身勝手な野心のせいだ。

 

 視線の先には、総督府に唯一残っているドワーフの青年に作ってもらった、小さな木箱。

 ディーンはミイメと"竜鱗"達の鱗を、その中に仕舞い込んだ。

 木箱には、着任の夜に瓦礫の山から拾った白銀の首飾りも入れてある。

 首飾りも飛竜の鱗も、大して価値のある代物ではない。

 だがディーンは、それらをしっかりと保管しておきたかった。

 

 竜神を信仰し、その末裔である飛竜にすがりつく竜神の民。

 飛竜の力は強大だ。

 彼らのおかげで、オズワルドは大陸中央の覇者に君臨してきた。

 

 しかし覇者の地位を維持するために、積み重ねてきた犠牲が多過ぎる。

 そして今さら、飛竜の力を手放すことも出来ない。

 二度の大戦を経た今となっては、なおさらそうだ。

 

『総督府は大陸南方を、飛竜の武力頼みで支配するのではない! 道理と繋がり……すなわち人の営みによって統治し、豊かに繁栄させていくのだ!!』

 

 ディーンが昨日そう宣言した南方総督府にだって、贅を尽くした巨大な飛竜の褥がある。

 そこに敷く作物や飛竜に与える干し肉は本国で作られ、数千の護衛と共に砂漠を越えて頻繁に輸送されている。

 馬鹿げた浪費だと思う反面、飛竜を失えば総督府は到底成り立たない。

 

 竜神を心の底では信仰していなくても、飛竜を心の拠り所としている同朋は大勢いるはずだ。

 何故なら、南方にはまだ百人力の戦神騎士達が潜んでいるのだから。

 そして最近は大人しい彼らがまた仕掛けてくるようになれば、その時に頼りにするのは結局飛竜の武力なのだ。

 

『元々"契約"には、礼や見返りなど含まれていないのだから』

 

 あの褥の中で、飛竜バルトはそう言っていた。

 ならばどこかの王の代で、何かが大きく歪んでしまったのだろうか。

 それとも少しずつ、変わってきたのだろうか。

 いずれにせよその歪んだ在り方が、あの"竜鱗"の老人のような者達を生んでしまった。

 

 旧き建国者が竜神と結んだという、"秘めた契約"。

 

 バルトに聞けば、その中身を教えてくれるだろうか。

 それでもしも本当に礼や見返りが不要なことが確認出来たのならば、少なくとも総督府の分の浪費だけでも。

 

 しかしここまで長く国に助力させてきて、ひたすらすがりついてきて、今さら待遇を大きく変えるというのはどうなのだ。

 総督着任の日に、ゲイリーが語っていた通りだ。

 フォルラザとの二度の大戦に打ち勝てた理由だって、無敵の飛竜がいたからに尽きる。

 

 それほどの貢献者達に対して今さら、粗末な厩と餌を与えるのは竜神の民としてどうなのだ。

 あるいはこういう負い目の積み重ねが、今の飛竜とオズワルドの関係性を作り上げたのか。

 

「まだ夕暮れ時まで、時間があるな……」

 

 久しぶりに近衛兵達を連れて、総督府内を歩こうか。

 着任以降、そういうことは暇を見つけてやるように心がけていた。

 時には勤務中の兵士達に話しかけたりもしていた。

 しかし、旅商人に扮してやってきた戦神騎士と思しき男との対面以降は、腹心達にやめさせられていた。

 諜報だけでなく戦神騎士ですら、その気になれば総督府に容易く侵入してくることが分かったからだ。

 

 だが、知りたかった。

 昨日の裁きの一件を皆がどう捉えているのか、今のうちに自分の目と耳で知りたかった。

 相方の飛竜ネリスに会いに行くのを、口実にしようか。

 そしてまた、あいつの前でいつものくだらない愚痴でも吐いてやろうか。

 バルトによれば、それは他の飛竜達にも伝わるらしい。

 

 また、話が出来ないだろうか。

 ネリスと言葉を交わせないだろうか。

 

 あの大嫌いなネリスと、また。

 

 ディーンは本棚に木箱を戻しながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 

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