戦神騎士物語   作:神父三号

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今回はちょっとした内政のお話です。
この物語は政治・経済を深堀りするお話ではないですが、戦神騎士や大陸情勢にも関わってくる内容ですので描写させていただきます。
ご留意ください。


第42話 ディーンの国・張り合う相手

 竜神の国オズワルドの南方総督府の要である、半ば崩れたままの無骨な王城。

 その大広間は今日も、人払いがされていた。

 

 だが玉座に座るべき第四王子ディーンはあえて広間の中央に椅子を置き、そこに腰かけている。

 脇に控えているのは、腹心の片割れである若い文官のオルソンだけである。

 ゲイリーや近衛兵すらも、遠ざけてあった。

 

「こりゃまあ、かえって面倒な対応をされてしまいましたなぁ……」

 

 対面する話し相手の鷹揚な声が、ディーンの耳をくすぐった。

 太り気味な壮年の男が顎鬚をさすり、片目を瞑って難しい表情を浮かべながら、一枚の書状を睨みつけている。

 飛竜バルトと騎手ヨアンに下した裁きについてディーンが自筆で書き記した、オズワルド本国への報告。

 それに対する、王からの返書である。

 

 その内容は、極めて短いものだった。

 

 本国の疲弊と大陸各地の情勢悪化を理由に、南方への食糧輸送を減らすこと。

 減らすのは兵士達の分だけであり、飛竜を養うための輸送はこれまで通り適切に行うこと。

 その二点だけだ。

 

 ディーンがおこなった裁きの是非については、一切触れられていなかった。

 連絡のためにあちらへ寄越した飛竜兵も、何事も問われずに書状のやり取りをしただけで帰ってきている。

 

 

「要は兵糧攻め、ですか」

 

 

 商業都市パルチャーの有力な商人、レーンが呟く。

 かつて旅商人ウォルターが話を持ち掛けてきて取り次いだ、総督府の最初の取引相手である。

 

 前総督による乱雑で威圧的な鎮撫は中立地帯である商業都市にすら及び、ディーンが南方へやってきた時には既に、商人達は総督府を嫌悪して距離を置くようになっていた。

 そんな状況の中でレーンはディーンの誘いに応じて、先陣を切って新生した総督府と交易を始めてくれた商人だ。

 彼のおかげか他の有力な商人達も少しずつ動き出し、今や南方総督府は商業都市パルチャーと繋がりを強めつつある。

 

 とはいえ、今回は別にこちらから声をかけたわけではない。

 レーンが裁きの一件を聞きつけて、自らひょっこりと総督府にやってきたのだ。

 最初に対面した時と同じく、レーンは椅子にとても浅く腰かけて背もたれに頭を乗せ、太い脚をだらしなく投げ出している。

 オルソンはかつてこの商人のひどく無礼な態度を咎めたが、ディーンは別に構わないとして好きにさせた。

 

 レーンは商業都市の人間であり、総督府にとっては対等な取引相手である。

 まだ五十歳だと言っていたが、もう少し歳を取っているように見える、独特な貫禄があった。

 そんなレーンに「自分はこういう姿勢が落ち着くのだ」と言われた以上、ディーンは好きにさせてやろうと思った。

 

 余人を交えない場を作って応答しているのだ。

 王からの返書を見せたのはレーンだけだが、こういう対等な形式の対面で言葉を交わした商人は何も、彼一人ではない。

 寛いだ態度を取らせるだけで舐められるのならば、自分に器量が無いというだけの話である。

 

「飛竜と飛竜を戦わせる事態は、絶対に避けたい。奴らが竜神の民同士の揉め事を手伝ってくれる保証なんて無いでしょうからな。なんなら、竜神とやらに見放される危険性すらある。だから穏便に、南方の兵士のみを兵糧攻めすると。まあ、適切な判断じゃないですか?」

「……南方総督府は本国と戦争をしているわけではない。反乱を起こしたつもりも無い」

「貴方は飛竜兵の英雄とかいう木偶を斬ったのでしょう? 死にに来た竜神の諜報も、律儀に殺してやった。そりゃあ、あちらさんからしたら完全に不穏分子ですよ。……この手紙の書き方にも、それが滲んでます」

 

 レーンはそれまで眺めていた王の返書をディーンの前で広げ、一文を指で指し示した。

 

「ここ。『南方代官ディーン』ってなってる。そしてこの返書には『南方総督府』の文字は一切無く、ただ『オズワルドの南方領』としか書かれてない」

「…………」

「これ、お国の公的な文書でしょう? それでこの書き方。……貴方はもう王子じゃなくて、南方総督府なんてものも存在していない。ディーンという個人は単なる地方代官。そういう書き方に思えるんですがね」

「……そうか。あなたから見ても、やはりそう思えるか」

 

 ディーンは視線を、傍に控えるオルソンに向けた。

 涼やかな容貌が形の良い眉をひそめ、深刻な表情を浮かべている。

 この大広間に将や文官を集めて交わした議論。

 そうして出た結論と同じことを、レーンはだらしない姿勢のままで端的に述べた。

 

「閣下はこれからどうするおつもりで?」

「今までと変わらず、ここは竜神の国オズワルドの南方総督府であると称する。私が南方総督であり、オズワルドの第四王子であることにも変わりは無い。正式に総督の地位や王子の身分を剥奪されたわけではないのだから」

「ああ、まあそりゃそうですな」

「政策に関して言えばとりあえず開墾範囲をもっと広げて、井戸を掘る数も増やすつもりだ。道具はあなた達のおかげでだいぶ質と量が揃ってきたからな。あとは……」

「商業都市パルチャーを頼みとして何とかする、ですか?」

 

 商人レーンの穏やかであり、かつ眠たそうにも見える目。

 それにディーンはしっかりと向き合い、首を横に振った。

 

「初対面の時にも話したが、ここでは作物を用途に合わせて複数種育てている。気候の変化に強い物だってある。食糧輸送が返書通りの量に減っても、将兵が飢え死にしない程度にはやっていけるという試算は既に出ている。これ以上輸送量が減らされない内に、何とか自給出来る体制を作る」

「……ほうほう」

「まだ統治と呼べる統治は出来ていないから、各集落に税を要求出来る立場でもないからな。『せっかく繋がりを持ったパルチャーを大いに頼るべきだ』という意見も臣下達からは挙がったが、中立地帯である商業都市に食を依存するという状態にはしたくない」

 

 レーンが眠たそうな眼差しを、さらに細めた。

 投げだした太い両脚が、ゆっくりと左右に振られる。

 

「あまり良くない言い方だが……私は目先の兵士達の飢えよりも、将来を考えたい。今慌てて下手に出たことでパルチャーに調子に乗られて、それに対して『飛竜の武威を使って挽回しよう』などという流れになるのが、一番危険だと思う」

「ご立派なお考えで。どのくらい臣下の皆さんの受け売りですかな?」

「……レーン殿」

「構わない、オルソン。私はまだ十七歳の世間知らず。……十のうち八か九は受け売りだ」

「なっはっは」

 

 レーンが大口を開けて笑う。

 ディーンは、この壮年の笑い声が嫌いではなかった。

 自分の悩みが馬鹿げたことに思えるような、呑気で心地良い音なのだ。

 

「ですがそれなら、この王からの返書をあっしみたいな余所者に見せるべきではない、とも言われたはずじゃあ?」

「ああ、言われた。ちょうど、この隣にいるオルソンからは特に厳しくな」

「当たり前ですわな。あっしはあくまで中立地帯の商人ですから。少なくともパルチャーの領主様と、仲良くやっている同業者達にはこの件を教えます。今日の閣下のお話もべらべらと。そうすれば、取引は大いに足元を見られますよ? なのにどうして?」

「南方総督府の門戸は、あえて緩い状態にしてある。本国からの輸送が減ったことくらい、商いで往来していれば商人達はどうせ皆気づくだろう?」

「なはは。閣下の言われる通りです。それを分かっていてなお、あっしに国家の機密とも言えるものを見せたのなら……もしやがっつり肩を持てと?」

 

 レーンの眼差しが、初めて顔を合わせた時と同じ色を帯びた。

 人や物事を見定める、厳しい目だ。

 繋がりが望まない形になるなら切り捨てる、そういう冷徹な目だ。

 ディーンはその眼差しから一切逃げずに、また首を横に振った。

 

「あなたに頭を下げさせるつもりは無い。そして、私が頭を下げるつもりも無い。密かに固く結ぶつもりも。今まで通りの間柄でいい。だからこうしてふらっと訪ねてきたあなたには、適当に世間話でもして帰ってもらってもよかったとは思う。ただ……」

「ただ?」

「私は竜神の民ではない者の意見を知りたかった。南方の現実と長く向き合ってきた者の意見を。現状の私と南方総督府を見てどう思うのか、知りたかった。だからこの王からの返書を見せた」

 

 南方総督と商人は、長く見つめ合っていた。

 静寂が、大広間に満ちる。

 目を逸らしたのは、商人の方だった。

 

「……あっしはどうも、貴方の青い瞳が苦手でね」

「え?」

「いや、苦手っていうのは違うかな。まあなんというかそわそわするというか、居ても立っても居られなくなるというか……つまり苦手ってことか、なはは」

「はあ……」

 

 レーンが白髪の混じった茶髪をかいて恥ずかしそうに笑う。

 

「そうだなぁ……あっしの意見を言う前にまだ聞いておきたいことがいくつかあるんですが、いいですかね?」

「いいとも。答えられることならば答える。そして私が答えた内容は、別に商業都市で話してもらって構わない。やはりほぼ臣下達の受け売りの答えになってしまうが」

 

 レーンはだらしない姿勢を正し、椅子に深く腰かけ直した。

 そうすると、独特な貫禄がさらに強まるように感じる。

 いかにも百戦錬磨の商人、という風情が滲み出てくるのだ。

 

「じゃあまず、大山脈の村で暴れた飛竜の件。騎手の処断と晒し首、飛竜への裁きはあっしも知ってます。……それを踏まえて山の民とは今後、どう付き合っていくおつもりで?」

「大山脈へ飛竜を飛ばしたのは、本国からの王命だったからだ。……だがあんなことがあった以上は当分、大山脈及び山の民にはこちらから関与しない。たとえまた王命があったとしても」

「いいんですか? 大山脈はあらゆる資源の宝庫ですよ? 南方を統治していく上でかなり重要なはずでは?」

「ああ、欲しい物はまさに山ほどある。だがもう、いよいよ手が出せる状態ではなくなった。……飛竜無しで正式に謝罪と和解の使者を送ることも考えたが、大山脈の秩序は私達には分からないし、おそらく様々な妨害を受ける。また、仮に上手くいっても山の民が総督府と繋がるということはつまり、南方に潜伏する戦神騎士を敵に回すということだ」

「……山の民を苦しめる者が飛竜から戦神騎士に変わるだけだ、と?」

「そうなるだろう。最近大人しい彼らが何をしているかと言えば、おそらく山の民を取り込もうとしているのではという予想が臣下達から出ている。そこに南方総督府が絡んでいけば一番苦しむのは、板挟みになる山の民だ」

「なるほど。ですけどその板挟みに関する危惧は、大陸南方に点在する全ての集落にもそのまま当てはまるんじゃ?」

「そういう意見も、総督府の内部では上がった。だが……」

 

 ディーンは一度口を閉じた。

 そしてこの商人レーンに取り次いでくれた旅商人ウォルターのことを、いや、素性を偽って自分と言葉と笑顔を交わした戦神騎士のことを、思い出す。

 

「……どうだろうな。確かに南方を治めようとすれば結局、戦神騎士と南方総督府が対立関係にあることをどこまでも懸念せざるをえない。しかし、彼らは決して賊徒ではない」

「…………」

「『山の民とは繋がっておきたい。敵に回るくらいならばいっそ……』とは彼らだって思っているかもしれないが、総督府に与した平地の細々とした集落を見せしめに虐殺して、それで統治を攪乱しようなどとは思っていまい」

「何故そうお考えで?」

「戦神騎士達がまだ動いているのは最終的にオズワルドに……いや、飛竜に復讐を果たすためだろうからだ。一時は南方の覇者にまで上り詰めた彼らが今さら、復讐のために無辜の弱者を踏みにじって胸を張るような連中だとは、私は思わない。……甘い考えかもしれないが」

「なはは。閣下はまるで戦神騎士と語らったことがあるように言われますな」

 

 白々しいとディーンは思ったが、あえて無視した。

 傍に控えていたオルソンが何かを言おうと身じろいだので、素早く手で制した。

 

 レーンはあくまで中立地帯の商人だ。

 彼が裏で戦神騎士達と繋がっていようが、咎める理由は無い。

 

 そもそも相手には精強無比の諜報集団がいるはずなのである。

 おおよその情報や行動方針など、片っ端から漏れていく。

 それならそれで構わない。

 漏れても問題が起こらないようにしてやるだけだ。

 

「それで、その肝心の戦神騎士は今後どうするおつもりで? 南方統治では現状、一番の難敵でしょう?」

「当然、南方総督府及びその統治体制への攻撃は一切許容しない。だが、積極的な追討はやめる。前総督がやろうとしていた、戦神の民の集落の掃討もだ」

「んな。そりゃまあ思いきりましたな……将は許したんですか?」

「むしろ私の決定に、皆安堵していたくらいだ。前総督の下で掃討に携わっていた将兵によれば、小さな集落でも戦神の民一人辺りの武力は、平気でこちらの兵士数人分以上がざらだったらしい。ましてや今の戦神騎士達は、あの大戦を生き残った人外の猛者だからな。あちらから仕掛けてこない限り、取り合わないのが一番だと考えている」

 

 ディーンは一旦、そこで息を継いだ。

 建前は吐き終えた。

 あとは南方総督としての、本音を吐く。

 

「何より戦神騎士を追いかけるために、南方中に飛竜を飛ばすような愚行を避けたい。頭上を飛竜が飛び回れば、それだけで民は怯える。南方における飛竜の存在はあくまで、騒乱や侵略に対する抑止力だ。その立ち位置を、明確にさせていく」

「……そうやって放置した結果、貴方が南方を上手く治めていく様を危ぶんで、奴らが暗殺を狙ってきたら?」

「戦神の民が本気で暗殺を狙ってきたら、竜神の民ではまず防げない。これまでここで色々と見聞きしてきて、それがよく分かった。殺される時は殺される。だから私は、腹を括るだけだ」

 

 ディーンは戦神の民による暗殺の心配を、もうしていなかった。

 対策を考えに考え続けてきた結果、「どうしようもない」という結論に至ったのである。

 旅商人ウォルターを名乗る戦神騎士と思しき男が容易く総督府に入ってきたのが、最後の決定打だった。

 どちらかと言えば今は、南方の"竜鱗"が暗殺に来る危険性を考えた方がいいくらいだ。

 

 しかし自分は、老ドワーフの旅商人イワンから厚意で貰った、"防護"の魔術を一度だけ発動する腕輪を常に身に着けている。

 さらに時折、ゲイリーを教師として剣の訓練を受け始めた。

 咄嗟の自衛についてはもう、それらだけでいい。

 あとは近衛兵達を信頼すると、心に決めた。

 

「じゃあ、竜神の諜報については今後どうしますか? 鱗持ちの存在には、どの商業都市も勘付いてますよ。下手に消したり検問で弾くと面倒くさいことになるのにも、多分使い捨てて構わないような連中が任じられてるのにもね。商業都市が分かる程度の下手くそな諜報ですから、貴方だって少なくとも内部の者は把握しているはずですよね?」

「把握している。総督府には今、四人が入っている」

「四人……性懲りもなく、よくやりますな」

「将や文官には諜報の素性から性質、そして飛竜バルトの裁きの翌日に集まってきた者達がいたことも私が彼らを処断した経緯も、機密であるとして全て説明した。総督府の要である者達に、不信を生むわけにはいかないからな」

「末端の兵士へは? あっしも聞いてますよ。ここの城壁に、鱗持ちがよく吊るされてるって」

「竜神の諜報は当然、私達と同じ竜神の民だ。その仕組みを私がオズワルドの南方総督として正式に公表すれば、大きな混乱を生む」

「……ですわな」

「とはいえ、兵士達に何の説明もしないのも私は不誠実だと思った。だから、各将を通して説明させた。……竜神の国オズワルドには、飛竜の鱗を持つ諜報がいる。彼らは王命で独自に動いているが、フォルラザの残党によって始末されている。城壁によく吊るされている者達は務めを全うした同じ竜神の民なのだから、丁重に葬ること。そうして揺さぶってくる敵に対しては、いっそう気を引き締めること」

 

 レーンはしばし俯いて、口をもごつかせた。

 

「あくまで総督府とは別行動を取る者達とし、表立って敵扱いはしない、と。随分とお優しい対応ですな。……密かに排除したりは?」

「しない。彼らは国の仕組みで、王から酷な役目を与えられた者達だ。それを王子である私が率先して消すなど、許されるわけが無い。彼らの人生をどこまでも弄ぶ……傲慢な行いだ」

「でも、総督府にとっては完全な敵対者になってしまったんでしょう? これから散々、悪辣なことをされると思いますよ」

 

 年長者の試すような眼差しにディーンは向き合ったまま、心の中で一人の屍を思い浮かべた。

 竜神の民であることを"恥"だと言いきって、それでも飛竜の鱗一枚が人生の価値の全てだと語って、死んでいった"竜鱗"の老人。

 

 お前は同朋ではない、と最期に言われた。

 それでもやはり、彼ら"竜鱗"は竜神の民だ。

 たとえ敵対していても、同じ竜神の民だ。

 

「総督府の内部で流言を広めるならば、無用な混乱を招いた者として適切に裁くだけだ。南方一帯に府の悪評を流すならば、こちらは悪評に敗けないように行動で示す。本国への報告や自作自演は、好きにすればいい」

「実直なことで。ですが、人の口は完全には閉ざせませんよ? いくら鱗持ちについて兵士達に綺麗ごとで説明しようが、将や文官から実態が必ず漏れていきます」

「……それでも私が南方総督として兵士達にする説明は、『彼らは同じ竜神の民』だ。漏れ聞こえてきた話をどう感じるのかは、兵士一人一人に委ねる。しかしその結果何らかの諍いが起きれば、それはしっかりと仲裁する」

 

 ディーンが話し終えると、恰幅の良い商人は緊張を解いて、額を掌で擦った。

 いつの間にか浮き出ていた汗を、拭ったようだ。

 傍に控えて黙りこくっていたオルソンも、小さく息を吐いた。

 

「……お聞きしてた感じ、閣下のお答えは言うほど受け売りじゃないように思いましたよ」

「ん? そうかな……まあ、この大広間での議論が揉めに揉めて、私が一喝して決めた事柄もあるからな。だからじゃないか?」

「ですかね。ただ、鱗持ちの扱いについては、尋ねられても答えるべきじゃなかった。閣下は最初に言われましたよ? 『別に商業都市で話してもらって構わない』って」

 

 商人が再び、試すような視線を向けてくる。

 ディーンはそれを無礼だとは感じなかった。

 対等な相手から、統治者としての姿勢を問われているのだ。

 

「『人の口は完全には閉ざせない』……あなたの言う通りだ。私が臣下達に打ち明けた竜神の諜報の詳細は、もう既に兵士達へ広まりつつある。漏れ出た話が、いくつか私の耳に返ってきているからな。……その内、府の外へも広がっていく」

「でしょうな。機密だなんて言われると、逆に話したくなるのが人間ってものです。ここで取引してる限りでは、総督府の皆さんは良くも悪くも大らかに感じますし」

「ああ。そもそもこの件に関しては、鱗持ちの屍が城壁に吊るされ続けているという、周知の事実がある。誰もがその真相を知りたがり、語りたがる。到底、隠し通せるものではない」

「……ふむ」

「そういうこともまた、二人の腹心と話し合った。その上で臣下達に、竜神の諜報について共有したのだ。だから、あなたに今この場で色々明かしても同じことだろう」

「正式に公表はしないし機密扱いにはするけども、漏れていく分には目を瞑ると。なはは、そうですかそうですか。開き直られましたなぁ、なっはっは」

 

 レーンはまた大口を開けて笑い、椅子に座る姿勢を浅く腰かけて背もたれに頭を乗せた、だらしない有り様に戻した。

 

「それで本題は……竜神の民でない者の意見を知りたい、でしたね」

「ああ、聞かせてほしい」

「あっしはそもそも偉そうに助言出来る立場じゃないですけど……まあとりあえず現状は、貴方が決めた方針でじっくりやっていくだけでいいんじゃないですか?」

「……戦神騎士を含む南方諸勢力。彼らに対する総督府の最大の武器は飛竜ではなく、時間だと思っている」

「ええ、そうでしょうね。ここにデカい土地があって、動かせる人の数もダントツで多いですから。やるべきことをこなしていけば、その分の結果は必ずついてくる」

 

 ディーンは頷く。

 総督府は雑な鎮撫をやめて、時間をかけて地盤を固めることを選んだ。

 この方針は時間が経つにつれて、大陸南方全土に効いていくはずだ。

 

 一方、今の状態でなおも歯を食いしばり、総督府を少しずつ繁栄させていこうとすれば、本国は自分の存在をさらに危ぶむだろう。

 時間は南方に対しては最大の武器だが、本国に対しては最大の弱点なのだ。

 しかしそれは、本国がもっと致命的な働きかけをしてきた場合に、深く考えるべき話である。

 最悪の事態への備えは一応始めているから、今はそれでいい。

 

「そんで商人達が総督府に対してこれからどう動くかっていうと……多分大小問わず、ここぞとばかりに群がってくるでしょうよ。ひと時は取引が色々苦しくなるだろうけど、人が集まればそれもやんわりと解消されていく。抜け駆けで安く売ってお得意様になろうとする連中が、競争し始めますからな」

「商人とはそういうものか」

「そういうものです。商業都市ですら一枚岩じゃないんで。そうやって商人が大勢集まるようになれば、色々な種類の人間も勝手にどんどん集まってくる。旅人、傭兵、周辺の集落の者達、あとはならず者……」

「ならば無秩序にだけはならないように、府内の掟をもっとしっかり煮詰めておくべきだな」

「はい。んで、そうやって集まってきた連中に、貴方によって大きくなっていく南方総督府の姿を見せつけてやればいい。……前に貴方がポロっと言ってた"俺の国"とやらをね」

 

 南方総督と商人は再び、静寂の中で向き合った。

 先ほどよりも長い、長い対峙。

 しかしやはり先に目を逸らしたのは、商人の方だった。

 

「……はあ。やっぱりあっしは、貴方の青い瞳が苦手ですわ。何故だかこればっかりはどうにも」

「そうなのか? 言われたことが無いな、その手のことは」

「あーいや、怖いとか不愉快とかじゃなくてね。もっとこう……」

「?」

「なはは、大国の王子だからなんですかね。まあ、別に悪い気はしないんで、お気になさらず」

 

 歯切れが悪く、照れくさそうに笑うレーン。

 ディーンはその様子に首をかしげながらも、予め伝えておくべきことを言うことにした。

 

「レーン。今後さらに商人が集まってくれば、あなたは今の稼ぎを失うかもしれない。あなたは総督府にとって、初めて大きな取引相手となった商人だ。そのことには大いに感謝している。……だが私はそれでも、これからの取引の場であなたを特別に優遇するつもりは無い」

「結構。今までも優遇なんて要求してませんでしたし、そもそも取引相手なんていくらでもいますんでね。ウォルターの奴だって、貴方の書状を持ってきた時に言いましたよ。『面白い出会いを見つけてきた』って。美味い儲け話、じゃなくてね」

「……面白い出会い、か。あなたは実際に私と会って、そう思ってくれたか?」

「それを素直に答えるのは、あっしの性分じゃないですな。……けど、そうだなぁ。あっしがどっかでしくじって素寒貧になったら、ここで文官にでもしてもらいましょうか」

「分かった。その時は、全身全霊で働いてもらう」

「えぇ~。こりゃ参った。じゃあしくじれねえや」

 

 二人は声をあげて笑った。

 無骨な大広間に、若者の声と壮年の声が混ざって響く。

 一息つくと鷹揚な商人はディーンに断って、懐から包み紙を取り出した。

 開くと、黄金色の飴が出てくる。

 

「レーン様、失礼ですがそれは?」

「老ドワーフの旅商人イワンが作った飴です。独特な食感で、これが何とも言えず美味い」

「イワンは総督府にもやってきて、私が直接話をした。職人になってほしいと頼んだが、余生は商人をやりたいと断られてしまった。……そうか、飴を売っているのか」

「ええ。ヴァルゲンで高名だったドワーフが旅商人なんか始めてどうするのかと思ってたら、中々面白い物を作るもんです。あむっ」

 

 すっぱそうに頬をすぼめながらも、レーンは包み紙を一つディーンにもくれた。

 余所者が寄越してきた食べ物など普通は手をつけないか毒味をさせるべきなのだが、ディーンは構わずに飴を食べた。

 

 パチッ。

 

「んんっ!?」

「殿下!?」

 

 思わず声をあげたオルソンに否定の手を振り、ディーンは口を動かす。

 口の中で何かが弾ける。

 飴はオズワルドの都で何度も食べていたが、こんな食感は初めてだった。

 パチパチとした感触が無くなるまで、ディーンは夢中で飴を噛みしめ続けた。

 

「……そういえば、レーン様。ウォルター殿は今何をされておりますか?」

 

 ディーンがしばし飴を堪能している間に、オルソンが前に出て話しかける。

 

「んぐ、んぐ。南方中を忙しくうろついてますよ。相変わらず落ち着くことを知らない男です」

「やはり、大山脈へ入ったりも?」

「そりゃ、してるんじゃないですか? あっしが支援してる若造は皆、好き勝手にほっつき歩いてますんでね。とはいっても、パルチャーには山の民もドワーフも物を売りに下りてくる。あっしも伝手には困ってない。だからあいつは、自分のためにやってるんでしょうよ」

「……友人達と誓った、何か途方も無い夢があると言われていました」

「そのようで。……とにかく何でも出来る、有能な男です。あっしにもおいしい情報を色々持ってきてくれる。んぐ……無茶な夢を追いかけるよりもどこかにしっかりと根を下ろした方が、絶対成功するだろうに」

 

 オルソンの探るような問いかけにもレーンは何ら動じず飴を噛みしめ、遠い目をしてウォルターについて語る。

 その目は我が子を案じる親のように、あたたかいものだった。

 

「ごくん。だけどね」

 

 レーンの目が問いかけてきたオルソンにではなく、ディーンに向けられる。

 

 

「ウォルターはどこまでも本気ですよ。会う度に、目の輝きが増していってる。あいつは自分の夢を叶えるために、着実に進んでる。あっしは、確かにそう感じます」

 

 

 レーンの目は、やはりあたたかい。

 しかしどこか、挑発的な色合いを帯びていた。

 うかうかしていたら置いていかれるぞと、ディーンを駆り立てるように。

 

「……レーン。旅商人ウォルターの途方も無い夢とやらは、いつかこの大陸をひっくり返すほどのものだろうか?」

「どうですかねぇ。……あー、でも東方や西方にも興味がありそうにしてたっけかな。少なくとも、南方をうろつくだけで終わるような男じゃないでしょうな。友人も結構いるようですし」

 

 知っている。あの時の彼の目は、本気だった。

 ディーンは心の中で呟いた。

 旅商人ウォルターは、総督府を自ら訪れてきた戦神騎士は、オルソンの従者に扮していたディーンに対して、笑顔で語った。

 友人達と必ず叶えようと誓った夢だ、と。

 お互い、夢のために頑張ろう、と。

 

「夢を追うのは、素晴らしいことだと思う。しかしそれが大陸をひっくり返すような夢ならば、私は応援出来ないな。この南方を巻き込まれたら、大いに困る」

「なはは。そりゃそうだ」

「とはいえ、一介の旅商人とその友人達に後れを取るつもりはない。夢の大きさも、それに向かって進む姿勢も。……もしも夢を追う道中でぶつかり合うのならば、その時は絶対に譲らない。ウォルターという男に、私の言葉を伝えてくれるとありがたい」

「……分かりました。きっちり伝えておきましょう。閣下も中々負けず嫌いですなぁ。木っ端の商人ごときに」

「張り合う相手が大勢いる。そういう状況の方が、私はやる気になるのだと思う。……商人レーン。私にとっては、あなたもその一人だ」

「そりゃ光栄なことです。なっはっは」

 

 耳に心地良い年長者の笑い声に、レーンも微笑んだ。

 

「ありがとう、レーン。長々と話し込んでしまったな」

「いえいえ。商人はある程度大きくなると、数字と睨めっこするより人と話す方が大事になってくるんです。楽しい時間でした」

 

 レーンは椅子に浅く腰かけて脚を伸ばした姿勢から、危なげなく器用に立ち上がった。

 ディーンも、席を立つ。

 

 

「閣下。今は気張るべき時期だとは思いますが、あまり無理はなされないように。……常に格好をつけるばかりだと、どこかでへし折れます。たまには気楽にやるのも、大事ですよ」

 

 

 最後にそう言って、商人レーンはゆったりと大広間から出ていった。

 

「……皆が私を格好つけだと言うように思う。オルソン、私はそんな風に見えているのか?」

「ええ、まあ多少は」

 

 若き文官は、涼やかな容貌に上品な笑みを浮かべる。

 

「お止めしても、大いに無茶をされますしね」

「……む」

「ですが私は、都で不愉快な書類を捌いているよりずっと楽しいですよ。きっとゲイリー様も、他の者達も」

「それは褒め言葉と思っていいのか?」

 

 爽やかな笑い声は、大広間の高い天井へと吸い込まれていった。

 

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