大河川の都ク・アリエ攻略の、前段階のお話です。
4話構成となります。
大陸東方。
涼しくも緩やかな昼の風が木々の間を吹き抜ける、とある小さな山の中。
そこではそれぞれ風体がまったく異なる、四人と一羽が顔を突き合わせていた。
「へー、この丸石が例の魔力を無効化する業を……ねぇ。本当に本当かなー?」
戦神騎士の魔術士イオは、同盟者である諜報集団"砂粒"が持ってきた手紙を読みつつ丸石を観察して、思わず疑問の声を上げた。
騎士団の古参である魔術剣士ジェラルドからの、探究の国ラガニアにおける成果を改めて詳細に記した手紙である。
ローランとグリムロ副長がラガニアの探究者達と協力して探索した、"闇の廃都"。
その王城を守っていた石の戦士達。最精鋭。そして、石の英雄。
彼らが行使していた風の業と、魔力を無効化する業。
それが再現出来れば、オズワルドの飛竜への対抗策になりうる。
しかし、過度な期待はせずに各々の道のりを邁進するように。
手紙には老賢者らしい厳かな達筆で、そういう内容が書かれていた。
さらに手紙と一緒に、その石の戦士達を動かしていたという平たい丸石が、"砂粒"の少女によって運ばれてきている。
無傷の丸石が三個、破損品が二個だ。
「魔力を無効化って……そ、そんなことホントに出来るの!?」
「嘘くせぇ。こんな石ころでか?」
イオの同行者二人が揃って、怪訝な反応を返してきた。
背丈が人間の膝ほどの亜人であるノームの少年、フィン。
今は無き山岳国家ビードの最精鋭"山騎士"の青年、ヘクター。
ノームのフィンは自身の小杖を薄茶色の短髪に触れさせて念じ、魔力を集めた杖先でおそるおそる丸石をつつく。
山騎士ヘクターも、相方の怪鳥レティーシャが青白く輝かせた羽毛へ丸石を押し付けた。
「……あれ? イオ、おいらの魔力消えないよ?」
「レティの魔力も一切消えねえ。当然だろうな。この石一つでそんなことが出来たら、誰も苦労しねえよ」
「こらこら、二人ともー? あたしの話聞かずに先走らないようにね。まだお手紙ちゃんと読み終えてないから」
とりあえず要点を流し読みしたジェラルドの手紙を、イオはじっくりと読み直す。
"闇の廃都"の王城内であった諸々の事柄や、探究者達によって試みられた多くの検証。
それに関する、当事者であるローランやその従者の意見。
最年長の戦神騎士であるジェラルドや、西方のエルフ達の意見。
「……ふむふむ。つまり、今の丸石はただの石ころ状態ってことかー。だけどこの石がもしかしたら、すごい業の手がかりになるかもしれないんだってさ」
「そういうことみたいよ、イオさん。北方の同朋曰く、石の英雄様は偵察にやってきた三頭の飛竜のうち二頭を風の業で撃ち落として、手傷を負わせたって言ってた」
「ほぉー。じゃあ、本当に飛竜への対抗策にはなるってことだね。石の英雄って人も、決戦に協力してくれるかもだし。……ローランの奴、大手柄じゃん」
「良かったね。これでようやく、勝ち目が見えてきたんじゃないの?」
「あー……そうかも」
"砂粒"の少女がどこか嬉しそうに語る様を眺めながら、イオは側頭で束ねた茶髪の房を弄った。
風の業と、魔力を無効化する業。
風の業が飛竜の魔力の鎧を貫通出来ることは、既に立証されている。
ならばきっと、魔力を無効化する業も有効なのだろう。
ジェラルドの書きぶりでは、"闇の廃都"はそういった業を有していたが故に飛竜によって滅ぼされたのだろう、と予測されていた。
イオ自身も、手紙を読む限りではそう思える。
しかし、自分は魔術士だ。
これまで鍛え上げてきた魔術以外の業で、飛竜を討ち取るなど。
「んんー。まあ、今はあくまで可能性の一つだし」
イオは自分に言い聞かせるように呟きながら、読み終えたジェラルドの手紙を、山騎士ヘクターに渡した。
「ちっ。魔術士らしい手紙だな。回りくどい書き方が、俺の先輩にだいぶ似てやがる」
「何を言いますやら、ヘクターさんや。ジェラルド様のお手紙は、魔術士としてはめちゃくちゃ簡潔だよ。あたしの書く手紙、次から読ませたげよっか?」
「お断りだ。お前の手紙なんざ、読まなくても絶対ダルい内容なの分かりきってんだよ。冗談キツいぜ……ったく」
ヘクターは怪鳥に寄りかかって自身の無造作で長めな黒髪をかき、灰色の瞳を細めて手紙を読み始めた。
フィンもまた、馬より背丈の高い怪鳥を身軽によじ登り、ヘクターの肩口からつぶらな黒い瞳で手紙を覗き込む。
怪鳥レティーシャが長い首を伸ばして、フィンの右目をいつも覆い隠している前髪を、嘴で優しく寄せた。
山騎士とノームの視線が、手紙を上下左右に往復する。
「……長々書いてるが結局のところ、石の戦士達とやらの業を使う方法が今は分かんねえから、あんま期待せずにやることやれってことか?」
「そんな感じだねー。あと『前向きな強い想いがある人間の死に反応するのかも?』って発想を、"廃都"のお城の様子からローランの従者が思いついた、と。……でもまあ、この辺の仕組みを調べる血生臭い実験はラガニアの領分だね。あたしら戦神の軍はすべきじゃない」
「む、難しい。おいらじゃまだよく読めないや……」
「あとでしっかり読み聞かせてあげるよ、フィン。きみが特に興味ありそうな部分だと、石の戦士達についてかな。この丸石やそれが入った石像を、"闇の吹き溜まり"の侵食をほぼ受けない状態でずーっと維持してて、しかもすっごく強かったんだって」
「"吹き溜まり"の侵食を!? と、とんでもないね、これ作った人間達……そんな業、おいら達ノームの間でも聞いたこと無いや。闇は放っておくと、大地だって簡単に深いところまで腐らせちゃうのに……」
フィンは目を輝かせて感嘆の息を吐き、手に持ったままだった丸石を指先でとんとんと叩く。
しかしすぐに眉をひそめて、中性的な顔立ちに難しい表情を作った。
「……やっぱり東方の大地にはない石だと思う。イオと一緒に見てきた山々だって、こういう石を抱えてる気配は全然なかった。こんな平たいのにかなり硬いし。あと、ほんの少しだけ何か神聖な感じがする。ホントのホントに……ほんの少しだけ」
「手紙の限りだとエルフは何も感じなかったっぽいけど……流石は大地と語らう種族。こっちの砕けてる奴はどうよ?」
イオは鋭い観察眼を持つノームの少年に、砕けた丸石の破片を手渡した。
フィンはまた右目を覆い隠すように垂れた前髪に構わず、無傷の丸石と破片とを見比べる。
「うーん、砕けてる方は神聖な力が完全に消えて……いや、そんなことないや。残滓くらいの神聖さはある……ような?」
「なるほどなるほど。じゃあ全部大事に持っとかないとだね」
「面倒くせえな。石ころの話はもういいだろ。どうせこの山でいくら頭ひねっても、すぐ便利な業が使えるようにはならねえんだから」
ヘクターがイオとフィンのやり取りを両断し、畳んだ手紙をイオへ投げ返した。
「で、俺達の行き先はどっちだ? 太陽の国シンガか? 大河川の都ク・アリエか?」
粗野な雰囲気を持つ青年は声を低め、武の気配を重たく発して、"砂粒"の少女へ問いかける。
人鳥一体で"百人力"を謳われる、山騎士に相応しい武の気配だ。
だが、重たい気配を突きつけられた少女は、戦神の民らしく何の動揺も見せずに答えた。
「ジェラルド様曰く、イオさん達はク・アリエに楔を打ち込め、ですって」
「……え? えぇぇっ!?」
"砂粒"の回答に、ノームのフィンが声を裏返す。
山騎士ヘクターもまた、自分で問いかけておきながら、呆気にとられたように口を開いている。
やっぱりそう来たか。
イオの感想は、それだけだった。
古参のジェラルドからは予め、「シンガとク・アリエのどちらにも迅速に向かえる地点で待機しろ」と伝えられていた。
その上で自分の同行者が怪鳥に跨る山騎士と小柄で珍しい亜人のノームということを踏まえれば、大量の人や物が雑多に集まる大商業都市のク・アリエに向かわせる方が無難である。
シンガの街や戦場で活動するには、この一行はあまりに悪目立ちし過ぎるからだ。
旗頭のノーラが西方のエルフ達から手に入れて寄越してきた容姿を欺く首飾りだって、ノームのフィンが身に着けても非常に小柄な背丈は誤魔化せない。
怪鳥のレティーシャも同じだ。
強力で大型な魔物をただの平凡な馬に無理なく見せることは、エルフ達でも困難らしい。
「そんで? ジェラルド様自身はやっぱりシンガに行って、五枝水軍相手の戦に加勢するの? ローランもザリアの"霊狼"行きのまま?」
「そうみたい。ジェラルド様はとりあえず徹底抗戦派の第一王子と、前線を指揮する太陽騎士三人にだけお話を通して、あとは勝手に暴れるって」
「勝手にって、おいおい。戦神の軍は見返りのためにシンガに助力する、って方針じゃなかったのかよ。その第一王子と正式に契約交わして、それで連携取るのが筋じゃねえのか?」
「戦争中に後継者争いやってるような王子には、何も期待しないって言ってたらしいわ。シンガがオズワルド側に転ばなければ、それで良しとするんだとか」
"砂粒"の説明にヘクターはそうかよとぼやき、フィンは落ち着かない様子で前髪を弄った。
「その、すごい思いきった人間だね……ジェラルドさまって人は。最悪、川の民と太陽の国に挟み撃ちされるんじゃ……?」
「うーむ、そこは別に心配してないかな。グリムロ副長ほどじゃないけど、あのお爺様は戦神騎士の上澄み中の上澄みだからね」
「……氷の魔術使うクソジジイだろ? 俺達ビード相手にも暴れ回ってやがったな」
「まあね。あとローランがやっぱりシンガより"霊狼"を優先するのも、上手くいけばめちゃくちゃ心強い仲間になるだろうから分かる。……けど、あたしらク・アリエ行きかー」
イオはむむむと唸った。
"砂粒"の少女が伝えてくれたジェラルドの考えには、共感できる。
いくら太陽の王が急死したとはいえ、妃腹の長男で王位継承の正統性があるのに、国難の最中に後継者争いをしている。
もうその時点で、第一王子にろくな器量が無いのは確かだ。
助力の見返りに東からのオズワルド牽制を頼んでも、土壇場で飛竜に怖気づく可能性が高い。
そして、シンガを攻めている五枝水軍は戦線を伸ばしつつ、分が悪くなればさっさと川へ逃げ込むような動きを繰り返して、じわじわ押してきているらしい。
後継者争いによるシンガの指揮系統の混乱を利用した、いやらしく面倒臭い戦法である。
さらに大陸有数の大商業都市であるク・アリエから、ひたすら傭兵や物資の支援がされているという。
となれば自分達と、ザリアでの用事を終えたローランがシンガに加勢しても、簡単に水軍は大人しくならない。
痺れを切らしたク・アリエがオズワルドに飛竜を頼めば、シンガはもちろん、現状対抗策を得ていない自分達も敵わない。
「いや……シンガどうこう全部抜きにしても、どの道ク・アリエは邪魔かな」
それは来たるべき決戦の形が、北方からの速攻になるだろうから。
旗頭のノーラは東西の大勢力に恩を売って大陸中央を牽制させつつ、北方か南方より攻めると戦神の軍の方針を定めている。
だがオズワルドの都へ一番近い上に、飛竜を蹴散らした石の英雄までいるとなれば、もう北方で決まりだ。
南方から大砂漠を越えて都へ北上するのは、そもそも現実的じゃない。
全盛期のフォルラザでも不可能だった。
得体の知れない難敵がいる限り、オズワルドは飛竜を失うことを恐れて、"闇の廃都"周辺への干渉を躊躇するだろう。
だから北方に集結して大河川を渡り、迎え撃ってきた飛竜を片っ端から討ち取って、勢いのままに都を攻め落とす。
石の英雄の話が入ってきた時点で、ノーラも他の戦神騎士達も同じことを考えただろう。
しかし、そうなれば水上戦に優れた川の民の大派閥がオズワルド側についているのは、とても鬱陶しい。
「やっぱり誰かがやらないといけないこと……だよね」
イオは小さく呟いた。
今後のことを考えれば遅かれ早かれ、戦神騎士の誰かが大河川の都ク・アリエへ行って、動きを抑えなければならない。
その役割を引き受けるのが自分、戦神騎士イオというだけの話である。
とはいえ、戦力は三人と一羽のみ。
「……ちなみに"砂粒"さん。ク・アリエを攻略するための、ジェラルド様の秘策は?」
「『それを考えるのは、イオの役目だな』ですって」
「おい、ふざけんなよ……ただの丸投げの無茶振りじゃねえか。馬鹿にしやがって」
言いたいことを代わりに全部言ってくれた、率直な青年ヘクター。
おかげでイオは、かえって冷静になった。
かつてフォルラザがあった頃、自分はこの大陸東方を何度も放浪した。
あの頃の放浪によって得た繋がりは、今の再起と復讐の道のりに大いに活かされている。
フォルラザ滅亡後に手に入れた人材だって、山騎士ヘクターとノームのフィンだけではない。
信用できる仲間達に色々なことをお願いして、広い範囲で別行動を取ってもらっている。
そういう成果は今まで魔術士として広げてきた、見識と交友の賜物でもある。
だがそんな自分も、オズワルドの実質的属国であるというク・アリエだけは警戒して、これまで一度も行ったことが無かった。
湖上の大商業都市。
自然と口元が緩む。
魔術士は、知らないことを知ってこそなのだ。
戦神の民は、強敵を己の力でねじ伏せてこそなのだ。
「どうせジェラルド様はあれでしょ? 『心躍るではないか』とか言ってたんでしょ?」
「言ってたみたい」
だよねー、とイオは"砂粒"に返す。
あの老騎士は、そういう人だ。
共に放浪したこともあるから、分かっている。
考えに考え尽くした果てに、合理的に開き直るのだ。
シンガへの態度がまさにそれである。
ク・アリエの攻略もあれこれと考えた結果、丸投げの無茶振りでよかろうと結論を出したに違いない。
だが。
『楔を打ち込め』
ジェラルドはそう伝えてきた。
攻め落とせ、ではない。
ならばきっと、やりようはあるはずだ。
それも、戦神に胸を張れるようなやりようが。
「うむ、了解! あたしらは、ク・アリエに楔を打ち込むよ」
「イ、イオ……本気なの? おいら達だけで人間が大量に集まってる、湖の上の街をどうにか出来るの……?」
「全然分かんない。でも、現地の"砂粒"達だって協力してくれるだろうしね。どうにかこうにか頭捻って、それで何とかするよ」
「……どこから沸いてくるんだ、その自信は?」
「あたしの中。まあ、とにかく現地に行ってみてから色々考えよう」
「はぁ……戦神騎士どもは戦狂いだと思ってたが、その上で常に酔っ払ってるらしいな」
「今さら気づいたの? フォルラザが滅んでもまだあがいてるって聞いた時点で、普通気づくでしょ。そうだよ、あたしらは酔っ払い。前を向いて歩きながら、器用に都合の良い夢を見てる」
山騎士の恨めしい罵倒へ適当に応じ、イオは身体を伸ばす。
その後、"砂粒"の少女から、他の地方の情勢も聞き取った。
大山脈の村々で飛竜が暴れたという話に、ヘクターが激怒。
フィンが故郷の長老に対して大陸各地の情勢を報せたいと、"砂粒"に頼んだ。
「暴走した飛竜とその騎手を南方総督が直々に裁いた、か。やるじゃん第四王子。そこまで本気なら、南方の攪乱はそろそろ限界かもねー」
「はっ、木偶の騎手の首を晒したからって何だってんだ。飛竜の首を晒せよ、腰抜けが」
「それが出来たらあたしらも苦労してないってば。ま、今はこんなところか。何か望みはありますかね、"砂粒"のお嬢さん?」
「フィン君を抱かせてっ!!」
「えぇ、またかぁ……」
"砂粒"の少女は満面の笑みでノームのフィンを抱き上げ、抱きしめ、何やらきゃっきゃと独り舞い上がって。
そして何事もなかったかのように去っていった。
「す、すごく疲れた……」
「今までの街でもあったことじゃん?」
「それでも疲れるものは疲れるんだって!」
「あはは」
「くだらねえ……女って奴は分かんねえな」
「男でもフィンをかわいがろうとする人はいたでしょ。そのまま連れ去ろうとする不届き者もね」
「ああ、そうだったな。なおさらくだらねえ」
ヘクターはどうでもよさそうに吐き捨てて、木に立てかけてあった黒鉄の斧槍を手に取った。
イオを睨みつけてくる青年の灰色の瞳は相変わらず熱く、殺意が混じっている。
だがその奥には、僅かな揺らぎがあった。
その揺らぎが何なのか、イオには理解出来る。
圧倒的な戦力差。
あまりにも異質な戦地。
「……ねえ、ヘクター。約束、ちゃんと覚えてるよね? 『あたしがきみに勝ち続けてる間は……』」
「けっ……うるせえな。いちいち確認されなくても分かってる。ビードの山騎士を見くびるんじゃねえ」
「流石。お互い、道半ばで終わりたくないもんね。だから絶対、成功させよう」
イオがかけた発破にヘクターはそっぽを向き、軽い手振りだけで応じた。
「おいら達で都一つを何とかする、かぁ……っ、ドキドキしてきた。も、もしもこれが上手くいったら……」
「ふふん、あたしら間違いなく英雄だね。絵本になっちゃうかも」
「え、絵本に? お、おぉ……!」
「なるわけねえだろ……誰がどの立場で描く絵本なんだよ」
「あはは、まあまあ。道中は気楽に行こう? というか単純にワクワクしない? 湖の上にある街なんてさ」
「それは……うん。おいら結構気になるかも」
「でしょ? レティもそう思うよねー?」
怪鳥のレティーシャがイオに対して、コココと楽しそうに笑った。
ヘクターがわざとらしく大きなため息を吐き、斧槍を肩に担いで自身の相方に跨る。
フィンも、レティーシャで移動する際の定位置であるイオの背負い袋の中へ納まった。
イオはもちろん、ヘクターの後ろで相乗りだ。
「よーし。んじゃあ気合入れて……戦神の軍出発!!」
レティーシャが鋭く鳴き、山の斜面を駆け上がり始める。
相変わらず多少の障害物や悪路などものともせず、速度どころか歩調すら乱さない。
こうしてただ斜面を走るだけならば、平地の馬よりも揺れが少ないほどだ。
山岳戦最強を謳われる魔物に相応しい、快適な乗り心地である。
「呑気なもんだ。本当に俺達で、大河川の都を攻め落とすつもりなのか?」
「"攻め落とす"んじゃないよ。"楔を打ち込む"んだよ」
「どう違うってんだ?」
「そうだなー。違わないかもしれないし、違うかもしれない」
「……ふん。いつもそんな態度だな、普段のお前は」
「そう言うきみはどうよ? 怖い? 逃げたい?」
「舐めるな。誰が逃げるもんかよ。ク・アリエからも、お前からも」
山騎士ヘクターは背中越しに鋭い視線を、イオへと向けてきた。
自身の兄を殺した、戦神騎士へと。