戦神騎士物語   作:神父三号

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4月から生活環境が変わる関係で、イオ視点終了後は更新ペースが落ちると思われます。
込み入った物語だというのに、申し訳ありません。
お時間のある時にお付き合いいただければ幸いです。



第45話 イオの道・大地と語らう者

 時は遡る。

 

 戦神騎士イオが大商業都市ヴァルゲンから大陸東方に入って、それなりの日数が経った頃。

 

 後輩のローランが探究の国ラガニアと協力し、北方の"闇の廃都"なる怪しい場所の探索を終えて、そのまま帰国後に戦神騎士の古参ジェラルドと合流した。

 有益と思しき成果物あり。

 風の業や、魔力を無効化する業の存在が判明。

 そんな情報を、旧き同盟者"砂粒"がイオの元に運んできた頃のことだ。

 

 イオはその時点で既に東方の小国や商業都市を巡りつつ、文武の有用な人材を見つけては交渉し、時には決闘や討論までして仲間に引き入れるということを繰り返していた。

 

 そうして得た信用出来る仲間達に対して、イオはそれぞれに適した仕事を頼んだ。

 さらなる人材の情報を集めるために、あるいは自身の研鑽のために、東方各地へ散ってもらう。

 竜神の国オズワルドの南方統治を攪乱する、戦神騎士ウィルフレッドの助力に向かってもらう。

 各地へ散った仲間達とは時折合流して、情報や意見を交換することもあった。

 

 長く険しく、しかしどこか楽しく騒々しい、イオにとっての再起と復讐の道のり。

 

 集めた仲間達は合流する度に、諜報集団である"砂粒"とはまた視点が違った、彼らなりの話題を持ち寄ってくる。

 辺鄙な場所で隠棲しているという、面白そうな人材の話。

 情勢の乱れに乗じてやろうと旗揚げした、野心ある若者達の話。

 一風変わった作物を育てることに挑戦しようとする、小さな村の話。

 

 そして大陸東方で急激に名を上げ始めた、"百人力"の傭兵の話。

 

「まあ、とりあえずはこんなもんかなー」

 

 そうしている内にザリアの高原地帯以南での活動には、おおよその目途が立った。

 

 本当に信用出来る者しか、仲間にしない。

 自分が直接対面した者しか、仲間にしない。

 有力な国に仕える者は、仲間にしない。

 賊の性根が染みついた者は、仲間にしない。

 

 そういう条件の下で行動していると、どうしても集められる者は限られてくるのだ。

 厳しい目で見定めてきた結果、イオがこれまでに得た人材は十五人ほどしかいなかった。

 

 だが、それでいいとイオは思っていた。

 信用出来ない千人よりも、信用出来る十五人の方が遥かに有益なのだ。

 

 かつて戦神の国フォルラザが攻め滅ぼして吸収した、南方諸国の兵士達。

 オズワルドとの大戦の最中、士気が皆無な上に隙あらば裏切ろうとしてくる彼らの扱いに同朋のウィルフレッドが非常に苦労していたのを、イオはよく見知っていた。

 そもそも戦神の軍の兵数を水増しして盛ったところで、飛竜の前では何の意味も無い。

 戦神騎士と肩を並べる強者も、飛竜相手に勝敗を覆せる知恵者も、そう簡単には見つからない。

 

 だからイオが仲間に求めたのは、武力や知力よりも度胸だった。

 

 戦場においては、飛竜や大軍を前にしても毅然とした態度で、取るべき行動が取れる者。

 戦場の外では、大陸中央の覇者オズワルドに物怖じせず、確かな仕事が出来る者。

 それを念頭に置いて集めていって現状で十五人というならば、充分な数だとイオは思っていた。

 

 彼らの役割は数合わせの雑兵ではない。

 来たるべき決戦の際には主力の戦神騎士達を戦場の内外で大いに支える、重要な存在となるのだから。

 頭数を揃える段階に入るのは、ずっと先の話である。

 

 

「よしよーし。んー、一区切りついたってことにしますか」

 

 

 そう感じたイオは一時の休息代わりに、ノームの友人達へ会いに行くことにした。

 

 ノームは主に山で暮らすドワーフと違い、平地の目立たない洞穴の奥で暮らす亜人である。

 人間の膝ほどの背丈の彼らは外見に違わず非力で、また臆病で警戒心が強く、人間どころかエルフやドワーフすら怖がって、ほぼ関わろうとしない。

 そして中々に俊敏であり、捕まえようとしてもすぐに巧く逃げていく。

 だから種族としての業も、世には知られていなかった。

 

 大地に対する極めて鋭い感覚を有し、僅かな振動から他者の存在を察知して、地下の水脈や空洞の在処を的確に把握する力。

 石や土に変化をもたらす、独自の魔術。

 

 大地と語らう。

 

 友人達はノームの感覚について、イオにそう説明した。

 エルフが木と対話できることは、魔術士の間では有名である。

 それと似たようなものなのだろう。

 

「そうかい。とうとう滅んじまったかい」

「うん。滅んじゃった」

「仕方無いね。人間の生き方は分からないけど、アンタ達散々滅ぼしてきたんだろう? その果てに、滅ぼされる側に回っちまっただけだね」

「うん。あたしもそう思うよ、マーサ」

 

 探究の国ラガニアの領土の西端から少し離れた、開けた野原。

 快晴の空の下、青々しい草木が心地よさそうに風に靡くのを、イオはノームの女性マーサと平たい石に並んで腰かけて、ぼんやりと眺めていた。

 

 足元の草むらには一見して分かりづらい、小さな洞穴。

 地下深くにある東方最大のノームの集落へ続くという、入口の一つだ。

 以前に預かっていた赤い石を洞穴に投げ込んで半日ほど待っていると、マーサがひょっこりと顔を出してきた。

 

 ノームとの繋がりはイオにとって密かな自慢であり、しかし未だ同朋達にすら明かしていないものだった。

 

「イオ、今は何してるのさ?」

「戦神騎士の生き残りが、あたし入れて十人いるんだよねー。それに兵士達もまだ結構残ってくれてる。その上で新しい仲間を集めて、竜神の国へ復讐を狙ってるとこ」

「……アンタ、最初に仕掛けたのは自分達の方だってさっき言ってなかった?」

「そうだよ?」

「それで歯が立たずに蹴散らされて、仕返しされて敗けたら、今度は復讐かい」

「そうだよ? とんでもなく理不尽な逆恨みしてるね、あたしらは」

 

 イオは腰の巾着袋から飴を一つ取り出して、隣に座るマーサに渡した。

 マーサは薄茶色の束ね髪を手でどけ、包み紙を広げてすぐさま飴を食べた。

 噛みしめられる飴の粘っこい水音が、風の音に混じって小さくイオの耳をくすぐってくる。

 

 このノームの女性マーサとはフォルラザの滅亡よりだいぶ前、気まぐれに東方を旅する最中にちょうど、今いる野原で出会った。

 実際に最初に出会ったのは、彼女の息子フィンである。

 

 イオが道中で出くわした旅商人から高値で買った、香ばしい干し肉を食べている時に、フィンが足元からおそるおそる声をかけてきたのだ。

 そんなフィンをどついて洞穴の中に連れ戻そうとした母親のマーサを、イオは咄嗟に呼び止めて軽く話をした。

 

 イオがノームの母子と話したのは、他愛も無いことばかりだった。

 天気の話。自分自身の話。家族の話。友人達の話。

 

 人間を怖がるとされる亜人との、一度だけだったはずのささいな繋がり。

 

 しかしそれはノームの側から渡された赤い石によって二度目を生み、三度目四度目を生み、話も深い内容になっていった。

 人間の世の中の話。ノームの世の中の話。

 自分達の生き方や考え方の話。他の亜人の話。

 戦神の国フォルラザの話。ノームの業の話。

 

 そして今この時が、五度目の繋がりである。

 

「……んぐ、ご馳走サマ。アタイには全然理解出来ないけど、アンタ達戦神の民ってのはそういう生き方をする人間なんだろ? まあ、それならそれでいいんじゃないのかい」

「うん、あたしもそう思ってる。飛竜へ復讐した後どうするかとかは、全部終わった時に考えようかなって」

「だろうね。どうせ、飛竜になんて敵いっこ無いしね」

「そうかなー?」

「そうだよ。アタイとアンタ、三倍以上背丈が違う。アンタと飛竜じゃ、何倍大きさが違う?」

「大きさが全てなら、この大陸で一番強い存在は山になるね」

「カッカッカ」

 

 イオの屁理屈をマーサは朗らかに笑って受け止め、しかし真剣な眼差しで見つめてきた。

 

「だけどさ。大敗けして、アンタ並の人間はもう十人しかいないんだろ? 前は百人以上いるって自慢げに言ってたじゃないか。……それがたった十人に減って、どうやって飛竜に勝つってんだい?」

「それを考えるために、また改めて旅をしてるんだよ。だけど旅してるのはあたし一人じゃない。生き残った戦神騎士十人が大陸中に散らばって、それで戦神の軍が飛竜に打ち勝つ方法を見つける旅をしてるの」

「…………」

「戦うのだって、何も十人の戦神騎士だけじゃない。生き残った同朋の皆、大陸各地で見つけた新しい仲間達。ま、どうにかなるんじゃないですかねー」

「カッカッカ! そうかいそうかい、どうにかなるか! カッカッカッカ!!」

 

 マーサがえくぼを浮かべて、大きく笑う。

 

「……マーサ。大陸はもう荒れ出してるよ。南方と中央とで、あたしらがすごい規模の大戦を起こしちゃったから。東方も西方も北方も、人間の勢力はその影響が出てきてる。ここから北にある太陽の国は川の民と激しくやり合い始めたし、大陸西方の月の国でも北方との大戦の予兆がある」

「太陽と月、ね。アンタ達の大戦に引きずられて、大陸中がマズいことになってるってのかい」

「うん。この辺の小国だって戦争してるところはしてたし、旗揚げして何かやろうとしてる人達も結構いるみたい。というか生き残ったあたしらの存在自体も多分、色々と荒れる要因になってるんだよね。……あなた達ノームにとっては、本当に傍迷惑だね」

「……アタイ達も、人間の世の乱れは何となく感じてたよ。探究の国とやらの燃える雨が、久しぶりに野山を燻してたから」

「みたいだね。あの国は中断してた他の研究も、多分色々再開してると思う。あたしの後輩も協力させられてたし」

「燃える雨以外にも、何かがこの野原を脅かすって?」

「んー、あるかも。探究の国じゃなくても例えば……『この広い野原を活かして作物を育てたい』って思う人間の集まりが複数出てきたら、奪い合いになるでしょ? 奪い合いが終われば、野原は片っ端から耕されて農地にされる。洞穴も塞がれちゃう」

 

 笑顔を一変させて今度は不愉快そうな表情を浮かべ、自身の膝をパシパシと叩くマーサ。

 イオはどこか可愛げのあるノームのふくれっ面に頬を緩め、厚めの手紙の束を差し出した。

 

「何だい、こりゃ?」

「大陸東方で、今後も中々人間の手が入ってこなさそうな場所。それでいて、ノームの役に立ちそうな場所を地図で書き出してる。あたしが知ってる範囲で、だけどねー。この手の場所を探すのは、あなた達の方がずっと上手いだろうけど……でも人間の目で見た場合の意見があると、参考にはなるでしょ?」

「フン、ありがとうよ。面倒な話だね」

「そうだね、本当に」

「……人間は大地のことなんてろくに知らないし、上っ面すら満足に活かせない。なのにそんなに必死に取り合って、何が楽しいのかね。上っ面も活かせないものを巡って、お互いに殺して、殺されて……」

「それは上っ面だけ手に入れても、人間にとっては割に合うからだよ。あるいは、上っ面の大地に築き上げられてるものが欲しいからかも。その有り様が許せないからって理由もありえるし。あたしら戦神の民の場合は、戦神に勝利を捧げるって信仰のため」

「だから殺し合う。アンタが前に言ってた『人間は生き方と考え方の違いでぶつかる』って話か」

「そういうこと。……ごめんねー。久々に会いに来たのに、辛気くさい話ばっかしちゃって。だけど長老様にもその地図見せて、今後のことをしっかりと相談しておいてほしいんだ。洞穴の位置を作り直さないといけないかもしれないから。もしかしたら、お引っ越しも」

 

 マーサはどこか虚しそうな表情で、イオが手書きした地図を一枚一枚眺めていった。

 心地良く吹く涼風と共にしばしの沈黙が、二人の間に流れる。

 

「……よく出来てるよ、こりゃ。長老サマ達の話してた場所がだいたい載ってるみたいだし、話してなかった場所も載ってる。東方の皆で、共有する価値があるもんだと思う」

「ふふーん。こう見えて超一流の魔術士ですから」

「カカカ……そんで? 人間の争いはこれからどんどん凄いことになっていって、アンタのこの地図が大いに役立つほどになるって?」

「なるかもね。だって人間の世の中が荒れた時、皆が夢中になるのは土地の奪い合いだろうから。それを嫌った人間達も『荒れていない場所に行こう』『穏やかに暮らせる場所を見つけよう』って考えて、結局は新しい土地を求める。そうなれば平地の洞穴で暮らすあなた達ノームは、どんどん居場所が無くなっていく」

 

 イオの言葉にマーサは感情の読めない表情を形作り、視線を逸らさず無言の応答を返した。

 

「人間のあたしがこんなこと言うのも勝手で失礼な話だけど……仮にこれからもっとあなた達の居場所が減っていけば『人間もエルフもドワーフも全部苦手。関わりたくない』じゃ通用しない時代がやってくるかもしれない。だから、あたしの地図はその準備のためにも使ってほしい」

「……フンッ、小娘が。何でもかんでも分かった風に語るんじゃないよ」

「あれー? マーサちゃん、ノームは人間と寿命ほぼ違わないって言ってなかった? 小娘呼ばわり出来るほどあたしと歳離れてないでしょ」

「ああそうだったね、若作りが」

 

 人間とノームは、二人で笑い合った。

 

「はい、フィンと旦那さんにもこの飴食べさせてあげてねー。長老様にもよろしく。じゃあね、マーサ。飛竜に勝ったら、また会いに来るよ」

「……待ちな、イオ」

 

 マーサは岩から腰を上げたイオを呼び止め、しかし洞穴の中へと潜っていった。

 そして。

 

「うぎゃっ! か、母ちゃん何するんだよぉ!?」

「淑女二人の話を盗み聞きとは随分と偉い男になったもんだね、フィン」

「『真面目な話になるだろうからすっ込んでろ』って言ったのは母ちゃんだろ!?」

「すっ込んで盗み聞きしてろとは言ってないよ。……まあちょうど良かった。来な」

「いたた! み、耳引っ張らないでってば!」

 

 マーサが息子のフィンを引きずって、洞穴の中から這い上がってくる。

 

「イオ、これからも東方中を回るんだろう?」

「んー? まあ、そうなるかな。次はザリアより北の小国やら商業都市やらを回るつもり。そこから先どうするのかは、同朋と相談しないとだけど」

「だとさ、フィン。冒険の始まりだよ」

「……え? えぇぇっ!?」

「地図の束の見返りだ。こいつを連れてきな」

 

 イオは呆気に取られて、マーサの笑顔を眺めた。

 

「そりゃー……何とも急な話ですな。フィンは一人息子じゃなかったっけ?」

「そうだよ。だけどアタイがアンタにしてやれることは、このくらいしかない。本当はアタイ自身がついてってやりたいけど……フィンの方がアタイより素質あるからね」

「……報復で飛竜がやってくるかもしれないよ?」

「来ないね。変わり者のガキ一人がアンタに味方しただけで洞穴に口先突っ込むほど、飛竜もみみっちくないだろ」

「な……! なっ……!?」

 

 マーサに首根っこを掴まれて、イオの眼前に突きつけられた彼女の息子フィン。

 長い前髪に隠れていない少年の困惑した左目が、自身の母と人間の魔術士の間を往復する。

 

「まあ、アンタがたまに何か買い与えてやってくれりゃいいよ。美味い食い物か、変わった品物か。それでコイツも文句は言わないさ」

「いや、言うよ!? バリバリ文句言うよ! 母ちゃん、おいら別に冒険とか……!」

「へえ、そうかい。しょっちゅうコソコソ外に出て、人間の落とし物を部屋に持ち帰ってる癖に。錆びた短剣とかぶかぶかの外套とか、ありゃ何だってんだい」

「ぅぐっ……!」

 

 フィンが後ろめたそうに、唇を噛む。

 息子の隠しきれない憧れを、母は優しい眼差しで笑った。

 

「何なら道中で人間の字の読み書きも教えてもらいな。読めない絵本眺めて部屋でニヤニヤしてるの、アンタ相当気持ち悪かったからね?」

「い、いいじゃんか別に! ていうかイオの前で言うなよ!? 母ちゃんそれでもおいらの母ちゃんか!?」

「他所サマの子を無責任にイオの旅のお伴に突き出すわけないだろ。見下げるんじゃないよ」

「……マーサ。気持ちはすごく嬉しいけど、あたしのこれからの旅は人間や魔物を山ほど殺す旅になる。フィンは辛いものを山ほど見るよ? 辛いものごとに、山ほど手を貸すことになるよ? ただの見物人は、連れていけない旅なんだ」

「ああ、だろうね」

「だろうね、じゃないよ。あたしと一緒に旅するなら、フィンには相応の覚悟をしてもらう。……あたしが仲間に求めるものは、特別な業なんかじゃない。歯を食いしばって、自分の意志で一緒に歩んでくれる度胸なんだよ。マーサに強制されたから、人間の世に憧れがあるから……それだけじゃ、フィンはどこかで挫けちゃうかもしれない。挫けた子が立ち上がるのをいつまでも待ってあげるほど、あたしはお人好しじゃないからね」

 

 真剣な表情で声を低め、武の気配を滲ませたイオ。

 ほぼ脅すような制止に対して、マーサは芯の通った笑みを浮かべた。

 フィンもイオの厳しい言葉にかえって勇気を貰ったかのように、表情から怯えの色が消え去っている。

 

「『関わりたくない』じゃ通用しない時代がやってくるかもしれない。……その通りだろうさ。長老サマが言ってた。『もし次にイオが訪ねてきたら、今度は誰かを一緒に行かせよう』って。アタイ達ノームの、未来を見据えてね」

「ノームの未来……おいらが、それを……ごくっ。で、でも、母ちゃんが勝手にノームの代表を決めるのは良くないんじゃ……? おいら十三歳で、まだ成人してないわけだし。まず長老さまに相談した方が……」

「だそうですがね、長老サマ」

「ホホ……フィンなら不足あるまいて」

「えぇぇっ!? 長老さまが何でここに!? ていうかいつの間にっ!?」

「ホッホッホ」

 

 少し前より上半身だけを洞穴からニュッと突き出していた、ノームの長老。

 豊かな白髭をしごく老いた小人が、今さら気づいて驚愕する少年に対して、鷹揚に笑う。

 

「まだ幼いが、フィンの才はこの集落の中でも有数。傷の治りを早める魔術とて扱えるほどじゃ。ノームの業や心構えは、ひと通り両親から教わっておる。それに、これからの若者は外の大地や人間の世をどんどん知るべきじゃとワシは考えておってな。大地の隙間を居場所とするのにも、いつか必ず限界が来るじゃろう。ノームはこれから先、少なからず他者と関わりを持ってゆかねばならぬ」

「ちょ、長老さま……本当においらでいいんですか……?」

「そう。あの大戦は、この東方の大地すら揺るがしておった。戦神の使徒と竜神の末裔……どちらの足音も大いに響き渡っておった。それだけではない。イオ殿の言うように、東方にはもう新たな"揺れ"が次々に発生しておる。そして今後、大陸全土がさらに荒れ狂っていくというのならば」

 

 フィンの問いかけを無視して、長老は厳かに語り続ける。

 皺くちゃの顔面の奥で、しかし目だけが熱い輝きを帯びていた。

 

「ワシらノームは、大地と長らく語らってきた種族。震撼する大地から目を逸らして耳を塞ぎ、そ知らぬふりでやり過ごすのも、あるべき姿ではないように思う。今こそ当事者としてこの乱世に関わり、他種族と確かな誼を結んで、未来を切り開く者が必要なのじゃ」

「あの、長老さま? おいらでいいんですかっていうか、おいらを選んだ理由は……?」

「決まっておろう。イオ殿の心からの忠告に対して、お主は怯え竦むどころか力強い表情を見せた。選ぶ理由はそれで充分。歯を食いしばって歩む度胸とて、その素質はしかと示せたろう。のう、イオ殿?」

 

 ノームの長老は目を細めて、皺くちゃの笑顔をイオに向けてくる。

 流石に集団の長だ。

 見るべきものを、しっかりと見ている。

 

「そうですね、長老様。おっしゃる通りです。……ねえ、フィン。きみ自身はどう思ってるの?」

「……おいらが頑張ればノームの未来が開けるんなら、精一杯頑張りたいよ。それにイオは友達だし、一緒に旅して戦うことがイオやノーム全体のためになるならっ……!」

 

 フィンの眼差しが、イオを見つめる。

 少年らしい、まだ幼い目だ。

 恐怖も不安も滲んでいる。

 だけど、それに敗けない果敢な意志が、つぶらな瞳には確かに宿っていた。

 

「そっか。なら、あたしもフィンに来てほしいな。一緒に戦う、仲間になってほしい」

「イオ……! おいら、おいらもっ……!」

「決まりじゃな。ではマーサ、最後の手ほどきをせよ」

「はい、長老サマ。イオ、悪いけど三日貰うよ。三日でこいつをボコボコに鍛え直して、アンタの仲間に相応しい男にするからさ」

「あ、うん」

「え? 三日で……三日でボコボコ!? ちょっ、母ちゃん待っ……!」

「カカカ、アタイも父ちゃんも誇らしいよ。変わり者の息子がノームの未来を背負うなんて。胸張って旅立てるように、揉みに揉んでやる」

「ひぃぃっ……! イ、イオぉ……!」

 

 ノームの少年の片目が、イオにすがりついてくる。

 イオはそれに、しっかりと応えた。

 

「待ってるよ。頑張れ、少年!」

「っ! う、っ……っ、が、頑張る。おいら……おいら頑張るっ!!」

「カカカカ! さあ、三日で仕上げるよ!!」

 

 少年の悲鳴か雄叫びか分からない高音が、洞穴に反響した。

 イオと長老だけが、穏やかな野原に残される。

 

「ノームの未来、ですか。……よろしいので? 私達戦神の軍がやろうとしていることは、どこまでいっても復讐ですよ。そこには怨恨と信仰があるだけで、大義も正義も存在しません」

「重々承知しておるとも。しかし、かく言うそなたらは良くも悪くも大陸全土を巻き込んでおる。そうじゃろう?」

「……おっしゃる通りです。各地で協力者を作り、敵対者を作り、そうしつつ来たるべき決戦に備えて、飛竜への対抗策や頼れる仲間を探しております」

「うむ。人間は住む場所が違えば、生き方も考え方もまるで違うはずじゃ。だがそんなまるで違う者らを、そなたらは自らの歩みでかき集めて、時にはぶつかることもあろうが、厳しい道のりを果敢に進んでいく」

「…………」

「その上、ささいな繋がりでしかないワシらを気遣う優しさすらある。……まっことに強い。まばゆいほどに。大戦を経た"イオ"という人間を改めて見聞きしておると、ワシはそう感じた」

「マーサとの話、最初から全部お聞きでしたか」

「ホッホ! ノームの業とて、洞穴の中ほどには奥深いのでな」

 

 ノームの長老が、平たい石に座るイオの隣にちょこんと腰かけてくる。

 

「しかし私が強くいられるのは、そう出来るだけの積み重ねてきたものがあるからですよ。それは集団の一員としての信仰、結束、同盟。個人の魔術士としての武力、経験、繋がり。あるがままの己が身一つだけで拠り所無く毅然とここに存在している……"イオ"はそんな都合の良い人間ではありません」

「それじゃよ。『自分はこういうものを積み重ねてきた』と誇れる新たな強さを、これからのノームは一人一人が得るべきなのじゃ。種族としての型にはまった業や生き方でない、もっと奥行きのある強さを」

「奥行きのある強さ……」

「そう、奥行きじゃ。フィンがそなた達戦神の使徒に味方すれば、その分多くの敵を作ることは分かっておる。そういうことの積み重ねによっていつか、ノームという種族が大きく割れる可能性も。しかしそれらもまた、ワシに言わせれば今後のために必要な奥行きなのじゃよ」

「種族の生き方や考え方に、多様性を作っていきたいと?」

「そういうことじゃ。……ところでイオ殿。大地はどこまで掘り下げられるか。ご存知かな?」

 

 白髭をしごく手を止めた老人が急に話題を切り替え、足元を指差した。

 イオもまた、足元をじっと見やる。

 

「……人間を縦に百人分」

「勘か?」

「勘です」

「もっと深い。どこまでも掘り下げられるのではないかと思うほどに。しかし、挑戦した者達は必ずある深さで止まってしまう。大地の下の下の下には、ワシらノームですら語らえない大地があるのじゃ」

「そんなものが大地の下に……知りませんでした」

「多くの者はそれを"ノームの限界"だと言う。ある者は"越えてはならない一線"だと言った。またある者は"単なる大地のどん底"だとも」

「……長老様ご自身は、どうお考えですか?」

「"いつか語らうべき友"。百年後か、五百年後か、あるいは千年後か。それを為すのは、一人の英雄の力かもしれん。多数の同朋の絆かもしれん。だがワシは今語らえない大地を、"いつか語らうべき友"と呼ぶ。ワシの子供の頃からの夢であり、"東方の長"と呼ばれ出してからの大目標じゃ。その"友"と語らうためにも、ノームは末永く生き延びてゆかねばならない」

 

 同じだ。

 このノームは、本質的に同じことを語っている。

 自分達戦神の軍と、同じことを。

 

 長く険しい、飛竜相手の再起と復讐の道のり。

 大地の下の下の下、語らえない大地と語らう。

 

 傍から見れば、どちらも非現実的な目標だ。

 前に進むか。

 地面を掘り下げるか。

 それだけの違いでしかない。

 

「大地の下で暮らすワシらでさえ、竜族が如何に強大な存在かくらいは知っておる。そなたらの道のりは、あまりにも長く険しかろう。しかし『いつかきっと』……そう信じて、焦らず着実に進まれよ」

 

 イオは目を閉じた。

 

 いつかきっと。

 いつかとは、いつだろう。

 

 長老の言うように、百年以上先か。

 だけど人間である自分は、百年後にはもう生きていない。

 道のりの半ばで、朽ち果てていることだろう。

 五十年後でも厳しいかもしれない。

 

 それでも誰かが遠い将来、積み重ねの果てにいつか再起と復讐を成し遂げてくれるならば。

 誰かが自分達の意志を継ぎ、いつか飛竜を打ち破ってくれるならば、それでいいのだろうか。

 再起と復讐の誓いは果たされたのだと、胸を張れるのだろうか。

 

『じゃあね、ローラン。いずれ、戦神の旗の下で』

『ああ。戦神の旗の下で』

 

 いや、それは違う。

 だって自分はあの時、同朋と誓ったのだから。

 戦神にではなく、同朋の凡庸な後輩と。

 あいつに「あんただって案外大したことなかったな」なんて思われて死にたくはない。

 あいつだけじゃない。

 他の皆にも。

 

 誰かがいつか、なんて嫌だ。

 あたしが。

 あたしらが。

 

「……いんや。あたしらは十年かけませんよ、長老様」

 

 イオは目を開いて、青く澄み渡った空を見上げる。

 

 

「だって『いつかきっと』なんて言ってるだけで人生終わっちゃったら、カッコ悪いもん。『あたしらが必ずやり遂げる』……そう言ってちゃっちゃとやり遂げた方が、ずっとカッコいいでしょ?」

 

 

 ノームの老人は、皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにして笑った。

 

「そうやって言い張れるような強さが、ワシらも欲しいのじゃ」

「あはは。欲しがってるだけじゃ、いつまでも手に入らないですよー。まずは自信満々に言い張ることからですね」

「ホホ、そうかそうか。確かに、その通りやもしれぬな」

「……フィンはありがたく連れていきます。立派になって帰ってきたら、今度は大地をどこまで掘り下げられるかにも挑戦させてあげてください」

「うむ。これはノームという種族の、新たな始まりじゃ。その先陣を切るのが、フィンだったというだけのこと。……ではイオ殿、言い張っておこう。きっとそなたが生きている間に東方のそこかしこで……いや、大陸中でノームが他種族と関わる様を見かけるようになるじゃろう。他の地方に住む同朋も、ワシらばかりにええ格好はさせんじゃろうからな」

「おっ、それは楽しみですねー」

「そして、もしも彼らが敵に回るならば、その時は全力でお相手してもらって結構。それもまた、ノームという種族の奥行きとなろう」

「ええ、もちろんそうします。あたしは戦神の民ですから。……お互い、頑張りましょう!」

 

 人間とノームは、硬く握手を交わした。

 ひゅー、と若干冷たい風が、野原を撫でる。

 

 石に立てかけてあった、戦神の杖。

 その白銀の獅子の装飾が太陽の光を浴びて、一際眩しく、力強く輝かせていた。

 

 

 

 

 

 三日後。

 

「まあ、最低限モノにはしたよ。あとは好きにしな」

「ではイオ殿、存分にこき使ってやってくだされ」

「よっしゃあ、イオ! 行こうぜ行こうぜっ!!」

「あ、うん。……大丈夫?」

 

 目が完全に据わっているノームの少年フィンが小杖をぶんぶん振り回しながら、イオの同行者になった。

 

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