戦神騎士物語   作:神父三号

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第47話 イオの道・約束

 戦神騎士イオと山騎士ヘクターが静かに睨み合う、山の麓。

 

『クアッ!』

 

 沈黙を破ったのは、怪鳥だった。

 短く鳴き、魔力を纏って突進。

 

 横に跳んだイオの顔面に、斧槍が唸る。

 

 ゴガッ。

 

 頑丈な戦神の杖が一撃を受け止め、しかしイオは大きく弾き飛ばされた。

 素早く起き上がり、敵を目で追う。

 

 山を駆け上がっている。

 逃げたのではない。

 ビードの山騎士は、山中で戦ってこそなのだ。

 

 律儀に付き合う必要など無い。

 得物が斧槍な以上、待っていれば下りてくる。

 だが。

 

「あたしはそんな腰抜けじゃない……!」

 

 沸き上がる激情が、イオにそれを許さなかった。

 全力の山騎士を、全力で打ち倒す。

 そうしてこそ、戦神騎士だ。

 

「付き合ってやる!!」

 

 イオは白銀色にまばゆく輝く杖を掲げ、鋭く振り下ろした。

 

『グルル、ガァァアァァッッ!!!』

 

 "赤獅子"が魔力で形成され、吼え猛る。

 先ほど戦の見物のために召喚した小物とは、出来が違う。

 馬より大柄な敵の怪鳥よりも、さらに一回り大きい。

 戦神の加護の恩恵を強く受けた、純粋な戦闘用の獅子だ。

 

「行け、"赤獅子"!!」

 

 イオの殺意が強く注ぎ込まれた"赤獅子"は、乱暴に山を駆け上がった。

 しかし、すぐに動きを止める。

 

「……!?」

 

 続いたイオも、木々が鬱蒼とする斜面で視線を左右させる。

 ヘクターが消えた。

 武の気配は、こんなにも充満しているのに。

 

 これは。

 

 直感と同時に顔を上げた。

 鋭い爪を剥き出した怪鳥が、頭上に迫る。

 

 ドッ。

 

 間一髪、回避。

 だが追撃の斧槍を防ぎきれず、イオは巨木の幹に叩きつけられた。

 

「ぅぐっ……!」

 

 外套の下には戦神の軽装鎧。

 並大抵の攻撃は弾くが、身体に伝わる衝撃は軽減しきれない。

 

「はっ、口ほどにもねえな!」

「あぁ!?」

 

 降ってきた山騎士に"赤獅子"が反応して襲いかかるも、怪鳥は素早く離脱していく。

 追いかけようとした魔力の召喚獣は、また動きを止めた。

 理由は明白だ。

 

「やっぱりヴィクトルの……!」

 

 木を垂直に駆け上がる怪鳥の姿に、イオは苦々しく呟く。

 

 立ち並ぶ木々を利用した、立体的な戦闘。

 かつてイオが討ち取った、ヘクターの兄ヴィクトルの得意技だ。

 イオが知る限り、山騎士でこんな戦い方をしていたのは彼だけだった。

 

 人鳥一体、その極致である。

 ヴィクトルはこの技で、若輩の戦神騎士を二人討ち取った。

 

『クアァァッ!!』

「ぶち殺してやるぜ……! クソ女!!」

 

 言い放ったヘクターが怪鳥を巧みに操り、器用に木々を跳び移らせていく。

 そして、次々に枝を斬った。

 

「っ……ガキがっ!」

 

 イオの鍛え上げられた動体視力が、落ちてくる枝を戦場の不確定要素として勝手に捉える。

 意識が僅かに散り、再び山騎士を見失った。

 武の気配が山全体を覆っている。

 しかし武の気配と通常の気配は、似て非なる物。

 ヘクターと怪鳥は、通常の気配のみを消して動き回っているのだ。

 

 戦神騎士である自分すら探知出来ない、尋常ならざる技量。

 魔力感知を試みても、怪鳥は自身の魔力を抑え込んでいるらしく、全く引っかからない。

 

『…………』

 

 イオの召喚獣は、ずっと棒立ちしたままだ。

 "赤獅子"は基本的に、術者が殺意を向けた相手に対して勝手に襲いかかる魔術である。

 術者が相手を見失うか、襲いかかれる範囲にいなければ獅子は止まってしまうのだ。

 通常の戦ではまず考慮しなくてよい弱点だが、今回のような状況ではもろに影響を受ける。

 空を舞う飛竜を相手取った時と同じだ。

 

「ちっ」

 

 イオは舌打ちして杖を振り、獅子を傍に戻した。

 自発的な行動が出来ずとも、命令を出せば"赤獅子"は動く。

 また襲いかかってきたところを、迎撃させればいい。

 

 そしてイオはさらに、"防護"の魔術を使った。

 頭上に赤い魔力の壁を、三重に形成。

 これで相手はもう、斜面からの突撃しか仕掛けられない。

 

「くだらねえ、何だその構えは! 引き篭もりの臆病者が!」

「ほざけ! 破れるものなら破ってみろ!!」

 

 降ってくる声に、イオは怒鳴り返す。

 全力の相手を討ち取るという考えは、相手も同じはずだ。

 必ず、応じてくる。

 

『クアアァァアァッ!!!』

 

 来た。斜面上方。

 速い。だがいける。

 "火球"で迎撃。

 

「こんなものぉぉ!!」

「殺せぇっ!!」

 

 イオは爆炎から抜け出してきた山騎士に吼えた。

 "赤獅子"が主の殺意を糧に輝きを強め、迎撃する。

 青白く輝く怪鳥及びその騎手と、激しくもつれ合った。

 巻き込まれた木がへし折れて倒れ、土埃を捲き上げる。

 

「おおぉぉっ!!」

 

 構わず、イオは雄叫んで"炎の槍"を連射。

 大量の火柱が敵も味方も呑み込んだ。

 怪鳥は飛竜ほどではないにしろ、強靭な魔力の鎧を持つ。

 それでも、この猛攻を凌ぎきれはしない。

 イオの魔力感知によって、"赤獅子"も相手を捉えている。

 このまま押しきって──

 

 違和感。

 

 ヘクターがいない。

 

「死ね」

 

 間合いだ。

 両手で斧槍を握った山騎士が横合いから、渾身の薙ぎ払いを見舞ってくる。

 "防護"。間に合わない。

 杖。手から弾かれたら。

 

「あぁぁっ!」

「!?」

 

 イオはあえて距離を詰めた。

 ヘクターと額をぶつけ合い、長い斧槍を無理やり躱す。

 そして二人で斜面を転げ落ちた。

 

「うぜぇっ!」

「うざいのはお前だ!」

 

 顔を殴られ、殴り返し、ヘクターに跨ったイオは"魔力の刃"を杖先に生じさせる。

 しかし咆哮を聞き、視線が横に向いた。

 "赤獅子"が突っ込んでくる。

 自分が下の男に、殺意を向けているからだ。

 

 ヘクターが酷薄に笑い、イオの胸倉を掴んだ。

 盾にされる。

 杖で獅子に命令し、止めるしかなかった。

 

「今度こそ死ね!!」

「誰が!」

 

 斧槍を振り上げようとしたヘクターの腕を、イオは無理やり掴み止める。

 魔術士とはいえ、戦神騎士なのだ。

 戦神の加護を受けた膂力は、山騎士にもそう容易く振り払われない。

 

「ぐ、ぎぎっ……!」

「こ、このっ、馬鹿力が……! クソったれ!!」

『クアァッ!!』

 

 大きく傷ついた怪鳥が主の苦戦に、鋭く走り寄る。

 "赤獅子"への命令も間に合わず、イオは撥ね飛ばされた。

 拾われたヘクターは疾走する相方へ器用に跨り直す。

 怪鳥は負傷などものともせずに、再び大木を駆け上がっていった。

 

 時間切れだ。

 イオは霧散していく魔力の獅子を睨む。

 "赤獅子"の魔術は強力だが、時間制限がある。

 再召喚は、すぐには出来ない。

 

「ははは、息切れかよ! じゃあ遠慮なく行くぜ!!」

「っ、ちくしょう……!」

 

 イオは再度、頭上に"防護"を三重に張る。

 だがヘクターは真っ向から、その分厚い魔力の壁に怪鳥を降下させてきた。

 

 ガキィッ。

 

 三重だ。簡単に破れはしない。

 イオはにやりと笑うも、山騎士はすぐさま魔力の壁から下りた。

 怪鳥と騎手がそれぞれ、分かれるようにして。

 

「終いにする……やるぞレティ!!」

『クアァアァッッ!!!』

 

 イオは素早く視線を走らせた。

 右上方から怪鳥、左下方からヘクターが高速で挟み込んでくる。

 

 極限の戦闘速度。

 "防護"は使えない。

 

 激情で沸騰する頭脳。

 しかし戦神の民の本能が、最適解を選ぶ。

 

「なっ!?」

 

 "防護"の壁へと上がり、高く跳ぶイオ。

 呆気にとられて足を止めた、ヘクターと怪鳥。

 "防護"解除。戦神の杖が、強く輝く。

 

「消し飛べ」

 

 特大の"火球"。

 爆炎と熱波が木々を焦がし、落ち葉を焼き尽くす。

 

 イオは燃え盛る地面へと着地した。

 そして息荒く、斜面の下を睨みつける。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「はぁ、はぁ……っ……へっ。残念だったな」

 

 ヘクターが憎たらしく不愉快な笑みを浮かべて、怪鳥の背に覆いかぶさっている。

 火傷は軽微なものだ。

 怪鳥が最高速で駆け下り、主を救出したらしい。

 "火球"に注ぐ魔力と時間が、足りなかった。

 

「いい加減にしろ、鬱陶しい……さっさと死ねよ」

「こっちの台詞だ。クソ女」

「クソはお前だ、クソが……っ、クソっ、クソクソっ!! ああ、もおぉっっ!!! ふざけんなぁぁぁあぁぁっっっ!!!!」

 

 荒れ狂う激情が、イオの思考を完全に塗り潰す。

 戦の高揚が全て憎悪と殺意に変換され、杖を握る手が震え出した。

 

 もう何もかもどうでもいい。

 絶対にぶち殺してやる。

 跡形も残さない。

 

「吼えりゃ強くなんのかよ、ああ!?」

「死ね、死ねっ、死ねぇええぇっ!!!」

 

 斜面を縦横無尽に駆け始めた山騎士に、イオはあらゆる魔術をひたすらぶっ放す。

 極度の激情のせいで、狙いが定まらない。

 悉く外れる攻撃が、さらにイオを苛立たせた。

 

「壊れたな、馬鹿が……! 俺の勝ちだ!!」

 

 ヘクターは言い放ち、またも怪鳥で木を駆け上がる。

 イオは上らせまいと魔術で木の根元を叩き折るが、山騎士はそんな妨害など意に介さず、また気配を消した。

 挑発するように、斬られた枝がぼろぼろと落ちてくる。

 

 見飽きた。

 くだらない曲芸だ。

 山の木を、全部折ればいいだけ。

 

「"赤獅子"ぃぃっっ!!!」

 

 掲げた杖が一際激しく輝き、戦神の加護によって、魔力の獅子を再び編む。

 先ほどよりもさらに巨大に。

 

「木を片っ端からへし折れ!! こんな山、ズタズタに引き裂いてしまえっっ!!!」

 

 イオは獅子に命じる。

 しかし。

 

『…………』

「な、何だ……どうして動かない……?」

 

 "赤獅子"は命令を聞かず、イオをじっと見据えてきた。

 その眼差しは、穏やかなものだった。

 イオが慣れ親しんだ、獰猛で暴れ狂う魔力の怪物の目ではない。

 

「……?」

『…………』

 

 イオは訳が分からず、獅子と見つめ合った。

 獅子の瞳の中には、自分がいる。

 激情に憑りつかれた、おぞましい自分自身が。

 

 獅子が一度だけ、まばたきをした。

 瞳の中にいる自分が、今度は呆れたようにため息を吐き、やれやれと肩をすくめた。

 

「……あたし、は」

 

 力無く下ろした戦神の杖が、輝きを和らげる。

 あたたかく、安らぎを与えるかのように。

 

 脳裏に、同朋の姿が過る。

 自分が集めてきた、仲間達の姿が過る。

 皆戦っている。歩んでいる。

 力強く、笑いながら。

 

「……はふー。駄目だよね、こういうの」

「何呆けてやがる! 終わりだっ!!」

 

 頭上から、激烈な殺気。

 イオは目を閉じて笑み、杖を掲げ直した。

 

「兄貴の仇……っ!?」

『ガオオォォオォォォーーーー』

 

 "赤獅子"が厳かに、雄々しく咆哮した。

 白銀の衝撃波が山を揺らし、しかし木々を傷つけることなく、山騎士だけを吹き飛ばす。

 大きく宙を舞ったヘクターと怪鳥は、受け身も取れずに斜面に叩きつけられ、突っ伏した。

 黒鉄の斧槍が、イオの足元に転がった。

 

「がはっ、ぅぐ……!!」

 

 イオは"赤獅子"を消し、斧槍を拾い上げて、うつ伏せのヘクターに近づいていった。

 憎悪に染まった灰色の瞳が、鋭く突き刺してくる。

 しかしもう、イオの心に激情は無い。

 

「て、てめぇ、何だあの技は……! 今までのは全部演技か……ぐっ、俺を弄んだのか!?」

「ううん、ずっと本気だったよ。最後の技は、何となく出来る気がしただけ」

 

 ヘクターは目を見開き、だがすぐ悔しげに細めて、呻きながら身じろぎした。

 獅子の咆哮がかなり響いたらしく、身を起こすことも出来ないようだ。

 拳だけが、硬く握りしめられている。

 相方の怪鳥も力無く大木に寄りかかり、苦しそうに息を荒げていた。

 

「くそっ……兄、貴……」

 

 搾り出すように呟く、ヘクター。

 

「……きみの兄ヴィクトルは」

 

 イオが語りかける。

 

「すごく強い人だった。きみと同じ技で、あたしら戦神騎士を翻弄した」

 

 あの激戦を、イオは思い出す。

 七年近く前、フォルラザのビード侵攻戦最終盤。

 その大詰めとなる、都攻めの時だ。

 イオは同期の戦神騎士二人と共に都の背後へ回り込み、敵の退路を断つ命を受けた。

 

 そうして回り込もうとしたところに現れたのが、ヴィクトルとヘクターの兄弟だった。

 フォルラザの狙いが、ビードに読まれていたのだ。

 あの時、まだ少年だったヘクターはたった一度の応酬で怯えて逃走し、兄のヴィクトルだけがイオ達の前に立ちはだかった。

 

「ユリエルもパメラもやられた。あたしがヴィクトルを討ち取れたのは、彼がもうズタボロだったからってだけ。結局、あたしも動けなくなって……気づけば戦争は終わってた」

「…………」

「勝ったとは思ってなかった。三人がかりで戦って、なのに本来の目的は果たせなかったんだもん。戦神騎士として、胸を張れる勝利じゃなかった」

 

 イオは握りしめたヘクターの斧槍を見つめる。

 ヴィクトルも、同じ物を使っていた。

 同じ技を使っていた。

 

 フォルラザ滅亡後に、イオは知った。

 ビードを攻め滅ぼした後も、山騎士は何人も生き延びていた、と。

 それは間違いなく、ヴィクトルの戦果だ。

 同朋を守り、未来へと繋げた、輝かしい戦果だ。

 

「……あれから七年。きみと戦って、ようやくヴィクトルに勝てた気がする」

「がふっ、煽ってるつもりか!? わざわざ兄貴を引き合いに出しやがって……!」

「きみは、敗北に納得出来た?」

 

 ヘクターはイオの問いかけに目を逸らして呻き、弱々しく、何度も地面を殴る。

 だがやがて、拳がほどけた。

 

「……もういい。さっさと殺せ」

「何が『もういい』の?」

「俺は……俺はあの時、へたり込んでたお前すら怖くて、兄貴の屍を置き去りに逃げたクズだ。陛下に目をかけていただいて、山騎士になったのに。それが今でさえ、満足に仇も取れやしねえ。だから、もういい」

 

 殺意も闘志も失せた戦士に、イオは斧槍を振り上げる。

 しかし振り下ろさず、そっとヘクターの前に置いた。

 しゃがみ込み、視線を合わせる。

 

「きみはしっかり、ヴィクトルに追いついてる。もっと鍛えれば、頑張って生きていけば、あたしに勝てるって思わないの?」

「っ……」

「兄の仇に屈服して死を願うなんて。カッコ悪いよ、そんなの」

 

 束の間の沈黙。

 そして静まり返った山に、自嘲の笑いがこぼれ落ちた。

 

「……ビードが滅んでから俺は同朋ともろくに関わらず、ひたすら鍛え続けた。お前に復讐を果たすためだけに。レティとずっと一緒に」

『クアァ……』

 

 レティと呼ばれた相方の怪鳥が、か細く鳴く。

 

「だけど腕試しに傭兵を始めて、よく分かった。どこに行っても、何の糧にもならない雑魚ばかり。ラガニアの奴らでさえ、戦闘じゃ大したことないのは見れば分かった。シンガに行ったって、どうせ」

 

 山騎士の青年は語る。

 諦観を。限界を。

 

「ははは……いくら雑魚を倒したって、木を跳び移る練習をしたって、結果はこのザマだ。俺は、もう……」

 

 ヘクターは項垂れてもう一度、「殺せ」と小さく呟いた。

 

「…………」

 

 イオは考える。

 彼はもう、心折れている。

 殺してやるべきだ。

 それが戦士としての慈悲。

 これ以上生き恥を晒させるのは、残酷である。

 でも。

 

「あたしは、そんな優しくないよ」

 

 イオはヘクターの黒髪を掴み上げ、顔面を突き合わせた。

 涙でぐしゃぐしゃになった青年の顔が、悲壮と自己嫌悪で歪んでいる。

 

「どこに行ったって、どうせ? ラガニアもシンガも大したことない? ……世の中舐めすぎだよ、きみは。小国のちっぽけな戦で雑魚を蹴散らして、武を極めた達人気取り。その上、仇のあたしに一回敗けたら、もう全部諦めるの?」

「…………」

「ビードの山騎士の名誉と誇りは、その程度なの? ヴィクトルなら、絶対諦めなかった」

「……お前に兄貴の何が分かる」

「分かるよ。戦場で命のやり取りをしたんだから。だから、きみのことだってあたしには分かる」

 

 イオがヘクターと、確かに視線を交わす。

 やはりそうだ。

 声には滲んでいなかったものが、涙で濡れた灰色の瞳には滲んでいる。

 まだ、強く燻るものが。

 

「あたしらだってオズワルドの飛竜に敗けた。数えきれないくらいに敗けて、同朋も大勢殺された。悔しくて情けなくて、死んでしまおうかって何度も思った。でも今は、立ち上がって前を向いてる」

「……お前にまた挑むために、ずっと鍛え続けろってか? 腕試しに、飛竜にでも挑めってか? くだらねえ冗談言うな」

「冗談なんて言ってない。あたしらはまた挑むよ、飛竜に。それはきみがあたしの背中を追うより、ずっと長くて険しい道のり。……だけど、必ず成し遂げる。同朋の皆と、再起と復讐を」

「……そうかよ。勝手にしろよ。俺は」

「だからきみも、一緒に来てほしい」

「は?」

 

 唐突な話に、固まるヘクター。

 イオはそんな青年を、挑発するように笑った。

 

「本当に諦めて死にたいなら、今すぐ殺してあげるよ。だけどまだ諦める気が無いなら、あたしが相手してあげる。いつだって、何度でも」

「……!?」

「他にも色々な強い奴らと戦わせてあげる。飛竜とだって、いずれ。きみにとっては最高の修行になるよ。そうやって頑張れば……その内あたしに勝てるかもね」

「……何を企んでやがる」

「企みは一つ。あたしはね、仲間が欲しいんだ。さっきみたく暴走した時に、抑えてくれる仲間が。もしくは代わりに暴走してくれて、あたしが冷静に抑えないといけないような仲間が」

「馬鹿か、お前は」

「そう、馬鹿だよあたしは。……でもあたしと来れば、きみは兄貴の仇討ちがいつでも狙える。あたしを相手にし続けて、もっともっと強くなれる。悪い話じゃないでしょ?」

 

 ヘクターの瞳の奥。

 燻っていたものが燃え上がり始めた。

 

「何度だって挑んできなよ。何度だって打ち負かしてあげるから」

 

 イオが掴んでいた髪を離して、立ち上がった。

 しかしヘクターはもう、俯かなかった。

 熱い眼差しで、イオを睨みつけている。

 それは、やはり殺意である。

 構わない。当然のことだから。

 自分が真っ向から受け止めて、勝ち続ければいいだけだ。

 

 

「その代わり、あたしがきみに勝ち続けてる間は仲間をやってもらう。あたしらの再起と復讐の道のりに、本気で協力してもらう。あたしが勝ち続けてる間は、ね」

 

 

 ヘクターはイオを見据えて、しばし黙りこくった。

 その間に怪鳥のレティがよたよたと近寄ってきて、青年の傍に座り込む。

 

「……俺は」

 

 相方を撫でて、山騎士は空を見上げた。

 怪鳥もまた主と同じく空を見上げ、自分達を奮い立たせるように鳴く。

 まだ、諦められない。諦めてたまるか。

 そんな感情が込められた、強い鳴き声だった。

 

「俺、は……っ!」

 

 ヘクターは歯を食いしばり、唸りながらも立ち上がろうとした。

 だが戦闘の負傷によって上手くいかず、片膝をつく。

 それでも、力強い眼差しをイオに向けてきた。

 

「……はっ。なら、せいぜい勝ち続けてみせろよ」

「うん?」

「俺が、お前に勝つまでだ」

 

 イオはへにゃっと緩く笑う。

 

「分かった。じゃあ、あたしがきみに勝ち続けてる間は、仲間ってことで」

「ふん。俺が勝ったらその時は、そのまま首を貰うからな」

「どうぞご自由に。あはは……あたしときみ、どっちが先に目標を達成するかなー?」

「……俺に決まってるだろ。山騎士を舐めるな。お前なんてすぐにぶち抜いてやる」

「そうはいかないね。『舐めるな』はこっちの台詞。あたしもまだまだ強くなるし、暴走しないように訓練しないとだしね。怠けてたら、いつまでも協力する羽目になるよ?」

「うるせえよ。約束は交わした。戦士と戦士の、命がけの約束だ。……忘れるなよ」

「うん、絶対に忘れない。じゃあよろしくね、ヘクター」

 

 ヘクターは一瞬だけ眉を動かし、しかしその場に怪鳥共々崩れ落ちた。

 

「ありゃ。流石に限界か」

「イオ~!! 大丈夫ーっ!? 怪我してないーっ!?」

 

 戦闘の決着を悟ったのか、フィンが山の上から叫び、走り下りてくる。

 ボロボロだよ、と声をあげて返事をした後。

 

「あたしも限界……かな」

 

 イオは力尽き、ゆっくりと意識を手放した。

 

 ぼやけていく視界の中。

 戦神の杖が、優しく輝いていた。

 

 捧げられた"勝利"に、喜ぶように。

 戦神騎士イオを、称えるように。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 時は下る。

 

 "砂粒"が特別な丸石とジェラルドからの指令を運んできた、数日後。

 

 イオ達を乗せた怪鳥のレティーシャが、ぐんぐんと山の斜面を駆け上がっていく。

 やがて頂上に辿り着き、視界が大きく開けた。

 

「……見えた!」

 

 イオはヘクターの肩越しに眼下の景色を見て、声を上げた。

 

「え、えぇぇっ!? す、すごっ……! 何あれ……人間って、あんな生き方も出来るの!?」

「っ……おいおい。想像の数倍デカいじゃねえか。どうすんだよ、あれ」

 

 ノームの少年フィンと山騎士の青年ヘクターが驚嘆する。

 イオもまた、思わず半開きにした口の端をひくつかせた。

 

 大河川の都ク・アリエ。

 

 太陽の光を受けて輝くアリエ湖は、山の上から見ても全容が把握出来ない。

 向こう岸は、霞んでいる。

 大河川やその他の川が、いくつも流れ込んでいる。

 岸辺にはびっしりと市街が立ち並び、湖の中央にはもはや城塞と形容出来るほどの中枢部。

 そして中枢と岸辺を繋ぐ、大桟橋が三本。小桟橋が数十本。

 湖の上を行き交う無数の船は、交易のためか漁のためか。

 あるいは太陽の国シンガと争っている、五枝水軍への援軍か。

 

「……あちゃー」

「何だよ、あちゃーって」

「いやはや、ヘクターさん。"百人力"の最精鋭のご意見を伺いましょうか」

「船着き場とそこにある船……あと桟橋を片っ端から潰す。夜中に動けば、やれなくはないだろ」

「なるほど。フィンは?」

「うーん、どこか水で脆くなってる要の石を……いや、探せるかな。すごく時間かかりそうな……」

「あはは、なるほどなるほど」

 

 イオは仲間達の意見を聞いて笑う。

 

「……で、お前の意見は?」

「んー? まだなーんにも思いつかないや。だって、こんなすごい都市見たことないもん」

「はぁ……使えねえな、クソ女」

「ねぇイオ、やっぱりこれは無理なんじゃ……」

『クアァン……』

 

 ぼやく山騎士。

 弱音を吐くノームと怪鳥。

 

「大丈夫。絶対、何とかしよう!」

 

 戦力は、三人と一羽。

 敵は、湖上の大商業都市。

 

 だが、真っ向から攻め落とすわけではない。

 これは、楔を打ち込む戦だ。

 

 商人達に、損得を思い知らせる戦だ。

 

 

「行くよ、皆。あたしらでク・アリエ黙らせて、伝説になっちゃおう!!」

 

 

 イオは戦神の杖を掲げた。

 白銀の獅子の装飾が、きらりと光る。

 

 「これくらいはどうとでもなる」と言わんばかりの、ささやかで余裕ある光だった。

 




次回から視点が変わります。
次は大陸西方にある月の国マーブリスと協力している、戦神の旗頭ノーラの話になります。

なお、4月から生活環境が変わった関係で、これからは更新ペースが落ちます。
お時間のある時に、お付き合いいただければ幸いです。
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