戦神騎士イオと山騎士ヘクターが静かに睨み合う、山の麓。
『クアッ!』
沈黙を破ったのは、怪鳥だった。
短く鳴き、魔力を纏って突進。
横に跳んだイオの顔面に、斧槍が唸る。
ゴガッ。
頑丈な戦神の杖が一撃を受け止め、しかしイオは大きく弾き飛ばされた。
素早く起き上がり、敵を目で追う。
山を駆け上がっている。
逃げたのではない。
ビードの山騎士は、山中で戦ってこそなのだ。
律儀に付き合う必要など無い。
得物が斧槍な以上、待っていれば下りてくる。
だが。
「あたしはそんな腰抜けじゃない……!」
沸き上がる激情が、イオにそれを許さなかった。
全力の山騎士を、全力で打ち倒す。
そうしてこそ、戦神騎士だ。
「付き合ってやる!!」
イオは白銀色にまばゆく輝く杖を掲げ、鋭く振り下ろした。
『グルル、ガァァアァァッッ!!!』
"赤獅子"が魔力で形成され、吼え猛る。
先ほど戦の見物のために召喚した小物とは、出来が違う。
馬より大柄な敵の怪鳥よりも、さらに一回り大きい。
戦神の加護の恩恵を強く受けた、純粋な戦闘用の獅子だ。
「行け、"赤獅子"!!」
イオの殺意が強く注ぎ込まれた"赤獅子"は、乱暴に山を駆け上がった。
しかし、すぐに動きを止める。
「……!?」
続いたイオも、木々が鬱蒼とする斜面で視線を左右させる。
ヘクターが消えた。
武の気配は、こんなにも充満しているのに。
これは。
直感と同時に顔を上げた。
鋭い爪を剥き出した怪鳥が、頭上に迫る。
ドッ。
間一髪、回避。
だが追撃の斧槍を防ぎきれず、イオは巨木の幹に叩きつけられた。
「ぅぐっ……!」
外套の下には戦神の軽装鎧。
並大抵の攻撃は弾くが、身体に伝わる衝撃は軽減しきれない。
「はっ、口ほどにもねえな!」
「あぁ!?」
降ってきた山騎士に"赤獅子"が反応して襲いかかるも、怪鳥は素早く離脱していく。
追いかけようとした魔力の召喚獣は、また動きを止めた。
理由は明白だ。
「やっぱりヴィクトルの……!」
木を垂直に駆け上がる怪鳥の姿に、イオは苦々しく呟く。
立ち並ぶ木々を利用した、立体的な戦闘。
かつてイオが討ち取った、ヘクターの兄ヴィクトルの得意技だ。
イオが知る限り、山騎士でこんな戦い方をしていたのは彼だけだった。
人鳥一体、その極致である。
ヴィクトルはこの技で、若輩の戦神騎士を二人討ち取った。
『クアァァッ!!』
「ぶち殺してやるぜ……! クソ女!!」
言い放ったヘクターが怪鳥を巧みに操り、器用に木々を跳び移らせていく。
そして、次々に枝を斬った。
「っ……ガキがっ!」
イオの鍛え上げられた動体視力が、落ちてくる枝を戦場の不確定要素として勝手に捉える。
意識が僅かに散り、再び山騎士を見失った。
武の気配が山全体を覆っている。
しかし武の気配と通常の気配は、似て非なる物。
ヘクターと怪鳥は、通常の気配のみを消して動き回っているのだ。
戦神騎士である自分すら探知出来ない、尋常ならざる技量。
魔力感知を試みても、怪鳥は自身の魔力を抑え込んでいるらしく、全く引っかからない。
『…………』
イオの召喚獣は、ずっと棒立ちしたままだ。
"赤獅子"は基本的に、術者が殺意を向けた相手に対して勝手に襲いかかる魔術である。
術者が相手を見失うか、襲いかかれる範囲にいなければ獅子は止まってしまうのだ。
通常の戦ではまず考慮しなくてよい弱点だが、今回のような状況ではもろに影響を受ける。
空を舞う飛竜を相手取った時と同じだ。
「ちっ」
イオは舌打ちして杖を振り、獅子を傍に戻した。
自発的な行動が出来ずとも、命令を出せば"赤獅子"は動く。
また襲いかかってきたところを、迎撃させればいい。
そしてイオはさらに、"防護"の魔術を使った。
頭上に赤い魔力の壁を、三重に形成。
これで相手はもう、斜面からの突撃しか仕掛けられない。
「くだらねえ、何だその構えは! 引き篭もりの臆病者が!」
「ほざけ! 破れるものなら破ってみろ!!」
降ってくる声に、イオは怒鳴り返す。
全力の相手を討ち取るという考えは、相手も同じはずだ。
必ず、応じてくる。
『クアアァァアァッ!!!』
来た。斜面上方。
速い。だがいける。
"火球"で迎撃。
「こんなものぉぉ!!」
「殺せぇっ!!」
イオは爆炎から抜け出してきた山騎士に吼えた。
"赤獅子"が主の殺意を糧に輝きを強め、迎撃する。
青白く輝く怪鳥及びその騎手と、激しくもつれ合った。
巻き込まれた木がへし折れて倒れ、土埃を捲き上げる。
「おおぉぉっ!!」
構わず、イオは雄叫んで"炎の槍"を連射。
大量の火柱が敵も味方も呑み込んだ。
怪鳥は飛竜ほどではないにしろ、強靭な魔力の鎧を持つ。
それでも、この猛攻を凌ぎきれはしない。
イオの魔力感知によって、"赤獅子"も相手を捉えている。
このまま押しきって──
違和感。
ヘクターがいない。
「死ね」
間合いだ。
両手で斧槍を握った山騎士が横合いから、渾身の薙ぎ払いを見舞ってくる。
"防護"。間に合わない。
杖。手から弾かれたら。
「あぁぁっ!」
「!?」
イオはあえて距離を詰めた。
ヘクターと額をぶつけ合い、長い斧槍を無理やり躱す。
そして二人で斜面を転げ落ちた。
「うぜぇっ!」
「うざいのはお前だ!」
顔を殴られ、殴り返し、ヘクターに跨ったイオは"魔力の刃"を杖先に生じさせる。
しかし咆哮を聞き、視線が横に向いた。
"赤獅子"が突っ込んでくる。
自分が下の男に、殺意を向けているからだ。
ヘクターが酷薄に笑い、イオの胸倉を掴んだ。
盾にされる。
杖で獅子に命令し、止めるしかなかった。
「今度こそ死ね!!」
「誰が!」
斧槍を振り上げようとしたヘクターの腕を、イオは無理やり掴み止める。
魔術士とはいえ、戦神騎士なのだ。
戦神の加護を受けた膂力は、山騎士にもそう容易く振り払われない。
「ぐ、ぎぎっ……!」
「こ、このっ、馬鹿力が……! クソったれ!!」
『クアァッ!!』
大きく傷ついた怪鳥が主の苦戦に、鋭く走り寄る。
"赤獅子"への命令も間に合わず、イオは撥ね飛ばされた。
拾われたヘクターは疾走する相方へ器用に跨り直す。
怪鳥は負傷などものともせずに、再び大木を駆け上がっていった。
時間切れだ。
イオは霧散していく魔力の獅子を睨む。
"赤獅子"の魔術は強力だが、時間制限がある。
再召喚は、すぐには出来ない。
「ははは、息切れかよ! じゃあ遠慮なく行くぜ!!」
「っ、ちくしょう……!」
イオは再度、頭上に"防護"を三重に張る。
だがヘクターは真っ向から、その分厚い魔力の壁に怪鳥を降下させてきた。
ガキィッ。
三重だ。簡単に破れはしない。
イオはにやりと笑うも、山騎士はすぐさま魔力の壁から下りた。
怪鳥と騎手がそれぞれ、分かれるようにして。
「終いにする……やるぞレティ!!」
『クアァアァッッ!!!』
イオは素早く視線を走らせた。
右上方から怪鳥、左下方からヘクターが高速で挟み込んでくる。
極限の戦闘速度。
"防護"は使えない。
激情で沸騰する頭脳。
しかし戦神の民の本能が、最適解を選ぶ。
「なっ!?」
"防護"の壁へと上がり、高く跳ぶイオ。
呆気にとられて足を止めた、ヘクターと怪鳥。
"防護"解除。戦神の杖が、強く輝く。
「消し飛べ」
特大の"火球"。
爆炎と熱波が木々を焦がし、落ち葉を焼き尽くす。
イオは燃え盛る地面へと着地した。
そして息荒く、斜面の下を睨みつける。
「はぁっ、はぁっ……!」
「はぁ、はぁ……っ……へっ。残念だったな」
ヘクターが憎たらしく不愉快な笑みを浮かべて、怪鳥の背に覆いかぶさっている。
火傷は軽微なものだ。
怪鳥が最高速で駆け下り、主を救出したらしい。
"火球"に注ぐ魔力と時間が、足りなかった。
「いい加減にしろ、鬱陶しい……さっさと死ねよ」
「こっちの台詞だ。クソ女」
「クソはお前だ、クソが……っ、クソっ、クソクソっ!! ああ、もおぉっっ!!! ふざけんなぁぁぁあぁぁっっっ!!!!」
荒れ狂う激情が、イオの思考を完全に塗り潰す。
戦の高揚が全て憎悪と殺意に変換され、杖を握る手が震え出した。
もう何もかもどうでもいい。
絶対にぶち殺してやる。
跡形も残さない。
「吼えりゃ強くなんのかよ、ああ!?」
「死ね、死ねっ、死ねぇええぇっ!!!」
斜面を縦横無尽に駆け始めた山騎士に、イオはあらゆる魔術をひたすらぶっ放す。
極度の激情のせいで、狙いが定まらない。
悉く外れる攻撃が、さらにイオを苛立たせた。
「壊れたな、馬鹿が……! 俺の勝ちだ!!」
ヘクターは言い放ち、またも怪鳥で木を駆け上がる。
イオは上らせまいと魔術で木の根元を叩き折るが、山騎士はそんな妨害など意に介さず、また気配を消した。
挑発するように、斬られた枝がぼろぼろと落ちてくる。
見飽きた。
くだらない曲芸だ。
山の木を、全部折ればいいだけ。
「"赤獅子"ぃぃっっ!!!」
掲げた杖が一際激しく輝き、戦神の加護によって、魔力の獅子を再び編む。
先ほどよりもさらに巨大に。
「木を片っ端からへし折れ!! こんな山、ズタズタに引き裂いてしまえっっ!!!」
イオは獅子に命じる。
しかし。
『…………』
「な、何だ……どうして動かない……?」
"赤獅子"は命令を聞かず、イオをじっと見据えてきた。
その眼差しは、穏やかなものだった。
イオが慣れ親しんだ、獰猛で暴れ狂う魔力の怪物の目ではない。
「……?」
『…………』
イオは訳が分からず、獅子と見つめ合った。
獅子の瞳の中には、自分がいる。
激情に憑りつかれた、おぞましい自分自身が。
獅子が一度だけ、まばたきをした。
瞳の中にいる自分が、今度は呆れたようにため息を吐き、やれやれと肩をすくめた。
「……あたし、は」
力無く下ろした戦神の杖が、輝きを和らげる。
あたたかく、安らぎを与えるかのように。
脳裏に、同朋の姿が過る。
自分が集めてきた、仲間達の姿が過る。
皆戦っている。歩んでいる。
力強く、笑いながら。
「……はふー。駄目だよね、こういうの」
「何呆けてやがる! 終わりだっ!!」
頭上から、激烈な殺気。
イオは目を閉じて笑み、杖を掲げ直した。
「兄貴の仇……っ!?」
『ガオオォォオォォォーーーー』
"赤獅子"が厳かに、雄々しく咆哮した。
白銀の衝撃波が山を揺らし、しかし木々を傷つけることなく、山騎士だけを吹き飛ばす。
大きく宙を舞ったヘクターと怪鳥は、受け身も取れずに斜面に叩きつけられ、突っ伏した。
黒鉄の斧槍が、イオの足元に転がった。
「がはっ、ぅぐ……!!」
イオは"赤獅子"を消し、斧槍を拾い上げて、うつ伏せのヘクターに近づいていった。
憎悪に染まった灰色の瞳が、鋭く突き刺してくる。
しかしもう、イオの心に激情は無い。
「て、てめぇ、何だあの技は……! 今までのは全部演技か……ぐっ、俺を弄んだのか!?」
「ううん、ずっと本気だったよ。最後の技は、何となく出来る気がしただけ」
ヘクターは目を見開き、だがすぐ悔しげに細めて、呻きながら身じろぎした。
獅子の咆哮がかなり響いたらしく、身を起こすことも出来ないようだ。
拳だけが、硬く握りしめられている。
相方の怪鳥も力無く大木に寄りかかり、苦しそうに息を荒げていた。
「くそっ……兄、貴……」
搾り出すように呟く、ヘクター。
「……きみの兄ヴィクトルは」
イオが語りかける。
「すごく強い人だった。きみと同じ技で、あたしら戦神騎士を翻弄した」
あの激戦を、イオは思い出す。
七年近く前、フォルラザのビード侵攻戦最終盤。
その大詰めとなる、都攻めの時だ。
イオは同期の戦神騎士二人と共に都の背後へ回り込み、敵の退路を断つ命を受けた。
そうして回り込もうとしたところに現れたのが、ヴィクトルとヘクターの兄弟だった。
フォルラザの狙いが、ビードに読まれていたのだ。
あの時、まだ少年だったヘクターはたった一度の応酬で怯えて逃走し、兄のヴィクトルだけがイオ達の前に立ちはだかった。
「ユリエルもパメラもやられた。あたしがヴィクトルを討ち取れたのは、彼がもうズタボロだったからってだけ。結局、あたしも動けなくなって……気づけば戦争は終わってた」
「…………」
「勝ったとは思ってなかった。三人がかりで戦って、なのに本来の目的は果たせなかったんだもん。戦神騎士として、胸を張れる勝利じゃなかった」
イオは握りしめたヘクターの斧槍を見つめる。
ヴィクトルも、同じ物を使っていた。
同じ技を使っていた。
フォルラザ滅亡後に、イオは知った。
ビードを攻め滅ぼした後も、山騎士は何人も生き延びていた、と。
それは間違いなく、ヴィクトルの戦果だ。
同朋を守り、未来へと繋げた、輝かしい戦果だ。
「……あれから七年。きみと戦って、ようやくヴィクトルに勝てた気がする」
「がふっ、煽ってるつもりか!? わざわざ兄貴を引き合いに出しやがって……!」
「きみは、敗北に納得出来た?」
ヘクターはイオの問いかけに目を逸らして呻き、弱々しく、何度も地面を殴る。
だがやがて、拳がほどけた。
「……もういい。さっさと殺せ」
「何が『もういい』の?」
「俺は……俺はあの時、へたり込んでたお前すら怖くて、兄貴の屍を置き去りに逃げたクズだ。陛下に目をかけていただいて、山騎士になったのに。それが今でさえ、満足に仇も取れやしねえ。だから、もういい」
殺意も闘志も失せた戦士に、イオは斧槍を振り上げる。
しかし振り下ろさず、そっとヘクターの前に置いた。
しゃがみ込み、視線を合わせる。
「きみはしっかり、ヴィクトルに追いついてる。もっと鍛えれば、頑張って生きていけば、あたしに勝てるって思わないの?」
「っ……」
「兄の仇に屈服して死を願うなんて。カッコ悪いよ、そんなの」
束の間の沈黙。
そして静まり返った山に、自嘲の笑いがこぼれ落ちた。
「……ビードが滅んでから俺は同朋ともろくに関わらず、ひたすら鍛え続けた。お前に復讐を果たすためだけに。レティとずっと一緒に」
『クアァ……』
レティと呼ばれた相方の怪鳥が、か細く鳴く。
「だけど腕試しに傭兵を始めて、よく分かった。どこに行っても、何の糧にもならない雑魚ばかり。ラガニアの奴らでさえ、戦闘じゃ大したことないのは見れば分かった。シンガに行ったって、どうせ」
山騎士の青年は語る。
諦観を。限界を。
「ははは……いくら雑魚を倒したって、木を跳び移る練習をしたって、結果はこのザマだ。俺は、もう……」
ヘクターは項垂れてもう一度、「殺せ」と小さく呟いた。
「…………」
イオは考える。
彼はもう、心折れている。
殺してやるべきだ。
それが戦士としての慈悲。
これ以上生き恥を晒させるのは、残酷である。
でも。
「あたしは、そんな優しくないよ」
イオはヘクターの黒髪を掴み上げ、顔面を突き合わせた。
涙でぐしゃぐしゃになった青年の顔が、悲壮と自己嫌悪で歪んでいる。
「どこに行ったって、どうせ? ラガニアもシンガも大したことない? ……世の中舐めすぎだよ、きみは。小国のちっぽけな戦で雑魚を蹴散らして、武を極めた達人気取り。その上、仇のあたしに一回敗けたら、もう全部諦めるの?」
「…………」
「ビードの山騎士の名誉と誇りは、その程度なの? ヴィクトルなら、絶対諦めなかった」
「……お前に兄貴の何が分かる」
「分かるよ。戦場で命のやり取りをしたんだから。だから、きみのことだってあたしには分かる」
イオがヘクターと、確かに視線を交わす。
やはりそうだ。
声には滲んでいなかったものが、涙で濡れた灰色の瞳には滲んでいる。
まだ、強く燻るものが。
「あたしらだってオズワルドの飛竜に敗けた。数えきれないくらいに敗けて、同朋も大勢殺された。悔しくて情けなくて、死んでしまおうかって何度も思った。でも今は、立ち上がって前を向いてる」
「……お前にまた挑むために、ずっと鍛え続けろってか? 腕試しに、飛竜にでも挑めってか? くだらねえ冗談言うな」
「冗談なんて言ってない。あたしらはまた挑むよ、飛竜に。それはきみがあたしの背中を追うより、ずっと長くて険しい道のり。……だけど、必ず成し遂げる。同朋の皆と、再起と復讐を」
「……そうかよ。勝手にしろよ。俺は」
「だからきみも、一緒に来てほしい」
「は?」
唐突な話に、固まるヘクター。
イオはそんな青年を、挑発するように笑った。
「本当に諦めて死にたいなら、今すぐ殺してあげるよ。だけどまだ諦める気が無いなら、あたしが相手してあげる。いつだって、何度でも」
「……!?」
「他にも色々な強い奴らと戦わせてあげる。飛竜とだって、いずれ。きみにとっては最高の修行になるよ。そうやって頑張れば……その内あたしに勝てるかもね」
「……何を企んでやがる」
「企みは一つ。あたしはね、仲間が欲しいんだ。さっきみたく暴走した時に、抑えてくれる仲間が。もしくは代わりに暴走してくれて、あたしが冷静に抑えないといけないような仲間が」
「馬鹿か、お前は」
「そう、馬鹿だよあたしは。……でもあたしと来れば、きみは兄貴の仇討ちがいつでも狙える。あたしを相手にし続けて、もっともっと強くなれる。悪い話じゃないでしょ?」
ヘクターの瞳の奥。
燻っていたものが燃え上がり始めた。
「何度だって挑んできなよ。何度だって打ち負かしてあげるから」
イオが掴んでいた髪を離して、立ち上がった。
しかしヘクターはもう、俯かなかった。
熱い眼差しで、イオを睨みつけている。
それは、やはり殺意である。
構わない。当然のことだから。
自分が真っ向から受け止めて、勝ち続ければいいだけだ。
「その代わり、あたしがきみに勝ち続けてる間は仲間をやってもらう。あたしらの再起と復讐の道のりに、本気で協力してもらう。あたしが勝ち続けてる間は、ね」
ヘクターはイオを見据えて、しばし黙りこくった。
その間に怪鳥のレティがよたよたと近寄ってきて、青年の傍に座り込む。
「……俺は」
相方を撫でて、山騎士は空を見上げた。
怪鳥もまた主と同じく空を見上げ、自分達を奮い立たせるように鳴く。
まだ、諦められない。諦めてたまるか。
そんな感情が込められた、強い鳴き声だった。
「俺、は……っ!」
ヘクターは歯を食いしばり、唸りながらも立ち上がろうとした。
だが戦闘の負傷によって上手くいかず、片膝をつく。
それでも、力強い眼差しをイオに向けてきた。
「……はっ。なら、せいぜい勝ち続けてみせろよ」
「うん?」
「俺が、お前に勝つまでだ」
イオはへにゃっと緩く笑う。
「分かった。じゃあ、あたしがきみに勝ち続けてる間は、仲間ってことで」
「ふん。俺が勝ったらその時は、そのまま首を貰うからな」
「どうぞご自由に。あはは……あたしときみ、どっちが先に目標を達成するかなー?」
「……俺に決まってるだろ。山騎士を舐めるな。お前なんてすぐにぶち抜いてやる」
「そうはいかないね。『舐めるな』はこっちの台詞。あたしもまだまだ強くなるし、暴走しないように訓練しないとだしね。怠けてたら、いつまでも協力する羽目になるよ?」
「うるせえよ。約束は交わした。戦士と戦士の、命がけの約束だ。……忘れるなよ」
「うん、絶対に忘れない。じゃあよろしくね、ヘクター」
ヘクターは一瞬だけ眉を動かし、しかしその場に怪鳥共々崩れ落ちた。
「ありゃ。流石に限界か」
「イオ~!! 大丈夫ーっ!? 怪我してないーっ!?」
戦闘の決着を悟ったのか、フィンが山の上から叫び、走り下りてくる。
ボロボロだよ、と声をあげて返事をした後。
「あたしも限界……かな」
イオは力尽き、ゆっくりと意識を手放した。
ぼやけていく視界の中。
戦神の杖が、優しく輝いていた。
捧げられた"勝利"に、喜ぶように。
戦神騎士イオを、称えるように。
………
……
…
時は下る。
"砂粒"が特別な丸石とジェラルドからの指令を運んできた、数日後。
イオ達を乗せた怪鳥のレティーシャが、ぐんぐんと山の斜面を駆け上がっていく。
やがて頂上に辿り着き、視界が大きく開けた。
「……見えた!」
イオはヘクターの肩越しに眼下の景色を見て、声を上げた。
「え、えぇぇっ!? す、すごっ……! 何あれ……人間って、あんな生き方も出来るの!?」
「っ……おいおい。想像の数倍デカいじゃねえか。どうすんだよ、あれ」
ノームの少年フィンと山騎士の青年ヘクターが驚嘆する。
イオもまた、思わず半開きにした口の端をひくつかせた。
大河川の都ク・アリエ。
太陽の光を受けて輝くアリエ湖は、山の上から見ても全容が把握出来ない。
向こう岸は、霞んでいる。
大河川やその他の川が、いくつも流れ込んでいる。
岸辺にはびっしりと市街が立ち並び、湖の中央にはもはや城塞と形容出来るほどの中枢部。
そして中枢と岸辺を繋ぐ、大桟橋が三本。小桟橋が数十本。
湖の上を行き交う無数の船は、交易のためか漁のためか。
あるいは太陽の国シンガと争っている、五枝水軍への援軍か。
「……あちゃー」
「何だよ、あちゃーって」
「いやはや、ヘクターさん。"百人力"の最精鋭のご意見を伺いましょうか」
「船着き場とそこにある船……あと桟橋を片っ端から潰す。夜中に動けば、やれなくはないだろ」
「なるほど。フィンは?」
「うーん、どこか水で脆くなってる要の石を……いや、探せるかな。すごく時間かかりそうな……」
「あはは、なるほどなるほど」
イオは仲間達の意見を聞いて笑う。
「……で、お前の意見は?」
「んー? まだなーんにも思いつかないや。だって、こんなすごい都市見たことないもん」
「はぁ……使えねえな、クソ女」
「ねぇイオ、やっぱりこれは無理なんじゃ……」
『クアァン……』
ぼやく山騎士。
弱音を吐くノームと怪鳥。
「大丈夫。絶対、何とかしよう!」
戦力は、三人と一羽。
敵は、湖上の大商業都市。
だが、真っ向から攻め落とすわけではない。
これは、楔を打ち込む戦だ。
商人達に、損得を思い知らせる戦だ。
「行くよ、皆。あたしらでク・アリエ黙らせて、伝説になっちゃおう!!」
イオは戦神の杖を掲げた。
白銀の獅子の装飾が、きらりと光る。
「これくらいはどうとでもなる」と言わんばかりの、ささやかで余裕ある光だった。
次回から視点が変わります。
次は大陸西方にある月の国マーブリスと協力している、戦神の旗頭ノーラの話になります。
なお、4月から生活環境が変わった関係で、これからは更新ペースが落ちます。
お時間のある時に、お付き合いいただければ幸いです。