戦神騎士物語   作:神父三号

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 大陸西方で月の国マーブリスと協力関係になった、戦神の旗頭ノーラへと視点が移ります。
 ノーラは来たるべき竜神の国オズワルドとの決戦の際、マーブリスに西方から牽制させるために、戦神の軍を率いて人材発掘と北方の防衛に協力しています。
 一応ローランと共に物語の主軸となる人物なのですが、久々の登場となってしまいました。


第48話 ノーラの道・戦神騎士ノア

 大陸西方。

 月の国マーブリス。

 

 西方を統一して安定させた大国の領土には、数多くの集落、都市、そして雄大な自然がある。

 戦神の旗頭ノーラ率いる戦神の軍が馬を歩かせているこの谷も、そういった自然の一つだった。

 

「へぇー、入ってみるとやっぱり綺麗な谷ですね」

「でしょでしょ? この辺はあたしらエルフの間でも評判良いんだから。木も皆、誇らしげにしてるってね」

 

 先頭のノーラを挟む左右の者達が、楽しそうに雑談する。

 戦神騎士の少年ニコルと、エルフのナギッサだ。

 

「うーん。あたしも久々に来たけど、この時期は特に山が色鮮やかだね。ノーラ、お仕事終わったら寄り道していい?」

「終わったら、な。見た限りでは適度に険しく、鬱蒼としていて、恵みも豊富そうだ。新入り達には良い調練の場となる」

「あはは。指揮官殿は相変わらず真面目ですなー」

 

 ナギッサはノーラを茶化しながら、満面の笑みを浮かべる。

 馬の尾のように束ねられた輝く金髪が、風に揺れた。

 友であるエルフの美貌は年頃の少女のような愛嬌もまだ強く漂わせており、女性であるノーラですら未だに見惚れて頬が緩むほどだ。

 自分達と同じく他者に姿を欺く首飾りを身に着けていなければ、街中を歩くだけで騒ぎになることだろう。

 戦神の軍にお目付け役として同行する、マーブリスの最精鋭"月影騎士"である。

 

「……山岳戦の調練ですか。もしも北方の連中に城塞都市を抜かれるか回り込まれた場合のことを考えるなら、確かに有りかもですね」

「ああ。せっかくマーブリスの将も二人伴っているんだ。山岳国家ビードを相手取った時にフォルラザが培ったものを、少しでも共有しておいた方が良いだろう」

「特に伏兵を巧く隠す方法ですかね。"蛮地"の奴らはかなり目も鼻も良いみたいですけど、それでも伏兵を忍ばせているだけでそっちに意識を逸らすことが出来る」

「そうだな。月の国はとにかく、戦の経験値が足りない。ひと通りの状況は体験させておくべきだ。出来れば、城塞都市の軍勢にも」

 

 ニコルは神妙そうな顔で馬の手綱から両手を放し、腕を組んで頷く。

 声変わりが済んだ茶髪の少年は背もだいぶ伸びてきて、顔立ちも戦神の民らしい精悍さが滲み始めた。

 馬は大の苦手だなどと言っていた割に、いざ乗り始めたらあっという間に足腰だけで完全に馬を御せるようになっている。

 史上最年少で戦神騎士に叙任された、天賦の才が故だ。

 

 ピィーー。

 

「おっ、よく出来た木笛」

 

 谷間に響いた高音に、ナギッサが反応する。

 相手の気配にも視線にも、そして動きにも、戦神の軍はとっくに気づいていた。

 

 来たか。

 

 ノーラは戦神の旗槍を掲げ、はためかせた。

 吼える獅子が描かれた赤旗だ。

 しかしそれはエルフの首飾りによってノーラの容姿共々欺かれ、戦神の軍以外の者にはマーブリスの国旗に見える。

 今のノーラ達は人材発掘のために国内を駆け回っている、王直属の精鋭部隊という扱いなのだ。

 幸いなことに北方相手の二度の防衛戦を経ても、当初からいた二十人の兵士達は脱落していなかった。

 

「月の軍よ、駆けるぞ!」

 

 馬の腹を軽く蹴り、駆け出す。

 五十騎が、ノーラの後ろに続いた。

 

「中々。ちゃんと谷が狭くなってきた所で動き出しましたね」

「身の程知らずのお坊ちゃんにしては、って感じ?」

 

 ニコルとナギッサが落ち着き払った態度で、目当ての"人材"の感想を述べた。

 ノーラは左右の山の斜面へ、ちらりと視線をやる。

 街で借りた馬は戦闘に備えた調教を大して受けておらず、あまり質が良くない。

 それでも相手は鬱蒼とした森の中を並走しているというのに、引き離されずついてくる。

 木々の隙間から見える姿は、馬ではない。

 

「……挑発してくるだけはあるな」

 

 ノーラは笑みをこぼした。

 おおよそ左に二十騎。右に十騎。

 例の"人材"は、左に混ざっているようだ。

 

「もう少し速度を上げるぞ。ニコル、マーブリスの二将へ伝達だ。『やり合う場合は新入りの三十騎。お前達に指揮を取ってもらう』とな」

「了解です。ノア先輩は?」

「相手の面構えを見てから決める」

 

 気取った風に馬上で拝礼しつつ、ニコルが巧みに速度を落としていく。

 今日初めて乗った馬だというのに、もう人馬一体という風情だ。

 ノアは旗槍を前方に突き出し、再び声を発した。

 

 馬が加速する。

 それでも相手は、左右共にしっかりと追いすがってきている。

 足並みが乱れたり、大きく遅れている者もいない。

 

 充分だ。

 これ以上駆ければ、谷の広い所へ出てしまう。

 ノーラは合図して、軍勢をピタリと止めた。

 甲高い鳴き声と若干のどよめきの後、相手の三十騎も止まった。

 

「我々は月の国マーブリスの正規軍である! ……お前の望み通りだ! 来てやったぞ、不良息子!!」

 

 青空へ向けて、ノーラは大きく声を張る。

 しばしの間が空き、左の斜面で三騎が動いた。

 男女の話し声。何やら揉めている。

 結局山を下りてきたのは、短めの斧槍を携えた軽装鎧の一騎だけだった。

 

 

「どうも。お忙しいところ、悪いですね」

 

 

 顔に三日月の刺青を入れた、まだ幼さの抜けきらない青年だ。

 頑張って眉を寄せ、口元を吊り上げて威嚇しているが、育ちの良さが滲み出ている。

 跨っているのは、やはり怪鳥だ。

 しかしビードの山騎士が運用していた怪鳥より、二回りほど小柄。

 こちらの馬と比べても若干小さい。

 

「忙しいと知っているなら、手間をかけさせないでほしいのだがな」

 

 旗槍を肩に担ぎ、ノーラは青年に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 突如として月の国マーブリスを脅かした北方の二勢力、"蛮地"と神聖国家オラトリア。

 "月影騎士"として遇されるエルフ達ですら理解の及ばない難敵を前に、マーブリスと戦神の軍は互いの利益のために協力体制を取った。

 広大な大陸西方に埋もれる人材発掘もまた、その協力の一つである。

 

 マーブリスにとっては、国力増強のため。

 戦神の軍にとっては、再起と復讐のため。

 

 月の王は自ら筆を取って、数百枚の高札を書いた。

 国難を何としても乗りきり、マーブリスの未来を揺るぎないものにしたい、と。

 そのために、全ての月の民の力を結集したい、と。

 

 月影騎士や戦神の諜報集団"砂粒"の助力によって王の高札は西方各地へ迅速に設置され、多くの月の民が立ち上がった。

 村や街では出来うる限りの備えが始まり、領内の商人達は異常な安値で都や軍に大量の物資を融通してくれた。

 さらに小さな集落の長から主要都市の領主までもがこぞって都へ向かい、王城の大広間で連日連夜議論を交わしたという。

 月の王家の、積み上げてきた信頼。

 月の民の、咄嗟の行動力。

 それは余所者であるノーラの目から見ても、素晴らしいものだった。

 

 しかし、とある裕福な街で事件が起きた。

 王の高札に、落書きがされたのだ。

 

『俺に勝てば、助力してやる』

 

 短いが力強く、それでいてあまりにも無礼な一文だった。

 月影騎士の魔術で現地へ跳んだノーラ達に街の領主や有力者とその親族がすぐさまひれ伏し、己の首を差し出してきた。

 

 領主曰く、犯人は自分の三男坊で間違いないという。

 恵まれた生まれ故に時間と力を持て余した若者達をまとめ上げていた、まだ二十歳にもならない青年とのことだ。

 成人した後は武器を買い集めて、周辺の野原で調練なのか喧嘩なのか分からないことをずっと続けていたらしい。

 また、フォルラザとオズワルドの大戦の情報が届いてからは、街近くの山間部に入るようになった、と。

 三男坊達だけでなく、御せずに甘やかし過ぎた自分達にだって大きな責がある、とも。

 

 ノーラはひたすら頭を下げ続ける領主達に、言い放った。

 

『勝てばいいのだな?』

 

 

 

 

 

「俺の名は……」

「名前は後で聞く。お前が虚勢だけの男でないと分かった後にな」

「何だって?」

「陛下直筆の高札に落書き出来るほどの器量があるかどうか、見極めてやる。……無礼の咎は大きいぞ。私に認められなければ、お前達だけでなく親族全てが死罪になる」

「っ!!」

「同じ三十で相手をしよう。殺す気で来い」

「……わ、分かった。その首、俺がいただく!!」

 

 ノーラに対して、殺意と斧槍が向けられる。

 可愛らしいものだ。

 武の気配も、領土の北辺で城塞都市を守るマーブリスの正規兵に遠く及ばない。

 その上、ことの重大さに今さら気づいたのか、表情には後悔の色がある。

 

「仲間の元へ戻れ。そちらの合図で始めよう」

「……っ、木笛の音が合図だ。さっさと三十騎を分けろよな」

「よし。決心がつけば、いつでも仕掛けてこい」

 

 何度か振り返りながら、領主の三男坊は怪鳥に右の山の斜面を駆け上がらせる。

 右の十騎に状況を伝えに行ったのだろう。

 流石に木笛一つで全ての意図が伝えられるほどの、高度な連携は出来ないらしい。

 

「……先輩。あれ、本当に人材ですか?」

「ただのガキんちょじゃん。ニコルよりガキんちょ」

 

 戻ってきたニコルがナギッサと一緒に呆れたように囁いてくる。

 

「人材とは、即戦力になることが全てではない。今は心身共に甚だ未熟でも、素質を見せればそれでいい。ここまでの限りでは、最低限の統率力と気概はあるしな」

「まあそうですけど。マーブリスで十年後二十年後に活きてくる感じですかね……」

「ナギッサ。森の木々は、彼らについて何と?」

「んー……『頑張れ』って応援してるみたい」

「ふっ、そうか」

 

 三人で話している内に、マーブリスの将が二人寄ってきた。

 いずれもあの青年と大差無いほどに若い。

 しかし片や城塞都市で、片や月の都でそれぞれ確かな素質を認められて、鍛え上げてほしいとノーラに預けられた者達である。

 武の気配も面構えも中々のもので、ノーラ達の素性もしっかりと知らされている。

 将来、月の軍の中核となっていく者達だ。

 

「話はニコルから聞いているな。戦神の軍がこの西方で得た兵士三十を預ける。首を貰うと言われた以上、私も加わるが……見ているだけだ」

「戦い方は、全てお任せいただけますか?」

 

 将の問いかけに、ノーラは少し思案した。

 三男坊の表情は、最初は虚勢。次は殺意と後悔。

 ただ順当に蹴散らしても、それでは何も分かるまい。

 

「……二つ注文をつける。一つ目、相手を一人も殺さないこと。二つ目、戦神騎士ノアを活用すること」

 

 二人の将の顔が、僅かに強張った。

 

「ノエリア、来い!」

 

 ノーラが偽名を呼ぶと女騎士が一人、馬を進めてきた。

 白銀の大剣を背負い、漆黒の胴鎧を身に纏った、金髪碧眼の美人。

 

 戦神騎士ノア。

 

 ノーラがマーブリスと正式な協力関係になった後で、合流してきた戦神騎士である。

 以前は年長の戦神騎士であるケイトやウィルフレッドの下で働いていた。

 もうじき二十歳になる程度の若手だ。

 エルフほどではないが抜群の容貌をしていて、軍事行動中は長い金髪を後頭部にまとめている。

 

「ノア、お前にも戦ってもらう」

「はい」

「人間も怪鳥も殺すな。顔を潰すな。手足を切断するな。骨すら折るな」

「はい」

「どう戦えばいいと思う?」

「…………」

 

 無愛想な応答が止まり、感情の無い碧眼がじっと、ノーラを見つめてきた。

 戦神騎士ノアは、フォルラザがあった頃からこういう軍人だ。

 命令を与えれば、それを全うするために全力を尽くす。

 命令を与えなければ、自らの意思で動こうとしない。

 

 戦神騎士が百人以上いた、フォルラザ全盛期ならばそれでも良かった。

 だがこれからの再起と復讐の道のりの中では、変わっていってもらわなければならない。

 もう戦神騎士は十人しかおらず、そのいずれもが戦神の軍の要となるべき存在なのだから。

 

「自分で考えて戦え」

「……はい」

「おい、いつまで準備に時間かけてるんだ! 正規軍だろ、早くしてくれよ!」

 

 全ての準備を終えて、左の斜面の上に戻っていた三男坊。

 その焦れた声にノーラは適当に返し、マーブリスの将二人へ向き直る。

 

「ノアが勝手に動く。それを上手く使うように」

「はっ」

 

 ようやく、戦神の軍から三十騎が切り分けられた。

 その直後。

 

 ピピィーーッ。

 

『クエェッ!』

 

 こちらが隊列も整えぬ内に、左右の山から怪鳥が素早く駆け下りてくる。

 若者達の、向こう見ずな突撃。

 しかし。

 

 ズアッ。

 

『ッッ!!?』

 

 ノアが武の気配を全開にした。

 怪鳥達はまるで壁にぶつかったかのように大きく怯み、足を止め、あるいは騎手を振り落として逃げ出す。

 味方の馬も恐慌した。

 

「下馬! まず将を確保!」

「ノエリア殿、右の足止めを!」

 

 "百人力"の存在感が生んだ混乱を、マーブリスの若き将達が活かしきった。

 怪鳥を御すのに必死になっていた三男坊を、兵士達が引きずり下ろして拘束。

 何が起きたのか分かっていない他の者達は、取り落とした武器を拾うことすら出来ない。

 左の二十人が容易く組み伏せられる中、下馬したノアが右の唖然としている十人へ視線を向け、大剣を斜面に叩きつける。

 山が、僅かに揺れた。

 

「ひぃぃっ!!」

 

 若者達は腰を抜かし、怪鳥は我先にと逃げ去った。

 

「あんまりマーブリスのお二方の経験にならなかったですね」

「まあ手っ取り早い勝ち方だけど……身も蓋も無いかな。三男坊の素質もよく分かんなかったし」

 

 怯えて暴れる馬をなだめながら、ニコルとナギッサが戦を総括する。

 ノーラもまた、自身の短く切り揃えられた赤い前髪を弄った。

 

 いつでも仕掛けてこい、と相手に言った。

 自分で考えて戦え、とノアに言った。

 その結果がこれである。

 

 ノアは提示された条件の中で、確実に勝てる選択肢を選んだ。

 武の気配と実力の一端を見せつければ、軍人でない若者の集団など一瞬で総崩れになる。

 その判断は正しい。

 だがこれは、未熟な人材を試す戦である。

 

「っ、っ……!」

 

 馬を落ち着かせたノーラの元へ、領主の三男坊以下三十人の若者達が連れてこられた。

 死者はいない。負傷している者も、ごく僅かだ。

 マーブリスの将達に預けた戦神の軍は、負傷どころか息も乱していない。

 

「……ノア、少しやり過ぎだ」

「はい」

 

 馬に跨り直し、無表情で戻ってきたノア。

 加減しきれなかった後輩を、ノーラは嗜める。

 

「私達はあくまで人材を探しているのだ。賊を蹴散らしているわけではない」

「はい」

「彼らの力が、ろくに見えなかった。まあ、今は所詮その程度だということでもあるが……もう少し考えて動くように」

「……はい」

 

 ノーラが話を終えると、ノアはすぐに視線を切って後ろに下がった。

 ニコルのように生意気なわけではない。

 だが、極めて扱いづらい。

 

 同期のローランはどうやってこの無愛想な後輩を懐かせ、四六時中連れ回していたのか。

 やはり、顔と胸目当てか。たまにデレデレしていたし。

 いや、今はそんなことを考えるべきではない。

 思考を完全に切り替え、ノーラは三男坊に向き直った。

 

「さて。戦の感想を聞こうか、無礼者」

「……あれは何の魔術だよ」

「魔術?」

「怪鳥が一斉に怯えた奴だ! 使ったのは多分、大剣の女だろ!? あんなの初めて見たぞ!」

「ああ、これか?」

 

 ノーラは自身の武の気配を剥き出しにした。

 先ほど以上の凄まじい重圧に若者達は息を呑んで後ずさり、震えながらひれ伏す。

 その場に何とか踏み留まったのは、領主の三男坊と一人の少女だけだ。

 

「これは魔術でも何でもない。鍛え上げれば自然と身に着く、"武の気配"と呼ばれるものだ。そういうものがあることくらいは知っているだろう?」

「……知ってる。けど、それで怪鳥達があんなに怯えるなんて」

「賢い魔物は力の差に敏感なものだ。それでも騎手を振り落として逃げ出したのは、お前達の躾のせいだがな」

「何なんだ、あんた達は……?」

「月の国マーブリスには"百人力"の最精鋭がいる。私もあの大剣使いも、それだ」

「"百人力"って……南方の戦神騎士みたいな!? この国にもあんな奴らが……」

「私達は"月影騎士"。長い平和で腑抜けた国だと思っていたか? 西方の覇者を舐めるな、小僧」

 

 ノーラはマーブリス王家と打ち合わせた通りに、身分を称した。

 エルフ達と"砂粒"の高度な諜報に加え、ノーラが旗槍を掲げて西方中を動き回る以上、そういうことにしておいた方が都合が良いのだ。

 マーブリスはずっと、最精鋭"月影騎士"を隠し持っていた。

 この国難でそれをようやく内外に披露した、という体裁だ。

 "蛮地"やオラトリア相手の防衛戦への加勢についても、将兵にはそう説明している。

 

「月影、騎士……」

「お前が愚かな真似をしなければ父親の領主が都へ上ってその存在を聞き、いずれお前の耳にも入っただろう。その後でもあんなことが出来たか?」

「ぅぐ……!」

「ふん。人を斬った経験は?」

 

 ノーラは武の気配を発したまま目を細め、馬上から三男坊達に問いかける。

 少女は流石に耐えきれなくなったのか、青ざめた顔を俯けた。

 だが三男坊は頬をひくつかせながらも、じっと見つめ返してくる。

 

「……ある。十五で成人してからの数年間、皆で厳しい調練をやってきた。隣のこいつが"治癒"の魔術を使えるから、時折本物の武器で斬り合いだってしてた」

「そうか。人を殺した経験は?」

「な、仲間を殺すわけないだろ!」

「ならば賊徒の類と戦ったことは?」

「……ここらに、賊なんかいない」

「だろうな。厳しい調練が聞いて呆れる。お前達がやっていたのは、ただの遊びだ」

「なっ」

 

 青年の目が見開かれた。

 

「木笛が鳴る前に、こちらの三十は既に武の気配を放っていた。私達月影騎士は抑え込んでいたが……それでもお前が本当に厳しく鍛えていたのならば、あの時点で分かったはずだ。絶対に勝ち目が無いとな」

「……!」

「答えろ。仕掛けてきたのは何故だ? 仲間と家族のために勝たねばならないと思ったからか? 単純に力量差が読めなかったからか?」

 

 庇うように前へ出ようとした少女を、青年は押し留めた。

 涙で潤む瞳。しかし、ノーラから決して視線は離れない。

 

「両方、です。怪鳥の方が馬より速いし丈夫。同じ三十騎でも、こちらは山の斜面から挟み撃ち。鍛えてきたんだからきっと勝てる……と思っていました」

「状況判断は間違っていない。怪鳥と馬の比較も、予め仲間を左右に散らしていたのも、谷の狭い所で現れたのもな。だが、一番肝心なものが見えていなかった」

「ぅっ……」

「その程度で、よくも陛下に無礼を働いたものだ。あれが戯れで立てられた高札だとでも思ったか? お前のせいでお前自身も仲間達も、その家族も全員死罪。皆、あの街の有力者だそうだな。街は滅茶苦茶だ、馬鹿め」

「くっ、ぅ、ぅぅっ……!!」

 

 若者達が、蹲って嗚咽し始める。

 それでも三男坊だけは涙を溢れさせながらも歯を食いしばり、馬上のノーラを見上げている。

 

「馬鹿は馬鹿らしく、ここで縛られて無様に寝ていろ。まずお前達の家族の首を刎ねてくる」

「ま、待って!! 待ってくださいっっ!!!」

 

 馬首を返したノーラの背中に、大音声が突き刺さる。

 振り返ると、震える瞳が確かに燃え上がっていた。

 青年が膝をつき、頭を地面に打ち付ける。

 

「陛下への大変な無礼を、深くお詫び申し上げます! 全て私の軽率な振る舞いが招いたことです!!」

「そうだとも。見合うだけの実力があればまだ考慮してやったが、お前は単なる増長した小僧だった。ひれ伏そうが自決しようが、もう遅い」

「分かっております! 分かっておりますっ!! それでもどうか私の首一つで、許していただけませんか!?」

「……随分と都合の良いことを言う。領主の息子の癖に、罪と罰の仕組みも知らないのか? あの高札は陛下の直筆であり、月の民全てに向けられたものだ。それを辱めることは、陛下を辱めることと同じ」

「っ、はい……」

「そして今や多くの月の民が、国難に対して奮起している。お前は陛下のみならず、そういった同朋全てに唾を吐いたのだ。今回のような蛮行を理由無く許せば、国家は成り立たない」

「……ぐす。は、はい」

「それでもなお、首を差し出せば全て丸く収まると思っているのか? 自分の首一つに、それほどの価値があるとでも?」

「思って、おりませんっ……ぐすっ、ぅ……ですが、お許しください……! ひぐっ、悪いのは、悪いのは全部私です……どうか、この首でお許しをっ……!!」

 

 ノーラはニコルへ視線を送る。

 年齢不相応に聡明な少年騎士は、何も命じずとも既に準備を終えていた。

 鞘に収まった、二本の剣。

 その一本が、ひれ伏す領主の三男坊の前に投げられる。

 

「!」

「お前の首に、そこまでの価値は無い。月の民ならば情けない言葉より、行動で覚悟を示せ」

「え……」

「月影騎士ノエリアが相手だ。……ノエリア!」

 

 後ろに下がっていたノアが、偽名を呼ばれて再び前に出てくる。

 一瞬で戦の決着をつけた張本人だ。

 若者達は引きつった声を漏らし、さらに大きく震え上がった。

 

「殺すな。怪我もさせるな。その上で、しっかりと奴の器量を引き出せ」

 

 武の気配を抑えたノーラが、耳打ちする。

 言っている意味が分からないというように、ノアは応答せず視線だけを寄越した。

 

「合流した時から言ってきた通りだ。自分で考えろ。そして行動しろ」

「…………はい」

 

 ノアは相変わらず淡々と応答して、下馬。

 そしてニコルから剣を受け取り、進み出た。

 三男坊もまた、剣を拾って何とか立ち上がる。

 後ろの若者達が「無理だ」「やめて」「勝てるわけがない」と口々に騒ぐ。

 

「黙ってろっ!! 全部俺のやったことだ……俺の、俺がっ……!」

「…………」

 

 鞘から剣を引き抜き、震える刃を中段に構える青年。

 ノアはといえば、剣を抜くことすらしない。

 ただ突っ立っているだけだ。

 

「うおぉ……っ!?」

 

 剣を振り上げた青年が、そこで固まる。

 後ろの若者達が悲鳴をあげて逃げ出そうとするも、戦神の軍勢によって阻まれた。

 マーブリスに入ってから得た、ノーラとニコルによる選りすぐりの三十人だ。

 先ほどの戦を征した彼らの表情もまた、僅かに張り詰めている。

 

 ノアが武の気配を、鋭く前方のみに尖らせているためだ。

 

 こういう芸当は通常、グリムロ副長のように歴戦の末に体得するものである。

 しかしノアは天性の素質があるらしく、武の気配の制御が極めて巧みだった。

 一方向に集中された圧力は当然、これまでの比ではない。

 

「……あそこまでやる? ノアのあれ、初対面ならあたしでも逃げるよ」

「だが、彼は逃げていない。剣を下ろしていない」

 

 ナギッサの呟きに、ノーラは僅かに笑んで応えた。

 酷く恐慌した若者達が、命乞いや制止の言葉を散々に喚き散らす。

 

「う、うるせぇっ! うるせぇうるせぇ!!」

 

 がむしゃらな雄叫び。

 刃が振り下ろされ、鞘に収まったままの剣に軽くいなされた。

 愕然とする青年。

 その軽装鎧の胸元を、ノアが小突く。

 戦神騎士の膂力に抗うことなど出来ず、青年は簡単に倒れた。

 

「続けてください」

「へ……?」

「私に剣を抜かせるまで、続けてください」

 

 無茶苦茶な要求だ。

 出来るわけがない。

 とはいえ、あれでもノアなりに考えて行動しているのだろう。

 

「ノア先輩って、教える立場にしたらまずそうですね」

「そうだな。今度、実際に兵士達を鍛えさせてみるか」

「うわ。最低ですよ、ノーラ先輩」

「同じことを考えていた癖に。顔を見れば分かるぞ、ニコル」

「立ってください」

 

 ノーラとニコルの雑談に構わず、ノアが促す。

 領主の三男坊は涙と鼻水と涎を垂れ流した顔を歪め、しかし歯を食いしばって立ち上がった。

 脚衣の股間が、惨めに湿っている。

 それでも。

 

「うあああぁあぁぁぁっっ!!!」

 

 先ほどよりも猛々しい雄叫びが、色鮮やかな谷に響き渡った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 夕暮れ時。

 

「やたら脅してた割に甘々な対応ですね、ノーラ先輩」

「当たり前だ。あれだけ大きな街の領主や有力者の一族を、皆殺しになど出来るか。そんなことも分からず怯えるから、あのクソガキどもは未熟だというんだ」

「あはは、そりゃそうだわ。ま、仕方無いんじゃない? 戦神の使徒に凄まれたら普通怖いって」

 

 ノーラ達戦神の軍は借りていた馬を全て返し、ひれ伏して見送る領主達を後目に街を出た。

 高札への落書きは、ナギッサが人間の魔術士のように杖を使い、元通りにした。

 とはいえ、完全に不問というわけではない。

 

 領主の三男坊とその仲間達は皆、月の都で軍役を課されることとなった。

 罰としてひねくれた性根を叩き直す、という名目である。

 立派な軍人になるのは何年も先の話だろう。

 だが、それでよい。

 国中の人材を掘り起こすというのは、そういうことなのだから。

 

 最終的にノアにため息をつかせ、剣を抜かせた青年。

 突き刺すような武の気配の中を同じく立ち上がり、必死に彼を応援し続けた若者達。

 素質は、しっかりとあった。

 彼らは確かに、マーブリスという国家が欲していた人材だった。

 ノーラは彼らの名前を、胸に刻んだ。

 

「全軍、礼!」

 

 街の外に待機していたマーブリス本来の遊軍が、将の号令によってノーラ達に拝礼する。

 その後ろには、逃げ出していた怪鳥を捕まえ直した三十人の若者達。

 

「世間知らずの馬鹿どもだ。だが、腰抜けではない。使い物になるよう、都で鍛えてやってくれ」

「かしこまりました!」

「あ、あの!」

 

 それだけを伝えて立ち去ろうとしたノーラに、領主の三男坊が声をかけてくる。

 涙の跡は、まだくっきり残ったままだ。

 しかし、充血しきった瞳は、出会った時よりも強い光を宿していた。

 

「その……本当にありがとうございます。俺の無礼な真似を許してくださって」

「私は許す気など無かった。お前のしつこさを認めたノエリアに感謝することだな」

「は、はい! ありがとうございます、ノエリア様!」

「……いえ」

 

 勢いよく下げられた頭に、ノアは僅かに困惑した様子で素っ気なく応答した。

 

「お前達全員に言っておく。二度目は無いぞ。それを心に刻んで、調練を受けろ」

「……はい」

「今までやってきたことが所詮遊びだったと分かるような、過酷なしごきが待っている。そして今度ふざけた真似をすれば、私がお前達の首を刎ねに行く。……いいな?」

「っ、はい!」

「声が小さい!! 後ろの連中もどうした!! こいつ任せの木偶か!?」

 

 ノーラの発破に皆が拳を握り、大声を張り上げる。

 若者達の威勢にノーラは微笑み、旗槍を掲げて振るった。

 戦神の軍の象徴たる、獅子の赤旗だ。

 しかしそれはエルフの業によって、ノーラ達以外には別物に見えている。

 

 黒地に、銀の三日月。

 その三日月につがえられた、三本の矢。

 "月の女神"を信仰する、大陸西方の覇者マーブリスの国旗である。

 

 若者達も軍人達も、雄々しく翻る旗に目を輝かせた。

 

「ふふっ。しっかり励め、小僧ども」

「ありがとうございます、ネリス様!!」

 

 感謝の言葉と自身の偽名を耳に収め、ノーラ達は駆け出した。

 背中を、月の民の声が力強く押してくれる。

 

「ノーラ先輩って、本当に格好つけですよね」

「言えてる言えてる。もうちょい地味にやらないと、そのうち西方一の有名人になっちゃうよ?」

「有名になるのは月影騎士ネリスだ。戦神騎士ノーラではない」

「屁理屈ですね」

「屁理屈だよね」

「うるさいな、ガキと年増が」

 

 並走しながらひそひそ軽口を叩いてくる、ニコルとナギッサ。

 腹を割った二人の友に軽口を返し、ノーラは西方の夕焼け空を見上げた。

 

 将来は吟遊詩人か、とニコルは大陸西方に入った当初よく言っていた。

 今はナギッサが、自分の将来を茶化してくる。

 

 だが。

 

 それはあくまで冗談であり、ノーラが本当に考慮すべき将来ではない。

 

 

『復讐を成し遂げた後は、どうするおつもりですか?』

 

 

 この西方で最初に接触した人材。

 戦神騎士の古参であるジェラルドが紹介してくれた、魔術士の才人。

 彼の問いかけが、思い起こされる。

 

「ナギッサ」

「ん、なーに?」

「先ほどの谷でひと通り調練を終えたら……またエリオットに会いに行きたい」

「……答え、出たの?」

「いいや」

 

 ノーラは山の向こう側に沈む夕日へ向かって駆けながら、エルフの友に笑いかける。

 

「あの理屈屋が吐く言葉を、なんとなく聞きたくなった」

 

 友の煌めく碧眼には、どこか揺れる自分が映っている。

 しかしその揺れは、いつまでも見て見ぬふりは出来ないものである。

 

 戦神の軍の旗頭として、いずれ向き合うべきものだ。

 

 長く険しい、再起と復讐の道のり。

 その果てで。

 




 やはり生活環境の変化で、投稿頻度が落ちてしまいます。
 ご容赦ください。
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