戦神騎士物語   作:神父三号

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第54話 ノーラの道・月覆う闇

 神聖国家オラトリアに、動きあり。

 

 城塞都市ルネシアに最速の報告を入れてきたのは、やはりエルフ達だった。

 

「はぁっ、はぁっ……! じ、実際にこの目で見ると、恐ろしいわ。あんな闇の魔物がいるだなんて……!」

 

 同朋の男エルフに支えられていた月影騎士メリッサが膝から崩れ、苦しそうに呻く。

 ドレヴァン将軍の屋敷でノーラ達四人の戦神騎士が、将軍と話し合っていた夜のことだ。

 美貌は汗にまみれ、蒼白になって歯をカチカチと鳴らしている。

 

「ぅぐっ……ちょっと、近づきすぎたわね。はぁ、はぁ……」

「ったく。俺は無理するなって言っただろうが、メリッサ」

「すまんな、月の最精鋭達よ。よくぞ戻ってきてくれたわい。報告は一旦休んでからとしよう」

「それは駄目よ! 私だって、月影騎士なんだから。戦神の使徒やドワーフにばかり、良い格好はさせられないわ」

 

 外套の袖で汗を拭い、メリッサが息も絶え絶えに立ち上がる。

 

「数は……敵の数は人間の兵士が一千くらい。屍のまま動いている馬が、っ……数十混じっていたわ。けれど、あくまで歩兵が中心に見えた。船以外に特殊な装備は無し。武の気配も進軍速度も、ごく普通」

「……"姫神"は?」

 

 ノーラの問いかけに、エルフの碧眼が大きく震える。

 

「場違いに着飾った女の子が軍の中心で、白馬に乗っていた。滅茶苦茶な闇の気配を漂わせてね。……確実に、あいつが"姫神"よ」

「でも、前の子とは違うんですよね?」

「そうみたい、ニコル君。だけど魔術で遠目に見た限りでは……やっぱり君よりもっと幼かった。十一、二歳くらいじゃないかしら」

 

 強大な闇の魔物、"姫神"。

 オラトリアを統べるその魔物が大河川の対岸にやってきて、ノーラとニコルに宣戦布告した夜。

 その少し後で戦神の諜報である"砂粒"達が、相手の痕跡を細かく調べ上げていた。

 対岸に残されていたのは、四肢が千切れた馬の屍。

 そしてそこら中に飛散した、人間の肉片と布きれ。

 

 "姫神"は闇の外で活動するために、少女の依代を必要とするのだろうか。

 

「あの月の無い夜に、奴を最初に見たのは俺だ。……だが、あの時よりも遥かに闇の気配が濃かった。あれは虚仮脅しじゃないぞ、ドレヴァン翁。本当に、マーブリスを攻め滅ぼすつもりだ」

 

 メリッサを支えていたエルフの男もまた、その場に胡坐をかいて大きく息を吐く。

 

「……ふむ。ワシらは三度の防衛戦で、オラトリアの練度や装備を把握しとる。奴らが歩兵主体で、通常の速度で来るとすればやはり」

「満月の夜、ですね」

 

 ノーラはドレヴァン将軍と頷き合う。

 

 一千の軍で、三度目の満月の夜。

 

 どうやら"姫神"は、予告通りに攻めてくるらしい。

 だが、それは分かっていたことだ。

 根拠など無いが、少なくとも戦神騎士達は確信していたことだ。

 

「……っ。ノーラ、ごめんなさい。私達余裕が無くて、"砂粒"さん達に伝達出来なかったわ」

「大丈夫だ。通常の軍の動きならば、彼らは充分対応出来る。偵察も、自衛もな」

「ノーラ! メリッサ姉さま!」

 

 慌てた様子のナギッサに続き、数人のエルフが部屋の中に魔術で跳んでくる。

 強大な闇の魔物にも怯えず、果敢に助力を続けてくれていた者達だ。

 月の国マーブリス本来の最精鋭、月影騎士達だ。

 

「……ついにこの時が来た。月の民の、親愛なる隣人達よ。かけがえのない友人達よ」

 

 老将軍が背筋を伸ばして胸を張り、呼びかける。

 

「忌まわしい闇の怪物に対してもそなたらは踏みとどまり、最大限の手助けをしてくれた。その信頼と友情に、我々は応えてみせる。月の国は侵させん。当然、そなたらの森もじゃ。必ずや、このルネシアで食い止める」

 

 拝礼した。

 人間も、エルフも、この場にいる者全てが。

 

「そなたらエルフは、闇を天敵とする種族。悪意を剥き出しにした莫大な闇にあてられれば、心身が危ういかもしれん。しばし、故郷の森に避難されよ」

 

 言葉を交わし、抱擁を交わし、エルフ達が魔術で姿を消していく。

 メリッサはニコルと"姫神"の件で言い争ったことを再び謝罪し合い、再会の約束の後に跳んだ。

 最後に残ったのは、ノーラの友だった。

 

「ノーラ、負けないでね……! 絶対に、絶対に勝ってね!!」

「大丈夫だ、ナギッサ。さっさと片付けてやるさ」

 

 ノーラはこのマーブリスで得た友と、固く抱きしめ合った。

 友は目じりに涙を溜めたままゆっくりと離れ、やがて森へ帰った。

 

「……まるで僕達が死にに行くみたいな仰々しさですね、エルフさん達は。普通に蹴散らして終わりなんですけど」

「ワシもあそこまで神妙な彼らを初めて見たわい。それほどに"姫神"を恐れとる、ということか」

「うーむ。ノーラもニコルもノアも抱擁してくれる者がいたのに、私は数人握手してくれただけ。これいかに?」

「えー……アレクシスさんは僕達と違って、マーブリスに来て日が浅いからじゃないですかね?」

「ああ、なるほどな」

 

 早速空気を壊した生意気な少年と年長の魔術士にノーラは頭をかき、ずっと机の上に広げられていた地図に視線を戻した。

 マーブリスがエルフの協力を得て作り上げた、ルネシア以北の精密な地図だ。

 

「さて、戦神の旗頭よ。敵の戦力が知れた。正式な軍議の前に、方針を固めておこうかの」

「承知しました、ドレヴァン将軍。皆、座り直せ」

 

 マーブリスの老将とフォルラザの戦神騎士四人が真剣な表情で、再び机を囲む。

 

 

『そもそも大河川を、渡らせるべきではない』

 

 

 これまでひたすら重ねてきた軍議で、諸将から挙がり続けた意見である。

 マーブリスで軍人をやっていれば、自国の諜報が精強無比であることくらい、自ずと把握するようになる。

 その諜報の正体がエルフであるとは分からなくとも、だ。

 さらに、ノーラ達戦神の軍が最精鋭"月影騎士"を名乗って大陸西方を駆け巡り始めて以降は、"砂粒"も諜報に加わっていた。

 

 ならば当然、侵攻してくるオラトリアに対して充分な備えをし、先制攻撃を加えようという意見は出てくる。

 一度目の防衛戦では、「北方からの大河川越え」という未曽有の侵略に対応が遅れてしまった。

 二度目、三度目の防衛戦では、事前にエルフ達と"砂粒"によって敵戦力を予め把握した上での、実際の地力を推し測る意図があった。

 だが、今回の侵攻は違う。

 

 神聖国家オラトリアを統べる常識外れの闇の魔物が、自ら出陣してくるのだ。

 

『渡河中の船に大量の矢と魔術を浴びせかけ、片っ端から沈めればいい』

『"闇の吹き溜まり"を自ら生み出せるような存在を、領内に入れること自体が危険だ』

『"姫神"とて大河川に沈めてしまえば、水中の魔物の餌になるのではないか?』

 

 実際の敵戦力が判明した以上、この後の軍議でも確実に噴出する意見だろう。

 大陸南方で戦争に明け暮れていたノーラ達戦神騎士からしても、その考えは正しい。

 諜報の質と速度、そして渡河の最中を狙えるという圧倒的な優位があるのだ。

 活かすべきに決まっている。

 しかし。

 

「エルフ曰く、"姫神"の力は前回より遥かに上。……川岸で迎撃する際、奴が何らかの強力な飛び道具を有していれば非常に危険です。その射程次第では、闇の魔物に人間の屍という糧をこちらから献上することになります」

「ですよね。僕とノーラ先輩が大河川を挟んで対峙した時でさえ、あいつの闇の気配は僕達の武の気配を押し返してきました。こっちも全開じゃなかったですけど、今回はあれ以上ってなると……」

「私からも補足を、将軍閣下。闇の魔物対策とはいえ、射撃戦の最中や撤退時に同朋の屍を即座に燃やすのは、至難の業ですよ。混乱と士気の低下が著しいでしょうからね」

 

 ノーラ、ニコル、アレクシスがそれぞれ出した意見に、ドレヴァンが短い白髭をさすった。

 

「……貴公ら戦神騎士だけで、小手調べとして最低限の迎撃をするというのは?」

 

 ノーラは目を閉じた。

 自分の旗槍とノアの大剣は、強力な衝撃波を放てる。

 ニコルの双剣も鋭い剣圧を飛ばせる。

 だが、いずれも弓矢ほどの射程は無い。

 戦神騎士が撃ち合いで頼みに出来るのは、アレクシスの魔術だけだ。

 とはいえ、それでもしも敵が調子に乗って近づいてくるならば、上陸間際で一気に戦力を減らすこともできるだろう。

 しかし。

 

「……そうした際の懸念点が二つあります、将軍。一つ目。仮に撃ち合いで私達の誰かが負傷して引き上げた場合に、将兵が『大事な緒戦で"百人力"の最精鋭が力負けした』と感じる可能性があること」

「むぅ……」

「二つ目。私達の容姿や戦神の加護の気配を欺いて月の民に見せかけている、このエルフ製の首飾り。これが闇に侵され、力を失う可能性があること」

 

 目を開けたノーラは、ナギッサの作った首飾りを懐から取り出して、ドレヴァンに見せた。

 

「どちらも、ルネシアに集結した将兵には多大な動揺が走ります。特に二つ目が厄介です。月の最精鋭と喧伝されてきた者達が何らかの事情で姿を偽っていたと、開戦直前に知る。二万もの軍勢に、納得のいく説明をすることはほぼ不可能かと」

「ノーラの言う通りです、閣下。私は月の民に『月影騎士とはまさしく月の影。秘密の存在だ』と常々語ってきましたが……それでも臨戦態勢中に改めて言い訳せざるをえない事態は避けるべきですな」

「まあ、僕達の首飾りはどの道戦闘中に力を失って、正体がバレるでしょうけどね。でも、やり合ってる時にバレた方が、まだ勢いで誤魔化しが利くと思います。『説明は後でする! 今は目の前の敵を見ろ!』とか」

 

 戦神騎士達が眉間に深々と皺を作る老将軍に対し、かわるがわる舌を回す。

 四人の戦神騎士がマーブリスの最精鋭"月影騎士"を自称してきたのは、得体の知れない北方の二勢力を相手に軍の士気を高めるためなのだ。

 国家にとって重大な決戦が差し迫っている。

 だから戦闘前にノーラ達の偽装が露見して将兵に疑念を生じさせるのは、もってのほかである。

 

 加えて"姫神"が遠距離攻撃の手段を持たないというのも、かなり楽観的な予想だ。

 闇の魔物は通常の肥えた個体でさえ、闇の武器を投擲するくらいは出来るのだから。

 

 理屈は、これで充分に通っているだろう。

 理屈としては。

 

 不意に、ドレヴァンがノーラから視線を逸らした。

 ずっと机上の地図を見つめている、戦神騎士ノアへと。

 

「ノア殿、良ければ意見を聞かせてくれんか?」

「……渡河中に攻撃した場合。"姫神"の位置取り次第では一千を置き去りに、無傷で撤退されてしまいます。そうなれば、次の攻勢は予想不能です。この機に備えて二万を集め、維持してきた以上、敵兵一千だけの戦果では」

「そうではない。貴公が今、純粋に思うとることじゃ」

 

 どこか優しい老人の声に、二十歳になったばかりの女騎士は顔を上げた。

 

 

「姫神は予告を違えませんでした。ならば私も……私達も、満月の夜に決戦をしたいです」

 

 

 そう語った碧眼には、確かな光がある。

 勇猛果敢な獅子の如き、力強い輝きが。

 ドレヴァンは大きな声をあげて笑った。

 

「……まったく。貴公らの扱いにもだいぶ慣れてきたわい。戦ごとを語らせれば随一。しかし、やはり戦神の民は戦神の民だの」

 

 読まれていたか。

 ノーラは顔をほころばせた。

 ニコルとアレクシスが、乗り出していた身を背板にもたれて苦笑する。

 二人とも、ノアと同じ眼差しをしている。

 おそらく、自分もそうだろう。

 

「大河川を素通りさせ、あえて野戦で迎え撃つための理屈。それは情報や経験に基づいて仮定を重ねれば、私達はいくらでもひねり出せます」

「であろうな。その上でノーラ殿。戦神の旗頭としての、貴公の最終判断は?」

「私達の想いはノアが率直に語ってくれました。……ですが、戦神の軍はあくまで見返りのために、この国へ助力している立場」

 

 そうだ。

 戦神の民としては図抜けた強者と、全力でぶつかり合いたい。

 それでも、これは月の民の戦だ。

 戦い方を決めるのは、月の民であるべきなのだ。

 

 

「私達は、月の国マーブリスの命令通りに戦います。将軍がどのような戦を描かれようとも、"姫神"に打ち勝ってみせましょう」

 

 

 老人の皺くちゃ顔が、さらに皺を深めた。

 複雑な感情が入り混じった顔である。

 

「やれやれ。何故よりにもよって、ワシが将軍をやっとる時なんだか」

 

 深いため息一つ。

 それで老人は、軍人へと立ち戻った。

 

「わざわざ着飾ってきた"姫神"に、大河川を渡らせてやろう。しかし、その後は一切容赦せん。上手くいけば奴を討ち取り、国難を終わらせられる好機じゃからな。……戦神の軍よ、悪いが月の走狗となってもらうぞ」

 

 太指が地図上の大河川を指差す。

 

「まず、アレクシス殿は戦の前に出撃じゃ。強行軍で西から大きく迂回して、"姫神"に気取られぬように大河川沿いへ。外套でしかと身を隠し、"砂粒"とワシが最近預けた三十の兵士達を伴ってくれ」

「承知。その後は?」

「単独で間合いを計りつつ、西方に上陸した"姫神"の一千を密かに追ってもらう。開戦と同時に"ノーラのあく……げふん。"月の舞踏"の魔術で、オラトリア軍の武具を破壊じゃ。残りの三十は、頃合いを見て敵の船を沈めさせるように。なお……」

 

 偵察や情報伝達は、"砂粒"に任せる。

 普段の軍議では聞き手に回ることの多いドレヴァンが、ここぞとばかりに舌を振るう。

 

「残る戦神の軍は……いや、"月影騎士"達の率いる精鋭五十は、もちろん一番槍。ルネシアの本隊二万から切り離し、突出させるぞ。月影騎士ネリス、よいな?」

「望むところです」

「将軍、僕から追加のお話を。敵は歩兵中心の一千に、馬の屍数十。普通にやり合えばこんな戦、マーブリスが圧勝です。だから"姫神"も当然何か仕掛けてくるでしょうけど、僕はそれよりも闇を分割する業が……」

 

 ニコルがいつも通りの聡明さで、自身の想定を語り始めた。

 珍しいことに、ノアが小さく頷くように反応している。

 

 ノーラは、自身の頬をさりげなく撫でた。

 勝手に笑みがこぼれる。

 唇の端がつり上がり、獅子の牙が覗いてしまう。

 

 大敵との未知の戦が、始まるから。

 

 月の民の将軍が言った通りだった。

 

 やはり戦神の民は、戦神の民なのだ。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「"闇の廃都"の丸石も持った。敵の武具の分析も万全。では、一足先に出陣といこうかな」

「単独で背後を突く大仕事。羨ましいですよ、アレクシスさん。僕にも魔術の素質があればなぁ……」

「ふはは。……ところでノーラよ。将軍閣下とのお話でニコルが言ったことを、やはり考えておかねばならないぞ」

「"姫神"が全力で来ない可能性、ですね。闇を分割させる業の存在が、それを仄めかしている」

「然様。閣下も気にされていたことだ。奴が一千で充分としたのはこちらを見切った上での余裕であり、慢心でもあるだろうからな」

「ええ。それでも『大陸の西を闇に染める』と予告した以上、投入してくる奴自身の闇とやらは、かなりの量になるはず。打ち破れば、大幅な消耗はさせられるでしょう」

「一番面倒なのはあいつが余裕こいて、僕達にボロ負けした後。力を蓄えるために、オラトリアの闇の中でだらだら引き篭もり始めることですね」

「そうだな。もしもそうなりそうなら……ニコル。いつものクソ生意気さで、自称"神"を上手く挑発しろ。こちらの被害の量を鑑みて、適切にな」

「了解です。ノア先輩も手伝ってくださいよ? 意外と"一対一"で口喧嘩強かったですし」

「分かりました。攻めたてます」

《ふはははは! では、行くぞっ!!》

 

 戦に先んじて一本の矢が、西へと放たれた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「飛竜、飛んできませんね」

 

 馬上のニコルが、夜空を見上げて呟いた。

 ノーラもまた、東を見やる。

 

 近頃はこのルネシア近くにまで飛んできていた、竜神の国オズワルドの飛竜兵。

 それが肝心の決戦当日には、やってこない。

 

 三度目の満月の夜。

 

 いくら諜報が稚拙だろうが竜神の都も、そのくらいの情報は人伝に仕入れていたはずだ。

 

「……騎手の夜目が利かないから。マーブリスを過度に刺激したくないから。あるいは、"姫神"に飛竜を傷つけられることを危惧したか」

「全部ですね。"闇の廃都"で石の英雄様が、飛竜を撃ち落としてますし。この軍勢の前で"姫神"にも同じことをされたら……ってね」

「いいさ。気が散らなくてありがたい」

 

 僅かに怯え始めた自身の馬を、ノーラは脚で優しく抱きしめた。

 もう、闇の気配がじっとりと伝わってきている。

 寒気。そして不快感。

 

「皆! 例の物はしっかり持っているな?」

 

 振り返ったノーラに対し、兵士達が平たい丸石を掲げる。

 自分の懐にあるものを含めて、十個。

 "闇の廃都"で発見された、東風の民の遺産だ。

 石の戦士達に戦う意志を与え、風の業と魔力を無効にする業を発していたものだという。

 

「ローラン先輩のこれ、ジェラルド様曰く『前向きな想いを持つ人間の死に反応するかも』だそうですけど……」

「まあ、何か起きれば儲けもの程度だ。……いや、むしろこんな石ころを、我々の死で喜ばせるな! まだまだ道半ばだぞ!!」

 

 おおっ、と勇ましい応答が帰ってくる。

 ノーラは力強く笑み、戦神の旗槍を掲げた。

 そして左右へ大きく振る。

 戦神の軍五十の後ろでルネシアの守備兵二万が、鬨の声を上げ始めた。

 

 月夜の戦場が、大音声で震動する。

 

 熱い。

 燃えている。

 頬も胸も、握りしめた旗槍の柄も。

 

 ノーラの左右で、ニコルの双剣とノアの大剣が雄々しく輝き出した。

 戦神の武具が、大敵の到来に反応しているのだ。

 

「……来ました」

 

 ノアが若干、声を上ずらせる。

 

 敵の軍勢が満月に照らされ、現れた。

 夜でも浮いて見える、灰白色の軍装。

 その中に一つだけ、純白の衣が混ざっている。

 

 間違いない。

 "姫神"率いる、一千の兵だ。

 

「はは……本当に一千だけで来ましたよ。格好つけやがって」

 

 弾んだ声で悪態をつくニコル。

 ノーラも思わず、歯を食いしばって笑んだ。

 約一千歩の距離。

 

 

『ンん? 何じゃ、少ナいのう。わらわは五万かき集メよと、言っておいたはずじゃが?』

 

 

 嘲笑うような少女の呟きが、ノーラの耳に届く。

 ちらと視線を送ったが、元副官にしていた部隊長もマーブリスから預かった若い将達も、聞こえていないらしい。

 やはりこの距離で"姫神"と話せるのは、戦神騎士だけのようだ。

 

 ノアが白銀の大剣を肩に担ぎ、馬を少し前進させた。

 

「私達が相手です」

『……オヒヒ、馬鹿メ。数十が突出して、何のつモりじゃ? 身の程知らズが』

「それはお互い様でしょ、闇の魔物さん? 僕達を舐めてると、痛い目見ますよ」

 

 "姫神"と後輩達の応酬を聞きつつ、ノーラは敵軍を観察する。

 会敵したのに、陣形すら作っていない。

 

 これまで南下してきたオラトリアの将兵は、曲がりなりにも戦の心得があった。

 だが今回の一千は、ただ漫然と固まっているだけ。

 気迫すら皆無。

 どこか虚ろと言ってもいい。

 

 やはり、何か策がある。

 しかしそれは分かりきっていたことだ。

 

「神聖国家オラトリアの長、"姫神"よ。私は"月影騎士"ネリス。我らマーブリスの最精鋭が、その首を貰い受ける」

『フん、こちらの台詞じゃ。薄っぺらな誤魔化シを剥いで、月に無様を晒させてくれるわ』

「好きにしろ。私の素顔を見た時が、お前の最後だ」

 

 ノーラは合図し、同伴している戦神の諜報"砂粒"を後方へ向かわせた。

 彼らも西方全土から、集められる限りを集めている。

 

 直前の軍議通り、戦神の軍は突撃。

 精兵二万というが、ドワーフ達が提供してくれた闇の魔物に有効な武器は四千しかない。

 加えて、魔術士が一千程度。

 二十倍の戦力差が、そのままに優勢を生むわけではないのだ。

 

 だから自分達"月影騎士"率いる五十が、"姫神"だけを狙う。

 相手が"闇の吹き溜まり"を展開してきても取り合わない。

 中核の少女一人をひたすら最優先。

 残る"吹き溜まり"や兵士は、本隊で揉み潰す。

 

 

「行くぞ、月の精鋭達よ! 月の女神に、栄光あれっ!!」

 

 

 戦神に、勝利を。

 心の中で呟き、ノーラは馬の腹を蹴った。

 いななき。加速。

 

「うおおおぉぉっっ!!!」

 

 先頭を走る旗頭の背中を、同朋の雄叫びが押してくれる。

 

 リィンッ、パパパン。

 

 呼応して、前方から無数の破裂音。

 "姫神"を追跡していたアレクシスの、武器破壊の魔術だ。

 これで一気に片付ける。

 

『オヒッ、くだラぬ。後ろから何をしテくるかと思えば……』

 

 敵も動いた。

 馬の屍数十が武器を失った兵士を乗せ、方々に散らばっていく。

 凄まじい速度だ。

 月光が残像すら生んでいる。

 

「先輩、"吹き溜まり"狙いです!」

「構わん! 後ろに任せろ!! どけぇぇぇっっ!!!」

 

 ノーラは旗槍を振るった。

 白銀の衝撃波が突っかかってきた四騎を吹き飛ばし。

 そして。

 

 ゴワッ。

 

 爆ぜ飛んだ敵兵から、闇が噴き出した。

 だから何だ。

 突っ切ればいいだけ。

 

「!?」

 

 突如、馬が棹立ちになる。

 闇に怯えた。

 違う。

 

 "ぶつかる"のを恐れたのだ。

 ノーラの直感と同時に、後続も皆止まる。

 

「っ、邪魔だ!!」

 

 旗槍を再度薙ぐ。

 攻撃が何かに阻まれた。

 得体の知れない力が、"闇の吹き溜まり"を堅く覆っている。

 

『オヒッ、なるホど。この気配……神の裔ではナいが、近しい存在か? とはいえ、口ほドにもない』

 

 エルフの首飾りが、力を失ったようだ。

 こちらの正体を悟った"姫神"が、闇の向こうで嗤う。

 その直後。

 "吹き溜まり"に、オラトリアの兵士達が散開して突入してきた。

 

「くそっ、外からは入れるんですか!」

「殺すな、気絶させろ! 闇の魔物の糧に……」

 

 ノーラが言い終わるより先に、敵兵が尽く倒れた。

 自害だ。口に毒でも含んでいたか。

 

「全軍下馬! とにかく屍を敵に与えるな!」

「……っ、はい」

「どうなってるんですか、この"吹き溜まり"は!?」

 

 三人の戦神騎士が、滅茶苦茶に武器を振るった。

 衝撃波と剣圧が乱れ飛び、屍を貪ろうと沸いた幼い闇の魔物を蹴散らす。

 他の兵士達も、ドワーフ製の武器で魔物を仕留めていった。

 それでも敵兵は、続々と入ってきて死んでいく。

 

「先輩、これは足止めですよ! こんなことしたって……!」

 

 ニコルが双剣で剣圧を放ちながら、声を張り上げる。

 確かにそうだ。

 戦神の軍を前にして、怨念を啜って肥える余裕など無い。

 敵は幼体のまま──

 

 ドドドゥッ。

 

 重たい爆発音。

 ノーラは目を疑った。

 無数の幼体が軒並み、一瞬で大型へと成長したのだ。

 巨躯に生えた三本の腕。そして闇の武器。

 

『オオォォ……!』

『グォ……オォォ!!』

 

 剣、斧、槍。

 大量の武器が、投げつけられる。

 

「何だこれは……次から次へと!」

 

 皆で懸命に投擲を弾くも、まるで際限が無い。

 闇の武器は、主の手元にすぐ復活するのだ。

 やがて、敵が一斉に距離を詰めてきた。

 

『グオオオッ!!』

 

 三本腕が異なる武器を、滅茶苦茶に振り回す。

 戦神の軍はノーラ達が鍛え上げた、精鋭中の精鋭だ。

 それでもなお、数の多さと攻撃密度に圧倒される。

 

「うぐっ……ノーラ、さ、ま……」

「アレンっ!!」

 

 止まらぬ猛攻に、遂に同朋が倒れる。

 この長く険しい道のりを初めから共に歩んできた、一人の同朋が。

 沸き出す闇の魔物を、ノーラは衝撃波で彼の屍ごとズタズタに吹き飛ばした。

 それでも戦神の民の強靭な肉体は原型を留め、魔物達がむしゃぶりつく。

 

「下劣な化物どもめ……!」

『オヒッ、オヒッ。無様ジゃな、月影騎士ネリス。このマまではわらわが素顔を見る前に死ぬぞ? オヒヒヒィッ!!』

「ふざけんな! ノエリア先輩!!」

「行きます!」

 

 激したニコルとノアが敵中に飛び込み、暴れ回る。

 輝く白銀の刃が躍る度に、闇の魔物が片っ端から霧散した。

 ノーラも奮い立ち、旗槍を連続で薙ぎ払う。

 "百人力"三人の猛反撃で、敵の攻勢が束の間止まった。

 

『……ちっ、使えん雑魚ドもが』

「全軍、一旦下がれ! 後ろに屍は無い!!」

 

 ノーラ達は素早くルネシアの方向へ撤退した。

 しかし、"闇の吹き溜まり"は抜けられなかった。

 眼前の暗闇には、何も無い。

 それでも抜けようとすれば押し留められ、攻撃すれば阻まれる。

 やはり何らかの力が、闇に蓋をしていた。

 

「どうします先輩!? またオラトリアの兵が入ってきますよ! 外の気配だって探れない!」

「落ち着け、ニコル。らしくないぞ。"闇の吹き溜まり"ならば、それを維持するための"要"がある……はずだ」

「……この闇は異常です、ノーラ様。"要"が無い可能性も」

「分かっている。再展開される恐れだってな。それでも一瞬破れば、その間に状況確認が……また来たかっ!」

 

 戦神騎士達の会話を遮るように、闇の武器が再び降り注ぐ。

 屍の怨念を補充し、追いついてきたらしい。

 闇の魔物は歪に動くが、並の兵士より俊敏なのだ。

 この"吹き溜まり"の中では当然、逃げても時間は稼げない。

 

「同朋がやられたら、その分また敵が増える……! ニコル、ノア! "要"を見つけて壊せ!!」

「やるしか、ってことですか! まったくもう!」

「……やります」

 

 抜群の脚力で、ノーラの後輩達が左右に駆けていく。

 ノーラは踏みとどまり、灼けるように熱い旗槍の柄を握り直す。

 

「ノーラ様、ドレヴァン将軍ならば何か策を練るはずです!」

「だが、外も同じ有り様だったら……!」

 

 預かっているマーブリスの若い将二人が、声を震わせる。

 同じ月の民を信じろ、とノーラは発破をかけ、突っ込んできた魔物一匹を刺し貫いた。

 

 確かに数十の馬の屍が、兵士を乗せて散らばっていった。

 ならば、アレクシスは。

 ドレヴァン将軍は。

 二万のマーブリス軍は。

 

『馬鹿メ。わざわざあの鬱陶シい二人を、手放してくれるとはのう』

「くだらない小細工ばかりしてくれる……!」

『オヒッ! どうやらわらわの闇が、よほど恐ロしいようじゃな』

「ほざけ!!」

『ヨく分かった。厄介なのは、そなタら三人……いや。後ろにいた魔術士も含メて、四人だけ』

 

 ふと、ノーラは眼下の光に気づいた。

 飛来した闇の武器を弾き、視線を一瞬下ろす。

 

『四人殺せバ、わらわの勝ちじゃ』

 

 懐の丸石が、淡く緑に輝いていた。

 東風の民の遺産が。

 怨念ではない、別の強い想いを宿すと予想された石が。

 

 

『……ようやく進める。これでようやく、また一歩。あは、あははははっ!!!』

 

 

 少女の狂った笑い声が、ノーラを滾らせた。

 しかしそれは、嫌悪でも憎悪でもなかった。

 




戦闘回なので、続きは明日の今頃に更新です。
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