戦神騎士物語   作:神父三号

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第55話 ノーラの道・闇祓う風

『……ようやく進める。これでようやく、また一歩。あは、あははははっ!!!』

 

 "姫神"の狂笑を聞きながら、ノーラは懐の丸石を取り出した。

 山に吹く一陣の風の紋章が、淡い緑光を帯びている。

 何故、今なのだ。

 戦神の民が死んだからか。

 

「ノーラ様、どうなさいました!?」

『オヒヒッ、どうやら動きを止めタな? 諦めが早イ奴じゃ!』

 

 闇の魔物達の猛攻を凌ぐ同朋が、そして尋常ならざる大敵が、ノーラの様子に反応する。

 だが、"姫神"は石の輝きに気づいていない。

 つまりこの"吹き溜まり"はそのまま、奴の目になっているわけではないということ。

 

 大柄な闇の魔物が三本の大剣を振りかぶり、大上段から斬りかかってきた。

 それをノーラは旗槍の柄であえて受け止め、相手の巨体に丸石を押し付ける。

 何も起きない。

 ならば、武器の方は。

 

『オォッ……!?』

 

 魔力で編まれた大剣が石に触れた瞬間、かき消えた。

 やはり復活している。

 ジェラルドの手紙にあった、魔力を無効にする業だ。

 

「皆、時間を稼いでくれ! ほんの少しでいい!」

「どうするおつもりで!?」

「私を信じろ!!」

 

 敵を打ち払い、そのまま後ろに駆け出すノーラ。

 "闇の吹き溜まり"をさらに覆っている、正体不明の力。

 ノーラ自身の魔力感知には引っかからない。

 それでも、試す価値はある。

 試さなければ、可能性すら生まれない。

 

「行けっ!」

『っ!? 何じゃ、今の綻びハ……?』

 

 闇を抜けた。

 丸石を握った、腕だけが。

 しかし、これでは脱出出来ない。

 

 どうする。

 "姫神"も異変を感じ取ったようだ。

 このままでは、魔物達の攻勢がさらに激化する。

 背後で、また同朋が一人倒れた。

 さらにもう二人。

 息切れの気配が伝わってくる。

 どうする。どうする。

 

「……っ、どうにかなれぇ!!」

 

 戦士の勘。

 ノーラは声を裏返し、地面に落とした丸石を旗槍の石突で貫いた。

 

 ブワッ。

 

 緑風が石から吹き出し、小さな嵐となる。

 戦神の旗頭の、想いを汲み取ったかのように。

 ノーラは直感した。

 風が闇の外側の力を、剥ぎ取ってくれた。

 

『わ、わラわの"聖壁"が!?』

「今だ! 闇を抜けろぉぉ!!」

 

 戦神の軍は窮地を脱した。

 

 満月が照らす、マーブリス北辺の平野。

 そこには大小いくつもの"闇の吹き溜まり"が生じていた。

 ドレヴァン将軍がいるはずの、本陣の傍にさえ。

 

「将軍……!」

 

 ノーラは"砂粒"を呼ぶ木笛を吹き、改めて戦場を見渡す。

 味方の部隊がそこかしこに、細かく散らばっている。

 だが混乱の気配は多少あるものの、崩れてはいない。

 これは──意図的な散開だ。

 互いを援護し合える配置になっている。

 

「だ、誰だお前ら!?」

「ネリス様達はどうした!?」

 

 一番近くにいた数百ほどの部隊がノーラ達に近づき、一斉に武器を突きつけてくる。

 当然だ。

 容姿も戦神の武具も全て、エルフの偽装が解けているのだから。

 しかし。

 

『おノれぇ……! 何をしタのか知らぬが、逃がさんぞ!』

「貴様、その軍装はどこの……」

「うるさい! 私は"月影騎士"ネリスだ!!」

「は、ネリス様!?」

 

 ノーラは"姫神"と誰何してきた兵を怒鳴りつける。

 

「おい、何だその赤髪の……」

「将だな! 部隊ごと私について来い!」

「え?」

「いいから来い! お前達が一緒にいる方が、友軍だと伝わりやすい!」

「え、えっ!?」

「ネリス様!」

 

 いつの間にか平凡な兵士が一人、ノーラの傍へ寄ってきていた。

 微かに漂う同朋の気配。

 戦神の諜報"砂粒"だ。

 

「話は後だ。私に続けぇっ!!」

「ええぇっ!?」

 

 "姫神"に再度捕まらぬよう、ノーラは中年の将を馬ごと引きずって南の本陣へと駆ける。

 四十ほどに減った戦神の軍の後ろを、月の兵士達も慌てて追ってきた。

 戦場の困惑の視線が、こちらへ向き始める。

 まだだ。まだ注目を集める。

 生還の報せは、その後だ。

 

『待てネリス! この腰抜ケめ!』

 

 "姫神"の罵倒に合わせ、先ほどの"闇の吹き溜まり"から追撃が躍り出てくる。

 戦神の軍が乗り捨てた馬の屍に跨った、オラトリア兵達だ。

 しかし騎兵は追いつく前に、散開していたマーブリス軍から矢と魔術の集中攻撃を浴びた。

 発生した闇は、ノーラ達には届かない。

 

『くっ、雑魚ドもが! わらわの邪魔をしオって……!』

「同朋よ、状況は!」

「ドレヴァン将軍はドワーフの武器持ち一千及び魔術士二百を引き連れ、大きく東から"姫神"の背後へ! 加えて同じ構成の一千二百が西から! 残る全軍は戦場全体へ散開! 『"姫神"本陣への攻撃及び"闇の吹き溜まり"への侵入は禁止』との厳命あり!」

「"姫神"の注意は、私達四人だけに向いていると読まれたか。自分達が仕掛けるのは良くも悪くも、月影騎士の後だと」

「そのようです! 伝令はやはり、我らに一任なさっております!」

 

 流石だ、将軍は。

 ノーラは並走している中年の将の呻きを聞きつつ、微笑んだ。

 

「アレク……アルヴィンさんはどうした!」

「"闇の吹き溜まり"から出てきません! 先ほどのネリス様達と同じ状況かと!」

「そこら中にある"吹き溜まり"は? やはりどれも脱出不可能か?」

「初めの内は! その上、内部で闇の魔物が急成長したそうですが、少しして多くの将兵が脱け出してきました!」

「つまり闇を堅く覆う業には、限界がある。だから早々と私達だけに狙いを絞ったな。将軍が今の散開状態を作る前に、"要"を破壊出来た闇はあったか?」

「複数の同朋と連絡を密にしていますが、ありません!」

 

 "姫神"の舌打ちが耳に入った。

 分かりやすい奴だ。

 ノーラは最後にもう一つ、"砂粒"に尋ねる。

 

「初めは脱出不可能だった"吹き溜まり"……その状態の闇に、外から攻撃か侵入は出来たか?」

「いいえ! 将軍が両方試されております!」

「"姫神"の分け与えた闇を持たなければ……というところか。充分だ! うおおぉぉっ!!!」

 

 報告を聞き終えたノーラは、武の気配を全開にした。

 戦神騎士が居場所と無事を周囲に知らせるには、これが一番手っ取り早い。

 

 数拍の間を置き、方々から歓声が沸き上がる。

 ルネシアの調練で何度か全力を披露していたため、マーブリス軍は最精鋭"月影騎士"の生還を察したようだ。

 

 月の民によって震える戦場のど真ん中で、ノーラは足を止めた。

 そして武の気配を剥き出したまま、脱出してきた"闇の吹き溜まり"を見やる。

 

「…………出てきた!」

 

 呼応した強大な武の気配が、"闇の吹き溜まり"の東側に一つ。

 独特な一方向への尖らせ方からして、ノアだ。

 自分と同じ機転で、あの"吹き溜まり"から抜け出したのだろう。

 圧力がじわじわ強まり出した。

 こちらへ全速力で向かってきている。

 

 だが、ニコルとアレクシスの反応が無い。

 自分とノアが思いつく脱出方法ならば、あの二人もすぐさま実行するはずなのに。

 もしや。

 

 ノーラが閃いた直後、数度目のオラトリア騎兵の特攻がマーブリス軍に阻まれた。

 

『グゥ……ふん、構ワぬわ! 孤立した奴らが消しやすクなっただけじゃ! ほれ、どウする月影騎士ネリス!? 替えの利かぬ仲間が死ヌぞ! もウ虫の息じゃ!!』

「どうかな……皆、見せろ!」

 

 差し出された、残る六個の丸石。

 上澄みの兵士達に持たせていたから、戦神騎士の手持ち以外は全て手元にある。

 どれも緑の光を帯びたままだ。

 だが、若干輝きが弱い。

 時が経てば、力を失うかもしれない。

 

「同朋よ、将軍へ報告だ! 月影騎士ネリスとノエリアは脱出成功! ニコラスとアルヴィンはまだ闇の中! ……だが対抗策あり! 私達は、"姫神"本陣へ再度突撃する!!」

「ただちに!」

「"姫神"! 聞いての通りだ! 首を洗って待ってろ!!」

『オヒヒヒッ! 行ったり来たりト、忙しない奴じゃな! 良かロう! わらわが直々に、小細工もろとも貴様を潰シてやる!!』

 

 敵の応答に、ノーラは獰猛な笑みを浮かべた。

 何故か互いに言葉が筒抜けなのは、こういう時にありがたい。

 相手の方針を、こちらの都合で誘導出来る。

 理屈など、今は二の次だ。

 

「あんたら、馬を寄越せ! 月影騎士が敵に反撃するんだ!」

「二十頭だけか……ネリス様、残り二十を持ってきます!」

「ああ、任せたぞ!」

 

 預かっていたマーブリスの将二人が、引きずってきた部隊を連れ、素早く離れていった。

 ノーラは戦神の軍四十を励まし、再び"姫神"の元へと走り出す。

 傷だらけのノアが輝く大剣を肩に担ぎ、合流してきた。

 

「よく戻った、ノエリア」

「ネリス様、お二人を助けますか?」

「いいや。"姫神"への攻撃を優先する」

「……はい」

 

 ノーラの目配せにノアは頷き、いつものように短く応じた。

 だがその返答は、決して盲従ではない。

 

 "姫神"本陣へ攻めかかった方が、かえってニコルとアレクシスの負担を減らせる。

 オラトリア兵があの強固な"吹き溜まり"の中へ追加されるのを、防げる。

 ノアの碧眼は、確かにそれを理解していた。

 

「……成長したな」

「敗けません。"姫神"にも、あなたにも」

 

 ぎこちない笑顔に、ノーラは声をあげて笑った。

 

 戦神へ捧げる戦に酔い痴れ、殺戮を悦ぶな。

 そう教わって、これまで戦ってきた。

 しかし、強敵を前に心躍るのはどうしようもない。

 

 数十倍の軍勢を討つと宣言した相手を、さらに寡兵でもって打ち砕く。

 これほどの昂奮は、抑えきれないのだ。

 

「ネリス様、馬です!」

「よくやった! ……同朋よ、頼む!」

 

 丸石を二つ"砂粒"に渡し、指を二本上下させる。

 それだけで同じ戦神の民は意図を察し、姿を消した。

 

「今度こそ、終わりにするぞぉっ!!」

 

 新たな石を受け取り、ノーラは馬上で旗槍を掲げた。

 喊声が四方八方から、力をくれる。

 はためく戦神の赤旗が、月光に敗けじと白銀に輝く。

 

 目指すは、"姫神"の首。

 何度も小出しにしたせいか、六百ほどに軍勢が減っている。

 

『オオ、わらわの下僕ドもよ! 闇を全て返セ! 死ヲもって、わらわに尽くせ!!』

 

 姫神様、万歳。

 姫神様、万歳。

 闇の狂信者達が叫び、次々に倒れ伏していく。

 

 少女の纏った純白の衣が閃光を発し、しかしすぐさまどす黒く染まった。

 

 ゴアッ。

 

 噴き出した暗黒が、戦神の軍を包み込む。

 それに触れた丸石が、光を強めた。

 

「あれは!」

 

 "姫神"本陣の闇へ突入したノーラ達。

 その眼前に闇よりも暗い黒色が生じて、形を成す。

 

「飛竜……!?」

「よく見ろ、ノア! ただの化物だ!」

『化物でハない! "神"じゃ!!』

 

 人間の十倍近い体格を持つ、巨大な魔物。

 歪な翼が生え、極太の三本腕が生え。

 地に膝を折って、飛竜に似た頭と尾を垂れ。

 しかし、丸めた背に黒衣の少女の上半身が据えられている。

 

『死ねエえぇぇっっ!!』

「誰がぁっ!!」

 

 闇の息吹と白銀の衝撃波がせめぎ合う。

 ノアの大剣も振るわれ、白銀が倍増。

 相殺の凄まじい余波で馬も兵士ももんどり打ち、ノーラとノアだけが上手く着地した。

 

『そコじゃ!!』

 

 三本腕が闇の矢束を握り、投げつけてくる。

 二人は打ち落とし、あるいは掻い潜って接近。

 腕や尾の迎撃を避けつつ、胴体に一撃を入れた。

 闇が突き破れない。硬すぎる。

 

「いや、違う。これは……!」

 

 「何かに阻まれた」というべき感触。

 最初の"闇の吹き溜まり"を抜けようとした時と同じ。

 飛竜の魔力の鎧や"防護"の魔術とは、明らかに違う手応えだ。

 

『効かぬわ、そンな攻撃など!!』

「怯むな、攻めたてろ!!」

 

 敵の業に何らかの限界があるのは、"砂粒"の報告で分かっている。

 ならば、攻め続けるのみ。

 取り囲んだ兵士達がノーラに鼓舞され、隙を見つけては果敢に仕掛ける。

 

『ええい、うろちょロと鬱陶しい……こノっ、寄るでない!』

 

 "姫神"の攻撃はどれも大振りだ。

 明らかに、戦闘慣れしていない動きである。

 鍛えに鍛えた戦神の軍を捉えるなど、容易く出来はしない。

 

「はっ! 大量の屍を啜って、その程度か!」

『たわケ! わらわが何故"吹き溜まり"をばラ撒いたと思う!?』

 

 跳び退ったノーラの足元で闇が波打ち、"姫神"の元へと集まっていく。

 

『オヒヒッ、ここにいる数十が特別なダけじゃ! 戦を始めた直後、どレほどの虫けらが闇の内で倒れたか!』

 

 "姫神"が、ぐんと一回り大きくなった。

 マーブリス兵の怨念だ。

 別の"吹き溜まり"からも、力を得られるのか。

 

『ここで貴様らさえ片付けレば、もうこの国に先は無い! オヒッ、オヒッ、グオオォォォ!!』

 

 トカゲの大口が再び開く。

 直後、飛来した白銀の剣が黒衣の少女を狙った。

 さらに追撃の"火球"が三発。

 

『!?』

「弾かれましたか。まあ、ひ弱そうな本体を剥き出しにするわけないですよね」

《ふはは、"吹き溜まり"を覆っていた業と同じと見た! "聖壁"だったかな、女王陛下?》

 

 ニコルとアレクシス。

 長く孤立していた、二人の戦神騎士。

 ノーラが寄越した丸石を使って、この闇の中へ入ってきたのだ。

 

『馬鹿な、"吹き溜まり"の中で逃ゲ惑っていたはず……!?』

「差し出す情報は考えた方がいいって、僕は初対面で言いましたよ。先輩達に夢中で、こっちの状況も掴めてませんでしたか?」

《ネリス一行が脱出した以上、残る二人も闇を抜けられるだろう。にもかかわらず、何故踏みとどまっているのか……そのくらいの頭は回さねばならんぞ!》

 

 ズタボロの双剣使いと魔術士が、力強く笑う。

 "姫神"の声は、全て戦神騎士に筒抜けなのだ。

 舌を回せば回すだけ、何をやっているかは伝わってくる。

 

 闇の魔物の糧になるオラトリア兵が、本陣で自ら全滅した。

 ならば"闇の吹き溜まり"の中で耐え忍び、敵の軍勢を消耗させる必要も無い。

 あとは大将を討ち取って、終わらせるだけ。

 ノーラの読み通り、ニコルとアレクシスはこの好機をずっと待っていたのである。

 

『ウウ、グギギ……!』

「"神"が聞いて呆れる戦下手だ。たった一千の死兵だけで、どうにでもなると思ったか?」

 

 ノーラは旗槍を一振りし、赤旗を広げた。

 

「挫折を恐れ、全力を尽くさなかったな。大いなる業に溺れ、我が騎士達を甘く見たな」

 

 吼える獅子、輝ける戦神の旗が雄々しくはためく。

 

「そなたの敗けだ、闇の少女よ」

『っっっ!!!』

 

 ノーラの発した言葉に、"姫神"は目を見開く。

 だが、すぐに少女は顔を歪めた。

 

 

『うるさい……うるさいうるさいうるさいっ!! あんたらなんかに……何もかも持ってる奴らなんかに、敗けるもんかぁっ!!!』

 

 

 闇の化物が咆哮した。

 "吹き溜まり"が溶けていく。

 違う。"姫神"に吸収されているのだ。

 満月の下、戦場に散らばっていた闇が全て集結する。

 

 マーブリスの軍勢が、どよめいた。

 

『死ねっ、死ね死ネ、死ねぇっ!! オヒヒ、オヒヒヒヒヒィッッ!!!』

 

 さらに肥大化した"姫神"が、翼を広げる。

 どす黒い竜巻が、いくつも生じた。

 巻き込まれた同朋が数名、紙切れのようにぐしゃぐしゃになって圧し潰れる。

 

「ノーラ様!!」

「皆、よく戦った! あとは私達に任せろ!」

「し、しかし!」

《"聖壁"とやらは、丸石が無ければ抜けないようだ。いや、そもそもここは道半ば! 行く末をしかと見据え、あえて後ろに前進すべし!!》

 

 ノーラとアレクシスの説得で、戦神の軍も退がった。

 四人の戦神騎士だけが、大敵に対峙する。

 三本腕が荒れ狂わせる大剣や矢雨を躱し、振り回される尾を跳び越え、闇の息吹を戦神の武器や丸石で凌ぐ。

 

「くっ……一発入れるのもめんどくさい! 何だかんだほざくだけありますね、こいつ!」

「どうしたニコル、もう限界か!?」

「まさか! これは称賛って奴ですよ、ノーラ先輩!」

「ニコル君に同意します。丸石を使う隙も……」

『黙れ、くたバれっ、砕け散れぇっ!! グオォォオッッ!!!』

 

 歯を食いしばる戦神騎士達を、絶え間無い猛攻が襲う。

 歪な全身を活かした、圧倒的手数。

 そうしている内にも、漆黒の竜巻は次々に増えていく。

 

《ふはは、私の魔術がどこに当たっても効き目無し! "聖壁"は隙間無く全身を覆っている。まるで飛竜だな!!》

「アレクシスさん、今その声を張る魔術要ります!? 僕、耳がキンキンして……」

『ワらわも耳障りじゃ! ゥグ、さっサと……死ねぇえぇっっ!!!』

 

 降り注ぐ闇の矢を薙ぎ払い、ノーラは目を細めた。

 暴れ回る"姫神"の巨体は、月光に照らされて綻び始めている。

 少女の依代以外の部分は、"闇の吹き溜まり"の外では長く維持出来ないらしい。

 このまま乱雑な攻撃を凌ぎ続ければ、それだけで勝てる。

 

 だがそんな勝利は、勝利ではない。

 

「たとえ戦神が認めても……ですよね、先輩。"姫神"にだって、失礼だし」

「お前の察しの良さもそこまで来るとムカつくな、クソガキ」

 

 攻撃を回避した先で、旗頭と少年騎士が肩を並べる。

 

「ちょっと前に十五になりましたよ、僕は。成人です」

「知るか。クソガキはクソガキだ。最初に投げた剣を拾わないのも、何か考えがあるんだろ?」

「バレてましたか。あいつはそろそろ忘れちゃったかな」

 

 何とか接近したノアが必死の形相で、化物の膝へ斬りかかっている。

 反対側から"魔術の矢"を乱射し、援護するアレクシス。

 "姫神"は視線を左右させ、滅茶苦茶に腕や尾をぶん回す。

 

「じゃあ、ちょっとクソガキから男になりますか!」

「!」

「ノーラ先輩、きっちり決めてくださいよ!」

 

 ニコルは剣一本と丸石を構え、武の気配を東の方角へ尖らせた。

 ノアとは違い、これまでは出来なかったはず。

 史上最年少騎士、その天賦の才が戦の中で進化している。

 

 呼応した鬨の声。

 多数の気配が遠方に生じ。

 矢と魔術の雨が押し寄せた。

 

『何じャ一体……!?』

 

 ドレヴァン将軍の伏兵、効き目の無い奇襲だ。

 だが"姫神"はそれに気を取られ、動きを止める。

 ニコルが駆け出した。

 戦神に加護された脚力が、一瞬で騎士を敵の懐に運ぶ。

 

 闇の巨体をよじ登り、跳んだ。

 あっという間に、少女の眼前。

 

「くらえっ!!」

 

 剣に貫かれた丸石が緑風を生み、"聖壁"を剥がす。

 そのまま少女の胴へと切っ先が──

 

『舐めるなバカ!!』

 

 細身から生えた三本腕。

 二本が突きを受け止め、残る一本が剣を握る左腕を手刀で斬り落とす。

 

『あはっ』

「バカはお前だ。バーカ」

 

 

 ザンッ。

 

 

『え』

 

 飛んできた片割れの剣が、少女の首を刎ねた。

 戦神の双剣が隠し持つ、互いに引き合う力だ。

 

「僕、"双剣"使いなんですよ。無意味に二本持ってたと思いましたか?」

『っ……!!』

「終わりです。ノーラ先輩、トドメを」

 

 勝ち誇り、首級と共に落下していく戦神騎士。

 

「おおおおぉおおぉっっっ!!!!」

 

 戦神の旗頭が吼え、全身全霊で旗槍を薙ぎ払う。

 白銀の大嵐が、闇の魔物を丸ごと呑み込んだ。

 

 大歓声が、月夜に響き渡った。

 

 

 

 

 

『よくも、よくもあたしを……!』

「何言ってるんですか。僕の片腕落としたんですから、胸張って惨めに帰れよ」

「先ほどノーラ様が言った通りです。あなたは全力を尽くさなかった。ろくに情報も無い私達を倒せる、最大の好機を逃しました」

 

 一欠片だけ月の国に残った、"姫神"の闇。

 それを、四人の戦神騎士が囲んで見下ろす。

 

「また戦力を小出しにしても、私達相手ではもうどうにもなりません」

「というか僕達四人倒せば勝ちだなんてのも、大間違いですよ? 月影騎士は、まだ他にもいますからね」

「ふはは、やめろ若人達! 一国の女王陛下を責めてはならん。敗戦直後であらせられるぞ」

『う、うぅ……!』

 

 立て続けの煽りに、闇が呻く。

 挑発はこのくらいでいいだろう。

 あれだけ傲慢さを見せていた以上、これで次は意地でも全力で来る。

 そう判断したノーラは、口を開いた。

 

「……別に私達は、お前が何度ちょっかいを出してきても構わない。何度でも叩き潰すだけだ。お前の歩みは、永遠に進まない」

『そんなことないっ! あたしは、あたしは諦めない……!』

 

 霧散していく。

 "神"を自称する、闇の魔物の欠片が。

 

 

『この世の全てを、本当にあたしの物にしてやる……あの時そう決めたの! だから、絶対に諦めない……!!』

 

 

 次こそ。

 次こそは。

 次こそは、絶対に。

 

 何度も叫びながら、闇は消え去った。

 

「…………ふー。最後の一撃で死ぬかと思いましたよ、ノーラ先輩」

「死なせるわけないだろ。男になったばかりの同朋を」

「倒すべきのみを倒す力……ふむ、ノーラよ。今は亡きドルザン団長に追いついたな」

「足元に手が届いただけです、アレクシスさん。私はまだまだ、強くならなければ」

「……イオ先輩も、ノーラ様と同じ力を得たと聞きます。私にも出来るでしょうか?」

 

 馬の蹄の音が多数近づいてくる。

 ドレヴァン将軍の部隊だ。

 老将のやり遂げた笑顔は、隻腕となったニコルを見て凍りついた。

 他の兵士達も、引きつった声を漏らす。

 

「ニコ……月影騎士ニコラス! 貴公、左腕を!?」

「"姫神"にくれてやりました。大丈夫です。アルヴィンさんの"治癒"で止血してますから」

「なんと、なんということじゃ……!」

「死んでいった同朋が大勢います、将軍。僕は片腕だけ。まずは兵士達の弔いを」

 

 朗らかに笑う戦神騎士に月の将軍は息を呑み、部下と共に拝礼した。

 後退していた戦神の軍も合流してくる。

 ノーラ達には馬が与えられ、そのまま本陣へと向かっていく。

 道中、"月影騎士"が姿を欺いていたことについて、アレクシスが適当に弁明した。

 こういう時に、高説が得意な魔術士は頼りになる。

 

 "闇の吹き溜まり"は"姫神"に吸収され尽くし、一つも残っていなかった。

 しかしマーブリス兵が少なからず、戦場に横たわっている。

 

「一千以上がやられましたか、ドレヴァン将軍」

「おおよそな、月影騎士ネリス。殆どが脱出不可能の"闇の吹き溜まり"によって、開戦直後に生じた犠牲じゃ。屍を数えれば、もっと増えるじゃろうが」

「でしょうね。私達も、危うかった」

「……もしも」

 

 落ち始めた満月へ顔を逸らすように視線をやり、老将が呟く。

 

「もしも貴公らがおらんかったら……あるいは"姫神"がすぐさま貴公らに狙いを絞らんかったらと思うと、ぞっとするわ」

「お互い様です。将軍が軍勢を散開させていたのも、最後の奇襲も、勝敗を左右する一手でした」

 

 太鼓が打ち鳴らされ、戦の後始末が始まった。

 屍はかき集めて、焼却しなければならないのだ。

 怨念を啜る、闇の魔物が沸かぬように。

 

 夜が白む頃。

 ドレヴァンが本陣指揮所の人払いをして、同朋の弔いを終えたノーラ達戦神騎士を招き入れた。

 

「……ノーラ殿。ニコル殿はどうする気なのじゃ? 隻腕となっては戦神騎士といえど……」

「無論、戦い続けます」

「じゃが、貴公らの仇敵は飛竜であろう? ただでさえ厳しい相手に」

「将軍、僕達は戦争やってるんですよ。手足が飛ぶなんて当然です。"治癒"の魔術が都合よく、それを治せるわけじゃないのも」

「……むぅ」

「大丈夫ですよ。フォルラザには隻腕で戦う術くらい、いくらでもありましたので。僕の村にも何人かいたし」

 

 ニコルは気にした様子も無く、からりと応答する。

 "姫神"に斬られた左腕は、もう燃やしていた。

 

「あっ。でも王子殿下から賜った双剣が片方使えないのは、だいぶ困るかな……」

「ふはっ、案ずるなニコル。良い手がある。大陸南方の大山脈に行き、その後、北方で潜伏中のグリムロ副長の元へ行くがよい」

「はい? どういうことです、アレクシスさん」

「山の民に黒鉄を分けてもらうよう、ウィルフレッドに連絡する」

 

 それだけの物言いでニコルは何かを察したらしく、明るい表情で頷いた。

 

「エルフさん達が戻ってきたら、すぐに発ちます。もっと強くなって帰ってきますから。いいですよね、ノーラ先輩?」

「ああ、行ってこい。さて、"砂粒"を呼んで、今回の件で色々と情報共有をしよう」

「では私も一筆書くか。ノアよ、筆とインクを持ってきてくれたまえ」

「はい」

 

 バタバタと次の行動を始める戦神騎士達。

 その様子に、ドレヴァン将軍は呆れたように口を開け、だがやがて苦笑した。

 

 

「やれやれ。戦神の民、恐るべし」

 

 

 月の民の老人の言葉に、ノーラは笑みを返した。

 

 敗けるもんか。

 絶対に諦めない。

 次こそは。

 

 そう語った"姫神"はやはり、ただ強大なだけの闇の魔物ではない。

 

 "聖壁"と呼んでいた業の正体は何なのか。

 何故、あれほどの知性を有する闇の魔物が生じたのか。

 何故、この世の全てを欲するのか。

 戦っても、確かな答えを得られたわけではなかった。

 

 だが、自分達の道のりと彼女の道のりは、はっきりと交わっている。

 それは決して、手を取り合うことの出来ない交わり方だ。

 戦うしかない。

 

 それでも。

 

 

「……『敗けるもんか』も『諦めない』も、私達の台詞だ」

 

 

 異形の好敵手に想いを馳せ、ノーラは独り呟いた。

 懐の丸石は、まだ僅かに光を宿している。

 じんわりと、あたたかい。

 この光は一体、誰のものだろう。

 

 再起と復讐。

 その道のりの果ては、まだ見えない。

 




 次回から視点が変わります。
 次は大陸東方で、従者ナツメと旅をしている戦神騎士ローランのお話になります。

 なお、戦神騎士十人の簡単な概要と現在の動向をまとめておきます。
 大陸地図と合わせてご確認いただければ幸いです。

【挿絵表示】

・ローラン:大剣使い → 太陽川南岸でク・アリエの侵攻を妨害、次はザリアの"霊狼"の元へ

・ノーラ:指揮官、旗槍使い → 月の国マーブリスへ協力、神聖国家オラトリアの"姫神"を撃退
・ニコル:双剣使い → ノーラ指揮下、左腕を失う
・ノア:大剣使い → ノーラ指揮下
・アレクシス:魔術士 → ノーラ指揮下

・グリムロ:副長、大斧使い → 大陸北方で潜伏、ダグル("蛮地")を攪乱

・ジェラルド:古参、魔術剣士 → 太陽の国シンガへ協力、五枝川周辺で五枝水軍を襲撃

・イオ:魔術士 → 山騎士ヘクターとノームのフィンを連れ、大河川の都ク・アリエへ潜入

・ウィルフレッド:槍使い → 南方総督府を援護、竜神の国オズワルドの動揺を間接的に狙う
・ケイト:弓兵 → ウィルフレッド指揮下

 お話がかなり広い範囲で展開されるので、時折こういうまとめをする予定です。
 まだまだ長いですが、時間がある時にお付き合いください。
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