戦神騎士物語   作:神父三号

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数話ほど、戦神騎士ノーラへと視点が移ります。
一話で触れましたが、赤髪で旗槍使いの女騎士です。
時系列は、前話と同時期とお考え下さい。


第6話 ノーラの道・再起と復讐

 目が覚めた。

 

 二本の木の間に張られた天幕の外が、じんわりと明るくなり始めている。

 山で迎える朝は、外套にくるまっていても、やはり少し寒い。

 

 ノーラはだらしなく欠伸をしながら、だるそうに背を起こす。

 そして視界に垂れる赤髪を耳にかけ、片目を擦り、その場に胡坐をかいてもう一度、今度はさきほどより大きな欠伸をかました。

 どうせ誰も見ていないのだ。

 それくらいは、いいではないか。

 

 天幕の外にいる配下の兵士達二十人の大半はまだ寝ているようで、いびきが微かに聞こえてくる。

 身じろぐ気配があるのは三人の歩哨だけだ。

 

「……はぁぁ~~」

 

 ノーラの一日は、ため息から始まった。

 

 それはもう今となってはいつものことになっているが、今日のため息は特に深く重たい。

 嫌な夢を見たからだ。

 

 

 

 あの夜。

 竜神の国オズワルドの前に屈し、燃え盛る王城に背を向けた夜の夢。

「生きよ」と王に命じられて、全てを投げ捨てて逃げ出した時の夢だ。

 

 飛竜に追撃されて一網打尽になるのを避けるため、副長が二人一組で逃げるようにと戦神騎士達へ指示を出した。

 自分と一緒に逃げたのは、同期のローランだった。

 だが夜の暗い森を疾駆している途中で、自分は敗北の屈辱と絶望に耐えられなくなり、取り乱して自決しようとする。

 そして傍にいたローランに、介錯を頼む。

 旗槍の切っ先が喉元を貫き、ローランが白銀の大剣を首筋に振り下ろそうとする──ところで目が覚めた。

 

 

 

 だが現実は、夢とまったく違う。

 取り乱して自決しようとしたのは、ローランの方だった。

 

『くそっ……くそ、くそっ……! これが、戦神騎士の有様か……! 俺はっ……!』

 

 ノーラが頭を掻きむしってその場に蹲ろうとした直前に、ローランが足を止め、大剣を振り回して暴れ出したのだ。

 木を何本も切り倒し、地面に何度も大剣を叩きつけ、俯いて大きく肩を震わせた。

 傍目に見ていて見事なまでに無様で惨めな、敗残兵らしい姿だった。

 おかげで沸騰しきっていた自分の頭はすっと、冷めてしまったのだ。

 あまりにも情けない同朋の姿を間近で見て、フォルラザが滅亡したという現実と、それでも生き延びたという現実を、しっかりと認識してしまった。

 そして、自決しようとしたローランを止めて、その後は──

 

 勝手に舌が回った。

 

 

 まだ生きている。まだ戦える。

 託宣がなくとも前を向き、進む。

 戦神の軍を立て直す。

 オズワルドを討ち滅ぼす。

 戦神に誓って。

 

 

 これが本当に自分の言葉かと思うくらいに、勝手に舌が回った。

 

 阿呆を見るようなローランの目に一瞬正気を取り戻しかけたが、現実を見ろと言われて、再び舌が回り始めた。

 今思い返すと、冷めたはずの自分の頭はおそらく、同期の無様を見てまた別の方向に沸騰していたのだろう。

 

 そこからは、やけくそだった。

 希望的観測に希望的観測を重ねて現状を分析し、誤魔化すように無理やり笑った。

 そんな自分に、ローランは無神経にも軽蔑の視線を寄越して、背を向けた。

 だから、ゆっくりと遠ざかっていく同期の背中に、やけくその激励を投げつけ、戦神の旗をやけくそで掲げた。

 

 待て。待ってくれ。一緒に行こう。

 一人より二人の方が、色々と出来ることは多いはずだ。

 同期だろ。一緒に叙任された、同期だろ。

 そう素直に言えばよかったのに、赤髪のノーラという女は要らぬ格好をつけたのだ。

 

 

 結果が、これである。

 

 

 結局、自分は涙ぐみながら一人でかつてのフォルラザの領土を、西へ西へと駆け抜けた。

 飛竜に見つからぬように出来るだけ森や山を進み、オズワルドの部隊と不意に出くわせば即座に皆殺し、落ち延びていた正規兵達を何とか拾い集めつつ領土の外に出て、そのまま大山脈へと入った。

 大陸の南端をぐるりと囲む大山脈は、途中で北へと折れ曲がり、大陸の南方と西方の太い境界線を形作っているのだ。

 

 大山脈を下りて大陸西方に入ると、そこは既に月の国マーブリスの支配地域である。

 マーブリスは、西方全土を統べる大国だ。

 国内に入ればおそらく、非常に動きづらくなる。

 単身ならまだしも、兵を二十人連れているからである。

 苛烈極まる調練を受けたと思しき屈強な者が、二十人。

 いくら上手く取り繕おうが、少なくとも賊の類でないことは見る者が見れば確実に分かる。

 マーブリスは早々に、こちらの動きに気づくだろう。

 あの国がオズワルドと同盟するような関係でないことは知っているが、フォルラザとも特に誼を通じていなかった。

 国としての性質を、ノーラはよく知らない。

 

 大陸中を放浪していた戦神騎士の魔術士達ですら、大山脈を越えて大陸西方に行ったという話は聞いたことがない。

 いや、ノーラが聞いたことがないというだけで、実は西方のことを知っている魔術士はいたかもしれない。

 しかしそれは、今すぐに手に入る情報ではない。

 ただ、戦死した団長が、マーブリスと何らかの繋がりを持っていたように思う。

 月の都の美しさを一度だけ、ノーラは団長から聞いたことがあるのだ。

 ノーラが持つマーブリスの知識は、団長が語った月の都の話だけである。

 だからどう反応してくるか、今は全く読めない。

 

 だから正直なところ、東へ行きたかった。

 東の方が中立地帯の商業都市も多くあり、大河川を跨ぐ大商業都市ヴァルゲンを抜けて大陸の南方から東方へと入ってもなお、特定の勢力の支配地域というわけではないのだ。

 大陸東方の大きな勢力は、ヴァルゲン北東にある探求の国ラガニアと、そのさらに北に位置する太陽の国シンガくらいのものだ。

 ラガニアもシンガも東方では強国だが、それでも東方全体に影響力があるわけではない。

 大陸の東方には半ば独立した小さな村、小さな街、小さな国がひしめき、いくつかの商業都市がそれらを繋ぎ合わせている。

 だから人材を集めて再起するには、東へ向かうのが最適解だった。

 

 自分が東へ行かなかったのは単純に、あの時ローランが何やら叫びながら駆けていったのが、東だったからだ。

 

 共に来いとはあえて言わない。

 いずれ戦神の旗の下で、再び。

 そう啖呵を切ってすぐに同じ方向へ行って合流したのでは、馬鹿みたいではないか。

 だから自分は何となく、ローランと反対側の西へ駆けるしかなかったのだ。

 

 正直なところ、ただの見栄の問題だった。

 情けない。

 あまりにも、情けない。

 自分はあのフォルラザ滅亡の夜、あらゆる言動をその場の勢いで決めてしまっていた。

 それが誉れある戦神騎士団の、特別に選ばれた旗持ちがすることか。

 

「……いや違う。あれはローランが悪い」

 

 ノーラは誰に言うでもなく、独り呟いた。

 あの時ローランが西に走っていれば、自分は東に走れたのだ。

 そうすれば自分を取り巻く状況は、今ごろもっとマシだったはずだ。

 ローランという男は、知り合った頃からそうだった。

 無神経で、察しが悪くて──

 

「失礼します! ノーラ様、お目覚めでしょうか!」

「……ああ、もう起きている。少し待ってくれ」

 

 天幕の外からのびしっとした声に、ノーラは自分の両頬を叩いた。

 兵士達の前に姿を現せば、もう自分は戦神騎士唯一の旗持ちであり、一軍の将であり、それ以外の何者でもない。

 そうである方が、独りで塞ぎ込んであれこれ悩んでいるよりずっと楽なのだ。

 外套を脱いで漆黒の胴鎧を身に纏い、木に立てかけておいた旗槍を手にして、ノーラは颯爽と天幕を出た。

 目の前には、生粋のフォルラザの兵士二十人が直立している。

 そのうち、部隊長だった者は一人だけで、その男が実質副官の立場である。

 

「皆、おはよう! 調練の代わりだ。朝食の確保に入るぞ!」

 

 ノーラは溌剌とした顔で旗槍を振り、吼える獅子の赤旗をはためかせた。

 おお、と皆が威勢よく応えた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 山の緩やかな斜面の、生い茂る木々の隙間。

 それなりの距離から、一匹の鹿がこちらを見下ろしていた。

 前脚の重心を僅かに下げている。

 何か起きれば、すぐにでも逃げ出せる体勢である。

 息を止めて静かに弓を構えようとした年下の兵士を手で制し、その場でノーラは軽く旗槍を薙ぎ払った。

 

 衝撃が落ち葉を巻き上げ、木々をのけ反らせ、咄嗟に逃げようとした鹿を巻き込んで、後方の大岩に叩きつけた。

 

「悪いな、アレン。お前はもう兎を仕留めただろう? 大物くらい、私に譲ってくれ」

 

 弾んだ声をあげた兵士の肩を叩き、ノーラは横たわる鹿の元へと向かう。

 血の泡を噴き、見開いた目でこちらを見つめてくる鹿。

 その首を刎ねると、四肢が痙攣したようにのたうち、やがて止まった。

 

「担ぎます」

「頼む。そろそろ戻ろうか」

 

 ノーラは野営地へ向けて駆け出した。

 無論、鹿を肩に担ぎ、兎を腰にくくった兵士が追走できる速度で、だ。

 来る途中に傷つけた木を確認しつつ、元の場所へと戻っていく。

 帰り着いた時には既に、半数以上の兵士が成果の獲物を手に戻っていた。

 兎、猪、鹿。

 それに野草や木の実。

 谷を流れる川から、水を汲んできた者もいる。

 全員が戻ったのを確認してからいくつか火を熾し、朝食を取った。

 かつて山岳国家を相手取った際の調練の中で、燃やしても煙が出づらい木の判別や、そうした木を薪として上手く組むやり方を、兵士達は学んでいた。

 

 ノーラが連れている二十人の兵士達には、老いも若きも混じっている。

 年老いた者は五十歳を過ぎ、逆に若い者は二十歳にも満たない。

 それでも皆、ノーラの再起と復讐の誓いに賛同してくれた、大事な同朋である。

 

 本来、ノーラがフォルラザの領土を西へ駆ける最中に拾い集めた敗残兵は、五十人以上いた。

 だが、大山脈に入って大陸西方を目指す前に、ノーラは兵の一人一人と改めて話をしたのだ。

 

 

 我々は敗けた。フォルラザは滅んだ。軍も壊滅した。

 大陸南方に住まう古くからの戦神の民は、おそらくその信仰と共に根絶やしにされるだろう。

 しかしいずれ、戦神の軍は再起を果たす。

 そして仇敵のオズワルドを討ち滅ぼす。

 赤髪のノーラが、戦神に誓う。

 ──だが、戦神の旗を華々しく掲げての戦は、当分出来ない。

 今そんなことをしても、飛竜に踏み潰されるだけだからだ。

 大陸の西方、月の国マーブリスの領土に入っても同じだ。

 戦神の民であるにもかかわらず、戦で掲げられない旗と志だけを抱えた、険しく惨めな雌伏の時が続くだろう。

 力を蓄えてオズワルドと再び対峙するまで、どれだけかかるか分からない。

 そして、来たるべき決戦のあり方そのものも、かつてのフォルラザのような、覇者のする戦とは違ったものになるだろう。

 それを踏まえてなお、あらゆる恥辱に耐える覚悟があるのならば、共に来てほしい。

 

 

 ノーラは天幕の中に兵士を一人ずつ呼び、相手の目をしっかりと見つめながら、自分達の厳しい現実と未来を語った。

 無念のあまり、俯いて泣きじゃくる兵士がいた。

 そんな無様な雌伏を戦神は許さないだろうと、ノーラを指差して罵る兵士がいた。

 オズワルド軍の駐屯地に単身乗り込み、死に花を咲かせると吼えた兵士がいた。

 全てを諦めた顔で、自決するから介錯をしてくれとすがる兵士もいた。

 

 去っていく者達を、ノーラは一切引き止めなかった。

 自決した者達を自らの手で介錯し、屍を燃やして弔うことだけをした。

 王命で「生きよ」と直に言われたのは、十人の戦神騎士のみである。

 兵士達にまで辛い生を強要することを、ノーラはしたくなかった。

 彼らは自分の生き方を、あるいは死に方を、自らの意思で選ぶべきなのだ。

 

 そうして選ばせて、ノーラの元に残ったのが、二十人である。

 忠義と信仰へのせめてもの報いに、ノーラは毎朝、戦神の旗を広げて見せるようにした。

 それだけでも、兵士達の顔は前を向き、目は光を宿すのだ。

 

「…………」

 

 不意にノーラはじっくりと噛んでいた兎の肉を呑み込み、旗槍を持って立ち上がった。

 部隊長に一声かけ、まだ木の間にかけていた天幕の中に入る。

 中では、何の変哲もない旅装の男が片膝をついていた。

 

 "砂粒"。

 大砂漠の地下に潜み、一方で大陸全土に砂の一粒のように目立たず散らばる、フォルラザ開闢以来の旧き同盟者。

 戦神に捧げる戦の影で、諜報を担ってくれていた者達である。

 ローランと別れた後、ノーラが真っ先にしたのは、彼らへの状況報告と情報収集の依頼だった。

 "砂粒"の長からの返事は、すぐに届いた。

 彼らはフォルラザが滅んでも、戦神騎士達への協力を継続してくれるという。

 信仰の形態は違えども、同じく戦神を崇拝する集団だからだろう。

 ノーラにとってはこの上なく、ありがたいことだった。

 

「戦神騎士の方々より、三通の手紙を預かっています」

「三通か」

「副長のグリムロ様。ウィルフレッド様。そしてイオ様からです」

 

 差し出された三通の手紙の内、ノーラはウィルフレッドの手紙を最初に読んだ。

 こういう切迫した状況で、一番頼りになると感じられる先輩だからだ。

 戦神騎士団随一の槍使いで、性格も容貌も頭も良い、非の打ち所がない男である。

 

 ウィルフレッドからの手紙の内容は、明朗だった。

 綺麗に整った字で、当分の間旧フォルラザ領内に潜伏して動き回り、オズワルドの占領統治を、奴らの苦労が増す程度にだけ妨害すると書いてある。

 同じく戦神騎士で魔術士のアレクシスも、共に行動しているらしい。

 あとは敗残兵も可能な範囲で拾い集めて、まだ粘り強く耐え忍んで戦う意思の固い者だけを選んで、各地へ改めて散らすとのことだった。

 アレクシスと一緒に逃げていた魔術剣士のジェラルドは、単独で大山脈を東伝いに進んで大陸の北方に向かうようだ。

 彼は何やら北方に、独自の伝手と思惑があるらしい。

 

「……さすがだな、ウィルさんは」

 

 ノーラは笑みをこぼして呟いた。

 おそらく自分が再起を図ることを、先読みして行動してくれている。

 こちらはウィルフレッドの居場所や行動方針すら分かりかねていた段階だったにも関わらず、である。

 やはり、尊敬できる先輩だった。

 手紙の端にはアレクシスが書いたであろう、獅子か猫か曖昧な下手くそで可愛い落書きが三匹描かれていた。

 アレクシスはノーラにとっては何を考えているか分からない、奇天烈な言動の痩せた中年男だが、ウィルフレッドと一緒ならば問題はないだろう。

 

 そして、ジェラルドは高齢の魔術剣士である。

 戦神の魔術士達は重要な戦に参加する時以外は大陸を放浪することが多かったが、この古参の老騎士はその最たる人物で、ノーラもほとんど言葉を交わしたことがない。

 ただ老いてなお、剣技も魔術も騎士団の中では上澄みであり、おそらく見識と交友の広さもかなりのものだろう。

 そんな大人物が独自の行動をするというのならば、特にノーラが異論を挟む余地はない。

 

「イオさんは……ん」

 

 続いて開いたイオの手紙は丸まったような癖字で、何故かまず天気の話から始まった。

 のんびりと歩く自分に急に追いついてきた雲が鬱陶しくて、連れていた獅子に吼えさせたという。

 伝えたいことは、まあ分かる。

 一度オズワルドの部隊に見つかって蹴散らした、ということだろう。

 魔術士とはおおよそ、こういう迂遠で抽象的な文章を書きたがる連中なのだ。

 おそらくどこかでこの手紙が敵の手に渡ったら、という危険性を考えてのことでもあるだろうとは理解できる。

 それでもノーラにとっては、意を汲み取るのが面倒なだけだ。

 頭の中で適当に要約しながら、イオの手紙を読み進めていく。

 

 

 曰く。

 あたしは商業都市サレで、同朋のローランと再会した。

 ローランは何故か老エルフから人目を欺く首飾りと、黄金のスクロールを入手していた。

 あたしは老エルフのスクロールを読めなかったが、多分ローランの今後を左右するものだと直感した。

 だから彼はおそらく、あたしの勧めで大陸東方に入り、探求の国ラガニアに向かうことになるだろう。

 あたし自身の動きは、まだ考え中。

 とりあえず同じく東方に入ることだけは決めている。

 ただ、ローランと一緒に行動はしない。

 戦神騎士の生き残りが十人しかいない以上、一人一人が出来る最大限のことをすべきだから。

 副長かノーラのどちらかが、今後の舵を取るだろうことは分かっている。

 方針が決まればすぐに、"砂粒"を寄越してほしい。

 状況が大きく動いた場合も、その都度共有してほしい。

 こちらも"砂粒"を通して、随時動きを知らせるようにする。

 以上。

 

 

「…………」

 

 ノーラは口元に手をやり、しばし考え込んだ。

 

 イオは今後、戦神騎士達の先頭に立つのが副長なのかノーラなのかを問うてきている。

 ローランはイオと再会したにも関わらず、旗持ちの自分が再起するために動いているという情報を共有していないのか。

 自分はそこまで、あの同期に嫌われたか。

 気の遠くなるような目標を掲げたせいで、見限られたか。

 いや、あの無神経で察しが悪くて鈍感な男のことだ。

 イオがこの手紙を書いて"砂粒"に渡した後になって、ようやくこちらの事情を説明した可能性もある。

 あるいはイオは、ローランから話を聞いた上でなお、念のために戦神騎士達の指揮権の所在を確認してきているのかもしれない。

 確かに、そこを曖昧にしたまま各自で動いて余計な混乱を招くよりは、はっきりとさせておいた方がいい。

 

 それと、ローランが手に入れたという黄金のスクロール。

 エルフは亜人とはいえ、イオのような魔術士にとって畏敬に値する存在であることはノーラも知っている。

 齢を重ねたエルフならば、その叡智はなおさら価値のあるものだ。

 だからイオは魔術士の勘で、ローランはそのスクロールを軸に据えて行動すべきだと考えたのだろう。

 しかも探求の国ラガニアといえば、"探究者"と呼ばれる精鋭魔術士を多く擁する東方の強国だ。

 何らかの繋がりを持てるならば、ローランがそこを目指すのは悪くない。

 

 ローランとイオが一緒に行動しないというのも、理解できる。

 戦神騎士達がそれぞれ散らばって動いた方が同時により多くのことを実行できるというイオの考えは、一理あるのだ。

 だがそうすると今度は、個人の機転と行動力が強く求められる。

 イオに関しては、別に心配していない。

 元々社交的で賢い人物であり、手紙の内容からも前向きに行動しようとしているのが、しっかり窺えるからだ。

 しかし、ローランのようなただの凡庸な騎兵が一人で、ちゃんと動けるのか。

 ラガニアに辿り着いて、その先はどうするのか。

 

 

 ──まあいいか、あんな同期。私の苦しみも察してくれなかった馬鹿なんだから。ちょっとは自分で悩めばいい。

 

 

 ノーラは心の中で呟き、最後に残った一通、騎士団副長であるグリムロの手紙を開いた。

 読まずとも、既に内容は分かっている。

 積み上げに積み上げた武力と戦功だけが取り柄で、頭の中は眼前の戦のこと以外空っぽな、呑んだくれの巨漢。

 最大限よく言えば、どこまでも純粋な武人。それがグリムロ副長だ。

 どうせ、お前が旗持ちなんだからお前が全ての音頭を取って、俺にも指示を送れと偉そうに丸投げを──

 

 

『諸々のことは、全てお前に任せる。俺はオズワルドに入る。指図は要らん』

 

 

「何ィッ!?」

 

 思わず声が裏返った。

 手紙を持ってきた"砂粒"の男に視線を送るも、彼は跪いて俯いたまま微動だにしない。

 

「……グリムロ副長は今、どこにいらっしゃる?」

「大砂漠近くの隠し道より、我らの里へ」

「砂漠の上には、やはり飛竜兵がいるのか?」

「はい。常に数騎が飛び回っております。さらに、南方の兵や飛竜を維持するための物資輸送の軍勢も、絶えず往来しております」

「ニコルは? 副長と一緒に逃げたはずだ」

「王城が陥落した夜の内に、西へ駆けさせた、とのことです」

「……つまり本当に単身で、オズワルドに入るつもりか?」

「そのようです」

「副長は熊のような大男だぞ。森や山には潜伏できても、人の集まりにはとても混ざり込めない」

 

 "砂粒"は黙りこくっている。

 ノーラはそれを見て冷静になり、すまないと小さく謝罪した。

 彼らはあくまで同盟者で、戦神騎士の行動に口出しする存在ではないのだ。

 おそらく副長は"砂粒"の長に話を通して、地下からオズワルドの領内に入るのだろう。

 飛竜の目を盗んで大砂漠を一人で北上するなど、できるわけがないのだから。

 

「……む、ぅ」

 

 ノーラは唸った。

 グリムロ副長がやろうとしていること自体は、ウィルフレッドに似ている。

 オズワルドが新たに獲得した大陸南方でウィルフレッドが暴れ、オズワルドの本拠地である大陸中央で副長が暴れる。

 単純に言えば、そういう話である。

 副長は鎖付きの大斧を振り回して戦う戦士で、個人の武力のみで言えば間違いなく戦神騎士団最強だ。

 雑兵しかいない小さな砦や街など、夜中にでも突っ込めばそのまま破壊し尽くしてしまうだろう。

 飛竜兵にさえ気をつけていればおそらく、一定の成果は上がる。

 それに、オズワルドはフォルラザ相手の防衛戦と侵攻戦で二度も大軍を動かし、それで厳しく兵士や物資の徴発を行っているだろうから、国内が荒れている可能性は非常に高い。

 だから今、政に不満を持つ貴族や民はかなりの数、潜在しているかもしれない。

 しかし、そういった連中を糾合や扇動できるような器量も頭脳も、副長には無い。

 グリムロという男は、どこまでも生粋の武人でしかないのである。

 つまり副長がどれだけオズワルドの国内で動き回っても、それは一人の亡国の騎士が暴れているということ以上の事態にはなりえないのだ。

 そんな行動が、長続きするわけがない。

 

「…………」

 

 どう考えても、あまり良い方向には転ばない一手だ。

 戦神騎士団最強の武力が、僅かな敵国の混乱と引き換えに浪費される。

 それだけに思える。

 止めるべきだ。

 だが副長は「指図は要らん」と予め断ってきている。

 確実に止まらない。

 死ぬ気か。やけになったか。

 一人で好き勝手に暴れに暴れて、取るに足りない戦の中で飛竜に踏み潰されて果てれば、それで満足か。

 それならばあの時、「生きよ」という王命に背いてでも城に残ればよかっただけだろうに。

 ノーラは眉をひそめたまましばし考え、とりあえず各々に手紙を書こうと荷袋を漁って。

 

 顔を上げた。

 

「ノーラ様、よろしいですか」

 

 天幕の外から、副官を務める部隊長が緊迫した声で呼びかけてくる。

 "砂粒"の男は既に、姿を消していた。

 ノーラは旗槍を肩に担いで、表に出た。

 兵士達も皆、武器を構えて息を押し殺している。

 軽く周囲を見渡した。

 敵の姿は、どこにも見えない。

 しかし、まるで大岩が山の斜面を転がり落ちてくるかのような、重たい武の気配がのしかかってくる。

 山中で味わうこの威圧感を、ノーラはしっかりと覚えていた。

 おそらく、一騎のみだ。

 山の上方にいる。

 

「……よし。皆、ここで待て」

「しかし、ノーラ様。この感覚はビードの……」

「分かっているとも。少し話をしてくるだけだ」

 

 ノーラは心配する部隊長に笑いかけ、山の斜面を独りで上がっていった。

 重たい武の圧力が増し、こちらの脚を押し返して来ようとする。

 それでも構わずに進んだ。

 一際大きな木を二つ通り過ぎると、騎兵が一騎現れた。

 馬に跨った通常の騎兵ではない。

 魔物の一種である、怪鳥に跨った騎兵だ。

 両手に一本ずつ、黒鉄の長剣を握っている。

 茶褐色の羽を持つ怪鳥が僅かに頭を下げ、刺し殺すような鋭い視線を向けてきた。

 肌がひりつく懐かしさに、自然とノーラの口角がつり上がった。

 

「ビードの山騎士だな。久しぶりに見たぞ」

「……フォルラザの戦神騎士。しかも、旗持ちか。お前達も、オズワルドの飛竜から逃れてきたか?」

「まあ、お察しの通りだ」

 

 騎兵の男が怪鳥から降りると、重たい圧力が途端に消えた。

 

 かつて大山脈一帯を領土としていた、山岳国家ビード。

 戦神の国フォルラザが大陸南方の覇者になるための、最大の強敵だった。

 そして、六年ほど前にフォルラザが激戦の末に山深くの都を攻め滅ぼして、王の首を刎ねていた。

 山を縦横無尽に駆け巡る怪鳥を操る騎兵"山騎士"は、ビードの最精鋭であった。

 

「山騎士は、あの都を巡る攻防で全て討ち取ったと思っていたがな」

「生き残りは俺だけではないぞ。大山脈は平地の者が思っているよりも、遥かに高く深いからな。逃げようと思えば、どこまでも逃げられる」

「王や都のために最後まで戦わずして、か?」

「『大山脈が枯れ果てない限り、ビードには敗けも滅びもない』……陛下は最後にそうおっしゃって、俺達を逃された」

 

 ノーラはその言葉に、笑みを深めた。

 人の上に立ち、大国を統べる王というのは、どこか似通うものなのか。

 忠誠を誓った己の騎士達に殉死すら許さず、「生きよ」と命じるのか。

 既に山騎士の男の細かな表情の動きが分かるほどの距離まで、ノーラは近づいていた。

 だが男の顔には、何の表情もない。

 怒りも憎しみも恨みも、浮かんでいない。

 

「私はノーラ。戦神騎士で唯一の旗持ち……になってしまった女だ」

「……レオンだ」

 

 山騎士の男は名乗り、剣を二本とも鞘にしまった。

 そして、傍に佇む怪鳥の首筋を優しく撫でる。

 怪鳥の目が心地よさそうに細められ、殺気が消えた。

 研ぎ澄まされた武の気配を纏っているが、顔立ち自体は精悍でもなく端正でもない、平凡な男だ。

 同期のローランに、どこか似ているかもしれない。

 いや、ローランはもう少し男前な部類か。

 失礼なことを考えながら、ノーラは口を開いた。

 

「山騎士レオン。私達は大陸の西方へと抜けるために大山脈を歩いている。兵士は二十人。山の民の静かな暮らしを邪魔する気はない」

「それは分かっている。川の水を汲みに谷へ降りていた余所者が数人いたから、様子を見に来ただけだ。そうしたら、またフォルラザの連中だとはな」

「そうか。それで、"お前達も"ということか?」

 

 ノーラはレオンが最初に放った言葉に含ませた意味を、捉えていた。

 

「……ああ。騒がしくて無礼な預かり物を、ようやく返せる」

 

 レオンは怪鳥に再び跨った。

 怪鳥の背は馬より高く、羽毛で覆われた身体は魔力を帯び、軟弱な矢や魔術を弾くほどに頑丈だ。

 そして全身が柔軟に動き、急斜面でも木々が密集する場所でも、決して姿勢を崩さずに駆け抜ける。

 山岳国家ビードの山騎士は、この怪鳥の特性を最大限に活かしながら、人鳥一体の技を繰り出してくるのだ。

 まだ戦神騎士となったばかりのローランが、山騎士の圧力に怯えて誤魔化すように歩兵ばかりを斬り続け、緒戦の後に副長に殴り殺されそうになったのを、ノーラは覚えている。

 自分にとっても、彼らは人生で最大の難敵だった。

 ──飛竜兵と戦うまでは。

 

「預かり物を返すついでだ。兵士を連れてこい。昼飯くらいは出してやる」

「いいのか? 私の兵達は、それは遠慮なく食うぞ」

「山の恵みは、いくらでもある」

 

 ノーラが微笑んで感謝の言葉を述べても、レオンはぴくりとも笑おうとしなかった。

 代わりに、怪鳥がコココと笑った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 山騎士レオンの案内の元、ノーラ達が数時間かけて辿り着いたのは、山中の開けた場所に作られた、そこそこ大きな村だった。

 ここまでの道中、ノーラが判別できるような目印らしい目印はなく、山の民の先導がなければそれと分からぬような複雑な道筋を通ってきた。

 村には、武装こそしていないが明らかに兵士として調練を受けていると思しき若者が、何人もいる。

 自衛のために鍛え上げているのだろう。

 それと、同朋の気配が一つ。

 村に足を踏み入れた瞬間に分かった。

 

「おい、居候! お迎えが来たぞ!」

 

 怪鳥から降りたレオンが小さな家の前で声を張り上げると、家の入口からまだ幼さが残る容貌の少年が、そーっと半分だけ顔を出した。

 その顔はノーラを見た瞬間、げぇっと盛大に嫌そうな表情を浮かべて、素早く引っ込んだ。

 遠巻きに見物していた村人達が、その仕草をクスクスと笑う。

 

「……ニコル。私が五つ数える前に出てこい。さもなければ、家ごと吹き飛ばすぞ」

 

 ノーラが三つまで数えたところで、吼える獅子の意匠が施された剣二本と胴鎧を抱えた小柄な茶髪の少年が、ドタバタと出てきた。

 そしてノーラの前で胸を張って直立し、ずさんに貼り付けたような満面の作り笑いを浮かべて一礼した。

 

「ノーラ殿! ご無事で何よりであります! このニコル、心の底より御身を案じておりました!!」

「うるさい」

「あいたぁっ!」

 

 ノーラが調子の良い後輩の頭に軽く拳骨を入れると、どっと周囲に笑いが溢れた。

 村人だけでなく、兵士も皆笑っている。

 ぶたれたニコルも笑っている。

 

 ノーラも大きく口を開けて笑った。

 久しぶりに心の底から、笑った。

 

 同朋たる戦神騎士との、再会だった。

 




大陸地図に、月の国「マーブリス」と太陽の国「シンガ」を追加しました。

【挿絵表示】

また、今回一気に戦神騎士の名前を出しましたので、下にまとめておきます。

・ローラン:騎兵、大剣使い
・ノーラ:指揮官、旗槍使い
・グリムロ:副長、大斧使い
・ジェラルド:古参、魔術剣士
・アレクシス:魔術士
・ウィルフレッド:騎兵、槍使い
・イオ:魔術士
・ニコル:双剣使い
・???
・???

全員の視点から物語を書くことはないと思います。
複数視点と言っても、基本的にはローランとノーラが主軸です。
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