――聖アストラ学園。
国を護る数々の
入学するにはとある資格が必要であり、それを
常人とはかけ離れた力を手にできるその印は、限られた者の身体にのみ刻まれる。
この教室に集められた二十人ほどの生徒達も皆そんな資格を持った精鋭達だ。
教室は緊張感で包まれており、疎らに話し声が聞こえる程度である。
無理もない、今日は入学初日、各々が知らない者同士な上慣れない環境なのだから。
聞こえる話し声はこの新しい環境に馴染もうと初対面の相手に声をかけた者たちの声なのだろう。
そんな風に他人事のように考えていた男にも、声がかかった。
「なぁお前、変わった制服だな」
開口一番に失礼な言葉が後ろから聞こえたので振り返ると黄色髪の短髪をした男がいた。
まぁ確かに変なのに間違いはない。
襟が高いために顔の下半分は隠しているし、全体的に普通より厚着な制服を着ているのだから。
「てかよく見たら男じゃねえか」
ズボンを履いているのを見て黄色髪は落胆したように言った。
この学園の女生徒は皆スカートである。
どうやら女だと思って話しかけにきたらしい。
男にしては長い髪をしているので、後ろ姿でそう思ったのなら無理はない。
「俺の美女センサーが反応した気がしたんだけどなぁ」とボソボソ呟いている。
「悪かったな」
「いやいい。じゃあお前さ、どう思う?」
「……どうって?」
「女子のレベルだよ!」
そんなのもわかんないのかというような顔で身を乗り出して言ってくるつんつん頭。
「俺の地元じゃ見られないような顔面の子達が山ほどいる!今のとこ俺の狙いはあの子だな。見るからに難攻不落のクールタイプだが俺ならイける」
視線の先を見ると確かにクールそうな美人が退屈そうに窓の外を眺めていた。
「お前はどの子だ?」
「は?俺?――」
――ガラガラ
すると教室の扉が開き、生徒には見えない風貌の男が入ってきた。
黒髪を無造作に立ち上げたアップバングだが寝癖でボサボサである。
目の下には深い隈ができておりひと目で気だるげな印象を受けた。
「俺はダビッド=ブルー。このクラスの担任を受け持つことになった」
ダビッドという男は教壇に立つと軽く自己紹介をし、淡々と話し始める。
「この学園の存在意義は優秀な使徒を輩出すること……とあるが、実際のとこはお前らみたいな危険因子を管理することにある」
危険因子……生徒らをやや卑下するようなその言い方は、教室内に少々の動揺を走らせた。
そんな中、ざわめき立つ生徒達の中から一人の手が真っ直ぐと上がる。
燃え立つような赤髪をした、強い眼差しを持つ生徒だった。
「先生、危険ってどういう意味ですか」
「どういう意味ったって、お前らの持つ聖印は危険極まりない代物だってだけだ。それ以上も以下もない」
ダビッドは白い目で見下ろしながら言う。
大分捻くれた教師が担任になったものだ。
「ってわけでこの学園の説明だが……めんどくせぇな。お前らガイドブックとか貰ってんだろ?各自読んどけ。チャイム鳴ったら解散でいいぞ」
そう言うとダビッドは教卓の下にあった椅子に座りアイマスクをつけるとあっという間にいびきをかき始める。
「………………」
沈黙。
正しく沈黙が、クラスを支配する。
そんなクラスメイトの面々を意に介さず、依然大口を開けてかき続けるダビッドのいびきが教室の中で場違いにも響いている。
「って、何してんですか!?」
最初に声を上げたのは先程の赤髪だった。
バタ、と椅子から立ち上がり、怒りすら感じさせる足取りで彼はダビッドの元へ向かう。
「教師なら右も左もわからない俺達になにか言うことあるんじゃないですか!?」
肩をいくら激しく揺すろうがダビッドは起きようとしない。
赤髪はますます頭に血が上っていっている様子だ。
「あはは!いーじゃん!ボク説明とか聞きたくないしー」
甲高い声で喋るのは桃色の髪をした女生徒。
同い年には見えないくらいには小さく幼い。
「はぁ、起きる気配がないな。仕方ない、みんな!こんな巫山戯た男は無視だ」
諦めた赤髪の男はクラスを仕切り始める。
「とりあえずみんなで自己紹介でもしよう。俺はアレク=ウルスラグナ。みんなが仲のいいクラスにしたいと思ってる」
男が名前を口にした途端、教室内にどよめきが広がった。
「やっぱり」「あれが」などと言葉が飛び交っている中、後ろからは舌打ちが聞こえた。
ボソボソ怨嗟の声を呟く黄色髪に聞いてみた。
「なぁ、有名人か?」
「は?お前知らねえの?伝説級の聖印、勇者の持ち主アレク=ウルスラグナだぞ。印に恵まれたからってチヤホヤされやがってアイツ……」
そういえば聞いたことがある。
幾百年ぶりに勇者の印を持つ者が現れたと。
確かそいつの名前がこんな感じだった気がする。
「はいはーい!ボクはネネ=ストロベリー!武器はこれだよー!よろしくね!」
意気揚々に挙げられたネネの拳には少女に似つかわしくないメリケンサックがはめられていた。
天真爛漫な笑顔が酷く眩しい。
こんな風に、各々自己紹介が進んで行った。
「レイナ=セルフォードです。剣術が得意です。互いを高め合えるようなクラスにできたらいいなと思います」
絹糸のように伸びる青髪の一つ結びが美しい女生徒だ。
楚々とした印象がありながら、その青玉色の瞳にはどこか力強さが感じられた。
「カルミア=ローデルシアと申します。戦闘は得意ではないのですが、支援なら自信があります!皆さんとたくさん思い出を作りたいので、ぜひ仲良くしましょう!」
輝く笑顔を振りまくのは白髪のハーフアップをした女生徒。
柔和なその笑顔とは対照的に、羽毛のような白妙の睫毛からは無垢な儚さを思わせた。
可憐な顔立ちはまるで聖画に描かれた天使のように、見る者を魅了する。
男女問わずファンができそうな子だ。
「キルシェ=コールドレインと申しますわ。魔法に関してでしたら頼って下さいまし」
麦穂のような金髪を緩く縦ロールにしている。
染み付いているのであろう立ち振る舞いが上品を奏でているようで、如何にもお嬢様である。
「……シグレ=クロウゴード。得物は刀」
席を立つことなく無愛想な自己紹介をしたのが先程後ろの男が狙ってるとか言ってた女だ。
黒髪の長髪をセンター分けにし、つり目がちな目尻が負けん気を主張しているようだ。
終始冷めきった目をしている。
たくさんの生徒が自己紹介をしたが、黄色髪が目星をつけているらしい女生徒は以上の子達らしい。
興味無いが。
するとそんな黄色髪の出番がやってきた。
「俺はアンバー=スコット!育ちはバニシエルで、龍を倒したことがある!地元じゃ俺の名を知らない奴はいないぜ!よろしく!」
0点だ。
武勇伝フルコースの自己紹介などこれから始まる学園生活における自分の首を全力で締めるだけだ。
こいつアンバーって名前だったのか。
「コリウス=グラシア……です……私もバニシエル育ちですがそんな感じの名前は聞いたことがないです……お願いします……」
暗そうな眼鏡っ娘の自己紹介により虚言まで発覚した。
と、そんなこんなで出番が来てしまった。
「ヴィリア=ローゼンだ。見せられるようなものではないのでこんな制服をしているが気にしないでくれ。よろしく頼む」
どんな戦いでどんな傷を負ったのだろうかという顔を向けられるが無視して席に座った。
閑散とした夜空の下、人のいない開けた場所にてヴィリアは正座をしていた。
そして目の前の存在しない相手に深く座礼をする。
対するはかつての自分、前世の己。
ヴィリアには前世の記憶があった。
前世の自分は武に生きた武人であり、この世に生まれ直したときは、死してなお武に身を捧げることができることに震えた。
そうして、今世では一から己の肉体を鍛え上げてきた。
しかし、届かない。
前世の自分に、拳が届かない。
今日も勝つことは叶わなかった。
地面に背を預け、肩で息をする。
本来なら追い越せているはずの拳が、敗北している。
今世の肉体に限界が来ていることを自覚していた。
この肉体では、前世の自分を越えることができない。
その事実に何度目かわからない歯ぎしりをする。
息も整ってきたので、身を起こして寮の部屋へ帰ることにした。
――イヤッ!
道中、穏やかではない物音がしたので見に行くと、そこには今日のクラスにいたカルミア=ローデルシアであろう女の子と、体格のいい巨漢が。
「離してください!」
「新入生ならわかんないことばっかだと思ってよ。ちょっと俺の部屋で色々教えてあげるってだけだ。手とり足とりなぁ」
カルミアは手首を握られ抵抗しているが敵わない様子。
ここは助け舟を出そうかと思ったそのとき。
「あ?」
現れたのは、アレク=ウルスラグナ。
巨漢の腕を掴み、鋭い眼光を向けている。
登場まで勇者そのものなんだな。
「あー、いやいや、ちげえよ。俺ァ先輩として新入生の力になりたくてだな」
巨漢はバツが悪そうにつらつらと言葉を紡ぐ。
「そうでしたか。でもごめんなさい。これからこの子と用事があるので失礼しますね」
「……あぁ」
アレクは男に背を向け、カルミアの手を取ると小さく耳打ちする。
「カルミア……だっけ?さ、帰ろうか」
「……!ありがとうございます!」
歩き出す二人。
巨漢の顔は平然を装いつつ、アレクへの怒りを隠しきれていない。
我慢ならないというように、男の拳が振り上げられる。
「な……ッ!」
だが気づけば巨漢の首元には刃が突きつけられていた。
「それ以上動いたら、わかるでしょ?」
レイナ=セルフォード。
彼女もいたのか。
「は、は……怖えよ。ちと肩が凝っただけだろ」
顔をひくつかせ、苦笑いを浮かべる男。
後退りし、踵を返すと舌打ちを残し去って行った。
結局出番がなかったなと思いつつ、ヴィリアも帰路に着くのだった。
流石は我が国御用達の学園、寮の設備も素晴らしい。
中でもヴィリアが気に入っているのが、お風呂であった。
入浴剤も充実しており、伸び伸びと入れる大きさの浴槽。
堪能する他あるまい。
汗によりベタベタになった服を脱いでいく。
襟で隠されていた唇は十分以上な潤いと艶を見せる。
晒されていく肉体は、男の引き締まった身体とは似ても似つかず、むせるほどの色気を纏った蠱惑的で女性的なものだった。
胸に巻かれたさらしを解くと、汗で蒸れに蒸れた乳房が露になる。
一糸まとわぬその姿は、およそ男とは言えないものだった。
肩まである濡鴉色の黒髪を結んでまとめると、淡く存在感を示す紋様がうなじから顔を出した。
聖印である。
今日はローズの入浴剤を入れた。
爽やかな甘さが鼻腔を擽る。
湯船に浸かると、鬱陶しい胸元の重さがなくなった。
日中身体が窮屈な分、この開放感がたまらなく心地良いのだ。
浮かぶ丸く大きな脂肪の塊を持ち上げてみる。
こいつがなければどんなに良いことかと何度考えたことだろう。
なんという皮肉だろうか、今まで武のために重ねてきた食事、睡眠、運動が、これを育て上げてしまった。
武を極める上で邪魔そのものでしかない。
ヴィリアの聖印は、聖女のものであった。
勇者の印と同じように伝説級のものらしいがちっとも嬉しくない。
ただ、鍛錬には役立った。
いくら肉体が疲れ果てようが無理やり己を回復させることで昼夜鍛錬に明け暮れることができたのだ。
生前よりもずっと強度の高い鍛錬を続けてきたにも関わらず前世の己を越すことができずにいるのは、この女体のせいである。
どこの女よりも女らしい身体をしているヴィリアだが、それでも自分は男だと信じたいがために男装をしているのだった。
この長い髪も本当は切りたいのだがうなじの聖印を見られてはいけないため隠せる程の長さを保っている。
この身体を見る度に嘆かわしい現実を思い出し憂鬱になるのだが、せっかくの至極の時間なのだから今は忘れることにするのだった。
感想など頂けましたら励みになります。
4/6 描写に少々改変を加えました。