「いい?『俺』なんて一人称じゃ子供達を怖がらせちゃうの。『私』にしなさい」
「わ、わかったと言ってるだろ……だがこんな格好する必要は……」
洗面所を出て、子供達のいる場所へ向かう。
リビングに着くと、楽しそうに遊んでいた子供達が一斉にこちらを向いた。
「……」
口を開け、ぽーっとこちらを眺める子供達。
「あらまぁ、お綺麗なシスターだこと」
日に日に隈が濃くなっていくセルシアさんが口に手を当てヴィリアに言った。
ヴィリアは男装を解き、修道服に身を包んでいた。
黒を基調とした色合いに、僅かながらの白の装飾。
ロングスカートの両横には深いスリットがありガーターベルトと生地の薄いストッキングに包まれた魅惑の肌がこっそり覗いている。
頭にはベールを被り、胸部の露出を許さんとばかりの禁欲的な服は、その悩ましげな身体のラインをこれでもかと強調させていた。
「……ママ!」
「え?」
フリージアが抱きつきにきた。
フリージアの頭にヴィリアの胸が乗っかる。
「お……私はママじゃ……」
「ママだ!!」
「ママあー!!」
「えぇ!?」
ぽけーっと眺めていた子供達も一斉にヴィリアへ雪崩込んだ。
撫でるような声で甘えてくる子供達に囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「私はおとこ……」
今までフリージアを除いた子供達からは、心を開いて貰えていなかった。
そんなこの子達が急にこうも懐いてくるなんて、理由は一つしかない。
母親が恋しいのだ。
皆なんらかの事情で、身寄りがない、またはなくなった子達。
「……」
そう思うと、この子らを抱きしめたくて堪らなくなった。
それにこの状況……悪くない……いやそれどころか、脳が蕩けそうだ……
「満更でも無さそうね」
「……ハッ!?いや、そんなことはない!」
「せっかくのシスター姿をもっと眺めていたいところだけれど、これから無能騎士団に呼ばれているから、私は出るわね」
最近ゲンヤ=クロウゴードの件で騎士団によく拘束されているシグレはかなりストレスが溜まっていそうである。
「恩返し待ってるわね」と言い残し、シグレは教会から出ていった。
子供達は相変わらず離れようとしてくれない。
愛おしさが今にも限界突破しそうだ。
これ以上甘えられればどうにかなってしまう。
なんとかしなければ……
――ガラ
「……?」
僅かに、扉が開く音がした。
玄関は開いていない。
裏口のドアか。
名残惜しいが子供達を撒き、音のしたところへ向かう。
「何してる、ルカス」
「ッ!!」
こっそりと帰ってきたルカスだった。
後ろ姿に声をかけるとビクリと身体を震わせた。
「何も……って……リアか?」
いつもの男装姿と一致していないようでこちらを見たルカスは目を丸くする。
「ルカス、右手を見せてみろ」
「!……関係ねぇだろ」
咄嗟に右手を背中に隠すルカス。
ふと見えたその右手は、一瞬だったが傷だらけのように見えた。
ヴィリアから逃げようとするルカスの腕を掴む。
「離せよ!ってなにしてんだ!」
抵抗して暴れるルカスの衣服を脱がせる。
晒されていく肌……上裸となったルカスの身体には痛々しいまでの傷跡があった。
「スリはもうやめろと言ったよな?」
「……うるせえ!」
「この傷、スリがバレでもしたんだろう」
その場に正座し、ルカスの頭を無理やり膝の上に置く。
「な、なにしやがる!」
「大人しくしていろ」
ルカスの身体に手を置き治癒を開始すると温かい光が傷を癒していき、みるみる健康的な肌へ変わっていった。
暴れていたルカスだが驚きと心地良さが混在したような顔をしている。
「なぁ、そうまでして金が欲しいのはなんでなんだ?」
「……知るか」
少し大人しくなったルカスはヴィリアに身を預けながらそっぽを向く。
「あー!ルカスお兄ちゃん膝枕されてるー!!」
「ッ!ちげえ!!」
子供達がこちらに来ていた。
ルカスは恥ずかしそうに身体を起こす。
「ずるい!私も!!」
「僕もー!」
またしても子供達に囲まれてしまった。
「随分懐かれたみたいねぇ」
様子を見に来たセルシアさんが疲れた顔で微笑みを浮かべていた。
「私は買い出しに行ってくるから、子供達の世話を……」
突然、セルシアさんは立ちくらみをしたようにバランスを崩し座り込んだ。
「マザー!?」
子供達がセルシアさんに駆け寄る。
「はぁ、はぁ……」
血色の悪い顔で不規則な呼吸を数往復繰り返した後、セルシアさんは気を失った。
疲れが身体に障ったのだろうか。
「みんな、落ち着いて。セルシアさんはすぐに良くなる」
心配する子供達を落ち着かせ、とりあえずセルシアさんを抱え、寝室に運ぶことにした。
寝室に着き、抱えていたセルシアさんをベッドに寝かせる。
「酷い汗だな……どうして急に……」
「急じゃない」
子供達には安心して待っているように言ったが、ルカスがついてきていたらしい。
気づけば隣にいた。
「ずっと前からマザーは具合が悪そうだったけど、俺たちに心配させないために無理してた」
「この浮き出る血管……今流行りの病と同じ症状だな。気づいてたのか、ルカスは」
普段襟の高い修道服で隠されていたセルシアさんの首には気味が悪い程に血管が浮き出ていた。
その血管が脈打つ度にセルシアさんは魘されている。
「街に、どんな病も治せる万能薬がある。とても手が届かないような高値の代物だけど、それがあれば……」
ルカスは歯がゆそうに拳を握りしめた。
「今まで必死に金を貯めてたのは、それを買うためだったんだな?」
「……」
図星らしい。
「だったら、もうそんなに身体を張る必要はない」
セルシアさんへ手をかざす。
するとみるみるうちに苦しそうな表情も安らかになっていき、隈もなくなった。
「……?」
治癒は問題なく進んでいる。
しかしどこか違和感が湧く。
普通の病ではないような、得体の知れない違和感が。
まぁ回復に差し支えなければいいか。
「治療完了。もうスリなんかするんじゃないぞ」
「……え?本当に?」
急激に顔色の良くなったセルシアさんを見て呆気にとられたような顔をするルカス。
そして状況に理解が追いつくにつれ、だんだんルカスの表情は花が咲いたように明るくなっていった。
「……ありがとう!!マザーを治してくれて!」
嬉しさの余り目に涙を浮かべながら、勢いよく抱きつきにきた。
ルカスの顔がヴィリアの胸に埋まる。
……なんだ、この可愛いくて仕方がない生き物は。
「……はっ!」
我に返ったように顔を紅くして離れようとするルカス。
だが勝手に動いたヴィリアの腕はルカスの頭を包み込んだ。
普段のツンツン具合からのギャップも相まって愛おしさが溢れ出して止まらない。
今までマザーのためを想って自分を犠牲にしていたのだと思うと抱きしめるだけでは足らない感情に駆られ、ルカスを抱く腕に力が入ってしまう。
「んぐっ……!も、もぅぃい!!」
凶暴な胸部に溺れるルカスのギブの声は多幸感に浸るヴィリアの耳には届かない。
「あれ、私は何を……」
背後から聞こえた声でヴィリアも我に返った。
セルシアさんが目を覚ましたらしい。
ルカスを腕から解放する。
「ぷはぁッ」
酸欠状態のルカスの耳は真っ赤に染まっている。
「セルシアさん、具合は」
「え……すごい、身体が軽い……!」
目を覚ましたセルシアさんの顔は若返ったように明るかった。
「リアちゃんが治してくれたのかい?」
「あぁ」
「手伝いだけでなくここまでしてくれるなんて、なんとお礼すればいいのやら……そうだ、買い出しに行かんと。そこでお礼の品でも買ってこようかねぇ」
身体を起こし立ち上がろうとするセルシアさんを止める。
「買い出しなら私が行ってくる。それより、病み上がりのセルシアさんはずっと貴方のことを気に病んでいたルカスを安心させてやってくれ」
「ルカス……?気づいていたのかい。心配させまいと頑張っていたつもりなんだがねぇ。ほら、こっちに来なさい」
ルカスは俯きながらセルシアさんの傍へ寄る。
その頬へセルシアさんの手が触れた。
「心配かけてすまないねぇ。でもこの通り、リアちゃんのおかげで私は大丈夫さ」
俯いているルカスの肩が震えだし、その目から雫が落ちた。
「マザー……!!」
二人の世界に水を差さないよう、その場を後にすることにした。
そのまま買い出しに出る。
街を歩くが、日に日に活気がなくなっていっている。
歩いている人も疎らで、店も営業している場所の方が少ない。
セルシアさんを蝕んだあの病……治療中、ただの病とは違う、どこか異質なものを感じた気がした。
あれが街中に蔓延しているのなら、このパンデミックはもっと見方を変えるべきかもしれない。
それに、街の活気と治安の悪さは比例するらしい。
「なあ嬢ちゃん、俺らと一緒に遊ばね?」
ガラの悪い複数人の男達に取り囲まれていた。
下卑た視線を胸や尻にこれでもかと感じる。
無視して歩き出す。
「おいシカトすんなよ」
腕を掴まれた。
仕方ない。
痛い目に遭わないと分からないらしい。
そうして拳に力を込めようとしたとき。
「嫌がってるだろ。手を離せ」
「は?」
現れたのはアレク=ウルスラグナ。
奴だった。
「兄ちゃんにゃ関係ねえだろ」
アレクにガンを飛ばす男だが、他の男達はなにやら焦った顔をしており、耳打ちをした。
「おい、この赤髪にこの制服、こいつあの勇者じゃねえか?逃げるぞ」
「……チッ、ついてねぇな」
そう言い残し、男達はどこかへ去って行った。
「大丈夫……って」
こちらの顔を見たアレクは驚いた顔をする。
「リア……?」
「……」
顔を背けていたがバレてしまったらしい。
「アレク!急にどこへ行きますの」
キルシェがやってきた。
「あぁ、困ってそうな子がいたから助けに来たんだけど……ってあれ?」
「困ってそうな子というのはどこにいますの?」
アレクがキルシェに気を取られている隙に逃げることに成功した。
女姿でこの男に会うと何をされるか分かったものではないのだ。
いつかのアレクのラッキースケベが、ヴィリアにとってトラウマとなっているのであった。
TSっ娘のおねショタ、増えてもよくないか