買いすぎただろうか。
籠の中に入ったたくさんの食材に目を落とす。
いや、あの人数だ。買いすぎたくらいがちょうどいいだろう。
軽い足取りで教会へ向かうヴィリア。
脳裏には、子供達の可愛らしい笑顔が焼き付いていた。
そうだ、今日は病み上がりのセルシアさんに代わって子供達に料理を振舞ってやるとしようか。
子供達の喜ぶ姿が目に浮かぶ。
学園に入学してから料理はしていないが、久々に気合いを入れよう。
そんなことを考えていると、教会に着いた。嬉々とした気分のままにドアノブに手をかける。
「…………」
ドアノブに手を置いたまま、身体が固まった。
自然とつり上がっていた口角が落ちる。
浮かれていた気分が、一瞬にして地に着いた。
嫌な予感が背筋を撫でる。
何者かに、『絶対に開けるな』と言われている気がした。
「……」
同時に、開けなければならない気もした。
何者かによる制止の声を振り切り、ドアノブを引く。
そしてヴィリアの目に映りこんだ光景は……
「……ッ!!!!」
横転したテーブル。
床に散らばった、壁に立て掛けられていた筈の額縁とその破片。
そして……真っ青な顔で意識を失ったまま床に転がる子供達とセルシアさん……
「逃……げろ…………リア…………」
「!」
壁に背を預け、誰よりも満身創痍に見えるルカスが半目になりながらなんとか意識を保っていた。
ルカスだけ、痛々しくも両手の爪が剥がされている。
そんなルカスの前でしゃがみ込む女が一人。
深紫の髪をショートヘアにし、服と呼べるのかもわからないような黒の布が申し訳程度にその褐色の肌を隠している。
女は立ち上がりながら振り向き、こちらを向いた。
「君が聖じょ――」
ヴィリアの拳が女の顔面に食い込む。
勢いそのままに女は壁を突き破り、街へと吹き飛んだ。
「ルカス!しっかりしろ!!」
すぐさまルカスを抱き寄せ、能力を惜しみ無く使う。
するとみるみる傷が癒え、顔色も良くなると安心感からか、ルカスは気を失った。
静かにルカスを床に寝かせる。
そして地獄絵図となったこの現場を見回す。
「……待っててくれ」
爪が皮膚に食い込み、握りしめた拳から血が流れる。
溢れ出る殺意を隠せないまま、壁にできた穴を通り先程の女の元へ足を運ぶ。
「いッッたぁ……」
女はひび割れた建物の壁に背を預け、座り込んでいた。
「この膂力……まさか聖女ではない?いや、そんなはずはない」
不気味に立ち上がる女。
窪み、変形した顔面が気味悪く再生していく。
やはりこの女、魔人だ。
「今、金髪のガキを治しただろう?私の
「……まさかこの街に蔓延る病の元凶は、お前か」
「如何にも。邪教大司教である私、ジーナ=ドゥルジによるものだよ」
「街の人々も、子供達も苦しめて、一体何がしたい」
「有象無象がいくら呻こうが興味はないよ。私の疫癘はいわば餌。聖女である君を釣るためのね」
「……どういう意味だ」
「修道女の女を癒した時点で、君はまんまと私の罠に引っかかっていた訳だよ。ただ、聖女の居場所を特定した私は急いであの教会に来たんだが肝心の君が見当たらなくてね。あの金髪のガキ、いくら拷問しようが君のことを話さなくて困ったよ」
「死ね」
ジーナの顔面へ再び拳を振るう。
しかしその拳はジーナへ当たることなく壁に衝突し、クレーターを作った。
――『病魔』
跳躍することで回避したジーナは宙を舞ったまま技を繰り出し、背後に大きな黒い影が生まれた。
その影から夥しい数の黒い雨のようなものが降り始め、ヴィリアを襲った。
避けようのないように思える攻撃の尽くをヴィリアは華麗に回避していく。
ところが。
「くッ」
この胸部の存在を勘定に入れていなかった。
動きが乱れる。
黒い雨が止んだ頃、ヴィリアの身体は擦り傷に塗れ、ボロボロとなった修道服はその淫らな肌の露出を許していた。
「やらしい身体だね。こりゃあダチュラも目をつけるわけだ」
「黙れッ!」
着地直後のジーナへ攻撃しようと踏み出そうとした足が止まる。
傷跡が酷く疼き出し、身体中を這うように痛みが湧き出したのだ。
先程の攻撃によるものだろう。
無数の病原菌が身体の中を侵そうとしているのがわかる。
だが、そういったものはヴィリアにとって易いものだった。
「……やはり効かないか」
傷が癒え、涼しい顔となったヴィリアを見てジーナは言う。
万全となった身体で再び踏み出し、腹部目掛けて拳を振るった。
――『
影が生まれ、黒い刃が現れる。
拳がジーナへ届くより先に、ヴィリアの腕は肘から先がなくなっていた。
だがそれはヴィリアにとって拳を仕舞う理由にはならない。
瞬く間に再生したヴィリアの拳が勢いを落とすことなくジーナの腹部へ直撃する。
「がッ!」
吹き飛んだジーナが建物に衝突し、ガラスが砕け散る。
休む暇を与えずにジーナの顔面へ膝蹴りを喰らわす。
続けて反撃の隙を与えない拳の猛攻。
拳一つ一つに渾身の殺意が乗っている。
――『禍災』
ジーナから禍々しい力の奔流を感じ、後方へ飛ぶ。
ジーナを中心に現れたのは、またしても巨大な影。
逃げていなければ今頃あの影に呑み込まれていたことだろう。
ジーナは身体中に風穴を開けながら立ち上がる。
そして呼吸するように風穴を塞いだ。
こいつ……不死身か?
「聖女にこんな戦闘能力があるなんて聞いていないよ。こんなのを生け捕りになんて、無茶にも程があるだろう」
ぼそぼそと呟くジーナへ再び踏み出そうとしたところ、待ったをかけられた。
「ちょっと待った。いいのかい?」
「……なにがだ」
「これ以上この街の人間共を殺していいのか、ということだよ」
「なにが言いたい」
「そうだな、先程の攻撃で私は八回程死んだ。つまり、私の疫癘を罹患した街の人間八人が死んだということだよ」
「!!」
「そうだ、私の死は疫癘罹患者が無作為に代弁する。最初の顔への打撃を含めて、これで九人を君は殺したんだよ」
ハッタリ……ではないだろう。ハッタリだとして、確かめる術はない。
「それに、私の気分次第で罹患者の命はどうにでもできる。どうだい、私に従う気になっただろうか」
「……」
これ以上戦ったところで、人々の被害が甚大になるだけだ。
かといって逃亡すれば、こいつがどんな手に出るかわからない。
戦う意思を失ったように、ヴィリアは構えを解いた。
「それでいい」
拳を下ろしたまま突っ立っているヴィリアへジーナが歩み寄る。
無作為に死を代弁するのであれば、子供達にも被害が及びかねない。
いやむしろ、既に殺めてしまっている可能性も……これ以上戦えば危険を拡大させるだけだ。
だが、従う気は更々ない!!
――天稟『
最大出力の『魔滅し』。
燦然たる輝きは放射能の如く、あらゆる物体を貫通し街全体を包んだ。
――『
続けてありったけの浄化能力を使用。
狙いは疫癘罹患者の回復。
人々にとってこの能力は癒しの特効薬。
だが魔人にしてみれば、滅却の劇薬だ。
「ぐあ……ぁぁぁ……」
光が晴れると、爛れた肌を晒すジーナの姿が浮かび上がった。
爛れただけで済んでいるのは、天稟発動の寸前、咄嗟に影の中に身を隠したからだろう。
「な……ぜ……再生しない……」
「わからないか?単純な話、身代わりがいないだけだ」
ジーナの様子を見て安心した。
どうやら無事全罹患者を回復できたようだ。
これで懸念点はなくなった。
第二ラウンドだ。
再び構えを……
「……?」
腕が上がらない。
身体に力が入らない。
腰が砕け、女の子座りをしてしまった。
まずい、さっきので力を使い果たしたらしい……
「……ん?どうした、まさか動けないのか?」
ジーナは堪えきれないというように小さく笑い始めた。
「少し焦ったが、助かったよ。さぁ、私達の元へ来てもらおうか」
ジーナが目の前へやってくるとこちらに掌を向けた。
するとヴィリア周辺の地面は黒々とした影へと変わった。
今にもこの身体を呑み込もうとしているのがわかる。
まずい、抵抗する術が……
――『天撃』
そのとき、ジーナの頭上へとてつもないパワーが落雷した。
ジーナは咄嗟にその場を離れ、回避する。
するとヴィリアを呑み込もうとしていた影も消えてなくなった。
「大丈夫ですか!って、リア!?」
男が駆け寄ってくる……アレクだった。
「な、なんて格好を……」
「……?」
アレクは目のやり場が困るといった風に顔を紅くして逸らした。
自身の身体に目を落としてみる。
辛うじて秘部を隠す裂傷だらけの修道服に身を包んだ己の身体がそこにはあった。
「……!!!」
まるで売春婦ではないか……!!
頭に熱が上がっていく。
そんなヴィリアへ、ブレザーが降ってきた。
「これでも着ていてくれ」
シャツ姿となったアレクは未だ目線に困っている。
「それにしても、リアを危険な目に遭わせたのは……お前だな」
勇者ともあろう者が、そんな目をしていいのだろうか。
それくらいの怒気を孕んだ目をジーナへ向けるアレク。
――天稟『超越』
怒りのままに早速全力を解放したようだ。
凄まじい覇気が肌をピリピリと痺れさせてくる。
「なるほど、勇者というのは君か。私も後がないのでね。出し惜しみはしないよ」
――戒術『疫……
技を唱えるジーナの動きが止まる。
するとジーナの両目が互いに逆方向を向き出し、やがて縦線が浮かび上がると綺麗な断面を見せ真っ二つとなった。
いつの間に抜いたのか、剥き出しとなった剣をアレクは鞘に収めた。
……速すぎる。
やはりこの男の強さは常軌を逸している。
蒸発するように身体を崩壊させていくジーナを背後に、アレクがこちらに手を差し伸べてくる。
「無事かな?っとわッ!!」
「え?」
差し伸べられた手を掴もうと伸ばした手が空を切った。
アレクが足を滑らせたのだ。
「むぐ……」
「ひぃあ!!」
転んだアレクに押し倒され、組み伏せられたような形になってしまう。
そして防御力の低い状態の胸へアレクが顔を埋ませている。
せっかく剣技に感心していたというのにこの男は……!!
「は、離れ……んひああ!!動くなああ!!」
「ぐ、ふむがッ!」
本来なら今すぐにでもぶっ飛ばしているところだが、身体に力が入らず振り払うことが出来ないのだった。