TS聖女は男装がバレたくない!   作:門邪

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褒美

「いい加減に……離れ、ろッ!!」

「ぶはァッ」

 

 ヴィリアの胸に顔を埋めたままいつまでも起き上がらないアレクの腹へ蹴りを入れると勢いよく吹き飛んだ。

 ようやく力が戻ってきた。

 ブレザーを羽織り、胸元を隠しながらよろよろと立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 やはりこの男は危険だ。

 気を抜けばすぐにセクハラの手が飛んでくる。

 息を切らしながら、紅潮した顔でヴィリアは倒れたまま無防備を晒すアレクを睨みつける。

 

「……?」

 

 ふと、不愉快な臭いが鼻を突く。

 嫌な予感がしジーナへ目を向けるが、女は身体の崩壊が足先までに及び、今にも消滅するところだった。

 そしてついに、ジーナの身体は完全に蒸発した。

 静寂が辺りを包み込む。

 

「気のせいか……ッ!いやまだだ!!」

「!」

 

 崩壊していくジーナの身体から発生された瘴気のようなものは消えることなく、意思を持ったように動き出した。

 ヴィリアの声に反応したアレクは機敏に起き上がる。

 剣を抜き、瘴気へ向かって幾つもの斬撃を次々と繰り出すが実体のないそれに効くことはなく、瘴気はある方向へ一斉に向かい出した。

 その方向は……教会!?まずい、子供達が病に罹れば魔人の死の受け皿となってしまう。

 子供達を身代わりに、自分は蘇るつもりか!!

 

「あああああああ!!!!」

 

 教会に瘴気が入り込むと、少女の悲鳴が轟いた。

 この声は……

 

「フリージア!!」

 

 全速力で教会へ駆ける。

 壁に空いた穴を通り抜け内部へ入ったヴィリアの視界に飛び込んできたのは、瘴気を取り込み苦痛に悶えるフリージアの姿だった。

 

「ッ!!」

 

 すぐさまフリージアを抱き寄せ、残り少ない力を振り絞り浄化能力を使用する。

 

「フリージアを、穢すなあああああ!!!!」

 

 魔人の疫癘と、聖女の浄化の押し合い。

 フリージアを力強く抱き寄せ、僅かな残り火を極限まで燃やす。

 残された力が僅かなのは魔人にとっても同じはずだ。

 膠着状態が続く。

 今にも聖女の力が底をつきそうなのがわかる。

 だが、限界など知ったものか!!命を、燃やせ!!

 

「…………マ、マ……?」

 

 フリージアが、薄らと目を開いた。

 フリージアの首に浮かび上がっていた血管も、瘴気の気配も、気づけば消え失せていた。

 どうやら、勝ったらしい。

 

「フリージア……よかっ、た……」

 

 フリージアを抱いていた腕から力が抜け、尻もちを着いて後ろに倒れそうになったところを誰かに支えられた。

 

「リア!」

 

 アレクの腕が、ヴィリアの肩を支えていた。

 

「パパ……?」

「え?」

 

 ぼんやりとした目でアレクを見上げるフリージア。

 

「パパとママ、勇者様と聖女様みた、い……」

 

 疲れ果てたように、フリージアは床に横になり安らかに眠り始めた。

 そうだ、子供達の安否は……

 

「リア?おっ、と」

 

 とうとう、ヴィリアも眠りについた。

 

 

 

 

 

 ……この天井は……教会の寝室?

 目を覚ますと、ベッドに寝かされていることに気づいた。

 そうだ、気を失って……子供達は!?

 ベッドから降り、寝室を出て階段を下る。

 リビングに着くと、セルシアさんと目が合った。

 よかった、セルシアさんも無事だ。

 

「あ!リアちゃん!!やっと目を覚ましたかい」

「あぁ!それより子供達は……」

 

 返事を聞くより先に安堵感に胸を撫で下ろした。

 なぜなら、元気に遊ぶ子供達の姿が誰一人欠けることなくヴィリアの目に映ったからだ。

 安心感から、身体の力が抜ける。

 

「丸一日目を覚まさないから心配したよ。あぁそれとアレクって子からの伝言だがね、ゆっくり休んでくれ、とのことだよ。あの子から聞いたけども、私達を魔人から守ってくれたんだってね。本当に、リアちゃんには頭が上がらんよ」

「いや……いい」

 

 確かに、魔人を退けた。

 だがあの魔人は、聖女である自分を狙っていたようだった。

 どちらかと言えば、自分が聖女であるがためにセルシアさん達を危険な目に巻き込んでしまったという方が正しいだろう。

 感謝されても、後ろめたさが刺激されるだけだった。

 

――コンコン

 

 ドアをノックする音が響く。

 

「おっと、壁の修理の人達だろうね。しかし子供達を風呂に入れないかんな……」

「それなら私がやる。セルシアさんは行ってくれ」

「おぉそうかい。助かるよ」

 

 壁に大きな穴を開けてしまった申し訳なさもあり、セルシアさんが業者の対応に向かっている間、子供達を集めて風呂へ向かうことにした。

 

「は、離せ!俺は一人で入れるって!!」

「大人しくしろ」

 

 暴れるルカスを引っ張りながら。

 洗面所へ着き、一向に暴れるのを止めないルカスの衣服を脱がす。

 

「服返せよ!俺は後ではい……る……」

 

 暴れていたルカスだが、服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となったヴィリアを目にした途端静かになった。

 そしてだんだんと顔が真っ赤になっていく。

 小さな両手は、必死に股間を抑えていた。

 裸となり、準備万端となった子供達を風呂へ連れていく。

 一人一人ヴィリアが髪、そして身体を洗い流し、綺麗になった子から湯船に浸からせていった。

 そして残るはルカスただ一人。

 他の子供達は浴槽に浸かりながら水を飛ばし合ったりして遊んでいる。

 小さな椅子に座りこちらに背を向けるルカスは、身体を縮こまらせていた。

 

「は、早く終わらせろ」

 

 頭をシャンプーされながらルカスは文句を飛ばす。

 髪は終わったので、次は身体だ。

 

「ルカス、魔人に襲われたとき、私の名を出すまいと痛みに耐えていたんだってな?」

 

 ボディーソープをルカスの肩から腕へ、隅々まで伸ばしていく。

 この邪魔臭い胸がルカスの背中に度々当たるが仕方がない。

 

「お前は強い子だ。敬意に値するほどな。だが、この小さな身体に溜め込みすぎないでくれ」

 

 ルカスの腹を洗うと、どうしても胸を押し付ける形となってしまった。

 

「たまにはセルシアさんや、私に頼ってもいいんだ」

 

 ルカスは必死に何かを隠すように、押さえつけるようにして両手で股間を覆っている。

 

「ルカス?」

 

 ルカスの背中に胸を押し付けながら、応答のないルカスの顔を覗き込む。

 

「あ」

 

 ぷしゅーとでも擬音が聞こえてきそうなのぼせた顔をしたルカスが、そこにはいた。

 

 

 

 

 

「はっ!……ふっ!」

 

 早朝。

 今日もヴィリアは鍛錬に打ち込んでいる。

 存在しない相手……だが確かに、ヴィリアには見えていた。

 前世の己が放ってくる拳の数々を。

 攻撃を避け、時には防ぎ、隙を見て攻撃を入れる。

 拳を打つ度に、滴る汗が宙に投げ出される。

 

「ッく」

 

 飛んでくる反撃をまともに受けてしまった。

 あれだけ脇腹を晒せば当然か。

 普段であれば、ヴィリアは隙を晒すことなどない。

 今日の己の拳は、若干大振りで、そして少しの焦りがあった。

 それも、原因はここ最近の戦闘にある。

 ここのところ、立て続けに二体の魔人を相手した。

 どちらも打倒することはできたが、どちらにもこの拳はほとんど効いていなかった。

 トドメは全て聖女の力。

 この拳が通用しなかったという事実が、焦燥感となってヴィリアを襲っているのだった。

 それに、ジーナに関してはアレクが助けに入っていなければ敗北していたことだろう。

 力不足。

 その一言に尽きる。

 もっと。

 もっと、鍛えなければ。

 都合のいいことに、学園は長期休暇に入った。

 この有り余る時間を全て鍛錬に捧げよう。

 身体作りの資本となる食事にも一層意識を向けて……

 

「……何見てるんだ、シグレ」

「あら、気にしないでいいのに」

 

 影からシグレが出てきた。

 

「悪いがこの休暇中、お前に付き合ってやる暇はない」

「休息も身体作りには大事よ?」

「身体を休めるにも、聖女の力で事足りる」

「そう……せっかくこんなの手に入れたのだけど、捨ててくるわね」

 

 シグレの手には、二枚のチケットのようなものが握られていた。

 

「それは……ッ」

 

 

 

 

 

 『ル・シャンデリラ』。

 超有名スイーツ店。

 その店内にて、シグレとヴィリアは腰を下ろしていた。

 ヴィリアはテーブルに置かれたミルフィーユに目を輝かせている。

 フォークを手に取り、一口分を切り取ると大事に大事に口へ運ぶ。

 

「〜〜!!」

 

 ほっぺが落ちそう……なんて陳腐な感想を抱きながら、片手を頬に添える。

 スイーツを頬張るヴィリアの姿は、乙女そのものだった。

 

「まさかヴィリアがこんな可愛らしい趣味をしていたなんて。チケット、取っといてよかったわ」

「なっ!」

 

 シグレの持っていた紙切れ……それは、『ル・シャンデリラ』の食事無料券だった。

 騎士団から迷惑料として受け取ったらしい。

 

「別に私はスイーツが好きというわけではないからな!チケットがもったいないから付き合ってやっているだけだ!」

 

 そういうヴィリアだが、一口味わう度に幸せそうな顔で咀嚼している。

 

「それでそれは無理があるでしょう……あと」

 

 シグレの口がニヤリと歪む。

 

「一人称、『私』にしたのね」

「!!」

 

 言われて気づいた。

 今のヴィリアは男装姿のまま。

 特にする必要もないのに、『私』と自称してしまったこと。

 それだけで、妙に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「ち、違う!間違えただけだ!!」

 

 最近、『私』と自称することが多かったために癖づいてしまっているのかもしれない。

 

「はい、あーん」

「え」

 

 シグレがショートケーキを一口分乗せたフォークをこちらの口元に運んでくる。

 拒絶しようかと思ったが、スイーツの魅力に抗えず差し出されたままに口に含んだ。

 

「〜〜!」

「まずいわ、癖になりそう」

 

 幸せを噛み締めるヴィリアの様子を見ながら、シグレは顔を紅潮させていた。

 

「悪いが、明日から俺は山に籠る。これ以上お前に付き合うつもりはないからな」

「それは残念。最近話題のスイーツビュッフェにでも連れて行こうと思っていたのだけれど」

 

 一瞬思考が止まりかけたヴィリアだが、武を極めんとする心をなんとか思い出し首を振る。

 

「もう決定事項だ。ま、まぁ、落ち着いた頃には行ってやらんでも……」

「そう。でも明日からって、いいの?」

 

 首を傾げてシグレは聞いてくる。

 何が言いたいのかよく分からない。

 

「だって明日から、林間合宿よ?」




教育に悪いことこの上ないですね。これからルカスは普通の恋愛ができるのだろうか……
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