TS聖女は男装がバレたくない!   作:門邪

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誘拐

 風が肌を撫でる。

 鋭い目つきでこちらを見据えるレイナ=セルフォードに依然動きはない。

 風は静寂を吹き抜け、木の葉を揺らし森の静かなさざめきを齎した。

 一つ、木の枝から手を離した小さな葉がゆらゆらと空を舞う。

 揺蕩う一枚の葉はヴィリアの目前へと落ちる。

 

――その時。

 

 ほんの刹那、ヴィリアの視界を遮った葉は穴を開け鋭利な切っ先が顔を出す。

 迫り来る刃先は右目眼球中央を正確に狙っている。

 今、突き刺さる……というところ。

 ヴィリアは顔をずらし、紙一重の回避に成功する。

 

「……当たったと思ったのに」

 

 薄皮一枚は持っていかれただろう。

 速い。

 思っていた以上に。

 

「ちょうどここには回復のエキスパート(カルミア)がいるの。だから少し手荒に行くけど、いいでしょ?貴方がしてきたことなんだか……らッ!」

 

 やはり速い。

 剣速は言うまでもないが、身のこなしも尋常ではない。

 流れるような軌道を描きながら向かってくる刃を、避けるか弾くかして受け流していく。

 この次元の剣技を相手にダメージを一切喰らわないというのは不可能に近い。

 特にこの制服を斬られないようにするのは困難を極める。

 一旦間合いから脱するべく、蹴りで剣を弾き距離を取った。

 

「どうして斬れてないの?素手相手にこれじゃ、ちょっとプライドが傷つくんだけど」

 

 正直、制服を斬られるくらいなら肉を斬られた方がマシだ。

 肉体は再生できるが、生地はどうしようもないからな。

 やはり刃物相手は厄介だ。

 正面からぶつかるのは分が悪い。

 ……ならば。

 

「……逃がさない」

 

 狭い場所では剣など使えまい。

 つまり、一度森の深いところへ逃亡だ。

 ここならちょうどいいだろう。

 木々の間隔が狭い。

 

「そこにいるんでしょ?」

 

 木を背に息を殺していたつもりだったがバレているらしい。

 だが盾がたくさんあるこの場所を利用し身を隠しつつ戦うことで傷を負う可能性は減った。

 と、思ったのだが。

 

――『覇』

 

 レイナは横一文字に剣を振り抜く。

 すると辺り一帯の木々は一斉に倒れていった。

 

「これで隠れる場所は……ッ!」

 

 大技を出し、多少隙の生まれたレイナの背後から拳を振るう。

 

「……これにも反応するとは」

 

 間一髪のところを剣で受け流され、距離を取られた。

 視界を遮る物のない開けた場所にて、再び対峙する。

 まずいな、振り出しだ。

 この女を相手に身を潜めるのは不可能らしい。

 そうとなれば……速攻で決着をつける!!

 大地を踏みしめ、一気に加速。

 レイナもまた地を駆け抜け、一息に二人は接近する。

 放たれた拳と剣が、今正に衝突する……そう思われたが。

 

「「ッ!?」」

 

 頭上に迫る大きく無骨な斧の存在に気づき、ヴィリアとレイナは後方へ飛ぶ。

 ヴィリアとレイナ、両者間の()は、突如現れた巨大な斧により地を轟かす轟音を伴って引き裂かれた。

 こいつはオーク……いや…………オーガか?

 中々出会うことのない、オークよりも遥かに格上の存在。

 身体中を返り血で染めたかのように肌は赫い。

 引き締められた身体にオークのような無駄な肉は一切なく、見るからに重量のある斧を片手で軽々と扱っている。

 そして顔には、先程のと同じような面布がまたしても貼り付けられている。

 

「水を差してくれたな」

 

 ちょうど盛り上がってきていたところを邪魔され、ヴィリアはストレスが溜まっていた。

 怒りのままに駆け出し、次々と拳をオーガへぶつける。

 ぶつかる度にその巨体がぐらつくが、あまり手応えがない。

 

「そこらの魔物なら簡単に風穴が空いているところなんだが……」

 

 オーガは斧を両手に持ち直し、振りかぶるとヴィリアの頭上へ落雷させる。

 

「ぐ……ッ!!」

 

 両腕で防御したはいいものの、とてつもない破壊力だ。

 衝撃によりヴィリアを中心に地面はひび割れが広がっている。

 山を持ち上げているかのような感覚だ。

 体力がごっそりと根こそぎ持っていかれるのを感じる。

 早く……早く脱さなければ。

 

――『(さざなみ)

 

「ッく!!」

 

 押しつぶされそうな重みから解放される。

 レイナが技を放ったらしい。

 

「今まともに入ったはずなんだけど……」

 

 額に冷や汗を滲ませるレイナへ横薙ぎの斧が襲う。

 綺麗に防御したはずのレイナだが、その圧倒的なパワーは受け流し切れず五歩分程後ろへ飛ばされる。

 そのままオーガは休む暇を与えないというように畳み掛けを始めた。

 計り知れない無数の膂力が降りかかる度レイナは模範解答とも言えるような防御で身を守っている。

 それでもオーガの放つ衝撃がレイナへ着実に蓄積されていっていた。

 押されている……いやこの女、先程から目を瞑って集中力を高めているように見える。

 なにかしようとしている……?

 レイナのその様子を察したヴィリアはオーガの背後へ周り、その首へ飛び乗ると関節技を決めた。

 

――『(かんざし)!!』

 

 拘束され動きの制限されたオーガの胴へ無数の突きが放たれる。

 一瞬身体を硬直させた後、オーガは前へと倒れ首へ乗っかっていたヴィリアは地へ着地。

 身体中に穴を開けたオーガはついに蒸発するようにして消滅していった。

 

「はぁ……は……」

「は……っ」

 

 オークのときといい、この森はどうなっている。

 オーガといえど、苦戦しすぎだ。

 たかが魔物にこれほど消耗させられるとは。

 

「……冗談だろ」

 

 そう漏らしたヴィリアの目の先、そこには先程倒したオーガと同じ風貌の魔物が木の裏から姿を見せていた。

 問題なのが、一体に留まらないということ。

 三、四……五体、か……。

 普通オーガは群れないし、群れができるほど多く存在しないはずだが……。

 こうなったら、今までのように身体能力だけで戦うのは流石に厳しいだろう。

 疲弊した身体を叩き起し、乱戦の準備を整える。

 踏み込もうとした頃……背後から迫る存在に気づく。

 六体目!?まずい、反応が遅れた!狙いはレイナか……向こうも気づいたようだがこちら同様反応に遅れている。

 避ける術もなく、重い一撃が無防備なレイナの背後を襲う。

 せめてレイナは歯を食いしばりやってくる衝撃に備えるが……襲い来る斧は金属音を鳴らし、軌道がズレた。

 

「アレク!!」

 

 アレクの剣が、オーガの斧を弾いていた。

 

「なんて数だ……倒しても倒しても湧いて出てくるな」

 

 オーガは斧を両手に持ち直す。

 アレクはオーガが振りかぶる斧ごと、いっぺんに両断した。

 この動き……既に天稟を発動しているらしい。

 先の口ぶりからして、これまでにもこの魔物達の相手をしてきたのだろうか。

 オーガを一刀に伏したアレクは向き直り、ヴィリアとレイナの前へ出る。

 

「下がっててくれ」

 

 言うと、アレクはそこから姿を消す。

 気づけばアレクは既に一体のオーガの目前へ躍り出ていた。

 オーガが反応するより先に剣を振り抜き、その身体は崩れ落ちる。

 背後を狙う横薙ぎの斧……アレクは地面すれすれに体勢を低くし躱すと、振り向きざまに剣を振り抜く。

 奴に死角は存在しないのだろうか。

 五体のオーガを相手に圧倒していき、あっという間に全てを斬り伏した。

 オーガが消滅していく中、余裕そうに剣を鞘に戻すアレク……だが。

 

「……ッはぁ……っはあ……っ!」

 

 急に片膝をつき、肩で息をし始める。

 

「アレク!大丈夫!?」

「はぁ……は……っ……大丈夫、天稟を使いすぎただけだ」

 

 駆け寄るレイナに、アレクは無理をしていそうな笑みを浮かべる。

 

「……立て。まだだ」

 

 全く本当に、うじゃうじゃと気色が悪い。

 

「……嘘でしょ」

 

 木の陰からまたしてもオーガがぞろぞろと現れ始める。

 それに先程よりも多く、十体以上はいるだろう。

 気づけば取り囲まれている。

 ふらふらと立ち上がるアレク。

 各々構えを取るが、疲弊しているのが顔に滲み出ている。

 この様子じゃ、アレクも先程のような動きは厳しいだろう。

 状況は絶望的だ。

 

「皆さーん!!無事ですかあ……ってええ!?」

 

 現れたカルミアはこの魑魅魍魎の地獄絵図に驚愕の声を上げる。

 

「ッ!カルミア!逃げて!!今の私達じゃ庇いきれない!!」

 

 レイナの悪い予感は生憎にも的中し、一体のオーガの手がカルミアへと伸びる。

 

「ひゃ!!」

 

 アレクが全速力を以て助けに向かう……が、二体のオーガが行く手を阻んだ。

 

「くッ!カルミアああ!!」

 

 カルミアはオーガの巨大な掌に捕らえられる。

 そのままオーガはカルミアを捕らえたまま、どこかへ走り去っていった。

 

「待て!!」

 

 追いかけようにもオーガが邪魔をし、アレクは足止めを食らっている。

 それに気を抜けばこちらの命が危うい。

 まずはこの絶望的状況をなんとかしなければ。

 流石に、そろそろ出し惜しみはできなさそうだ。

 襲い来るオーガを前に聖印の力を利用しようとしたそのとき、目の前のオーガの身体が真っ二つに引き裂かれる。

 裂けたオーガの身体の背後に現れたのは、ギゼル=バーク。

 

「おいガキ共、一体どういう状況だ」

「ギゼルさん!!」

 

 ギゼルは大剣を振り回し、オーガの膂力を更に上回る力で一体ずつ丁寧に処分していく。

 

「異様に強いオーガが群れて襲ってきたので、応戦中です」

 

 レイナがオーガの攻撃を受け流しながら言う。

 

「んなもん見りゃわかる」

 

 強力なオーガ複数体相手にまともにやり合うギゼルの姿を見て、味方でありながら戦慄さえ覚えるレイナ達。

 

「それと、先程カルミアが攫われました……!!」

「攫われたァ?」

 

 アレクが苦虫を噛み潰したような顔で告げる。

 

「あの支援が上手な嬢ちゃんか。なるほど」

 

 気づけばギゼルの助力によりオーガは残り一体となっていた。

 アレクが斧の攻撃を受け止め、そこをギゼルの大剣がオーガを捩じ伏せる。

 ギゼルが現れたことで、死を覚悟する程の危機的状況は瞬く間にひっくり返ったのだった。

 

「すごい……これが聖エルデ教会の主砲……」

「攫ったってこたァ、こいつら知性があるな。なにか目的を持って動いてやがる」

 

 顎に手をやり、ギゼルは眉を寄せる。

 

「……邪教徒の手先か」

「!」

 

 ギゼルの言葉に、ヴィリア達は目を見開く。

 

「近頃、邪教徒は()()を捜索しているらしい。あの嬢ちゃんの能力は聖女に似たものがあるからな、聖女だとでも思ったのかもしれねぇ」

「確かに、そういえばこいつら、女生徒ばかり執拗に狙っていた気もする」

 

 ヴィリアは聖女という言葉に身体を固まらせる。

 

「それより、今すぐカルミアを助けに!!」

「場所はわかるのか?」

「それは……ん?これは……」

 

 神官の持つ技、『(かんなぎ)の道標』……それは特定の者に自身の居場所を伝達する技。

 

「わかります!ついてきてください」

 

 カルミアの残した道標に従い、アレク達は彼女の救出に向かう。

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