「ハァ……ハ……」
「は……は……ッ」
「はぁ……!はあ……ッ!」
息が乱れ、手に携える刀さえ重たく感じ始める。
横目に映るネネ、キルシェも同様、肩が激しく上下している。
「なんなのかしら……!こいつらは……!!」
対するは、群れを成したオーガ。
面布に描かれた不気味な一つ目がこちらを嘲るかのように見下ろしている。
肉体は疲れ果て、これ以上戦い続けることは愚策だというのは明らか。
だが、逃げる訳にはいかない理由……それが、背後にいる身体を震わせた複数の女生徒らの存在だった。
「流石の、ボクも……へとへと……」
「貴方達、奮い立ちなさい。こんな汚らしい魔物に負けてなんて、いられない、わよ」
気丈に振る舞うシグレだが、とうに限界が近いことは歴然だった。
それでも、鉛のように重い身体をなんとか突き動かし刀を構え、シグレはオーガへ一歩踏み出す。
「シグレさん……!」
平常よりも力強さが幾分も落ちた一撃。
満身創痍のこの状態であのオーガへ踏み出すなど死にに行くようなもの。
それを理解しているキルシェとネネは心配の目をシグレへ向けた。
が……
「……すご」
シグレの放った一閃は、呆気なくもオーガの肉体を二分にした。
キルシェとネネは驚愕の表情を浮かべる。
そしてそれは、シグレも同様だった。
「違う……妙に脆くなってる……」
「え?」
先程までの硬さが消え去っている。
予想していた手応えが全くと言っていい程なかった。
思いがけず活路を見出したにも関わらず、シグレは怪訝に眉を寄せた。
「どうして急に……」
「おい、本当にこの方向で合ってんだろうな」
「間違いないです。カルミアが助けを求めてる」
アレクを先頭に、ギゼル、レイナ、ヴィリアの四人は森の中を早足で進んでいた。
いくら歩こうが道は開けず、いつまでも木々に囲まれたままだ。
「カルミアは聖女じゃない。どうしてカルミアがこんな目に……」
「そもそも聖女なんて、確かにいるっていう話も聞くけどそれもデマ九割の噂でしかないしね」
昔、何度か人助けに聖女の力を使ってしまったことがある。
そのせいで、巷では聖女がいるという話が出回ってしまっているらしい。
幸いにも、その噂に聞く聖女の話が余りに浮世離れしているとのことで誰も信じてはいないようだが。
「仮に今この世界に聖女が存在するとして邪教徒は何を……それより」
ふいに、アレクは横目にこちらを見やると睨んできた。
「ヴィリアはどうしてここにいるんだ。正直、人助けするような柄にはとても見えないんだが」
「酷い言い草だな」
「私も、貴方に背中を預けたいとは思えないんだけど」
せっかく力になってやろうというのに敵意が凄まじい。
カルミアを助けることは確かに第一優先だ。
ただ、先程のオーガが邪教徒の手先だったとすれば、今向かう場所に
奴らには未だ不戦勝が続いているのだ。
奴らをこの拳で叩きのめしたい。
その思いが、ヴィリアを強く突き動かしていた。
「お前ら、止まれ」
突然放たれたギゼルの一声でヴィリア達は立ち止まる。
「なんですか。今立ち止まっている暇なんて……」
「落ち着け。これを見てみろ」
ギゼルの目の先を見てみるが、そこには奥へと続く森の景色だけが広がっている。
「これって何が……ん?」
よく目を凝らして見てみれば、無色透明なガラス板のように、あってないような薄い膜がそこに張り巡らされていた。
「これは……結界の一種だな。ここから先は内界に繋がってやがる」
「ということは、向こうに広がる景色は全部錯覚……?」
「そういうことだ」
ギゼルは躊躇もなく結界へ手を伸ばす。
すると伸ばした腕は空に消えたかのようにして、侵入した。
「問題なく入れるな。お前ら、行くぞ」
「……はい!」
この先は邪教徒の巣窟に違いないという予感を感じつつ、四人は結界内へ身体を吸い込ませていく。
そして……侵入した。
「なに……ここ……」
ひんやりと冷たい空気が肌に触れる。
先程までの鬱蒼とした森とは打って変わり、痩せこけた土には雑木林が点々と力なく生え、まだ夕暮れにも差し掛かっていないというのに空は血を描いたように紅い。
鳥のさえずり一つなく、風の音がやけにうるさく感じる程に空虚なまでの静寂は不気味さを一層のものにしている。
そんな寂寞たる風景の中に、一際存在感を放つ建造物が一つ。
「これは……廃神殿……?」
かつて整然と並んでいたであろうドーリア式の柱には苔や蔦が絡みつき、ひび割れ、傾きながらも辛うじて立っている。
いつかの荘厳は感じられないまでも、時代の奔流に打ちのめされながらなお佇む姿は悲劇的に美しかった。
「この結界……効果を特定に絞る代わりに対象を確実に拒むようにできてやがる。どうやら俺達は拒絶してないようだが。こんな大規模でかつ条件つき……魔人とはいえ構築に少なくとも四、五日はかかるんじゃ……」
「ギゼルさん!カルミアの道標がなくなりました。でも、この神殿内にいるのは間違いない。行きましょう」
一人考えに耽るギゼルを呼び起こすようにアレクは声をかけ、腐った土の上を歩み出す。
地面が、大理石の床に変わる。
中へ進めば進むほど、重苦しい影に包まれていった。
天井の所々は倒壊し、紅い光が神殿内を照らしている。
いつ何が襲ってきてもおかしくない雰囲気の中、たくさんの別れ道のある広間へ辿り着いた。
無数の入口が白大理石の柱によって区分けされており、洞窟のようになっている。
「ここからは手分けした方がよさそうですね。どうか無事で」
アレクは一秒でも無駄にできないというように一番近くの入口へ入っていく。
「こんなもん運じゃねえか」
ギゼルとレイナも迷うことなく進路を選び、進んでいった。
ギゼルの言う通り、迷ったところで仕方がないのでヴィリアも一番近い真ん中の入口を通ることにした。
奥へと進むほど静謐な影に包まれていき、自身の足音や呼吸音が不自然なほど大きく響く。
どれくらい歩いただろうか。
長いこと歩いていると、とある一室に辿り着いた。
ここは……
「書庫?」
夥しい程の本棚の数々。
至る所に蜘蛛の巣が張られている。
ふと、何の気なしに近くの本を手に取ってみる。
埃被った表紙を
適当にページを開いてみると……ぎっしりと文字が詰められている。
それにこの文字……古代文字だろうか。
読みようが……いや待て。
得体の知れない文字を眺めていると、ふと頭の中に内容が降り始める。
読めるはずのない文字が読める……この感覚、聖女の力か……?
この聖印、こんな分野でも力を発揮するとは知らなかった。
内容を見てみると……
『偽典用イル者冥福訪レズ
最高権威者在ル限リ輪廻流転ス
権威者ハ罪業ニ堕チタ』
などと書かれている。
うむ、さっぱりだ。
興味をなくし、パタンと本を閉じ元の場所に戻した。
――ゴロゴロ……
そのとき、突然神殿が激しく揺れる。
整然と立ち並んでいた本棚の数々は無造作に倒れ、本が音を立てて散乱した。
「……楽しくやってるようだな」
カツ、カツ、カツ……
レイナの足音は一つ一つ、彼方遠くへ木霊しながら消えていく。
一際多くの円柱に支えられた天井は遥か高い。
ステンドグラスとなっている天窓は光を交差させ、七色に床を照らしている。
どこまでこの道は続くのか。
奥を見てみれば、永遠に続く道が伸びている。
途方もない気持ちに取り憑かれそうになったその瞬間、左方に気配を感じ取り咄嗟に構えを取る。
「……彫刻」
至る所にひび割れを作りながら、精緻に彫られたのがわかる男性像の彫塑だった。
拍子抜けのため息を吐いた……直後。
「御高名は伺っております」
「っ!」
いつの間に現れたのか、スーツを着こなした筋肉質な妙齢の男が道のど真ん中で胸に手を当て、如何にも紳士に頭を下げていた。
「勇者ど……の?」
顔を上げると、黒目のない目がこちらの姿を捉える。
……やはりこの男、魔人に違いない。
すると男は首を傾げた。
「女……?」
「生憎、私は勇者じゃないわよ」
白髭に白髪のその男は落胆を隠す気のないように表情を変えた。
「久しく血湧き肉躍る死合いを愉しめると思っていたのですが……こんな小娘如きにどうしろと……」
――『覇』
突如放たれたレイナの一閃は、そこらの柱を一気に斬り崩す。
崩れた何本もの円柱は激しい轟音と共に横たわり、地鳴りを起こした。
男は腰に携えていた鞘から刀身を小出しにすることで防御を済ましている。
「貴方、剣士でしょ?剣士としての私は……
今、目の前に対するのはかつてない程の強者に違いない。
でも。
手と同化したかのように思えるほど馴染んだ剣。
何千何万と繰り返した構え。
今日も、繰り返すだけ。
「……先程の非礼を詫びさせて頂きたい」
男もまた、構えをとる。
そして、名乗りを上げた。
「邪教大司教、アルフレッド=サルワ」
レイナもそれに応える。
「剣聖、レイナ=セルフォード」
アレクは焦りながらも、腰の剣に手を置き警戒心を緩めずに歩を進めていた。
天井から垂れ下がる壊れたシャンデリア。
規則正しく並べられているひびついた銅像。
銅像の多くは腕やら手首やらが崩れ落ち、天井に空いた穴から差し込む紅の光を淡く反射している。
自然と影が作られより造形が際立っているおかげか、殊更に銅像達は今にも動き出しそうな威圧感を放っている。
「……ハズレか」
行き止まりだ。
大広間の中央に立っていると、周囲に立つ銅像がこちらを見下ろし、取り囲んでいるように思えてくる。
……気味が悪い。
踵を返し、足早にその場を去ろうとする……が、振り返るとそこには鼻と鼻が触れそうな程の至近距離でこちらを見つめる幼女がいた。
「ッ!?」
――『
幼女の身体から毒々しい色をした炎のようなものが湧き、距離をとったアレクをゆらゆらと包み込む。
――『開闢』
ドームのように周囲を覆う
遮られていた光が再びアレクを照らすと……目前に迫る鋭利な爪の存在に気づく。
回避は間に合わない。
間一髪で剣により弾く。
そして距離を取るが……先程の幼女だけではなく少年もいることがわかった。
二人共背中には蛾のような黒い翼をつけ、赤黒く、毒々しい髪色をしている。
「お兄ちゃんが勇者?」
「……そうだが。カルミアはどこだ!!」
「やった!!ルイ!このお兄ちゃんを殺せば私達褒められるよ!!」
幼女は聞く耳を持たず、はしゃぎ回っている。
「リリスうるさい。先代とは遠く及ばないとはいえ勇者は勇者だ。油断するな」
明るい幼女に対して、少年は冷静沈着。
魔人二体を同時に相手か……運が悪いな。
空から差し込む光はアレクと魔人の対立を示すように、陽光の差す場所に立つアレクと影に身を置く魔人というように分け隔てている。
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の皆様、ありがとうございます泣貴方様方のおかげで執筆頑張れると言っても過言じゃありません泣泣感想を下さる方にも頭が上がりません