アレクは一切の隙を見せない構えにて、目前の魔人二体の指の先や目線に至るまで細かな挙動を注視していた。
観衆のようにアレクらを取り囲む無数の銅像という名の無機物は、その場の緊張感に一層拍車をかけている。
互いに佇み、睨み合うだけに過ぎないように見える現状……だがしかし、もう既に
ただ一人を除いて。
「あぁもう焦れったい!!」
リリスと呼ばれていた幼女は耐えきれないといった様子で一歩足を踏み込む。
が……アレクによる極僅かな動きがリリスの足をそこで止まらせた。
「まぶッ」
照準を合わせるように小さく傾けられたアレクの刀身は紅の陽光を反射し、リリスの両目を正確に照らす。
目眩しを喰らい、隙を晒すリリスを見逃すことなくアレクは急接近する。
そして逆袈裟斬りの刃がリリスを斬り裂く……ことはなく、ルイという少年の鉤爪が描くべき軌道の邪魔をした。
――『
弾かれたと認識した刹那、邪気を纏った鉤爪が立て続けにアレクを襲う。
なんとか凌いでいくが、この爪、少しでも掠りさえすれば致命に至ることが容易に想像できる。
その溢れ出る邪悪は潜む猛毒の息を確かに告げていた。
最後の一薙ぎを受けたアレクは後方へ吹き飛ばされ、ルイの連撃を凌ぎ切ったのも束の間、背後に悍ましい気配を感じ取る。
――『
リリスの持つ黒翼は大きく羽を開き、獲物を目前に涎を垂らす食虫植物のように、禍々しい粘液を垂れ流しながらアレクを迎え待っていた。
まずい……!!いつの間に回り込まれていた!?
慣性はアレクをリリスの広げる
「いただきまぁ〜……あれ?」
リリスの飢えた黒翼が羽を閉じ、捕食を開始するが……その一寸先、咄嗟に白大理石の地へ刃を突き刺し勢いを殺したアレクは紙一重に捕食を免れていた。
地に埋まる刀身を抜き出した直後、横薙ぎの鉤爪がアレクを襲う。
間一髪で防御は間に合ったが、無理な姿勢で受けてしまったために踏ん張りも効かず勢いよく吹き飛ばされた。
アレクの身体は勢いのままに一つの女像へ突っ込み、砕き割りながら受け身もまともに取れずに壁へ衝突する。
「がはッ」
砕け散り、瓦礫と化した銅像。
ここのあらゆる素材は大分劣化しているのか、砂埃が舞う。
壁を背に、アレクは座り込む。
やっぱり、魔人二体を相手するのは流石に骨が折れる……せめて、天稟さえ使えれば……
先のオーガとの戦闘により、アレクの身体は疲弊していた。
天稟を使用するまでの体力は、アレクに残っていない。
がらくたとなりかけている自身の身体を叩き起こそうとしていると、舞い散る砂埃の中から銃弾の如く放たれた毒々しい粘液が突如顔を出す。
顔をずらしスレスレの回避に成功するが、強い酸性により溶けゆく壁の様子がアレクを冷え上がらせる。
そして慄く暇もなく、次に砂埃から姿を見せたのは十字に腕を構えたルイ。
――『
バツ印を描いた壁はジュワァと音を立て、蒸発していく。
そして肝心のアレクは……
「……いない」
ルイの鉤爪を避けると同時に、駆け出していた。
「まずはお前だ」
「ッ!?」
狙いは女魔人。
瞬時に接近したアレクにリリスは反応が遅れた様子。
怯えたように自身の身体を翼で覆い、辛うじて身を守る。
「リリス!!」
後ろから悲鳴にも似た声が聞こえるが、助けに来たところで間に合う道理もない距離だ。
まずはこの女を、排除する。
アレクは剣を振り上げ、間違いなく魔人の身体を斬り裂くべく握る手に力を込める……が。
――ツー……
感覚神経が麻痺したように、鮮明ではないが微かに鼻下を何かが伝う感触があった。
下を見てみると、紅い血溜まりができている。
鼻血……?
そして、思うように身体に力が入らない。
振り上げた剣……いや、自身の腕さえも鉛のように重く感じ始め、剣の切っ先を地に突き刺し膝をついた。
「……?あぁ……ふふ、びっくりさせないでよ」
リリスの勝ち誇ったような笑い声が耳に響く。
視界が揺れる。
世界が何十にも重なっているようだ。
「私の『毒焔』、微量に吸っちゃったんじゃない?微量とはいえ私の毒を吸収して即死しない辺り、流石は勇者って感じだけど」
後ろから、足音が近づいてきている。
「リリス、離れろ。俺が首を斬る」
「大したことなかったね。猊下の言ってた通り」
動かなければ。
戦わなければ。
意思に反して、身体は一向に動こうとしない。
麻痺した身体の中でも、戦いに身を投じてきたアレクの神経が今自身の首に迫る刃の存在を克明に知らせている。
……?去った……?
鳴り響いていたアレクの中の警鐘が突如音を潜めた。
「ッ!誰だ!!」
「悪いがそいつぁダチの生徒でな。死なせる訳にゃいかねぇ」
鍛え抜かれた戦士が両手を以て初めて振るえる大剣。
それをギゼルは片手に、ルイへと圧倒的な質量を降らせる。
「ぐ……ッ!」
両手の鉤爪が頭部を守るが、ギゼルの放つ重みはルイの全身に至る骨をミシミシと圧迫している。
――『毒焔』
ギゼルを包み込もうと燃え上がる炎……それはたった一振りにより容易く振り払われ、霧散するように消えた。
だがそれにより重みから解放されたルイには距離を取られる。
リリスも同様、安易には近づかず距離を取っている。
ギゼルは魔人二体に挟まれる構図となっていた。
「誰……?このおじさん」
「学園の教師にこんな男の情報などないが……使徒か」
「いや違ぇな。俺の場合、稀代のって枕詞がつく」
二人がかりをもってしても圧倒される
ルイの目は、現状のままでは良くないことを理解していた。
「……らしいな。リリス、あれだ」
「おっけい」
――戎術『
――戎術『
ルイとリリスの肉体に異変が起きる。
魔人の身体は目まぐるしい発育を見せ、幼体から成体へと瞬く間に変貌を遂げていく。
先程まで少年少女の容貌をしていた魔人は、今ではすっかり大人の姿へ変わっていた。
――『毒空木』
姿を変え、鋭さを増したように見えるルイの鉤爪がギゼルへ伸びる。
繰り広げられる剣戟は、しかしまだギゼルが勝っていた。
ギゼルの大剣が徐々にルイを押していく……だがその時、鉤爪の先が更に伸びる。
不意を突かれたギゼルは重心を後ろに倒し、後退することで躱すが頬に僅かな擦り傷を作った。
――『毒焔』
ギゼルの背後……そこから、莫大な危険の存在をこの場にいる全てに知覚させる。
リリスから湧き出る暗紅色の炎は一瞬にして燃え広がり、この一室を包み込んだ。
これだけの規模では対処する余地もない。
濃度も格段に上がった炎は空間内にいるギゼルやアレクを問答無用に蝕む。
「なんとも認めがたいことだが、リリスのポテンシャルは俺より上だ」
「これ久しぶりだね!今なら
「……俺は使徒の男にトドメを刺す。リリスは勇者の息の根を確実に止めろ」
「はーい」
空間は炎に包まれ、何も見えやしない。
そんな中をリリスは慣れた様子で歩き、アレクの居場所を探し当てる。
「あーいたいた……え?」
――天……稟…………
ようやくだ。
ようやく、天稟が使える。
――『開闢』
炎の中に、一筋の光が煌めく。
すると炎は元から無かったかのように綺麗に消え去り、視界が晴れる。
「な……ッ!私の毒は……!!」
「天稟を使ったこの身体の免疫はさっきまでの俺とは比じゃない」
次の瞬間、アレクの剣はリリスの首を撥ねている。
「……へ」
「リリス……ッ!!」
ルイの目が見開かれ、怒りや困惑等、感情の整理し切れていない表情のままアレクの元へ駆け……ようとする。
「おいおい、よそ見すんなよ」
「!!」
ギゼルの大剣がルイの横っ腹を薙ぐ……がすんでの所でしゃがみ込み、回避するとルイは距離を取った。
「どうなってる……致死量を遥かに凌駕する毒だぞ……!!それどころか威力が……!」
「狂戦士に毒なんざ効かねえよ!!カッッハァ!!!アドレナリンドバドバだぜェ!!」
効かないとは言うが、ギゼルの口からは血が垂れ、地を汚している。
そんな状態でありながら、威力、そして速度の上がったギゼルの大剣が縦横無尽にルイを襲う。
なんとか鉤爪による防御に徹するが……今、爪が折れる。
「ッ!!」
防御の術もないルイへ無慈悲の一撃が降りかかり……頭蓋からいっぺんにその身体が引き裂かれた。
蒸発していく二体の魔人。
息を切らすアレクに、血走った目で鼻息を荒くするギゼル。
今ここに、勝負は決した。
「急がないと……カルミアが……」
「そうだなァ。なんでもいい、俺も今すぐ肉をぶった斬りたくて仕方ねェ」
「それ目的変わってますよね」
「気のせいだ。つーかおめェ、なんで俺との戦いのときにその力を使わなかった」
「あぁ……天稟はまだ使いこなせてないんです。人間相手に使えば殺してしまうかもしれない」
「この俺が随分と舐められたもんだなァ。まあいい。早く行くぞ」
アレクとギゼルは荒廃した一室を後にする。
「それにしても、あいつら魔人にしては雑魚かったな。以前の方がよっぽど……」
ギゼルの呟きを横に見ながら。
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