ステンドグラスの嵌め込まれた天窓は空から差し込む光を鮮やかに彩り、白大理石の床に幾何学模様を描いている。
空気中を舞う微細な塵さえも光の柱に照らされると黄金色の粒子となり、冷ややかな石造りの床はまるで宝石を撒いた極彩色の絨毯のよう。
だが幻想的な絨毯は延々と続く道の中央にだけ敷かれ、左右に広がるのは聳え立つ何本もの円柱と静謐な影のみ。
レイナとアルフレッドという魔人の双方は、光の絨毯を境に互いを睨み合いながら影の中を歩いていた。
魔人の姿が円柱の裏に隠れては現れ、隠れては現れ……と繰り返している。
そして次の柱を過ぎた時、レイナは光のど真ん中へ躍り出る。
合図した訳でもなく、魔人もまた同じ時を駆け出していた。
刃と刃が、重なる。
受け流しては首を狙い、躱しては胴を狙う。
火花散る刀身同士のぶつかり合いは、間もなく何百何千と回数を増していく。
やっぱりこの魔人……上手い!!
動き一つ一つに無駄がなく、防御は小さくかつ確実に、そして適切に、嫌なところをカウンターしてくる。
すぐ傍に
絶え間なく金属音を響かせながら、レイナと魔人は七色の光の中で踊る。
剣士としての実力は、拮抗しているように見えた。
――『
絹が風に揺蕩うようにレイナの描く軌道は柔らかく、その余りの柔らかさが故に弾くのは困難……それを瞬時に理解したのか、魔人は即座に後ろへ飛び、距離を取った。
「レイナ=セルフォード……思い出しました。報せ通り、確かに実力者のようだ」
知られている……?あまり有名人の自覚はないんだけど。
「ここまで私と剣でやり合える者なんて、中々いませんよ。では……これはどうでしょうか」
――『絶影』
魔人の剣が空を切り裂く。
互いの間合いには中々の距離があるにも関わらず、空間を裂くその斬撃は目視できないままレイナを襲った。
「く……ッ!!」
紙一重に防御が間に合う……しかし受け止めた剣から伝わる衝撃はレイナの全身に至る骨身を惨たらしく刺激し、あらゆる関節の機能を殺した。
衝撃は勢いのままにレイナを吹き飛ばし、何度も背中を打ちつけながら遥か遠くへ飛ばされる。
どれくらい飛ばされただろう。
身体中が悲鳴を上げている。
眩い光に包まれながら背中を地に預けていると、カツ、カツ……遠くからゆっくりと足音が聞こえてくる。
「おぉ!生きているとは驚きました」
稼働を拒否する筋肉を無理やり動かし、苦痛に耐えながらなんとか身体を起こす。
たったの一撃でこれ……まさか今まで、手加減されていた?
「立ち上がりますか……期待以上です。良いでしょう。気のゆくまで打ち合いましょう」
魔人の顔は紳士と言うには余りに下品に、愉快そうに歪む。
「……楽しそうなところ悪いんだけど、私急いでるの。だらだらと戦うつもりはないわ」
今ので分かった……この戦いは長引かせてはいけない。
この技で勝負を終わらせなければ――負ける。
目を瞑り、剣にまで神経を張り巡らせるように、集中力を高める。
突如空気の変わったレイナに魔人も警戒を怠らず、構えを取った。
ドクン、ドクン……
剣の脈を確かに感じ始める。
レイナの構える剣が七色の光を反射し、美しい輝きが頂きに達しようとした頃。
――天稟『
瞬間、閃光が走る。
既にレイナは魔人の背後にて、剣を振り抜いている。
レイナが剣を鞘に戻した頃、魔人の頭は口を残し、断面を斜めに地へ滑り落ちた。
この技は、天稟を使用したアレクの一撃さえも上回る。
熟練の剣士だろうが魔人だろうが、反応することは許さない。
「ふぅ」
張り詰めた緊張感が弛緩し、蓄積した疲労を身体が思い出す。
とうに身体は限界を迎え、歩くことさえ困難な状態。
だがここで終わりではない。
依然先へ続く道に終わりは見えないが、この先にカルミアがいるような気がする。
急ごう。
そうして足を一歩前へ踏み出した時……
――グサ。
「……ぇ」
妙な異物感が、腹の中を支配した。
見下ろすと、自身の腹部から白刃の切っ先が冷徹に突き出ている。
遅れて焼けるような熱が訪れ、口内には鉄の味が広がっていく。
「安易に相手へ背中を見せてはなりませんよ」
「なん、で」
なんとかして後ろへ目をやると、そこには顔を半分にしたままの魔人が立っていた。
魔人の刃が引き抜かれると、身体の力が入らなくなり膝をつく。
「顔を斬り裂かれたのには驚きました。ですがまぁ、もう満足です」
自身の後頭部目掛けて剣が振り下ろされているのがわかる。
回避……回避……
身体の自由が効かず、逃げ場もなく死が迫ってきていた。
来る衝撃に覚悟を決めていると……ふいに、身体が浮遊感に包まれる。
すぐに、誰かに抱きかかえられたのが分かった。
「ヴィ、リア……!?」
予想もしていなかった顔が突然現れ、レイナは驚愕に目を見開いた。
横抱きに抱えられ、柱の影までやって来るとヴィリアは丁寧にレイナを下ろし、柱に寄りかからせる。
「……貴方に助けられるなんて」
ヴィリアの冷たい目がこちらを見下ろしている。
「……逃げて。私が時間を稼ぐ」
「その身体で何ができ――」
魔人による追撃が、柱ごとヴィリアの首を狙う。
首を反らすことで躱し、反撃として蹴りを繰り出すと魔人は後ろへ飛び退き、回避した。
崩れ落ちる柱の影からヴィリアは姿を出し、魔人と対峙する。
「襟の高く、コートのような制服に濡鴉色の髪……確か、ヴィリア=ローゼンでしたか」
「……面識の覚えはないが」
「かなりの武術の使い手と聞き及んでいます。ちょうど彼女には味がしなくなってきたところですし、これは僥倖だ」
断面を見せていたはずの魔人の頭部は元に戻っている。
「……再生型か」
睨み合うヴィリアと魔人……次の瞬間には、両者ともその場から姿を消していた。
気づけばヴィリアの手刀と魔人の剣が交差している。
「刃が通らない……その手袋、特殊な素材でできていますね」
ヴィリアの両手には黒光りする長手袋が着用されている。
虹の光の中で踊り狂う二人の乱舞を、レイナは折れた柱の影から眺めていた。
「……すごい」
戦いの余波が、これだけの距離があっても感じられる。
徒手と刃物による戦闘など、前者が不利なのは言うまでもない。
にも関わらず、あの魔人相手に互角にやり合えている。
そして貫かれたはずの腹部……ジンジンと激しい痛みが続いているが、不思議と先程までの苦痛はなく、肝心な臓器や血管といったものに傷はないようだ。
あの刃に貫かれてこうも無事なのはおかしい……
――『裂刃』
横一文字の剣がヴィリアを襲う……が天高く飛び、後ろへ宙返りすることで躱した。
そして地へ着地する時、コートの丈がふわりと浮き上がり、ヴィリアの下半身……窮屈そうに張り詰めたスラックスが一瞬、露になる。
え?今お尻、とんでもない大きさしてたような……
再びヴィリアと魔人は対峙している。
凄まじい攻防だったが、流石に分が悪いのかヴィリアの制服の所々には裂傷が出来上がっており、光に照らされた美しい肌が顔を出していた。
思っていたより華奢な腕……いや今はそれどころじゃない。
「……まずいな」
自身の制服のズタボロ具合を眺め、ヴィリアは呟く。
「ちょうどいい、試運転だ」
――『
ヴィリアの纏う空気が変わった……それを認識した刹那、魔人の腹にはヴィリアの拳がめり込んでいた。
「グぉッ」
剣を落として吹き飛び、壁に衝突した魔人は吐血する。
そして反応を許さない速度で魔人の目前には拳が迫っている。
降りかかるは目にも止まらぬ連打の嵐。
身体強化……?なんてスピードに威力……下手したら全力時のアレクよりも……!!
肉が抉られる度、魔人の身体は再生し……また抉られる。
その様はまるで終わりのない拷問のよう。
「経験上、再生には限度があることは知っている」
魔人が生きようとする限り、ヴィリアの拳は止まらない。
「つまり、お前の再生力が尽きるまで……殴殺だ」
ヴィリアの拳は、魔人を幾千回と殺し続けた。
そしてついに魔人の身体が再生を止め……原型を留めていない肉塊が浮かび上がる。
あの魔人を……素手で……
ヴィリアの纏っていた異質な空気が、元に戻る。
拳を下ろし、完全に魔人が動かなくなったのを確認するとレイナのいる方へ振り返るが……そこでヴィリアは目前に迫る刃の存在に気づく。
「ッ!!」
ヴィリアが殺したはずの魔人は服も着ずに筋骨隆々なその身体を隠すことなく剣を振っていた。
避けるにはもう遅く、ヴィリアの顔目掛けて襲いかかる刃は……已の所で、動きを止める。
魔人の剣がヴィリアへ届くより先に、レイナの剣が魔人の身体を切り裂いていた。
身体が崩れ落ち、今度こそ再生することなく、魔人アルフレッド=サルワは蒸発していく。
「……欠けた頭部から身体を再生させたか」
いつもよりもずっと大きな重みを剣に感じながら、無理が祟ったレイナは息を切らし、膝を着いた。
「ありがとう、ヴィリア……助かった、わ……」
視界が白く弾け、とうとう意識が手放されていく。
「よく戦った。寝ていろ」
混濁していく意識の中で、くぐもった声が聞こえた。
えぬどっとjp 良牙 俺の屍を越えていけ 前舞わ 涼くん ククー 綺羅星瑠奈 おくり迎え ニラとピーマンの炒飯 そこら辺のひと
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