入学して暫くが経った今、当初では想像がつかないほど教室内は賑わっていた。
気の合う者同士で皆談笑に花を咲かせている。
実戦授業などもこなして来て、苦楽を共にしてきたのだ。
仲良くならない方が難しい。
クラスメイトについても色々わかってきたことがある。
アレク=ウルスラグナ……奴の実力は凄まじい。
流石は伝説級の聖印を保持しているだけあると納得させられる力だった。
それはヴィリアもだが。
実力者を前にすると昂ってしまい手合わせ願いたくなる衝動を何度押し殺したことか。
また彼には戦闘以外においても才があるらしく、最低一日に一度は彼のラッキースケベが発動するらしい。
今日は足を滑らせキルシェ=コールドレインの胸に飛び込んでいた。
頬には綺麗な手形が残っている。
そう、奴の取り巻きであるレイナ、カルミア、キルシェ、ネネの実力もまた頭一つ抜けているといっていいだろう。
他の生徒と比べ何枚か上手であるのを感じた。
実力者といえばもう一人。
黄色髪の短髪をしたバニシエル育ちの男、アンバー……が必死になって口説いている女、シグレ=クロウゴード。
誰もが友達を増やしている中、彼女は一切群れることなく孤高を貫いている。
よく言えば自分を持っている。
だが悪く言えば協調性がないとも言える。
実際、実戦授業ではチームワークの欠けらも無い戦い方をしていた。
ただ、刀の扱いは折り紙付きだった。
そんな彼女を堕とすと息巻いているアンバーだが、今日も今日とて彼の「おはよう」という挨拶は綺麗にシカトされていた。
それでもめげずにアンバーは今彼女の隣の席に陣取り世間話をしている。
珍しく彼女が口を開いたと思えば、「臭い。興味無い。帰って」と言っているのが聞こえた。
聞こえないフリをしてアンバーが話を続けると次は「殺すわよ」と言われている。
アンバーがとぼとぼとこちらに帰ってきた。
「諦めろ」
「いや今日は昨日より2秒多く喋って貰えた。順調だ」
「お前のメンタルだけは尊敬するよ」
――ガラガラッ
「今日は一対一の試合形式だ。お前ら闘技場に行け」
乱暴に扉が開かれたと思えば相変わらずの適当具合で指示を放つダビッド先生なのであった。
「わあーおっきいー!」
闘技場の大きさに目を輝かせるネネ。
「これなら自由に動き回れそう!ね!ヴィリアくん!」
ストレッチを始めるネネとヴィリアは、この円形闘技場の中央、アリーナにて向かい合わせで立っていた。
対戦相手はランダム。
どちらかが降参と言うか戦闘不能になるまで勝負は終わらない。
ヴィリアの相手はネネだった。
「手合わせ願う」
「?願う!」
ヴィリアが頭を下げると、ネネも真似するように頭を下げた。
「ネネー!今日の相手は人だ!いつもの魔物じゃないから、はしゃぎすぎるなよ!」
「はーい!」
アリーナを囲うように設けられた観客席からアレクが心配そうな声で釘を刺した。
ネネは聞いているのかわからない適当な返事をする。
流石にメリケンサックは外しているようだが。
要するに、手加減しろ、ということだ。
――ブー
時計の針が定刻を指し、試合開始のブザーが鳴る。
「先手、必勝!」
同時に駆け出していたネネの拳がヴィリアに迫る。
最小限の動きでそれを避けたヴィリアに次は蹴りが飛んでくる。
蹴りを避ければまた拳が。
試合始まって早々、ネネの猛攻が炸裂していた。
ヴィリアは回避に専念しており防戦一方に見えた。
「ほらほら!反撃しないと勝てないよ!」
最後の蹴りを腕で受けたヴィリアはアリーナの端まで吹き飛ばされた。
「良い反応速度だね。ボクこんなに当たんないの久しぶりだよ!思ってたより楽しいかも」
舌なめずりをして不敵に笑う。
「良い蹴りだ。思ってたより重い」
「そう?じゃあこれはどうか、なッ!」
一瞬で距離を詰めたネネから腰を入れた拳が飛んでくる。
時間差で風が吹き荒れた。
避けたと思ったが、頬にかすり傷を負ったらしい。
血が落ちた。
「ひゃー!ネネさんが人殺しになってしまいますう!」
観客席のカルミアが青ざめた顔で悲鳴を上げる。
「ふふん、どうかな?」
ネネは距離を取って自信満々に聞いてくる。
「中々良い。だが……少し足りないな」
「……ふーん?そっか。じゃ、次は当てるよ」
ネネの顔は一変、不満気になった。
再び地面を蹴り繰り出した一撃が鼻先に迫る。
次こそ避けようのない攻撃に目を覆う観客もいた。
しかしヴィリアが避けたわけでもなく、拳が届くことはなかった。
ネネは距離を取って冷や汗をかいている。
「はぁ……は……」
観客は皆頭にはてなを浮かべている。
傍から見ればネネは、当たるはずの攻撃を引っ込めて距離を取ったかと思えば妙に疲弊しているのだ。
「あっぶなぁ……ボク死ぬとこだったかも」
「へぇ、カウンターを読まれるとは思わなかった」
野生の勘……第六感……そういったものがこの少女には備わっているのだろうか。
「ヴィリアくん、君強いでしょ。ボクの聖印は拳闘士なんだけど、もしかして一緒だったりする?」
「……まぁそんなところだ」
できることならそうであって欲しかったと思いながらヴィリアは言う。
「そっか。じゃあ遠慮なく能力を使ってもいいよね」
――天稟『獣王』
するとネネの身体は姿を変えていった。
天稟……聖印保持者でも発現させられる者は極僅かに限られる力。
「ネネ!やり過ぎだ!先生、試合を止めてください!」
アレクが急いで制止しようとするが当のダビッド先生は相変わらずいびきをかいて寝ていた。
相対するネネの姿……口には鋭い牙が覗き、身体は体毛に覆われ、尾にはしっぽが。
およそ人ではない。
さながら百獣の王だ。
「ヴィリアくんは何秒もつかな」
そう言葉を漏らした場所にネネはいない。
いつの間にかヴィリアは宙に打ち上げられている。
そしていつ動いたのか、ヴィリアの頭上にいるネネはかかと落としを繰り出した。
激しい轟音と共にクレーターが出来上がる。
土埃が舞い上がり視界が悪くなった。
「おわりかな」
綺麗に着地したネネは少し寂しそうに呟く。
「油断は感心しないな」
「ッ!?」
声のする場所から急いで距離を取るネネ。
土埃が晴れ、ネネの目には涼しい顔で立つヴィリアの姿が映る。
「へぇ、頑丈だね。もう容赦しないよ」
どこか嬉しそうな顔をするネネが再びヴィリアに迫る。
獣となった姿での猛攻。
それは先程のものとは威力も速度も段違いだった。
一秒に何発もの攻撃が飛んでくる。
流石に回避だけで捌き切れはしなかった。
ヴィリアは初めてネネの攻撃を受け流していく。
自分の渾身の攻撃が効かないという事実にネネの顔は驚愕と困惑で染まっていった。
対するヴィリアは、久方ぶりの武と武の語り合いにこの上ない愉悦を覚えているのだった。
反撃の暇などないと思われた猛攻だが、ヴィリアはその極一瞬の隙を見計らい蹴りをお見舞いする。
「ごァッ」
吹き飛ばされたネネは受け身もまともに取れないまま壁に衝突する。
観客は何が起こったのかわからないという顔。
壁にめり込んだまま動けずにいるネネに、休む暇を与えないまま次はこっちの番だとばかりに連打連打の猛攻を仕掛ける。
「楽しませてくれた礼に、一つ教えてやる」
ヴィリアは高揚していた。
力の加減ができない程に。
なんとか防御の構えを取る少女に、容赦のない強打の嵐を吹き荒らす。
「連打は一発一発に力を込めて、正確に、打つ!」
抵抗力も次第になくなり、獣化も解け力なく垂れていくネネの腕。
だがヴィリアはこの愉楽に身を任せたまま攻撃を止めない。
次の拳を振り下ろそうとしたときだった。
上空からとてつもないエネルギーを感じ後ろへ飛ぶ。
降ってきたのは、アレクの剣だった。
「もう十分勝負はついているだろ!大丈夫か、ネネ!?」
憎しみを込めた目でこちらを睨みつけた後、すぐにネネへ駆け寄った。
アレクだけでなくカルミアもネネに駆け寄り、回復魔法をかけている。
そして彼らを護るようにヴィリアの前に立ちはだかったのがレイナとキルシェ。
「ここまでする必要はなかったはずよ。どういうつもり?」
レイナが鋭い眼光でこちらを睨む。
「いや、楽しくなってしまって……」
「幼気な少女をいたぶるのが楽しいですって!?許せませんわ」
怒りに歯を食いしばりながらこちらに杖を向けるキルシェ。
観客席を見てみれば、痛ましいネネの様子に同情する者や非難の目をした者ばかりだった。
興奮が冷めたヴィリアが歩いてその場を去ると、レイナとキルシェもネネの元に駆け寄るのだった。
テーブルに敷き詰められた料理の数々を尋常ではないスピードで平らげていく。
食事も武に直結する。
いくら取ろうが足りることはない。
その点この学園の食堂は素晴らしい。
味付けも申し分なく栄養満点な食材が食べ放題……素晴らしい。
非常に素晴らしい。
「相変わらずすげえ食いっぷりだな……」
ヴィリアの食事量にアンバーは今日も顔をひきつらせている。
今は昼休憩。
食事を取った後は試合の再開だ。
それにしても、食堂で注目を集めることは日常茶飯事なのだが、今日はいつもと違う視線をやけに感じる。
「嫌われたなぁお前」
その視線の数々は今日ヴィリアとネネの戦闘を観ていたクラスメイト達のものであった。
今ではヴィリアの周囲からの評価は人の喘ぎ苦しむ姿を見るのが趣味の下衆となっていた。
「お前がそんなに強かったことには驚いたけどよ、流石の俺もあの試合にはドン引きしたぜ……」
いつか俺のことも痛めつけるつもりじゃ……という顔で身体を震わせるアンバー。
そんな気毛頭ないので安心しろ。
『あー、あー』
備え付けのスピーカーからダビッド先生の声が響く。
『生徒番号1007、ヴィリア=ローゼン、生徒番号1014、シグレ=クロウゴード、次の試合に出場しろ。準備しておけ』
「……俺の女に手出したら許さねえぞ」
「お前のじゃないだろ」
ヴィリアさんは少々戦闘狂なようです。