TS聖女は男装がバレたくない!   作:門邪

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終戦

 今まで、己の武に聖印の力を利用するなど逃げに他ならず、武術への冒涜であるとさえ思っていた。

 だがこの世界の戦闘を間近に体感し、聖印もまた己の才能であり、武力の一つなのだということを学んだ。

 そうして編み出した技が……『過剰治癒(オーバーヒール)』。

 全身の筋肉、五感、神経、血液、細胞を際限なく治癒することで限りなく活性化させ、人智を超えた力を発揮させる。

 この技を使用している時に限り、前世の己を超越した武に辿り着けた。

 実戦で使用したのは初めてだが……やはりこれは、新境地だ。

 停滞していた歩みが、大きく踏み出されたのを実感する。

 まだ、武の極意を追求することができる……そんな久しい昂りがヴィリアの胸中を支配していた。

 

「……よし」

 

 治癒が終わり、レイナの傷が綺麗に塞がった。

 レイナを助けたとき、簡単な治療を施すことはできたがあれは臨時的なものに過ぎなかった。

 安らかな顔で眠り始めるレイナを柱の影に寝かせる。

 

「これももう、使い物にならないな」

 

 裂傷だらけで辛うじて服としての役割を果たす上着を脱ぎ、レイナの掛け布団とした。

 露になったシャツとスラックスは、ヴィリアの悩ましい曲線美を隠せていない。

 

「……行くか」

 

 新しい拳を以て、ヴィリアは神殿内を歩き出す。

 

 

 

 

 

「……大丈夫ですか、血の量」

「あ?あぁ、気づかなかった。すげェな、これ」

 

 ギゼルは自身の鼻や口から洪水のように流れ出る血を見て面白い物でも見たような顔をする。

 

「無理はしないで下さいよ」

「馬鹿言え、今の俺は五感の機能こそ著しく下がってるが、それ以外はフルスロットル……ってうおッ!」

「ちょ……っ!」

 

 千鳥足とまではいかないが、酔いが回ったような足取りでギゼルは床にできた穴へ足を踏み外す。

 

「ッてぇなおい」

「無事で……って、ここは……」

「あ?」

 

 梯子を降りたアレクはギゼルの元へ駆け寄るが……その場の異様な空気感に息を飲んだ。

 神聖な空間に立ち込めるカビと硝煙の臭い。

 点々と置かれたゆらゆらと燃える松明が薄暗いこの空間を照らしている。

 そして、堂々と鎮座する巨大な門扉……

 確信に近い感情を抱きながら、扉の前へアレクは向かい、取っ手に手を置いた。

 

「……」

 

 思わず生唾を飲み込む。

 恐る恐る引いていくと、蝶番がギィギィと音を鳴らしていく。

 小さくできた隙間から見えた中の様子……

 

「ッ!!」

 

 そこにはやはり、紅の陽光をベールのように被ったカルミアが、祭壇の上で安らかに眠っていた。

 その姿が目に入った途端、アレクは勢いよく扉を開け放し、カルミアの元へ駆けようとする……が。

 

「待て」

 

 制止するように伸ばされたギゼルの手がアレクを止まらせた。

 先程までの酔いが回ったような頼りない様子は見る影もなく、人が変わったように真剣な顔つきをしている。

 バタン……扉が閉まる音が響き渡る。

 一際広く、円形に開かれた大広間。

 円柱に備え付けられた松明が中央の床に描かれた大きな幾何学模様を照らしている。

 最奥には祭壇の上で眠るカルミアと、その後ろには大きな女神像が。

 今までに見た銅像とは一線を画す精緻さで造られ、しかしその頭部は罰当たりにも打ち砕かれていた。

 そして頭部を無くした神像の足元に……足を組み本を読む男が一人。

 貴族の礼服にシルバーのピアスを左耳につけ、黒髪をオールバックにしているがちらほらと垂れる後れ毛が色気を醸し出している。

 白目のない闇のような冷めた目がこちらの姿を捉えると男は本を閉じ、立ち上がる。

 

「……ルイ=ザリチュとリリス=タルウィは仕留め損なったか」

 

 背筋を、冷たい汗が撫でる。

 心臓の音がうるさい。

 足が地にへばりついているような……こんな感覚は初めてだ。

 目の前の()()が放つ存在感は息をすることさえ忘れさせる程に、絶対的だった。

 今までの魔人とは次元が違うというのが肌で感じられ、今からこの男を倒す……そう決意することさえ傲慢であるように思われてしまう。

 いや、何をしにここまで来たか思い出せ!!ビビってる場合か!!

 

「カルミアは……彼女は、聖女じゃない!今すぐ彼女を返せ!!」

「……?……あぁ、そういうことか。今回、我々の狙いは聖女ではない」

 

 男はカルミアを一瞥してからその横を通り過ぎ、アレクの前へ出る。

 

「君だ」

 

 手のひらを向けられ、アレクは困惑に目を見開く。

 

「君をここへ誘い出せるのなら囮など誰でもよかった。心配せずとも、この女は返す。君の命と引き換えに」

 

 向けられた男の手のひらへ急速に魔力が宿っていく。

 攻撃される……!!

 そう思った矢先、横のギゼル=バークは果てしない速度で駆け出していた。

 本当に、速度が何倍に……

 目で追えないスピードで、ギゼルは既に男の目前にて大剣を振り上げている。

 今のギゼルが放つであろう破壊力を想像すると、味方でありながらゾッとする。

 そして今、振り下ろされ……

 

「……ッ!!」

 

 気づけば、大剣を握るギゼルの腕は宙を舞っていた。

 根元から斬り裂かれた剛腕の断面から鮮血が吹き出る。

 左腕に加え、右腕までも無くしたギゼルは……膝をつき、倒れた。

 何が、起こった……?あのギゼル=バークが……瞬殺……

 

――天稟『超越』

 

 最初から全身全霊をかけなければ――死ぬ。

 恐怖により脳の命令を拒む脚を無理やり動かし、駆ける。

 

――『天撃』

 

「っ!」

 

 今、何に弾かれた!?

 魂の一撃が、指一本使うことなく捌かれている。

 

――『威殺』

――『臥龍』

――『赫焉』

 

 技を繰り出すアレクに対し、男はつまらなそうに突っ立っている。

 なんで通らない……!!

 

「やはり、覚醒には程遠いな」

 

 男の腕が伸び……アレクの首を掴む。

 

「が、ッ!」

 

 足がつかない……なん、て握力だ……

 

「さぁ、聖戦の前準備だ。君の死を以て、我々の悲願は輪郭を見せる」

 

 窒息……する……

 白目を剥き、身体の力が抜け剣を落とす。

 天稟はとうに切れていた。

 握られている首に、男の魔力が集約されていっているのがわかる。

 ……死――

 

――『過剰治癒(オーバーヒール)

 

 

 

 

 

 男とアレクの両者間に拳を振り下ろす。

 すると男はアレクから手を離し、飛び退いた。

 床に描かれていた幾何学模様はクレーターにより台無しとなっている。

 白目を剥いて倒れ伏すアレクに、ギゼル=バークまで。

 どうなってる。

 あれは……カルミア。

 ……なるほど。

 

「黒髪、徒手、女……聞き覚えがないな。警戒リストにはいないはずだが……」

 

 ぶつぶつと呟いている男……気配が人間のそれとは別物だ。

 

「お前も大司教とやらか」

「いや……私は枢機卿だ」

 

 ……どうも、今までの魔人とは空気が違うわけだ。

 新境地に至ったこの拳の試し打ちにちょうどいい。

 ダ……

 音が置き去りになる。

 いつ駆け出したのか、それさえ認識させない速度で男へ迫り、拳を振るう。

 

「!」

 

 壁……?

 拳に蹴りを織り交ぜ攻撃していくが、一向に男へ届かない。

 そのとき、ヴィリアの勘が警告を告げる。

 咄嗟にその場を退いたヴィリアは、再び男と向き合い対峙する。

 今まで、男に動きは一切ない。

 にも関わらず、既に裂傷の多いヴィリアのシャツにはまた一つ新しく、縦一筋の切れ目が出来上がっていた。

 後ろに下がっていなければ胴体ごと切り裂かれていただろう。

 完全に避けたつもりだったが……やはりこの胸、邪魔すぎる。

 さらしまで斬られ、切れ目からその魅惑の谷間が顔を出していた。

 

「……避けるか」

 

 恐らくこの男……魔力操作の精度が尋常ではない。

 それも体内に限らず、空気中の魔素にも干渉している。

 察するに、空気中の魔素を凝縮し盾にしたり、斬撃として攻撃するなどしている。

 ならば……それを凌駕する拳を放つのみ!

 ヴィリアの拳が再び男へ降りかかる。

 そしてまた魔素の壁が邪魔をするが……硝子が砕けるような感覚を以て貫通し、そのまま男の顔へ拳が襲う。

 

「!」

 

 初めて男は動きを見せ、回避した。

 

「……なぜこの女の情報がない」

 

 休む暇を与えず、無数の追撃が男を襲う。

 全て硝子を叩き割る衝撃と共に拳が伸びるが……男は避けるなり受け流すなりで綺麗に捌いていく。

 魔素の盾が邪魔をしているとはいえ、過剰治癒(オーバーヒール)を使ったこの拳に反応するとは……素の身体能力も計り知れない。

 そして次の拳を振り下ろそうとした時……両腕両足を何者かに掴まれる感触が広がった。

 これも魔素か……!

 抵抗してもびくとも動かず、見えざる力はヴィリアをX字架の磔にかけるように拘束した。

 なんて力……この技を以てしても動かない……!

 

「何者かわからないが……いずれ我々の障害となる前に――眠れ」

 

 アレクにやっていたように、男の手がヴィリアの首を締め、魔力が集約されていく。

 息ができない……血液が、回らない……

 新しい境地に辿り着けたと思っていたが、この世界ではまだまだ未熟者だったらしい。

 ここまできたら、聖女の本領を発揮するしか……

 

「おい」

 

 この声は……アレク?

 

「その女の子に……何をしてる」

 

 咄嗟に男はその場から離れるが……首の薄皮一枚が剥がれ、擦り傷を浮かべた。

 空気中の魔素も霧散し、ヴィリアは拘束から解放され床に転がる。

 

「ごほッ、こほッ……」

 

 咳き込みつつ見上げてみれば、剣を振り抜いているアレクが。

 気配が……違う。

 今のアレクの纏う空気は、天稟を使っているときとも違う凄みがあった。

 そしてアレクの右肩には聖印……勇者の聖印が服を透かし、光り輝くようにして浮き上がっている。

 

「覚醒の片鱗……なぜ急に……!覚醒し切る前に今ここで処分するか……いや刺激し覚醒に拍車をかけてしまっては元も子もない……」

 

 常に冷めきっていた男の目は愕然と見開かれている。

 

「計画は中止だ。順序を変更する」

 

 次の瞬間、男が消える。

 いや……景色が変わった……?ここは……結界に入ったときの森……?

 つい一秒前には神殿内にいたことが夢だったかのように、そこに広がるのは青々とした緑だった。

 周りを見てみれば、倒れ伏すギゼルに、眠るレイナ……そしてカルミアも。

 アレクは、未だヴィリアを守るように立っていたが……右肩の聖印の光が力を失ったように消えていくと、アレクもまた性根尽き果てたように、倒れた。




門倉甲様、10評価ありがとうございます!!
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