久々の投稿に際して、サピエンティア編の描写等に改稿を施しました。主に戦闘描写にずっと納得がいっていなかったので『大群』と『化かし合い』には力を入れまして読み応えが違うと思います。
こんなノロッノロ鈍臭い小説を読んでくださっている皆様には感謝しかなく、よければ『冒険者』または『大群』からおさらいがてら読んで頂けると幸いです。
血生臭さとあらゆる死骸の放つ腐敗臭に満ちた戦場では、四名の使徒とヴィリアが円を描くように佇んでいる。
警戒を怠らず、皆一人一人の挙動へ鋭敏に意識を向けていた。
「とりあえず話し合い……はできそうにねぇなッ!」
使徒ギースが吐き捨てるように叫んだその直後、背後に迫る魔物の存在を彼らは感知する。
鋼と牙がぶつかり合う音が四方で弾け、飛び掛かってきた魔物達は迎撃されるが、それはほんの始まりに過ぎなかった。
倒れた死骸を踏み越え、更にその後ろから新たな魔物が牙を剥き、横を薙ぎ払えば反対側から爪が迫り、息をつく間もなく終わりの見えない猛攻が五人へ降り注ぐ。
ただの魔物を相手にするのであれば何ら脅威ではない。
だが、それが絶え間なく、しかも邪教徒となった強力な魔物ばかりとなれば話は別だった。
剣戟の音は途切れない。
振るわれる刃は少しずつ鈍り、息遣いも確実に荒くなっていく。
今の陣形は、五人の背中を互いに預ける形となっている。
ただ忘れてはならないのが、この中に魔人が潜んでいる可能性があるということ。
眼前へ迫る魔物を捌きながら、同時に隣で戦う仲間を警戒し続けなければならないという異様な緊張は、肉体以上に精神を蝕み、静かに、しかし確実に彼らの判断力を削り取っていた。
五人の剣は止まらない。
魔物を斬る。
仲間の位置を確認する。
次の瞬間には背後を警戒する。
その繰り返しだった。
僅かな躊躇。
僅かな視線。
それだけで魔物は喉元まで迫ってくる。
互いを信じ切れない以上、連携もままならない。
押され始めていたそのときだった。
ヴィリアの足が一歩前へ出る。
——『
地を蹴った瞬間、轟音が爆ぜた。
ヴィリアの音速を超えた速度は空を切り裂き、遅れて爆風の音が戦場を轟かす。
夥しい数の魔物達は、ヴィリアの手によって瞬く間に葬られていった。
返り血が自身を汚していくのを厭わないまま、ヴィリアは駆ける。
駆けて、駆けて、駆け抜け……返り血がヴィリアを染め上げた頃、戦場の魔物は綺麗に一掃されていた。
「……ッはァ……!」
激しすぎる心臓の鼓動に思わず右手で自身の左胸を握りしめる。
「流石に……ッ疲れるな……」
絶え間なく流れる血流。
活性化した身体の全細胞。
漲る全身の筋肉。
極限まで研ぎ澄まされた五感や神経。
それらを一度に知覚しているのだ。
この能力の過度な使用は、流石のヴィリアといえど聖女の力が肉体そのものを削っているのを自覚せざるをえなかった。
「……前々から思ってたが、なにもんなんだ、あいつは」
思わずといった様子でガイアは言葉を漏らした。
ガイアだけに限らず、使徒の彼らは信じられないという顔でヴィリアを眺めている。
使徒でも手古摺る魔物の大群を単騎で圧倒……それも無名が。
目を疑うのも当然だ。
「うそ……」
そう漏らしたのは使徒の誰でもない。
血泥に塗れた戦場の中ぽつんと立つ女魔人の声だった。
「ヴィリア=ローゼン……ここまでとは思っていませんでした。いずれ私達の障壁となる前に処分しておきたいところですが……まぁ、潮時でしょうか」
次の瞬間、使徒らの持つ四つの刃が魔人を串刺しにした……そう思われたが、そこに魔人の姿はない。
代わりに一つ目の面布がひらひらと舞い落ちる。
いくら見渡そうが魔人はどこにも見当たらない。
「……逃がしたか」
レディシュが苦い顔で言葉を零す。
どうやら使徒の中に紛れ込んでいるというのは杞憂だったらしい。
「はぁ……は……」
視界が鮮明になり始め周囲に目をやる余裕が出てきたが、そうして広がった光景は凄惨を極めていた。
戦場の冒険者のほとんどは命を散らし、極小数が重篤な状態でなんとか生きながらえている。
結局あの魔人はこれだけの命を蹂躙して、一体なにが目的だったのか。
攪乱させ、強力な魔物を従える能力……あれ程厄介な魔人を取り逃したことは余りに痛い。
憤りとやるせなさが胸中を包み込む。
そうして俯いていたせいで、誰かが近づきにきていたことに気づいていなかった。
顔を上げると、そこではレディシュ=エーデルワイスの力強い目がこちらをまっすぐに見据えていた。
「ヴィリア……と言ったか?此度の尽力、非常に助かった。感謝申し上げる。魔人……それも
魔人は人間と同様の目に、白く塗りつぶされた目——
中でも先程の魔人は圧倒的な厄災として知られる黑眼だった。
レディシュはこちらへ手を差し伸べ、続ける。
「うち……聖ラメール教会へ来ないか?」
「……いや、まだ学生なんだが」
「あぁ、だから私レディシュ=エーデルワイス直々に君を聖ラメール教会へ推薦すると言っている。大方、この街に来た理由は聖ソフィア大書庫だろう?」
「!!」
確かに、聖ラメール教会の使徒は特別に聖ソフィア大書庫への入場を許可されている。
正直、教会の所属先などどこだっていい。
この誘い、素直に受け取るのも悪くない手だ。
むしろ願ったり叶ったりというところ。
「うちへ来ることを確約さえして貰えれば、特例として今すぐにでも大書庫への入場を可能にするよう話を通そう」
兼ねてよりの目的がこんなとこで達成できるとは僥倖だ。
大書庫で聖女の力についての理解を深めることで
快諾の意を伝えようとしたとき、レディシュの顔が突然怪訝な表情に変わる。
「いや待て……」
指を顎に当て、なにか尋常ではない様子で考え耽っている。
「聖ソフィア大書庫は常に使徒と結界師によって厳重な警備がされている……だが今この瞬間、警備に当たっている使徒はおらず大書庫は極めて手薄な状態…………まさか」
「……ッ!!」
ヴィリアも事態に気づく。
まさか奴らの狙いは…………
堪らず駆け出す。
隣を駆けるレディシュの額には冷や汗が流れているのが見えた。
街中に人の姿は見えない。
皆避難しているらしい。
そして次の角を曲がったとき、目を疑う光景が広がっていた。
「アレク……!?」
人通りの絶えた石畳の通り。
弓なりに反って仰向けに転がるその男の胸には一本の剣が深々と突き立っている。
白く裏返った瞳のまま微動だにしないその身体はまるで糸の切れた操り人形のよう。
無惨な勇者の姿が、そこにはあった。
それだけではない。
倒れる勇者の更に向こう……そこにあるのは業火に包まれた聖ソフィア大書庫だった。
窓という窓から紅蓮の炎が噴き上がり、黒煙が空を覆い尽くす。
崩れ落ちる梁が轟音を響かせ、そのたびに火の粉が舞い上がった。
人類の叡智を収めた書架は次々と崩れ落ち、積み重ねられてきた歴史は、炎の中で声もなく消えていく。
言葉を失い思考が停止したが、急いでアレクの傍へ行きヴィリアは聖女の治癒能力を発動した。
「やはり奴らの狙いは大書庫……あの魔人の存在はあくまで陽動……!!」
この光景に絶望するレディシュだが、ふと思い出したような顔をすると急いで業火に包まれた大書庫の中へ駆け出す。
使徒といえどこの業火の中を駆けるなど自殺行為では……
そう思ったのもつかの間、レディシュは一人の男を脇に抱え戻ってきた。
「ベイド!!しっかりしろ!!」
ひび割れたメガネをかけた瀕死の男は地に寝かされたまま肩を揺さぶられている。
アレクの顔が安らかになり始めた。
流石は勇者。
死んでいてもおかしくなかったが、この程度の治癒で大分回復してくれた。
「診せてくれ」
ベイドと呼ばれていた男の元へ寄り、同じように治癒を開始する。
「すごい……みるみる様態が……」
男の身体が瞬く間に癒されてゆく。
「優秀な結界師の男なんだ。失うには余りに惜しい男でな……ん?」
男の様態が大分良くなってきた頃、突如視界が白く弾け始める。
まるで脳みそが強制的にシャットダウンされているような……そうだ……過剰治癒も使用して聖女の力はもう……限……界………………
真紅のテーブルクロスの上には磨き上げられた銀食器と赤ワインが置かれている。
目を漆黒に染めたオールバックの男は優雅にグラスを手に取ると軽く回し、その芳醇な香りをゆっくりと味わう。
そして口元に持っていき風味を感じようとしたとき。
——バタンッ
勢いよく扉が開かれ、その余りの勢いは一室全体を揺らした。
その衝撃によりグラスの縁から深紅の雫が一滴だけ零れ落ちる。
雫は純白の礼服の襟元へ静かに染みを広げた。
「おいロドス!言ってたもん奪ってきたぞ!」
「……」
入り込んできたのは無精髭を生やした茶髪の男。
手には『記憶の書』と書かれた一冊の分厚い本を持っている。
「こいつだろ?って、流石枢機卿様は上品なお食事ですこと」
「……」
無精髭の男は無造作にそこのステーキへと手を伸ばす。
「俺にも一口──」
男の指先が皿へ伸びた、その瞬間。
空気が軋んだ。
次の瞬間には、男の身体は扉を突き破らんばかりの勢いで廊下へ吹き飛んでいた。
ただ一冊の書だけは丁重に、魔力に支えられ宙に浮いている。
「……下拵えが整った、というところか」
ロドスと呼ばれていた男は血のように紅いワインへ目をくれる。
「
卓についているかのように、一冊の書は浮かんでいる。
男はステーキへナイフを滑らせた。
「今後に当たってこの戦力不足は致命的だったが——」
肉は抵抗することなく切り分けられ、赤い肉汁が皿へと流れ落ちる。
「これで盤は整った」
その様子を眺める男の口元には、満足げな笑みだけが浮かんでいた。
つけパンきんし様、10評価ありがとうございます!!物凄く励みになります。