「……」
「……」
陽光の遮られた、人気のない路地裏。
アレクはカーネを守るように立ち塞がり、こちらを睨みつけている。
……なにか誤解されている気がする。
「怖がってるだろ。どんな状況か知らないが、怯えてる女の子を渡すことはできない」
「わーん怖いのじゃー」
取ってつけたような声を上げるカーネ。
ここまで感情の籠っていない感情表現は初めて聞いた。
「これ以上手間取らせないでくれ。大人しくこっちに来い」
「嫌じゃ」
「……」
……だんだんイライラしてきた。
「今ならまだ許してやる」
「むぅ〜!眷属の癖に生意気なのじゃ!!」
するとカーネは突然アレクの脚に触れる。
「ん?」
満足したようにアレクの脚から手を離すカーネだが、アレクに異変はない。
なにかおかしなことでもしたかと思ったが、やけになって叩いただけか?
「ヴィリア、なんにせよ少しこの子から離れろ」
「お前は黙ってい……ろ……?」
部外者は口を出すな。
そう思ってアレクの顔へ目を向けたとき、違和感が走る。
こいつ、よく見れば整った目鼻立ちをしてるな。
肩幅もあり、鍛え抜かれた体格。
勇者という肩書きに相応しい風貌だ。
なぜだ、急にアレクがとてつもなく男前に見える。
特にその力強い瞳で見つめられると……なんだ、妙に胸の奥がざわつく。
「……」
鼓動が早い。
呼吸も浅い。
見れば見るほど目が離せなくなる。
「ヴィリア?」
「!!」
首を傾げて名前を呼ぶその声で肩が跳ねる。
心臓が一際強く脈打った。
頬が熱い。
頭までぼうっとしてくる。
……明らかにおかしい。
カーネだな……!!
自身の胸へ手を当て、治癒能力を発動する。
精神干渉……魅了……なんでもいい。
一刻も早くこの異常を治せ。
「……ッ!」
聖女の力が……枯渇している。
修行に加えあの狼との戦闘で使い果たしたか……!
「カーネ!今すぐ術を解け!!」
「嫌じゃ。ふはは、あまり妾を舐めないことよ」
「二人共何を言って……うおッ!」
「へ」
アレクの悪癖が発動したらしい。
小石につまづいたアレクは体勢を崩し、こちらへ倒れかかってくる。
あっという間に押し倒され、のしかかられた。
「!?!?」
近い……!!
すぐ目の前にアレクの顔がある。
早鐘を打つ心臓は今にも爆発しそうだ。
「っと……悪い」
アレクの息遣いを間近に感じる。
このままでは自分が自分でなくなりそうだ……もう……耐えられん…………
「カーネ!!宝石は買ってやる!お前のものでいい!!だから……早く解けええええ!!!!」
「お!言質は取ったぞ。よかろう」
体勢を起こし、起き上がろうとするアレクの後頭部へ再びカーネの手が触れる。
「おあ」
身体を起こしかけていたところ不意の衝撃にアレクは再び体勢を崩し、またしても倒れかかってきた。
「ふがッ」
——むにゅ。
アレクの顔がヴィリアのあるところに埋まる。
もう、妙な胸騒ぎはない。
あるのは、憤りだけだ。
「ぐはッ!」
ヴィリアの巴投げがアレクを後方へ吹き飛ばした。
あの後、約束通りジュエルを購入してやるとカーネはすぐご機嫌になった。
大人しくなったおかげで順調に目的地の教会にも到着し、無事セルシアさんへカーネを預けることにも成功した。
だがお陰様で財布の中身は空っぽだ。
そして長期休暇が明け学園生活が再開した今、極めて大変な問題に差し当たっている。
トイレを出て教室へ向かって廊下を歩く。
周りの生徒達から怯えた目で見られているのがわかる。
それはいつものことなのだが、今日はいつにも増して怖がられている気がする。
教室に着くと真っ先に自席に座る。
前屈みになって座ると少し楽になった。
「ヴィリア、今日は一段と目つきが悪いけれど……あ、そういえば……そろそろだったわね」
顔を上げるとそこにはシグレがいた。
周りから怖がられている理由は目つきだったか。
「月のもの」
なんで周期を暗記してるんだ、気持ち悪い。
そう、訪れてしまったのだ……月に一度の厄災が。
如何なる過酷な鍛錬よりもこれほど精神が削られることはない。
聖女の力でなんとかできないだろうかと最初は考えたものだが、これは怪我といった異常ではなく正常な生理現象。
治癒という概念が当てはまらないのだ。
股部分の不快感に、倦怠感……もちろん厄介極まりないが、最も嫌なのはそこではない。
この生理現象によって、否が応でも己は女なのだと自覚させられる。
これが耐えられないのだ。
「私のあげたもの、ちゃんと使ってるかしら」
「……あぁ」
貰ったもの……それは生理用品。
シグレから渡されるまで頑なに使おうとしていなかったのだが、その便利さに気づいてしまってからは嫌々ながら使うようになった。
「次は移動教室だけど、動ける?私は地下三階だから先に行くけど、無理はしないようにね」
気づけば教室内は貸切状態になっていた。
皆もう移動したらしい。
男女によって場所が違うので、シグレとはここでお別れだ。
「あぁ、大丈夫……だ」
そうは言ったものの、正直全然大丈夫ではない。
今回のは今までで一番きついかもしれない。
前のときはここまでじゃなかったのだが、とてつもなく胸が張る。
さらしで圧迫しているのもありかなり苦しい。
痩せ我慢をしながらシグレが教室を後にするところを見送った。
もうすぐ時間だ……授業へ行かなくては。
……いや。
最後にもう一度トイレに行っておこう。
そうして今日で何度目かわからない場所へ足を運ぶ。
授業が近いのでトイレには誰もいなかった。
個室トイレに入り、済ませることを済ませたら手洗いに向かう。
……そりゃこんな目つきしてたら怖がられるわけだ。
鏡に写る自身の顔を見てなんだか納得してしまった。
「……はぁ」
もう授業には遅刻確定だな。
最後になにか温かいものでも飲んで行きたい気分だ……
「これでもどうかの」
「ん、あぁ、助かる」
横から幼い声と同時に飲み物が差し出された。
反射的に受け取り、飲む。
……って……
「カーネ!?」
白髪の幼女がそこにいた。
今はセルシアさんの教会にいるはずじゃ……
「なんでここにいる!?」
「我が眷属がなにやら苦しんでいる気がしたのでな。助けに来てやった」
「どうやってここまで……」
学園は部外者の立ち入りを堅く禁じている。
敷地内へ入るまでに厳重な警備があるはずだが一体どうやって……もし部外者を校舎内に連れ込んだとされればよくて停学だろう。
「面白い場所じゃな。案内せよ」
「……あぁ、ついてこい」
誰にも見つからないよう学園の外へカーネを連れていかなければ。
授業が始まっているので廊下に人気はない。
だが油断は禁物。
先を行こうとするカーネを引き止め、ゆっくりと周りに注意しながら歩く。
——コツ……コツ……
「!」
足音……曲がり角の向こうに誰かいる……!
ここを曲がって来られたら終わる。
とりあえず教室へ避難だ。
カーネを連れて誰もいない教室にまた戻ってきた。
これで難を逃れたか……いや……足音が近づいてきている……!?
——ガラガラッ
音を立てて教室の戸が開かれた。
「……ヴィリア?」
「……」
青髪を一つにまとめた女生徒——レイナ=セルフォード……彼女だった。
おわった。
カーネは隠れることもなく突っ立っている。
「……こいつのことは見なかったことにしてくれないか」
最悪、教師に漏れなければ問題ない。
口止めをしてもらう他ないか。
「こいつ?……なんのこと?」
「ん?」
レイナはきょろきょろと周りを見渡した後、見当がつかないというように首を傾げた。
「『
……幻覚作用……?
カーネこいつ、そんな芸当までできたのか。
それならここまで警備の目を掻い潜って来れたのにも納得できる。
やはり、一体何者なんだこの子は。
「……なんでもない。女子は地下三階じゃなかったか。どうしてここに」
「忘れ物を取りに来ただけ。それよりヴィリアこそここで何してるの?」
「……少し体調が悪くてな。これから行くところだ」
「ふーん……」
レイナは淡々と自身の鞄の中を漁り忘れ物を探している。
教室内には少々の沈黙が広がった。
にしても、周りから見えないのであればカーネを学園の外へ出そうとしなくても問題ないか。
レイナも目当ての物を見つけたらしい。
予定通りこちらも授業へ向かうとしよう。
「……ねぇ」
「ん、なんだ」
もう会話は終わったと思っていたので突然声をかけられ少し驚いてしまった。
「あの……林間合宿での事件以来、言いたいことがあったんだけど言えてなくて……ちょうどいいから今聞いてくれる?」
「……あぁ」
なんだか後ろめたそうな顔をしてレイナは言う。
「改めて、あのときは助けてくれてありがとう。ヴィリアがいなかったら今頃私は生きてないと思うから。それと……今までごめんなさい。貴方のこと誤解してたんじゃないかって思うようになったの」
レイナは深々と頭を下げている。
「だから、これからはお互いを高め合う仲間として……ヴィリア?」
なんだ、視界がぼやけ始める。
胸が……苦しい……。
もう、限界……だ…………
耐えきれず蹲り、意識が手放されていく……
「ヴィリア……!保健室に…………」
レイナの声もどんどん遠くになっていった。