体調が悪いっていうのは本当みたいね……
レイナは気を失ったヴィリアを横抱きに抱え、急いで保健室へ向かっていた。
足早に歩きながら、腕の中で眠るヴィリアの顔に目を落とす。
ヴィリアのこんな無防備な姿を見るのは初めて……あのときの借りを返さなきゃ。
保健室に着き、戸を開けるとそこに保険医はいなかった。
いつも姿を見ることはないが、この世界で回復要員は重宝されるのでこんな部屋に籠ってるわけにもいかないのだろう。
ゆっくりとベッドにヴィリアを寝かせ、脇にある椅子に座って一息つく。
「……ん……ぁぁ……」
横にならせたのはいいものの、眠りながらヴィリアは時折苦しそうに呻いている。
楽にさせてあげたいけれどどうすれば……とりあえずこのコートみたいなブレザーを脱がしてあげるべきかな。
ヴィリアの顔半分は依然ブレザーの襟に隠れている。
……ヴィリアの素顔……気になる。
改めてよく見てみれば、きめ細かく白い肌に、綺麗な目をしているのが分かった。
睫毛も艶やかに伸び、瞼を閉じていながらもその秀麗さが伝わってくる。
これまでの学園生活でヴィリアはずっと、肌を見せようとはしなかった。
なにか見せられない事情でもあるのかもしれない。
でも緊急事態だし……呼吸しやすくさせてあげるためにも服は緩めてあげなきゃだし……
「……」
生唾が喉を通る。
なぜだか勝手に緊張してきた。
なんだか悪いことをしてる気分になってくる。
……いやそんなことはない。
これは立派な救護活動。
ヴィリアのためにも早くしてあげなきゃ。
「……」
慎重に、起こさないように腕を伸ばす。
ヴィリアの服へ指先が到達しようとする……だがそこでレイナの手が止まった。
「……ん?」
視界の端になにやらぼんやりとしたものが浮かび上がっているのに気づいたのだ。
「うーむ。主を差し置いて微睡むなど、困った眷属じゃの」
焦点の合わない
透き通るような白髪に、小さな身体……子供?
幼女は、眠るヴィリアの顔を頬杖をつきながら覗き込んでいた。
「えっと……誰?」
「……ぬ?」
目が合う。
目を丸くする幼女との見つめ合いは暫く続いた。
「……術が切れておる……まぁよいか」
「どこから来たの?学園は立ち入り禁止になってるはずだけど……」
学園は生徒と教師以外は原則入ってはならない。
一体どこから迷い込んだの……?
「ヴィリアの様子を見に来てやったのじゃ。……ふむ。お主も中々の美貌よの。小娘、お主は此奴のなんじゃ?」
小娘……
「ヴィリアの……?私はヴィリアのクラスメイトだけど……貴方こそヴィリアとどういう関係?」
「妾は此奴の主じゃ。ほれ、起きろ」
「主?」
幼女はぺちぺちとヴィリアの頬を叩いている。
だが本人は依然魘されたまま起きようとしない。
「ちょっと、具合悪そうなんだから無理に起こしちゃだめ」
「む、確かに顔が青いの」
幼女は少し考え込むような仕草を取った。
「そうじゃな、眷属の体調管理も主の務め。せめて良い夢でも見させてやろう」
すると片手をヴィリアの頭へ向け、唱える。
——『胡蝶の夢』
「……ん…………」
先程まで眉間に皺を寄せ、寝苦しそうにしていたヴィリアの顔が瞬く間に安らかになった。
「すごい……なにしたの?」
「具合がよくなったわけではないぞ。苦しみを紛らわしてやっているだけじゃ。ただ……」
「それでも十分すごい!でもそれなら、やっぱり服、緩めてあげなきゃ」
決して悪いことをしているわけではないのに、やましいことをしているかのようにわきわきと手をヴィリアの服へ持ってゆく。
多分ヴィリアは素肌をあまり見られたくないんだろうけど……貴方の、ヴィリアのためを思ってるんだからね!
「……あ」
うっすらと、ヴィリアの目が開かれた。
同時に、目が合った。
身体が固まる。
「……ち、違うの!!苦しそうだから服を緩めてあげようと思って……」
「パフェ……」
「え?」
「大きい……パフェ……」
ヴィリアの目は、こちらを見ているようで違うなにかを見ているようだった。
おもむろにヴィリアの手がレイナの腕を掴むと、ベッドへと引きずり込む。
「へ?」
「ただこの術には欠点があってな。夢と
「ちょ……っ!!」
気づけば抱きしめられていた。
横抱きにされるぬいぐるみのように。
「〜〜!!」
みるみる顔が熱くなっていく。
ヴィリアの顔がそこにある……体温を感じる……!
変態のアレクに押し倒されたことはあっても、こんなに異性と密着したのなんて初めて……!!
「お?なんじゃなんじゃ、面白いではないか」
幼女はニヤニヤと顔を歪ませながらこちらを愉しそうに見ている。
「んん……甘味……」
スイーツに囲まれる夢でも見ているのだろうか。
ヴィリアの顔は蕩け切っている。
だが、こんな顔をしていても拘束力が半端ではなく抜け出そうにも抜け出せない。
「ね、ねぇ……!貴方の能力でしょ!?なんとかしてよ……!!」
「んー……嫌じゃ」
愉快そうにこちらを眺める幼女の顔が憎たらしい。
あぁ……!心臓がうるさい……!!もうお嫁に行けないぃ……
……ん?なんだろう、胸のあたりになんだか柔らかいものを感じる。
それにすごい締め付けだけど、思ったよりしなやかな筋肉の感触だ。
それに良い匂い……だけど、微かに鉄っぽい臭いもする。
そういえばこの前助けてもらったとき、ヴィリアが魔人との戦いで服が擦り切れて見えた腕は、まるで女の子のもののように華奢だった。
あんな戦いぶりでそう見えたのは気のせいだと思ってたけど、この感触は気のせいじゃなかったかも……
ヴィリアが頑なに見せようとしないこの身体……なにが隠されているというの?
「ぬ?…………あああ!!」
突然の幼女の声にびくりと肩が震える。
「ど、どうしたの?」
「ない……ないのじゃ!妾の石が!!」
幼女はあらゆるポケットに手を突っ込んだりして自身の身体中を弄っている。
そして何も見つからなかったようで肩を落とすと、この世の終わりとでもいうような絶望的な顔をした。
「こんなことしてられん!どこじゃあああ!!」
「ちょっと!」
幼女はたまらずといった様子で保健室を出て行った。
あんな子供が学園内を走り回ったら危険……!
後を追いたいけど拘束が……ん?緩くなってる……
ヴィリアの顔は再び苦しそうな表情をしており、魘されていた。
そっか、効果が切れたんだ……
「……ごめんヴィリア、待ってて」
苦しそうなヴィリアを保健室に置いてレイナもまた保健室を出た。
あの子はどこに……!!
訓練場、補習室、魔法研究室、図書室、食堂……あらゆる場所を当たったがどこにもいなかった。
どこなの……!
そして次に入ったのは元いた教室。
戸を開けてみればそこは……開け放たれた数々のロッカーに、中身の散乱した各生徒の鞄……随分と荒れていた。
もちろん元凶は……
「どこじゃ……どこじゃ……!」
幼女が誰かの鞄の中を必死に漁っている。
見つけた。
「ぬあ……!?」
幼女の脇に手を入れ、持ち上げる。
これ以上荒らされちゃ困るからね……
「離すのじゃ!!」
「お願いだから大人しくして。その探してるものを最後に見たときを思い出してみて」
「最後……」
幼女が考えに耽ると大人しくなった。
にしても、この荒れよう……私がどうにかしろっての?
「……あ」
「思い出した?」
「そうじゃそうじゃ、教会に置いてきたんじゃった」
「……」
……この子は早く学園の外に出させるべきね。
散らかった教室を元に戻してからヴィリアのところに戻ろう。
「小娘、早く離すのじゃ」
「だめ。勝手にどこか行かないようにこれからはずっとこうね」
「むぅー!!」
持ち上げていた幼女を下ろし、手を繋いだ。
教師に預けるまではこうしていよう。
それより早く片付けなきゃ……まずはこれから……
「これ……ヴィリアの鞄?」
片付けに入ろうと近くの鞄に目を落とすと、そこにあったのはヴィリアの鞄。
先程まで幼女が漁っていたのはこれだったらしい。
鞄は開け広げられ、中身が散乱している。
だから、どうしても目に入ってしまったのだ。
「これって…………」
——生理用品?
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