——聖地巡礼。
世俗化のしていないこの世界において、全ての民に課されている義務である。
とある聖地を訪れることで聖なるものに触れると同時に、信者として正当な証を得ることを目的に行われている。
少し前まではどれだけ遠くの地に住んでいようと一人で特定の聖地へ参詣することを徹底されており、インフラのそれほど整っていなかった当時の人間にとって聖地巡礼といえば過酷な一人旅という印象だったらしい。
だが今となっては友達との旅行感覚で行く者が大半であり、ここ聖アストラ学園に至っては学園行事の一つともなっている。
一年生全員で行う、学園生活で一度の長旅。
それが始まった。
汽車を利用し、途中で降りては宿に宿泊し三日間かけて聖地へ向かう。
汽車を使ってもこれだけかかるなら、徒歩で向かっていた昔の人達が可哀想に思えてくるな。
長い拘束時間に普通なら鬱憤が溜まりそうなものだが、生徒達は皆浮き足立った様子で和気藹々としていた。
もはや修学旅行だ。
座席は進行方向へ向かって整然と配置されている。
右を見れば田園風景の流れゆく窓の外の景色。
左を見れば……ぐーすかと気持ちよさそうに眠るアンバーのあほ面。
座席は男女で分かれており、ヴィリアの隣を陣取れなかったシグレは不貞腐れた顔で窓の外を眺めている。
それはそうと、一番問題なのが……
「……なんでここにいる、カーネ」
白髪の幼女がヴィリアの膝の上を占領していた。
「なにやら面白そうじゃと思うて」
気づいたらついてきていた。
またこのお転婆に振り回されるのか……
セルシアさんには後でもっと注意深く見張っておくよう言っておこう。
「それより暇じゃ」
それに関しては同感だ。
延々と座っているだけというなんと無益な時間だろう。
まともに鍛錬もできていないのに、これでは身体が鈍る。
「……ぐへ……ぐへへ…………」
突然隣から気持ち悪い声が聞こえた。
隣を見てみると、気色悪い笑顔を浮かべながらアンバーが眠っている。
絶望的に気持ち悪い寝声だな……
「そうじゃの。暇つぶしに此奴の夢でも覗いてやるとしようかの」
「後悔するなよ」
カーネの手がアンバーの額に触れる。
「ほう……これはヴィリアかの?」
「なに……?」
「浴衣姿のお主と此奴が恍惚とした顔で互いの指を絡めておる。暫く蕩けた瞳で見つめ合った後、唇を重ね……ぬ!?」
急いでカーネの手をアンバーの頭から退けさせた。
そういえば、林間合宿のとき浴衣姿をこいつに見られたな……その記憶か?
にしてもなんて夢を……
「どうしたのじゃ?吐きそうな顔でもしおって。酔ったかの」
「……二度とこいつの夢を覗くなよ」
知りたくなかった……横で眠っている奴がそんな不愉快極まりない夢を見ていたなんて。
「くぁーっ!!やっと着いたかあ!膝固まるかと思ったぜ……ってなに睨んでんだよヴィリア」
「……別に」
汽車を降りた瞬間、肌を撫でたのは乾いた空気だった。
見上げれば、空を覆い尽くさんばかりの巨大な山々が町を取り囲むようにそびえ立っていた。
聖地ピレ・ネリア。
火山地帯であるこの町は、荒々しい大地に抱かれるようにして広がっている。
石造りの家々は火山灰の降る土地に適応するよう低く頑丈に造られ、通りには赤茶けた石畳が敷かれている。
建物の煙突からは白い煙が立ち上り、そこかしこから漂う硫黄の匂いに混じって、焼きたてのパンや香辛料の香りが鼻をくすぐった。
山と山の間から覗く朝日。
聳える雄大な山岳。
荒々しくもどこか神聖なその光景は、まるで大地そのものが巨大な祭壇となっているかのようだった。
「ヴィリア、なんじゃ、この手は」
ヴィリアの手はカーネの小さな手を強く握っている。
「後々面倒なことになりたくないからな」
「ん?なんか言ったか?」
アンバーがこちらに顔を向ける。
「……いや」
カーネの姿は他の生徒に見えていない。
カーネとの会話は控えなくては。
よりによって最近、とある人の視線をやけに感じるのだから。
さりげなく、視線の主へ目を向ける。
そして一瞬目が合うと、すぐに目を逸らされた。
レイナ=セルフォード……最近、どうも彼女から見られている気がする。
恐らくだが、この制服に隠れている身体について勘づいている。
特に心当たりはないのだが、一体いつ……
とりあえず、彼女の目もあるのだから慎重にならなくては。
「ヴィリア、行くわよ」
気づけばシグレに手を握られていた。
手を引かれ、アンバーを置いて町を歩く。
「あ、おい!待てよ」
すると遠くに存在感の強い青錆色の石像が目に入った。
その目前ではアレクらが興味深そうに像を見上げている。
「これは……初代勇者、ルド=アタールの石像ですね」
カルミアが、持ち前の知識を披露する。
そう、この町ピレ・ネリアが聖地と呼ばれる所以……それは、初代勇者の生まれた土地であるということだ。
「初代勇者!?ってことはめっちゃ強いの?」
「はい、人類史において彼は八つの黑眼の魔人を相手に圧倒し、最後には魔王を封印したとして語られています」
「はぇ〜」
「ちなみに、ルド=アタールはアレクと同じ赤髪だったらしいですわよ」
「よく見たら全体的にアレクと似てるわね」
「確かに、この向こう見ずそうな目とかまんまアレクじゃん!」
「どういう目だよ」
アレク達が石像に興味をなくし先を行くと、こちらの番がやってきた。
台座には『初代勇者 ルド=アタール』との文字が刻まれており、その更に下には接触禁止の文字が書かれている。
精巧なつくりだが、近くで見ると年季を感じさせた。
なるほど、確かにアレクと似ている。
これで髪色まで一緒となると判別が難しいレベルだ。
違う点といえば、アレクよりも少しだけ歳をとった感じがするというところか。
「ん?」
なにか脚に触れ、目を落とすとカーネがしがみついていた。
怯えたように身体を震わせ、初代勇者の像を睨みつけている。
カーネのこんな姿を見るのは初めてだ。
一体……
「おいヴィリア、見ろよ」
アンバーの声が聞こえ顔を上げると、そこには台座の上でそれらしいポーズを取るバカの姿があった。
「これで俺も勇者一行——え、ちょ」
ドヤ顔で決めポーズをしていたのもつかの間、すぐに警備に取り押さえられ引きずられながら連行されていった。
「行きましょう」
「あぁ」
冷めた顔のシグレと一緒に石像を後にした。
その後、先生の指示に従い聖地ピレ・ネリアの町を回り、祈りを捧げたり聖火を拝むなどした。
そして昼時となり、時間まで各自でご飯を取れとのことで生徒らは自由行動を許されている。
「ヴィリア、食べたいものはあるかしら……って」
シグレが顔を向けた先にヴィリアの姿はない。
ヴィリアは既になにかを探して町を渡り歩いていた。
その探しているものとは、飲食店などではなく……
「見つけた」
「ぬ!?」
ガラス張りのジュエリーショップを張り付いて眺めているカーネを後ろから抱き上げる。
「一人で出歩くなと言っただろ」
「むぅ」
まったく、少し目を離せばすぐこうなる。
それより、飯だ。
さっきから腹が空いてどうにかなりそうだった。
なにかたまるものを食べたい。
「……」
その前になんとかしなければいけないことがあったな。
「おい、なにか用か」
物陰に潜む人影に声をかける。
すると人影は逡巡を挟んだ後、姿を現した。
「……ぐ、偶然ね、ヴィリア」
バツが悪そうな顔をして現れたのは……レイナだった。
「アレク達とはぐれちゃって……よかったら一緒しない?って、その子……」
「!」
レイナの目がカーネを捉える。
見えるのか……?
「小娘……そうか、『夢見』は妾の姿を知るものに効果が薄いのじゃったな」
いつの間に面識があったんだ?
いやそれより、今のレイナの前でカーネに下手なことを喋られては困る。
「いいかカーネ、学園では俺は男で通ってる。くれぐれも口を滑らせるなよ?」
「舐めるでない。お主が性柄を偽っておるのは分かっておる」
しゃがんでカーネに耳打ちをした。
そうして、カーネのことも口止めしてもらわなければならないので一緒に店に入ることにした。
三人で席に座り、料理が来るのを待つ。
「カーネちゃんっていうのね。ヴィリアが保健室で寝ている間会った以来かな」
「見覚えのある顔と思えばあのときの小娘か。確かヴィリアが……なんていったかの、せいり——むぐ!?」
咄嗟にカーネの口を抑える。
こうなると思っていた。
にしても、あのときか。
「手のかかる奴でな、すぐついてくるんだ」
「むぅー!んんー!!」
口を抑えられたカーネはなにか喋ろうとしているが全て呻き声になっている。
そうこうしているうちに料理が続々とやってきた。
テーブルが皿で埋め尽くされていく。
「ちょっと頼みすぎじゃ……」
ヴィリアの前に置かれた皿の数にレイナは顔を引き攣らせた。
だが料理を前にしたヴィリアを見て、レイナはどこか計画通りとでもいうような目をしている。
そしてその目は、襟に隠されたヴィリアの口元へと注意深く向いていた。
「……あの、もうちょっと落ち着いて食べた方が……」
始まった昼食の時間。
ヴィリアの食事ペースは普通ではなかった。
計り知れないスピードで数々の料理を平らげていく。
その余りのペースに、ヴィリアの口元はぶれて目視できない。
「うむ。中々美味よの。悪くない」
そうしてテーブル上の皿は瞬く間に綺麗になった。
「……次はカロリー消化のためにも散歩でもしない?私行きたい場所あるの」
そういってレイナに連れられた場所……そこは地熱洞窟。
聖地ピレ・ネリアの観光名所として有名な場所である。
「ヴィリアぁ……暑いのじゃぁ……」
洞窟に足を踏み入れた瞬間、むっとした熱気がヴィリア達を襲った。
奥へ進むほど気温が上がっていき、湿っているのもあり天然のサウナのようだ。
「本当に暑い……服脱ぎたくなるわね……」
言いながらレイナはチラチラとこちらを見ている。
「ヴィリアの制服なんて特に暑いんじゃない?脱いだ方が……」
「大丈夫だ」
「……」
さっきからこの制服を脱がせたい魂胆が丸見えだ。
やはり性別に疑念を持たれているのは間違いないな。
ヴィリアが一向に制服を脱ごうとしないのを見て、レイナは諦めたように洞窟を出た。
ぼちぼち自由行動にも終わりが近づいてきていたので、指定の集合場所へ向かう。
集合場所である噴水の前に着くと、クラスだけでなく学年全員が揃っているのが見えた。
レイナはアレク達の元へ行ったので彼女とはここで別れた。
「おうヴィリア、やっときたか」
アンバーこいつ、釈放されてたのか。
「遅ぇぞ。これからがこの学校行事における本番だってのによ」
「本番?」
下卑た顔を浮かべながらアンバーは言う。
聖地巡礼にそんなものあっただろうか。
大抵祈るだけで終わりではないのか。
「探したわよヴィリア。それより早くそこの黄色いのから離れなさい。病気になるわ」
「バイ菌扱いすんな!」
そんな会話をしている間に学年全員の集合が確認できたらしく、どこかへ向かって歩き出した。
アンバーはいつにも増して卑猥な顔をしながらウキウキで歩いている。
そして辿り着いた場所、そこは……
「川?」
「聖泉だ」
アンバーは予習でもしてきたのか、ドヤ顔で語り出す。
「聖女の涙と呼ばれているこの泉に身を浸すことで魂が浄化すると言われてる。これから俺たちがやるのは沐浴だ。要するに……」
……なるほど、制服の下には濡れても構わないものを着用するよう言われていたのはこのためだったか。
「水着回だ!!!!」
……嘘だろ。