アリーナの地へ再びやってきた。
クレーターは残ったままである。
観客の鋭い視線がヴィリアに突き刺さる。
悪役を見るかのような目……今ヴィリアの目の前にいるシグレに勝利してほしいという観客の思いが空気感から伝わってくる。
しかしそんなことはヴィリアにはどうでもよかった。
ヴィリアにとっては新しい相手と己の武を試すことができればそれで十分なのだ。
しかし、次の相手は刀か。厄介だな。
「この世界で剣ではなくあえて刀を持つなんて、東洋出身か?」
東洋の国では刀を扱う文化があると聞いたことがある。
今世で刀を見るのは初めてだな。
「男と馴れ合う気はないわ。話しかけないで」
「……」
この女、なんとなく察していたが、やはり男嫌いらしい。
いつも男を汚物でも見るかのような目で見ている。
「ひと試合、よろしく頼む」
頭を下げるヴィリアだがシグレは見下ろすだけである。
――ブー
試合開始のブザーが鳴るが双方動きはない。
「来ないなら仕掛けさせてもらう」
先に動いたのはヴィリア。
素早い身のこなしでシグレに迫るが間合いに入ろうとすると容赦ない斬撃が振り下ろされる。
それを避ければ距離を取られ、また間合いを詰めれば刀がヴィリアを襲う。
そんな繰り返しが続いた。
何度も攻撃を仕掛けるヴィリアだが、一度も攻撃できていない。
間合いに入れさせない立ち回り……シグレの刀が拳を出させないのだ。
「逃げてばかりだな。怖いのか?」
「……」
挑発には乗ってこないか。
だがこのままでは埒が明かない。
「なぁ、なんで男が嫌いなんだ?」
「……汚らわしい
「なんでそう思うんだ?」
「事実だから」
話が通じない。
「そんなゴミに怯んでばかりでいいのか?」
シグレの額に青筋が浮かんだ。
効果あったらしい。
「男を否定したいならまず俺の首を斬り落としてみろ」
「……」
イラつかせることはできたようだが挑発には乗ってこない。
仕方ない、仕掛けるしかないらしい。
再びヴィリアはシグレの間合いへ迫る。
先程よりも殺意の籠った刃がヴィリアを襲う。
それをヴィリアは手の甲で弾いた。
「!?」
切れ味に特化している刀が弾かれたことはシグレに一瞬の動揺を与えた。
その隙をヴィリアは見逃すことなく腹部へ拳を見舞う。
「ぐ」
後ろに飛ぶことで上手く衝撃を流したらしい。
「この手袋、刃を通さないようにできていてな。正当な一対一の勝負、できれば身一つで戦いたいから使いたくなかったが」
ヴィリアの両手には、黒光りする長手袋が着けられていた。
「……とこが……」
「ん?」
シグレは俯きながらなにやら呟いている。
「男が……私に触れるなアアア!!」
鬼の形相でヴィリアに襲いかかるシグレ。
先程までの堅固な戦い方が見る影もない。
降りかかる剣筋の数々をヴィリアは避けるか弾くかして受け流している。
一振りごとに凄まじい殺気を感じる。
「斬り刻んでやる……!――狂い咲き!!」
無数の刃が縦横無尽にヴィリアを襲う。
なんとか捌ききったヴィリアだが、制服のあちこちは裂けてしまっていた。
「素晴らしい技だ……だが」
胴ががら空きとなったシグレへ拳を振るう。
「間合い管理が疎かだ」
そのまま直撃するかと思われたヴィリアの拳……しかし。
――スルッ……
「!?」
ヴィリアは隙だらけのシグレを前に後ずさった。
繰り出していた拳の右腕は自身の胸を覆うように置いている。
誰もが胸に傷を負ったのだろうかと思ったに違いない。
そのままヴィリアはこう口にした。
「降参する」
シグレも観客も理解が追いつかないまま、ヴィリアは足早にその場を去るのだった。
まずいことが起きた。
ヴィリアは焦った様子で保健室へ向かっていた。
保健室に求めるのは胸に負った傷の治療……などではない。
ようやく保健室まで辿り着き中へ入ると運良く今は保険医がいないようで安堵する。
そしてあるものを探す。
「どこだ……あった……!」
目当てのもの……それはさらし。
しぐれとの戦闘により気づけば服だけでなくさらしまでボロボロになっており、解けかけていたのだ。
支えていた右腕を下ろすと、案の定使い物にならなくなったさらしがスルスルと解けていった。
「うぅ……」
「!」
誰もいないと思っていた保健室に何者かの声が聞こえ、驚きで肩が跳ねる。
声の主は、カーテン越しの向こうにいるようだ。
いや、これは……
「ぅあ……あ……ッぐ……」
カーテンを開いて見ると、やはりそこにはベッドに横たわって魘されているネネがいた。
身体中が包帯で包まれている。
「……」
同情も引け目も、特に感じていなかった。
かつての自分もこのような艱難辛苦を噛み締めながら武を極めていたのだから。
武人にとって痛みは成長の軌跡となる。
あの試合で、武人としてネネに敬意を抱いたからこそ拳を振るったのだ。
『……祝福を――』
ネネの身体が光に包まれた。
苦しそうな顔もすぐに安らかな表情になり、魘されることはなくなった。
ネネが更に成長したとき、再び拳を重ねたい。
その思いでヴィリアはネネに聖女の力を使うのだった。
ただ完全に直したわけではない。
力を使ったのは複雑な折れ方をした箇所など問題がある部分だけで、治りが早くなるようにしただけだ。
「起きる気配はないな」
ネネの眠りが深いことを確認し、さらしを取り替えようと裂け目だらけの服を脱ぐと、ヴィリアの秘めた爆弾が顔を出した。
「――そういうことだったのね」
聞こえるはずのない声に身体が固まる。
声のした方向へ目をやると、扉の前に立つ女……シグレ=クロウゴードがそこにはいた。
「……な、ぜここに」
「私がこの世で最も嫌いなものは男。その次が手加減されることなの」
言いながら、シグレはうすら笑みを浮かべて近づいてくる。
「さっきの試合であなたは明らかに本気を出していなかった。試合半ばで投げ出したあなたにどういうことか問いただそうと思ってたんだけど……」
シグレは鼻先が触れそうなくらいに顔を近づけ、ヴィリアの首を妖しく撫でる。
「こういうことだったのね」
シグレの指は肌を滑り、ヴィリアの胸まで落ちる。
「ぁッ」
シグレがその柔肌に指を沈ませると、ヴィリアは自分のものとは思えない声が口から漏れた。
「な、なにして――」
「――私ね、男は消えればいいと思っているけれど」
ヴィリアはベッドに押し倒され、シグレに覆いかぶさられる形となった。
「あなたみたいな強く美しい女の子は大好きなの」
「俺は男だ。それに取っ組み合いじゃ勝ち目はないぞ」
「何を言ってるの?こんなものぶら下げておいて」
「ひあっ!」
ヴィリアの胸を揉みしだくシグレ。
変な声をあげてしまった自分に驚くと同時に、恥ずかしさで頭が異常に熱くなっていく。
「可愛い声出すじゃない。これのどこが男なのかしら」
「調子に乗る……ぅンッ」
ヴィリアの嬌声を聞いてシグレの顔も紅潮している。
本来なら組み倒せるはずが、未知の感覚によりされるがままのヴィリア。
「この印……聖女よね。驚いた。国が躍起になって探してる聖女様があなただったなんて」
ヴィリアのうなじに手をやりながらシグレは愛おしそうに眺める。
「どういう事情で隠しているのか知らないけど……いいわ、手伝ってあげる。だってあなたはもう、私だけの聖女だもの」
一対一の取っ組み合いで、初めて恐怖するヴィリアであった。
今日は休日。
ヴィリアは頭を抱えていた。
昨日の試合……普段人を相手に戦うことは滅多にないので非常に有意義な時間を過ごすことができた。
高揚の余り気が抜けていたのかもしれない。
見られてしまったのだ……この身体が。
それも悪魔のような女に。
昨日のベッド上のことを思い出すだけで身の毛がよだつ。
そして、なぜ今この部屋にそんな悪魔がいるのか。
「ヴィリア、十分経ったわよ?早く出てきて」
どうして……どうしてこうなった。
昨日のシグレとの戦闘で、ヴィリアの制服はとても着れる代物ではなくなっていた。
お詫びをさせてくれと言うシグレに従ってみれば……
「開けるわよ?いいわね?」
「いや、ちょ――」
問答無用で洗面所のドアを開けるシグレ。
そしてシグレの目に映ったのは……
「見、見るなァッ!」
女子制服を身に纏ったヴィリアの姿だった。
スカートから伸びる生足は肉感的でいてスラリとしており、陶磁器のような肌が輝いている。
なにより爆発的大きさを誇る胸の存在感が凄まじい。
出来る限り身体を隠そうと身をよじるヴィリアの顔は茹で上がったように紅くなっている。
「お、おい、スカート丈がこんなに短い必要はあるのか?」
「……」
シグレに応答はない。
ただ呆然とヴィリアを眺めている。
――ツー……
突如鼻血を流すシグレ。
「ヴィリアあなた、私を誘ってるのかしら」
「誘ってない!」
鼻血を拭き、恍惚とした表情でシグレが近づいてくるとヴィリアは後ずさった。
「あぁ……なんて愛しいの……汚らわしい男の格好なんかやめていつもこの姿でいればいいのに」
「絶対に嫌だ」
ヴィリアの顔を愛でるように触れるシグレ。
初めの棘らしい態度はどこへやら。
キャラ崩壊が著しいな……
「それじゃあ行きましょうか」
「いや、待て、やっぱりこの姿で外を出歩くのは……」
「へぇ、ヴィリアは約束も守れない
「……撤回だ」
ヴィリアはただ黙って従っているのではない。
シグレとの戦いで、正当な理由なしに試合を放棄したのは事実だ。
武人として、許されることではない。
そんなヴィリアの中の掟をシグレに利用されているのだった。
早々にして男装がバレてしまいました。