それは、町を抜け山間へ続く階段を下って行った先にあった。
巨大な岩壁に囲まれた窪地。
澄んだエメラルドグリーンの水を堪える泉が静かに広がっている。
差し込んだ陽光を受けて淡い光を纏い、僅かな風に揺られる度水面に細かな光が散っていく。
「中々美しいの。嫌いじゃないぞ」
生徒達はすぐに水着に着替え、楽しそうに泉へ入っていった。
水を飛ばし合うなどして遊んでいる。
沐浴というより、川遊びにしか見えないが……
「おぉ……こりゃ眼福だぜ……にしても、やっぱうちのクラスレベル高ぇわ」
水着姿となった女生徒らを見てアンバーは鼻の下を伸ばしている。
一気に華やかとなった景色。
中でも目を引くのがうちのクラスの生徒だった。
ネネ=ストロベリーの着ている水着……あれはスク水か?
ここを完全にプールかなにかだと思っているのかバタ足による水しぶきがとんでもない。
レイナ=セルフォードは髪色に似合う紺青のビキニを着用している。
胸は控えめだが、しなやかに伸びる手足がスタイルの良さを示しており男子生徒らは密かに湧いていた。
「おぉ……!!育ちがいいのは家柄だけじゃないみたいだな!」
アンバーの汚らわしい視線の餌食になっているのはキルシェ=コールドレイン。
黄色い水玉模様の水着に包まれた身体は、同年代の女子達に比べて一歩先を行っている。
「ほんで目玉のカルミアさんは……ん?」
男子生徒からの人気が軒並み高いカルミア=ローデルシアといえば……水着に着替えることなく、制服のまま座り込んでいた。
「私カナヅチなんです……」
「大丈夫大丈夫!浅瀬のとこがほとんどだよ!!」
縮こまるカルミアを説得するネネだが頑なにカルミアは入水しようとはしなかった。
「一番の期待の星が……残念だがまぁ、この絶景だけでも十分だ。そうそう、忘れないうちに……」
アンバーはなにやら自身の鞄の中を弄り出した。
「俺はこの日のために有り金はたいてカメラ型魔道具を買ったのさ。確かここらへんに……」
鞄の中がぐちゃぐちゃになるまで探しているが、一向に見つからない様子。
「それなら泉に捨てといたわよ」
「なにしてんの?」
シグレの言葉でさっきまで心底楽しそうだったアレクの顔が真顔になった。
泉へ飛び込み、クロールで取り戻しに向かっている。
「これで邪魔はいなくなったわね」
「先に言っておくが、入らないぞ」
シグレの笑顔が妙に恐ろしい。
「それに、生憎水着は持ってきていない」
「安心して。そう言うと思って」
じゃーん、とでもいうようにシグレは二枚の布切れを掲げた。
「ヴィリアの分、持ってきておいたわよ」
「……」
上下純白で統一され、テカテカした布でできており光沢がある水着だった。
……これを着ろと?
「……着ないからな?」
「いいえ、着るわ」
「着ない」
「着るわ」
「着ない」
「……そう、わかったわ」
……思いのほかすぐ引き下がったな。
シグレはあからさまに悲しそうな顔をしている。
いや待て……これは引き下がってなどいない。
「この水着、結構したのよね。このままじゃ私、ショックで口滑らせちゃうかもしれないわ……そうね、レイナとかに」
こいつ、今レイナに疑念を持たれているのを分かってて……やはり男装がバレた相手がこいつだったことに後悔が絶えない。
それを人質に脅されては抗う術がなかった。
「あら」
乱暴に水着を受け取り、岩陰へ向かった。
陰に隠れ、改めて水着を見る。
布面積が余りに小さくないか……?下着となんの違いが……だがレイナに男装がバレるよりは……
激しい葛藤の末、どうにでもなれという気持ちで着替え始めた。
「ヴィリアー?もういいかしら」
「ちょ、ちょっと待て!!」
だめだ。
これはだめだ。
やはり布が小さすぎる……!!
「ほほう……やはり妾の眷属は美しいのぅ」
特に小さいサイズのわけでもない一般的なビキニだが、ヴィリアの胸を隠すには小さすぎた。
窮屈そうに圧迫された胸と臀部には紐が食い込んでいる。
光沢を感じさせる布がその危ないまでの色香をより一層のものにしていた。
頭が……沸騰しそうだ……やはりこれで表に出るなど無理だ。
制服姿に戻ろう……
「そもそも同性なんだから問題ないでしょうに……」
「ちょ……ッ!」
岩の裏で待機してもらっていたシグレがこっちにやってきた。
できるだけ腕で身体を隠すが、こちらを見た瞬間シグレの動きがピタリと止まる。
「……シグレ?」
「……」
暫くした後、シグレの鼻から致死量の鼻血が噴出し、大量出血によるものか白目を剥いて倒れた。
「こわ……」
意識を失いながらも、心から幸せそうな顔をしている。
カーネが白目を剥くシグレの頬をつんつんと突つくが起きる様子はない。
そうだ、今のうちに制服に着替えよう。
こんな姿で誰が人前に出れるものか。
「血……?どなたか怪我でもしましたのでしょうか」
この声は……カルミア?
まずい、こっちに来る……!!
「シグレさん!?大丈夫ですか!?」
倒れたシグレを発見するとカルミアは急いで回復魔法を施し始めた。
ただ、当然カルミアから逃げれば岩陰から姿を出さなければならないわけで……
「お、おいあの子誰だよ」
「見たことねぇ……あんな子すぐ噂になるだろうに」
「どこのクラスだ?にしても……」
「あぁ……」
——でけぇ……
心の声が漏れ聞こえてくるようだった。
無数の男子生徒からの目線が身体に突き刺さってくる。
今までにない辱めだ……逃げ出したい……身を隠せられる場所は……
羞恥心で頭が上手く回らない中、身体を隠すべく向かった場所。
そこは……水の中だった。
ざぶん、と音を立てて飛び込むと、ひんやりとした冷たさが身体中を支配する。
自身の身体を見下ろすと、やはり水が首から下を隠してくれていた。
これなら一先ず安心……待て、出るときはどうする?
見切り発車で飛び込んだので後のことを考えていなかった。
「リア?」
絶望していると、前から声が聞こえた。
顔を上げると、そこにはアレクの顔が。
上裸となった身体は引き締まっており、右肩に刻まれた勇者の印が淡く存在感を示している。
「えっと……久しぶり、ですね?」
確かこんな口調だっただろうか。
「林間合宿以来か?元気そうで——うぁッ!」
早々こいつの悪癖が発動したらしい。
脚を滑らせ、こちらに倒れ込んでくる。
だがもうその手は食わん!
後ろに下がることで回避し、アレクは水しぶきを上げて水中に消えた。
そう何度も同じ手が通ずるとは思わないことだ。
もう見切った。
「……ん?」
なんだ、股がやけにスースーする。
締め付けの感覚がなく、妙な開放感に包まれていた。
「……!!!!」
理解した瞬間、羞恥と憤りが頭を極限まで熱くさせていく。
「うあー……めちゃくちゃ鼻に水入っちまった……ん?なにこれ」
純白のパンツを頭に被ったアレクが水面から顔を出した。
どうしたらそうなる?
「これって——がッ」
手に取り、まじまじと観察する前にアレクの顎には拳がめり込んでいた。
陽光を反射する煌びやかな水しぶきと共に空を舞うその姿は、まるでトビウオのように、美しい軌跡を辿るのだった。
聖地ピレ・ネリアに唯一存在する神殿、ドルミーレ大聖堂。
沐浴を終え、次にやって来たのがここだった。
連なる白亜の柱には一本一本に細かな彫刻が施され、壁際には燭台が等間隔に並び、蒼白い炎が静かに揺れている。
余りに荘厳で神聖な空気に、談笑の絶えなかった生徒達でさえ息を飲んで見学していた。
白い石床の中央に敷かれた紅い絨毯。
それを辿って行った最奥には一段と威厳を感じさせる祭壇が。
祭壇の背後にあるあれは……壁画だろうか。
剣を掲げた剣士——恐らく初代勇者——と、その足元に横たわる巨大な黒龍が描かれている。
その姿は勇ましく、見る者に英雄の偉業を思い起こさせるには十分だった。
そしてその壁画の下……そこに置かれているのは一つの聖櫃。
あれが——初代勇者の眠る場所。
ルド=アタール。
この世に生まれた者は皆、一度はここに訪れ、彼に祈りを捧げる。
それが聖地巡礼において最も重要な儀式なのだという。
過去には祈りを終えた者が「勇者様に会った」と語った例もあるらしい。
もっとも、実際に勇者の姿を見たのか、夢でも見たのか、その真偽は不明だ。
そしてこれが、なぜか最大五名までしか同時に祈ることができない。
タイパ的に全員で一気に祈った方がいい気がするんだが、洗礼を受けるには少人数ずつでなければならないらしい。
というわけで、今はアレク、カルミア、レイナ、キルシェ、ネネが祭壇の前で祈りを捧げている。
五人共目を閉じたまま微動だにしていない。
……随分と心の籠った祈りだ。
「ふむ。これは妾の術と似通ったカラクリを感じるの」
五人を眺めながらカーネは顎に手を当てている。
「妾の橋渡し役は『夢』じゃが、ここの場合『祈り』というわけか」
なにやら納得している様子のカーネだが何を言っているのかよくわからない。
「うむ、それよりヴィリア」
「なんだ」
「今祈っておる此奴ら、このままじゃと未来永劫目を覚まさぬぞ」
「……は?」