TS聖女は男装がバレたくない!   作:門邪

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邂逅

 聖都エストレヤ……この国、ホーウェルスベインで最も栄えた都市である。

 宗教色の強いこの国には多くの教会が建ち並び、商いで人々が賑わっている。

 そんな街で、ヴィリアとシグレはショッピングに出かけていた。

 

「これとこれ、どっちがいいかしら」

 

 二着の服を両手に掲げながら、シグレはルンルンで聞いてくる。

 

「どっちでもいい……」

 

 結局その服を着るのはヴィリアなのだ。

 どっちも着たくないのに変わりは無い。

 

「そう、じゃあ両方とも着ましょう」

「……」

 

 上等な衣類品が揃う店で、ヴィリアは着せ替え人形にされていた。

 シグレがセレクトした服を延々と試着させられる。

 それは終わることのない地獄だった。

 露出が多かったり扇情的なデザインであったり、とても着れたものじゃないような衣服をいくつも着せられていく度、ヴィリアはなにか自分の中の尊厳が失われていくようなものを感じているのだった。

 ついに耐えられなくなったヴィリアは、こっそりと店から抜け出していた。

 ベンチに腰を下ろし、街の風景を眺める。

 家族であろう人達に、駆け回る子供達。

 平和そのものだ。

 危険のありふれたこの世界でこうして子供達が平和に暮らせているのは、使徒の存在故。

 力ある者は力なき者を護る責任があるというのは、どの世界でも当たり前の理らしい。

 しかし、いつもなら鍛錬に捧げているはずのこの時間……なぜこんなことを……

 

「「はぁ……」」

 

 ため息が重なった。

 横を見てみると、ベンチに座るもう一人の男と目が合う。

 

「あ」

 

 男は、アレク=ウルスラグナ……奴だった。

 

「その制服、聖アストラ学園の生徒かな」

 

 なにを言っているんだこいつはと首を傾げてから思い出した。

 今の自分は男姿ではないことに。

 アレクはヴィリアだと気づいていないようである。

 

「そう……です」

 

 いつもと口調を変えてみる。

 ヴィリアはバレないよう、別人を演じることにした。

 

「俺もだ!ここで何をしてるんだ?」

「あー、友達と買い物に出かけてまして」

「買い物か。俺も仲間に付き合わされてるんだが、これが鍛錬よりも疲れる気がする」

 

 ヴィリアはうんうんと頷く。

 

「俺はアレク。君は?」

「……リア、です」

 

 ヴィリアからヴィを取っただけの安直な偽名。

 咄嗟に出たのがこの名前だった。

 

「……リアは、驚かないんだね」

「え?」

「俺の名前を聞くとみんな目の色を変えるから」

 

 アレクはどこか寂しそうな顔をする。

 

「勇者だから?」

「そう。多くの人は俺が勇者だと知るとこの肩書きばかり見て、俺のことを見なくなる。まあ最近は仲間に恵まれて、悩むことはなくなったけどね」

 

 アレクは悲しそうな笑顔を浮かべた。

 ヴィリアは、少し共感していた。

 武人も、血の滲む努力の末磨き上げた拳で名が知れ渡っても、人はその拳の道程をあまり見ようとはしない。

 ただ強者として君臨するのだ。

 

「例えば、人々が崇め称える無類の使徒がいるとして、どれだけ多くの人が憧憬の念を抱いていようと、お……私はその人を使()()として尊敬することはない」

「?」

 

 人が変わったように話し始めるヴィリアにアレクは少し困惑した顔でこちらを見る。

 

「ただ、人々の平和の象徴たる使徒として名を馳せるまでに重ねてきたであろう弛まぬ努力に、私は深く敬意を示す。アレクも、その勇者という肩書きに負けないくらい、自分を磨き続けてきたはずだ……と思います」

「っ!……ありがとう」

 

 授業で何度かアレクの戦闘を見ているが、その剣筋は恵まれた聖印にかまけたような代物では決してなく、幾度となく練り直してきた跡が見られた。

 

「そうだ、リアのクラスはどこだ?学園でも話がした……」

「?」

 

 ヴィリアに向けていた目線を急に別方向へやるアレク。

 目線の先を見てみると、街を手を繋いで歩く少女と男がいた。

 恐らくは家族だろう。

 何の変哲もない市民のように思える。

 しかし。

 

「あの女の子……ハンドサインをしていた。助けを求めてる」

「!」

 

 少女と男は路地の闇へ消えていく。

 

「短い間だったけどありがとう。また学園で話そう」

「私も、ここで見ないふりをするようじゃ学園の生徒を名乗れない」

 

 そうして二人で少女と男を追うのだった。

 

 

 

 

 

「なんだ……ここは……」

 

 後を追って辿り着いた場所は、聖都エストレヤの地下。

 地上の平和な光景からは想像もつかないような惨状がそこには広がっていた。

 拘束具で身動きがとれない少女達は皆虚ろな目をしている。

 助けを求めていた少女もその中にいた。

 

「罪のない子供達にこんな……」

 

 アレクは怒りに身を震わせる。

 

「今助け――むぐっ」

 

 影から出ようとするアレクを抑え込む。

 

「今助けたところで枷が増えるだけ。まずは主犯を捕らえるべき」

「あぁ……その通りだな」

 

 今見当たるのは見張り役であろう男の二人のみ。

 蹴散らすことは簡単だが、仲間を呼ばれれば面倒だ。

 

「にしても、別嬪ばっかだよな。こちとら退屈な仕事任されて疲れてんだ。少しはいい思いしてもいいよなあ」

「おいやめとけ、頭にバレたら首が飛ぶぞ」

「バレねえよ。ちょっと味見するだけ……」

 

 そうして少女に汚い手を伸ばす見張り役の男の腕は、肘から先がなくなっていた。

 

「え?」

「その手で子供達に触れるな」

 

 言ったそばから……

 我慢ならなくなったアレクは男に剣を振り抜いているのだった。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

「誰だ!?おい、侵入者だ!直ちに――」

 

 トランシーバーで応援を要請する男の腹にも剣を突き刺す。

 

「怖かっただろう。今助けるからね」

 

 捕らえられた少女達はぽかんとした顔でアレクを見る。

 

「それは後だ!子供達を庇いながらの戦闘は難しい。場所を移すぞ!」

「……あぁ!」

 

 急を要する事態だ。

 口調に意識を向ける余裕はなかった。

 アレクは子供達に名残惜しそうな顔を向け、ヴィリアと共に廊下へ出た。

 

「おいおい、ガキじゃねえか」

 

 思ったよりも大規模な組織らしい。

 開けた場所に移動すると、大量の悪党が蛆のように湧いて出てきた。

 四方八方から襲いかかってくるが、アレクはその尽くを捩じ伏せる。

 ヴィリアが出る幕もなく次々に骸の山が積み上がっていった。

 やはりとてつもない膂力だ。

 素の身体能力では到底敵わないだろう。

 敵との戦闘中にも関わらずアレクとの力量差を計算するヴィリアだった。

 ここまでやってきたのは単なる正義感からだけではなく、アレクの力を間近で見たい思いがあったのだ。

 

「リア、無事か……ッ!」

 

 全ての敵を葬り、振り返るアレクの目の先……そこには剣を首に突きつけられたヴィリアの姿が。

 

「動くなよ小僧」

 

 家族になりすまし少女を連れていた男だった。

 髪をオールバックにし眼鏡をかけている。

 

「あの方への大事な貢ぎ物に手を出すなど断じて許せはしないが、少し気が変わった」

 

 人質であるヴィリアに目を落とす。

 

「こいつを置いていけば私の寛大な心で許してやる。この女ならあのお方も満足するに違いない」

「逆に言わせてもらう。今すぐリアから手を離せば命だけは許してやる。リア、今助け――」

「――ゴハァッ」

 

 アレクも男も予想していなかったことが起きる。

 ヴィリアは眼鏡男に後ろ蹴りを繰り出し、人質という身分から自力で脱出した。

 

「リア、戦闘できたんだね……」

 

 腹を押さえて痛みに耐える眼鏡男……その首元には紋様があった。

 

「!その紋様……騎士の聖印か?その力をこんなものに使っていたというのか……!!」

 

 アレクの顔は一層怒りに染まった。

 

「こんなものだと?解せないな。私は決めた。そこの女をあの方に捧げ、私は更なる寵愛を受けるのだ」

 

――天稟『堕剣』

 

「!?」

 

 すると眼鏡男の剣は禍々しい力を帯びていった。

 

「聖印だけでなく天稟まで……!?」

「君は邪魔だ」

 

 アレクへ横薙ぎの剣が迫る。

 間一髪で防御できたようだが、あのアレクが勢いよく吹き飛ばされた。

 

「さて、あまり傷をつけたくはないから大人しくしてもらえると助かるんだが」

「生憎、その気は無い」

 

 眼鏡男にヴィリアの拳が降り注ぐ。

 悪党は好きだ。

 なぜなら遠慮なく、()()()で拳を振り下ろせるから。

 それにこの悪党は思ったより骨があるらしい。

 

『――堕ちよ』

 

 男の剣から邪悪なオーラが解き放たれ、ヴィリアは一度距離を取った。

 オーラはそのままヴィリアを追い、実態のないそれは避けようもなくヴィリアに降りかかる。

 

「……!」

 

 負のオーラを浴びたヴィリアの身体から力が抜けていった。

 立つ気力さえ削ぎ落とされ、地面に膝をつく。

 

「安心しろ、傷つけるつもりはない。――眠れ」

 

 振り下ろされる刃がヴィリアを襲う。

 しかしその刃は弾かれた。

 アレクだ。

 

「大丈夫か、リア!」

「あぁ」

 

 差し伸べられたアレクの手を取り立ち上がる。

 聖女の能力を自身に使うことでヴィリアは回復していた。

 この能力を使わされるとは、不覚だ。

 

「リア、少し離れていてくれるか?」

「……わかった」

 

 本気を出す気になったらしい。

 言われた通りヴィリアはアレクから距離を取る。

 

――天稟……『超越』

 

 アレクの空気が変わった。

 素晴らしい。

 気迫だけでこちらまで汗が流れる。

 

「この力……まさか勇者だったのか?これは誤算だな……流石に分が悪い」

 

 眼鏡男の身体は闇に包まれていく。

 逃げるつもりらしい。

 

「逃がさないぞ」

 

 いつ剣を振ったのか、眼鏡男の首と胴体は泣き別れしていた。

 

「……ぇぁ?」

 

 男の雁首が情けない断末魔を一つあげると、目の焦点が合わなくなった。

 ……見えなかった。

 究極の一閃だ。

 

「リア、恐らくこいつが組織の頭だろう。子供達を連れて――」

 

 アレクの頬にヴィリアの儚くも美しい手が触れる。

 するとアレクの身体は温かい光に包まれ、傷痕が完治していった。

 攻撃を庇ってもらった礼だ。

 いいものも見せてもらったしな。

 

「……」

 

 治癒が終わり、ヴィリアが手を離した後もアレクは呆然としていた。

 ただ心ここに在らずという顔でこちらを見つめている。

 心做しか頬が紅いような……

 

「さ、子供達の元へ」

「……あ、あぁ!」

 

 

 

 

 

 その後、この一件の後始末を騎士団に任せた。

 

「なにか忘れているような……あ」

 

 デートを放り出したとして、シグレから骨の髄までお灸を据えられるヴィリアなのだった。




どんなお灸を据えられたんでしょうか……
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