寮のベッドは寝心地がいい。
目が覚めた頃には、すっきり疲れが取れて気持ちいい朝を迎えることができる。
いつもなら。
この身体の感触……裸で寝ていたようだ。
嫌な予感がし、恐る恐る横に顔を倒してみると、やはりそこにはいた。
シグレ=クロウゴードという悪魔が。
布団を被っているが、こいつも恐らく全裸だ。
思い出してきた……昨日、デートを放り出した罰としてヴィリアは寮に着くとベッドに押し倒され身ぐるみを剥がされ……
ヴィリアは両腕を抱えて身を震わせた。
幸いシグレはまだ寝ている。
シグレを刺激しないようこっそりと布団から身体を出し、床に足をつき立ち上がろうとしたときだった。
何者かに腕を掴まれる。
「どこへ行くのかしら」
当然シグレである。
詰みを察したヴィリアは再び布団の中へ引っ張られるのだった。
5歳のときだった。
この身体に勇者の聖印が刻まれたのは。
聖印があるというだけでも恵まれているのに、それも人類史に残るほどの聖印。
選ばれたのだという優越感でいっぱいになったがそれは最初の頃だけ。
勇者という立場に降りかかる重圧は計り知れなかった。
その名の通り、誰よりも勇敢でなければ許されない。
正直アレクは押しつぶされそうだった。
だから周囲の期待に応えられるよう身を粉にして努力した。
毎日が鍛錬の日々で、人々を脅かす魔物が現れれば鍛え上げた力をもって退治する。
聞き飽きるほどに聞いた言葉は、「流石勇者様」。
賛美の声は気分のいいものだ。
しかしなぜだろうか、心のどこかで腑に落ちていなかった。
その正体が、あの日出会った女の子、リアのおかげで明らかになった気がする。
誰もが彼のことを勇者として称えるのみで、
不満の訳はそれだけだと思っていた。
だが違った。
彼は認められたかったのだ。
勇者の名に恥じぬよう突き走ってきたアレク=ウルスラグナの流してきた汗の数々を。
それを彼女……リアは、真っ直ぐこの目を見て認めてくれた。
それだけで彼は、今までの全てが報われた気がしたのだ。
あの日の彼女の掌の温もりを、未だにこの頬に思い出す。
そこへ自分の手を置き、あの瞬間の余韻に浸る。
あぁ……また会いたい。
リアに、また会いたい。
「……レク……」
会えない時間に比例して、思いは高まっていくばかり。
何度も彼女を探したが、この学園で彼女の姿を見ることは一切ないのだった。
「アレク!」
「!!なんだ?」
驚いて顔を上げると、心配そうにこちらを見るレイナがいた。
レイナはアレクの幼馴染だ。
剣術において右に出る者がいない彼女にアレクは幼い頃から稽古をつけてもらっている。
今だって、学園終わりにいつもの日課である指南を頂いているところだ。
「アレク、大丈夫?最近ボーッとしてることが多いけど」
「え?あぁごめん、集中しなきゃなのに」
レイナは心配そうに聞いてくる。
「今日はこの辺で終わりにしましょう」
「なんか、悪いな」
「悩み事があるなら聞くけど」
「いや、大丈夫だ」
辺りはもう暗くなっていた。
レイナと寮へ足を進める。
心配してくれているレイナに、まさか一人の女の子のことを考えてボーッとしていましただなんて言える訳がない。
レイナにリアのことを紹介したらどうするだろうか。
二人とも芯がありそうだし、仲良くなりそうな気もする。
そうだ、レイナの他にもキルシェやカルミア、ネネのみんなにもリアのことを紹介して、仲良くなってもらうのはどうだろう。
リアも戦えるようだったし、戦闘のときには力にもなってくれるに違いない。
――むにゅ
「ン……」
「むにゅ?」
再びリアのことで想像を膨らませていると、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
「……」
ヴィリアだった。
こいつも鍛錬をしていたのだろうか、髪は汗で滴っている。
ふと気づけばアレクの手はヴィリアの胸に置かれていた。
顔のよく見えない男だが、見る見るうちに顔が紅く染まっていっているのがわかる。
「あ、すま――グァッハッ」
殺意の籠った回し蹴りが顎に直撃し身体が浮いた。
「アレク!」
地面に倒れ込むとレイナが駆け寄ってくる。
ぶつかったのは悪かったけど、そこまで怒らなくても……
異様に柔らかく、掌に覚えた違和感はその衝撃と共に吹き飛んだのだった。
あの日の保健室での件以降、シグレは四六時中付き纏ってくるようになった。
食堂ではヴィリアの口へ食べ物を運んできたり、歩くときには腕に絡みついてきたり。
最初にそれを見たときのアンバーの顔と言えば顎関節がぶっ壊れたんじゃないかというくらい大口を開けて絶句していた。
まぁ少し鬱陶しいが、女として迫ってくるときに比べれば幾分マシだ。
だが、これだけは……これだけはやめてくれ……
「いいじゃない。せっかく新しく買ったのよ?」
「断固断る」
ヴィリアはシグレに連れられ女子更衣室へ来ていた。
こいつは幾度となく女子制服を着せようとしてくるのだ。
「ほらこれだって高かったんだし」
シグレの手にはレースがあしらわれたヒラヒラの下着が。
上下純白で統一されており、それにこれ……紐パンじゃないか。
「露出が嫌いなヴィリアのために、こんなのも買ったのよ?」
そして次は透け透けのタイツ。
露出しているよりもよっぽど妖しさが増しそうである。
「新しく制服が届いた今、そんなものを着る理由はどこにもない」
「そう……私がヴィリアを思って散々使ったお金も無駄になるのね……」
「頼んだ覚えはない。情に訴えようとしても無駄だぞ」
「ちょっ……!」
外へ出ようとドアへ向かう。
残念ながらこれからの人生でもうその制服を着るつもりはない。
そうしてドアノブに手をかけたとき、こちらに向かう足音が聞こえてきた。
今は放課後。
聞こえる声色からして、恐らく水泳部の女子達。
「このままだと女子更衣室に忍び込んだ男として更に悪評が広まるわねぇ」
シグレは悪どい顔をして言う。
足音はどんどん近づいてきている。
まずい、隠れる場所はない。
逃げ道は……
「それでさぁ、私の彼氏が……って、先客いたんだ」
入ってきた女子達はシグレとヴィリアを見て少し驚いた顔をする。
それだけである。
ヴィリアは男装を解き、女子制服に身を包んでいた。
こうするしかなかったのだ……
「やっぱり私の見立て通り、よく似合ってるわ」
透け透けのタイツはヴィリアの脚線美をより際立たせ、スカートの少し下まで続くタイツには太ももの肉が程よく乗っている。
「くっ……」
結局着せられてしまった。
悔しさに唇を噛んでいるとぞろぞろと入ってきた水泳部の女子達が談笑をしながら水着に着替えていく。
「あ、ちょっと!」
シグレの制止を振り切ってヴィリアは駆け出していた。
男である自分が見てはならない。
それに、この姿となったヴィリアにシグレはなにをしてくるかわからない。
一刻も早くあの悪魔から距離を取りたいのだった。
「へへ、ここで今頃女子達は裸に……」
廊下に出ると、下卑た顔で更衣室の壁にしがみつくアンバーと目が合った。
だが構っている暇はない。
無視して廊下を駆ける。
このまま寮へ帰りたいところだが、寮は男子寮と女子寮で分かれており、この姿で男子寮に入ることはできない。
水泳部が更衣室から去った後男子制服を回収しなければ。
今はシグレから身を隠せる場所を……
「なッ!?」
曲がり角を曲がろうとしたところ、人影が見えたのだが止まることができず衝突した。
「っつ……あれ、どこに……」
床に倒れて女の子座りをしてしまったヴィリアはぶつかった相手を探すが見当たらない。
「むぐ……ふ……」
「ひんッ!?」
突如股部分に変な刺激を感じビクンッと身体を震わせる。
下を向けば、そこには顔を潰されKOされているアレクが。
KOしているのはヴィリア。
豊満極まりない臀部をもって押し潰していた。
それに気づくと恥ずかしさと怒りが綯い交ぜになって顔が熱くなっていく。
この男は……昨日に引き続き……!!
「どこに顔をうずめている!!」
「グォアァッ」
容赦なく無防備となったアレクの腹にかかと落としを決め、トドメを刺した。
それより隠れる場所……
再び走り出そうとするが、足首を掴まれる。
おいおい、渾身のかかと落としだぞ?頑丈にも程がある。
「待ってくれ!リアだよな!?あ、白……」
下からこちらを見るアレクには当然スカートの中が丸見えなようで。
「懲りないようだなッ!」
「ブヘァッ」
アレクの横っ面に蹴りを入れ、スカートを押さえて距離をとった。
見られた……この淫乱極まりない下着を……
「違うッ!普段はこんなの着けてなくて……じゃなくて!」
アレクはフラフラと立ち上がる。
「やっと会えた……ずっと探してたんだが見当たんなくてさ」
そういえばこの男には一度この姿で会ってリアと名乗ったことを思い出した。
「アレクー!探しましたわよ……って、どうしましたのそんなボロボロで……」
やってきたのはキルシェ。
続いてレイナにカルミアも。
カルミアはヴィリアを見て言う。
「そちらの方は……綺麗な方ですね。どなたで?」
「ちょうどいい、みんな、紹介するよ。この子はリア。この前誘拐された女の子達を助けたとき、協力してくれたんだ」
「へぇ……あの日、私達との買い物を抜け出していたと思えばこんな可愛い子と二人っきりになってましたのね?」
責め立てるキルシェにアレクは困った顔をする。
「まぁいいわ。私、キルシェと申しますわ」
キルシェは近づいてくると、ヴィリアのとある物に目が釘付けになった。
「にしても、デ……カ……」
キルシェは小さい訳ではない自分の胸とヴィリアの胸を見比べる。
「私はカルミアです。よろしくお願いします」
「レイナよ。よろしくね」
アレクは仲良くなれそうなヴィリア達の様子を嬉しそうに眺めている。
時が止まったように笑顔で突っ立っているアレク。
妙に動かないなと思ったら、白目を剥いて倒れた。
「アレク!?」
渾身の二発をまともに食らったのだ。
こうでもなってくれないと困る。
「なにをしてるのかしら」
凍てつくような声に肩が跳ねる。
振り返ると、あの悪魔の女がそこには立っていた。
アレクのラッキースケベが炸裂した回でした。パンツはどんな温もりだったんでしょう。