TS聖女は男装がバレたくない!   作:門邪

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母性

「……!よかった。起きたな」

「……ここは楽園かしら」

 

 ヴィリアの膝を枕に眠っていたシグレが目を覚ました。

 

「この傷、もう数秒だけでも遅れていれば命はなかったぞ」

 

 ダチュラを倒した後、制服を着直し出口を探して階段を登っていると、大聖堂の屋内に繋がった。

 どうやらダチュラと対峙していた場所は聖堂の地下だったらしい。

 そして真っ先に目に入ったのが、鮮血を撒き散らし倒れ伏すシグレの姿。

 余りに傷が深かったので手遅れかもしれないと思ったが、目を覚まして安心した。

 

「よし、これで完治だな」

「……まだよ」

「……完治したぞ」

「ああ!痛い!死んでしまうわ!!」

 

 大根役者もいいところだ。

 わざとらしく痛みに耐える演技を続けるシグレ。

 膝枕をもっと堪能していたいという魂胆が丸見えである。

 聖女の回復能力は、密着している分だけ効果が増す。

 そうでなければ膝枕などしていない。

 目線を上げ、二つの肉塊に目を向ける。

 ゲンヤ=クロウゴードの骸だ。

 それだけで、シグレは自分のために体を張ったのだと簡単に察しがついた。

 それに、ダチュラの術にかかり眠らされる寸前、シグレの声が聞こえていた気もする。

 

「はぁ」

 

 ため息を吐きつつ、もう少しだけシグレの猿芝居に付き合ってやることにした。

 

 

 

 

 

 暗く、闇に包まれた空間。

 月明かりだけが、二つの人影を浮かび上がらせている。

 その輪郭から、一方は片膝をつき頭を垂れており、もう一方は椅子に座しているのが伺えた。

 

「猊下、ダチュラがやられました」

「そんなもの知っている。まさか報告はそれだけではないだろうな」

「もちろんです。問題は彼女を仕留めた者についてでございます」

「……まさか」

「はい。彼女が殺された現場へ向かったところ、僅かに残る魔力からして仕留めたのは()()に違いありません」

「……奴ら、今まで聖女の存在を隠蔽していたか……?計画の前倒しが必要のようだ。しかし、ついに……ついに……ふ、ふふ……」

 

 月夜に不気味な笑い声が響く。

 

「近づいたな、聖戦の時が――」

 

 

 

 

 

「なぁヴィリア」

 

 後ろの席のアンバーからの呼びかけに肩が跳ねる。

 

「な、なんだ」

「……なんか今日のお前、変じゃね?」

 

 今日一日、何事もないように振舞っていたつもりだったが、挙動に出てしまっていたらしい。

 

「なんつーか常にビクビクしてるっつうか」

「気のせいだろ」

 

 仕方ないだろう、今履いているのが女物のパンツなのだから。

 今朝、いつものように支度をしていると気づいてしまったのだ。

 常備してあった男物のパンツが女物のパンツにすげ替えられていることに。

 ノーパンで登校するわけにもいかないので苦渋の決断の末なるべく一番地味な純白のショーツを履いたが、どれだけ時間が経とうが違和感が拭えない。

 この制服に身を包み、男装している間は男だという自覚を持って生きられる。

 だがそこに女物の下着という不純物が混ざることで男としての自分を侵食されているような、得体の知れない感覚がまとわりついて離れないのだ。

 犯人は奴に違いない。

 シグレの席へ目を向けるが、そこは空席となっている。

 あの魔人の一件以来シグレは学園に来るようになったのだが、次は騎士団によるゲンヤ=クロウゴードの身辺調査に付き合わされ忙しそうにしているのだった。

 

「ふぁ〜あ」

 

 相変わらず眠たげなダビッド先生が教室に入ってきた。

 

「あーなんだっけ?」

 

 教壇に立つと耳穴をほじりながらなにか思い出すような顔をする。

 

「あそうだ、近頃ウイルスが流行ってるらしいから、お前らも気をつけろ、とのことだ。ほい解散」

 

 一瞬にしてHRが終わり、生徒達も慣れたように教室を出て帰路に着き始める。

 ヴィリアも速攻教室を出た。

 今すぐにでも寮へ帰りたいところだが、それでは明日以降もこのような下着を履く羽目になる。

 まずは男物の下着を買いに行かなければ。

 そうして街を歩くが、いつものような活気を感じない。

 明らかに街を歩く人がいつもよりも少ない気がする。

 これも先生の言っていたウイルスの影響だろうか。

 そんなこんなで男物の下着を取り扱う衣類店へついた。が……

 

「……」

 

 閉まっている。

 他だ。

 

「……」

 

 またしても閉まっている。

 他だ。

 

「…………」

 

 ……なぜどこも営業していないのだ。

 街を歩き回り何十店と店を渡り歩いたがどれも閉まっていた。

 恐らくは店の人間が病にかかったとかなのだろう。

 反対に、女性物のランジェリーショップは問題なく営業しているらしい。

 

「……帰るか」

 

 諦めて帰ることにした。

 帰り道の途中、ふととある看板が目に入る。

 洒落た文字で『ル・シャンデリラ』と書かれている。

 あそこは確か、女子の間で話題のスイーツ店。

 普段はとてつもない行列が出来上がっているらしいが、今並んでいる人はいないようだ。

 行くなら今が好機……

 

「…………はっ!?」

 

 落ちそうになった涎を吸い上げる。

 なにを考えているんだ俺は……スイーツなど栄養など皆無のただの甘味。

 身体を鍛えるのに不必要そのもの。

 なぜだ、以前まで甘い物に興味など微塵たりともなかったはずなのに。

 店へ行こうとする身体を無理やり寮へ向かわせる。

 心技体……心は体に引っ張られ、体は心に引っ張られる。

 今まで男装を貫き、自分を男だと信じ続けてきた。

 だがここのところ、この肉体がどこまで行っても女であるという現実を突きつけられる経験が多すぎたのだ。

 

「っと、悪い」

 

 歩いていると、金髪の短髪をした少年とぶつかった。

 捨て台詞を残し少年は路地裏に消えていく。

 

「……」

 

 後を追うか。

 

「よし、あの制服、たんまり持ってるに違いねえ……ってなんだこれ」

 

 路地裏にて少年はポケットから取り出した葉っぱを見て目を丸くした。

 

「スリはバレずにするものだぞ」

 

 背後から声をかけると少年はビクリと身体を震わせた。

 

「クッソ!」

 

 逃げようとする少年の腕を掴む。

 

「離せよ!!」

「一応使徒見習いなんでな、悪事は見逃せん。騎士団のとこまで一緒に行こうな――」

「――ルカス!!」

 

 背後から女性の声がした。

 修道服を身にまとった初老の女性だった。

 まずい、この状況……傍から見ればただの虐めの現場だ。

 

「いや違くてだな、この子が――」

「――申し訳ありません!!」

 

 女性が近づいてくると、こちらに深く頭を下げた。

 

「この子がなにか失礼をしたのでしょう。ほら、あんたも謝りなさいな」

 

 少年の頭を掴んで無理やり謝らせる修道服の女性。

 

「お詫びをさせてくださいな」

 

 

 

 

 

「こんなものしか出せませんが」

 

 女性についていくと、こじんまりとした教会に着いた。

 テーブルに座るヴィリアへ女性がお茶を出す。

 

「私はセルシア=ゴーンと言います。この子はルカス」

「……けっ」

「こら!」

 

 テーブルを挟んで座るセルシアさんの隣に少年、ルカスは座らされている。

 そして周囲には不思議なものでも見るかのような顔でヴィリアを眺める子供達がいた。

 

「この子がなにを仕出かしたのか、教えていただけませんか」

「俺はなんもしてねえ!」

「あんたは黙ってなさい!!」

「……いや、誤解だったらしい。その子は本当に何もしていない」

「……本当ですか?」

 

 ルカスが驚いた顔でこちらを見る。

 自分の子供がスリを働いていたと知って一番悲しむのはセルシアさんだ。

 それに、これでもう懲りることだろう。

 

「それにしても、凄い数の子供達だな。世話も大変だろう」

 

 話題を逸らそうと出した言葉だが、事実、セルシアさんの目の下には隈があった。

 

「えぇ、大変も大変です。けれど、この子達と一緒にいられるだけで疲れなど吹き飛びますよ」

 

 そう言うセルシアさんだが、疲れた笑顔を浮かべた。

 

「ねぇね」

 

 ヴィリアの服を、白髪の少女が摘んでいる。

 白くもちもちそうな肌に、大きく澄んだ瞳。

 そんな無垢な目を、こっちに向けるな……まずい……愛らしすぎる……

 この頃、子供を見ると庇護欲や愛おしさが全身を温かく包み込む。

 聖女の宿命なのだろうか、まるで母性とでもいうような……

 いや違う!俺は男だ。

 そんなものあるはずがない。

 

「お姉ちゃん、なんで男の人みたいな格好してるの?」

「え」

 

 子供の勘というのは恐ろしい。

 セルシアさんやルカスも驚いた顔をしている。

 

「なにを言って――」

「――おいしょ」

 

 少女がヴィリアの膝の上に座った。

 

「お姉ちゃんのお膝もちもちで気持ちい!お姉ちゃん大好き!!」

 

 足をルンルンと振りながら、上目遣いで天真爛漫な笑顔と共に放ったその言葉はヴィリアの脳を破壊するのに十分すぎた。

 白目を剥いて危うく失神しかけたがなんとか意識を保つ。

 

「フリージア、だめでしょう勝手に」

「えぇー」

「セルシアさん、問題ない」

 

 このフリージアという少女、危険すぎる。

 女としての本能を剥き出しにさせるような……知らない愉悦を叩き込まれ、精神が狂いそうだ。

 だがこの子と会うのはこれが最初で最後。

 これ以上狂わされては自分が自分でなくなってしまう。

 だから、今だけ……もう少しだけ……

 

 

 

 

 

 あの日以降、ヴィリアは学園の放課後になると毎回教会に通うようになった。

 これは決して、フリージアに会いたいからではない。

 セルシアさんが子供達の世話で大変そうなので手伝ってあげるだけだ。

 

「リアお姉ちゃん!!」

 

 教会の扉を開けると、フリージアが笑顔を輝かせて飛び出してきた。

 フリージアの身長に合わせ屈み、飛び込んでくる小さな身体を優しく迎える。

 あぁ……幸せ…………

 ちなみに、この前のゲンヤ=クロウゴードの件を踏まえて女としての自分を名乗るときはリアとすることを徹底するようにしている。

 

「今日も来てくれたかいリアちゃん……と、隣の子は友達かい?」

「ん?」

 

 隣を見てみると、そこにはシグレがいた。

 フリージアを抱いていた腕を解きすぐさま立ち上がる。

 

「なぜここに!?」

「最近、妙に充実したような顔をしてると思ったら、こういうことだったの。子供、好きなのね?」

「……いや、別に」

「ふーん?」

 

 目を逸らして言うと、シグレは嫌な笑みを浮かべた。

 

「子供達にもっと好かれたいなら、私にいい考えがあるわよ」

「そんなものどうでも……」

「マザーさん、洗面所はどこかしら」

 

 シグレに手を引かれ、洗面所へ連れていかれる。

 また始まったかもしれない……

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