第1話:水面下の動き
【ハワイ 太平洋艦隊司令部】
「そんなばかな……」
ハワイの司令部において、小笠原沖海戦の報告を受けたニミッツ元帥は、しばし言葉を失って立ち尽くした。
空母13隻、巡洋艦8隻、駆逐艦22隻が沈没。
加えて空母2隻、戦艦8隻、巡洋艦3隻、駆逐艦13隻が損傷。航空機1000機以上喪失。
硫黄島に上陸していた海兵隊3個師団の救出は不可能であり、数万人が捕虜となった。
これほどの損害は、ニミッツの長い海軍人生でも記憶にない。
不幸中の幸いは、ミッチャーが辛うじて持ち帰った正規空母「バンカーヒル」と軽空母「ラングレー」の2隻が、航空機運用能力を保っていたことだけ。
その2隻の生還も、壊滅的打撃を受けた海軍の現状を前にしてはなんの慰めにもならなかった。
そして、ニミッツには極めて憂鬱な任務が待っていた。
アメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトとの通信である。
大敗北後に、大統領と通話するなど、どれほど責任感がある海軍将校であっても嫌がるだろう。
それでも、軍務を投げ出すほどニミッツは卑怯者ではなかった。
通信回線が開かれ、大統領との交信が始まる。
「いったいどういうことなのかね。報告書には“壊滅”という言葉すら生ぬるい損害が並んでいるが?」
通信機から流れるルーズベルトの声には隠そうという気がまったく感じられない苛立ちがあった。
無理もない。
合衆国史上最大の海軍力が、たった1日の海戦で海の底に沈んだのだから。
「唐突に日本軍の艦隊が現れたのです。その中には空母『赤城』『加賀』など沈めたはずの艦が存在しています」
「言い訳にしてもひどい話だな、沈めたつもりになっていただけではないのか?あるいは、極秘に建造されたとか」
あくまで冷静に話すニミッツに対し、ルーズベルトは冷淡に返す。
「大統領閣下、航空母艦撃沈の戦果は直接ご確認いただいているはずです。また、日本の新規空母建造については我が方のスパイ網が常に監視しています。
1隻ならともかく8隻以上も我が軍の諜報部隊が見落とすはずがありません」
「ではなぜ、ジャップの空母が8隻も君たちの前に現れたのかね」
ルーズベルトの問いに、ニミッツは初めて言葉に詰まった。
ミッチャーを打ちのめした空母部隊の足跡をたどれるのは1945年2月25日まで。それより以前のデータはどれだけ照合作業をしても見当たらなかった。
そもそも有力な空母機動部隊があるにも関わらず、日本軍がカミカゼ攻撃を実行するとは考えられない。
(まるでどこからか艦隊が転移してきたかのようだ……)
ニミッツが真相に迫りかけたその時、ルーズベルトの声が思考の海から彼を引き戻した。
「まあいい、対応策は?」
ニミッツは雑念を押しやり、善後策の説明に入る。
「まずは損傷艦の修理を最優先で進めます。同時に、建造中のエセックス級空母の就役を前倒しし、頭数を揃えます。それでも、しばらくの間日本軍に対して空母数で不利になるため、陸軍航空隊を含めた基地航空隊を活用した防衛戦を行う予定です」
「……つまり、『立て直しに全力を注ぐしかない』ということか」
「はい、閣下。現状ではそれ以外の選択肢がありません」
通信機の向こうで、ルーズベルトがため息を吐く音が聞こえた。
「分かった。健闘を祈る、ニミッツ。すでに沖縄侵攻が無期限延期になっている。
これ以上の悪い知らせは、しばらく聞きたくないものだな」
そこで回線は静かになった。大統領との通話は終わったのだ。
受話器を置くと同時に、ニミッツは矢継ぎ早に部下へ指示を飛ばす。
休暇中の猛将、ハルゼー中将を前線へ呼び戻し、残存空母の指揮官とすること。
マリアナ・フィリピンに駐留している陸軍部隊へ、日本軍の反撃可能性について警報を出すこと。
戦況挽回へ向けた命令を出す中で、ニミッツの脳裏に一つの策が浮かんだ。
「……なにも、亀のように守ってばかりいる必要はない」
ニミッツは小さく呟くと、日本近海に展開している潜水艦隊へ、積極的な偵察行動を取るよう命じる。
水面下から、突然現れた日本の空母機動部隊について少しでも情報を得るのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【1945年3月5日 関東地方沖50km】
大本営との会議に出席するため、硫黄島泊地を出発した俺たちの艦隊は、東京まであと数時間といった海域で思わぬ敵と遭遇した。
「三式水中聴音機に感あり!敵潜水艦を発見したわ。たぶん、ガトー級。方位1-4-0、距離八百。提督、私に任せて!」
艦隊の護衛を務める第6駆逐隊、その長女の暁が元気いっぱいに叫ぶ。
ガトー級潜水艦。
1944年、マリアナ沖海戦で日本海軍の「大鳳」「翔鶴」を撃沈した危険な敵だ。
「交戦を許可する。艦隊は対潜警戒陣に移行。暁は爆雷戦用意!」
号令と同時に、艦隊が一気に戦闘態勢に入った。
本来、吹雪型駆逐艦である暁たちは艦隊決戦型の船であり、対潜能力は高くない。
しかし、第6駆逐隊の面々は対潜水艦戦闘に習熟していた。
彼女たちは、ゲーム「艦これ」のステージ1-5で潜水艦を相手に幾度も出撃したためだ。
撃沈してきた潜水艦の数は通算50隻を優に超えていた。
暁の艦内ではソナー手が耳を澄ませ、敵潜水艦の動きをキャッチする。
「……よし、捕まえたわね」
暁が装備する三式爆雷投射機から、一直線に爆雷が投下される。
水深30mを航行していたガトー級潜水艦は船尾を切断され、海の藻屑となった。
爆発の余韻が過ぎ去ると同時に、暁の明るい声が通信機越しで届く。
「提督、見てた?潜水艦1隻撃沈よ!」
「暁、よくやった。敵潜水艦に情報を与えずにすんだ。ありがとう」
「ふふん、立派なレディーなんだから、これくらい当然よ!」
通信越しでもわかるほど、暁は得意げに息を弾ませていた。
微笑ましく思いながら、冷静に赤城に指示を出す。
「赤城、鳳翔と協力して上空から、生存者と漂流物の捜索行ってくれ。撃沈はしたが、確認と処理は万全を期したい」
「了解しました、提督」
落ち着いた声で赤城が応じる。甲板から数機の偵察機が飛び立っていった。
その後、赤城所属の航空機が、潜望鏡を上げて雷撃を狙っていたガトー級潜水艦を発見。
今度は駆逐艦「響」が爆雷を投射し、第6駆逐隊の潜水艦撃沈数を1つ伸ばした。
「驚きました。田中提督の艦隊は航空戦力だけでなく、対潜能力も高いのですな」
艦橋で一連の戦闘を見守っていた市丸少将が目を丸くする。
彼は大本営との会議への案内役として「赤城」に乗艦していた。
「彼女たちは潜水艦と何度も戦ってきましたから」
俺は「艦これ」をプレイしていた時を懐かしんで答えた。そして、真剣な表情で言葉を続ける。
「とはいえ、日本近海まで米軍の潜水艦が進出している。失礼ですが、戦況は全く予断を許さない状況です。大本営会議が成功するよう力を貸してください」
「もちろんです。会議の場では、田中提督の意見を通すために、私にできることならなんでもしましょう」
市丸少将は静かにうなずくと、固い決意を示すように約束してくれた。
米軍潜水艦との遭遇戦は日本海軍将校のひとりから全面的な協力を得るという、思わぬ副産物をもたらした。
数時間後、俺たちは東京へ到着。
今後の日本の戦略を大きく揺るがす、大本営会議が始まろうとしていた。
次回は大本営会議です!