【東京都 永田町 大本営海軍部】
海軍の制服に身を包んだ軍人たちが、会議室の長机を囲んでいる。
そのうち数名は真剣な眼差しでこちらを観察していた。
彼らの視線が向けられる理由は明白だ。
海軍の将官としては異常な若さである俺、そして艦娘という存在である赤城。俺たち2人は、この場に少なからぬ衝撃を与えているようだった。
そんな空気が漂う中、前列中央に座る連合艦隊司令長官・豊田大将が、ゆっくりと口を開いた。
「これより会議を始める」
朗々と響く声と同時に、ざわつきは霧散した。
「今回は特例として、通常の軍令部会議の出席者に加え、硫黄島の戦闘に関わった将官を招いている。そのため、本会議を『大本営会議』と呼称する」
俺と赤城、そして市丸少将を順に紹介すると豊田大将は話を続けた。
「会議の本題へ入る前に、唐突に表れた硫黄島泊地の艦隊の扱いについて海軍の決定を述べる」
そう言うと、豊田大将は俺たちの処遇を伝え始めた。
まず、硫黄島泊地に根拠地を置く艦隊を、『硫黄島艦隊』と正式に呼称すること。
次に、その指揮官である田中提督を大日本帝国海軍の大将として正式に認めること。
さらに硫黄島艦隊は独立友軍として扱われ、広い裁量を与えられることが決定された。
「これは田中提督が、硫黄島沖海戦で米艦砲射撃部隊を撃破し守備隊を救ったこと。さらに小笠原沖大海戦で米58任務群を壊滅させ、空母13隻を撃沈するという前例のない戦果を挙げた功績を称えてのものである。連合艦隊司令長官として、心より礼を言う。本当にありがとう」
豊田大将が深く頭を下げる。次の瞬間、会議室は大きな拍手に包まれた。
「こちらこそ、小笠原沖大海戦では電探欺瞞紙の提供ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
俺がそう返すと、豊田大将をはじめ多くの将官が頷いた。
市丸少将の根回しも効果を発揮したのだろう。
日本海軍は、転移してきた俺たちを好意的に受け入れた。最高の滑り出しだ。
「それでは会議の本題に入る。1つは、我が軍が戦争を続けていくうえで、避けることはできない資源確保について。もう1つは今後我が軍がとるべき作戦行動についてだ」
豊田大将が背筋を正し、再び会議室に緊張感が戻る。
「資源について、硫黄島艦隊から提案があります」
赤城の静かな声が響いた。
凛とした表情で立ち上がった彼女に、場の視線が集まる。
「硫黄島泊地は、日本本土で不足している各種戦略資源を支援できます。燃料についてはすでに、私をはじめ、『鳳翔』『暁』『響』『雷』『電』の計6隻が横須賀鎮守府に持ち込んでおります。この燃料を用いて、大和型をはじめとした日本海軍の主力艦を再び戦線へ復帰させてください」
彼女の言葉に、どよめきが広がった。
――無理もない。
1945年3月の日本海軍は深刻な燃料不足に陥り、戦艦・空母はおろか駆逐艦すら自由に動かせない状態だった。
それを補う燃料を、硫黄島艦隊が持ち込んだのだから。
「田中提督に聞きたい。各種資源の支援は継続的に行うことが可能なのか」
身を乗り出して問いかけてきたのは伊藤中将。
第二艦隊司令長官として大和を預かる人物であり、燃料の確保にもっとも影響を受ける人物だ。
「硫黄島泊地では資源が産出しています。大量の備蓄もある。今後数か月は問題ありません」
加えて資源輸送に伴う海上護衛戦は、硫黄島艦隊所属の駆逐艦隊が担当し、日本近海の潜水艦掃討も並行して行えることを伝えた。
「ありがとう。我々も海の上で戦うことができる」
伊藤中将は、重荷を下ろしたようにうなずいた。
その仕草だけで、日本海軍がどれほど燃料不足に苦しめられていたかが伝わってくる。
こうして資源問題の見通しが立つと、議題はもう1つの本題、日本軍がとるべき作戦行動へと移っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
次なる作戦について活発な意見交換が行われる中、椅子の脚が床を擦る音が静かに響く。
立ち上がったのは、中肉中背で鋭い目つきの男だった。
年は四十前後だろうか。書類の束を抱える仕草がよく似合う。
「連合艦隊参謀、神大佐であります」
彼は短く自己紹介をしてから、慣れた動作で黒板脇の地図へ歩み寄った。
「硫黄島艦隊が出現してから数日。私は、貴官らの艦隊戦力と、日本海軍・陸軍の残存戦力を可能な限り洗い出し、そのうえで新たな作戦案を立案いたしました。作戦名を『MF作戦』と申します」
神大佐は静かに一礼すると、そのまま説明へ移る。
「本作戦は、硫黄島艦隊および日本海軍の残存戦力を二分し、マリアナとフィリピンの二正面で攻勢を実施するものです」
彼は地図上の2つの海域を指し示す。
「空母『赤城』を中心とする第1艦隊をマリアナ方面へ。空母『飛龍』を基幹とする第2艦隊をフィリピン方面へ投入します。2つの戦線で同時に攻撃を開始することで、連合軍の対応力を飽和させ、一気に戦局を転換させる――これがMF作戦の骨子であります」
神大佐の説明に、議場がざわめいた。
攻勢に出ることを待ち望んでいた将官たちの反応は概ね好意的だ。
だが俺の胸には、重いものが引っかかっていた。
MF作戦は失敗する。
小笠原沖大海戦で勝利できたのは空母機動部隊と基地航空隊の戦力をひとまとめで運用できたからだ。
戦力の分散は、日本軍の悪い癖だ。
「ひとつよろしいか」
俺が思考巡らせていると、市丸少将が手を挙げた。
「マリアナとフィリピンに攻勢をかけるのは結構だ。しかし、島々を奪回するとなれば、上陸軍が必要になる。その輸送船はどうするおつもりか?」
もっともな疑問だ。
いまの日本本土には、無事な輸送船などほとんど残っていない。
だが、神大佐は淀みなく返す。
「硫黄島で捕虜とした米海兵隊が使用していた輸送船を拿捕したと伺っております。加えて、内地に残る輸送船をかき集めれば、必要数は何とか確保できる計算です」
神大佐の事務処理能力は見事だった。硫黄島艦隊の軍容をわずか数日で把握している。
だが、失敗するとわかっている作戦に同意するわけにはいかない。
俺は椅子から立ち上がる。
「硫黄島艦隊司令官として、意見を言わせてください。硫黄島艦隊を二分し、2正面で同時に攻勢をかけるのは、極めて危険です。私は反対いたします」
全員の視線を受けながら、理由の説明に移った。
「最大の問題は、米軍航空隊との戦力差です。米陸軍はマリアナに約500機、フィリピンには1000機を超える航空機を展開しています。さらに、生き残っている米空母が出撃してくる可能性も高い」
神大佐をはじめ将官たちが、地図を見つめながら黙って耳を傾ける。
「硫黄島艦隊を二分した場合、各艦隊の搭載機数は300機ほどにまで減ります。しかも、硫黄島泊地から遠く離れるため、基地航空隊の支援はほぼ期待できません。この戦力では、どちらの戦線でも米軍に対抗することは不可能です」
議論を聞いていた豊田大将が質問する。
「では、田中提督には代わりの作戦案があるのか」
「私は、全戦力をマリアナに集中する作戦を提案します」
驚いたように顔を上げる神大佐を横目に説明を開始した。
「硫黄島艦隊の全戦力と、日本海軍の残存艦艇の大部分をマリアナ諸島攻略に集中投入します。目標は、短期間でのマリアナ奪回。米軍が態勢を立て直す前に電撃的に落とします」
そう言いながら、地図の上の艦隊記号をひとつにまとめるように手で追って示す。
「硫黄島艦隊の戦力をひとまとめにすれば、搭載機数は600機規模に達します。マリアナの米陸軍航空隊に対して、互角以上で渡り合える戦力です」
「しかし、フィリピン方面はどうするのか。マリアナは帝国臣民の安全のため、フィリピンは南方資源確保のため、どちらも見過ごすことはできません」
説明を終えたとき、神大佐が納得いかない様子で疑問をぶつけてきた。
彼の疑問は史実の日本軍が大いに悩まされた問題だが、俺たちは解決策を持っている。
「資源については硫黄島泊地で生産される燃料と各種物資で支援できます。つまりフィリピン方面の重要度は、すでに低下しています。今もっとも優先すべきは帝国の喉元であるマリアナの奪回です!」
俺は強く、明確に言い切った。
豊田大将はしばらく熟考した後、ゆっくりと頷いた。
「納得した。提案は理にかなっている。私は田中提督の作戦を採用したい。神大佐、異存はあるか?」
神大佐はわずかに目を閉じ、数秒だけ考え込む。
先ほどまで自らが立案したMF作戦を推していた彼が、ここでどう応じるか――会議室の全員が固唾をのんで見守った。
「……異存ありません。私も田中提督の作戦案に従うのが最善と判断いたします」
神大佐の答えは潔かった。
その言葉を皮切りに、他の将官たちからも賛同の声が次々に上がり、大本営会議は熱気に包まれていく。
1945年3月6日、日本軍はマリアナ諸島奪還を決意。作戦名は天一号作戦となった。