夜の海を大艦隊が疾走する。
波は闇に溶け、航跡だけが白い傷のように残った。
俺が艦これで揃えた98隻――そのすべてが、現実の海を進んでいる。
敵艦隊は、真珠湾攻撃を生き残り14インチ砲を装備したネバダ級戦艦・テネシー級戦艦を中心とする戦艦六隻に加えて、巡洋艦五隻、駆逐艦十数隻から成る大部隊。史実では第52任務群と呼ばれ、硫黄島に艦砲射撃を叩きこんだ艦隊だ。
艦種ごとに並んだ単縦陣は、まさに教科書で見た米太平洋艦隊そのものだった。
米海軍とは互いに向かい合うように進んだため、距離は刻一刻と縮まっていく。
「長門さんと敵一番艦『ネバダ』との距離、4万を切りました。反航戦です!」
赤城の声が静かに響く。
航空母艦は被弾を避けるため後方へと下がり、戦艦隊を前に出す。
射程距離まであと2千。
「敵は14インチ級だが、長門は16インチ級だ!数も質も、俺たちが敵艦隊を上回っている。勝つぞ!」
短いが、迷いのない言葉で演説する。
艦隊無線の向こうで、艦娘たちの歓声が重なる。
緊張と興奮が、海全体を震わせているようだった。
「長門、主砲装填。第一撃は奴らの先頭艦『ネバダ』。出鼻をくじけ」
俺の指示に、艦橋の空気が一気に締まる。
砲塔がゆっくりと旋回し、夜の海に浮かぶ巨影を捉えた。
そして――
「距離3万8千! 撃て!」
長門の第一主砲塔が咆哮する。後に硫黄島沖海戦と呼ばれる戦いの幕が上がった。
鋼の巨体が唸り、砲弾が夜空へと打ち上げられる。
数十秒後、敵戦艦の艦首近くに巨大な水柱が立ち、続けて閃光が船体を裂いた。
火の粉が空に散り、黒煙が吹き上がる。
「命中! 敵戦艦1番艦『ネバダ』、第1砲塔損壊、火災発生!」
「初弾命中……長門さん、流石です」
赤城が静かに称賛する。
砲撃は止まらない。
第二射、第三射。
日本海軍屈指の巨砲が、夜の海を叩き割る。
長門に続いて戦艦「山城」、「扶桑」がそれぞれ敵2番艦「アイダホ」、3番艦「テキサス」へ砲撃を開始した。こちらは初弾命中とはならないものの、安定した照準で敵艦を追い詰める。
「敵2番艦、長門に向けて発砲!」
敵弾も返ってくる。
だが、長門は微動だにしない。
「戦艦同士で果たしあえるとは——胸が熱いな……第一砲塔、放てッ!」
長門の砲撃は敵2番艦「アイダホ」の中央部に着弾、艦橋をへし折った。
対して敵艦隊の射撃は荒れ、砲弾は明後日の方向に飛んでいる。
焦りと混乱が、敵艦隊全体に広がっている。
――完全にこちらのペースだった。
「水雷戦隊、距離8000に到達!」
通信士の声が空気を震わせた。
夜の海面を駆ける影――軽巡と駆逐艦群が、白い航跡を引きながら敵艦隊の側面へと迫る。
そして勝敗を決定づける魚雷攻撃が始まった。
「魚雷一斉射、放て!」
閃光も音もない。ただ、黒い海に魚雷の雷跡が無数に滑り込んでいく。
「魚雷着弾5秒前、4、3、2、1――時間!」
時計を睨んでいた水兵が叫ぶ。
全員が身を乗り出して、敵艦を凝視した。
「敵3番艦『テキサス』3本命中!、敵4番艦『アーカンソー』2本命中、敵5番艦『ニューヨーク』4本命中!大戦果です!」
戦艦を支援するであろう巡洋艦・駆逐艦はこちらの重巡・軽巡洋艦部隊が数の利を生かして滅多打ちにしていた。勝利を称えるように水平線から朝日が昇る。
「敵戦艦隊6番艦『テネシー』、進路変更! 南へ戦場を離脱していきます。速力21ノット!」
見張り員から情報がもたらされる。
敵は反転し、退避に移った。
だが――逃すわけにはいかない。
「日が昇ればこっちのものだ。敵6番艦は航空隊で仕留める。空母部隊は攻撃隊を出撃させろ。赤城、頼む」
「提督、お任せください。第一次攻撃隊、発艦してください!」
赤城は自信に満ちた表情で応じると、航空隊に指示を出した。
甲板上で待機していた航空機が次々に滑走をはじめ、轟音とともに空へ舞い上がっていく。
その後、「テネシー」は赤城の放った航空隊の空襲を受け、航空爆弾8発、魚雷4本が命中。
黒煙を噴き上げながら傾き、轟沈した。
4年前、真珠湾攻撃を小破で切り抜けた老戦艦の壮絶な最期だった。
「……提督。ありがとうございます。真珠湾の、あの日のやり残し……ようやく果たすことができました」
航空隊の帰還を見届けながら、赤城は静かに一礼した。
その声には、長く抱えていたものがほどけたような安堵があった。
「俺の手柄じゃない。やったのは、お前たちだ」
思わずそう返していた。
俺はあくまで指揮を執っただけだ。海戦で戦っていたのは赤城たちなのだから。
「――だが、まだ終わりじゃない。硫黄島に偵察機を飛ばしてくれ。取りついているアメリカ兵の位置を割り出す。そこへ艦砲射撃を行う」
「はい、提督。了解いたしました!」
赤城はぱっと表情を明るくし、上機嫌な声で胸を張る。
「偵察隊、直ちに発進準備に入ります!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
【1945年2月26日 硫黄島 地下司令部】
「何の音だ?」
硫黄島守備隊を率いる
地下壕の壁が細かく揺れ、天井の土埃がわずかに落ちる。
(米軍の艦砲射撃にしても規模が大きい……まさか、さらに増援を投入してきたのか?だとすればいよいよ年貢の納め時だな)
硫黄島周辺の制海権・制空権を米軍に握られている以上、もとより栗林に打てる戦略は少ない。
せめて一日でも長く抵抗し、本土に迫る戦火の歩みを遅らせる――覚悟を決めた瞬間、地上から戻った偵察兵が駆け込んできた。
「友軍です!連合艦隊が来援しました!島を囲んでいた米戦艦群をせん滅、現在は米軍橋頭堡に向け艦砲射撃を行っています!海岸の米兵は逃げ惑うばかりです!」
報告を叫ぶその兵の顔は、涙で濡れていた。嗚咽を堪えながらも、声だけははっきりと響いている。
栗林は深く息を吸い、心を静めるように問いかける。
「来援した艦隊の規模はわかるか」
「戦艦だけで8隻、巡洋艦も軽巡・重巡併せて20隻以上は確実!」
その報告が伝わった瞬間、司令部にどよめきが広がった。
海軍はそんな艦隊をもっていたのか。
やはり大本営は硫黄島を見捨てていなかった。
士官や兵たちが口々に語り合い、肩を掴み合う。
中には涙を流しながら、日本海軍ここにありと万歳を叫ぶ者さえいた。
「なんにせよ、米海軍が沈み、海兵隊が大損害を負っているのは事実」
大騒ぎの司令部の中、栗林は沸き立つ気持ちを抑え、冷静に戦況を分析する。
連合艦隊の大部隊がいる以上制海権は日本軍が握っている。
さらに上空を飛び回っていた米軍航空機の活動も今日は低調だ。
米軍の得意とする陸海空の統合戦闘はすでに破綻している。
「うむ」
今こそ勝負に出る時だ。
「艦砲射撃終了後、米軍陣地に総攻撃をかける。各員、部隊を配置につかせてくれ」
栗林率いる硫黄島守備隊の総攻撃は大成功に終わった。
硫黄島の米軍陣地をことごと無力化したうえ、生き残りの米兵数万を捕虜にしたのだ。
開戦初期以来の大戦果。
しかし、それを喜ぶにはあまりに衝撃が大きすぎた。
硫黄島西部に――巨大な軍港が存在していた。
「こんな泊地はなかったはずです。それに停泊しているフネもおかしい。長門は損傷と燃料不足で横須賀鎮守府にいたはず、なぜここに……それに、あれはミッドウェーで沈んだ正規空母の赤城、飛龍です!」
海軍将校の市丸少将が声を震わせる。
「
「島の形も違うぞ! 面積にして十倍以上は増えている!」
参謀たちも驚愕と困惑を隠せない。
「とにかく状況の把握が必要だ。偵察中隊を変化した地形へ向かわせろ」
栗林は短く命令を発した。
皇国の運命を左右する大きな出来事が今まさに発生している。
栗林は直観的にそれを悟っていた。