【硫黄島南東海域 高度100フィート】
米空母機動艦隊の東100マイル。
波頭をかすめるほどの超低空を、硫黄島基地航空隊の爆撃機、流星1個中隊が南東へ針路を取っていた。
第1次攻撃隊に先行した彼らの爆弾倉には、「戦略物資」が大量に積まれている。
「敵艦隊まで100マイルを切った。田中提督の作戦を実行する!」
中隊長機の合図とともに中隊は一気に高度を上げ、爆弾倉を開いた。
青い空へ、銀色のアルミ箔が雨のように散っていく。
電波を反射する無数の帯が風に舞い、巨大な雲のように空域を覆い隠していった。
このアルミ箔は大本営から届けられた戦略物資『
無数のアルミ箔を空中にまくことで、レーダー反応を騙し、あたかも大量の航空機が存在するよう見せかけるのだ。
「散布完了! 全機、最大速度で離脱する!」
1個中隊18機の流星が、レーダー上で数百の機影に化けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【硫黄島南方海域 米軍第58任務部隊 空母バンカーヒル】
空母に帰ってきた戦闘機F6Fヘルキャット、その翼の先が欠けていることを視認し、ミッチャー中将は無意識に息を詰めた。
満身創痍のヘルキャットは脚を伸ばし、ぎこちなく高度を落としてくる。甲板上の誰もが固唾を呑んで見守る中、機体は荒々しくタイヤを接地させ、フックがワイヤーを捉えた。強烈な制動と共に機体が止まる。
「……よく戻ったな」
ミッチャーは胸をなでおろし、静かに息を吐いた。
だが、甲板を埋める他の帰還機の惨状が目に入る。
そこかしこに黒煙を上げる機体、担架で運ばれていくパイロットたち。
その光景を見た瞬間、ミッチャーは胸が引き裂かれるような思いだった。
立ち尽くすミッチャーに対して、バーク参謀長が硬い声で戦果報告を読み上げる。
「戦果報告をお伝えします。硫黄島の敵飛行場に爆弾多数を投下し、滑走路を破壊。敵戦闘機およそ200機を撃墜。詳細不明ながら敵巡洋艦2隻、駆逐艦2隻が炎上とのことです」
敵の基地航空隊を叩いたと考えれば、戦果は悪くない。しかし、問題は損害だった。
「中将、損害報告がまとまりました」
攻撃隊を監督していた航空参謀が報告書を差し出す。
その手は震え、顔色は紙のように真っ白だ。
報告書を一瞥したミッチャーは、眉間の皺を深く刻んだ。
喪失機:480機。内訳は戦闘機200、艦爆145、艦攻135。
要修理機:200機。
これが、2度の攻撃で米軍が負った損害だった。
重苦しい静けさが艦橋を支配する中、バーク参謀長が一歩前に出る。
「ミッチャー中将、搭載機1100機の内680機に被害が出ています。我々の航空戦力は大きく低下している。ここは一度引き下がり、捲土重来を期するべきでは」
「軍事的には貴官が100%正しい。しかし、政治的に撤退は不可能なのだ」
ミッチャーは海図に目を落とす。そこには硫黄島が描かれていた。
ミッチャー率いる第58任務部隊が引けば、硫黄島に上陸した海兵隊数万人を敵地に見捨てることになる。
もしそんなことをすれば、本国の世論は激昂し、戦争指導そのものが揺らぐだろう。
民主主義体制に立脚した米軍において、孤立した味方を切り捨てる選択肢はない。最低でも日本軍空母を排除し、海兵隊を救出する必要があった。
「第3次攻撃隊を編成する。要修理機の修理を急ぐよう58任務群全空母へ伝達せよ」
「了解いたしました」
航空参謀は返事をすると、攻撃隊編成へと走った。
甲板上を、整備兵たちが怒号を飛ばしながら駆け回る。
戻ってきたばかりの機体に応急処置を施し、燃料を注ぎ込み、新たな爆弾を懸架した。
「急がせろ。敵の基地航空隊が滑走路を治す前に攻撃を掛けるのだ」
ミッチャーがそう呟いた、その直後だった。
悲鳴に近いレーダー員の叫びが響く。
「対空レーダーに感あり! 方位0-9-0、東より接近する日本軍大編隊を探知。距離80マイル!」
艦橋の空気が凍りつく。
「80マイルだと?30分でくるぞ!どうして今まで気づかなかった!?」
バーク参謀長がレーダー員に詰め寄る。
「唐突に出現しました!探知されにくい低空侵入を試みたと思われます!数は……数百機規模!急速に接近中!」
数百機。その数字に、誰もが戦慄した。
艦橋の面々が青ざめた顔でミッチャーを見る。
「戦闘機隊を東へ向けろ!上がれる戦闘機はすべて上がれ!敵は数百機だ、全力で当たらねば防ぎきれん!」
参謀たちが冷静さを失った中、ミッチャーの対応は素早かった。
「中将! 第3次攻撃隊の発艦を中止しさせますか!? 爆撃機に空中戦は不可能です!」
航空参謀が問いかけたその時、ミッチャーの脳裏にミッドウェー海戦の戦訓が蘇った。
アメリカ軍は日本海軍の空母を兵装転換の最中に襲い、甲板上の爆弾と魚雷に誘爆させて撃沈した。
今、バンカーヒルを初め58任務群所属空母の甲板には、爆弾と航空燃料を満載した攻撃隊がひしめき合っている。
「発艦させろ! さっさと上空へ上げろ!」
ミッチャーは雷のような大声で怒鳴った。
「甲板に置いておくのが一番危ない! 貴様、ミッドウェーの日本軍になりたいのか!?」
「は、はいッ!」
「誘爆でやられるぞ!爆撃機は爆弾を抱えたままでいい、とにかく艦から離せ!」
ミッチャーの命令を受け、58任務群は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
カタパルトが唸りを上げ、迎撃任務を帯びた戦闘機隊が全速力で発艦していく。
続いて、爆装したヘルダイバーが次々と空へ放り出された。彼らは戦うためではなく、母艦を火の海にしないよう逃げるのだ。
300機の戦闘機が艦隊の東で防空体制を整えたことを聞くと、ミッチャーは一息ついた。
(我が軍のパイロットの練度は高い。全戦闘機を使えば、日本軍の攻撃はどうにか防げるはずだ。)
◆◇◆◇◆◇◆◇
【第1艦隊 空母赤城 艦橋】
「米軍戦闘機隊、次々と東に向かっています!」
通信員の報告に、俺は思わず拳を握りしめた。
偽の大編隊で米軍の注意を引きつける作戦は完璧に成功している。
「敵艦隊の北方を守る戦闘機は皆無だ。第1次攻撃隊は北から突入し、徹底的に敵空母を叩け!」
航空無線を通し、俺の命令は第1次攻撃隊全機に伝わる。
攻撃隊は全速力で加速し、獰猛な肉食獣のように敵に向かっていった。
「なぜ米軍の指揮官は欺瞞紙を見抜けなかったのでしょう?冷静に判断すれば見抜ける罠だと思いますが」
戦況を見守っていた赤城が首をかしげる。
「理由は2つある。1つ目は米軍がこれまで勝ち続けていたことだ。慢心していたところに、想定外の大損害で動揺した。ミッドウェーの教訓が蘇れば、爆弾満載の甲板を空にすることしか考えられなかっただろう」
俺は口元に笑みを浮かべながら答えた。
「なるほど、他人ごとではありませんね……。もう1つは何でしょう?」
赤城の瞳には純粋な好機心が宿っていた。
「もう1つは、俺たちの艦隊が1945年に突然転移してきたことだ。米軍から見れば、日本軍は予備戦力を大量に隠していたことになる。予想外の方向に航空機が現れれば、まともな指揮官は偽装を疑うより先に必死で防御しようと思考する」
「提督の作戦は、そこまで考えた上で立案されたのですね」
赤城が感心したようにうなずく。
作戦は高評価なようだった。
とはいえ、俺たちの艦隊について米軍が把握すれば、電探欺瞞紙を使った作戦は通じない。
米軍の不意を打てるのは今回だけだ。
必ず攻撃を成功させてくれ。
攻撃隊が飛び立った空を見上げながら、俺は強く願った。
「大丈夫ですよ」
隣に立った赤城が、まるで心を読んだように微笑む。
「一航戦の航空隊は皆、歴戦の腕利きです。必ずやってくれます」
赤城をはじめとする空母から発艦した第1次攻撃隊は、基地航空隊と合流し、一直線に米艦隊を目指して進む。
編成は戦闘機280機、艦爆160機、艦攻160機の総勢600機。
延べ900機で襲って来た米軍攻撃隊には及ばずとも、まごうことなき大戦力である。
その中の1機には、2度目の出撃となった篠目少尉の烈風も含まれていた。
「まさにトラ・トラ・トラ、『我奇襲に成功セリ』だな」
篠目少尉は烈風の速度を上げながら呟く。
北方から侵入した攻撃隊に対し、迎撃に向かってくる米軍戦闘機は驚くほど少ない。
篠目少尉は僚機と呼吸を合わせ、1機のF6Fヘルキャットを取り囲んで追い込む。
味方の機銃弾が敵の右翼を貫き、敵機は黒煙を引いて落ちていった。
護衛対象の爆撃隊を横目に見ると、すでに高度を下げ、爆撃コースへと滑り込んでいる。
米艦隊から対空砲火が放たれた。
しかし、日本機が密集隊形のまま突入してくるとは想定されていなかったらしく、照準は今一つだ。
その隙を突き、爆撃隊は次々と投弾を開始した。
優れた技量を持つ爆撃手たちが、最適なタイミングを見極めて爆弾を投下する。
標的となった米正規空母「ハンコック」は、回避行動を取る間もなく航空爆弾4発、魚雷2発が命中。
「ハンコック」の巨体は大きく傾くと、格納庫から誘爆した炎が噴き上がり、轟音とともに海中へ姿を消した。