【第1艦隊 空母赤城 艦橋】
「第1次攻撃隊より戦果報告!敵空母9隻、撃沈確実。残る空母も複数が大破炎上とのことです!」
耳に飛び込んできた報告に、思わず胸が熱くなる。
太平洋戦争始まって以来の大戦果だ。
艦橋は盆と正月が一度に来たような騒ぎとなり、俺もその中心で高揚を抑えきれなかった。
第2次攻撃隊の発艦作業を終えた整備士たちも戦闘糧食を片手に、万歳三唱している。
「提督、お祝いにこちらの戦闘糧食をどうぞ」
赤城が敷物を差し出してくる。
その上には、どっしりとした大きなおにぎりが9個、きれいに並んでいた。
「ありがとう。いや待て、こんなに食べられないぞ」
「撃沈した敵空母と同じ数です。私はすでに完食しました」
そう自然に言ってのける赤城に、思わず目を見開く。
彼女の足元には、食べ終えたらしい敷物が9つ、まるで記念碑のように並んでいた。
「ほ、本当に全部食べたのか……?」
「もちろん、空母として当然の務めです。まだ足りないくらいですが、第2次攻撃隊の戦果を待ちます」
『空母として当然の務め』が敵空母撃沈を指すのか、戦闘糧食の完食を指すのか、よく分からない。しかし、赤城が満足そうに胸を張っているので深くは追及しないことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【硫黄島南方海域 米軍第58任務部隊 空母バンカーヒル】
600機による航空攻撃を対空砲だけで防ぐことはできなかった。
誘爆を防ぐため、爆撃機を空に上げた努力もむなしく、大量の爆弾を投下された空母は炎に包まれている。
よどんだ瞳で海を見つめるミッチャーのもとに、損害報告が集まっていた。
正規空母「ワスプ」「ベニントン」「レキシントン」「ハンコック」「エンタープライズ」、軽空母「ベルーウッド」「サン=ジャシント」「カウペンス」「カボット」沈没。
正規空母「ホーネット」「ランドルフ」軽空母「ラングレー」大破。
正規空母「エセックス」中破、正規空母「バンカーヒル」「ヨークタウン」小破。
15隻あった空母のうち、海に浮かんでいるのは6隻。
滅多打ちにされた艦隊の上空を、300機の戦闘機隊が旋回する。
日本軍の第2次攻撃から艦隊を守ろうという意思が感じられるが、その姿はあまりにも痛々しい。
日本軍の攻撃隊が次に到達する頃には、スクランブル飛行した戦闘機隊の燃料は底をつく。そのため、本来なら順番に燃料補給に入る必要があった。
しかし、艦載機運用能力を残している空母はミッチャーの乗っている「バンカーヒル」と、艦長の奇跡的な操艦術で航空攻撃を回避した「ヨークタウン」の2隻だけ。
300機以上の戦闘機隊を受け入れることは、とてもできなかった。
燃料が切れれば、航空機は海に不時着するしかない。
ミッチャー自身の乗る「バンカーヒル」は、命中した爆弾が不発だったという幸運だけで生き残った。
――いっそ爆発して、ここで自分を殺してくれていればよかった。
ミッチャーの視界が壊れた万華鏡のようにゆがむ。
戦闘機隊を東へ向かわせるという、自身の判断ミスがこの状況を生み出した。それなのに自分だけがおめおめ生き残っている。
水兵たちへの罪悪感で、今すぐ拳銃でこめかみを打ち抜きたい衝動にかられた。
戦意を喪失しかけたその時、ミッチャーに航空無線が届いた。
「誰だ」
反射的に、ミッチャー自身も覇気がないと感じる声で問いかける。
「こちら第3次攻撃隊、爆撃機指揮官ターナー中佐です」
ターナー中佐。
その名前にミッチャーはハッとする。
日本軍の空襲前に、辛うじて発進させた爆撃隊の指揮官。ミッドウェー海戦以来の古参パイロットだ。
「これより低空を這って、日本艦隊へ奇襲を仕掛けます。戦闘機の護衛はいりません」
唐突な報告に、ミッチャーは息をのんだ。
「……低空で奇襲だと? 戦闘機の援護なしとはどういうことか」
ターナーは落ち着いた声で続けた。
「爆撃機と雷撃機は航続距離が長い。東へのスクランブル飛行があった戦闘機隊では無理でしょうが、我々なら日本艦隊までの燃料は十分持ちます。しかも今のところ、爆撃隊の位置は日本軍に悟られていません。気づかれずに近づいてみせますよ」
「ば、ばかな……」
それでは帰還の望みがない。カミカゼと変わらないではないか。
そんな言葉が喉元までこみ上げたが、ターナーに遮られる。
「どのみち、燃料切れになれば海に降りるしかありません。どうせ全機ロストするなら、わずかでも戦果を得たいと考えます。なに、ちょっと行ってジャップ野郎の空母を沈めるだけです。いつものことでしょう?」
冗談めかした口調。しかしその奥にある覚悟は重い。
ターナー達は、自分の死を織り込んだ上で、なお戦おうとしている。
ミッチャーは目を閉じ、震える息をひとつ吐く。
「……ああ、その通りだ。 合衆国の力を示せ!」
絞り出した声は、先ほどまでの絶望からわずかに力を取り戻していた。
攻撃隊の突撃が成功するかはわからない。
だが、彼らの献身には意味があった。
ミッチャーは艦橋に向き直り、声を張り上げる。
「海上にはまだ6隻の空母と数十隻の直掩艦隊が浮かんでいる。1隻でも多く連れて、ウルシーへ帰るぞ!」
少なくとも、ミッチャーの心は折れることなく、被害局限に全力を尽くすことができたのだから。
ターナーが操る爆撃機、SB2Cヘルダイヴァーは日本軍のレーダーに探知されないよう低い高度を飛び、太平洋を突き進む。
推定される敵艦隊の位置まであと30マイル。
「犠牲は大きいが、ここまでばれないとは、ツキが残ってたみたいだな」
100機規模の編隊が、事前準備なしで低空飛行するのは至難の業だ。
乱気流と海面反射に翻弄され、列機は次々と脱落していった。
今なおターナーの後ろについて来られているのは、およそ六十機。
(それでも、空母1隻を沈めることは不可能じゃない)
「高度を上げろ、突入するぞ」
ターナーは列機へ指示を飛ばし、自らも操縦桿を大きく引いた。
一気に高度を取った機体は、次の瞬間、敵空母へ向けて鋭い急降下に移っていく。
ターナーが狙いを定めた空母は「赤城」だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【第1艦隊 空母赤城 艦橋】
「見張り員より報告!方位2-2-5、南西より接近する米軍攻撃機を発見。距離25マイル!」
突如現れた米軍攻撃隊に、艦橋は一気に緊張に包まれた。
戦場の厳しさを実感する。
いかに敵空母を多数撃沈し、戦況を圧倒していても、勝敗は最後の一瞬まで油断を許さないのだ。
(いや、落ち着け……ゲーム時代の『艦これ』でもノーダメージで完全勝利することは少なかった)
一度深く息を吸う。
非常時こそ指揮官は冷静でなければならない。
「来たものはしょうがない。全力で守るぞ。対空戦闘用意!」
号令とともに艦隊が一斉に動き出す。
上空で直掩に就いていた烈風隊が、魚雷を抱えた雷撃機に襲いかかり、次々と撃墜していく。
護衛艦隊の前衛に布陣した防空駆逐艦「秋月」が、直掩隊をすり抜けた米軍機に猛烈な対空砲火を叩きこみ、空を震わせた。
しかし、上空の敵機すべては処理しきれない。
「提督、無理にでも私の艦載機を発艦させますか?」
赤城が緊迫した声で問いかけてくる。
「大丈夫だ。仲間を信じろ。雷撃機の敵は艦隊のみんなが撃墜してくれる。急降下してくる爆撃機に気を付けるんだ――来るぞ!」
その言葉の直後、雲間から4機のSB2Cヘルダイヴァーが姿を現した。
一気に機首を下げ、赤城めがけて急降下してくる。
4機のうち3機は、高度800メートルで爆弾を投下した。
落下してくる3発の500ポンド爆弾に対し、赤城は素早い回避運動を実施。
すべて躱してみせた。
しかし——最後の1機だけは動きが違った。
他の機体を置き去りにするように急降下を続け、高度400メートルで投弾してきたのだ。
一航戦並みの爆撃精度だ。軸線があっている。
「取り舵一杯、回頭急げ!」
赤城が船体をひねった瞬間、投下された爆弾は艦橋脇をかすめ、海面へと飛び込んだ。
直後、凄まじい水柱が立ち上がる。
絶妙な一撃を放ってきた敵機に対し、艦隊は一斉に反撃。対空砲火が集中し、米軍機は炎を引いて墜ちていった。
「なんとか躱したか……艦隊の損害はどうなっている?」
「駆逐艦『秋月』中破、駆逐艦『曙』『漣』小破、いずれも航行に支障ありません」
赤城がすぐに答える。
「犠牲が出なくて良かった。それぞれ駆逐艦1隻を護衛につける。損傷した『秋月』『曙』『漣』は硫黄島泊地に帰還、修理に入れ」
艦隊から誰一人欠けることなく、空襲を乗り切った。
赤城の報告を確認した俺はほっと一息つくと、安堵感で満たされた。
あとは第2次攻撃隊の戦果を待つだけだ。
その後、日本側の第2次攻撃隊は米艦隊に殺到、「バンカーヒル」「ラングレー」の2隻以外の空母をすべて沈めることに成功。
かろうじて残った2隻の米空母は
小笠原沖大海戦は日本側の戦果が空母13隻撃沈であるのに対し、米軍の戦果は駆逐艦1隻中破、2隻小破のみ。
誰の目にも明らかな、日本側の大勝利で幕を閉じた。