タイガードラゴン -格ゲー奮闘伝-   作:いかのしおから

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第10話「夢」

 家に帰ると親からしこたま叱られた。

 頭にできた瘤が昨日の夕方からずっと痛んでいる。

 何も殴ることはないだろう。

 なんて思いもしたが、二人を心配させてしまったのは事実。

 あと少し帰ってくるのが遅ければ捜索願を出され警察沙汰にもなりかけていたらしい。

 この痛みはルールを破った罰と、親からの愛情の証として、甘んじて受け入れることにしよう。

 といっても、取り上げられてしまったゲーム類に関しては、いずれ必ず取り返すつもりだが。

 

……そういや別れ際にアギトが何か言ってたよな。

 確かタイドラの最新記事だっけ?

 

 家の中を見渡す。

 父親はまだ仕事中で家にいない。

 母親は料理に夢中でこちらに関心を向けてはいない。

 今ならパソコンを開いてゲームについて調べても、小言を言われはしないだろう。

 スイッチを押し、パソコンを立ち上げる。

 

 起動中の待ち時間。

 頭に浮かんだのはアギトとの闘い。

 昨日からこの記憶を思い出してばかりだ。

 一日経った今でも、あの瞬間の光景と情景を鮮明に思い出せる。

 

……あぁ、悔しいなぁ。

 

 昔はこの感情に気づかないふりをしていた。

 格好をつけていた、本気になるなんてダサいよな、なんて風に斜に構えていた。

 だけど一番の理由はもう分かっている、傷つきたくなかったんだ。

 でも、それじゃあ駄目なんだ。

 向き合って、傷つきながらでも前に進まなければ、一番欲しいものは絶対に手に入らないのだから。

 

 インターネットの検索窓からタイドラの最新情報を検索する。

 

 広島でアギトに敗れて、竜征が引っ越すと知ったあの日。

 夢が覚めて、現実に戻ってきたと、そう感じた。

 だけど、歩、たまちん、ゲーセンの仲間たちとの絆は、消えないままそこにいてくれた。

 東京遠征改め神奈川遠征。

 きっと俺一人では一生かかっても決断できなかっただろう。

 金銭的な問題ではない、現実と向き合うのが怖くて前に進めなかった。

 皆に背を押してもらえたからこそ、俺はアギトに挑めた。

 皆には感謝してもしきれない。

 夢はまだ覚めていなかった。

 

 だけどこの状況がいつまでも続くとは思ってはいけない。

 時の流れは残酷で、大人になれば格闘ゲームを辞める者も増えていくだろう。

 それに子供の頃は天才でも大人になればただの人、このまま俺が何の実績も出せずにいれば、今回のように応援してくれる仲間はいなくなるかもしれない。

 未来を変えるためには、自力で立てる強さを手に入れなくちゃいけないんだ。

 親の無理解も、ライバルの不在も、地方住みという練習環境の弱みも、現実に立ちはだかる問題は何も変わっていないのだから。

 

 俺は変わってみせる。

 どんな逆境も乗り越えて、夢を叶えてみせる。

 アギトに負けてしまったけど、皆の献身や、あの闘いで得た経験や覚悟は、決して無駄にはしない。

 アギトを超え、最強の格闘ゲーマーになってやる。

 あの日立てた誓いを、必ず果たしてやる──

 

「……え!?」

「どうしたのよ大河、そんな大声上げて」

「な、何でもない!」

 

 慌ててパソコンをシャットダウンし、脇からノートを取り出して勉強中を装う。

 声が聞こえたのは台所の方から。

 足音は聞こえずこちらに近づいてくる様子はない。

……なんだよ、ビビらせやがって。

 扉から部屋の外を覗き込み、親が周囲にいないことを確認する。

 よし、大丈夫そうだな……再びパソコンを起動する。

 

 画面に表示されたのは、とある海外の翻訳記事。

 記載された表題には──『タイガードラゴン2 タイドラファン待望の次回作』

 この情報が発表されたのは2007年10月18日の早朝。

 昨日俺がアギトと戦った日の朝だ、だからあいつは俺に調べろと言っていたのか。

 画面をスクロールしていくと、アーケードの稼働予定は2008年の7月。

……すぐ間近じゃねえか。

 次々に明かされていく新情報に、頭の中が驚愕で溢れかえる。

 だが、なによりも驚いたのはこの記述。

……いいや、驚くべきなのは俺の頭の悪さだろう。

 

──オンライン対戦機能の導入。

 

 未来で俺が格ゲーを辞めたのは、小学校から中学校に上がる丁度この頃。

 タイガードラゴン2のアーケードが稼働する前に当たる。

 だとしても将来オンライン機能が追加されるのは知識としては知っていた筈で。

 この時代のゲーセンにも少しづつだがアーケードにオンライン機能が導入されていて、思い出すチャンスは幾らでもあったというのに……。

……どうして気づかなかったんだよマジで。

 

 自分のバカさ加減に呆れてしまう。

 だけどこれってつまり、地元からでも世界中の強者と闘えるってことだよな。

 アギトやジョー、それこそハラダのようなトッププレイヤーに挑むことが。

 それが叶うなら、地方でも東京に負けない練習環境が手に入る。

 ならば強くなれる、今よりもずっと強く……!

 

 無駄に遠回りしていたような気もするが、何はともあれ先行きは明るい。

 今はとにかく目前まで迫った新作稼働の喜びを嚙み締めよう。

 

==

 

「おーい大河ー! こっちー」

「ごめん歩、待たせたか?」

「ううん、全然」

「そっか……へへっ」

 

 土曜日の昼前。

 俺は歩と学校近くの公園で待ち合わせていた。

 歩と休日に遊ぶのはそれほど珍しいことではない。

 とはいえ格ゲーに関係した交流ばかりで、それ以外の目的で集まることはなかった。

 だがしかし、今日は違う。

 なんと歩と地元巡りをする予定なのだ。

 同年代の女子と、普段は足を運ばない場所へ遠出する。

 これすなわちデートと言っても差支えはないのではなかろうか。

 歩は世にも珍しい、ツチノコ以上の天然記念物、格ゲーを実際に遊んでいる女の子だ。

 更には俺の心が折れて格闘ゲームを辞めようとした際も、小学生にとっては貴重なお小遣いを全て使ってまで引き留めてくれた。

 こんな健気で素敵な女子とデートができて喜ばない男はいるだろうか?

 否、いるわけがない。

 

 とはいえ──

 

「──待たせたなお前ら。

 今月のバイト代は貰ってきたぜ。

 歩はサイドカー、大河は俺の後ろでいいよな?」

 

……今回は保護者同伴となるが。

 

 バイクに乗って颯爽と現れたたまちんは、封筒に入れっぱなしの現金を乱雑に片手に持って見せびらかす。

 彼こそが今回の地元観光の発案者、たまちんだ。

 金のない小学生の俺達に代わって、金銭面を賄うと宣言してくれた数奇者でもある。

 歩と二人きりのデートが実現しなかったのは残念だが、そもそもたまちんの提案がなければ発案すらされなかった催しだ。

 今日のところは無下にはせず三人での地元観光を楽しむとしよう。

 

 そんなこんなで、たまちんの給料を当てにした広島観光が始まった。

 

 宮島、猫島、大和ミュージアム、広島城、平和記念資料館、原爆ドームなどなど……。 

 一日で廻るには数が多いような気もしたが、そこら辺は若さと勢いで強引に乗り切った。

 実を言うと広島は、2007年時点だと奈良に次ぐ世界遺産保有数第二位だったりする。

 広島の世界遺産は宮島と原爆ドームの二つ。

 宮島は風光明媚な観光地だし、原爆ドームやその周辺にある資料館に関しては戦争史を学ぶには最適の場所だろう。

 どちらも写真越しではなく、実際に足を運んでこそ伝わってくる魅力や衝撃があるので、もし他県や海外の人が広島に立ち寄った際は是非とも足を運んでほしいものだ。

 

「歩、コンビニ行って三人分のアイス買ってこい。

 余った釣り銭はお前が貰っていいからよ」

「あ、それじゃあ俺が」

「いいや、大河はここにいろ」

「え?」

「……わかったわ」

 

 小遣い欲しさにパシリに志願したが、すげなく断られてしまった。 

 近くにあった川の堀に腰を掛けたたまちん。

 丁度後ろを振り向けば原爆ドームが見える場所だ。

 たまちんが手招きしてきたので、仕方なく俺もその隣に座った。

 なんだってんだいったい。

 

「最近どうだ」

「最近って?」

「最近は最近だよ、親にゲーム取り上げられたんだろ」

「まだ取り返せてねえな。

 あんなことしちまったもんだから、親も警戒して小遣いを出し渋るようになっちまって」

「だから最近ゲーセンに来る頻度が減っていたのか」

「といっても一番の理由は貯蓄だけどな。

 来年の7月にはタイガードラゴン2のアーケードが稼働するらしいし、アーケード稼働からしばらく経てば家庭用ゲーム機版のソフトも発売されると思う。

 良いスタートダッシュを切るためにも、金は貯めておこうと思って」

「ほーん」

「とりあえず中学に上がったら新聞配達のバイトでも始めるつもりだ。

 稼いだ金でアケコンも買い直し、最新機種のゲームハードも手に入れる。

 親から貰った小遣いで買ったもんだから取り上げられたが、自分が稼いだ金なら今ほど口も挟まれなくなる気がするし」

 

 未体験のゲームなのでどういった内容なのかは分からないが、タイドラの後継作なのでシステムはそれほど変わっていない筈だ。

 発売までの間、歩の家以外で本格的に格ゲーの練習ができなさそうなのが残念だが、もうしばらくの辛抱だろう。

 当分の間はバイトで金を溜め、体力を身に着けよう。

 

「そうかい……なあ、大河、お前は地元が好きか? 嫌いか?」

「それは──」

 

 今日、たまちんにお金を出してもらい地元観光を行った。

 ならば好きと答えるのが当然の礼儀だろう。

 だけどおそらくたまちんが求めているのは、そういった言葉じゃない。

 なんとなくだが、俺はたまちんがこれから言おうとする言葉が分かってしまった。

 

「色々奢ってもらった手前でごめんけど……少し嫌いだ」

 

 好きな部分もある。

 だけど濁りなく愛を語れるほど、未来の俺は真っ当な人生を歩めなかった。

 この街には、嫌な思い出がありすぎる。

 

「そうか、俺は大嫌いだ」

「!」

 

 大嫌いと来たか。

 空は透き通るほどに青くて、珍しいほどの快晴だというのに。

 そんな景色すら灰色がかっていると言わんばかりに、たまちんは眉を顰めて空を睨みつけていた。

 

「地元球団は万年Bクラスの弱小球団だし、

 広島城を建てた毛利輝元は大阪県民の豊臣秀吉の部下だ。

 戦艦ヤマトはたった一戦でアメリカに壊されちまった。

 宮島は綺麗だが本土にねえ。

 サッカーはよく分かんねえし……なにより原爆ドーム。

 こいつが俺は嫌いだった」

 

……分かる、分かってしまう。

 言葉にする人間は今まで身近に一人もいなかったけど。

 俺が漫然と感じていて、誰にも打ち明けられなかった思いをたまちんは言葉にする。

 

「原爆ドームは、日本の敗北の象徴だ。

 俺もこの街で生まれ育から、あの戦争の悲惨さは嫌でも学ばされる。

 歴史を繰り返さないためにも、残さなきゃならねえっつう大人共の見解は理解しているさ。

 だけど日本がアメリカに負けたっつう事実を、俺はこの街に生まれた時からずっと突き付けられてきたんだ。

 いつもそうだった、勝者でありたかった、何かに憧れたかった。

 だけどこの街は敗北に塗れていた。

 東京や神奈川のゲーセンに行って余計にそう思った。

 あそこは勝っていた、先頭に立とうとする気概があった」

 

 東京にはハラダが、神奈川にはアギトが。

 確かにあの場所には、頂点を目指そうとする熱意があった。

 俺達のように井の中の蛙で満足するのではなく、世界を取ろうとする意志が。

 

「聞いた話じゃあ日本は格ゲーだと世界で最も勢いがあるらしい。

 おそらくその象徴の一つが、お前が闘ったアギトだったんだろうよ。

 あいつは今まで見てきたどんな人間よりも自信に満ち溢れていた。

 誰にも道を譲らずに、肩で風を切って真っすぐ歩いていた。 

 強かったんだ、歯向かう奴を全員ぶっ飛ばせるぐらいに。

 勝ち続けたんだ、自分の言動を疑わずに生きていけるほどに。

 ああ……あんな風に生きれたら、いったいどれだけ気分が良いんだろうなぁ」

 

 分かるよたまちん。

 アギトはぶっとんではいたけど、かっこよかった。

 男であれば、あんな生き方は憧れずにはいられない。

 

「俺は勝ちたかった。

 なんでもいい、欲しかった、たった一つで良かった、一番だと胸を張って誇れるものが。

 最近になって、ようやくその本音に向き合って、本気で格ゲーに取り組んでみたが……本気になるのが遅すぎた。

 高校三年生の10月、後数ヶ月すれば高校を卒業する。

 もう時間が足りないんだ。

 俺はこの街で大人になる……大嫌いなこの街で」

 

 あ……そうか、もうそんな時間なのか。

 現在たまちんは高校三年生。

 10月後半に差し掛かり、進路について本気で取り組まなくてはいけない時期だ。

 親の庇護下で好きなように遊び惚けているわけにはいかない。

 大人になってあまりゲーセンに通えなくなった高垣さんのように、たまちんもまた子供でいられなくなる時間が訪れてしまった。

 

「夢を追えるのは子供の間だけの特権だ。

 社会人になれば、今までのように毎日ゲーセンには通えなくなるだろう。

 お前ともっと早くに出会えていれば……。

 いいや、これは言い訳だな。

 お前なら高校を卒業しようが、社会に出ようが夢を追い続けられていただろうよ。

 だからこれは俺の弱さだ。

 突き付けられたんだ、神奈川で。

 俺じゃあアギトとの勝負の後、お前と同じセリフは言えなかった」

「……」

「いいか、大河。

 大人たちはよくこんなことを宣う。

 やれ社会で働いた経験がないから、やれ世間を知らない子供だからと。

 そんなつまらないことを言って、子供の夢や憧れを否定する。

 だけどな、そいつらは全員、子供の我を張り続けることができなかった雑魚共だ。

 子供であれるなら子供でありたかった。

 遊び続けたかった、童心を捨てたくなかった、夢を叶えたかった。

 それができる強さがなかったから、仕方なく大人になったんだ。

 だから、大河。

 お前は子供であり続けろ。

 社会に適応なんてするな、常識に迎合なんてするな、我を貫け。

 お前にはそれが許される才能がある、特別であり続けろ」

「……たまちんは、どうしてそこまで俺を応援してくれるんだ?」

 

 ずっと疑問だった。

 カツアゲに合わないよう、俺や歩を守ってくれたこと。

 タイドラを遊べるよう時折プレイ代を払ってくれたこと。

 ここまではたまちんが負けず嫌いだから、という理由で納得していた。

 だけど俺が格ゲーを辞めると決めた際、沢山の人を呼んで引き留めてくれた。

 アギトへリベンジすると決めた際も、就職を控えた高校三年生の10月という大事な時期に、一緒に学校を休んで遠征に同行してくれた。

 これは単なる負けず嫌いだけではないように思えた。

 

「……」

「……たまちん?」

「……情けない話だが、多分、お前越しに夢を見たかったんだと思う」

「俺越しに、夢を?」

「……夢を叶えられる人間は限られている、だから大抵の人間は誰かに夢を託す。

 スポーツ選手、芸能人、アーティスト、もしくは──創作の中の登場人物なんかに。

 応援し、熱狂し、その視点を借りることで、満たされなかった欲求の代替にする。

 つってもさっきも言ったようにここ広島には、俺が心の底から憧れられる人間はいなかった……今までは。

 だけど違った、この街にはお前がいた」

「──」

「お前と初めて戦った時、やべえと思った。

 まだ小学生ぐらいのガキが、これほどの腕前を持っているなんて。

 店舗大会で優勝した姿を見て、期待した。

 こいつなら、もっとでっかい大会で、結果を残せるんじゃないかって。

 神奈川でのアギトとの闘いを見て、確信を抱いた。

 お前なら格ゲーを極めて、頂点に立てるって。

……これは俺の勝手な押し付けだ。

 お前が背負い込む義務なんてない。

 だけどもし許されるのなら、お前越しに夢を見させてくれないか?

 俺の夢を、瓢風大河に託させてくれないか……?」

 

……俺がここまで活躍できたのは、時間逆行という反則行為のお陰だ。

 もちろんこの時代に来てから努力はしていたけど、そのやる気の源は未来で知った知識にあった。

 今瓢風大河を構成している評価の大部分は、実体を伴わない虚像に過ぎない。

 だとしても、俺はもう決めたんだ。

 この虚像を本物にすると。

 

「任せろ、大船に乗ったつもりでいてくれ。

 俺は最強の格ゲーマーになる。

 たまちんの夢も背負って、必ず頂点を取ってみせる」

 

 約束するよ。

 たとえ親に夢を否定されたとしても。

 競い合えるライバルが身近にいなくても。

 才能が足りず結果を残せないまま学生時代を終えても。

 この夢が覚めて元の時代に戻ったとしても。

 俺はもう、逃げ出さない。

 

「ありがとよ……お前のお陰で、少しだけこの街が好きになれた」

 

 俺もだよたまちん。

 あんたのお陰で少しだけこの街が好きになれた。

 

「家にあるゲーム一式、お前にやる、今度取りに来い」

 

 ああ……。

 

 照れくさくて最後まで言えなかったけど、俺はたまちんを父のように思っていた。

 兄貴分ではなく、父親のように。

 中身は20代後半のおっさんの癖して、高校三年生の子供相手に何を宣っているのやらという話だけど。

 本当の両親が理解を示してくれない中、たまちんは理解者でいてくれた。

 身近な年上の人間が、俺を守って、肯定して、本気で支えてくれた。

 まるで漫画やアニメを見て夢見た、理想の父親の背中をそこに見た。

 だけど夢はいずれ覚める。

 親離れの時がやってきたんだ。

 

 今思えば、あの旅はきっと、俺の童心を取り戻すための旅だった。

 取り戻せたのは、あんたのお陰だ。

 あんたがいなければ、俺はずっとこの街に囚われていた。

 柵の中で、ずっと言い訳を探して、逃げ続けていた。

 まだ夢を叶えられたわけではないし、これから続く道は不透明だけど。

 それでも、いつまでも進めずにいた一歩を、踏み出せた。

 

 だから……ありがとう、さようなら、たまちん。 

 

==

 

 ある男の話をしよう。

 

 彼は格闘ゲーマーとして知らぬ者のいない伝説的な存在だった。

 僅か14歳にして全国一、19歳にして世界一。

 残した大会実績は数知れず。

 世界で最も賞金を稼いだゲーマーとしてギネス記録にも登録された。

 世界で最も再生されたビデオゲームの試合もまた、彼のものだ。

 間違いなく、格闘ゲーマーの頂点と言っても過言ではない。

 

 しかし、そんな男はある日忽然と格闘ゲームの世界から姿を消した。

 男は悩んでいた。

 格闘ゲームで勝ち続け、実績を残し続ければ、いつか世間が自分を認めてくれる。

 そう期待していたが、一向に世間は自分を認めず、ゲームは所詮遊びのまま。

 何一つ社会の役に立つ能力を身に着けられず、ここまで生きてきたことに対する苦悩もあったという。

 彼は格闘ゲームに負けたのではなく、社会と社会に対する罪悪感に負けたのだ。

 こうして男は格闘ゲームを引退した。

 

 しかし、男の物語はまだ終わっていなかった。

 

 引退から4年後。

 彼はある日、友人に一緒にゲームを遊ばないかと誘われた。

 それはかつて熱中していた格闘ゲームの次回作だった。

 この時期、男は仕事に就き、格闘ゲームへの執着にも決着をつけていたため、友人の誘いには乗り気ではなかった。

 しかししつこく食い下がる友人に押し切られ、仕方なくゲームセンターに足を運ぶ流れに。

 一線を退いてから、それなりのブランクがある。

 当時のようには勝てないだろう、そう誰しもが、彼自身も思いながら。

 

 だが、男は勝ててしまった。

 連勝に続く連勝、勝率は9割を超えていた。

 公式が集計するバトルポイントのランキングでは、堂々の1位に。

 出場した大会でも悉く優勝をかっさらっていった。

 特別枠として招かれた世界大会でも男は王者の座に君臨。

 勢いはまだまだ収まらない。

 ビデオゲームのコントローラーを手掛ける米国のメーカーが、男の現状を知り、ゲームに集中できる環境を用意したいと、金銭支援を申し出たのだ。

 つまりこれはプロゲーマーにならないかというオファー。

 ようやく仕事が板についてきたため、何か月も悩んだ男だが、最終的にその提案を承諾。

 こうして日本で初めてプロの格ゲーマーが誕生したのだ。

 

 この瞬間から日本は変わった。

 

 非常識が当たり前に。

 0が1に。

 天地がひっくり返り、空からは槍が降り出した。

 

 基本的に、成功者というものは時代が決める。

 現代の文明社会であれば、頭が良く勉強が得意なものほど成功しやすい。

 逆に古代の狩猟時代であれば、体が強く狩りが得意なものほど成功しやすい。

 今の時代に適合できなかった人間も、別の時代であれば成功者となりえた。

 逆に今の時代に適合している人間も、別の時代であれば失敗者となりえた。

 才能を活かせるかどうかは、時代によって左右される。

 

──しかし、世の中には極稀に、時代を変える者が現れる。

 

 変革者や革命家、選ばれし者。

 人々は彼らをそう呼び讃える。

 男はまさしくそれだった。

 ゲームは遊びだという当たり前を打ち砕き、その頂を名誉ある地位に作り替えた。

 プロになった男の後を追うように、日本国内では続々とプロの格ゲーマーが増えていく。

 広がる波紋は格ゲー界隈だけに留まらない。

 異なるゲームジャンルにまで波及していく。

 

 格ゲーマーを牽引し、日本のeスポーツの礎を築いた奇跡の男。

 その名は──ハラダ。

 

 伝説の帰還は、あまりにも鮮烈で華々しいものだった。

 

==

 

──というのが本来の歴史だ。

 

 もし格闘ゲームプレイヤーの世界に主人公がいるとすれば、大多数の人間はハラダの名前を挙げるだろう。

 復活から数多の大会で優勝し、日本最初の格闘ゲームのプロとなり、国内にプロゲーマーという新たな職業の概念を浸透させた男。

 日本のeスポーツ史を語るうえで、彼の名前は必要不可欠だ。

 一応ハラダよりも前にFPSプロゲーマーの日本人がいたらしいが、やはり与えた影響を考えればハラダに軍配が上がらざるを得ない。

 それほどまでにハラダの名前は異彩を放ち、燦然と輝いていた。

 

 といってもハラダがプロになったのは2010年で、現在は2008年の7月。

 まだこの時代の日本にはプロの格闘ゲーマーは存在しておらず、ハラダの復帰のきっかけとなった件の格闘ゲームの最新作もまだ稼働が始まったばかりなのだが。

 件の格闘ゲームの最新作──そう、それこがタイガードラゴン2だった。

 

「──お! ちゃんと予告通り入荷されてるな! しかも初日に2台も!」

「格ゲーの筐体にしては珍しいぐらい人が並んでいるわね」

「……これだと10分ぐらい待たされそうだな」

 

 あれから近所の中学校に進学し、制服を着るようになった俺と歩。

 学校終わりの放課後、全力疾走で馴染みのゲームセンターに向かった。

 目当ては勿論タイガードラゴンの最新作、タイガードラゴン2だ。

 

「大河、ちゃんとお金持ってきた?」

「当然! 今日のために新聞配達のバイトもして、滅茶苦茶お金貯めてきたし!」

 

 既に手持ちの金は全てアーケードで遊ぶために百円玉へ両替している。

 準備は万全だ。

 

 タイガードラゴン2。

 当時格ゲーのプロシーンに詳しくなかった俺でも、このタイトルの勇名は轟いてきた。

 ハラダがプロゲーマーになるきっかけを作ったタイトルであり、同時に数多の格ゲーマーをプロの世界に送り出したタイトルであると。

 

 すなわちeスポーツのターニングポイント。

 このタイトルで活躍できるかどうかが、今後の進退に大きく関わってくる。

 

 初代タイガードラゴンは古いタイトルだった。

 今の時代に遊んでいた若者は少なく、上位の実力者は熟練者の大人で固まっていた。

 両親の厳しい目や、各大会に課されていた年齢制限もあったが、今の俺ではアギトのような熟練者を押しのけて勝ち上がるのは難しいと考え、大型大会の出場は避けていた。

 

 しかし、新作タイトルとなると話は変わってくる。

 念願叶い、ようやくアーケードの稼働が始まったタイガードラゴン2。

 初代タイドラの名残は残るだろうが、それでもゲームシステムは一新された。

 となれば若手だろうが大人だろうが、ある程度近しいスタートラインで始めざるをえない。

 更にはオンライン対戦機能つきという、地方ゲーマーにとって嬉しい追い風も吹いている。

 

 ここからだ。

 ここから俺は本気で頂点を目指す。

 正史で最初に格闘ゲームのプロになったのはハラダだった。

 だけどこの世界で最初のプロになるのはハラダじゃない、この俺だ。

 俺が歴史を塗り替えてやる。

 

 これより目指すは──格ゲー甲子園。

 アギトが2005年に優勝した大会だ。

 最近まで知らなかったが、国内のみならず海外でも予選が行われているそうで、事実上の世界大会であり、国内大会では最も高い知名度と権威を誇る。

 幾つかのゲームタイトルが採用されており、そんな中でも初代タイガードラゴンは常連の顔ぶれの一つだった。

 いずれタイガードラゴン2も採用タイトルの一覧に並ぶ筈だ。

 この大会で俺は自分の才能を証明する──

 

 待ってろハラダ、竜征、ジョー、アギト!

 今からお前達に会いに行く!

 

「よっしゃ! 勝負だ歩!」

「ふふ! 負けないわよ!」

『READY・FIGHT!』

 

 かくして、かつて歩めなかった青春の続きが始まった。

 

 

        第一章 俺より強い奴に会いに行く 完

 

 




 これにて第一章完結とさせていただきます!
 ここまでお読みいただきありがとうございました!
 カクヨムのコンテストに応募を予定しておりますので、もしよければそちらも応援してください!
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