ニュートンが現れる以前から、万有引力に気づいた人間は結構いたんじゃないかと思う。
云万人とまではいかないにしろ、1000人、いいや100人ぐらいはいた筈だ。
ではどうしてニュートン以前の人間が、万有引力の提唱者として歴史に名を残せなかったのか。
おそらくは払った労力の差だろう。
論理化し、論文にしたため、人々に発信するための努力が足りなかったのだ。
誰も彼もが、利益を上げられるか分からない常識外れの発想のために、研究を続けられるわけではない。
つまり天才が天才足りうるのは、奇特な発想力ではなく、その発想を信じ抜き、証明するために努力を惜しまず続けられる意思にあるのかもしれない。
天才は変人が多い。
歴史をたどれば、天才たちの変人エピソードは幾つも見つかる。
奇行は当然として、変態行為や異端ともいえる行為に手を染める者すらいる。
では何故天才は変人が多いのか。
それは定められた規格から抜け出そうとするからだ。
他の人間が避ける選択を敢えて選び、その中から新しい答えを模索する。
こういった人間は、ゲーマーの中にも存在した。
俺が思うに格闘ゲームにおける天才とは、もしかしたらできるんじゃないかという期待、普通の人間では流石に無理がある、ロマンを求めすぎている、少なくとも実戦で使える技ではない、金と時間を無駄にしていると切り捨てる可能性。
それを信じて何度も何度も反復練習をして、自らの血肉にした者だ。
例を挙げるなら、誰も使おうとしない高難易度コンボを実戦に持ち込むプレイヤーだろうか。
未来で使われていた高火力コンボは、最初は理論としては存在しても、実戦で使うには無理があると諦めるプレイヤーが大半だった筈だ。
それでも可能性を信じて研鑽を重ね、実用に耐えうる領域にまで育て上げた者がいた。
そういった者こそが、強者となり、勝者となり、天才と称えられた。
つまり特別な人間であるためには、他者の意見や常識、嘲笑を無視できる、自我の強さが必要なのだろう。
成功例のない難題を、霧に覆われ先の見えない道の中を、自分の決断を信じて歩き続ける覚悟が。
俺にその強さがあるのかは分からない。
だけど、未来は知っている。
このままいけばハラダがプロになり、後を追うように続々とプロゲーマーが生まれ、ストリーマーやVtuberなど、ゲームを遊んで食っていける人間が現れる未来を。
0が1になることを、知っているのだ。
まだ日本でプロゲーマーやストリーマーが世間に認知されていない、こんな時代に。
その確信を持つ俺は、ある種の天才といえるのではないだろうか。
天才とは言えなくても、天才たちの持つ意思の強さの代替品にはなるかもしれない。
この未来知識からなる確信は、これから努力を続けるうえで、他のプレイヤーと差をつけるアドバンテージになる筈だ。
俺はリンゴが地面に落ちる理由を知っている。
宇宙が太陽を中心に回っていることを知っている。
そして近い将来、プロゲーマーやストリーマーが台頭する未来を知っている。
ならば確信を胸に抱いて、努力に邁進すればいいだけだ。
==
とはいえ残念ながら格ゲー三昧の日々とはいかない。
あの大会を目指すうえで、気をつけなければならない障壁がある。
それは──両親の顔色だ。
『大黒田選手! 大きく振りかぶって投げました!
三者三振ー! 素晴らしい投球です!』
家に一つしかないテレビでは野球中継が放映され、父親はリビングのソファーに座ってビールを片手に眺めている。
我が家のチャンネルの選択権は父親にあった。
これを妨げてゲームをしようものなら、間違いなく反感を買いゲームを取り上げられてしまうだろう。
とはいえ父親が興味があるのは野球中継ぐらいだし、平日は夕方になるまで家に帰ってはこない。
親父のいない合間ならば、自由にゲームを遊ぶことはできる。
とはいえ、それはあくま父親の話。
「大河? 宿題終わったの?」
「ああ、もう終わってるよ」
「本当? あんたいつ終わらせたのよ」
「放課後、先生に宿題をもらった後、教室で速攻で終わらせた」
「ふーん……一応言っておくけどね、勉強はちゃんとしないと駄目よ。
これはあんたを思って言ってるんだから」
「分かってるよ」
〝あんたを思って言っている〟。
懐かしいセリフだ。
うちの母親は耳に胼胝ができるほど、この言葉を繰り返していた。
確かに母親は俺を思って言ってくれていたのだろう。
ゲームなんてやっていても幸せな未来は訪れない。
趣味を持つにしても将来の役に立つものを選ぶのが正しい選択だ。
それは正論だった。
当時の俺も、それが正しいと認めていた。
だけれども。
今思えば、母親の思い描く幸福が、俺の幸福だとは限らなかったんだろう。
「……」
人それぞれ、幸福を感じる瞬間は異なっている。
甘い物が好きな人もいれば、辛い物が好きな人もいる。
逆に甘い物が苦手な人もいれば、辛い物が苦手な人もいる。
母親は俺に公務員のような安定した職業、もしくはプロスポーツ選手や芸術家といった現代基準で社会的な尊敬を得られる職業についてほしがっていた。
それが俺の幸福に繋がると思っていたから。
比較的に寛容な親ではあったのだろう。
勉学、スポーツ、芸術、、様々なものに投資する姿勢を見せてくれたのだから。
だけど俺が一番好きな格闘ゲームだけは認めてくれなかった。
刹那的でも良かった。
糊口を凌げず飢え死にしても。
あの年になってゲームに没頭しているなんて、と馬鹿にされても。
俺は好きだったんだ、格闘ゲームが、他の何よりも。
格闘ゲームを遊んでいられる日々が、人生の絶頂期だと、掛け値なしに言える。
なにしろ格ゲーを取り上げられてしまった後、情熱の残りカスが燻り続けて、あらゆる分野に本気で取り組めなくなってしまったのだから。
いろんな分野に手を出して、充実していると自分の心に言い聞かせてみたが、それでも全て最後には駄目になった。
格闘ゲームは、俺にとって全ての事柄に通じるモチベーションでもあったのだろう。
俺が幸せになるためには、これがなくてはならない。
なんにせよ、夢を追ううえで一番の障壁となるのは母親だろう。
放任寄りの父親と違って教育熱心で専業主婦だから家には一日中いるし、この時代にはまるで有名ではない、プロゲーマーやストリーマーなんて夢。
未来でこそゲーマーはある程度の社会的な地位を確立したが、この当時は「ゲームをすると馬鹿になる」「対戦ゲームは暴力性を高める」などとテレビが報道して、袋叩きにされていた。
新聞だって変わらない。
SNSサイトが発展しておらず情報源の限られたこの時代、情報の発信源は新聞やテレビが握っていた。
当然両親はテレビや新聞の言うことを真に受けて、ゲームを嫌悪していた。
遊びや息抜きとしてならともかく、こんな時代に本気でゲームを仕事にする将来を目指してると知られようものなら確実に妨害される。
かつての世界線でも家でゲームを遊んでいるだけでいい顔をせず、果ては取り上げられてしまったのだから。
なので如何に未来への野心を隠し、真面目に勉学をして両親の信用を買うことが、今後夢を目指すうえで重要な点になってくるだろう。
まあ、野心を隠すといっても、この時期の俺はタイガードラゴンのソフトどころか、ハードすら持っていないのだが。
親に聞いたところ、今年のお年玉は全て使い切っているらしい。
でかい小遣いが入るまで、当分の間はゲーセンに通い続けるとしよう。
遊ぶ金はあまりないが、たまちんに頼めば、少しぐらいなら遊ばせてくれるみたいだし。
今はそうしてアーケードでチマチマ格ゲーを遊んで経験値を積んでいこう──
「ああそうだ、破れてたあんたのズボン、直しておいたから」
「……おう、ありがと母さん」
だけど同時にこうも思ってしまう。
今度こそ、親の期待に応えるべきなんじゃないだろうか、と。
俺は、あの夢の舞台を目指したい。
ゲームを遊んで生計を立てる、夢の生活を送りたい。
そしてゲームの腕前を披露して、色んな人から賞賛されたい。
その気持ちに偽りはない。
しかし母親には毎日世話になっているし、愛情も注いでくれている。
父親もスポーツ用品を買ってくれたり、休みの日は遊びにも連れて行ってくれた。
その優しさは、就活に失敗して逃げるように一人暮らしを始め、バイト三昧の生活を送っていた頃も変わらなかった。
間違いなく、恩義はあるのだ。
その恩義に報いるために、今度こそ親孝行を目指すべきなんじゃないだろうか。
……そう、思ってしまうのだ。
==
「瓢風、今日も来てたの」
「おう、星見もか」
星見は最近、ゲーセンによく来ている。
最初の頃はおっかなびっくりとしていたが、たまちん達ヤンキーがイジメるどころか守ってくれると理解してからは、堂々とゲーセンに通うようになった。
そうして星見がゲーセンに居つくようになると、界隈には珍しい女性プレイヤーを逃してはなるまいと、常連客の男達が囲いはじめて今ではすっかり格ゲーサーの姫状態。
こういう時は女は得だなぁとしみじみ感じていた。
「なにやってるのよ?」
「対戦を見ている」
「お金ないってんなら、一回分ぐらいなら奢ってもいいわよ。
私、色んな人に奢ってもらってるから、結構お金浮いてるし」
「それはありがたいけど、今はいい。
今遊んでる人、かなり上手いんだよ。
対戦するよりも観察したい」
そう、今遊んでいるツナギのおっさんは、おそらくこのゲーセンに通う格ゲーマーの中で一番上手いと思わしき人物だった。
格ゲーは遊び続けるよりも、対戦映像を観察して分析した方が勉強になる場合もある。
今日のところは彼が切り上げるまでは観察を続けたかった。
「観察すれば、強くなれるの?」
「観察の仕方次第だ、どこに着目するかによって変わってくる。
漠然と見ているだけじゃあ、何も学び取れない」
「……詳しく聞いてもいいかしら?」
「ええっと……」
……ええと、どう説明したもんかな。
とりあえず目の前の情報から話を広げていくか。
「今、ピーペンがしゃがみ弱パンチを擦り続けてるだろ?」
「確かにそうね」
ツナギのおっさんが操っているのは、孔雀拳の使い手ピーペン。
アーケードの画面の中では、ピーペンがしゃがみながらパンチを連発していた。
「これって、なんでそうしてるのか分かるか?」
「え、そりゃあ……強いから?」
「じゃあなんで強いと思った?」
「ええっと……」
「……格闘ゲームにはな、技の強さを測る値として、フレームや判定という言葉が使われるんだ」
「フレームと、判定」
「フレームっていうのは、技の出の速さや、後隙の短さ。
判定っていうのは、技が当たる距離や範囲とか。
ピーペンのしゃがみ弱パンチは、1秒を60フレームとして、たった3フレームで発動する作中屈指の素早い技で、そのうえ他のキャラの弱攻撃と比べてもかなり判定が長い。
こういった情報を理解したうえで、この人はピーペンのしゃがみ弱パンチを擦り続けていたんだ」
「へ、へー、なるほどねー」
「ちなみにだが、これらのフレームや判定といった使用は公式では発表されていない隠し情報だったりする」
「え? じゃあどうやって瓢風は知ったのよ」
未来なら攻略サイトでも調べれば一発なんだろうが、この時代だと格ゲーの攻略サイト文化はあまり発展しておらずそうもいかない。
とはいえ、この時代にはこの時代なりの情報の集め方がある。
「最初に見つけた人は一つ一つ地道に検証していたと思う。
二つのコントローラーを同時に操作して、どっちの技の方が発動が速いか、発動後の隙はどれぐらいの長さか、とか。
まあでも、俺がタイドラを始めた頃は、アーケード稼働からだいぶ経った後だったから、既に世間に有益な情報はゲーセン内で出回っていてさ、知っていそうな人に頼み込んで教えてもらっていたんだ。
といっても情報の有無は勝ち負けに直結するから、教えてもらえなかったり、間違った情報を教えられたり。
そんな時は自分で実際に検証してみたり、もしくは雑誌を漁って情報を集めてみたり」
俺はランドセルからファイルを取り出した。
幾つかの雑誌から切り抜いたタイガードラゴンに関する情報を纏めたものを。
その中の一ページを開き、星見に見せる。
「RPGとかと違って、格ゲーはデーターを解析するのが難しいみたいでな。
友達の持ってるタイガードラゴンの攻略本を読ませてもらったりもしたんだが、どれも大した内容は記されていなかった。
だからゲーム専門の情報誌にも目を通して、タイドラの有益な情報が見つけた際は、記事を切り抜いてこのファイルに纏めるようにしているんだ。
そうした記事の中には、フレームに関して記されているページもあってさ。
こういった地道な情報収集のお陰で、俺はフレームの詳細を知ることができたんだ」
フレームの存在に気づくまでに、いったいどれだけの時間を無駄にしたことか。
「俺が思うに、惰性と努力は違う。
ただひたすら同じことを繰り返すだけでも、その分野の精度は上げられる。
だけど、それだけでは成長の幅が限定されて、いずれ行き詰まってしまう。
立ち止まらないためには、努力の項目を増やすことが必要不可欠なんだ。
意識的に情報を集めて、敢えて慣れない問題に挑み、今の自分にない可能性を切り開かなければならない。
惰性的な反復練習と違って、知らないものを理解するための努力は、慣れない苦労を強いられる。
だけどそうして得たものは、確実に自分を上の領域に上げてくれる。
新しい技術を手に入れるという、明確な成長を実感させてくれる。
これは格ゲーだけでなく、どの分野にも通じる話だと思っている」
俺は昔からド〇ゴンボールが好きだった。
負荷訓練に続く負荷訓練、実戦に続く実戦。
それだけで際限なく強くなれたあのシンプルさに惹かれていた。
だから勘違いしてしまったのだ。
俺もまたコマンド練習やコンボ練習、実戦だけを繰り返せば際限なく強くなれるのだと。
確かにコマンドやコンボの練習をしていれば、少しづつでも実力は向上する。
とはいえ俺は〇イヤ人ではなく地球人だ、伸びしろに限界はある。
だからこそ伸び悩まないために、努力の項目を増やすことが必要不可欠だった。
「だから──ええっと」
ここで、ふと我に返った。
百歩譲ってフレームや判定について説明したのはまだいい。
だがそこから聞いてもない努力論や人生哲学を語り始めるのはどうなんだ。
しかも相手は小学生だぞ、理解できるわけないだろうに。
あまりにも言動がヲタク君すぎて恥ずかしくなってきた。
星見の奴、ドン引きしてないよな……?
「瓢風って結構考えてたのね」
「!」
「話の内容は半分も分からなかったけど……感心したというか、なんというか。
私、瓢風のこと今まで誤解してたかもしれない。
……もっとちゃらんぽらんな奴だったのかと」
「お、おう」
「……あのさ、瓢風にお願いがあるんだけど。
その、今よりもっと上達したくて……私に格ゲー、教えてくれないかしら?」
え、俺が星見に?
「……それは構わんが」
「ほ、本当?」
「ああ、というか俺でいいのか?」
「うん、私の知り合いの中で一番強そうなの、瓢風だし」
「へ、へー……しかし、なんつーか意外だな。
星見ってそこまで強い弱いに拘るタイプじゃないと思ってた。
ゲーセンに通ってるのも、皆と一緒に遊ぶのが楽しいから、みたいな感じかと」
「……」
そう問いかけると、星見は無言で俯き、ゲーセンの床を眺め始めてしまう。
あれ……これはまさか。
「何か、強くなりたい理由でもあるのか?」
「……うん」
「もしかして、誰かに因縁でも吹っ掛けられたりした?」
格ゲーマーの中には、そういうやつが結構いるからなぁ。
単純にマナーの悪い奴もいれば、張り合いがあった方がお互いのモチベーションに繋がるとかいう理由でトラッシュトークを吹っ掛けてくる奴もいる。
星見は小学生の女子ということで、良くも悪くも格ゲーコーナーでは目立つ存在だ。
おそらく星見もその手の連中に絡まれたと見た。
「もしよければ相談に乗るぞ」
「……順序だてて説明するわ……高町って知ってる?」
「高町?……ああ、あいつか」
女子グループのボスだよな、確か。
星見が一緒にいる姿をよく見たような気もする。
とても格ゲーをやっているような風貌には見えないが……。
「私、あの子とそこそこ仲良くしてたんだけどね。
私がここに通うようになってから、高町の遊びの誘いも断るようになっちゃって。
まあ、そのことに文句を言われることもあったんだけど、特に目をつけられたりはしなかったし、友達付き合いも続けてくれたわ」
「おぉ、そりゃ良かったな」
「──男が絡まなかった間は、だけど」
「え」
男絡み?
「もしかして、俺?」
「残念ながら、うちのクラスの一ノ瀬よ」
一ノ瀬……確か隣のクラスで一番足が早い奴か。
あと格ゲーも結構上手かった気がする。
そして顔がいいから女子にモテた。
「あいつも格ゲーやってたみたいでね。
私が格ゲー始めたってどこかで知ったみたいで、男子達を引き連れて勝負を仕掛けてきたの。
それでその、一ノ瀬の家に行っちゃって……それからはクラスの女子の皆からハブられるようになったわ。
どうにも高町って、一ノ瀬に気があったみたいで。
抜け駆けしてると思われちゃったみたいなのよ」
う、うわぁ……。
「じょ、女子連中に嫌われたのは災難だが、男子達とはどうなんだ?
格ゲーを通じて仲よくなれたりは」
「……下手糞と遊んでいると、自分まで下手になる。
一人で遊んでろ、そんなことを言われたわ。
高町たちにそのことを伝えても、いい気味だわ、なんて馬鹿にされちゃって」
……なにやってんだよ一ノ瀬。
格ゲー暗黒期のこの時代に、新規参入者のやる気を削ぐような真似をしやがって。
しかもそのせいで星見が女子グループにハブられちまっている。
一ノ瀬の奴、少しは人の立場を考えて行動しろよ──
……あれ、もしかしてこれ、俺のせいか?
「正直、私、高町のこと、あんまり好きじゃなかったのよね……。
我儘だし、理不尽だし、自分勝手だし。
距離を置けて清々している気持ちもあるから……もう諦めはついてるわ。
だけどこのまま一ノ瀬達に馬鹿にされっぱなしなのは悔しい。
だからお願い瓢風、私に格ゲーを教えてちょうだい」
「……」
「……瓢風?」
思えばそうだ。
前回の歴史で、星見歩が孤立することはなかった。
おそらく分岐点は、たまちんとの戦い。
あの時、俺が星見を引き留めなければ、彼女はゲーセンに通い詰めることはなく、普段通りの生活を続けていただろう。
そうなれば一ノ瀬から興味を持たれず、男子連中からの初心者狩りに合うこともなく、高町からの反感も抱かれず、今のように孤立もしなかった筈だ。
……このまま放っておくのは気まずすぎる。
「よ、よし! 分かった! 俺が星見を一端の格ゲーマーに育て上げてやる!」
「本当!? ありがとう瓢風!」
上達できれば一ノ瀬達と仲良くなるきっかけになるかもしれないし。
とはいえ……。
「それはそれとして星見、お年玉って残ってるか?」
「の、残ってないけど……も、もしかして指導料が必要だったりするのかしら……?」
「いいやそうじゃなくてさ。
練習のためには家庭用のゲームを買わなきゃ難しいと思って。
ゲーセンのアーケードだけ遊んで上達するとなると、いったいどれだけお金がかかることやら……俺の家にあればよかったんだが」
「瓢風も持ってないの……?」
「持ってないんだなぁこれが」
困った。
幾らやる気があっても練習できる環境がなければ上達しようがない。
やっぱり歩の人間関係に直接手を加えるべきだろうか。
たとえば星見が孤立しないよう俺の友達を紹介するとか。
とはいえ俺には男友達しかいないし、星見の所属する2組の生徒となれば、格ゲー繋がりで一ノ瀬達と薄っすら交流がある程度。
あいつは言って従うようなたまじゃねえし、クラスの外側で幾ら仲間を作ったところで、問題が起こっているのは2組の内側だ、根本的な解決にはならないだろう。
どうしたもんかね……。
「よおチビ共、今日も来てたんだな」
「あ、たまちん」
「どうしたんだよ、二人揃ってそんなしょぼくれた顔して」
「実は──」
俺はたまちんに事情を説明した。
するとたまちんは、ニヒルな笑みを浮かべてこう言った。
「──丁度いい、今日はいい物を持ってきたんだ」
「いい物?」
するとたまちんは紙袋を手渡してきた。
中に入っていたのは──え、マジかよ。
ゲームハードとタイガードラゴンのディスクソフト。
そしてアーケードコントローラー。
「最近歩が随分熱心に格ゲーやってるもんだから、家でも練習できるようにと思ってな。
まさか大河まで持っていなかったとは思わなかったが……まあ、一台あれば十分だろ。
俺はもう使ってねえ型落ち品だが故障はしてねえ、持っていけ」
……この男。
最初の横暴さはどこに行ったのかと聞きたくなる甘やかしぶりだった。
==
こうして、練習道具がそろったので、星見の家で特訓が始まった。
どうやら星見は自室に自分用のテレビがあるらしく、これならリビングで親御さんの顔色を伺いながらゲームを遊ぶ必要はなさそうだ。
彼女の部屋のテレビにたまちんから貰ったゲームを繋げてタイガードラゴンを起動する。
「それじゃあ特訓を始めるぞ。
まずは格闘ゲームの基本、ガードからだ。
タイドラの攻撃は大きく別けて、上段と中段と下段に分けられる。
この攻撃に対して、立ちガードとしゃがみガードを使い分けて防げるようになるのが最初の目標だ。
とりあえず対戦相手は難易度3のコンピューターからにしよう、さあやってみな」
「わ、わかったわ」
指導するにあたって、気をつけたのは一つは言葉選び。
俺自身、年を重ねたせいか、無駄に語彙力が増えてしまった。
その語彙力を奮って喋ったところで、未だ小学生の星見には伝わらないだろう。
ちゃんと子供にも通じるよう、可能な限り言葉を推敲する。
言葉だけではない、説明の順序にも気をつけた。
格ゲーの特訓は体力勝負。
理解の難しい説明をして、無駄に体力を消耗させるのは避けたいところ。
用いれる限りの手段を用いて、星見の負担が減るよう指導計画を練り上げる。
「いいぞ歩! お前は天才だ!
まさかこんなに早くガードを使えるようになるなんてな!」
「さっきからちょっと褒めすぎじゃない……?」
「そんなことはない! こりゃあ将来はプロゲーマー間違いなしだ!」
「プロゲーマーってなによそれ……」
次に気を付けたのは星見のモチベーション。
俺は同格の実力の友人と競争して上達していったが、あいにくと星見と同じ実力の対戦相手は身近にはいない。
となれば星見は負け続けることを余儀なくされ、モチベーションの維持は困難になってくる。
その対策として、俺は星見を褒めまくることにした。
あらゆる部分を事細かく、目についた部分から、精神的な姿勢まで、褒めに褒めまくり彼女の自己肯定感を育てていく。
「こうして見ると、やっぱり歩って可愛いよな」
「……え、どうしたのよ急に」
「茶髪に染めた髪は綺麗に手入れされてるし、私服もかなりのお洒落さんだ」
「は、はぁ!?」
「それに性格だっていいよな。
努力家だし、優しいし、気遣いもできるし。
所作が綺麗なのもいい、育ちの良さが滲み出ている、歩って実は結構モテるだろ」
「な、なんなのよあんた!?」
そうした日々を重ねていくと、歩はみるみる実力を培っていった。
習い始めたばかりの最初の頃とは比べ物にならないほどに。
小学生という枠組みの中なら文句なしの仕上がりだろう。
となれば、やるべきことはただ一つ。
「岡部、半田、一ノ瀬、あんた達に再戦を申し込むわ」
「はぁ、だから言っているだろ、お前みたいな雑魚にこれ以上付き合う気は──」
「──日曜日、本通りのゲームセンターの大会に出るんでしょう?」
「……盗み聞きか」
「私もその大会に出て、そこであんたたちを打ち負かしてやる。
まあ、これはあんたたちが私との勝負まで勝ち上がってこれたらの話だけど」
「……上等だ」
決戦の日は訪れた。