タイガードラゴン -格ゲー奮闘伝-   作:いかのしおから

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第3話「強くなれば女にモテるんじゃねえかって」

 格ゲーコーナーはいつもとは比べものにならないほどに盛況だった。

 

 今や格ゲー暗黒期。

 普段は音ゲーやUFOキャッチャーを目当てにした客が殆どで、タイガードラゴンの筐体が置かれている格闘ゲームコーナーは閑古鳥が鳴いているのが常だった。

 しかし今日は大会ということで、いったい普段はどこに隠れているのか、見ない顔が続々と集まっており、格ゲー人気の根強さが伝わってくる。

 ああ、なんとも懐かしい景色である。

 とはいえ、感傷に浸っていられる余裕はなかった。

 

 今の今まで俺は、あの大会に参加していたプロゲーマーのコーチ陣が弟子にのめり込む姿を、どこか斜めに構えて捉えていた。

 別に全てが嘘だとは思っていない。

 ただ、多かれ少なかれ、カメラの先にいる視聴者に笑いを届けるために、誇張した表現をしているものかと。

 だが今ならば分かる、彼らは自制していた。

 この感情を全て表に曝け出せば、とてもお茶の間では移せない姿になってしまう。

 息が詰まるどころではない、口から内臓を吐き出しそうだった。

 

 とはいえ……今この場で一番緊張しているのは俺ではないだろう。

 歩にとっては人生初めてのゲーム大会への参加だ。

 参加人数は十数人と小規模な店舗大会だが、それでも他者と順位を競い、自分の努力の成果を発表する特別な機会。

 表面上は落ち着いている歩だが、内心では緊張しているに違いない。

 ならば歩の師匠として俺が担うべき役割はなんだ?

 毅然とした態度で励まし緊張を解きほぐすことだ。

 

 一度大きく深呼吸をする……よし。

 

「あ、あああああ歩ならぜ、絶対勝てるっ! じ、じじじ自分を信じろ!」

 

 やべえ、盛大にどもった。

 

「……なんで私より大河の方が緊張してんのよ」

「……ご、ごめん、もし俺の指導が間違っていたせで、歩が負けちまったらと考えると、頭が真っ白になっちまって」

「はぁ、一度や二度負けたぐらいでなんだっていうのよ。

 また挑みなおせばいいだけでしょ」

「そ、そうだよな。

 今日負けても次勝てるようになれば──」

 

 ああもう! 違うだろ……!

 これから勝負に挑もうって身内に、負けた後の話なんてするんじゃねえよ……!

 くそう、完全に心が参ってる。

 なんか腹も痛くなってきたし。

 トイレで一発かましてこようかなぁ……。

 でも大会の開始時刻まで時間ないし……。

 

「おーい」

「ほら、たまちん達が来たわよ、しゃっきりしなさい」

「ん? どうした大河、尋常じゃねえ顔色だが」

「さっきからずっとこの調子なのよ、私のことが心配みたいで」

「神様仏様……歩を勝たせてくれ……!」

「はっ、自分の勝負に関しちゃ心配するまでもないってか、余裕だねぇ大河クン。

──で、あいつらか? 歩にちょっかいかけてきた連中ってのは」

「え?」

「あっち隅に隠れてブルブル震えているガキ共だよ」

「!」

 

 ガキ共──その言葉を聞いて脳裏に浮かんだのは、一ノ瀬達の姿。

 振り返ると、そこには想像通りの面子がいた。

 たまちん達はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべて、一ノ瀬たちに近づいていく。

 我らが格ゲーサーの姫を虐めていた憎き仇が目の前にいるのだ。

 姫に仕えるナイトとしての責務を全うしようとしているのだろう。

 だがそれに待ったをかけた奴がいた。

 それはなんと我らが格ゲーサーのプリンセス、歩自身だった。

 

「やめてちょうだい、これは私の喧嘩よ」

「……」

「お願い」

「……ちっ」 

 

 たまちんはつまらなそうに舌打ちして、舎弟達と共に去っていく。

 しかしよく見れば、たまちんの顔には僅かに笑みが湛えられていた。

 自分を負かした相手は自分で倒したい。

 どうやら歩の反骨精神は、負けず嫌いなたまちんにとって、好感を抱くに足る言動として認められたらしい。

 

「こ、高校生と仲良くしてるからって、自分まで強くなったと勘違いしてねえだろうな星見?」

「……そんなわけないでしょ。

 そっちこそ、使ったことのないコントローラーだったから上手く動けなかったとか、負けた時の言い訳は聞きたくないんだけど」

「アケコンぐらい家にあるっての」

「そういえばそうだったわね、ならこれ以上言うことはないわ」

 

 歩は満足げに頷いてたまちん達のいる場所へと向かう。

 残された一ノ瀬達は釈然としないといった様子で不満気な表情を浮かべる。

 どうして歩があんな不良高校生と交流があるのか。

 そしてこれほどまでに自身に満ち溢れた態度でいられるのかと。

 

「……おい、瓢風、なんなんだよあれ」

「悪い一ノ瀬、今日の俺は姫に仕える騎士団の一員なんだ」

「は、はぁ!?」

「つまり歩側ってこと。

 種明かしは今度にさせてくれ」

 

 一ノ瀬を置いて歩とたまちんのいる方へ向かう。

 ええと、二人はどこだ? ……ホワイトボードの前か。

 

「トーナメント表は?」

「今抽選が済んだところだ、これから発表される。

……はてさて、歩とあのガキ共は、何試合目にぶつかることになるなのかね」

『──えー、午前の部、タイガードラゴンの大会参加者は、こちらお集まりください。

 これよりトーナメント表を発表します』

 

──そうしてホワイトボードに記されたトーナメント表。

 何の因果か、歩の初戦の相手は──一ノ瀬勇也だった。

 

==

 

 参加者総勢13人。

 第一回戦の一試合目の組み分けは、一ノ瀬勇也VS星見歩。

 対戦形式はBO3、すなわち先に2セット奪取したプレイヤーが勝利となる。

 

 二つある筐体を挟み、一ノ瀬と歩はそれぞれ椅子に座った。

 筐体の周囲には幾人もの観戦者が集まって、大会の行く末を見守っている。   

 歩がこの格ゲー大会の紅一点ということもあってか、この試合の注目度は中々に高いようだ。

 

 対戦画面に切り替わった。

 歩の選出キャラクターはファルコン。

 鷹爪拳とは名ばかりの弾撃ちを主体にして戦う武道家だ。

 

「ち、ファルコンか……」

 

 対する一ノ瀬の選出キャラクターはフロッグ。

 蛙形拳の使い手で、得意技はフィールドの端から端に突進する突進技に、飛び上がりからのヒップドロップ。

 溜めキャラで初心者でも扱いやすい性能だが、同時に多くの初心者を引退に追い込んだ、タイドラにおける初心者狩りの代名詞とも呼ばれるキャラクターだ。

 不幸中の幸い、キャラ相性は歩に分があった。

……とはいえそれはあくまで、歩がファルコンを使いこなせていればの話だが。

 

『FIGHT!』

『突貫!』

 

 ゴングが鳴った──最初に動いたのは一ノ瀬のフロッグ。

 初期位置から一直線。

 歩のファルコンに目掛けて必殺技の突進攻撃を放ったのだ。

──頼む成功してくれ。 

 

『はあ!!』

『ぐえぇ!?』

 

 よし……成功した!

 

「おー、出せてる出せてる、実戦で使えるようになったのか、必殺技」

 

 ファルコンの両腕から衝撃波が放たれた。

 それに衝突したフロッグは怯んで動きを止めてしまう。

 画面の端から端へ一直線に突進する凶悪な必殺技を持つフロッグだが、この技には弱点はあった。

 それは飛び道具。

 進行方向に飛び道具を置くことで、安全にフロッグの頭突きを咎めることができた。

 タイガーなどのベーシックなキャラの弾撃ちと比べて、ファルコンの弾撃ちは比較的コマンドの入力が簡単ではあるものの、それでも初心者には難しく、これまでの歩は実戦では使いこなせずにいたが──今は違う。

 歩は的確にコマンドを入力し、弾撃ちでフロッグの突進技を悉く妨害していく。

 

『えいしゃあ!』

 

 突進技では埒が明かないと判断したのか、続いて一ノ瀬が放ったのは、ヒップドロップの必殺技。

 高速で飛翔した後、慣性を無視して降下し相手を踏み潰すという攻撃。

 こちらもまたフロッグを語るうえで外せない初心者狩りの代名詞だった。

 頼むぞ、成功してくれ……!

 

『せいやあ!』

『ぬおぉ!?』

 

 やった! これも成功した!

 

「対空も出せるようになったのか、やるじゃねえか」

「よしよしよし……!」

 

 ファルコンは上空に蹴りを放った。

 空中で一回転するバク転蹴りが、フロッグのデカケツを蹴り飛ばす。

 

 これこそがファルコンの無敵対空。

 空から攻めてくる相手へ絶対の回答となる必殺技だ。

 こちらもまたタイガーなどと比べれば、比較的な簡単なコマンドではあるものの、対空技は弾撃ち以上に発動の難易度が高い。

 なにしろ弾撃ちは能動的に放つことができるが、対空は相手が空から攻撃してこなければ有効に働かない受動的な技だ。

 少し前までは対空処理一つ覚束なかった歩だが、今は十全に使いこなしている。

 性懲りもなく飛翔降下技を使い続ける一ノ瀬のフロッグを、歩は対空技で撃ち落としていく。

 

「なるほど、弾撃ちと対空か。

 確かにこの二つで闘いが成立するファルコンなら、使いこなすにもそう時間はかからねえ。

 初心者の歩でも、ある程度の経験者とも対等に渡り合える実力を短期間で身につけられるだろうよ」

「ファルコンの必殺技で、フロッグの必殺技を完全に封殺できているのも良いよな」

「考えたなぁ大河」

 

 もちろん狙っていた。

 こんな奴だが一ノ瀬は強い、2組の男子達の中で一番の強者だ。

 だからこそ対策を怠らなかった。

 俺は時間の許す限りフロッグを歩にぶつけてキャラ対策を仕込み続けた。

 フロッグの必殺技のキモさに、何度か心が折れて逃げ出した歩だが、日を跨げば心を入れ替え再び挑戦する芯の強さを示してくれた。

 目の前で繰り広げられる光景こそが、歩の心の強さの証といえよう。

 フロッグのHPは残り二割まで削られた。

 あと少しで歩がラウンドを制する──

 

「……!」

 

──しかし、そうは問屋が降ろさなかった。

 

 一ノ瀬は戦い方を切り替えた。

 突進技と降下技──初心者狩りの両翼をもがれた一ノ瀬は、その二つを捨ててインファイトを挑みに向かった。

 当然インファイトを仕掛けるとなれば近づかなければならない。

 となればファルコンの弾幕や対空技を搔い潜る必要がある。

 ファルコンは追う側よりも待ち受ける側を得意とするキャラクターだ。

 戦況は依然、歩が有利のままだった。

 しかし、相手の行動の変化に動揺したのか──

 

──歩はコマンドの入力に失敗した。

 

「!?」

 

 そこからは怒涛の展開だった。

 張り手からのコンボを叩き込まれ、壁際まで追い込まれた歩。

 その後フロッグのデカケツが雨のように降る悪夢のような光景が始まった。

 必殺技発動前の溜めや、発動後の硬直時間など、付け入る隙はあった。

 だがそう簡単に対処できるなら、フロッグは初狩りの代名詞などと呼ばれて恐れられはしない。

 急激な展開の変化に対応が間に合わず、歩はそのまま1ラウンド落としてしまう。

 

『WINNERS! フロッグ!』

 

……まずい。

 思えば俺は歩に技術的な指導はしていても、精神面への指導は一度もしていなかった。

 大会当日まで時間が限られていたのも理由の一つだが、単純に指導できる知識が俺にはなかったためだ。

 これは歩にとって初めての大会。

 緊張して当然だし、緊張がプレイに悪影響を及ぼしてしまうのも当たり前。

 ちくしょう、俺のミスだ。

 今回の大会参加を見送ってでも、時間をかけて指導法を調べるなりしておくべきだった──

 

「大丈夫」

「歩……?」

「大丈夫よ大河、私は大丈夫だから」

 

……俺って本当に情けねえな。

 歩を応援するつもりで来たのに、逆に励まされちまうなんて。

 

「心配すんな、1ラウンド落しただけで試合内容では勝っている。

 後半はともかく前半は完璧だった。

 お前の指導は間違ってねえ、それを今から歩が証明してくれる筈だ」

 

 そうだ。

 師匠の俺が弟子を信じねえで、誰が歩を信じるってんだ。

 

「……歩なら絶対勝てる! 自分を信じろ!!」

「ええ……!」

『──ROUND2! FIGHT!』

 

==

 

 試合は進んでいき、歩が0セット0ラウンド。

 対して一ノ瀬が1セット1ラウンド。

 今のところ一ノ瀬の全戦全勝、全てのラウンドを制している。

 戦績だけで見れば一方的だ。

 店舗大会で採用されている試合の形式はBO3、つまりは2先。

 歩はあと1ラウンド一ノ瀬に取られれば敗北が決定する逆境に立たされている。

 追い詰められてしまった歩だが、この闘いの中で何もできなかったわけではない。

 

「歩ちゃん、段々粘れるようになってきたな」

「次のラウンドから巻き返せるんじゃないか?」

 

 セット1ラウンド1、歩はフロッグのHPバーを4割削っていた。

 セット1ラウンド2、歩はフロッグのHPバーを6割削っていた。

 セット2ラウンド1、歩はフロッグのHPバーを8割削っていた。

 そしてセット2ラウンド2、歩は一ノ瀬のHPバーを──

 

「よし……いけるわ」

「……!」

 

──10割、削り切った。

 

「おお」

 

 と、周囲から僅かに歓声が上がる。

 ようやく勝てた。

 とはいえ勝ち取れたのはたった1ラウンド。

 既に一ノ瀬が1セット1ラウンド制しており、次のラウンド落せば星見の敗退が確定する。

 数字だけを見れば一ノ瀬に圧倒的な分があるように見えるだろう。

 しかし注目するべきは試合内容だ。

 一ノ瀬が勢い任せに強引に勝利を掴み取ってきたのに対し、歩は弾撃ち対空という堅実な戦術を持って勝利を掴み取った。

 最初の頃は意表を突かれ翻弄されていた歩だが、意表というものは構えていないからこそ突けるもの。

 そして意表を突くということは、まともな闘い方では通用しないと認めたも同然である。

 時間が経つにつれ段々と歩は一ノ瀬の動きにも慣れていき、戦況は歩のペースへと傾いていった。

 

『──WINNERS! ファルコン!』

「やった!」

「ちっ」

 

 続くラウンドも歩が制し、初めて1セット手に入れた。

 しかも内訳は歩がHPバーを4割残した状態で。

 歩は着実に、一ノ瀬の使うフロッグの動きに慣れつつある。

 試合の流れを支配しつつある。

 

「くそっ!」

 

 続くセット3ラウンド1を制したのは、またしても歩のファルコンだった。

 現在カウントは歩が1セット1ラウンドで、一ノ瀬が1セット0ラウンド。

 戦況は完全に逆転していた。

 あと1ラウンド取れば歩の勝ちだ。

 

「っち……画面端でちまちま戦いやがって……正々堂々勝負しろよ……!」

「フロッグ使ってる奴が言えることか?」

「まあ、キャラ対してない方が悪いわな」

「……ちっ」

 

 たまちんの手下含む周囲の野次に論され、一ノ瀬は閉口する。

 これがタイガーのようなベーシックなキャラや、弱キャラを使う側の主張であれば反論も出辛かっただろうが、一ノ瀬の使うキャラはフロッグだ。

 初心者狩りの代名詞、初心者環境では蛇蝎の如く嫌われている。

 今はベテランとなったプレイヤーの多くも、かつてはフロッグに苦しめられた過去を持つ者が大半だろう。

 飛び道具を主体とするファルコンと比べても、フロッグのやっていることは中々に、中々なのだから。

 なにはともあれ……やはり予想通りか。

 

「あいつ、フロッグ使いの癖に、ファルコンのキャラ対してねえんだな」

「ああ、歩に聞いた話によると、他の男子がファルコンを使おうとすると『そいつと戦っても面白くないから選出するな』つって、止めてたらしい」

 

 どうして初心者の歩が経験者の一ノ瀬に、ここまで食らいつけているのか。

 それは俺の教えた弾撃ち対空戦術や、フロッグへのキャラ対、なにより歩の努力の賜物であることには間違いない。

 だが、一番の理由は他にある。

 それは一ノ瀬がファルコンのキャラ対をしていなかった、という点。

 歩が一ノ瀬の家に遊びに行った時、一人の男子がファルコンを使おうとした。

 その際一ノ瀬は、「そいつと戦っても面白くないから選出するな」と言って止めたそうだ。

 この言葉から予想を立て、俺は一ノ瀬がキャラ対から逃げている判断し、戦略を組み立てた。

 結果として一ノ瀬は、ファルコンの弾幕の突破方法を知らないまま今日に至ったのだろう。

 

 一ノ瀬は強い、プレイ時間が歩とはかけ離れている。

 キャラ対をしなかった分、コンボ練習や実戦などに時間を注いでおり、一ノ瀬の持つ攻撃的な技術の数々は、初心者の歩にとっては対処し難い脅威だ。

 歩は相手の強みを押し付けられないよう、フロッグを近づかせないように努めているが、それでも隙を突かれ攻撃を当てられてしまう。

 総合力では歩が劣っていると認めざるを得ない。

 

 だが──格闘ゲー厶は好きなことだけをやってれば勝てるものではない。

 目の前の相手を倒すために必要な手札を揃え、その一つ一つを丹念に磨き上げ、攻略法を確立しなければならない。

 そう、惰性と努力は違うのだ。

 

『WINNERS! ファルコン!』

 

 最後までフィールドに立ち続けたのはファルコン──つまり歩だ。

 歩はこれで2セット奪取した。

 決着はついた。

 この試合、歩の勝利だ。

 

==

 

 その後、歩は破竹の勢いで勝ち上がっていった。

 ガチャガチャとレーバーとボタンを弄っているだけでも楽しめる小学生環境において、完成された動きを持つ歩のファルコンはあまりにも強すぎた。

 

──とはいえ、初心者の歩が優勝できるほど、この世界も狭くはなかったのだろう。

 

『勝者! プレイヤー2! 甚田和則!

 優勝者は和則くんに決まりました!』

「な、なんとか勝てた……」

「ここまで、か」

「よくやった歩!」

「中々上手かったなぁ歩ちゃん」

「ああ、ここからどんどん上手くなりそうだ」

「……ファルコン使えばあのぐらいは誰にでもできるだろ」

「いやいや、それが簡単にできれば苦労はしないって」

「……ま、認めてやるか」

 

 歓声と拍手が巻き起こる。

 それらは優勝者である少年ではなく、歩に向けられたものの方が多かった。

 使っているキャラの性質上、やはり賛否両論は入り混じるが、それでも歩を称える声が主流だ。

 まず女性が興味を持ち辛く、参入するには敷居の高い格闘ゲームというジャンル。

 コミュニティに抱かれる感情は好意だけでなく、猜疑心や反感も多かった筈だ。

 しかし歩はそれらの偏見を全て乗り越え、自らの実力を証明してみせた。

 歩は照れながらも笑顔で賞賛を受け取り、壇上を降りてこちらに戻ってくる。

 

「ごめん、最後の最後で負けちゃったわ」

「いやいや! 謝るなよ! 初出場で準優勝だぜ!?

 俺感動しちまったよ……!!」

「この戦績で謝れるとは大した野心だ。

 まあ、今日のところは喜んどいてもいいんじゃねえか?

 少なくとも当初の目的は達成できたんだからなぁ?」

「たまちんってば悪い顔……」

 

 そう、隣のクラスの男子達は一勝できればいい程度で、最高戦績はベスト8。

 一ノ瀬以外、誰も歩とはトーナメントでぶつからないまま敗退していった。

 この戦績からして、あちらのクラスで誰が一番強いのかは一目瞭然だろう。

 

「……そういえば大河、あんたも大会に出場するとか言ってたくせに、どうしていなかったのよ。

 あんたの実力的に決勝まで勝ち上がってこれないのはおかしいでしょ」

「ああ、それに関しては──」

『──午前の部が終わりましたので、これより午後の部、年齢制限なしの大会を開催します。

 参加者の皆様はこちらのホワイトボードの前にお集まりください』

「……あんた、まさか」

 

 ご明察である。

 ホワイトボードに記されたトーナメント表には、こう書かれていた。

 瓢風大河、と。

 

==

 

──えてして、男って生き物は勘違いがいしちまう。

 強くなれば女にモテるんじゃねえかって。

 

「くそっ、納得いかねえ……!

 星見の奴、あんな寒い戦い方して、それで準優勝なんて……!」 

「なあ勇也……瓢風の奴、午後の大会に出るみたいだぞ」

「はぁ? あいつ俺らと同い年だろ」

「……わかんねえけど」

「……流石の瓢風でも高校生や大人には勝てねえだろ」

 

 狩猟時代や戦国時代、力が必要とされた時代であれば、女が身を守るために強い男の元に集まることもあっただろうよ。

 つっても、今は平和な日本だ。

 喧嘩が得意だったとして、それが日の目を浴びる機会は滅多にない。

 金を稼ぐにしても、それができるのは一握りの格闘家だけ。

 モテるためには、見てくれや会話術など、他に磨くべき要素が無数にある。

 

 ならどうして、男は強ければモテるなどと、そんな勘違いをしちまうのか。

 

「あー大河くん、やっぱりこっちに出たか」

「……なんだよあいつ。

 見た感じ小学生だろ、ルール的に大丈夫なのか?」

「大会の区分けは子供大会を大人が荒らさないようにするための予防線だ。

 子供が大人側に出る分には問題ないだろ」

「ふーん……どれだけやれるのか見ものだな。

 ガキの癖にイキってこっちに出ておきながら、一勝もできず敗退したら笑いもんだぜ」

 

 反感の声がぽつぽつと上がる。

 ここに集まっている奴らは、流行廃れた格闘ゲームなんてジャンルで、わざわざ大会に出るまでやり込んでいる奇特な連中ばっかりだ。 

 となればこの場所に相応の拘りがあるに決まっている。

 そんな中に、適正年齢を大きく下回る子供が紛れ込んでいれば、どう思うのか。

 当然、反感を抱くだろうよ。

 身の程知らずのクソガキが、よくも俺たちの聖域に足を踏み入れやがって。

 しばき倒して格の違いを思い知らせてやる、ってな。

 とはいえ──こいつらが瓢風大河を理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「……」

 

 大河が勝ち上がるにつれ、どいつもこいつも口を閉ざしていく。

 しかしその目は言葉以上に雄弁に物語っていた。

 次々と大河の背後へと集まってゆき、食い入るように対戦画面を眺め始める。

 アーケードから騒がしい音声が流れる中、ごくりと、硬唾をのむ音がはっきりと聞こえた。

 

「……おいおいおいおい、1ラウンドも落とさないまま決勝まできたぞ」

 

 男たちは熱狂した。

 顔を高揚させ、額に汗を浮かべ、熱狂を伝播させてる。

 

──何故、男は強ければモテるなどと勘違いしてしまうのか。

 答えは単純明快、男が強さを信仰しているからだ。

 それは教育によって後天的に植え付けられたものでも、社会の常識によって型に嵌められたものでもねえ。

 大樹の年輪の如く遺伝子に刻まれた、強者への憧れ。

 その背に追いつきたいと、その歩みを支えたいと、俺より強い奴に会いに行くと。

 その本能は、かつて人間が狩猟によって糊口を凌いでいた時代や、武士や侍が殺し合い覇を競っていた時代、種を存続させるために必要不可欠だったのかもしれねえ。

 その時代の遺伝子が、今も尚、男達の血脈に脈々と受け継がれていた。

 

『──勝者! プレイヤー2! 瓢風大河!

 優勝者は今大会最年少参加者の大河くんに決まりました!』

 

 午後の部の大会における大河の成績は、堂々たる──1位。

 このゲームセンターにいるプレイヤーの中で最強を示す順位だった。

 

「……全戦ストレート勝ちだ」

 

 静かに、厳かに、だが確かに熱狂が爆発する。

 未だ小学生の少年が、高校生を、大学生を、大人たちを一人残らずなぎ倒した。

 その光景は信じがたいが、目の前に確かにある。

 同じ男に生まれて、これに恋い焦がれずにいるのは難しい。

 伝説の始まりを目撃したとでもいうように、男達は熱狂していた。

 まるで──初めて俺が大河と戦った時のように。

 

……これを見て、あのチビ共は何を思うのかね。

 

==

 

「──てめえに負けてまた四位か。

 まあいい、壁は高い方が乗り越え甲斐があるってもんだ。

 俺が優勝するまで誰にもその座を譲るんじゃねえぞ大河」

「おう! 任せとけたまちん!」

 

 大会の終わった昼下がり。

 俺達はゲーセンの前でたまちんと別れた。

 

 午前の部では歩が2位。

 午後の部では俺が1位。

 たまちんは残念ながら準決勝で俺と当たってベスト4だった。

 

 通用する自信はあったが、こうして目に見えた形で評価されると日々の努力が報われた気分になる。

 歩だって一ノ瀬達への雪辱を果たせたし、そのうえ準優勝の大金星だ。

 加えてもう一つ嬉しかったことは交友関係が広がったこと。

 今回の優勝をきっかけに、対戦したいと連絡先の交換を持ちかけてくれる人が何人か現れた。

 練習相手は幾らいたって良い、それが大会に出場するほどやる気がある相手なら猶更だ。

 そんなこんなで、今日は得るものの多い一日だった。

 

「──瓢風!」

「お……?」

 

 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには一ノ瀬達の姿が。

 彼らは皆鼻息荒く、鬼気迫る表情を浮かべている。

 いったい何の用だ……まさか報復か……?

 ありえる、格ゲーを始めたばかりの歩にあんな恥をかかされたんだ。

 一ノ瀬の性格を考えれば、こうなることを予想しておくべきだった……!

 どうする……? 頼れるたまちん達はもういない。

 歩一人でも逃がすべきか……?

 

「──頼む! 俺をお前の弟子にしてくれ!」

「俺も!」

「俺も頼む!」

「……お」

 

 で、弟子入り?

……予想外の展開だ。

 

「なあ頼むよ瓢風! 俺達強くなりてえんだ!」

 

……どうする?

 現在格闘ゲーム暗黒期真っ只中。

 同好の士は願っても簡単には手に入らないもの。

 俺としては是非とも弟子に迎え入れたい。

 だけど俺、もう歩と友達になっちまったんだよな……。

 歩と仲の悪いこいつらと仲良くすれば、ただでさえ孤立している歩の居場所がなくなっちまう。

 それはあまりにも可哀そうだ。

……いいや、待て。

 これ、どっちの問題も解決できる方法があるんじゃないか?

 

「……俺の弟子には既に歩がいるもんでな。

 聞いた話だと、お前ら随分歩に辛く当たったそうじゃねえか。

 姉弟弟子と仲良くできねえようじゃあ、弟子入りは認められねえなぁ」

 

 一ノ瀬達は露骨に動揺を露わにした。

 その後、一ノ瀬達はお互いの出方を探るように、隣の仲間と視線を交わし合う。

 そして最初に口を開いたのは、歩と初戦でぶつかった一ノ瀬だった。

 

「……わ、悪かったよ星見! 許してくれ!」

「ちょっと魔が差しただけなんだよ! 二度としないから!」

「ごめん! 本当ごめん!」

「あ、う、うん……別にいいけど」

「よし、弟子入りを認めてやろう。

 ただし、歩が困ってたら絶対に助けろよ?

 できなかったら破門だからな」

「わ、分かった!」

「それじゃあ早速コンボ練習100回とコマンド練習100回だ!

 今すぐ家に帰ってやってこい!」

「お、おう!」

 

……ふう、これで丸く収まったか?

 一ノ瀬達の姿が見えなくなった後、額の汗をぬぐう。

 

「ありがと大河、あんたのお陰で学校でもやっていけそうよ。

……世の中にはこんな世界もあったのね」

「気に入ってくれたか?」

「そうね……苦労もしたし、色々失ったものもあったけど……。

 こんな景色が見れるのなら、選んで良かったと思えたわ」

「……へへへ」

 

 その言葉を聞いて、肩の荷が下りた気分がした。

 色々な問題が絡み合いすぎて、いかんせん落としどころが分からなくなっていた今回の一件だけど……とりあえず、これで一件落着にさせてくれ。

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