タイガードラゴン -格ゲー奮闘伝-   作:いかのしおから

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第6話「現実」

 車の駆動音の騒がしさに意識が浮き上がる。

 目を開けると、そこは俺が二十代の頃に借りていた安アパートの一室だった。

 

「夢オチかよ……ちくしょう」

 

 よろよろと枕元にあったスマホを取り、電源を入れて確認すると午前8時。

 バイト先からは電話通知が入っている。

 完全に遅刻だ。

 

「……起きねえと」

 

 そうは思ったが、中々起き上がれない。

 なにしろせっかく人生をやり直せると思っていたんだ。

 にもかかわらず、それら全ては嘘だと分かった事実は、あまりにも重く俺の心に圧し掛かる。

 裏切るぐらいなら、初めから期待なんてさせないでくれよ。

 そんな風に憤ったところで、夢を見せていたのは俺自身の頭なので、拳を振り下ろす先もいないのだが。

 

「……よいしょっと!」

 

 気合で起き上がり、鏡の前に向かう。

 休みたい。

 だがどう言い訳すればいい。

 夢に裏切られたから休みたいなんて言ったとして、誰が納得するというのだ。

 幸い寝間着ではなく普段着のままで就寝していたので、着替える手間はない。

 最低限身だしなみを整えた後、俺は仕事道具を持ってドアを開けた。

 

「お、ようやく起きたか」

「おせーよ寝坊助、待たせやがって」

「早くいくわよ大河」

「え──なんで、皆が」

 

 ドアを開けると、その先にはたまちんと竜征と歩がいた。

 どうして……現実では歩たちとは関わりなんてなかったのに。

 

「どうしてって」

「そりゃあ」

「「「夢だから?」」」

 

……あ、そっか。

 

──再び意識が浮上した。

 目を開けると、そこは実家の子供部屋だった。

 手のひらを見ると、子供の手。

 俺の身体は子供の頃のままだった。

 

「ああ……夢でよかったぁ」

 

==

 

 えびす通りとの対抗戦以後、彼らとの交流が始まった。

 定期的な対抗戦は勿論のこと、更には技術交換会も活発的に行われるように。

 タイドラの衰退極まる昨今、彼らのような意欲のあるプレイヤーと交流を持てたのは、不幸中の幸いと言えよう。

 そんなえびす通りの面々の中で、俺が最も関わっていたのは、やはり竜征だった。

 

 あいつは定期的にうちのゲーセンにやってくるようになった。

 もちろん、目的は俺へのリベンジだ。

 来る度に上達しているため、負けずと俺も技術の研鑽を迫られた。

 しかし、ある日を境に竜征が急成長してしまい、俺は呆気なく敗れてしまう。

 どうして竜征がこの短期間で急成長したのか調べてみると、どうにもえびす通りとも本通りとも違う、別のゲームセンターに足を運んでいたらしい。

 

 格闘ゲームは、プレイヤーの数が多ければ多いほど戦略に差が生まれる。

 竜征は交流のないゲームセンターに自ら足を運び、そこでのみ流行っていた技術を取り入れたという。

 このままでは負け越してしまうと焦った俺も、別の街にあるゲームセンターに足を運ぶようになっていった。

 

 それからというもの、俺と竜征はここ広島中区の格ゲー界隈ではそれなりに名前が通るようになってきた。

 元々広島の中心地ということで、比較的だが人口の多かった本通りゲームセンター。

 他所のゲーセンと交流を持ち始めてからは、俺達が拠点とする本通りやえびす通りのゲームセンターに今まで以上に人が集まるように。

 彼らの目的は俺たちへのリベンジだったり、格ゲーの勉強のためだったり。

 他のゲーセンから客を奪ったようで悪いが、うちのゲーセンのタイドラコーナーはかつてないほどの活気を見せていた。

 

「これで近場のゲーセンはだいたい制覇したな。

 明日からどうする? もっと遠くに足を運ぶ──のは連休じゃないと無理か。

 噂に聞く格ゲー仙人でも探してみるか?」

「それってただの都市伝説じゃないの?

 いるかもどうかも分からない相手を探すぐらいなら、次の対抗戦の準備でもしましょうよ……今度こそ私も三将戦に参加したいし」

「うーん……竜征、お前はどう思う?」

「……いや、俺は」

「?」

「……明日は、本通りのゲーセンに行きたい」

「じゃ、そうするか」

 

 人生をやり直せた。

 再び格ゲーを始められた。

 後悔だって払拭できた。

 格ゲー仲間も大勢できた。

 最高のライバルだってできた。

 何もかもが上手くいっている。

 まるで夢の中にいるような、満ち足りた毎日を送っていた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そんな時だった。

 

「──赤コーナーァアアア! 関東エリア代表アギトォオオオ!!

 ──武者修行を始めて早二週間、不敗の神話は崩れることなく築き続けられています、今のお気持ちをお聞かせください。

 エクスタシィィィ……。

──センキューフォーリプライィィィ……。

 噂によりますと、ここが広島の中心地にあるとされるゲームセンターですが、挑戦の意気込みは?

 今まで戦ってきた雑魚共と違って、多少は歯ごたえがあることを願いたいもんだ。

──お答えいただきありがとうございました!

──それでは! 対戦に移りましょうううう!」

 

 そいつは、常軌を逸したイキり方をしていた。

 年齢はおそらく20代前半。

 茶髪にタンクトップ、体格は瘦せ型。

 秋に裸足でタンクトップという部分に目を瞑れば、平成の若者らしい垢抜けした外見だ。 

 しかしそんなイケてる見た目も、その言動が全てを台無しにしている。

 なにしろ大会期間中でもない通常営業中のゲームセンターに、マイクも持たずヒーロ役とインタビュアー役、一人二役を演じながら入店してきたのだから。

 

「つーわけで──格付けしようぜ。

 俺様とお前ら、どっちが上で、どっちが下か、今ここで」

 

 なんなんだ、こいつは。

 

==

 

「なんだてめえ! 薬でもキメてんのか!?」

 

 最初に食って掛かったのは我ら本通りの特攻隊長、たまちんだった。

 たまちんはただでさえ鋭い目を今にも人を殺さんばかりに鋭利に尖らせながら、件の男を睨めつけた。

 相変わらず凄まじい迫力だ。

 俺もかつてああしてたまちんに凄まれたことがあったが、夢だと思っていなければチビっていたかもしれない。

 にもかかわらず件の男は、どこと吹く風とニヤケ面を晒したまま。

 おそろしく胆力があるのか。

 それともたまちんの言う通り、薬でもキメているのだろうか。

 

「た、たまちん、こいつ、アギトだ……!

 タイドラの全国大会で優勝した!

 ゲーム雑誌に顔写真が掲載されていたのを見たことがある……!」

「!」

 

……! そうだ、どおりで見覚えがあると思った。

 いつか見たゲーム雑誌にも、こいつの顔とリングネームが掲載されていた。

 

「そんな奴が、どうしてうちのゲーセンに」

「言ったろ? 武者修行の旅だって。

 地方にも強え奴がいるんじゃねえかって探してみたが、どこもかしこも期待外れだ。

 そんな時、噂を聞いてな。

 このゲーセンにはめちゃくちゃ強えーガキがいるって話じゃねえか。

 今度こそ俺様のお眼鏡に叶うことを願いたいもんだ。

 それで、どっちが噂のガキだ?」

「は、はん! こいつらと戦いたいなら、俺を倒してからに──」

「……たまちん、ここは俺にやらせてくれないか」

 

 そう言って、前に出たのは竜征。

 竜征は拳を握り締め、覚悟を秘めた瞳でアギトを睨む。

 

「噂の正体はお前か」

「あいにくと№2だ。

 大河と戦うに足る実力があるのか、俺が見極めてやる」

「へへ、期待してるぜ、おちびちゃん」

 

 啖呵を切り合い、対戦台に座った二人。

 竜征が選んだキャラクターは、ドラゴン。

 そしてアギトが選んだキャラクターは──タイガーだった。

 

==

 

「ま、まだ──」

「いいや、これ以上やっても意味ねえよ。

 お前じゃどれだけやろうが俺には敵わねえ」

「……」

 

 完敗だった。

 あの竜征が、1ラウンドも取れず、3セット全て落としてしまった。

 当初の予定では5先を予定していたが、アギトの言う通り、俺の眼から見ても竜征に逆転の芽があるとは思えない。

 これが、タイドラトッププレイヤーの実力か……。

 

「次はそっちのおちびちゃんだ、勝負の形式はどうする?」

「2先──」

 

 2先。

 2本先取したプレイヤーの勝利となる形式だ。

 タイガードラゴンでは最も一般的な勝負形式であり、多くの大会でもこのルールが採用されている。

 この勝負形式には利点がある。

 それはジャイアントキリングが発生しやすい、というもの。

 基本格闘ゲームは勝負数が少なければ少ないほど勝敗に運が絡み、逆に多ければ多いほど実力に収束する。

 明らかに格上と思わしきアギトに対し、2先を提案するのは理に適った選択だ。

 だが──

 

「──いいや……3先だ」

「へぇ」

 

──中途半端にプライドが邪魔をした。

 

 3先という形式は、2先よりも運の要素を排除した、実力勝負の形式となっている。

 とはいえそれでも勝負数は少ない方だろう。

 言い訳の余地もなく完璧に実力を測るとなれば、10先は必要だ。

 最低限自分の勝筋を確保しつつ、自分のプライドを守るための選択が、この3先だった。

 

 椅子に座り、ボタンとレバーに指を揃える。

 馴染みのゲームセンターだというのに、妙に居心地が悪い。

 まるで他人の家でゲームをやっているような気分だ。

 アギトの変人ムーブに飲まれてしまっているのか。

 このためにあんな態度を取ったのだとすれば、とんだ策士である。

 いいや、それはないな。

 こいつは素で頭がおかしいのだろう。

 

「……」

 

 飲まれるな。

 気持ちで負けるな。

 態々タイドラのトッププレイヤーが、うちのゲーセンまでやってきてくれたのだ。

 ならばいつかの竜征との勝負と同じように、俺がトッププレイヤーになれるかどうかの試金石にしてやる。

 

「てめえもタイガーか」

 

 お互いに選出は同じ。

 タイガーVSタイガー。

 同キャラ対決は実力差が如実に表れる。

 なにしろ、相性に差がないからだ。

 お互いに、キャラの性能や相性を言い訳にすることは許されない。

 

「見せてみろ、てめえの実力を」

 

 ゴングが鳴った。

 両者共に立ち上がりは静かだった。

 お互い開始と同時に前方に歩いたが、ある一定の距離まで近づくと、まるで見えない棒でも間にあるように、近づけなくなった。

 前に後ろにと僅かに揺れ動きながら、弾撃ちや置き技で牽制しつつも、本格的な攻勢は仕掛けないまま。

 もし解説席に格闘漫画のキャラクターがいれば、達人の間合いだとでも語ってくれただろう。

 そう、俺たちは間合いを測っていた。

 相手の攻撃をギリギリで交わしつつ、自分の攻撃を一方的に当てられるタイミングを。

 

『はあ!』

 

──来た。

 アギトのタイガーは蹴りを放った。

 しかしその足は、俺のタイガーの身体に届かず空を切った。

 攻撃の後隙を晒すアギトのタイガー。

 コンマ数秒もすれば足を引っ込め、ガードの姿勢に戻るだろう。

 だがそうはさせない、この後隙を逃さない。

 アギトのタイガーの伸びきった足を蹴り落とす。

 差し返しだ。

 

『ぬおっ!?』

 

 攻撃は当たったが、タイミングを逃した──コンボには繋げられないか。

 再び間合いは仕切り直し。

 じりじりと距離を測り合う。

 さあ、もう一度仕掛けてこい、差し返してやる。

──いいや、待て。

 相手のタイガーは一直線に近づいてきている。

 まずい、下がらなければ、いいや違う、咎めなければ、対応が間に合わな──

 

『せい!』

『ぐう!?』

 

──ち、俺としたことが。

 アギトからの差し込みを食らった。

 タイドラの全てのキャラは、後ろに下がる速度より、前に進む速度の方が早い。

 後ろに下がっている時に立ちガードは発動するが、立ちガードで対応できるのは中段と上段だけで、しゃがみガードでなければ防げない下段への対応はおろそかになる。

 この使用を利用して、アギトは一直線に前に進み下段を当ててきたのだ。

 こちらが一発でも置き技を放っていれば、咎められたというのに。

 恐れを知らずにも最速最短で近づいてきたアギトの胆力にしてやられた。

 

「……」

「……」

 

 再び睨み合いが始まった。

 

──置き技、差し返し、差し込み。

 この三種はじゃんけんのような相性をしている。

 

 置き技は差し返しに弱く、

 差し返しは差し込みに弱く、

 差し込みは置き技に弱い。

 

 格ゲーの世界において、この三つ巴を用いた戦いを、地上戦と呼ぶ。

 ある程度操作が熟達したプレイヤーが二人いなければ成立しない構図だが、うちのゲーセンはプレイ人口が多いので、地上戦の経験値は十分に詰めていたと思う。

 しかしこれほど神経が張り詰める地上戦は初めてだった。

 まるで皮膚を鑢で削られるような、じりじりとした緊張感。

 食らいつけてはいる筈だ。

 だが嫌な予感がした。

 このまま何も考えず現状を維持していれば、突破口を開かれてしまうような予感が。

──先に仕掛けるか。

 

『せいや!』

 

 俺がおもむろに放ったのは──ジャンプ攻撃。

 地上戦にくぎ付けになっていたアギトは、ジャンプのことなどすっかり頭から消えていたようで、俺の飛び蹴りを食らってしまう。

 トッププレイヤーといえど所詮は人間か。

 その後繋げて放つのは5割コンボ。

 既に地上戦で6割近く食らわせていたため、これでHPを削り切る。

 よし、まずは1ラウンド先取だ。

 行ける、俺の技術はトッププレイヤー相手にも通用している。

 

「……最近東京で開発されたコンボだと思っていたが、まさかここにも使える奴がいたとはな。

……ちょっと舐めてたぜ」

 

 東京で開発された……?

……俺がこのコンボを知っているのは、未来の知識を持っていたからだ。

 もしかすれば、本来の歴史では東京出身のアギトがこのコンボを広島に伝え、後に俺が知った、という流れだったのかもしれない。

 時期的にも合っているし……。

 となればアギトもこのコンボを使えるのか……? 警戒しなければ。

 

『ROUND2! FIGHT!』

 

 なんにせよ、俺の腕前はアギトにも通じている。

 1ラウンドを経て身体も温まってきた。

 未だラウンド1の地上戦の幻影に囚われるアギトに、空中からの攻撃を仕掛けダメージを稼いでいく。

 よし、またしてもとっておきのタイミングが来た。

 悪いがこっちも使わせてもらうぜ、名も知れない東京のコンボ職人。

 超必殺技込みの7割コンボだ。

 

『真・飛虎掌!』

『WINNERS! プレイヤー1!』

「そりゃあ、あのコンボを使えるなら、こっちも使ってくるよな」

『CONTINUITY? ──ROUND1! FIGHT!』

 

 よしよしよし……!

 勢いのまま1セット奪取。

 続いて始まったセット2ラウンド1。

 流石にアギトも対空に意識を割くようになり、思うように空からの攻撃が通らなくなった。

 だが地力では決して劣っていない。

 それは今までの戦いで分かっている。

 ジャンプ攻撃で不意を打たなくても、地上戦だけで十分に渡り合える。

 あとは1セット手に入れたアドバンテージを守り切り、勝つだけだ。

 

『ROUND2! FIGHT!──』

『──WINNERS! プレイヤー1!』

 

 いける!

 セット2も奪取できた。

 勝負の形式は三先、あと1セット取れば俺が勝利する。

 全国大会を制覇したトッププレイヤー、アギトに。

 指をくわえて憧れるしかなかった、あの俺が。

 勝てる……!

 勝てるんだ──

 

「──情報収集は終わりだ」

 

 ……え?

 

『ROUND1 FIGHT!』

 

 疑問を口に出す暇もなく、セット3が始まった。

 内容はセット1やセット2と変わらない地上戦──の筈だ。

 しかし妙な違和感を感じた。

 その違和感は拭えず、勝負が続くにつれて膨らんでいった。

……おいおい、なんだこれ。

 セット3が始まってから、異様なほど噛み合いが悪い。

 地上戦や起き攻めなど、5連続でジャンケンに敗れている。

 偶然と言ってしまえばそれまでだ。

 だけどアギトの口ぶりもあってか、何かしらの種や仕掛けがあるように思えてならなかった。

 

『WINNERS! プレイヤー2!』

「っ」

 

 セット3を奪われた。

 「情報収集は終わりだ」

 その一言をアギトが放ってから、嘘のように勝てなくなった。

 悉く動きを読まれている。

 まるで心の中を覗き込まれれているような。

 いいやそんな筈はない、そんな超能力者染みたことができる筈がない。

 相手がトッププレイヤーだからって、虚像を大きく見すぎている。

 だが、もしかすると……あり得るのか……?

 いいや、だがしかし。

……嫌な流れだ。

 

『WINNERS! プレイヤー2!』

 

 まずい、まずいまずいまずい。

 セット4も落としてしまった。

 どんどん運が悪くなっている。

 今まで5回に1回はジャンケンに勝てていたが、いつしか10回に1回も勝てなくなった。

 いいや、これはもうジャンケンなどではない。

 統計だ、奴は集めた情報を統計し、こちらの動きを読んでいる。

 みるみる読みの精度が上がっていっている。

 なにもできない。

 全ての動きが読まれている、何をしようにも出鼻を挫かれてしまう。

 

『ROUND2! FIGHT!』

 

 くそっ。

 少し前まで俺が追い詰めていたってのに、今度は俺が追い詰められちまっている。

 どうして、こんなことに。

 

「お前、身近に同格以上の対戦相手が殆どいねえな?」

「……え」

「コマンドにしろ、コンボにしろ、その年でお前の操作精度は異常だよ。

 いったいどんなモチベーションでタイドラをやり込んでいたのやら」

 

 何を言って──

 

「だからこそ、その高すぎる操作精度が祟ったのもあるんだろう。

 相手の手癖なんて読まなくても、その場その場で事前に定めておいた最適行動を取れば勝てちまう。

 相手に手癖を盗まれても、ミス待ちしてればダメージレースを制しちまえる。

 お前は常に、リスクとリターンを天秤にかけ、有利な選択ばかり取り続けている。

 これが格下戦やコンピューター戦であれば間違っちゃいないさ。

 だが同等以上の実力を持った相手との対人戦となれば話は別。

 相手がどういう癖を持っているのか探り、修正先の行動すら見極め、最新の回答を出し続けなければならない。

 人間という不確定な存在に対して、賭けに身を投じて勝ち越す勇気がなければ、俺たちのいるレベルじゃあ通用しねえ。

 つまり言うと──お前の戦い方は格下狩り専用だ、格上には通用しねえ」

 

 そんなわけ……。

 

「……」

 

……認めがたいが……思い当たる節はあった。

 いいや、思い当たる節どころではない。

 俺は逆行後、ある程度実力が向上してから、あまり相手の考えを読もうとはしなくなった。

 何故ならそれでも勝てたから。

 唯一竜征には思考を張り巡らして戦っていたが、対等と呼べるのは彼一人ぐらい。

 これでは今回のような一期一会の遭遇戦で活かせるような読みの技術など磨きようもない。

 

「ま、地方だとよくあることだ。

 あーあ……お前が東京に住んでいればなぁ」

 

 改善しようと試みるがまるで上手くいかない。

 最適行動以外の行動を取ろうとしても、癖が抜けずいつもの行動を取ってしまう。

 アギトの癖も見つけられない。

 俺が癖読みの能力が乏しいのもあるのだろうが、アギトは全国制覇を成し遂げたトッププレイヤーだ。

 法則性が分からないように、上手く動きを散らしている。

 

 そして──アギトから放たれたのは7割コンボ。

 俺が切り札にしているコンボを、そっくりそのまま使ってきた。

 全てのHPが削り切られる──

 

『──真・飛虎掌!』

『WINNERS! プレイヤー2!』

「他と比べて多少は手応えはあったが、それだけだ。

 やっぱり地方にゃ俺の敵はいなかったみてえだな」

 

 反論できなかった。

 内訳はこちらが2セット、あちらが3セット。

 戦績だけ見れば拮抗しているが、今の俺ではどうやっても越えられない壁をそこに見た。

 言い訳の余地のない、完敗だった。

 

「あばよ、村勇者」

 

 瓢風大河は今日、「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉の意味を知った。

 

==

 

 悔しい。

 悔しすぎる。

 思えば小学6年生に上がってから、ここまではっきりと負けたのは初めてだ。

 

 とはいえ、改善点が見つけられたのは収穫だろう。

 俺は格上との対戦経験に乏しい。

 それゆえに読み合いができない。

 どんな相手にも最適行動を取る癖がある。

 後者に関しては、所詮手癖だ、時間さえあれば改善できるだろう。

 だが読み合いに関しては、同格か格上の対戦相手がいなければ磨きようがない。

 

 以前読んだゲーム雑誌によると、東京、大阪、愛知の名古屋の格ゲープレイヤーは、他県と比べて段違いにレベルが高いらしい。

 当初読んだ時はふかしすぎだろと思っていたが、アギトと戦った今となっては、あながち過言ではないように思えた。

 格闘ゲームは競い合える対戦相手がいてこそ成長できる。

 地方出身の俺を対戦相手に恵まれないとアギトが憐れんだ理由は理解できた。

 

 それでも俺には雲塚竜征がいる。

 将来プロの格闘ゲーマーになる予定のライバルが。

 確かに対等に戦える相手が竜征一人しかいないのは逆風だ。

 だが、それでも俺がプロになれる可能性はゼロではない。

 なにしろ竜征は俺が格ゲーを辞めた別の世界線でも、この街でプロになれる実力を身に着けたのだから。

 竜征と切磋琢磨していれば、きっと俺も高みに登れる。

 そうして強くなっていけば、きっと俺もプロゲーマーになれる。

 あいつにできて、俺にできない筈はない。

 

 そう、思っていた。

 

「──大河、歩」

「ん?」

「なによ」

「お前らに、言わなきゃいけないことがある」

 

 どうした急に改まって──

 

「俺は明後日、広島を離れる」

「……え?」

 

 耳を疑った。

 今竜征はなんて言った?

 広島を離れる……?

 

「親の都合で転校することになった。

 親が転勤族でさ、こういうこと今までも何度かあったんだ。

 まあ、親が言うには転勤はこれで最後らしいが。

 ずっと言えなくて、だけど流石にそろそろ伝えておかねえと思って」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ついていけてない。

……明後日、明後日って」

「……今日、本通りのゲーセンに来たのは、皆に挨拶を済ませるためだ。

 既にお前ら以外の全員にはこのことは伝えてる。

 明日はえびす通りのゲーセンに行って、皆に別れを告げる予定だ」

「広島から離れて……どこに行くんだよ」

「父方の実家」

「実家って」

「大阪だ」

 

 大阪……大阪ってことは。

 

「……聞くところによると、東京、大阪、愛知の名古屋は格ゲーのレベルが段違いに高い、らしい。

 俺が大阪に住んでいたのは随分と昔のことで、ゲーセンにも通ってなかったから、実際にどうなのかは分からねえが。

──俺は大阪で強くなる、アギトにも負けないぐらいに」

 

……点と点が線で繋がった。

 パズルのピースがぴったりと嵌った。

 竜征は広島でプロになる実力を身に着けたのではない、大阪で身に着けたのだ。

 

「アギトだけじゃねえ。

 大河! 俺はお前より強くなってやる……!

 絶対に! 絶対にだ!

 だからそれまで格ゲーやめんなよ! 大河!」

「ぁ……」

 

 そう言って竜征は去っていった。

 俺は身近な競争相手を失った。

 まるで紅葉が風に攫われるような、唐突にして当然の展開だった。

 

==

 

 焦った。

 このままでは竜征に置いて行かれる。

 将来プロにもなれない。

 その焦りが過ちを生んだ。

 親に相談してしまったのだ。

 

「他県に住みたい……?

 馬鹿なこと言わないでちょうだい!」

 

 当然そんな要望は受け入れられなかった。 

 

「しかも理由がゲームを上達するためだなんて……。

 やっぱりテレビの言う通りだったわ、ゲームをやると馬鹿になるって!

 今日から金輪際ゲームは禁止よ! 頭を冷やしなさい」

 

 そして購入したゲームまで取り上げられてしまう。

 前の歴史でゲームを取り上げられたのも、ちょうどこのぐらいの時期。

 俺はあれほど警戒していたターニングポイントを、またしても踏み外してしまった。

 築き上げてきたものが、掌から零れ落ちていく。

 全てが振り出しに戻ったように思えた。

 

……どうする?

 前提として、この街にいても、タイドラの上達には限度がある。

 多少なり成長の余地は残っているだろうが、竜征がいた頃のような速度では上達できないだろう。

 だからといって東京や大阪、名古屋に行きたいと言っても、親は認めない。

 当たり前だ、未だ高校どころか小学校も卒業していない子供が、ゲームを上達したいという理由で転校したいと言って、それで転校を認める親がどこにいる。

 親の静止を振り切って一人で東京に住むこともできない。

 なにしろ金がない。

 バイトをしようにも小学生だからありつける仕事もない。

 これから俺が他県に住めるようになるのは、きっと高校卒業後の社会人になってからだ。

 だが、社会人を続けながら、並行して格ゲーのプロを目指せるとは思えない。

 それは時間や体力の問題もあるが、感情には鮮度がある。

 ここで立ち往生していれば、きっと情熱の糸は途切れてしまうだろう。

 

 俺は昔から飽きが早いやつだった。

 熱の続かないやつだった。

 どんな分野でも興味を持って取り組めば、合格点に辿り着くまでは早いが、途中で飽きて極められないまま投げ出してしまう。

 格ゲーをここまで続けられているのも奇跡のようなもの。

 その意欲も働かずにゲームを遊んで金を稼げるという未来が前提にあってこそだ。

 社会人として働きながら目指すとなれば、話は変わってくるだろう。

 

 目は覚めた。

 人が何者になれるかどうかは、初めから環境によって決められていた。

 結局俺は人生をやり直しても、プロゲーマーにはなれないらしい。




 注釈 現実における当時の東京や大阪、名古屋の格ゲーマーもまた、地方の格ゲーマーと比べて頭一つ抜けた活躍をしていたそうです。

 ここからが瓢風大河の物語の本番となります。 
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