実在の人物や団体とは一切関係ありません(断言)
色々と考えた結果、プロゲーマーは諦めた。
代わりにゲーム実況者兼配信者を目指すことにした。
今の時代はゲーム実況導入期。
今から本気でゲーム動画制作や配信活動に取り組めば、これより訪れる黎明期の流れに乗り、古参の一角として人気を確立できるかもしれない。
そうしてある程度再生数を稼げるようになれば、将来動画サイトに収益化システムが導入された際、お金だって稼げるだろう。
上手くいけば社会で働かずとも、動画収益だけで食い繋げる筈だ。
それはプロゲーマーと変わらない、憧れていたゲームを遊んで食っていく人生そのものだ。
いつの間にやらプロゲーマーになる気でいたが、当初の目標は件の大会への出場だ。
ならばストリーマー方面から目指しても構わないだろう。
そんなこんなで思い立ったが吉日。
俺は動画制作に必要な機材の収集に奔走した。
パソコンに関しては、両親を説得して手に入れた。
これはこれまでの生活態度がプラスに働いたのもあるだろうが、一番の理由は将来を見越して勉強用に欲しいと願ったからだ。
まだまだ平成真っ盛りとはいえ、社会は着々と機械化の時代が進んでいる。
ならば今のうちにパソコンを与えて、機械を扱う技術を身に着けさせようというのが両親の考えだった。
そんなこんなで父親のお古とはいえパソコンを無償で入手することに成功した。
とはいえゲーム実況者を目指すとなれば、一番大切なのはゲームだ。
先日怒らせた親からゲームを取り戻す必要がある。
色々考えた結果、俺はある条件を両親に提示した。
それは、格闘ゲームを辞める、ということ。
プロゲーマーになれないなら、これ以上真剣に格ゲーをやる意味はない。
なにしろ格ゲーは斜陽の時代、人気は下降の一途を辿っている。
格闘ゲームを軸に動画活動するにしても、潜在的な顧客層はそう厚くないだろう。
ならば広く浅く、流行りどころのゲームを抑えた方が手っ取り早い。
加えて言うなら、俺は格ゲー以外のゲームもそこそこ上手かったりする。
格ゲーに特化せずとも、上手くやっていける自信があった。
なにより、うちの親、特に母親は、暴力描写の多いゲームを嫌っていた。
金輪際二度と格闘ゲームしないと約束することで、譲歩を引き出せるのではないかと考えた。
その考えは的中し、どうにかゲームを取り戻すことができた。
それ以外の機材に関しては、今まで家事手伝いにより貯め込んでいたお小遣いに加え、アケコンなどの不要なゲーム機材を売った金で手に入れた。
そんなこんなで動画制作機材が揃ったので、まずは動画を作ってみることに。
最初に作った動画は安値で買った古いレースゲームの実況解説動画。
レースゲームを選んだ理由はアーケード版を家庭用機版に移植した作品だったため、ゲーセン通いの俺にも馴染みがあったからだ。
解説自体はちゃんとしていたし、ゲームプレイはそこそこ見れるものだったと思う。
しかし俺の動画はまるで注目されなかった。
再生数は150と少なく、コメントも僅か2つしかない。
そのコメントも「声がガキすぎる」「う〇ちぶり」としょうもない内容ばかりだった。
流行りのゲームでもないし、初投稿なので仕方がない面もあるだろうが、俺の初めての動画投稿は失敗に終わったらしい。
悔しいが、人生大切なのは切り替えだ、この失敗を糧に次に繋げていくとしよう。
とはいえ……世の中には認め難い敗北というものも存在する。
「ぐぬぬ」
なんで俺の真面目に作った動画が、こんなふざけたホモビ実況動画に再生数で上回られてんだよ。
確かに似たような動画を俺も未来では見てたさ、堪えきれず笑ってた。
だが動画投稿者として同じ土俵に立ち、競争相手になると納得できねえ。
こんな下ネタ塗れの人権侵害コンテンツに負けるなんて。
ずるい、ちくしょう、マジでムカつく、キレそう……羨ましい。
……俺の脳裏に悪魔的発想が閃いた。
今の時代の流行といえば洋モノホモビだが、あと数年経てば和製ホモビがインターネットを席巻する。
あれはどれだけ心が病んでいようとも笑えるコンテンツだった。
実際に俺も自殺を考えていた際、あれには何度も命を救われた。
某野球監督がおったまげるか、おったまげないかの分岐点はあるだろうが、もしおったまげるなら、この世界線でも確実に多くの人々に愛され疎まれるだろう。
もし、もしもだ。
和製ホモビが流行する前に、先手を取って和製ホモビ実況動画を量産しておけば。
その先見性から和製ホモビ界隈の預言者として崇められるのではないだろうか。
──ホモビインサイダー取引。
それこそが俺の脳裏に過った悪魔的発想だった。
汚い手だと罵る奴もいるだろう。
だが所詮この世は再生数。
どれだけ高尚なことを宣おうが、結局最後はそこに行きつく。
ならば早いか遅いかの違い、今のうちに先手を取るのが賢い生き方だ。
さあ、今から素材集めだ──
……いいや待て。
ホモビ実況で再生数を稼げても、収益化が通らなければ意味ないだろ。
動画投稿を始めた目的は、ゲームを遊びながら金を稼ぐ日々のためだ。
あんな人権侵害コンテンツでのし上がれば、動画サイトから収益化を拒否されるどころか、チャンネルごと爆破されかねない。
再生数を稼げても金を稼げないなら本末転倒もいいところ。
まだ動画投稿を始めたばかり、焦る必要はない。
今は地道に一歩づつ研鑽を積むべきだ。
「あぶねー、危うく闇の力に手を染めるところだった……」
そんなこんなで出鼻を挫かれた動画投稿だったが、総評として、新しいことを始めるのはいつだって楽しいもの。
結果を出すために試行錯誤している今の過程も含めて、概ね満足していた。
「……」
とはいえ……どこか虚しさは拭いきれなかった。
==
休日明けの月曜日。
昨日の夜遅くまで動画編集をしたいたせいで、眠くて眠くて仕方がない。
あー、さっさと学校終わんねえかなぁ。
動画制作の続きをしたいし、そろそろ動画配信も試してみたい。
そんなことを考えながらトイレを終えて教室に戻る途中、歩が近寄って来た。
「ねえ大河、今日の放課後ゲーセン行かない?
あのアギトとかいう奴を倒せるようになるためにも、一緒に特訓しましょうよ」
「あー、悪いけど、当分の間、ゲーセンに寄るつもりはねえんだ。
最近動画投稿を初めてな、機材を揃えるためにも、今は貯金したくてさ」
それと新しいゲームソフトも。
流石に中古500円で買えるような古いソフトでは、実況動画を作っても見てくれる視聴者はそう多くはないだろう。
最新型のゲームハードとソフトを買うのが当面の目標だ。
「あら突然ね……それじゃあ私の家で」
「ごめん、それも無理だ。
親ともう格ゲーはしないって約束してな」
「は? ……な、なんでよ!?」
「色々理由はあるけど、一番の理由はまあ、これ以上は成長できないからだよ。
アギトは言っていた、俺は読み合いができないって。
読み合いってのは同格以上の相手との対戦経験によって磨かれるものだ。
竜征と一緒に競えればと期待してたが、あいつは転校しちまった。
となればこの街にはもう俺と対等以上に戦えるプレイヤーはいない。
これ以上上を目指せねえってんなら、続けたところで意味ねえだろ」
「で、でも! あんたあいつに負けっぱなしじゃない!
それに竜征はあんたに格ゲーやめんなよって!」
「しゃあねえだろ、無理なもんは無理なんだから」
対戦ゲームは同格以上の対戦相手がいてこそ成長できる。
今までは竜征が一番それに近かったが、あいつはもうここにはいない。
なら無理だろ、もう。
まあ、一人でもやりようはあるだろう。
だけどその成長速度はいったいどんなもんなんだろうか。
勝負事ってのは競争だ。
竜征が転向したのは大阪、アギトが拠点にしているのは東京。
どちらも格ゲー人口が多く、レベルが高いとされている地域だ。
対戦相手には事欠かず、実力を磨くにはもって来い。
対して俺のいる場所はどこだ?
中国地方で一番多くの人口を抱えるとはいえ、それでも地方の広島だ。
対戦相手は物足りず、腕を磨くことは難しい。
俺が一歩進んでいる間に、あちらは二歩も三歩も進んでしまう。
そうなれば実力差はどんどん広がっていく。
カメがウサギに勝つなんてのは、寓話の中だけだ。
なにしろ競争の世界は休む間もなく走り続けるウサギばかりなんだから。
俺はこの街にいる限り、あいつらには追いつけねえんだよ。
絶対に置いていかれる。
負けると分かってる勝負のために、これ以上時間と労力を無駄に割きたくはない。
悔しいとは思うさ。
だって今まで、あんなに努力してきたんだから。
だけど子供の俺がアギトのように、一人で武者修行に行くなんて不可能だ。
だからもうしょうがねえんだよ。
「だから悪いけど、ゲーセンに行きたいなら、他を当たるか一人で──」
「私と勝負しなさい……!」
は? なんで──
「格ゲーから逃げたあんたになんかに負けてやらない……!
引導を渡してやる! そして証明するわ!
この街にもあんたと競い合える格ゲーマーがいるってことを!」
……無茶なことを。
==
歩のしつこさに根負けし、やってきたのはいつものゲームセンター。
歩の家で勝負してもよかったが、俺がアケコンを売ったので、ゲーセン行きが決定した。
別に俺は普通のコントローラーでも良かったんだが、「負けた時に言い訳をされたくない」などと言われてしまっては仕方がない。
今のところ格ゲーコーナーに俺たち以外の客はいない。
ポケットをまさぐると、百円玉が一枚だけ。
配信機材を買い揃えるのに金を使いすぎたため金がなかった。
「お金が足りないってんなら、貸してあげてもいいけど」
「ワンコインで十分だ」
「……吠え面かかせてあげるわ」
お互い筐体の席に座り、対戦画面に移行する。
──結論から話そう。
この勝負、俺の圧勝だった。
俺は今まで何度か歩に負けたことがあったが、それは彼女に成功体験を与えるため。
歩から見れば格上が大半のゲームセンターでモチベーションを維持するのは難しい。
だからこそ、歩の成長が見られた時、何かしらのコツを掴んだり技術を身に着けた時は、敢えて負けを演じて彼女の成長に花を添えていた。
だがその忖度を抜きして、歩が俺に勝てるのか。
当然勝てるわけもない。
1ダメージも食らうことなく、すぐさま俺が一本取ってしまう。
『PERFECT! WINNERS! タイガー!』
「もういいか?」
「まだ終わってない!」
すかさずコインを投入してコンティニューを選ぶ歩。
確かに歩は成長した。
コマンドだけではなく、コンボも身に着けた。
初めて出た大会の日とは比べ物にならないほどの腕前を身に着けている。
だがそれでも、俺には届かない。
『PERFECT! WINNERS! タイガー!』
「はぁ、何度やっても変わらねえよ」
「そんなことない……!」
再び1ダメージも譲ることなく、俺は勝利を収めた。
それでも歩は蓮根を続ける。
結果など、分かりきっているというのに。
『PERFECT! WINNERS! タイガー!』
「……このままだとお前の小遣い全部なくなっちまうぞ。
やめとけって」
「やめない!」
歩は涙交じりの声でそう返し、投入口にお金を入れ続ける。
これだと本当に歩の小遣いがなくなるまで付き合わされるかもしれない。
そして、その予想は早くも現実となってしまった。
「……」
「……」
俺の画面には10連勝を示すスタッフロールが流れており、これ以上ゲームを遊べなくなってしまった。
歩の所持金も尽きてしまい、再戦が叶うことはない。
終わりだ。
これ以上はもう戦えない。
ランドセルを手に取り、席から腰を浮かせる。
「なんでそんなに簡単に辞められるのよ……!
あんた、あんなに格ゲー好きだったでしょう……!!」
「……」
そりゃあ好きだよ。
俺には格ゲー以上に本気になれるものなんてない。
そう確信をもって断言できるぐらい、大好きだった。
だからこそ、もう終わらなくちゃいけねえんだ。
席を立ち、出入り口に向かった。
──その時だった。
「歩、席代われ」
「……!」
「座れよ大河、次は俺が相手だ」
……あんたじゃ俺には勝てねえよ、たまちん。
==
選出キャラクターはタイガーVSフェニックス。
俺がタイガーで、たまちんがフェニックスだ。
一年前から代わり映えのしない相変わらずの選出画面だった。
お互いに相手の手の内は知り尽くしている。
……いいや、知り尽くしているのは俺だけだ。
「話は聞いていた。
そしてこれまでの過程もよく知っている。
お前が不貞腐れんのも仕方がねえとは思うさ。
だけどそれで俺が納得できるかどうかってのは別問題だ」
「たまちんの納得は関係ねえよ。
どこまでいってもこれは俺の問題だ」
「そうだな、だから実力を示してお前の心に問うしかねえんだろうよ」
思い出すのはアギトの言葉。
俺が同格以上の相手と読み合いができない、という欠点。
それは俺の操作精度が高すぎることが原因だとアギトは語った。
操作精度が高すぎる故に、格下にはミス待ちをするだけで勝ててしまうと。
ならばと敢えて操作精度に手を抜き、相手と同レベルの技量を演じてみようと一度は試してみた。
操作精度が拮抗しているなら、読み合いは成立し、勝負勘も養われると考えたから。
だが無駄だった。
格下との読み合いなど成立する筈もなかった。
『WINNERS! タイガー!』
「くそっ!」
「……」
読むというより、分かる。
相手の動きが手に取るように分かってしまう。
たまちんの操るフェニックスがどのように動くのか。
その動きの意図はなんなのか。
どういった罠が張り巡らされているのか。
全てが予想通りだった、予想の範疇を超えていなかった。
どうしてこれほどまにたまちんの動きが分かるのか。
それは俺が昔通っていた道を、たまちんが今歩いているからだ。
たまちんは上達した。
一年前に初めて戦った時とは比べ物にならないほどに。
きっとたくさんの練習を重ねてきたのだろう。
コンボの精度も、コマンドの精度も、どこを見てもその成長量は目を見張るものがある。
だが、それでは足りない。
俺と対等に戦うにはあまりにも足りない。
こちらが手を抜こうと関係ない。
分かる、分かってしまう。
たまちんが今、どういった考えで行動を選択したのかを。
たまちんが未だ悩んでいる疑問に対しても、俺は既に回答を出している。
遥か上から見下ろしているのだ、過去の自分を。
いくら手を抜こうが、これでは読み合いなど成立する筈もない。
「っ!?」
『WINNERS! タイガー!』
罠を仕掛けたつもりか?
こんな小細工、当の昔に俺は思いついていた。
そして見破り方も、抜け出し方も知り尽くしている。
罠を食い破り、壁際に追い込んで1セット手に入れる。
『WINNERS! タイガー!』
「くそっ!」
続いてのセット2も代わらない。
追い詰められたたまちんが放ったのは、破れかぶれの超必殺技ぶっぱなし。
だがそれも読んでいた。
かつての俺もたまちんと同じ実力帯の時なら、このタイミングで痺れを切らし、同じように超必殺技を放っていただろうから。
ガードで防ぎ、隙を曝したフェニックスから更に1セット手に入れる。
『WINNERS! タイガー!』
『WINNERS! タイガー!』
『WINNERS! タイガー!』
『WINNERS! タイガー!』
『WINNERS! タイガー!』
『WINNERS! タイガー!』
それからも一方的な試合は続いた。
『WINNERS! タイガー!』
「十先なら、俺の勝ちだな」
「……ちっ」
案の定、勝ったのは俺だった。
そして一本も譲らずに。
確かに歩よりも強くはあった。
成長も目覚ましい。
それでも俺を下すにはあまりにも実力が足りない。
頑張ってはいたさ、努力は認めよう、だけどそれだけだ。
あんたじゃ俺が格闘ゲームを続ける理由には足り得ない。
「……ああ、俺の負けだ、認めるよ」
……意外だな、こうも潔く敗北を認めるなんて。
「──だが生憎と、お前に挑みたがってるのは俺だけじゃあないみたいでな」
入口の方からぞろぞろと姿を現したのはお馴染みの面子。
誰の差し金かはすぐに分かった。
……たまちん、あんたが呼んできたのか。
==
『WINNERS! タイガー!』
「──くそっ! これで何連勝だ!?」
「八十連勝だ!」
「おい、誰かいないのか! 大河を止められる奴は!
高垣さんはまだ来ねえのか!?」
「今急いでこっちに来ている途中だって!」
……あれからどれぐらい時間が経った?
分からないが、窓から見える店の外は真っ暗だ。
俺の座る筐体の近くには、十数人もの格ゲーマーが集まり騒ぎ立ている。
どいつもこいつも見知った馴染みの顔ばかりだ。
これが現実の喧嘩なら多勢に無勢。
一対一だとしても度重なる連戦に体力が底を尽いていただろう。
いいや、そもそも子供の俺では年上の彼らに敵いはしない。
殴り飛ばされておしまいだ。
だがこれはゲームだ。
戦うのは自身ではなく操作するキャラクターで、勝負の形式は一対一。
俺が動かしているのは腕と指先だけなので、そう易々は疲れない。
塵も積もれば山となると言うが、この条件では幾ら増えようが塵は塵。
ちぎってはなげ、ちぎってはなげ、連勝記録を積み重ねていく。
『WINNERS! タイガー!』
「次は俺が行く!」
「なんとかしてくれたまちん! そろそろ九十連勝だぞ!」
誰が何度かかってこようが結果は変わんねえ。
力の差は歴然だ。
どんな小細工を弄したとしても俺の敵ではない。
『WINNERS! タイガー!』
「やべえぞ……! もうすぐ百連勝だ……!」
「えらい盛り上がっとるのう……大河くんが格ゲー辞めるっちゅうのは本当か?」
「高垣さんだ! こっち! こっち来て戦ってくれ! 今丁度いいタイミングなんだ!」
えびす通りの現No1は倒した。
本通りのNo2高垣さんも今倒した。
そのどちらも、1ラウンドも落とさないまま勝利を収めてみせた。
となればもう後は惰性だ。
こいつらの気力か、金がなくなるまで付き合うだけ。
やはりこの街に俺と対等に戦える格ゲーマーはいなかった。
竜征のような奇跡の出会いは訪れなかった。
となればこの街にいる限り、俺はトッププレイヤーにはなれない。
アギトにリベンジを果たす未来は訪れない。
結局俺は、過去に戻っても、プロゲーマーにはなれやしないのだ。
『WINNERS! タイガー!』
「くっ、高垣さんまで負けちまった……!」
「私が行きましょう!
カンガルーの使い手は近場に多くはありません、もしかすれば……」
もう諦めろって。
この面子の中に俺に勝てる奴は誰もいない。
それは実力面でもそうだが、精神性においてもだ。
お前らと俺は見ている世界が違うんだよ。
俺は未来を知っている。
格闘ゲームのプロが生まれることを。
賞金総額数十億円の大会が開かれることを。
ストリーマーとして大金を稼げることを。
ゲームを遊んで生計を立てられる未来を知っている。
だがお前らは未来を知らない。
遊びとして楽しんでいただけ、譲れないものもプライドを懸けた勝ち負けぐらいだ。
本気だったんだ、人生をかけて向き合っていた。
俺だけが、こんな時代に、本気で格闘ゲームで生計を立てる未来を目指していた。
トッププレイヤーになる本当の意義を見出していた。
だからこそ、これ以上上を目指せない現状にどれだけ絶望したことか。
俺はこの街で格ゲーを続ける限り、その絶望に囚われ続けることになる。
届かぬものに恋焦がれる苦しみは、これ以上味わいたくない。
だからもう、いいじゃねえか。
諦めたって……。
『WINNERS! タイガー!』
「くっ……! 他に誰かいねえのか!」
「勝てるか分かんねえけど……もう一回だ!」
……なのに、どうしてだろうか。
諦めた筈なのに。
もう格闘ゲームはやらないと決めたのに。
これ以上こいつらに付き合ってやる道理なんてないのに。
俺は、いつまで経ってもレバーを手放せずにいた。
所持金はもう一銭もない。
今も尚タイドラを遊び続けられているのは、こいつらが勝手に俺の座る筐体に金を入れ続けているからだ。
戦う面子も既に同じ面子で固められている。
何度戦おうが結果は同じだ、今更俺に敵う奴は現れはしないだろう。
闘争心だってもう萎びている。
東京のアギトや大阪に行った竜征に敵うビジョンは描けなかった。
この街にいる限り、俺の努力は報われない。
プロゲーマーにはなれやしない。
ただ、いたずらに時間を浪費するだけだと分かっているのに……。
にもかかわらず、どうして俺は席を立たないんだ……?
『WINNERS! タイガー!』
「駄目だー! 玉串じゃ勝てねえー!」
「お前じゃ無理だ玉串! 席代われ!」
「勝手に決めつけんな! あともう一戦だけやらせろ!」
……楽しいんだ、タイガードラゴンが。
俺は別に、初めからプロゲーマーを目指していたわけじゃない。
最初はただ、楽しかった。
レバーを操り、ボタンを押せば、画面の中のキャラクターが動いてくれた。
それが斬新で魅力的で、今まで触れてきたどんな娯楽よりも俺に興奮と感動を与えてくれた。
最初は思うようにキャラクターを動かせず、負け越すことも多かったけど。
練習すれば応えてくれた、自分よりも強かった相手に勝てるようになった。
それが嬉しくて、嬉しくて、もっと強くなりたいと研鑽を重ね、色んな人に勝てるようになった。
年齢は関係なかった、格闘ゲームは子供であっても強くなれた。
そして強ければ称えられた、大人のいる中でも特別であれた。
それでも上には上がいて、強い相手に中々敵わず、悔しい思いをする日々もあったけど。
どうすれば勝てるようになるのだろうかと、悩む日々もまた幸福だった。
『WINNERS! タイガー!』
「おい! いい加減に高垣さんに変われ!」
「ぐぎぎぎぎ! わ、分かったよ!」
誰かの鍛錬の軌跡を見るのも楽しかった。
実力の上下は関係ない。
実力が劣っていても、頑張っている姿を見ていると、かつての自分の歩みを見ているようで、胸が暖かくなった。
実力が上ならば、これから自分の向かう先を見ているようで、胸が熱くなった。
かつて俺が負かした相手がリベンジを挑んできた時は驚いた。
ぶつけてくれた情熱や執着心に心が震えた。
そして自身の心に芽生えた本気の悔しさに、対戦ゲームの真髄を見た。
リベンジし返した時の達成感は、至上の喜びだった。
まさしく黄金の青春だった。
その黄金の青春を取り戻せたんだ。
時間を巻き戻すなんて、常識ではありえない方法で。
あれほど恋焦がれた青春が今ここにある。
いいや、今過ごしている日々は、あの日々以上かもしれない。
歩、たまちん、高垣さん、それ以外にも沢山のゲーマーと交流を持てた。
友達になれた、ライバルになってくれた。
本気で競い合えた、全力でぶつかってくれた。
確かにここにはもう、俺が超えるべき壁は多くはないのかもしれない。
それでも俺を引き留めるために、こんなにも沢山の人間が挑んでくれている。
これまでの俺の人生を振り返って、これほど恵まれた状況が他にあっただろうか。
いいや、ない。
あの頃の黄金の青春時代ですら、味わったことのない至福の一時だった。
『WINNERS! タイガー!』
「駄目じゃ……! 1ラウンドも取れん……!」
「次は俺だ! もう一度俺に戦やらせろ!」
「おい馬鹿! 順番ぬかすな!」
こんな幸福な日々が永遠には続かないのは分かっている。
子供時代に許された安寧は、大人になれば失われてしまう。
そして夢に溺れたまま大人になれば、禄でもない人生を送ることになる。
それを俺は知っている、嫌というほど味わい尽くした。
あんなクソみたいな未来を送らないためにも、子供でいることを許された間に、自分の進路を決めておかなければならない。
叶えられない夢ではなく、現実的な目標に切り替えて。
分かってる、分かってるんだよ。
「たまちん! そろそろ店じまいだぞ!」
「分かってるっての!」
だから、あと少しだけ。
あと一戦だけやったら、もう辞めるから。
あともう一戦だけ、今度こそ辞めるから。
あと一戦、これで最後にするから。
……そう、何度も自分に言い聞かせたけれど、
止められない。
やめたくない。
まだ遊び続けたい。
まるで駄菓子のCMのキャッチフレーズのような言葉が、頭の中で繰り返される。
『PERFECT! WINNERS! タイガー!』
「すげえ143連勝だ……しかもラストはパーフェクトで」
「体力底なしかよ……」
「うちの店の最高記録じゃねえか?」
「おい何やってんだ玉串ぃ!」
結局……最後の最後まで、レバーを手放すことができなかった。
「あ、あのー……お、お客さんたち、ちょっといいかな?
今日はもう店じまいの予定で。
悪いけど、遊びたいならまた明日来てくれないかな……?」
「あーあ! お前が席変わってたらまだ可能性があったのによぉ!」
「うるせえ! てめえらが騒がしいせいで集中できなかったんだよ!!
おいあんた! あと一時間! いいや二時間延期させてくれ!
あんたも店番してたなら、話は聞いていただろ!?
このままだと大河が格ゲー辞めちまうかもしれねえんだ!」
「え? いや、でも……」
「店側にとっても他人事じゃねえ!
こいつがゲーセン通いを辞めたら、ここにくる客が激減するぞ! いいのか!?」
「そ、そんなこと言われても……お、俺、ただのバイトだし」
「なら店長呼んで来い! 俺が話をつけてやる!!」
バイトの店員に詰め寄るたまちん。
店じまい……ってことはもう10時か。
こんな夜遅くまでゲーセンで遊んでたんだ。
家帰ったら、絶対親に怒られるよな。
……でもまあ、別にいいか。
こんなに楽しい思いができたんだから。
それに……決意も固まった。
「とりあえず東京行ってくる」
「!」
「何も変わらないかもしれないけど……このまま格ゲーから逃げたくない。
もう一度、ちゃんと向き合いたい。
なにより……負けっぱなしじゃ終われねえ」
全てを上手くいく方法なんて、まるで思いつきやしないけど。
「
理屈も常識も全て無視して、今はとにかくこの衝動のまま突き進みたかった。
「お前の親、格ゲー嫌いなんだろ。
どうやって説得するつもりだ?」
「説得なんてしねえよ、黙って行く」
「金は?」
「ない。
まあ家事の手伝いでもして、地道に貯めていくとするよ」
「……ならこれで東京行ってこい」
そう言って、たまちんは自分のポケットから財布を取り出した。
そして財布をひっくり返し、中に入っていたお金を全て掌の上に集める。
小銭だけではない、お札まで取り出して。
それらをたまちんは握りしめ、俺のポケットの中へと無造作に押し込んだ。
「あ、それじゃあ俺も」
「大河の好きに使ってくれ」
「こいつでかましてこい!」
そう言って、次々と俺のポケットにお金を詰め込む格ゲーマーたち。
ポケットの中はパンパンで、小銭の多さのせいもあってか重く、上着が肩にめり込んで少し痛かった。
「いいか大河、お前が預かってるのは、ただの金じゃねえ。
ここにいるタイドラプレイヤー、俺達全員のプライドも込められている。
……あの日、あの野郎が来てから、俺たちの面子には泥を塗られたままだ。
俺達全員、あの野郎以下だって。
この中でそれを覆せるとすれば、それはきっとお前しかいない。
俺たちのプライド、お前に託したぞ」
……皆のプライドか。
初めてえびす通りと戦った対抗戦を思い出すな。
だけど今回背負うのは本通りのプライドだけじゃない。
えびす通り含めた、ここ周辺にいるタイドラプレイヤー全員のプライドだ。
そして対戦相手は全国王者。
重い、重すぎる、あまりの重さに腰が曲がりそうになる。
だけど……腰の引けていた俺には、このぐらいの重石が丁度いいのだろう。
仲間たちを見つめ、しっかりと頷いた。