ちょっとカッコつけたいTS女子、思った以上に周囲の脳を焼く 作:つけしい
アセリアの街から少し離れた場所に、ダクアという街があった。
そこはとても治安が悪く、複数の犯罪組織が街を支配していると言われている。
”死影の踊子”リシェアの故郷――そして、ルルの故郷でもあった。
幼い頃、ルルは孤児だった。
スリをしたり、盗みを働いて暮らすのが精一杯で、明日自分が生きているかすら不透明。
そんな幼少期を送っていた。
はっきり言って、どん底の生活だ。
しかも悪いことに、ルルは女で、容姿もリシェアほどではないが優れている。
娼館に飼われれば明日生きていく分には困らないだろうけど、だけどルルは男が嫌いだ。
厭らしい目つきで、ルルを下にみながら襲おうとしてくるアイツラが許せなかった。
だから娼婦にもなれず、なろうとせず。
なんとか、孤児たちを取りまとめることで、自分の立場を守っていた。
それでも限界は来る。
大人になって、体が成長する度に、ルルを狙う視線と手は増えていく。
何度もそれを躱して、逃げて、それでもどうしようもなく。
大事にしてきた女としての矜持も、ずたずたに引き裂かれそうになった時――
リシェアが、そこに現れた。
リシェアは嫌われ者だ。
魔族の血を引く銀の髪の少女。
ダクアに住む多くの人間が、彼女を侮蔑し――畏れていた。
とんでもなく強かったのだ。
まだ齢十にもならないような少女が、大の大人を数人を容易に撃退していた。
おそらくは
それでも、リシェアの容姿はあまりにも魅力的だ。
魔族の血を引いているということも相まって、リシェアを捕まえて売り払っても誰もそのことを咎めたりはしない。
中には、警備の兵士に金を握らせて、兵士にリシェアを捕らえさせようとしているものもいた。
襲いかかった大人の財布を取り上げて生活しているリシェアは、捕まえるには十分な理由があるのだから。
まぁ、多くの人間は自業自得だと思って相手にしなかったが。
そして子供達にとって、リシェアは嫉妬の対象だ。
力があって、自由がある。
何より美しく、大人たちすら彼女には敵わない。
あんな存在なら、いずれは一人で自由を手にして、自分たちは置き去りにされてしまうだろう、と。
ルルも、リシェアが大人たちを撃退している姿を見る度に、その姿に心をかき乱されたものだ。
――そんなリシェアが、突然ルルを助けた。
信じられなかった。
”あの”リシェアが、自分に視線を向けるなんて。
興味なんて無いと思ってた、内心バカにしてるとおもってた。
なのにどうして――リシェアはルルを守ってくれるのか。
眼の前で起きる戦闘を目にして、ルルは視線が逸らせなかった。
一撃で大人たちを昏倒させ、圧倒的なまでの実力で集団を制圧する。
言葉にすればそれだけだが、いちいちその動きがどこか”かっこいい”。
見惚れてしまうのも、ムリはないというものだった。
とはいえ、同時にそれは施しだ。
一方的な押し付けでもある。
ルルの内心には、感謝と嫉妬、二つの感情が複雑に綯い交ぜになった。
いや、その感情を一つの言葉で表現することは不可能だろう。
人の感情は、それだけ複雑なのだ。
だが同時に――果たしてリシェアは大丈夫なのか、とも思った。
だってリシェアがどれだけの人間から嫌われていても、それでもなお生活を送れていたのは彼女が誰の敵でもなかったからだ。
これまでリシェアは多くの人間から襲われていたが、それはあくまで個人がリシェアを狙ったものだった。
組織に属する立場であれば、一人の少女にやられたなんて風評が立ったら立ち行かなくなる。
だからあくまで、木っ端がリシェアを勝手に狙っているだけ。
これまでは、そうだったのだ。
しかしリシェアは、一体何のつもりか子供達を守り始めた。
そうなれば、リシェアに手を出していなかった”組織”に手を出すことになる。
加えて、子供達だってそんな施しに良い気はしない。
それまでリシェアのことを侮蔑しながらも、関わりを持たなかった者たちが、一気にリシェアという存在に意識を向け始める。
そうなった時、きっとリシェアだって無事ではすまないだろう。
ざまぁない、とルルは思った。
どうしてそんなことを、とルルは思った。
いくらなんでも報われない、とルルは思った。
いくつもの感情がルルの中でざわめいて、そして――
リシェアは、
リシェアを狙った敵も、子供達を狙う敵も。
全部、全部だ。
何もかも、すべてを薙ぎ払い――そして子供達に手を差し伸べ続けた。
どんな組織も、どんな強者もリシェアには敵わなかった。
やがて子供達は思う、どうしてそうまでして助けるのか。
自分たちを助けても、何の利益もないのに。
むしろ「余計なことを」とか「上から目線」とか「施しなんていらない」と拒否され続けたのに。
だから、ルルは聞いた。
いや、それは正確ではなくて。
ある時ぽつりと、零れてしまったのだ。
――どうして、と。
「見なかった振りはかっこよくないと、気付いたから」
たった、それだけリシェアは言った。
衝撃だった。
かっこよくない? ――たった、それだけの理由でリシェアは助けたのか?
正直、理解はできなかった。
理解できなかったから、疑問に思ってしまったのだ。
どうして、と。
そう思った時、ルルはリシェアの存在を追いかけるようになっていた。
見かけたら、自然とそちらに目が向いてしまうのだ。
そうすると気付いてくることがある。
リシェアの生活は――子供達が思っていたよりもひどいものだった。
ふとした拍子に、「薄汚い魔族め」と物を投げられるくらいは当たり前。
襲われる回数だって――子供達を守ったことで襲撃回数が増えているとはいえ――一日に数回はある。
スラム街ではない場所で、買い物をしているリシェアを見かけたときもあった。
そして驚愕する。
普通の人の数倍の料金を、果実一つに請求されていたのだ。
リシェアはそれに、文句を言うことはなかった。
抜き取った金品で問題なく払えるからなのだろうけれど――それにしたって、リシェアは悪意を向けられすぎている。
孤児たちは、そもそも視界にすら入らないから襲われる回数だって少ない。
むしろ、リシェアといういつでも殴って良いサンドバックがいるからか、子供達を八つ当たりの道具にする必要がないのだ。
リシェアは反撃しない、物を投げればそれをただ受けるだけ。
多分、効いてはいないのだろう、痛みもないから相手にする必要はないと判断している。
受け止めたり回避すれば、その方が面倒になるとしっているから。
そしてそれが、ある意味でずっと子供達にとっての防波堤になっていたのだ。
リシェアがいなければ、自分はこの年まで誰にも捕まらず生きられなかったのでは?
そう考えた時、ルルは言葉にできない衝撃を受けた。
そして最後に、気付いてしまったのだ。
ルルはリシェアが、
本当にごく短期間なら、眠ってはいるのだろう。
魔力を多く持つものであれば、身体を魔力で強化することで眠らなくてもよくなる……みたいな話を誰かがしているのを効いたことがある。
よくわからないが、リシェアはユニーク持ちなのだから、間違いなくそうしているはずだ。
それでも、そんなの――あんまりだ。
この世界は、ひどい世界だ。
救いようがなく、明日に希望なんて無い。
だけど、寝ている時だけは絶望を忘れられる。
子供達で寄り添い合って、寒さも暑さも忘れて眠る夜だけは――ダクアの孤児にとって唯一の救済ですらあったのに。
リシェアには眠りという救済もなければ、寄り添い合う子どももいない。
そう気付いた時――ルルは駆けていた。
リシェアを探そうとしたのだ。
そして見つけたリシェアは、スラムの片隅で眠っていた。
だけど、直ぐに目を覚ます。
ルルの存在を察知して、目を覚ましてしまったのだろう。
その姿をみた時――ルルは我慢できなくなっていた。
困惑するリシェアの手を引いて、走っていたのだ。
その手はあまりにか細くて――こんな手が大人たちを撃退しているなんて、とてもではないけど思えなかった。
そうして子供達の拠点にリシェアを連れてきて、子供達をルルが説得して。
その日、リシェアと寄り添うように子供達は眠った。
以来、子供達はリシェアと共に生きるようになった。
もともとリシェアは大人たちを撃退して金を持っている。
それを子供達が使えば、子供達もリシェアも苦しい生活を送る必要はなくなるのだ。
こちらを攻撃してくる連中はリシェアが撃退し、リシェアが眠る時間は子供達が稼いだ。
そうしているうちに、子供達は大人になり、冒険者になった。
ルルのように、シスターになったものもいる。
孤児院を開くためだ。
リシェアが拠点としたアセリアの街に孤児院を開き、孤児を救済するためだ。
その孤児院には、ダクアの街の孤児も集められた。
定期的に大人になった子供達が、孤児を助けたのだ。
リシェアはそんな孤児院に寄付をしてくれたが、他の子供達も寄付は当然している。
リシェアに戦い方を教えてもらった子供達は、優秀な冒険者になったのだ。
他の街にも孤児院を作ったり、冒険のさなかに協力者を見つけたり。
その活動は、少しずつ広がっている。
その発端となったのはリシェアで、そして今もリシェアはその象徴である。
リシェアの前で言うのはあまりに恥ずかしいからか、その名を出すものは少ないけれど、リシェアの薫陶を受けたものは――リシェアの仔なんて呼ばれたりもするくらいだ。
世界は、どうしてリシェアがそこまで自分たちを惹きつけるのか、まだ知らない。
ただ格好をつけたいなんていう、それだけの理由で誰かのために拳を震える物の名を、世界は知らない。
なにせ魔物と人と、剣と魔法のこの世界で――
――ヒーローという言葉が語られるようになるのは、きっともう少し後のことになるからだ。
ちょっとかっこつけしいで善良で強い人を、一般的にヒーローというのです……みたいな